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映画「CATERRPLLAR」追記

核武装論者さんや芋虫さんのご指摘にあるよう、江戸川乱歩の「芋虫」がこの映画の設定に使われているようだ。若松監督自身「四肢を失った傷痍軍人という設定は、『ジョニーは戦場へ行った』という映画や、江戸川乱歩の『芋虫』などの作品から感じ取ったイメージの影響が頭の中にありました。そこに、僕の子ども時代、実体験としての戦争の空気というものを加えていった。」(パンフというか本に掲載されているインタビュー、2ページ目)と述べている。
 江戸川乱歩の「芋虫」のほうは、コメント欄にも紹介されているが、どうも猟奇・ホラーあるいはエログロに近いようなものらしいたとえばここ
ただ、若松監督はそこで「戦争」を描こうとした。
 さきほどのインタビューに戻るが、「実は「連合赤軍」を撮っている最中から、漠然と考えていました。連合赤軍の若者たちの映画を撮りながら、この子らが出てきた背景には、親世代が犯した過ち、あの戦争があったのだろう、と感じていた。懲りずに再び戦争への道を進みつつあるという時代背景があったからこそ、60年代、学生たちは立ち上がった。よし、次はこの親の時代を撮ろう、と寒風ふきすさぶロケの最中に考えていたんですよ(笑)」と述べている。
 その設定に、乱歩の「芋虫」を使うところが、性や暴力を取り上げた作品が多い若松監督らしいところだ。

 ところで、芋虫さんがコメント欄で指摘された、「障がい者」の問題について、公的な社会保障制度やシステムが無く、恩給があるのみ。村落共同体もあてにできず、結局家族が背負い込まされる。家族といっても、主人公の黒川久蔵・シゲ子は2人だけの世帯で(戦死した長男と、体が弱くて徴兵猶予されている弟がいる。おそらく分家したのだろう)、家族親戚の援助もほとんどない、介護で大変だ~というシーンは、ほとんど出てこない。ここは想像で補わないといけないと思う。( 「介護で大変」という作り方もあろうが、そうすると映画の解釈が狭くなってしまうのだろう。だから倒錯した「生と性」を夫婦2人のシーン、会話に凝縮させていると思う)

 また予備知識なしで映画を見ていると、「知的障がい」を持っているであろう村人が赤い着物を着て、村の中で排除されずなんとなく「共存」しているようなシーンがあるが、実は「精神障がい」を装っていた人…若松監督の地元にもそういう人がいたらしい…のようだ。もっとも「設定」が正確にそうだとは映画の中だけでは読めず、ある程度の「障がい」を持っていたかもしれないと考えても、それは観客の解釈の自由であろう。

 ま、わけの分らない講釈は、このへんで(^^)(^^)//

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コメント

猟奇・ホラーあるいはエログロか。乱歩は、そういわれるかもしれないが、美しい。恋愛小説なんていう人もいるんだな。「芋虫」のこと。考えちゃった。

投稿: 猟奇・ホラーあるいはエログロ | 2010年9月 6日 (月) 10時47分

山上たつひこ『光る風』にも同じ様な描写がありました。
江戸川乱歩、おそるべし。

投稿: 正太郎 | 2010年9月 6日 (月) 14時44分

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 先週末、映画「キャタピラー」を観てきた。この映画が戦地で四肢を失った傷痍軍人とその妻によって演じられるどろどろの愛憎劇を通して戦争の愚劣さを描き出した超ド級の反戦映画であり、妻役の寺島しのぶ、夫役の大西信満の演技が素晴らしかったことはあらためて言う…... [続きを読む]

受信: 2010年9月16日 (木) 21時41分

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