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11・29はやるべきだったのか?

今から23年前のこの日、中曽根の臨調・行革、国鉄分割民営化攻撃に対して、動労千葉が首をかけてストライキに決起した中、革命軍によるゲリラ攻撃が起こり、首都圏(大阪は環状線のみ)の国電が全面ストップした。また全学連・反戦労働者の浅草橋戦闘により、浅草橋の駅が炎上した。(覚えてるでしょ)
ところで、この決起は間違っていたのではないか?という意見が、二十年たった今、党内外ででてきた。まあ、本当は首都圏の国電を本当にマヒさせるのは、動労千葉のストライキ・・・それに続く国労の決起によってであり、革命軍の攻撃によるものであってはなかった、というのは理解できる。ただ、あの時は国労が結成いらい始めての「スト破り」に動員される・・・それを拒否して急遽国労バッチを叩きつけ、動労千葉に加入した人がいた!・・・情勢の中、どうやったら動労千葉のストライキを防衛し、電車を止めることが出来るか!という中で考え出された戦術であったのだろう。ちなみに浅草橋駅が攻撃対象になったのは、ここで東京と千葉の運転区が変わるから、ということだそうな。
ある人に言わせると(ようするにここからはその人の意見・見解ねheart)当時は革命軍の決起や全学連の武装闘争の爆発が、大衆運動や情勢を動かすことができた。だから、10・20で権力・機動隊をせん滅したからこそ、政府は成田空港二期工事着工ができなかったわけだし、その後の反対同盟が闘い続けることができた。また、翌年の「真国労(なんかトンデモない名前ですなぁ~)カクマルせん滅によって、国労が分割民営化に屈服せず、闘い続けることを決定した、修善寺大会が勝ち取られたのだ。ところで、10・20で機動隊をせん滅して勝利したのだから、11・29、国鉄分割民営化に対し、闘争を爆発させるための攻撃ターゲットは、警察を含む権力中枢、もしくは国鉄本社、もしくは動労カクマル本体(松崎とか)でなければならなかったのだが、そこを狙わず、かえって民衆に迷惑をかけただけだった。(まあ、どんだけ迷惑だったのかは定かではない。夕方のニュース番組でマイクを突きつけられた若いサラリーマンが一言「やったね!」と言ったのはずいぶん話題になった。もっとも、私は当日、大学の1限目の英語の講義に出席・・・先週サボっちゃったから・・・すべく出てきたのに、「今日は電車が止まったりしたので(環状線だけやろ)、出席はとらないことにします」といわれ「せっかく出てきたのに~(^-^;」と迷惑?を被った。)
一方で、浅草橋戦闘により大量の逮捕者を出し、その中でゲロっちゃう・・・浅草橋の駅を燃やす理由がようわからんかったら、そうなる・・・のがけっこう出たから、表も裏も含めて党の基盤がガタガタになった(それでも90年決戦を闘いぬいたのは、すごい、しかし最後はなんか神社仏閣ばっかり燃やしていたような気が・・・)上に、表は裏によりかかろうとするし、裏は表によりかかろうとした。そういった中で党勢は徐々に衰退し、ついには依田のような腐敗分子をだしてしまった、とのことである。

 要するに、11・29はやるべきではなかったのでは無く、やる対象を誤っていた、ということだ。もっとも、それがあったからと言って、11・29の意義が根本から否定されるわけではないし、動労千葉のストライキも絶対的に正しかったのだ。

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たたかいとかくめい」カテゴリの記事

コメント

なかなかあの時に必死こいてやってたものにはわからないのが歴史的評価なんだな~。
おいどんがナンセンスといわれても思うことは、情勢は三里塚2期決戦のリアルな切迫という条件があったわけだが、文字通りNCはC2VRA方針になりふりかまわず全力を投入してEmptyになったということだろうか。時期尚早なんていったら怒られるだろうけど。あの頃は待つことは待機主義、日和見主義と呼ばれ、客観的な情勢分析は後景化していた。それほどにボナパルト中曽根は強大にみえたし、それとの対決の先に革命は見えた。

あれほどの内容と闘いが今の情勢に合致していたらとてつもない地平が切り開かれていたとおもうこともはなはだナンセンスではあるけれど捨てきれない思いである。

投稿: 薩摩長州 | 2008年12月 2日 (火) 01時15分

表にしろ裏にしろ、あの当時の党およびそれに結集された人々(残念ながら私はそこまで行っていなかったm(- -)m)を否定するものではありません。「攻撃対象」を誤った(というより、主体的力量からそうせざるを得なかった?)のではないかと思います。
でも、カクマル松崎に対する強力な「テロル」がもしあったならば、国家権力・国鉄当局は動労を分割民営化の「協力者」にすることが出来ず、大「国家による首切り攻撃」は破綻していたと思われます。

投稿: GO | 2008年12月 4日 (木) 00時08分

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