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「大日本帝国」崩壊(中国編)

さて、今度は中国と「満州国」のおはなし…
中国は、8年間の抗日戦争を闘い、日本帝国の瓦解に貢献した。百万もの日本陸軍を派兵しても、広大な大陸の「点と線」しか支配させることができず、結局大陸に「釘付け」にしつづけたことだ(これは毛沢東の八路軍によるゲリラ戦争の成果でもあるのだが)。しかし、中国国民政府の蒋介石は、ポツダムの会談に呼ばれることもなく、「宣言」の内容を検討する時間も与えられないまま、宣言案を一方的に飲まされる立場となった。これは軍主力が奥地にこもり、連合国の指揮の下に闘いを継続しなければならなかったという立場であったからだ。
また、「ヤルタの密約」によるソ連の要求…モンゴルの独立、大連港の優先的利用権、旅順港の租借権、旧東支鉄道、南満州鉄道の中ソ共同経営権があった。これらは米英がソ連の対日参戦を促すため認めたものだが、最終的には中国政府と公称して決めなければならなかった。逆にソ連の対日戦争目的は、これら旧ロシアの権益の奪還という、徹頭徹尾帝国主義的なものであった。

モンゴルはもともと清帝国の版図であったが、辛亥革命後に独立の動きがあった。しかし「五族協和(漢、満、蒙…モンゴル、蔵・・・チベット、回・・・イスラム)」を革命のスローガンとして生まれた中華民国は、モンゴルの独立を認めなかった。(ちなみに「満州国」の「五族協和(日、満、漢、朝、蒙)」は中華民国のスローガンに対抗したものである。)しかしモンゴルはロシア帝国がモンゴル独立を支持したこともあり、事実上独立国化していた。(ついで1924年、ソ連の影響を受けて世界で2番目の「社会主義国」となるが、ソ連以外のほとんどの国から承認されず、「ソ連の16番目の共和国」と呼ばれた国際的なモンゴル承認も、連合国との取引で決まったものである)
また、ソ連と国境を接する新彊の独立や、東北での中国共産党の伸張問題も含め、ソ連と交渉しなければならなかったのである。

さて、ソ連が「権益」を取り戻そうとした「満州国」は、事実上関東軍が守備をしていたわけだが、南方戦線が次々と転進・玉砕する中で、精鋭部隊を次々と抽出され、1944年9月に大本営が出した「大陸命第1130号」によってうちだされた、ソ連に対する長期持久戦も危うくなっていた。本土決戦が現実化する中、関東軍も5月末に戦時体制へと切り替わるが、その中身は

当時の自給作戦計画に基づき全満州の四分の三を放棄し、朝鮮北部を含めた満州東部山岳地帯における対ソ持久戦の準備が開始される一方、対ソ静謐方針に基づきソ満国境周辺のソ連軍に対して無用な刺激をしないよう細心の注意が払われるようになった。(p147)

というもので、戦力低下を補うための在満日本人の「根こそぎ動員」が行われたが、在満日本人の保護対策は一切立てられなかった。(というより、軍事を優先させれば155万人の日本人の保護などとても無理だったのだが…)これが在満日本人の悲劇の原因となった。民間の日本人はそこに「生活」があり、簡単にその地を捨てて逃げることはなく、「満州」に愛着の無い軍人とその家族だけが真っ先に「避難」する有様となった。ただ8月9日以降のソ連軍は怒涛のごとく攻め込んできたように思われているが、関東軍が防衛線を引いた所で強い抵抗にあう。「玉音放送」が流れて「終戦」になったことが分っても、大本営から停戦の命令がこなければ現場は「停戦」ができない…ということで、停戦交渉は19日に始まった。ソ連側でも各前線に停戦命令が伝えられたが、部隊によってそれを受領した日は様々であったようだ。こうして東部国境の虎頭要塞に民間人も含めた1900名が立て篭もり、26日に玉砕するまで戦闘は続いた。

在満日本人の悲劇のもう一方の当事者、ソ連軍は、民間人は保護されなければならないのに、占領地で家屋の占拠、物品の強奪、婦女暴行、理由のない拘引、殺害がいたるところで行われた。当時のソ連軍はいわれているような「囚人部隊」であったわけではなく、ドイツ戦線から回された精鋭部隊であったのだが、「精鋭」=「綱紀粛正」では必ずしもない。

彼らは、報復の名のもとに略奪・強姦・虐殺とありとあらゆる悪行を互いが重ねあい、殺戮戦と化していた独ソ戦の影響をもっとも受けた部隊であり、ヨーロッパで行ったことを満州でも行ったにすぎなかった。(p167)

「帝国主義戦争」の最も悪い面が出てきたのである。
また、ソ連軍の指揮系統は完全な縦割りであったため、日本側からの治安維持要請もほとんど行き渡らなかったのも原因である。

また、「満州国」は一応「独立国家」とされ、日本の大使館が置かれていたが、駐満大使は関東軍総司令官が兼任することになっていたため、関東軍が崩壊すると、日本人(当時の満州国では国籍法が施行されず、日本人は日本国籍を持っていた)を保護する責任者がいなくなってしまった。責任者がソ連に抑留されたこともあり、各地に自衛組織としての「現地中国人会」や「日本人会」が出来る。(「日本人会」については朝鮮でもそうであった)なお、「満州国」建国以前から日本の租借地であった「関東州」にはソ連軍がそのまま軍政が敷かれた。

もともと「満州」では国民党の影響が強かったのだが、ソ連の占領という国民党の活動に足かせが嵌められたような特殊な政治空間の中で、中国共産党が伸張してくる。もっともソ連は毛沢東をそんなに評価していなかったので、それを積極的に後押ししたわけではない。

ソ連は日本人の復員にも一貫的に無関心であったため、国民党と共産党の対立が激化する中、中国に多数の日本人がいることは不安定要因になると考えたアメリカが、日本人送還を実行に移していった。1946年5月には錦州地区の日本人引きげが始まり、年内には大半の日本人が引揚げていった。犠牲者は日ソ戦争での死亡者を含め約24万5千人、そのうち8万人近くを開拓団が占めた。「ソ連復興」の労働力として抑留された日本人は約60万人、そのうち約6万人が犠牲となった。

また、ソ連は日ソ中立条約を破ってまで対日戦争を開始した理由付けのため、東京裁判の判決がでた後の1949年、対抗して「ハバロフスク裁判」を開いた。

ソ連としては、軍事的脅威も受けていなかった満州へ中立条約に違反してまで侵攻した大義名分をポツダム宣言に求めても、米英中の諒解もない押しかけ参戦である事実は隠しようががなかった。満州国を支配していた関東軍がいかに計画的にソ連に対する侵略意図を持っていたかを国際的に明らかにする必要があったからである。
 だが、この裁判はソ連に対する計画的侵略性が裁かれたものであって、満州国で行われた植民地支配が裁かれたものではなかった。そこには満州を奪われた中国側の意向が反映する余地は最初から与えられていなかった(p184)

まあ、こんだけの「悪行」を積み重ねれば、ソ連への不信感が日本で強くなるのは当然であろう。このソ連の行動、あり方をを「スターリン主義」として「共産主義」とは全く別のものであるという左翼は歴史の制約もあって当時は存在せず、1960年代を待つことになる。

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コメント

昔、読んだ本では、日本人、中国人、朝鮮人を問わず女性はレイプされ、興奮した兵士を止めるためにソ連の軍隊は自国の兵士を射殺したそうです。組みしだかれてペニスを入れられていた女性もろとも。

・・・小生の仲人は子供の時に満州から命からがら逃げ帰って来ましたが、酔ったときに「あんなの、ロシア〝人”と言うてくれるな、ロスケで十分」と言われていました。

国際法も何も関係ないのが「戦勝国」です。ドレスデン爆撃糾弾を貫徹出来ているのが、ネオナチだけだ、というのが、状況について象徴的ではないでしょうか。

投稿: TAMO2@極右 | 2011年8月28日 (日) 19時33分

勝てば官軍負ければ賊軍。

勝てば通州事件とか、通化事件とかは無かったことにできます。

一方で負けた者は、実際の人口よりも多い人数を殺した上に死体が見つからないほどに徹底隠蔽した南京事件とか、死刑執行ですら非効率的ですぐに止められたガス室とか、摩訶不思議な犯罪に組したとして訴えられます。

投稿: ROM人 | 2011年8月28日 (日) 19時57分

投手殿、今日記述した樺太編では、ソ連は日本人をソ連国民に編入できると考えていたようです。「おそロシア」以外に分らんロシア人の「寛容さ」ですね。ただ「帝国主義的」侵略行為を行う軍隊、軍人が悪逆の限りをつくす「軍隊」の本質は基本的にどこの国でも同じでしょう。
ROM人さん、「通州事件」と「南京大虐殺」は起こった背景が違うものです。数についても「人口よりも虐殺し、死体が見つからない」論なんて、とっくに破綻していますよ。

投稿: あるみさん | 2011年8月28日 (日) 22時50分

背景とか云々じゃなくて、虐殺をやったとしてもなかったことにできるってことですよ。勝てば大空襲も原爆も正義になるのです。


虐殺するって…… 人を殺すのだってタダじゃできないんですが。
まず殺すための銃弾や刃がいる。当時の日本は1回の戦闘中で使える銃弾数が決められているほどに、物資に余裕がなかった。銃剣や日本刀などは、数回使いまわせば刃こぼれして使用不能。
それから放置しておくと伝染病の元になるので処理しなければなりません。
揚子江に捨てるためにも、運ぶのにガソリンが必要。近くならば人力になる。
埋めるにしても、人一人埋める穴を作るのは非常に重労働。ブルドーザーやパワーショベルが無いのだから、当然人力。

これだけ考えても、日本軍が何故虐殺を行っているのかが意味不明。
当時の日本の機械力の無さ、補給力の無さを甘く見過ぎ。

と言うか肯定派の根拠って「~は可能だ」とか「~すればできる」といった可能性か、嘘か本当か調べようのない証言しかない。
一番手っ取り早いところで、日本軍の武器の帳簿でも持って来れば良いんじゃない?
上述したとおり、30万を殺せば相応の弾薬や銃剣や軍刀を消費するんだから、補給に関する資料を調べればすぐにわかるはず。
また死体を燃やすにしろ揚子江に運ぶにしろガソリンが大量に必要だから、これも帳簿に残ってるはず。

そのあたりの物証も無しに「可能性」だけで「論破した!」などと言われても……
(悪魔の証明ですから、こっちはまず証拠を出してもらわねばどうにもなりませんしね)

投稿: ROM人 | 2011年8月29日 (月) 09時22分

ROM人さん、アッテンボローさんんとこでも同じような議論が続きましたね。とりあえず「論破!」なんてことじゃなく、「南京大虐殺(南京アトローシティ)」に関する情報は、「ゆう」さんの「南京事件―日中戦争 小さな資料集」
http://www.geocities.jp/yu77799/
に厖大なコンテンツ(いわゆる「保守派」「否定派」の記述も含まれています)がありますから、こんな「大虐殺」のようなことがなぜ起こったか、次にこのようなことを起こさないようにするにはどうすればよいか?ということをマジメに考えてください。
上記コンテンツの中には、「犠牲者数」をめぐる所論
http://www.geocities.jp/yu77799/giseisha.html
での笠原十九司氏
>南京事件において十数万以上、それも二○万人近いかあるいはそれ以上の中国軍民が犠牲になったことが推測される。
>私は三○万人虐殺説はまだ歴史学的には証明できず、幻想に近いと思っている。
というのが「日本の歴史学」の中での最高数でしょう。
南京市の人口については「20万都市で30万の虐殺?」
http://www.geocities.jp/yu77799/jinkou.html
において、
>「二十万人」は、「虐殺」の範囲である、「南京市」、あるいは「南京行政区」の「人口」ではありません。その一区画である、「安全区」の推定人口です。これも比較するのであれば、「虐殺」の範囲と「人口」の範囲を合致させるべきでしょう。
と述べられ、「虐殺」範囲における人口数はよく分らん(統計がないから)ということです。

「通州事件」に関する保守派も含めた見解はこちらをどうぞ…
http://www.geocities.jp/yu77799/tuushuu/tuushuu1.html

とはいえ、基本文献を読んでいないと、全く想像で「妄想」を書くことができるのですね。旧軍隊で「虐殺」に加担した人や中国側の証言なんかを見ても、死体埋葬は「紅卍会」という中国の民間団体がやっていたし、虐殺現場が川のそば(そこまで捕虜に歩いて行かせる)、機関銃や銃剣で虐殺後、人力で川に流すなど、別にガソリンが大量になくても出来る方法でやっていたわけですから、ちっとも「日本軍の補給力の無さ(というか、何も考えていなかった)」が「虐殺なんてないもん!」の証拠にはなりませんよ。むしろ補給…特に食料…について、これがおっつかないことから、日本軍は「南京に着くまで」民衆から勝手に「挑発」をしておりまする。
それから、提示コンテンツの最初「南京事件、初歩の初歩」
http://www.geocities.jp/yu77799/nankin/shoho.html
で>まずよく誤解されるのですが、「南京事件」というのは、例えば数万人なり数十万人なりを一箇所に集めて、まとめて機関銃なり銃剣なりで殺した、という事件ではありません。基本的には、数多くの中小規模の「事件」の集積です。

 よく「南京大虐殺の存在を証明しろ」という大上段に振りかぶった議論をする方を見かけるのですが、その点さえ承知していれば、ネット掲示板の小さなスペースでそんなことが不可能であることぐらい、すぐにわかるはずです。「証明」のためには、数多い事件群についてそれぞれ資料を並べ、検証を行うという膨大な作業が必要になってきます。(ついでですが、そのような「証明」を求める方は、まず確実に、「基本的な入門書」すら読んでいません)

と、いうことです。逆に東中野修道をはじめとする「完全否定派」なんてのは、引用文献から都合の良い部分のみ取り出して勝手に解釈する、ひどいのになると引用文献・出展さえ分らないというデタラメをやりまくって、本を出して印税を儲けております。(そのへんもじっくり、時間をかけて紹介したコンテンツを読んでください)

以上


 

投稿: あるみさん | 2011年8月29日 (月) 22時30分

>「虐殺」範囲における人口数はよく分らん(統計がないから)ということです。
安全区外にいたとされる人口数は5万~10万と言われてる。
足したら確かに30万だが、根こそぎ殺すというのはまず無理があるしなぁ。

>紅卍会
南京市街地戦だけでも中国兵の遺棄死体は万単位で存在しています。
そもそも死体の大半が城外ですから、民間人の死者ではなく軍人や軍属と考えるのが妥当でしょう。
"民間人の死体の"処理記録とするには根拠が薄いでしょう。
しかも賃金アップを目的とした処理数水増し疑惑がありますしねぇ。

というかそんな虐殺現場なのに
南京の人口は大きくなるし、というかその紅卍会で死体処理を行うバイトもいるし。
事実だとしたら中国人は相当なマゾだぞw


>虐殺現場が川のそば
(中略)
>基本的には、数多くの中小規模の「事件」の集積です。

数多くの中小規模の事件の全てないし大半が川の傍で起こったと?
んなわけあるかww


まぁ軍隊だって聖人君子の集まりじゃないから、銃を持てば略奪やら殺人が起きるのは仕方ない。
実際南京の憲兵隊は色々大忙しだったそうですしね。
問題はその問題に対して悪質な誇張表現があることですよ。

投稿: ROM人 | 2011年8月30日 (火) 23時33分

ROM人さん、要するにあなたの言っていることは、自らが書いた
>と言うか肯定派の根拠って「~は可能だ」とか「~すればできる」といった可能性か、嘘か本当か調べようのない証言しかない。
の裏返しでしょ。それでもって「悪魔の証明」だなんて言う…
>悪質な誇張表現があることですよ。
その「悪質」さをでっち上げて、だから日本の侵略戦争や戦争犯罪は大したこと無かった…という方向にもっていきたいのでしょ、70年代からそんな動きはありまして、内容や方法は全然進歩していないのですよ。

先にも書きましたように、日本で本当に実証的に「南京大虐殺」を研究している人は、誰も「30万人虐殺」なんてことは主張してません(ウヨさんはそこのところ「だけ」問題にして、あーだこーだとイチャモンつけているだけでしょ)じゃ、中国の主張する「30万人虐殺」(ちなみに中国側がちゃんと被害の調査ができるのは日本降伏後、すなわち事件から8年もたってからです。その後、国共内戦、大躍進や文化大革命による混乱で調査は進まず、80年代になってやっと中国人自らが「郷土史」なんかを発行しようとしたときに、当然南京とその周辺では当然南京大虐殺とその被害について触れなければならない…そんな数の集大成でしょう)をなぜ非難しないののか?と言われても、そんな政争をして中国側に「14万人でした」と「訂正」させることにどんな意味があるの?
歴史をちゃんと見る人は「万人単位の虐殺」が起こったことそのものを問題にしており、なぜそんなことが起こったのか、今後起こさないためにはどうすればよいか(保守派であっても)まじめに考えているからなんですよ。

「鹿を追うもの山を見ず」という言葉は、イカ娘でも知っています。

投稿: あるみさん | 2011年9月 1日 (木) 23時45分

>それでもって「悪魔の証明」だなんて言う…
そりゃ反対する立場は、立証する側の資料を否定することしか反論材料がありません。その証拠に不備があれば、その証拠は証拠の価値がなくなるのは当然。
立証する側が証拠を用意するのは当然、無かったことの証明なんてできませんから。
例えば紅卍会や崇善堂の死体処理記録は合計15万と莫大なものですが、そのうち14万が城外での死体処理。
これで「死体埋葬をやっていた(キリッ」と示されても「城の外なら戦闘によるものだろjk」と言うことがどこかおかしいですか?
「南京の虐殺は中規模小規模の積み重ねで、それらの大半は川の傍で起こったんだよ!」と言った人に「な、なんだってー!?」と返すのがおかしいですか?

>その「悪質」さをでっち上げて、
でっちあげても何も今や慰安婦は当時普通にあった売春宿だったことはバレてるし、在日は強制連行ではなく不法入国の連中で、強制連行自体も全然強制じゃなかったし、ハングル弾圧なんて無かったし、搾取なんて存在しなかったし。

>「30万人虐殺」なんてことは主張してません
10万でも十分あり得ない数値だし、その場合左翼が中国側の主張について「いくらなんでも40万は多すぎる」と否定的な声を上げないのだから同類とみられても仕方ない。
腐った味方は切り捨てないと同類とみられる、と三里塚と左翼過激派のつながりの時にも申しましたが……

>そんな政争をして中国側に「14万人でした」と「訂正」させることにどんな意味があるの?
別に右側には。ただ左側が「中国と同類」と思われるだけだし、右側はその弱点を十分に利用して触れ回るだけ。

>歴史をちゃんと見る人は「万人単位の虐殺」が起こったことそのものを問題にしており
歴史をちゃんと見る人はまず「あの状況で数万単位の虐殺が起こり得たのか?」を問題にするでしょう。歴史とはまず真実を知ることから始めるべきでしょう。
で資料を探してみても、当時南京には外国人を含め多数の記者がいたはずなのに、小規模な事件はともかく、大規模な虐殺については何も記事になってない不思議とw
鹿を追う者山を見ず…… 山しか見てないやつは鹿を獲れない役立たずですよ。

右側だって虐殺が無かったとは言いません。
実際に憲兵が取り調べた記録だって残ってますしね。ただ数が多すぎる。

投稿: | 2011年9月 3日 (土) 17時12分

おっと名前忘れ。

日本の左翼は民主党にそっくりですよ。(民主党が左翼ばっかりだからかもしれないけど)

目的のためには嘘つきやどす黒い連中とも平気で結託して、それらの批判は放置する。結果、周囲の信頼を失っているのにそれに気づかない。
新風やら特在会を切り捨てた右側との大きな違いはそこでしょうね。
中国や怪しい連中を放置するのではなく、批判した上で切り捨てなければ、これからも左翼は腐り続けていくでしょう。

投稿: ROM | 2011年9月 3日 (土) 17時17分

コメント欄が長くなってきましたので、上記のROM人さんへの批判、疑問、イチャモンは別途エントリーを立てて行いたいと思います。以上

投稿: あるみさん | 2011年9月 4日 (日) 21時46分

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