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「南京大虐殺はなかった教」を粉砕する。

1937年12月から始まった南京大虐殺…「南京アトロスシティーズ」や「ザ・レイプ・オブ・南京」は無かった(たいした人数をころしていなかった)として、日本の「戦争犯罪」を極力免罪するばかりでなく、中国(人民)は嘘つき、反日だぁ~と騒ぎ立て、「教科書に載せるのも許さん!」みたいなヤツらが、ROM人さんをはじめそれなりの数存在するわけだが…何度でも言いましょう…「南京大虐殺」は、真面目な歴史学者やジャーナリストが丹念に事実を拾い、資料を着き合せ(日本側、中国側、当時南京に滞在していた外国人の記録、報道…もちろん東京裁判における証言等も含む)、日本軍の南京攻略戦とその後の数ヶ月間に、十数万規模の民間人および捕虜の虐殺があり、また日本軍によるおびただしい中国人に対する略奪や婦女暴行があったことは、完全に「証明」されている。それら研究の成果は例えば南京事件調査研究会「南京事件現地調査報告書」(一ツ橋大学吉田研究室、1985年)、洞冨雄編「日中戦争南京大虐殺事件資料集」第一巻、第二巻(青木書店、1985年)「南京事件資料集(1)アメリカ関係資料編・(2)中国関係資料編」(青木書店1992年)なんかとしてまとめられている。いわゆる厖大な証拠があり、証人が居たわけだ。
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ただし普通の人は、こんな資料集なぞ読まないので、適当な価格、厚さの一般書が南京大虐殺を知る基本文献として世の中に出回っている。ところがそういった「左翼的な本」ってやはり売れないため、残念ながら多くの人がその実像を知っているわけではない。
 そうゆうところに、どーゆーイデオロギー的意図を持っているのか分らないが(歴史学上では完全に決着がついているのに、何度でも使い古された論理でゾンビのように甦ってくる…だからもう、私じゃ意図が分らん…メシの種に本を出してるんじゃなイカ?)、「南京大虐殺なぞなかった」「虐殺はせいぜい数千人」とか、個々の証言や証拠の違い、あるいは「大虐殺」というネーミングからイメージされる勝手な「思い込み」(どっかで短時間にまとめて機関銃かなんかで虐殺した…等)から、「そんなことできるわけ無いじゃなイカ!」と騒ぐヤツがいて、しかもそういうのが大手出版社から手ごろな値段で本を出しまくるから、今だ世間の人は「南京大虐殺」については議論の真っ最中だと思い込み、そこに声のデカイ、東中野修道なんかの意見に引きずられ「南京大虐殺なかったで教」の信者になっていくのだろう。本当は歴史学者が丁寧にこいつ等の嘘、妄言を論破していくべきなのだが、まともな学者というのは「妄言」なんか相手にしていると沽券にかかわるのであまりそれに力を注がない。相手は「宗教」だから、なんぼ「真理」を言っても、「ああ言えば上裕(なつかしいなぁ~)」状態でかかってくるから、AFOらしくなってくるのだろう。
 で、そんな妄言、虚言を論破するために、「南京大虐殺否定論13のウソ」(南京事件調査研究会 編柏書房 1999年第一刷 1600円+税)などという本が出版されたり(値段を書いたのは、決して手が出せないような本ではないですよ…という意味)、ネット普及後では「ゆう」さんのような「南京事件、小さな資料室」のような地道な努力を続けられていても、やっぱり「なかったことを証明するのは『悪魔の証明』なんだから証拠を出せ!」(証拠なんて一杯あるのに…たかだかブログの一エントリーでできるかよ!)なんて開き直ることができる、それもROM人さんのような一般人ならともかく、政治家や大学教授などの社会的地位があるヤツが、その地位を失うことなくのうのうとできる日本社会って、やっぱ変だぞ…それこそ原発は危険なことを知りつつ「安全です」といい続けて、重大事故をおこしてものうのうとしているどっかの電力会社の幹部達と変わらん。

てなわけで、ROM人さんの「ああ言えば上裕」の奇跡をたどってみよう
まず彼は
>実際の人口よりも多い人数を殺した上に死体が見つからないほどに徹底隠蔽した南京事件とか(中略)摩訶不思議な犯罪に組したとして訴えられます。
と、いわゆる「20万人しかいない南京で30万人を虐殺した『南京大虐殺』はウソだ、そんなことを言う中国なんか許せない」というような意味にとられること(そう書いたわけではない…とことわりをいれておかないと、またこれに突っ込むんだろうな…予防線・予防線)を書いたので。私は
>「人口よりも虐殺し、死体が見つからない」論なんてとっくに破綻していますよ。と書いて、後に20万人は難民区の人口であって云々…とも書いた。そこで彼は
>まず殺すための銃弾や刃がいる。当時の日本は1回の戦闘中で使える銃弾数が決められているほどに、物資に余裕がなかった。銃剣や日本刀などは、数回使いまわせば刃こぼれして使用不能。
それから放置しておくと伝染病の元になるので処理しなければなりません。
揚子江に捨てるためにも、運ぶのにガソリンが必要。近くならば人力になる。
埋めるにしても、人一人埋める穴を作るのは非常に重労働。ブルドーザーやパワーショベルが無いのだから、当然人力。
これだけ考えても、日本軍が何故虐殺を行っているのかが意味不明。
と、物理的に「大虐殺」なぞ不可能「だろう」論を持ち出してきた。「1回の戦闘中で使える銃弾数が決められていた」とは「よく聞く話」だが、ソースはどこかしらん?ともかく何やら大規模な銃や銃剣による「30万虐殺」が一遍に起こり、その死体を日本兵自らブルドーザーやパワーショベルや時間をかけて処理したという「実像とは離れた」大虐殺像をもって論を進めたので、こちらは
>死体埋葬は「紅卍会」という中国の民間団体がやっていたし、虐殺現場が川のそば(そこまで捕虜に歩いて行かせる)、機関銃や銃剣で虐殺後、人力で川に流すなど、別にガソリンが大量になくても出来る方法でやっていたわけですから、ちっとも「日本軍の補給力の無さ(というか、何も考えていなかった)」が「虐殺なんてないもん!」の証拠にはなりませんよ。
と書き、かつ「ゆう」さんの>、「南京事件」というのは、例えば数万人なり数十万人なりを一箇所に集めて、まとめて機関銃なり銃剣なりで殺した、という事件ではありません。基本的には、数多くの中小規模の「事件」の集積です。と、南京大虐殺の「実像」の一部を提示した。
ちなみに言っておくと、軍隊で車や装甲車を使うという発想に根本的に欠けていた日本陸軍は、なんでも人力でやっています。壕を掘るのも、陣地をつくるのも(中国戦線では、中国人に無給もしくは超低賃金でやらせていたようだ)人力です。アメリカじゃないんだから!?。国内ですら、名古屋の中島飛行機で組み立てたゼロ戦を、わざわざ分解して牛や馬に各務ヶ原まで引かせ、組み立てていたのです。日本刀も「据え物切り」…すなわち抵抗しない相手に対しては、有効な武器であることを、実際にやった人、やられた人の「証言」があります。ウヨクが「大和魂」をなめてはいけませんw(もっとも死体処理、運搬にはトラックが「挑発」され使われたとある。)
あくまでも分りやすいように、(かつコメント欄なので)実像の一部を示してみたら
>南京市街地戦だけでも中国兵の遺棄死体は万単位で存在しています。
そもそも死体の大半が城外ですから、民間人の死者ではなく軍人や軍属と考えるのが妥当でしょう。
"民間人の死体の"処理記録とするには根拠が薄いでしょう。
しかも賃金アップを目的とした処理数水増し疑惑がありますしねぇ。
と、自分の立てた「ブルドーザーやパワーショベルがないと虐殺なんてできない」ということの反証に反論するのではなく、紅卍会の「埋葬記録」問題にすり返る…あきれてものも言えん…ちなみにこれに対する反証は南京「陥落」後に、城外で殺された捕虜、民間人および城内から連れ出されて殺された捕虜、民間人が居ることは、資料その他で明らかなので、>民間人の死者ではなく軍人や軍属と考えるのが妥当でしょう。という「仮定」は、そちらがなんらかの資料で「証明」せねばならないことです。
で、一部の実例を示しただけなのに
>数多くの中小規模の事件の全てないし大半が川の傍で起こったと?
んなわけあるかw
と、話を完全にそらしてしまう。
実際は、家屋の中に侵入して虐殺した例もあるわけで、そのために紅卍会などの団体が死体処理をしていたわけでしょう。
で>というかそんな虐殺現場なのに
南京の人口は大きくなるし、というかその紅卍会で死体処理を行うバイトもいるし。
事実だとしたら中国人は相当なマゾだぞw
と、中国人民を馬鹿にした態度をとる…南京攻略戦において、上海から進撃した日本軍は、進軍途中から略奪・強姦・虐殺を繰り返してきました。また、南京陥落後も、周辺の農村部で「掃討戦」の名の下に同じようなことが行なわれました。ですから農民が南京まで避難してきた。いくら「日本兵が暴虐な行為を繰り返している」という話が耳に入っても、マスメディアも知らない彼等はそこが「安全だ」と信じざるを得なかった…もちろん南京から農村部に避難した人もいるが、頼るもののない都市住民や難民は、そこで生きていかざるを得ないのですよ。(福島が放射能で危険だ!と言っても福島から離れることができない人が大勢いる。それと似たようなものです。ただし後者は「すぐに死ぬわけではない。」という違いはありますが…)実際、南京陥落後10日ほどの23日には、南京地方自治委員会は発足し、会長には南京紅卍会の会長陶錫三氏が選ばれている。南京は全くの無政府状態だったわけではなく、治安の回復も見込まれていたわけだが(だから逃げない)、年を越しても連行されて殺される例も多かったのだ。

ところで、「南京大虐殺はなかった」と事実を無視して「宗教的」に語る者が、これまで起こってきた抑圧・虐殺…それこそソ連スターリン主義が起こした自国民への虐殺、強制労働、ナチス・ドイツが起こしたホロコースト、アメリカ軍が行った原爆投下を始めとする日本やアジア民衆に対して行った無差別空爆、ユーゴスラビアで起こった「民族対立」による虐殺、パレスチナ・ガザで起こっていること、中国のチベットやウイグルその他少数民族に対する弾圧、虐殺、北朝鮮人権問題を語るのは、自らが絶対避難されない場所に立って、他者を非難する「勝ち馬」に乗りたいだけのだ。もちろん、中国のチベット問題やパレスチナの問題に取り組む人が、南京の問題に取り組まなければならないということではない…人は一遍にいろんなことはできないからだ…だが、真面目な人はきっとこれらの諸問題にある共通点を見つけて、自らの問題に取り組んでいくであろう。そうでないヤツは、絶対信用してはいけない。

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あるみさんの怒り!」カテゴリの記事

コメント

13のウソとか、もうメッキが剥がれているものを態々とまぁ……

>証拠なんて一杯あるのに…たかだかブログの一エントリーでできるかよ
虐殺派の持ってくる証拠ってほとんどが「殺人事件」の証拠ばっかりだもん。
証言があった、写真があった。
でもそれが数万単位で行われていたという物証はない。
第三者視点の外国人記者の証言や物証もない。
(便衣兵の処刑や、巻き込まれていた死体の証言はある)
これじゃぁねぇw


「1回の戦闘中で使える銃弾数が決められていた」
ttp://www.geocities.co.jp/WallStreet/2687/siryo/siryo04.html
これは1会戦分であり、3~4か月分の弾薬でした。
このうち戦闘(基数)は20回とされていたので、1回の戦闘で使用できるのはこれらの数字の20分の1となります。
少ないと思いますが、これが帝国陸軍の台所事情です。

>「ブルドーザーやパワーショベルがないと虐殺なんてできない」ということの反証に反論するのではなく
ブルドーザーやパワーショベルが無いならば、死体の処理ができない、と言っているのです。
実際貴方の示した紅卍会の城内での埋葬数では、虐殺派の主張するような数には到底及んでません。
全ての事件が川の傍で起こったわけではないので、当然ながら処理は城外に捨てるか、その場で埋めるか。
人力で城の外まで死体を運ぶのは非常なに重労働。
また埋めるにしても、身を隠すだけでなく人一人を埋める穴を掘るのは本当に大変。
しかもただの平原ではなく、道路や家の基礎部分は踏み固められているわけですから、それを陸軍の小円匙(掘る部分は20センチくらい)で掘って埋めるのも大変。
そんな苦労と憲兵につかまるリスクを背負ってまで虐殺を行うとは到底思えませんし、そんな律儀な奴が殺人をするとも思えません。
となれば、少なくとも"城内で殺された人数"は1万程度ということになります。


>城外で殺された捕虜、民間人および城内から連れ出されて殺された捕虜、民間人が居ることは、資料その他で明らかなので

紅卍会や崇善堂の資料を読んでますか?
死体の性別から子供の割合まで調査されていて、その中にはほとんど女子供が含まれていたことはしっかりと明記されています。
無論個々の事件において女子供の殺害に対する証言や物証はあったでしょうが、大虐殺、と呼べるほどではありません。
つまり死体の水増し云々以前に、「死体の大半は成人男性だった」ということですよ。
で、軍隊命令ならまだしも、個人個人の軍人が何故成人男性を狙って殺したのでしょうか?
まさか大半がホモだったわけでもあるまいし。


それと当時南京にいた外国人の資料はどう説明します?
城内だけでなく、下関など城外まで調査したスマイス博士の資料では日本軍兵士の暴行による死者は2136人としています。
これは50戸に1戸の割合で聞き取り調査を行って作り上げた、非常に制度の高い資料ですから、これを崩すとなると相当難しいと思いますが。

と言うか実際にラーベから感謝状もらってたり、さらには難民区や病院に対して食料を届けて感謝状をもらってたりします。
そんな傍で虐殺が起こっていた、というのはちょっと考えにくいですね。

投稿: ROM | 2011年9月11日 (日) 11時37分

おおっと、一番重要な所でミスってるw
>
死体の性別から子供の割合まで調査されていて、その中にはほとんど女子供が含まれていたことはしっかりと明記されています。

含まれていなかったこと、ですねw
間違えました。

と言うかそんな虐殺大好きな日本軍が、黄河決壊で数万人の避難民を救助するかっての。
それ以前に黄河決壊について、左翼は何も言わないよなぁ。こっちは100万が水死したとも言われてる立派な虐殺なのに。

投稿: ROM | 2011年9月11日 (日) 11時40分

↑また後でねhappy01

投稿: あるみさん | 2011年9月12日 (月) 22時09分

 あ〜あ、み〜んな言っちゃった。
 自分も”虐殺有った教”のご本と”無かったじゃん”のご本どちらも読みましたが、やっぱ無かったな。ウンウン。
 ただ、左翼のウザスが喜ぶかもしれないが、自分のちょっとだけ存じ上げてるオジイサンは、つねずね”中国だけは行けんで!”
と。(従軍してたんですね) なんか悪い事してたんかな? あひゃひゃ。
 

投稿: ken2 | 2011年9月13日 (火) 21時04分

南京事件とは直接関係ありませんけど。

相手国の首都を攻略してしまうとは愚行でしょうね。
当時の陸軍参謀本部が進撃停止ラインを設定していたのも当然でしょうけど守られませんでした。

投稿: BM | 2011年9月13日 (火) 23時45分

勝海舟曰く
「あっちの国ではどうだった?」
「我が国と違って、上に行くほど優秀な人材です」


江戸時代から変わってない。
戦時中も、戦後も

投稿: ROM | 2011年9月14日 (水) 00時20分

南京事件や731部隊のことを『自虐史観』とか『左翼的』とかネットの書き込みを見ていると悲しくなります。私は子供の頃、実際に中国へ出征していた元日本軍兵士の体験談を読んだことがあります。上官の命令に逆らえず、捕虜を初年兵教育の度胸づけだといって殺人の訓練をさされたり、どうせ生きて帰れないからと、レイプ、放火、生き埋め、無差別殺人…戦争は普通の人間が殺人マシーンになってしまうと。南京虐殺の時も上官の命令に逆らえず、中国人捕虜の耳や鼻など切り落とした人の体験ものっていました。元日本兵の人たちは『言いたくなかったが、後世の人たちの為に』と勇気をもって語ってくださったそうです。『戦争は本当に恐ろしい。戦争はやっちゃいかん』と涙ながらに語られた方もいらっしゃったとか。どんな歴史学者の意見よりも体験者の詳言にはかないません。戦争体験者が少なくなっている昨今、貴重な体験を集め、残していく運動をしていきたいと思っています。

投稿: kei | 2012年1月20日 (金) 16時53分

悪魔の証明

虐殺があったことをいい加減証明してくれませんかね。
お前らが出してくるのは根拠の乏しいものばかり。

それと直前にコメントしてるやつ、兵士が残虐なことをしたから、南京大虐殺はあったとでもいいたいのか?

全然話つながらねえよ。

感情と事実は分けて考えましょうね(^-^)
今さらこんな基本的なこと言わせんなよ。

投稿: 意味不明 | 2013年8月16日 (金) 17時02分

 30万の虐殺の目的は、明確でなければならない。その数はあまりにも多く、散発的に行えるものではなく、組織的大規模に行う事になる。しかも、戦争中の事でもありあまりにも無益な殺傷を行う事は、敵の急襲を招くことにもなりかねない。中国は、6週間で虐殺したと主張しているから、1日7100人殺す勘定になるが、南京城内外の中国人は、すぐにそれを知り相当数逃げ出すのが当然と考えられ、しかし、日本軍が南京城を取り囲むにしても、一斉にあるいは相当数が逃避するのを、阻止するのも困難を伴うが、それでも30万虐殺したのだから、南京城内外には、30万以上の中国人がいたと考えないわけにいかない。又、遺体は、結局白骨になるがその大量の白骨に係る中国の主張がないことに、極めて不信感を持つ。

投稿: 長兵衛 | 2015年10月11日 (日) 00時43分

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