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「大日本帝国」崩壊(本国編)

敗戦の日にぴったりの本のレビュー(もどき)もっとも、2年ほど前に購入して、2回ほど通読しているが(^^)
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「大日本帝国」崩壊 東アジアの1945年(加藤聖文 中公新書 2009年7月25日発行)

帯タイトルは

敗戦は帝国「領域」に何をもたらしたのか 日本、朝鮮、台湾、満州、樺太、南洋群島の8月15日
とある。

まあ、「目からウロコ」みたいな話もあって、結構面白い。
まず、日本(東京)について
先の戦争は、天皇の「聖断」によって終わったということになっているのだが、これは簡単にホイホイと出せるものではないらしい。国家元首としての「統治大権」「統帥大権」「栄誉大権」および憲法に規定されていない「皇室大権」「祭祀大権」を持ちながら、憲法上の規定により「統治大権」「統帥大権」は国務大臣・参謀総長・軍令部総長の輔弼によってはじめて行使される(だから結果責任は輔弼した国務大臣が担うことになり、天皇に政治的開戦責任はないということになる、もっともこれは井上靖の「天皇の戦争責任」とは考え方が異なる、輔弼者もまた天皇の意志を推し量りながら仕事をしていたのだから)…これが「天皇機関説」のキモである。だが、明治憲法体制を支えてきた元老、西園寺公望は天皇の政治不介入を信条としていたの対し、近衛文麿や木戸幸一は、明治憲法は制度疲労していると考え、新体制運動として天皇に政治的主体性を求めるようになっていたという。
天皇自身も、天皇機関説の立場に立ち、最悪の場合政治体制の変革…天皇の統治大権や統帥大権を失うこと、すなわち明治憲法体制の「解体」は受け入れられたが、天皇制の廃止→天皇家の維持、祭祀大権については、124代(続いてきたとされる)を自分の代でつぶすわけにはいかんと考えていたのであろう。
ともかく

聖断が下されるまでに無駄ともいえる時間を徒に費やし、原爆やソ連参戦を経なければ実現されなかったlことは、近年の研究でいわれているような指導層の優柔不断や自己保身といったレベルの問題なのではない。最大の原因は、天皇大権を軸としつつ実は巧妙に天皇の政治介入を排除した明治憲法体制が、天皇を輔弼すべき者が国家運営の責任を放擲し、セクショナリズムのなかで利益代表者として振る舞った場合、制度的に機能麻痺が起こるという根本的な欠陥を抱えていたことにあった。(p54)
と書かれている。

まぁ、なんやかんやでようやくポツダム宣言を受諾を決定、その14日は大阪砲兵工廠が爆撃され、弾丸製造力はほぼゼロ化するとともに、周辺住民に多くの被害を出した。やっぱりとっとと「降伏」してればよかったのだが…

ところでポツダム宣言を受け入れるに当たって、中国から東南アジア、太平洋の島々に拡散してる日本軍や民間人の「復員」が問題となるわけだが、こうした問題は深く議論されていない。

本土決戦を譲らない軍部を押さえて戦争をいかに終結させるかに関心が集中した結果、国体護持という抽象的な問題だけが争点となってしまい、敗戦にともなって想定される問題の洗い出しも対応策の具体的な検討も政府内部で行われなかったからである。p57

かくして「居留民はできる限り定着の方針を執る」とされ、朝鮮人と台湾人については「追って何等の指示あるまでは従来通りとし虐待等の処置なきよう留意す」とされたものの、実質そこに進駐してくる連合軍に丸投げしたことになる。
ここで「大日本帝国」は自己否定され、「帝国臣民」であった「朝鮮人」『台湾人」の生命財産の保護を実質的に日本は放擲したものとなったと、著者は記述している。
八月十五日正午、昭和天皇による玉音放送がラジオによって流された。放送は朝鮮や台湾、樺太、南洋群島、さらに満州国でも流された。この放送は、天皇が「帝国臣民」に向かって直接語りかけたものであったが、語りかけた「帝国臣民」はすでに「日本人」だけになっていた。p55,56

鈴木貫太郎首相は、二回も天皇に「聖断」を仰いだことに責任を取る形で辞任…彼はこの日から新しい日本がスタートするものと考えていたのだろうが、「帝国の清算」は残っていたのだ。

こうして日本の戦後は、朝鮮や台湾や満州を意識的に切り捨てた「日本国」となることからはじまった。しかし、玉音放送以降、これまで苛烈を極めていた米軍の空襲がピタリと止んだ本土と違って、切り捨てられたそれらの地域では依然として戦闘が続き、むしろ拡大する様相を呈していた。p58

このあたりも、日本の戦争責任、戦後責任を考えずにきた原因の一つであろう。

激動した他地域の話は、後ほど…

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コメント

と言うか開戦した原因も
陸「アメリカと戦ったら負けるのわかってるけど、面子的に言えない。だから海軍が逝ってよ」
海「俺だって嫌だよ。陸軍が言えよ」

と責任の押し付け合いしている内に時間切れになって、引き下がれなくなったしなぁ。これは江戸時代からもそうだし、今の時代もそうだし、まぁ国民性みたいなもの。政治主導者を非難するのは簡単だけど、実際自分がその立場になった時にどれだけの人間が行動できることやら……

それと当時は戦争する以外に道が無かったのも事実というのを忘れてる人が多すぎる。
戦争をしても、負けない戦い方はいくらでもできたのに、そういう戦いをしなかった、という点で軍部非難をするならともかく、戦争をしたという点で非難するのはちょっと方向性がおかしくないか?

投稿: ROM人 | 2011年8月16日 (火) 20時59分

「戦争」といっても宣戦布告を行った対米英戦争だけとりだしても、意味がありません。
「日清・日露」という「帝国主義戦争」で得た権益を、中国の民衆が取り戻そうとしたのを、無理やり押さえつけたのが「15年戦争」の始まりだったのです。その時「米英」との権益の衝突を避けるため、あえて宣戦布告もせず「事変」といって戦争行為を誤魔化していたのですから。
そのうち「米英」の権益と決定的に対立するようになり、対米英宣戦布告になるわけですが、これは「どちらが悪い」とも言えない「帝国主義間争闘戦」と、革命的左翼は見ていますよ。

投稿: あるみさん | 2011年8月16日 (火) 21時55分

>「日清・日露」という「帝国主義戦争」で得た権益を、中国の民衆が取り戻そうとしたのを、無理やり押さえつけたのが「15年戦争」の始まりだったのです。

権益……?w
日本が手に入れた土地でまともな収益があった土地なんてないのですがw
権益も何も、台湾がギリギリで赤字と黒字の境界。
朝鮮も満州も最後の最後まで赤字状態。
対ロシアの軍事的な意味合いしか存在価値が無かった場所ですが……

しかも中国の民衆がとりもどそうとってw
当時の満州は10年で1000万人の人間が逃げ込んでくるような快適な街なんですがw
しかも共産党は語るまでもなく、国民党もどんな連中かというのは、台湾での証言を取ってみればすぐにわかるというものでしょう。

投稿: ROM人 | 2011年8月18日 (木) 00時44分

石橋湛山が主張した「小日本主義」の中の「植民地経営の不経済性」のみを取り出し、「権益ではない」というのは間違いです。湛山は旧来の「植民地支配」より各国、地域に自由を認めて正当に交易したほうが経済的にも良いということを述べたものです。また植民地への「収奪」…特に帝国主義段階では、国家がインフラを整備し(だから赤字になる)そこに安くこき使える人件費や原材料、市場を求めて「民間」が利益を得るようになっているのが特徴です。(だから中国人も職を求めて「満州国」にやってくるわけです)
また、当時の日本人の意識に、「満蒙権益は日露戦争で血を流して獲得したもの」という意識がありました。中国革命が軌道に乗り、それが東北軍閥(日本と手を組んで甘い汁を吸っていた)の打倒に進むとき「満蒙権益」を守るために起こったのが、「張作霖爆殺」事件であり、満蒙権益をより確実なものとするため(対ソ戦、対米戦のための資源・産業基地としようとする意図もあった)に石原莞爾が起こしたのが「満州事変」です。

このへんの「戦争責任」について、昭和天皇は全く答えていません。

国民党の「惨状」については、本書でも台湾でのの事例が書かれています。

投稿: あるみさん | 2011年8月18日 (木) 08時03分

>国家がインフラを整備し(だから赤字になる)そこに安くこき使える人件費や原材料、市場を求めて「民間」が利益を得るようになっているのが特徴です。
都合のいい所だけ抜き出さないでくださいね。
植民地政策には何よりも「愚民政策」と言う物がついてくるはずですよ?
知能を付けて反乱でも起こされたらたまりませんからね。
一方日本は統治した場所には小学校から大学まで作ってあげて、識字率を1割未満から6割にまで引き上げた理由は?(インドは6割⇒1割)
しかも満州に関して上記の理屈は通るかもしれないが、朝鮮半島や台湾は?
安くこき使える人材費というが、日本人と統治下の人間とで給料に差は無い。
と言うか陸軍大臣になったり国会議員になったり、不当に薄給だとか就職に不利だったという資料はない。
その上一番こき使うはずの徴兵に関しては戦争後半まで行われず、ずっと応募制のままなんだが。
しかも態々教育を施した上に、大学まで作って知能を与えるというのはどうよ?
原材料?
朝鮮、台湾に資源はないぞ。一応石炭とか鉄鋼は取れるけど、採算低すぎ。
まぁ農業に関してはある程度優秀だったらしいけど、逆に半島米が流入して日本の農産物の危機になったり。

その上ハゲ山に植林したり、選挙による議員選出制度を制定したり、態々李氏朝鮮が弾圧していたハングルを教えたり、人身売買を禁止したり、奴隷制度を撤廃したり……
日本とは搾取目的の割にはずいぶんと無駄なことをやっている国ですなぁw


満州に対しては、当然その通りでしょう。
ロシアから血を出して取ったものを、態々無償でくれてやる必要性がありません。
その上赤化なんてされたものだから、それに対する防衛線も必要でしたしね。

と言うか左翼の論理って行ってしまえば
「朝鮮人や中国人のために、日本人は座して死ね」
としか聞こえない。
当時の日本の行動は、(要因は色々あるけど)日本という国を存続させるために必要だったことばかりなんだが……

投稿: ROM人 | 2011年8月19日 (金) 22時44分

>当時の日本の行動は、(要因は色々あるけど)日本という国を存続させるために必要だったことばかりなんだが……
とはいっても、後から「左翼的」に見なくても他にやり方はあった、欧米帝国主義のマネをせず、自国の独立を保つ方法もあったでしょう。(まさに石橋湛山が言ったことです)
歴史というのは、そういうこともふまえて、学ばなければならないのですよ。(同じことを繰り返さないためにも…まぁ、そんな意味で、左翼も右翼も、アメリカもロシアも中国も、一部のちゃんとした人々を本当の意味で「歴史」を学んでいるとは言い難いわけで…)

投稿: あるみさん | 2011年8月21日 (日) 22時29分

>欧米帝国主義のマネをせず、自国の独立を保つ方法もあったでしょう。

現状として当時、日本の教師たる立場には欧米列強しかいないのに、どうしろと言うのですか。国際社会というもので右も左も知らない日本にそんなことを要求するのは生まれたての赤ん坊に算数の問題をやらせるようなもんですよw

それでも、欧米に比べればはるかに優遇された植民地政策と、自立支援してるんですから、それだけでも十分すぎるじゃないですか。

と言うか欧米列強の真似をしなかった場合、ロシアの南下政策で軍事的脅威にさらされ。台湾を領土化しなかった場合はシーレーンを握られ。資源の無い日本は生命線を外国に握られて枯れ果てるまで吸い尽くされるのは目に見えてますがな。


そもそも歴史を学んでいるなら、当時の朝鮮とも中国とも、まともな外交関係を気づくのが不可能だということぐらいわかりそうなもんですが……
暗殺と混乱でグダグダな状況で、中国と朝鮮にロシアが南下を狙ってたのに、どうやって帝国主義に走らず生きて行けと。

投稿: ROM人 | 2011年8月22日 (月) 00時18分

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