« 9・27三里塚関西集会に決起(前半) | トップページ | 堺市LRT計画中止へ・・・ »

9・27三里塚関西集会に決起(後半)

後半(^^)
いよいよ、特別報告1、「三里塚現地からの報告と訴え」反対同盟の萩原進さん、市東孝雄さん、鈴木謙太郎さんの登壇だ。割れるような拍手!まず鈴木さんがあいさつ、「あとは萩原さんがうまくまとめてくれると思います」(笑)と始めたあとで、第二誘導路の供用を絶対に許さない!反対同盟は全力で闘ってゆくと宣言された。
Pict0024
市東さんです。今回、わけのわかんないことが起きてますが、関実とは最後までやってゆく、同盟のみんなもそう考えていると述べられた。そして、親父は土地収用法と闘った、農地法は、「耕すものに権利あり」の1条がかわったが、マニュフェストどおりにはいかない。空港絶対阻止と宣言、すこし緊張されているようであったが、最後は「おまねきありがとうございます、がんばります!」と締めくくり、大きな拍手が巻き起こった。
そして萩原進さん・・・前の2人に話のまとめを振られ?少し困惑気味?であったが、まず「新たな関実運動が始まった。今こそ大きな闘いを盛り上げる時」と話だされ、闘えない原因をさぐりながら、連帯し、闘ってゆく。三里塚は大衆闘争、人民の砦、人民の組織、たたかう気がある人は、いつでも参加できる。内部でほじくりあって、あれはダメ、これはダメという時ではない!と激を飛ばし始めた。「そうだ!」の叫び声、選挙は人民の勝利であるとも総括された。う~ん、あいかわらず力強い発言だ!
と、思っていると、なにやら少しはじけた調子に・・・いろいろと常識から外れたことが起こる。1本の滑走路に、3本もの誘導路・・・こんなことがありますか!そんなものは、止めるべきなんですよ、ペシャンコに!今までのやり方は、潰さなきゃいかん、10・22第二誘導路供用で、ツギハギだらけの滑走路に大型機を飛ばそうとしている。こんなやり方が通っていいのか・・・いいかげんにして下さい。それができないんだったら、こちらからぶち壊します!(パチパチパチ)
航空需要は減っているのに、離発着20万回を30万回に増やす?日航はつぶれますよ。赤字を地元に押し付けるのではなく、自己責任を取ってほしい。日本の航空宇宙政策の取り戻しなんかできない、完全に首根っこを押さえている。成田の地盤沈下から、完全廃港も決して夢ではない・・・と訴えた。
政権が変わったことに委ねることはないが、民衆が我々のほうに来るという自身と確信を持って、関西とともに、文字どおり、民衆の中に・・・きびしさはあるけど、やりがいのある時代だ。
今日は3人で来たので、意気揚々としている(だから3月のときと違って、楽しそうに話をされたのか・)10月11日、行ける人はみんな参加しようと呼びかけて、萩原さんの話は終わった。

続いて、特別報告2、「新たな関西空港反対・東西両軍事空港反対闘争にむけて」と題し、三里塚決戦勝利関西実行委員会代表世話人の永井満さんから。今、三里塚で起こっているムチャクチャなこと、20万回を切るのに30万回に増やす、横風用滑走路の構想も浮上している。「アジアのハブ空港」はとうに消えているのに、その理由は吉沢先生のおっしゃった米軍再編、軍事・兵站としての考えからだと断言された。
関空は閑古鳥が鳴いている・・・沖縄の那覇空港は若い人で一杯なのに、関空は人がいない。閑古鳥の関空になぜ4000mの滑走路が必要なのか?4000m滑走路は、今の民間空港には必要ありません!軍用機のために必要なのだ。今、声を大にして軍事空港反対、軍事利用反対を訴えよう。成田とともに、沖縄とともに、関空の軍事空港反対!を訴えられた。

続いて、決意表明だが、まず6月と8月に援農に参加された若い方(どれくらい若いんだろう?)から、まずリーダー格の方が、自分も荒地を耕して畑をやっているが、9月は秋・冬の作物の準備で忙しいにもかかわらず、3名の方に来ていただいてご苦労様ですと述べた後、誘導路、暫定滑走路から、A滑走路に攻め上っていかなければならない。激突を恐れず闘ってゆく。隊列を増やす、強化する。三里塚闘争の根本は何か?春夏秋冬、耕し続けてきた、これが根本だ!これを支えてゆくこともっとガンガン、援農に行こう!反対同盟が勝ち続けていることが分りますと述べられた。他の若い方は、行ったけど台風とかであまり何もできなかったことを残念がっていたのと、現地調査をお願いしたい・・・過去や現在の闘争の施設等があって、空港がいかにボロボロか、目で確かめることが出来ると訴えられた。
続いて「風をおこす女の会」・・・新しく立ち上げられた団体で、新しく作ったのぼりも今日デビューです。必ず三里塚のことは伝わる。10・11には新しい人を一人でも連れていっしょに行こうと訴えられ、また9月10日から中国電力による埋立て着工攻撃がはじまった、上関原発反対、祝島の闘いに参加してきたことを報告された。(ひぇ~この間、祝島の闘いについて何もふれずに・・・ゴメンなさいm(- -)m・・・)28年間原発計画を止め続けてきた祝島も、三里塚や辺野古と全く同じ、卑劣な妨害やキャンペーンがあることも、自然が豊かなことも。耕すものに権利ありと同じ、海は売らない!島民の阻止行動が、シーカヤックに乗った若者達が阻止行動になっている。島民の闘いが新たな輪を広げ、今日まで完全阻止している。体を張って。生活かけて、命をかけて闘っている。三里塚を、辺野古も、祝島もいっせいに勝たせようと呼びかけられた。
これまた新しく立ち上げられた「大阪の海と空を戦争に使わせない会」から。大阪の人間が関空をどうするのか?これまで関空反対を代表してきた人が、関実の永井さんや松原さんに悪罵をなげつけていることに責任を感じ、またこれまで関空闘争について、実はほとんど知らなかった、泉佐野の闘いと思っていたことが、淡路、明石、神戸の人たちが自分達の問題として関わってきた・・・関空闘争は淡路島から始まった、我が闘い、自分たちが責任をとってきたということを学習した。関空について、自分らの力で学んでやっていきたい。また、大阪湾の軍港化阻止の闘いはここ何年も続いているが、参加したことがない。これではあかんやろう。だから一つの旗印を掲げた、大阪周辺の人も、気軽に参加をと呼びかけられた。
最後は関西合同労働組合。発言者は昔スーツ姿にアタッシュケース(中にはすね当て、作業靴等)で鉄塔決戦に乗り込み、京成成田駅で多くの活動家達が検問で足止めを食らっている中、堂々と通り抜けていった思い出話の後、三里塚は全人民共闘の砦、闘う人士を育ててきた所だ。国家戦略を破綻に追い込んでいる。10・11に全力で決起しようと訴えた。

まとめとして、三里塚決戦勝利関西実行委員会事務局次長の安藤眞一さんから、指をL字型に出して(フィリピン・アキノ民衆革命の時の、ラバンのLですね^^)歴史というのは、今わからへん。あのときがんばって、ああ、やったなぁ~と分る。「第二の三里塚になろう!」この歴史を否定してはいけない。軍事空港はいらない。吉沢先生の講演で「責任」という言葉が出てきたが、私たち一人ひとりの「責任」も問われている。
・原則を守ろう
・非妥協で闘おう
怒りをバネに、私たちは闘う。
最後はみんなで、シュプレヒコール。「三里塚決戦に、勝利するぞ!」「東西両軍事空港粉砕!」「戦争のための米軍再編反対!」「団結してガンバロー!」
うむ、がむばりましょう!思いっきり三里塚現地に行きたくなるupいい集会であったぞ。

|

« 9・27三里塚関西集会に決起(前半) | トップページ | 堺市LRT計画中止へ・・・ »

たたかいとかくめい」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1094529/31572278

この記事へのトラックバック一覧です: 9・27三里塚関西集会に決起(後半):

» 教えます!土地収用法 [教えます!土地収用法]
土地収用法のポイントについての情報サイトです。 よろしければご覧ください。 [続きを読む]

受信: 2009年10月27日 (火) 14時28分

« 9・27三里塚関西集会に決起(前半) | トップページ | 堺市LRT計画中止へ・・・ »