« 2009年12月 | トップページ | 2010年2月 »

2010年1月

普天間基地はいらない!新基地建設を許さない!

私は行きませんでしたが 本日の東京・日比谷での集会は6000人の結集だそうで、
で、28日の大阪での集会をレポート
と言っても、プログラムすらゲットしておりません。つたないメモだけが頼り…
Pict0002

開始時刻6:30直前に到着。知り合いと少し話をして中へ入る。なんか入り口で参加団体・組合ごとの受付けのようなところがあるのですが、私は一市民としての参加だから立ち寄らずに会場へ。
既に始まっており、座席はほぼ埋まっています。
Pict0005
柱がジャマ~

平和人権センターから主催者あいさつ。平野官房長官(そういえばこの人、大阪11区選出の議員なんですね)の発言を弾劾するとともに、5月を前にして必要に応じて行動してまいります、普天間基地国外撤去を目指し、もう少し日米の関係を対等にしよう。沖縄と「連帯」しようとのこと。

続いて、メインのヘリ基地反対協議会の安次富さんの講演です。(1・30訂正…安治富と誤記しておりました。申し訳けありません)
名護市長選挙の報告は、少し感極まっていたようです。
沖縄のたたかいは、平和的生存権の確立のためである、平野官房長官の発言はほんとうに残念だ、怒りがあります。主権国家であれば、沖縄からイラク・アフガンへの戦争行為をさてはならない、日米安保50年と言われているが、安保を見直しを、主権者である国民の意見を聞いて行う。アメリカとは軍事同盟ではなく平和条約を結んで、東アジアの平和を東アジアの人々といっしょに考えていくことが必要だ。
中央のメディアは、日米同盟の危機をにぎわしているが、ジャーナリズムの危機。ジャーナリズムは問題を掘り下げて伝え、政策をつくるのは国民である。このつながりをとりもどしましょうとのこと。
私たちは「県内移設」はだめ、普天間飛行場はすぐ閉鎖という立場。政府は長々と移設先を探す前に、閉鎖をアメリカ政府と交渉を開始すべき。ナイは今までどおりの日米関係ではだめ、アーミテージもB案が必要と言い出している。私たちの力でそういうものを引出してきたのだから、連立政権は自信を持ってアメリカと交渉して欲しい。
北澤防衛大臣が、辺野古基地建設ありきの環境影響評価報告書を提出しようとしているのはおかしい。アメリカの顔を見るのではなく、名護市民の顔を見ろ。このような政治を止めましょうよ。名護市長は、自然と共に歩む観光政策を、市民とともにススムと思います。人間は変わります。私たちが闘えば連立政権も変わります。安保を平和友好条約に変えていく国民運動をはじめましょう…と訴えられました。(もっといろんな話もあるのですが、メモ等の都合でこんなんですみません)

続きまして、主催者から会場等の費用は出したが、闘いはつづくので、辺野古の闘いに送るカンパのお願い。

社民党議員の服部良一さんが登場。トンボ帰りをしないといけないということで、顔みせだけのつもりだったのだが、安治富さんの話が少し予定時間より早めに終わったので、委員会の話などを少しだけ…
声援や拍手が、わりとにぎやかに起こりましたが、裏切るなよ~という声もあり…

Pict0009

決意表明は3件
自治労大阪本部の青年部長、平和学習への取り組みや、嘉手納基地包囲行動などについて語られました。
辺野古に基地を絶対つくらせない大阪行動から、この日、近畿中部防衛局に署名提出行動をしてきたこと(安次富さんもいっしょに参加された)、沖縄の基地問題は私たちひとりひとりの問題、ヤマト問題であるとのことでした。
大阪教職員組合からは、在日のハンソグンさんがあいさつされました。

しないさせない。戦争協力の共同代表から、まとめと行動提起
代替基地はいらないと、きっぱりと確認、1・30一万人集会に参加しよう。さらに大きな反戦・反基地の運動を、きっちり勝っていきましょう、民衆の力で勝ち取っていこう。
決議(案)が読み上げられ、拍手で確認!
最後は立ち上がって、「団結!ガンバロー」…これをやらないと、終わらない人たちがいるのですね…というか、市民運動の感覚からは「何じゃこりゃ~」という感じです。
2300人の結集ということですが、雑談をしている人もいた。労組の動員関係で来た人も多いと思います。動員で集会に出かけるにしても、それなりに学習や取り組みをしているのだろうし、若い人も来ていた。たまたまこの集会に参加させられたのだとしても、今後沖縄のことを取り組む入り口になってくれればいいのではないかいなとも…

で、30日は、東京には行かずに、辺野古に基地を絶対つくらせない大阪行動に、あるみさんズとともに決起
Pict0002_2

小さいですねぇvirgo
Pict0005_2

| | コメント (7) | トラックバック (1)

普天間基地はいらない!新基地建設を許さない!1・28大阪集会に決起

普天間基地はいらない!新基地建設を許さない!1・28大阪集会に決起しました。
Pict0007

2300人の結集だそうで・・・
開催時刻18:30直前に到着したので、会場入り口で撒かれていたビラ等はあまりゲットできず。
かくまるのビラを、ゲットしますた(^^)/

道州制反対を唱えている人たちも、ビラを撒きに来ていたようですが、確認せず・・・

集会については、別途報告します。


| | コメント (4) | トラックバック (1)

八木沢まいchanに赤旗を持たせてみる

今回ゲットしたのは、上田電鉄、別所温泉駅長八木沢まいchanです~ぅ(^^)
Pict0058

竹箒を持っていますが、レレレのおじさんではありませんcoldsweats01

Pict0054_2

鉄道むすめ「DS」シリーズには、プロフィールカードのスタンドが付いているのですね。

【別所温泉駅ご案内】 登場キャラ:八木沢まい(上田電鉄/別所温泉駅長) 発生場所:別所温泉駅(上田電鉄) 竹箒で駅の掃き掃除をする、八木沢まいです。

「それでは一緒に待合室の掃除からやりましょうっ。」

上田電鉄はもともと上田交通と名乗っていましたが、2005年に鉄道部門を分社化して、今の名前になりました。
JR長野新幹線・しなの鉄道上田駅と、別所温泉駅11.6㎞を結んでいます。八木沢駅は、終点別所温泉駅の一つ手前です。

長野・佐久平方面は、関西や中京地区からは少し行きにくいこともあって、残念ながら未乗であります。よって、鉄道写真は、今回ありませんm(_ _)m

変わりに、箒(蜂起ではない)を持つ手に、赤あるみさんが持つ赤旗を突っ込んでみました(オイオイ)
Pict0065_2

棒も持ってもらいました。
Pict0063_2

「辺野古基地建設を、撤回せよ~sign03
 沖縄の米軍基地も、掃除しちゃいましょうっ ポイっheart

| | コメント (0) | トラックバック (1)

名護市長選挙結果をうけて、鳩山政権は辺野古基地建設を撤回せよ!

辺野古選挙さんからもコメントをいただきましたが、沖縄、名護市の市長選挙で、辺野古基地建設に反対している稲嶺氏が当選した。
YOMIURI ONLINEより
名護市長選、移設反対の稲嶺氏が当選

沖縄県の米軍普天間飛行場(宜野湾市)の移設受け入れの是非が最大の争点となった同県名護市長選は24日投開票され、受け入れに反対する新人で前市教育長・稲嶺進氏(64)(無=民主、共産、社民、国民推薦)が、容認派で自民、公明両党の支援を受けた現職・島袋吉和氏(63)(無)を破って初当選した。
 鳩山首相は選挙結果を普天間移設先決定の判断材料にすると明言しており、受け入れ反対派の稲嶺氏が勝利したことで、名護市辺野古に移設するとした2006年の日米合意の実現は極めて困難となった。市長選の結果は、在日米軍基地の再編計画全体の行方にも影響を与えそうだ。
 当選後、稲嶺氏は「辺野古の海に基地を造らせないと皆さんに約束した。信念を貫く」と決意を語った。
 稲嶺氏は選挙戦で、普天間の新たな移設先について、「沖縄県内でのたらい回しは沖縄の基地整理・縮小の流れに反するので、あってはならない」とし、「県外・国外移設」を求める考えも訴えた。
 普天間移設問題をめぐり、鳩山政権は昨年12月、名護市辺野古沖の米軍キャンプ・シュワブ沿岸部への移設計画を白紙化し、移設先を新たに選定する方針を決定。鳩山首相は今年5月末までに結論を得るとし、その際には、現行案の移設先である名護市長選の結果を判断材料とする意向を表明したため、米政府も高い関心を寄せてきた。
 名護市は、日米両政府が1996年に普天間飛行場の全面返還に正式合意後、移設先として浮上したが、地元の賛否は受け入れをめぐって激しく割れた。97年には賛否を問う市民投票が行われ、反対票が過半数を超えたが、98年以降に行われた3回の市長選では移設容認派の候補が勝利した。今回は、民主党が昨年9月に政権交代を果たした結果、「県外、国外移設」に期待する県民世論が再燃した中での選挙戦となった。
 稲嶺氏は名護市への移設反対を前面に出したほか、陣営が政権交代による鳩山政権とのパイプの太さを強調。「基地とリンクしない振興策」を訴えて、景気低迷に苦しむ市民に浸透した。
 島袋氏は、移設問題については「過去3回の選挙で決着済み」だとして選挙戦で積極的に触れず、これまでの地域振興策の実績を訴えたが、及ばなかった。
 投票率は76・96%で、06年の前回選挙(74・98%)を上回った。
(2010年1月24日22時39分 読売新聞)

民意は完全に明らかでしょ。13年間、反対が続いて「移設」できないんでしょ、工事もな~んも、進んでないんでしょ。
今こそ、鳩山政権は、辺野古への移設計画を白紙撤回すべきrock

5月までの「結論」の前に、「もう辺野古は無理、あきらめました」って、言えばいいのだ。「オバマさん、ごめ~んcoldsweats02」ってw

16日の普天間基地即時閉鎖 緊急集会で服部良一、社民党衆議院議員が報告していたように、アメリカは普天間移設問題なんぞ、ほとんど問題にされていない。日米同盟が大切だから、辺野古への建設は変えられないという報道は、針小棒大なハナシもエエとこ。
「保守」や「反動」、リベラルその他も含め「同盟が大切、基地が必要」と考えるならば、「本土」で引き受ける…そして、徹底的に議論すればよいのだ。

| | コメント (5) | トラックバック (1)

和田岬線旧客

和田岬駅・・・駅舎がなくなっていましたで、駅舎の紹介をしたついでに、90年に撮影した旧型客車の紹介です。
001
兵庫駅にて…今もそうですが、和田岬線の列車は高架下の地上ホームから出発します。牽引はDE10

002
ホームは、こんな感じ(^^)

003
後ろからは、こんなん。

004
自動連結機であります。

005
オハ46形客車

006
外付けドアであります。

007
オハ46の内部・・・いや~ボックスシートに扇風機・・・いい風情でございます(^^)(^^)(^^)///
平日ではありませんでしたので、車内は旧客廃止前に乗車に来た鉄ちゃんばかり。

008
で、オハ64の中は、こんなんsign02そうです、輸送力確保のため、座席がないんですね。

009
これまた、なつかしの洗面台です。

010
エエモンですな~happy01

012
和田岬駅で、機まわし…なお、通常は機関車を両端につけ、プッシュプル運転をしていたのだそうな。

013
前にも書いたとおり、和田岬駅には改札がありません。こういったところから自由に出入りが出来ます。

014
連結部であります。

015
運河を渡る、旧型客車…

016
上から、俯瞰撮影できるところがありました。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

構造的沖縄差別

沖縄の米軍基地問題を考える上で、大切なこと…それは先日の普天間基地即時撤去 緊急集会先日の集会で、新崎盛暉さんが述べた「構造的沖縄差別」の問題である。
さかのぼること400年、薩摩藩は琉球王国を侵略した。日本が近代化するにあたり、明治維新によって成立した政府は、一方的に琉球王国を琉球藩とし、1879年にはこれを軍隊・警察の力も背景に琉球藩を廃止・沖縄県とした。これを「琉球処分」と言う。
 沖縄県設置後、旧慣温存政策が取られた。これは清国との帰属・国境画定問題もあって、沖縄での「内乱」は避けたい日本政府が、琉球王国の旧支配層への懐柔政策であったのだが、土地・租税の制度や、宮古・八重山では人頭税も残るなど、資本主義的発展から疎外された上で、日本帝国に同化させられることになる。
で、対米戦争で日本が負けそうになって、天皇制も危うい!というときに、沖縄戦で時間をかせぎ、民衆を巻き込んで多大な犠牲が払われた…普天間基地はこの時、対九州攻撃用として沖縄の民衆が戦場からに避難している間に作られたのが始まり。戦後、琉球諸島の米軍による軍事占領の継続を望むという「天皇メッセージ」もあり、米軍の軍事占領が続くことになる。サンフランシスコ講和条約締結によって、沖縄を切り離して引き続き米軍占領下に置くことで、日本は「独立」を果たした。同時に日米安全保障条約(旧安保条約)が締結され、引き続きアメリカは日本に基地を置くことができるようになったが、やはり相手は「主権国家」である。日本「本土」では、砂川を初めとする安保・基地反対闘争も巻き起こり、相手国の制約にかかわらず、民衆の権利をいくらでも抑え続けることができる軍事支配下の沖縄で、米軍基地の拡張が続く。普天間基地の滑走路が2300mに改修されたのが、1953年。海兵隊に移管されたのが1960年で、岐阜県や山梨県で朝鮮半島をにらんでいた海兵隊がやって来た。60年の現安保条約改定までに、「本土」の基地、特に地上戦闘部隊が整理され、面積は半分になったが、沖縄では倍増…これを新崎さんは第一段階の基地しわ寄せと呼んでいる。
 さて、ベトナム戦争が激しくなって、在日米軍基地からドンドンとベトナムに出撃していくことになる。しかし「主権国家」日本とのタテマエ論では、「本土」の基地から出撃するのは「事前協議」の対象となる。だから一旦沖縄に「移動」して出撃するということをやっていたそうだ。B52爆撃機もグアムから台風避難を口実に嘉手納に移動してきて、北爆を繰り返す。これが1968年11月19日に墜落し爆発するという大事故を起こし、沖縄ではB52撤去を求めるゼネスト決行寸前まで闘いが起こる。このような闘いが起こるようでは、とても米軍の沖縄支配は持たない(ベトナムでも負け続けていたし)だからアメリカは施政権を日本に返還して、基地をそのまま維持し続けさせることにしたのだ。 
 施政権が72年に「返還」されても、米軍基地はそのまま…「本土」の基地は75年ごろまで60年代の半分に縮小し、安保・基地が見えなくなる。在日米軍基地(専用施設)面積の変遷はこちらいつしか日本の民衆も沖縄に基地があって当たり前と思うようになる…日本国憲法の「非軍事」と日米安保の「軍事」との矛盾を、異なる文化・歴史を持つ沖縄「植民地」に押し付けてきた。
 だから、普天間基地の「代替施設」が沖縄にできることも、日米同盟のために、沖縄に犠牲になってもらうのも当然だと思ってきた。政府が下地島や伊江島に一所懸命「代替施設」を探すのは何なの?

基地建設反対闘争は、日米安保・日米同盟に対する闘いであるのみならず、「普天間基地はいらない、今すぐ出て行け」という、そこに住む人間として当たり前のことを決定し、実現する…このことを否定する日本政府とは、さらに日本の民衆は何なのか?ということを、問わなければならない。

「革命的左翼」とやらの側にも問題があって、一度切り捨てた沖縄を「奪還」するだとか、「解放」するだとかは、非常におこがましい考えである。「自己決定権支持」…これでなければならなかったし、また現在もそうである。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

和田岬駅…駅舎がなくなっていました…

鉄人を見に行ったついでに、完乗闘争に決起した神戸市営地下鉄海岸線
途中、和田岬駅にて、下車。JR和田岬駅を見に行きました。
Pict0043
地下鉄駅には、張飛VS馬超…ちなみに、両者が直接、刃を交えて対決したというのは、「三国志演義」の創作らしい。
JR山陽本線兵庫駅から、1駅だけの支線が出ております。これは山陽鉄道を建設する際、港から資材を運搬するために敷設した線路をそのまま貨物線として開業した路線で、現在もJR西日本により旅客営業が行われております。山陽本線の支線扱いですが、和田岬線と呼ばれます。
ただ、地元企業…主に三菱重工なんか…の労働者が通勤に使うだけのため、朝夕しか運転していません。で、1990年まで、旧型客車が走っていました。
011
そのとき撮影した駅舎
電化されたのが、2001年…103系電車が走っています…が、どうなっているのか見てみようと思ったわけですね。
すると、
Pict0045
すっからかんです、何もありませんcoldsweats01

Pict0047
バス停なみですbus
「改札はどうなってんじゃ~」という疑問について…朝夕限られた人間しか利用しないため、兵庫駅に中間改札みたいなものが、あるのですね(^^)/ そこで精算です。

Pict0048
日曜日は、朝夕2本しか走っていません。

Pict0051
跡地は、コンビ二になっています。便利~

Pict0046
コンビ二には、路線や駅舎の歴史を示す、銘板があります。
じつは、駅舎が取り壊されたのは、2009年の8月、コンビ二開業は、12月22日だそうで神戸新聞記事え~最近じゃないかsign02

Pict0049
線路は続くよ、どこまでも・・・

おまけ
Pict0052
三国志ワールド、地下鉄海岸線、三宮・花時計前駅は、関羽たん


| | コメント (0) | トラックバック (0)

普天間基地即時閉鎖 緊急集会

16日の18:00から、エルおおさかで行われた普天間基地即時閉鎖 緊急集会に参加してきた。
まず、昨年の11・8沖縄での県民大会の様子をアジア共同行動さんが撮影・編集したビデオの上映が10分ほど。その後司会から、日米安保粉砕のたたかいをこの1年間がんばっていきたいとあいさつ。
新崎盛輝さんの講演。まず、沖縄の世論は「新基地建設は認められない」というのがあって、民主党は沖縄で基盤が政治基盤をつくるため、「基地を作る」と言うことはできない。そのため普天間基地の「国外・県外」移設をマニュフェストに記載したが、これは戦後の基本的な日米関係の枠組み…沖縄に基地を押し込めてきたこと…を変えることになると始めた。そして、戦後日米関係の本質的属性は、対米従属と構造的沖縄差別であると本論を述べた。60年安保以降、第一段階の、沖縄への基地のしわよせが始まり、「本土」の基地は半分、沖縄の基地は倍となる。朝鮮半島をにらんで「本土」に居た海兵隊もこのとき沖縄にやってきた(ベトナムが近いもんね)70年安保・沖縄返還…「返還」というのは、沖縄で米軍基地への反対闘争が広がり、アメリカが直接統治できなくなったから日本に「施政権」を返還したのだ…第二段階の基地のしわよせが始まる。普天間基地が市街地の中にあるにもかかわらず、「危険な」基地になったのもこの時期からだそうな。ここで「本土」の基地はⅠ/4に、沖縄はそのまま…で、日本の米軍基地の75%が沖縄に集中することになる。それとともに、全国的な安保問題がみえなくなり、基地は沖縄・厚木・岩国のような「地域」の問題として扱われるようになったのだ。
95年の少女暴行事件をきっかけとして、普天間基地を返還し、その代替施設を沖縄・辺野古(当初はもっと小さな基地にする予定であったのが、地元利権のため沖合いのリーフ上に巨大な埋立地を作ることに化けてしまったのだが)に作るというSACO合意が成されたわけだが、その後のブッシュ・ラムズフェルドの「テロとの闘い」に代表される米軍戦略の変換から、米軍再編ということが計画された。これはこれまでソ連や中国を対象とした重厚長大な基地よりも、よりコンパクトな基地をネットワーク化させ、どこにでも動かせる軍隊にするものだ。アメリカの戦略の変化に伴い、日米安保・日米同盟の内容やそのあり方…沖縄に米軍基地があり続けること…も変わる。一方で、北朝鮮をにらむはずの在韓米軍も減らされる中、沖縄に海兵隊が存在し続ける理由はない。SACO合意の代替施設建設もうまく行かない中で、辺野古への基地建設はアメリカにとっては、政治的なもの、日本から金を出させたりするとの駆け引きの道具となった。
民主党は、「県外移設」を安保にとってどうゆう意味を持っているのか、良く分かっていない。一方でマスコミは、相変わらず戦後60年間続いてきた「日米関係」そのままの発想で、アメリカが言っているから、「(普天間移設は現行の辺野古が)唯一実現可能な案」なのか、なぜそうなるのかトータルで考えることが出来ない。また、基地建設反対の側は、「建前論」「どこにも基地はいらない」論も含め、これまでの沖縄への構造的差別を覆すことができなかったことも問われている。普天間移設は、どこに持っていくのかという賛否両論…それは安保や日米同盟のあり方を問うこと…を、どれだけ共有できるか、というところから始めるなければならないというものだった。
 10分休憩の後、服部良一、社民党衆議院議員からの報告。12月に発足した沖縄基地問題検討委員会の委員に選ばれてしまったとあいさつ。守秘義務があるので、こんな検討をしていると話すことはできないが、5月までに地元との話し合い(生々しいなぁ~)や、対米交渉も含め、これまでは意見を言うだけであったが、何らかの結論をつけないといけない立場になったとのこと。
委員会の仕事で、ワシントンに行っており、16日の16時に成田に着いた。日米同盟の危機と報道されているが、実際アメリカはどう考えているのか調べるため、また辺野古・沖縄への基地のたらいまわし無理だと訴えるための訪米で、民主・共和党の議員、超保守からリベラルまでのシンクタンクとも会い、また環境や平和を考えるNGO団体とも30名ぐらい集まって、討論したそうだ。実際、アメリカにとって普天間の問題はほとんど知られていないし、アメリカの一番の問題は医療保険・雇用・アフガニスタンであること、日米同盟の危機を報じているのは、日本の記者連中(一種のエリート集団で、かつア頭の中が冷戦構造のまま)であること、そしてアメリカの声は、多様だということを見てきたと報告された。服部議員は、いろんな検討をした結果、やっぱり沖縄に、ということは何とか阻止したい。沖縄から撤退させるために、ドンドン基地機能を分散させて、やっぱり日本では不便だということで撤退させるというような、過渡的な長期戦略も必要で、その中で朝鮮半島や東アジアの平和構築を考えることが大切だと述べ、歯切れの悪い報告となっているが…と最後に締められた。
時間がない中で、あらかじめ質問用紙に書いた質問に新崎先生が答える形での質疑応答が行われたが、その中で、辺野古の問題は、普天間基地返還を、SACO合意で「移設」の問題に摩り替えられたことが問題である。しかし今の政権が「返還」をやり切れるのか、移設論議を乗り越えてそれをどう迫るかと言う論理の構築が大切で、そのため「県外移設」で問題を共有化することが必要であると確認した。
最後に主催者から、1月28日の大阪での集会への行動提起、民衆運動が、沖縄の運動をしっかり支えることが必要であると訴えられた。
会場は、3人かけの机に2人以上が座って、満席だった。だいたい200人弱ぐらいか?(ちゃと机の数、数えろよ^^;)
「構造的沖縄差別」論や、安保・日米同盟について、共有化(とりもなおさず、地域の問題から、日本の問題にすること)については、本集会も参考に、別途論じてみることにしたい。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

16・28・30日は、基地建設反対に決起せよ!

ということで、集会の案内です。
いきなり、明日…
1月16日(土)
普天間基地即時閉鎖 緊急集会
講師:新崎盛暉さん 「戦後日米関係の転機としての普天間問題」 
報告:服部良一さん 800円 主催:沖縄とともに基地撤去をめざす関西連絡会
18:30~ エルおおさか
ちらしダウンロード

1月28日(木)
沖縄上京団を迎えてー 普天間基地はいらない 新基地建設を許さない 1.28大阪集会
中之島中央公会堂大ホール
18:30~(18:00開場)
連絡先:大阪平和人権センター(06-6351-0793)
しないさせない戦争協力関西ネットワーク(06-6364-0123)
ちらしダウンロード

そして、1月30日(土)は、日々谷公園野外音楽堂にて
「普天間基地はいらない 新基地建設を許さない 1・30全国集会」が、開催される。
2010年1月30日(土) 14:00開会 16:00デモ行進
主催:1・30全国集会実行委員会
主催団体を構成している、フォーラム平和・人権・環境の呼びかけから、転載

「普天間基地はいらない 新基地建設を許さない 1・30全国集会」への呼びかけ -------------------------------------------------------------------------------  皆さん、私たちはフォーラム平和・人権・環境(平和フォーラム)です。  私たちは皆さんに、「普天間基地はいらない 新基地建設を許さない 1・30全国集会」への参加を呼びかけます。  1996年12月、日米両国政府は「沖縄に関する特別行動委員会」(SACO)の最終報告で、普天間基地の返還と、それに伴う代替基地を建設することで合意しました。  代替基地の建設先とされた名護市・辺野古では、さまざまな反対運動が行われました。特に2004年に防衛庁が環境影響評価(アセスメント)のための調査に着工しようとしてからは、陸上での座り込みや海上での阻止闘争など、体を張った闘いが繰り広げられました。  こうした沖縄の闘いに連帯して、全国各地でも様々な運動がおこりました。東京では、「辺野古への海上基地建設・ボーリング調査を許さない実行委員会」(現・辺野古への基地建設を許さない実行委員会)の仲間たちが、防衛庁に対して粘り強い抗議行動を続けました。私たち平和フォーラムも、2004年8月に起きた普天間基地ヘリコプターの沖縄国際大学への墜落事件を契機に、数度にわたる全国集会や、国会議員に対して新基地建設反対を求める要請行動を行ってきました。  また沖縄現地では、2004年と2005年の5月に2度にわたる普天間基地包囲行動が行われ、2009年11月には21,000人が参加しての基地撤去を求める県民大会が開かれました。   「普天間基地を閉鎖する、新基地建設を許さない」――沖縄県民の声、現地での反対運動、全国での反対運動は、ついに日本政府を動かしました。2009年12月15日、鳩山内閣は、普天間基地の移設先を見直すことを表明したのです。  もちろん、鳩山内閣の決定は私たちの意向と完全に合致したものではありません。見直される移設先の候補地には、依然として辺野古も含まれています。辺野古での新基地建設を前提とした予算も計上され、アセスメントの手続きも継続されることになりました。  鳩山内閣の移設先の見直し表明に対して、米国政府からは恫喝のような圧力がかかっています。またマスコミ各社は日米同盟堅持のためには辺野古新基地建設推進の報道を繰り返し、外務省・防衛省の官僚による巻き返しも図られています。  私たちは、私たちの力で実現した移設先の見直しを鳩山内閣に実行させるとともに、普天間基地の閉鎖と新基地建設の阻止を実現しなければなりません。そのためには、米国政府の圧力に負けない、またマスコミ各社のキャンペーンに負けない市民の声と、その声を作りだすための大衆的な行動が必要です。  そうした大衆的な行動の第一歩として、2010年1月30日午後2時から、東京の日比谷公園・野外音楽堂で、「普天間基地はいらない 新基地建設を許さない 1・30全国集会」を開催します。  沖縄と全国、国会議員と自治体議員、労働組合と市民、沖縄に思いを寄せる仲間が集まって、私たちの声と思いを全国に明らかにしましょう。私たちの声と思いで、日米両国政府を動かしましょう。多くの仲間の皆さんがこの集会参加してくれることを期待して、私たちからの呼びかけとします。

ということで、鳩山政権に普天間基地を撤去させ、辺野古基地建設をあきらめさせるため、がむばりましょうpunch

  

| | コメント (2) | トラックバック (1)

沖縄の基地を自衛隊も使う

では、なんで沖縄に基地が必要なのか…
私もあまり論じてはこなかったのだが、沖縄の基地を、自衛隊が使うということだ。
2005年10月に出された米軍再編の中間報告「日米同盟:未来のための変革と再編」の中で、Ⅲ.兵力体制の再編において(外務省HP内に、仮訳があるが、引用文章は2008年10月沖縄タイムス社が出した新書「アメとムチ」の構図 普天間移設の内幕(渡辺豪)に付けられた資料による)

○さらに、自衛隊がアクセスを有する沖縄の施設が限られており、またその大半が都市部にあることを認識しつつ、米国は、日本国政府と協力して、嘉手納飛行場、キャンプ・ハンセンその他の沖縄にある米軍施設・区域の共同使用を実施する意思も強調した。このような共同使用は、この報告の役割・任務・能力の部分に記述されているように、共同訓練並びに自衛隊及び米軍の間の相互運用性を促進し、それにより全体的な同盟の能力を強化するものと双方は考える。
とある。
 広大な海兵隊基地を利用して、米軍と日帝・自衛隊が共同訓練・演習を行うのだ。
 何のために。
先の「日米同盟:未来のための変革と再編」には、Ⅱ.役割・任務・能力として
 
テロとの闘い、拡散に対する安全保障構想(PSI)、イラクへの支援、インド洋における津波や南アジアにおける地震後の災害支援をはじめとする国際的活動における二国間協力や、2004年12月の日本の防衛計画の大綱、弾道ミサイル防衛(BMD)における協力の推進、日本の有事法制、自衛隊の新たな統合運用体制への移行計画、米軍の変革と世界的な体制の見直しといった、日米の役割・任務・能力に関連する安全保障及び防衛政策における最近の成果と発展を、双方は認識した。

とある。
 イラクやアフガニスタンで現在行なわれているような「対テロ戦争」、さらにはソマリア沖で行われている「海賊対策」と言う名の、帝国主義・新自由主義の抑圧からの解放…おのおののグループが掲げる理念やイデオロギーの内容はともかく…を掲げて闘う世界の民衆に対し、米帝・日帝が軍事力をもって対応できる体制を作るということだ。

もちろん、「米軍再編」で米軍・自衛隊が使うのは沖縄の基地だけではない。日本中の米軍基地・自衛隊基地が対象である。また軍隊の輸送・補給には民間の港湾・空港も使われる。(「対テロ戦争」においては、日本が直接爆撃されたりしているわけではないから、「基地」はものものしく軍事力で防衛されている必要はない。民間の施設のほうが便利で使い勝手も良い。)
だから沖縄の基地建設反対・普天間基地撤去闘争は同時に、岩国や横須賀、相模原での闘い、さらには関西空港や大阪港を軍事使用させない闘い、三里塚の軍事空港建設反対の闘いと結びついて、日米帝の世界戦略と対決することになる。また、集団的自衛権の行使とは、「世界の民衆に対し、米帝・日帝が軍事力をもって対応」することに他ならない。憲法9条を変える、「改憲攻撃」と闘うことに繋がるのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

沖縄の基地は海兵隊基地であることを考える

 このあいだの沖縄とグアムを並べてみた記事で引用した、沖縄県基地対策課のpdfの地図を改めて見ると、沖縄にある米軍基地のほとんどが海兵隊関連であることが分かる。実に沖縄の米軍基地面積の75%だ。
 で、なぜ海兵隊の基地が沖縄に集まっているのかと言うと…ベトナム戦争が、あったから。
 ベトナムでは解放戦線のゲリラ戦に対抗するため、米帝国主義は大規模に海兵隊を投入した。
 当時の輸送・兵站を考えて、ベトナムに近く、米軍が自由に使える沖縄に集約したのだ。実際、普天間基地の海兵隊は山梨から1960年代にやってきた。ベトナム・ダナンへの海兵隊上陸は1965年。
 
 ベトナム戦争終結後も、そのままで、かつそこに日帝の「思いやり予算」が加わるものだから、居心地が良い。基地内の保養所・娯楽施設やそこの従業員の給料まで、日帝の懐から出る…こりゃ、居座りますな。
 しかし、米帝は、湾岸戦争やアフガン・イラクでの戦争以降、戦争のやり方を変えた…もう自国の兵士を大量投入してドンパチやることを、戦争の初期にやることはない。み~んな最初は「空爆」だ。
 また対ゲリラ戦においても、ベトナムで負けた時、思いっきり犠牲者が出たこともあって、自ら犠牲になるのはイヤだから(ため)、ハイテクを使った精密誘導弾等でピンポイント爆撃等を行い、現地や同盟国の兵力も利用して制圧行為を行う。占領し、統治を行うのに必要なのは、陸軍である。
 海兵隊を戦争に使わないことはない…それどころか、2003年にイラクでファルージャの虐殺を行ったのは沖縄の海兵隊である…が、戦争というのは、事前に十分準備をして行う。海兵隊の即応という機能は、実はあんまり必要ではない。その証拠に、今海兵隊が出撃するときは、わざわざ佐世保から沖縄に輸送船を持ってきて乗船し、出て行くのだそうな。
 だからこそ集約したい…兵員輸送能力も向上した…それが米軍再編であり、海兵隊のグアム移転である。

 中国スターリン主義も完全に体制として完全に資本主義化し、台湾侵攻・有事も無くなった。軍事力の押さえとしては、海兵隊のような遊撃軍ではなく、陸海空3軍+ミサイルの、ガチ対決となる。そういう意味では米軍(プラス同盟軍としての自衛隊)がまだまだ圧倒的に能力が高い。自衛隊の対潜哨戒機は、中国軍の潜水艦情報をキャッチし、米軍に送っている。中国海軍が空母建造を計画しているとのことだが、艦載機を発着させるという技術は難しいし、ましてや空母を作ってもそれを運用する術で米軍に追いつくのは時間もかかる…デカイ船を作ればいいというものではない(「戦艦大和」化する可能性あり^^)米軍が対中国で必要な沖縄の基地は、空軍の嘉手納基地と、那覇の軍港施設ぐらいだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

長田三国志ワールド

神戸・長田に鉄人を見に行ったついでに、ウロウロしてきた商店街
横山光輝「三国志」で、街おこし…
Pict0022

十数年前、独身寮でいっしょだった同僚から「三国志」全60巻を借りて、寝る前に読んでました。かなり一気に、2回も読みましたね~
最初のほうは、登場人物が同じような顔ばかりsign02で、誰が誰やら、さっぱり分かりませんでした(^^;;

Pict0023
阪神高速の高架橋をくぐって、大正筋商店街へ。
袁術…後漢末に群雄割拠になったとき、いち早く皇帝を僭称するも、曹操・劉備に打倒されちゃった人・・・をなぜか撮影。

Pict0024
関羽像…うむ、やっぱりおぬしが先かい…で、隣では

Pict0025
コロッケを売っていました(^^)(^^)(^^)/// バックは鉄人

Pict0026
上の「三国志」ワールドばかり眺めていると、このようなタイルに気づきません。タレントやスポーツ選手が、被災地を励まし、復興を応援するため、サインや手形をタイルに示しているのですね。竹下景子さんのサインと手形。

Pict0027
こんな像もあります。

Pict0028
誰だ、コイツはhappy01

Pict0029
KOBE鉄人三国志ギャラリーというのがありました。入場無料。文学・物語としての「三国志」のちょっとした紹介やら、横山光輝ワールドの紹介、グッズの販売等が行われております。なお、個人で楽しむための写真撮影はOKですが、サイトやブログへの掲載はご遠慮下さいとのこと。
KOBE鉄人PROJECTの経緯を紹介する映像も流れております。

Pict0030
アーケード商店街が切れたので、左折。地下鉄駒ヶ林駅近くの、周瑜像。大通りの信号を渡ると、開いている商店の数は少なくなりますが…

Pict0031
車がアーケード内に乗り入れて、店を出しています。奥には占いの店もspade
さらに左折して、本町筋商店街へ

Pict0032
やっぱ、この人ですな。天才軍師・諸葛孔明タン。
このへんは駅から離れていて、少し寂しい雰囲気なのですが、端っこのほうに人気のあるモノを置くというのも、人に来てもらうための戦略でありましょう。
後で商店街のマップを見ると、丸五市場というのがあって、そこに劉備像があるようです。

Pict0033
ひっそりと飾られる、絵手紙展。あの震災からまもなく15年が、経つのですね。

その後、鉄人前に戻って、あるみさんズ撮影後、神戸市営地下鉄海岸線、完乗闘争に決起subway
Pict0039
改札抜けても、「三国志」…劉備・孫権・曹操…こうして改めてみてみても、曹操(右下の人ね)がちょい悪顔に描かれているのが、分かりますな。劉備・孫権は目に光入ってます(キラキラ)

Pict0040
地下鉄の車両にも、「鉄人」
ではでは…

| | コメント (0) | トラックバック (0)

鉄人VSあるみさんズ

天気も良かったので、昨年10月、神戸は長田に出現した鉄人を見に行きました。
Pict0035

快速が止まりませんので、各駅停車に乗り換えて新長田駅へ
改札抜けると「鉄人←」駅の南側へ出ます。
Pict0001
メシを食うべくウロウロした後、右手の道路を横断し、JOY PLAZA・新長田勤労市民センター(ちなみにここで来週1・17震災15周年「生きる権利・働く権利を求めつづけて」集会が13:30から開催されます)南側の通りを抜けると
Pict0005
ガオー鉄人登場sign03

Pict0008
でかいです(^^)(^^)(^^)///
人が大勢来てます。

Pict0009
いろんなアングルで撮ってみます。

Pict0014
後ろは、こんなんです。正直、これが火噴いて飛び回ったら、街がむちゃくちゃに・・・うへぇ~

Pict0015
周りの公園は、整備中であります。
なぜか「鉄人」のに下、権力・兵庫県警がやってきました。白バイとパトカーまで・・・
Pict0018

1月10日は、110番の日ということでイベント・広報をやるのですね。
Pict0020
「あ~る時は、革命左翼。あ~る時は、権力の手先。」
とりあえず退却~coldsweats01と、いうことで、長田も街を散歩…

15年前の阪神・淡路大震災で大きな被害を受けた神戸市、長田。ケミカルシューズを中心とした地場産業も打撃を受け、多くの人が職を失うなか、被災労働者を中心に労働組合が作られ闘いが取り組まれた。一方、壊滅した街も再開発ビルが建ち、商店街も立ち直らなければならない…そこで商店街で取り組まれたのが、地元出身の漫画家、横山光輝さんの「三国志」をイメージした街づくり…「鉄人」のオブジェもまた、横山光輝ワールドということ…で
Pict0021
スタンプラリーだそうです。
1時間ほど、商店街を廻ってみました。長田商店街三国志ワールドは、また別途紹介します。
で、権力が撤退しましたところで、あるみさんズ集合!鉄人にとつげき~upwardright
Pict0036

勝てるわけないでしょvirgo


| | コメント (3) | トラックバック (0)

小林一輔先生を勝手に追悼する

会社に行って、某工学協会(○○的労働者協会にあらず)誌を見て、驚いた。
10月にコンクリート工学の東京大学名誉教授・小林一輔先生が、ご逝去されたとのこと・・・
asahi.comより
東京大学名誉教授・コンクリート工学 小林一輔さん死去

小林 一輔さん(こばやし・かずすけ=東京大名誉教授・コンクリート工学)が7日、脳出血で死去、80歳。通夜は13日午後6時、葬儀は14日午前10時30分から東京都新宿区南元町19の千日谷会堂で。喪主は妻妙子さん。
 橋やトンネルなどコンクリート構造物の劣化問題に警鐘を鳴らし続けた。99年に出版した「コンクリートが危ない」(岩波新書)で注目された。

「コンクリートが危ない」(岩波新書)(岩波新書)は本来は半永久的に持つハズのコンクリートが、材料や施行の不良・不具合などで(材料については、アルカリ骨材反応など分らないこともあったのだが…)、早期に劣化してゆく問題を分りやすく解説した良書である。…内容はまた、機会をみて紹介するね(^^)/…専門書では、この「コンクリートが危ない」の元の話である、コンクリート構造物の早期劣化と耐久性診断(森北出版㈱)から、お仕事上非常に学ぶものがあった。

施工の不良なんかは、末端の会社や作業員の「責任」とされることも多いが、発注者・監督者側の問題、公共工事のあり方の問題として批判しているし、アルカリ骨材反応については、基幹産業であるセメント資本の問題に切り込んでもいる。

2004年には岩波書店から出されたコンクリートの文明史もまた面白い
古代ローマのセメント・コンクリートから、近代のセメントへ・・・社会のインフラストラクチャー整備とコンクリートとのかかわり等、興味深い話が多い。

ここで、小林先生は「左翼」でした。
コンクリートの文明史の第一章「すべての道はローマより発す」の最初のp2~3において
 

ここで話は一気に、しかも現代の日本に飛ぶ。レーニンはその著書『帝国主義論』で、「資本主義は植民地及び海外諸国で、最も急速に成長している。これらの国々のなかから、新しい帝国主義強国(日本)があらわれている」と指摘した。日本は世界で六番目に産業革命というバスに間に合ったアジア唯一の国である。それは、明治政府が急速に近代化を進めるために、あらゆる分野で西欧文明を吸収することによって達成された。コンクリートによる社会基盤の整備も同様であった。

いきなり、レーニンからの引用です・・・すげぇ~
 「文明史」には、ナチスドイツのアウトバーン建設や、近代日本建設業の暗部・・・監獄部屋についても触れられている。

 亡くなられたのが、昨年の10月…なぜ気づかなかったか、間抜けである。

 ご冥福を、お祈りします。

 
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

沖縄とグアムを並べてみた

去年の12月に左翼もびっくり!グアム移転って司令部だけじゃないんだで、普天間基地の海兵隊がほとんどグアムに移転する計画になっていることを紹介したが…相手の立場に立ってものごとを見ることも大切だ(^^)で、米軍の立場になるためsign02に、沖縄県基地対策課サイトの沖縄の基地pdfと、防衛省のサイト在沖米海兵隊のグアム移転の進捗状況pdf(あ、これは靴じゃすまないからね!で紹介したところだ~)から引っ張って加工したのが、下図

Photo

縮尺等は正確なものではないが、グアムが南北50㎞ぐらい。那覇~名護市も直線で50㎞くらいなので、こんなもんか。(だれか正確な縮尺の比較地図作ってくれ~coldsweats01
沖縄本島の面積が、約1200平方キロメートル、グアムの面積が約540平方キロメートル
グアムの地図も「現在の」米軍基地を現しており、海兵隊関連は紫色のアプラ港付近になりそう(別のところかも知れんが・・・とにかく
グアムって、狭~い(こんなところに、押し込められたくないよ~byかいへいたい)
沖縄って、海兵隊の基地(オレンジのところ)が、いっぱいだ~(便利で広くて、快適だ~by同上)

普天間基地も、辺野古も印をつけてみました。
改めて「普天間返還」だけでも僅かな面積じゃないか、こんなささやかな・・・しかし人としてあたりまえの、静かな・安心して暮らせるための「あたりまえ」のことをかなえることができない政府って、何なの一体。
辺野古への移転だって、広大なキャンプ・シュワブを強化することに他ならないじゃないかsign03
もちろん、これから基地建設・整備が進むグアムにも、普通に暮らしている人たちが居ることを、忘れてはならない・・・と、怒りを新たにするのである。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

坂本龍馬たんは・・・

え~今年のNHK大河ドラマは「龍馬伝」ということで
坂本龍馬たんが、主人公。

坂本龍馬を尊敬するだとか、かぶれている人というのは多いようで、保守で「改革」を唱える人たちからも、人気があるのですが・・・

はっきりいいませうsign01
この人は、時の徳川幕府・・・権力を実力で打倒しようとした人であります。
「船中八策」→「大政奉還(非武力による革命)」を実現させることに功績があったかどうかはともかく
幕府権力からみれば、過激派でありまするvirgo

今風に言えば「テロリスト」というところでしょうか。

「テロリスト」・・・現代社会において、最もたたかう人々に付けられる「称号」であります(^^)//
保守「改革」を唱える者に、そんな気概なぞ、あるんかいspa

と、いうことで、龍馬たんも、キリ・ミリにいそしむ日々を送ることに・・・

キリとは
非公然活動において、不審者の追尾を前提に、それを切る行為のこと。
複雑に交通機関を乗り継いで(あっ幕末にそんなモン無いか)、えっちらおっちら路地を歩きまくる。
新撰組から、逃れるのじゃ~

ミリとは
同じく非公然活動において、不在中に侵入した者がいないかチェックするため、ミリ単位でドアやふすま、机の引き出し等何ヶ所かに印をつけておくこと。
寺田屋出るときには、襖を6㎜・・・と
「おりょうさん、襖にさわっちゃいかんぜよ」

こーゆーことを、やっていたハズcoldsweats01

| | コメント (7) | トラックバック (0)

闘春でしょでしょ

あるみさんズからの年賀状です。
2010

辺野古新基地建設阻止は、正念場。
「在特会」を初めとする差別・排外主義を許すなsign01

今年もよろしくお願いしますm(- -)m

| | コメント (4) | トラックバック (0)

« 2009年12月 | トップページ | 2010年2月 »