« 基地建設反対闘争の今後 | トップページ | ダグラス・ラミスさんが語る基地のこと普天間の移設と沖縄の負担 »

路面電車を守った労働組合のその後

路面電車を守った労働組合
路面電車を守った労働組合(続き)
の、続きです(^^)
 1980年に広電支部の組織率が第二組合を上回り多数派となった。第二組合の併合も目標に上がってきたわけだが、小原は「裸統一」…すなわち両組合が上部組織(広電支部は当時の総評、第二組合は同盟傘下である)を脱退して企業内で統一すること…は全く考えていなかった。広電支部で労働者を組織できるのだから、第二組合には遠慮はいらないということだ。だがこの闘いの勝利を見ることなく、1990年3月31日に小原は定年退職となり、組合活動からも隠退した。(どこぞやの組合の長が、「顧問」と称して院政を敷くのとはエライ違いでもあるが…^^)
 1989年総評解散・連合結成の流れから、広電支部と第二組合も93年に「統一」することになるが、それは両組合の幹部が話し合いを繰り返した後、一旦両組合が上部団体を脱退し、統一後に一定期間おいてから連合傘下の私鉄総連・私鉄中国地方労働組合に加入する「裸統一」であった。
 90年代の規制緩和攻撃が激しくなる中、後継者が若くして病で亡くなったこともあり、広電支部は長時間過密労働を許す「変形労働時間制」を許してしまう。これは週休2日制にする変わりに、これまで1日単位で計算されていた労働時間を、1ヶ月単位で通算することで、会社側がダイヤや勤務の組み方の自由度が高まり、労働者にとっては勤務日の拘束時間が長くなってしまうというものだ。1日の労働時間は7時間半と決められているので、「中間解放時間」という、低額の手当てと引換えに労働者を拘束する時間を設けたことが、過密労働と減収を招いた。変形労働時間制の中で、ダイヤの組み方を乗務員にとって働きやすいものに変えていく闘いが取り組まれ「現場協議」が繰り返された。
 バス部門の赤字が続き、団塊世代の定年退職により人員が不足するも会社が新規採用をしぶり労働強化が続く中で2001年、会社側は人員補充策に「契約社員制度」導入を提案してきた。ここで特筆されるのは、苦渋の選択で広電支部がこれを認めるにあたり、契約社員を「正社員への登用」を条件としたことである。全契約社員を組合に加入させ、組合員としての権利・義務をほぼ平等にし、毎年の春闘で契約社員の賃上げにも取り組んだ。契約社員導入翌年の2002年には「契約社員の正社員化」を要求してストライキを構え、「採用後3年を経た契約社員を正社員化する」という労使協定が締結される。
この段階でも正社員登用はするがあくまでも「正社員Ⅱ」という扱いで、差別は残ったが、広電支部は「完全正社員化」をめざして交渉を続けることになる。2006年度にバス部門が黒字に転化したこともあり、2006年秋闘において「正社員と契約社員の賃金体系と労働条件の統一をめざす」ことで労使が合意した。そして2009年春闘で、全契約社員を正社員とし、賃金体系と労働条件を統一する、契約社員制度を廃止するという会社提案が出された。正社員の一部(50歳代後半)の一部に現状よりも賃金が下がるというデメリットもあったが、調整給の支給や定年延長を要求し「契約社員の完全正社員化」が勝ち取られたのである。

 大きな組織(総評・連合)がバックにあること、「損益分岐点」…会社が黒字になることを考えるということなど、今求められている労働運動に全て適用できるわけではないが、学ぶことも多い広電支部の闘いを「組織者 小原保行」を通して紹介する本のレビュー(みたいなもん)は、これで終了happy01

そーいえば
広島電鉄鷹野みゆきタンも、私鉄広電支部の組合員なんだろーかvirgo
Pict0006

|

« 基地建設反対闘争の今後 | トップページ | ダグラス・ラミスさんが語る基地のこと普天間の移設と沖縄の負担 »

かくめいのための理論」カテゴリの記事

コメント

関西汽船の子会社関汽交通社国際旅行部の某氏

は女性の過去を”妊娠中絶から家出まで”の

話を職場で行う最低人間、その上、上司が得意

先からのリベートを独り占めした行為に、腹お

立て、上司を半殺しにしました。

セクハラ・パワハラ・・・電話の盗聴まで行う

異常な会社です。

嫌がらせのかずかすの会社

関西汽船の子会社、関汽交通社

上司が賭博を強要、えげつない差別

長期の遅刻常習者で、土曜日は遅刻して、仕事

もせずに競馬の予想、無断私用外出(馬券の購

入・換金)に定時退社に対して、注意も懲戒

処分も行わない。

真面目に働く労働者を愚弄すろな!

真面目に働く労働者の迷惑を考えろ!

ブラックの社員達

関西汽船の子会社、関汽交通社

"団券”の漢字も読めないのを、注意すると

嫌がらせのオンパレード、不思議な社員

よく入社できたな~不思議です。

業務上必要な知識の欠如は恥ずかしくないので

しょうか。

投稿: 善野 | 2011年2月20日 (日) 09時29分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1094529/32656397

この記事へのトラックバック一覧です: 路面電車を守った労働組合のその後:

« 基地建設反対闘争の今後 | トップページ | ダグラス・ラミスさんが語る基地のこと普天間の移設と沖縄の負担 »