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労組が経営に参加して悪いか?

 ご存知の方も多いかと思うが、八尾北医療センター内で労使・労労対立が起こっている。具体的には八尾北医療センター内で意見が合わない人に対し、意見の違いを討論するという口実のもと、様々ないじめ、恫喝がおこなわれてきたこと、八尾北医療センター労組(以下、八尾北労組)もまたそれに加担している・・・というより、そのいじめ、恫喝は八尾北労組が中心になって行なっていたため、当該が「このままでは医療センターから解雇される」危険を感じ、新たに東大阪で立ち上げられた河内合同労働組合(以下、河内合同労組)に加入したところ、さらに八尾北労組幹部から、河内合同労組からの脱退や団交取り下げを強要されたという。当該は精神のバランスを崩し、休養せねばならなくなった。この河内合同労組が八尾北医療センター・医療法人健進会による不当労働行為にたいする救済命令を出すよう、大阪府労働委員会に申立を行った。第一回の調査に、健進会は出席せず、代わりに八尾北労組が動員をかけたらしい者による「妨害」…ハンドマイクで口汚くののしり続けるというもの・・・が行なわれた。八尾北労組八尾北労組によれば、河内合同労組は「民営化の手先・第二組合」であり、「不当労働行為はデッチ上げ」だそうな。一方、河内合同労組は「八尾北労組には、理事長の重松信子をはじめ、末光院長、久原事務長、辻西理事らの理事がみんな加盟しており、『第二組合』とは、他でもない八尾北労組のことだ。」と述べている。
 八尾北医療センターのみなさんへ②より
労働組合法第2条第一号には、「役員、雇入解雇昇進または異動に関して直接の権限をもつ監督的地位にある労働者、使用者の労働関係についての計画と方針とに関する機密の事項に接し、そのためにその職務上の義務と責任とが当該労働組合の組合員としての誠意と責任とに直接に抵触する監督的地位にある労働者その他使用者の利益を代表する者の参加を許すもの」は「労働組合に該当しない」と記されています。八尾北労組は、まさに、この労組法第2条が禁止する条項に該当し、法的にも、社会的にもとうてい労働組合とは認められないのです。 
 ところで八尾北医療センターは、医療法人健進会の見解(2006.12.15)…これは“医療法人健進会” 八尾市でグぐると出てくるpdfファイル…によれば、「戦後すぐの天然痘の大流行に襲われる(八尾市と警察が無医村の西郡を封鎖し、見殺しにしたことで200人の死者が出ました、今なお天然痘による後遺症をかかえた方が多数おられます)中で、木材のある人は木材を、力のある人は力を持ち寄りつくられてきた診療所」「差別の中で来てくれる医者がいない中、当時医学部闘争をしているところに医者を探しに行き、…行政が何かをしてくれたのではなく、西郡住民自身が自らの闘いで作りあげてきたのが診療所」がその始まりで、まさに部落差別によって医療が奪われてきた人々が立ち上がって差別とたたかい、医療を勝ち取ってきた「成果」であり、また西郡の部落に住む人だけではなく、八尾市北部の住民にとってもなくてはならない公的医療センターとしてあった。八尾市による民営化攻撃がふりかかってきたとき、患者は守る会を立ち上げ、労働者は組合(八尾北労組)を結成し、また医師が民営化反対の先頭に立つことで民営化を阻止し、「八尾北命と健康を守る会」(患者と住民の組織)「八尾北医療センター労働組合」「医療法人健進会」(住民と職員が理事会に入っている)の三者が運営協議会を設け、その運営協議会による「自主運営」がなされているとのことである。
 これはまさに、医療における「生産協同組合」である。労働者が主人公となる社会において、労働者が自ら生産し、管理する組織・・・そして今日の「世界恐慌」情勢において、会社が倒産しても、生産手段を自らの手中に握り、生産を継続しつつ、闘う。このための組織が、生産協同組合である。生産協同組合には当然、労働者・労働組合が主体となって「参加」するハズである。
 じつはこれ、「資本論の終わり論」ブログの労働組合と生産協同組合の記事ネタである。管理人がこの記事を書いたのも、多分八尾北医療センターの問題がきっかけであろう。
 組合が「経営」を握り、「生産協同組合」をつくることはなんら問題はない。ただし、革命が成り、ブルジョワ社会が倒されるまで、労働者・人民が生き延び、闘い続けるには、ブルジョワ社会・ブルジョワ法にそれなりに「迎合」しておく必要もあるわけだ。だから労働組合としての「体裁」を保つには、労働組合法に抵触しないように、例えば組合員が理事になった時には、労働組合居員の資格を失うとかをしなければならない。また、医療法人であれば、「医療法」や「医療法人運営管理要綱」などで厳しく規定されており、それらには理事会の責任、理事の資格、理事会の定期的開催、職員総会の開催などが有名無実になるような「組合支配」をしてははならない。行政からの解体攻撃や、弾圧を乗り切るためにも、運営にブルジョワ法やブルジョワ的価値観が紛れ込んでしまうのはやむをえない。
 だが、生産協同組合の本質はそんなことではない。上記ブログから引用。
 実は この生産協同組合、言いかえれば自主生産の闘い・運営において 共産主義思想の実践なのかどうか、あるいは真の共産主義思想なのかどうかが問われるのです(資本への反発だけなら色々な立場からできますが)。共産主義とは構成員の全員が社会の主人公として登場する社会です。全員参加と平等性が核心です。だから 意見の違いを理由に現実に働いている労働者を職場から排除するなどということは間違っており 共産主義を否定するものです(働いてない人には働くように言うべきですが)。また 実質的に労組幹部が運営・経営を専門的に引き受け、一般の労働者はその計画にしたがって働くというのでは 共産主義の「可能性を実地にしめしている」ことにはならないのです。それでは 一般の労働者にとっては 資本の命令で労働を強制される資本主義の会社となんら変わらないことになります。問題は 生産の現場で労働者の主人公性がとことん開花するような組合運営が求められるのです。

 と、ゆうことで、>意見の違いを理由に現実に働いている労働者を職場から排除するなどということは間違っており 共産主義を否定する・・・八尾北労組は、間違っているぜい。ちなみに八尾北労組のブログは、河内合同労組に対抗して、急遽作られたもののようだ、もし河内合同労組の言っていることが「でっち上げ」であるのならば、そのあたりをきちんと解説すればいいものを・・・ブツブツ

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