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2011年10月

キャラ☆フェスでイカ娘痛車を見る闘争

本日は、高松市内の商店街でキャラ☆フェス5という、商店街発アニメイベントがひらかれていたので、行ってみた。
キャラ☆フェスは毎年春と秋の土日に行われるようで、「5」と言っているくらいだから、最近行われだしたイベントのようだ。去年もやってたし、今年の春は土曜日が金比羅さんのところ、日曜日は常磐町商店街。今回は土曜日丸亀市の商店街で、日曜が常盤町商店街だ。

常盤町商店街、ちょっとシャッター度が高いが、こういった若者向けカルチャーイベントがよく行われている。
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で、さっそく「痛車」発見!
周辺にはコスプレイヤーも沢山居ます。

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ハルヒたんですな。

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これはスゴイ…で

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出たでゲソ~「侵略!イカ娘」痛車happy01

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前は、こんな感じ。イカちゃんが見え難い箱型タイプの車だから、ちょっと残念、しかし…

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中には、「イカちゃんぬいぐるみ」と「イカちゃん抱き枕」が…

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「これで商店街を、侵略したでゲソvirgo

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ちなみに、屋台やグッズ販売なんかも行われております。ちなみにこの屋台は「かっしゃ焼き」という高松発のB級グルメだそうで、たこ焼きのようなものの中にカレーが入っているとか(食ったことはない)

あと、「イカ娘」コスプレをしている人がいたら、写真を撮らせてもらおうと思ってウロウロしていたのだが(ちなみにこうゆうイベントでコスプレイヤーさんを撮る時は、必ず一声かけて了承を得てから撮るのがルール)、さすがに10月も終わりだと、年中夏のイカ娘コスプレ…ノースリーブのヒラヒラワンピース…は寒いんじゃなイカsign02いませんでした。
しかし、上半身ビキニで撮影に応じている人もいました。うむ、すごいじゃなイカsign02

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カレーパンはなぜ揚げパンなのか?謎が解けた?

先日、ふとサン〇リー烏龍茶ペットボトル2リットルのラベルを見ると、烏龍茶的食べ物物語~番外編~④というのを見つけた。内容はなんと、「カレーパン」誕生秘話。 全文引用すると…

揚げパンがおいしい「カレーパン」、その誕生は1927年(昭和2年)のこと。はじめはアンパンみたいに普通のパンで作られてたんだって。でも水分が多いカレーのこと、普通のパンではうまく焼けない。そこで当時、カレーに次ぐ人気メニューだった「カツレツ」にヒントを得て、パンを揚げたのが始まりだとか。こんがり揚がったカレーパン、油っぽさも烏龍茶ならスッキリ!
とのこと…

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おお、長年の謎カレーパンはなぜ揚げパンなのか?が分ったじゃなイカvirgoでも、ホンマかいなsign02

ちなみに昨日買ってきたヤツは①カレー大国ニッポン で、

外食も含めると国民一人あたり1年間に平均86回、つまり少なく見ても週1回以上はカレーを食べていることに。
だと。

ではでは。

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南スーダンへのPKO派兵を許すな!

スーダンから独立した南スーダンに、またぞや日本自衛隊がPKO派兵される。
四国新聞WEBより
自衛隊活動、当面5年を想定/南スーダンPKO
 

政府が南スーダンでの国連平和維持活動(PKO)に派遣する陸上自衛隊施設部隊について、当面5年間の活動を想定していることが分かった。複数の政府関係者が27日、明らかにした。派遣規模は最大で一時的に500人を超える見通し。政府は来月1日の閣議で派遣方針を確認し自衛隊に派遣準備を指示する。
 PKOへの部隊派遣は過去、東ティモールでの約2年4カ月間が最長。長期化すれば治安情勢が流動化する可能性も否定できず、隊員の安全確保が課題となりそうだ。
 陸自は年明け早々に数人程度の先遣隊を派遣し、部隊の受け入れ準備に着手する。

自衛隊がやるのは、道路や橋等のインフラ整備だそうだが、それは「平和」になってから南スーダンの人たちが、ゼネコンとかを使ってやることだ。資金協力はできるだろうし、人的協力も民間でやるべきだ。

今、日本は「ソマリア海賊対策」と称して海上自衛隊を派兵し、ジプチに侵略の拠点となる基地まで持っている。
どーやら、ジプチ→エチオピア→南スーダン・・・→東スーダンの石油への道をきりひらこうとしているのではないかsign02当然、そのルートは米・英・仏諸帝国主義国や、中国もねらっているだろう。

なるほど、自衛隊が地元で使える橋や道路を建設すれば、直接喜ばれるだろう。しかし、それだけで止まらない…その道を使ってアフリカの地で、「植民地再分割」の争闘戦が行われるわけである。

南スーダンへのPKO派兵、日帝のアフリカ侵略を許してはならない。


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塚原卜伝タンと記念写真

さて、鹿島神宮駅で少し時間待ちがあったので、街をちょっとぶらついてみる。
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神道革新さんなら間違いなく、鹿島神宮に行くであろうが、少し坂をのぼらないといけない。すると、塚原卜伝がNHK、BS時代劇で放映されるというので、観光案内所にものぼりが立っている。
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でもって、塚原卜伝像のところまで行った。
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塚原卜然という剣豪、名前ぐらいは聞いたことがあるものの、どんな人かよく分らない人も多いだろう。私も知らない。1489年、鹿島神宮卜部座主吉川家に生まれた、まあ戦国時代初期の人だ。17歳で武者修行に出てから、生涯一度も負傷しなかった。3回の回国修行の他、北畠具教、足利将軍家に剣を教えるなどしたそうな。
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で、卜伝タンの像は、マンションの前にある。付近は小公園として整備されているが、震災の影響か舗装ブロックがゆがんでいたりしていた。
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足元に、あるみさんズを置いて、記念撮影camera
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ちなみに、BSドラマの塚原卜伝役は、堺雅人…「剣豪」がこんなへにゃっとしたキャラでええのかsign02ちなみに最終回の放送は10月30日。
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さて、ホームに戻ると、JR鹿島線の209系到着
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鹿島臨海鉄道も到着…高校生が沢山、降りてきます。
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ではでは…

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鹿島臨海鉄道完全乗車闘争

勝田からお隣の水戸駅へ、フレッシュひたち、黄色バージョン
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駅中のロッテリアで昼食後、改札へ向かう。
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何だ、この売店はcoldsweats01
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最近、よくある車両を模した売店…フレッシュひたち赤バージョン
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さて、列車がやって来ました。赤白ツートンは、ローカル私鉄にしてはちょっと派手かな。
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アクアワールド大洗水族館の広告
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中は、ボックスシートもあるでゲソhappy01
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さて、高架を上がって、田園地帯へGOupwardright
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派手派手列車と、交換
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この辺は、霞ヶ浦に続く北浦等の湖沼が広がる、水郷地帯でもあります。
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三里塚・北総台地に続く台地で畑作も盛んなようです。
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またまた、派手派手列車と交換
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鉾田の街が見えてきました。実は鹿島臨海鉄道には、鹿島鉄道が廃止される2007年の春に、鹿島神宮から新鉾田駅までは乗車済み・・・従って新鉾田まで行けば、完乗闘争勝利となる!記念撮影
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(うへっ、フラッシュ焚けばよかった)

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鉾田の街を眺めやり。

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北浦を望む…

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ひらがなで書くと、日本一長い駅名の一つ「長者ヶ浜潮騒はまなす公園前」(ちょうじゃがはましおさいはまなすこうえんまえ)駅(22字)…ちなみにもう一つは九州の三セク、南阿蘇鉄道の「南阿蘇水の生まれる里白水高原」(みなみあそみずのうまれるさとはくすいこうげん)駅でゲソ。

なんやかんやで、列車の動きがのろくなると、鹿島臨海鉄道とJR鹿島線の境界駅である「鹿島スタジアム」駅をなんとなく通過…この駅には、サッカーの試合がある時にしか列車は止まりません。
ということで、JR鹿島神宮駅に到着…記念撮影
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ひたちなか海浜鉄道完全乗車闘争

さて、先日の東北旅行でいわきまで出た目的は、ひたちなか海浜鉄道鹿島臨海鉄道の完乗闘争に決起するためである。

ひたちなか海浜鉄道は、もと湊鉄道として開業したが、戦時体制下の交通統合に伴い、茨城交通湊線となった。茨城交通の他の鉄道線は、66年および71年に全廃されたが、湊線だけは残った。その後、茨城交通自体の経営悪化に伴い、2008年民事再生法が適用され、湊線はひたちなか市と茨城交通が出資する第三セクター鉄道として存続・・・3・11の震災で被災し、全線運休していたが、7月23日に全線復旧を成しとげた。そのパワーにもあずかろうではなイカsign01

まず、常磐線で勝田駅まで…海浜鉄道のホームは隣にある。
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ここからSuica(またはPasmo)でJR運賃を直接清算し、窓口で海浜鉄道のきっぷを買う。もちろん、JRの駅から購入することも可能。東北のように、駅舎が別々ということはない。

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「フレッシュひたち」をやり過ごし・・・駅のホームへ

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これで「勝田」って、読ませるのかよ!(まぁエエけど)

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簡単な板のベンチが並ぶ・・・

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にぎやかな車両が入ってきました。

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車内は、こんな感じ・・・

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子どもの「落書き」で、いっぱいだぁ~

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「写真・ビデオ撮影には、運転手の迷惑にならないよう・・・」と注意書きがあります。

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さて、日工前、金上駅までは市街地ですが、そこを抜けると田園が広がります。なんか、映画のロケにつかえそうな雰囲気の路線です。

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中根駅…典型的な、田園の無人駅ですね。

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こんないろんな車両が見えてくると、運転拠点の那加湊駅です。関西の三木鉄道(廃止)の車両も走っています。

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うへっ、対向列車は、キハ20ではなイカsign03あっちのほうがいいや!

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ここから線路は急カーブして、海岸沿いに北上・・・住宅地も見えてきますが。

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畑も広がっています。

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サツマイモ畑のようです。次は終点の、阿字ヶ浦駅

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ずいぶんとこぎれいなホームですが

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駅舎の中は、ちょっと懐かしい作り…

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駅舎の外観も、のどかです。

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阿字ヶ浦には海水浴場があるのですが、温泉もあるようですspaそれにしても、列車で海水浴や温泉に行く人って、今は少ないだろうな。

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昔の、改札跡sign02

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とりあえず、記念撮影

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では、阿字ヶ浦を後にして、勝田に戻る。

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やっぱ、軽快気動車より、旧国鉄型がいいなぁ~

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勝田から2つ前の、金上駅…なんか近くで兵器をつくっていそうなロゴsign02ですな。

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車両銘板
では、お次へ…


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TPP反対の大義…モンスーン・アジアとの協同を

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PART1 TPPと農業・農村・日本社会において、「北東アジアにおける食料・農業共同の芽を摘み取るTPP」(高知大学教授 飯國芳明)の論を最後に紹介する。
まず最初にガット・ウルグアイラウンドに触れ「国際ルールの設計は、そのときどきの加盟国の交渉力に左右される。日本も強いパートナーを探し、交渉力をもつことが望まれるが、先のウルグアイラウンド交渉では日本は孤立した。基礎的食料論を打ち出した日本と立場をともにするパートナーは不在であり、コメを通じて協同できるアジア地域との連携は容易に実現しなかった。当時、アジア諸国のほとんどは途上国であり、日本と連携して交渉に臨むメリットは少なかったのである。p87」と総括している。その後、日本は1998年にEU,スイス、ノルウェー、韓国など、農業の多面的機能を重視し、水田稲作を交渉に位置づけやすい理念を共有し、EUの参加により交渉力も高かったが、結束力は弱く、EUは2003年に離脱してしまう。それ以降の努力も空しく、「真の日本農業のパートナーは実現できていない。p88」と説く。
そして日本が協同すべき経済圏は、アジアないしモンスーン・アジアであると説く主張が多いことを採り上げる。「夏に湿潤なモンスーン・アジアは水稲作に適しており、米の依存度が高い。世界の米の生産量や作付け面積はモンスーン・アジアに集中しており、そのシェアは9割近くに達している。かつての米の単位面積当たりの収穫量は小麦よりはるかに高く、その人口扶養力が現在のモンスーン・アジアの稠密な人口分布を形成してきた。結果として、一戸当たりの耕地面積は小さく、アメリカやオーストラリアなどの新開国や欧州などと比較すると、土地利用型の作物(穀物など)の競争力は著しく低い地域となっている。p89」要するに、アメリカやオーストラリアがいるブロックと米の完全自由化をするならば、たちまちこの地域の農業はぶっ壊れる。モンスーン・アジアにはTPP参加を表明しているベトナムやブルネイなんかがあるが、それらの国々はTPPによって資本投下が自由になされ、解体した農村から人口を吸収する産業が生まれる「メリット」があるが、少子高齢化の進む日本の場合、それらを受け入れる産業はいくら資本を投下しても現れないだろう。
著者は、モンスーン・アジアにおける1人当たりのGDPと農業保護率(名目所成立)を比較し、日本・韓国・台湾が突出していることを示す。それらの国々は戦後の「農地改革」を経て、急速な経済発展をするとともに、農工間の所得格差を一気に顕在化させた。そこで「日台韓は世界で最も高い水準の農業政策を採用せざるを得なかったのである。p90」
にもかかかわらず、日本・台湾・韓国はすでに大量の穀物を海外から輸入する食糧純輸入経済圏であり、協同して農業問題を同じ目線で解決策を模索し合える関係を確立しつつあると説く。それに経済発展著しい中国が協同のパートナーとして期待できる。「もちろん、政治体制や歴史的な経緯からみて中国を含む経済発展に伴って無理なく協同できるとは考えられないp91」と述べているが、「北東アジアで生じつつある協同関係は、今後、他のモンスーン・アジアの経済発展とともに拡大・発展する趨勢にある(中略)したがって、萌芽期にあるモンスーン・アジアの協同は、TPPにより分断され、協同の芽は摘み取られかねない。p91」と説いている。
何やら「東アジア経済圏」の囲い込み、あるいは過去の「アジア主義」のような主張でもあるが、要するに、手を組むべきはアメリカ、オーストラリア等の新開国ではなく、モンスーン・アジアだということであり、これらを真剣に模索する必要があるのだろう。

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15.9㎞/ℓでゲソ

車の燃費を公開するコーナーcar

走行距離 477㎞
給油量   30ℓ
燃費 477÷30=15.9㎞/ℓ

通勤等の近場しか乗ってないので、まあこんなモンか…16㎞/ℓは欲しいな。

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【業務連絡】ROM人さんのコメント禁止を解除する

業務連絡…その1
本日より、「こちらの示したソースを読んで批判する」という宿題もせず南京大虐殺について被害者数を過小にする言論をバラ撒いてきた「ROM人」さんのコメント欄へのアクセスを解除します。

・理由
①1ヶ月起っているので、「宿題」をやる時間があったであろうということ。
②左右の立場、世界認識等違うものがあったとしても、彼は罵倒・書き捨てみたいなことはあまりせず、こちらもある意味「違う人はどう考えているのか」ということが分るため、議論がかみ合わなかったとしても勉強にはなること。

まあ、彼がこちらに「戻ってくるか」は、分りませんが(^^)/

業務連絡…その2
少しブログ更新やコメント返信が遅くなります。また、古いネタ(季節はずれになったものとか)を上げることもあります。
・理由
①それなりに残業とか出来るくらい、体調が回復してきたこと→残業等でやらなければならない仕事が増えたこと
②一方、体調管理のため、最低7時間の睡眠、12時までの就寝を確保したいこと、休日も体力づくり(または温存)のため、自由に使いたいこと。
③某資格試験を受験するための勉強時間をとりたいこと…我が課は職員に資格取得を勧め、社内での講習会も企画する部門であることから、課員が受験・合格しないと示しがつかない。ただ、難しい試験なので、落ちても別に恥とはならないが、受かっても給料は上がらない。
④日記的なものは、mixiに以降しつつあること。

ということで、皆様よろしくお願いします。

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【転載】左翼は、インターナショナリズムと新自由主義反対を対立させてはならない!

そろそろTPP論に「本腰」をいれようかと(早よせんかい!)考えている矢先に、四トロ同窓会二次会で、バッジ@・ネオ・トロツキストさんから貴重な投稿があったので、掲示板で許可をもらって転載し、若干の論評を加えようと思う。(もとの投稿は、ここ)

【ここから転載】EU(南米共同体や将来の東アジア共同体も含む)や新自由主義の自由貿易政策に対する21世紀左翼の態度は、資本のグローバリズムにただ拝跪するだけのコスモポリタニズムのような立場であってはいけないし、さりとて福祉国家を至上視・固守する時代遅れの一国主義であってもいけない。
現在の世界の左翼に何よりも欠けているのは、「具体的現実の具体的分析」(レーニン)の能力であり、先人の教条や無定見な現実主義ではない。問題を今日の土俵の中で再検討することが国際主義の立場を堅持しつつ新自由主義に反対する21世紀左翼の務めであろう。

新自由主義とは、かつて先人達が格闘した単なる19世紀的・20世紀初頭的な自由主義とは異なり、20世紀に労働者階級によって獲得され普及・発展して来た公共性領域に対する資本からの攻撃・収奪策動でもある。だから、問題は先人達がかつて格闘していた領域を超え出た、新たなより広い地平で具体的に立て直され再度検討されなければならない。資本のグローバル化が進む中、左翼の一部にこの点を曖昧にしたままでの教条主義と現状墨守の対立が現れているので、上記についてはあらためて確認される必要があろう。

例えば、20世紀後半に先進資本主義諸国で獲得された医療・福祉・教育などの公共サービス領域を(再)市場化するようなことに、資本の進歩性も革命性もクソもないことは自明である。このような領域での自由化=市場化は、生産力の発展でも階級闘争にとっての条件促進でもなく、収奪(企業利潤部分の天引きによる公共サービスの質的低下=価格上昇)や労働の社会化の破壊(企業倒産などによる公共的機能自体の消失)、総じては資本主義の先祖返りをもたらすだけのものである。事は、牧歌的な小商品経済を資本主義経済にとって替えることなどではないからである。

また、純公共部門以外の日本農業のような特殊な領域においてもしかり。
現代左翼は、日本農業の小商品生産的な性格や家族経営それ自体を牧歌的・ロマン主義的に守りたいがために自由化に反対するのではない。日本のような国土で農業分野を資本の競争に解放することは、農業分野の資本主義的発展ではなく、反対にその確実な退廃や崩壊を、ひいては国土・地球環境の破壊を招かざるを得ないから反対するのだ。
つまり、この問題は、原発反対にも似た普遍的性格(単なる「国益」ではなく「人類益」「階級益」への配慮の観点)をもつものなのである(事実、自由化推進を主張する財界のシンクタンクでさえ、「日本農業は年間10兆円規模の環境保全機能を(無償で=農民のタダ働きで)果たしている」云々と認めている。もし農産物輸入の完全自由化や株式会社の参入などによって中山間地農業が放棄→破壊されてしまえば、納税者負担が増大するどころか、短期間では到底回復困難な国土崩壊→地球環境破壊のループさえ生まれかねないのだ)。

日本農業の大きな部分を占める中山間地農業は、輸入自由化と抱き合わされた営利法人の農業参入によるスケールメリットの追求がもともと困難な領域である。輸出大企業のための関税障壁の撤廃や資本参入のための規制緩和は、日本列島の農業に発展をもたらすのではなく、耕作放棄による中山間地域の崩壊から地球環境破壊しかもたらさないであろう。
以上については、かつての外国産木材の輸入自由化の事例なども参考になろう。
木材の輸入自由化は、国内林業の資本主義的発展などではなく、日本林業全体の衰退・荒廃と、後にワシントン条約等による規制を必要とした輸入材原産地での乱伐、環境破壊しかもたらさなかったのだ。

今日的な貿易自由化や規制撤廃により生産性がどうなるかについての論点はまだある。
先人達の時代と現代の資本主義生産では、労働の社会化の進展水準の違いによって産業構造が異なっているからである。
現代資本主義では、資本の生産性が顕著にあらわれる製造工業では既に就業人口構成比が少数派になっているという重要な事実である。今日の先進国では、大部分の労働者は非製造業分野(いわゆる「第三次産業」)で雇用されている。そして労務集約型の第三次産業は、労働の社会化が進展しても資本構成の高度化や生産資本の集中・集積は必ずしも不可避不可欠ではない。第三次産業では、先人達が経済学研究の土壌とした製造業部門や大陸的農業とは異なる論理や法則が働いているのだ。
国際的な生産性格差も大して生まれないこんな分野は、そもそも関税障壁撤廃問題の対象にさえなり得ないであろう(ただし、外国人労働者問題は残る)。

結局、今日の新自由主義的な貿易自由化や規制撤廃とは、公共部門や準公共的な生活関連部門を資本の収奪を通して破壊することにしかならない、ということであろう。今日の貿易・規制自由化問題は、マルクス、レーニン、トロツキーたち先人の論理や片言隻句を鵜呑みに出来ない新次元領域の問題なのである。今日の焦眉は、製造工業や大陸的農業をめぐる問題などではないのだ。

上記は、さらに共に考え議論する必要もあろう暫定意見だが・・・・

アナクロな教条主義にも一国主義的な現実主義にも、反対!!!
21世紀左翼は、国際主義の立場を堅持しつつ反動的な新自由主義に反対しよう!!! 【転載終わり】

要は、これまでとは違うものを早く探さねばならないということだ。
「アナクロな教条主義」とは労働者や農民等の「多様な有り方」(労働が第三次産業にシフトすれば、既存の「大量で同質のプロレタリアート」など現れないし、第一次産業は地域・地勢・地形等に左右される)認めない、あるいは考慮しないで「大同団結が国境を越えてできる」というものだろう。それに加え、民族・植民地問題の未解決(あるいは現地への矛盾の押しつけ)が、単純な団結ガンバロー論からは外れる。
モノの貿易自由化は、すでにほとんどの領域で「完成」している。FTAやTPPで求められているのは、金融や労働力の移動の自由化である。労働力移動の自由化は「外国人労働者」問題を生み、差別・排外主義→ポグロムかと、それを支えるナショナリズム…日本の場合、その核は天皇制に求めざるを得ない(もともと天皇は、農作物・居稲の豊饒を祈祷するのがお仕事)と対決しなければならない。
では「差別・排外主義反対!」「ナショナリズム反対!」と言っておればよいのか?その底流には「賃金の”平等的な低下”という問題が残っている。「賃金」がその場その場で平等に高くするには、「新自由主義」をぶっこわすしかない。
「金融資本の移動の自由化」は、利子が利子を生む・・・利子のために生産するという現代資本主義の構造…もちろんそれは様々な経済的・物理的(資源枯渇・環境破壊等)によって、恐慌・不良債権の山という「ババ」を押しつけあうものでもある。そしてそれらがぶっ壊れると、労働者がいても、原材料があって生産手段があっても、なにも生産されない、サービスが提供されないということになるからだ。

これらに対抗するにはどうすれば良いか…戦略的には「陣地戦」であろう。自ら生きるるために、自らの手で生産・社会運営ができる規模に経済や社会を「縮小」させる。「陣地」は既存の国家・社会の枠にとらわれないものとして、課題ごとに「作られる」(よって「国民」として階級を構成するマルクスの論は通用しなくなるその一方で、どうしても生産できないものがあったり、また陣地が「各個撃破」されないよう協力しあうのが「国際主義」となる。そして時々、ウオール街や霞ヶ関等を占拠するくらいの力をつける。
「陣地」への参加は基本的にその「陣地」が民主的に作ったルールに従えば、だれでも平等に参加し、離脱することもできる。(ただし、離脱者は敵対しないこと…これが新旧左翼にできなかったこと)「だれでも」の中には党や団体、法人なんかも参加できる。

この「陣地」を私は「プラットフォーム」と名づける(鉄ちゃんらしくて、エエでしょ^^)

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10・9三里塚全国総決起集会に決起(後編)

反対同盟顧問弁護団の後、婦人行動隊の鈴木加代子さんからカンパアピール。続いて住民団体、共闘団体からの決意表明である。
部落解放同盟全国連からは、東大阪で選挙を闘ったが、残念にも落選であった。痛恨の極みだと報告があり、一方で狭山再審闘争への決起をよびかけた。
婦人民主クラブ全国協議会から、8月6日の現闘本部破壊に断固とした怒りを表明した。新しい現地闘争本部の中には、元の木造の現地闘争本部がある。これを証拠隠滅した、絶対に許すことはできませんと述べた。
また、反原発の動きに、女性が立ち上がっている。原発いらない福島の女たちの会が、10月27日から29日まで、100人で経済産業省を包囲する。30日から11月5日までも、「全国の女たちの座り込み」が行われることが紹介され、今こそ私たちの出番であることを訴えられた。また18年ぶりに北富士で行われる日米共同訓練、「トモダチ作戦」にみられる日米合同作戦に反対していくと述べた。
「障害者」を代表して、5・20の不当判決・不当逮捕から現闘本部破壊までやっても、反対同盟はそんなことではくじけません。確信があるからです。最先頭で闘おうではありませんか!1930年代の時代に戻さないためにも、障害者が立ち上がることが求められていると述べられた。
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山谷を闘う仲間も、8・6現闘本部破壊を弾劾し、たたかう決意は変わらない。3・11以降、状況は変わった。被曝労働の中で死んでいった仲間がいる。被曝労働反対ネットワークを立ち上げ、労働者が労働で死ぬことがないようにしたいと決意を述べられた。「アラブの春」やスペイン。マドリッドの闘い、ウォール街占拠の陸続した決起、持たざるものの闘いについて述べ、フランスの原発労働者からも話を聞いてきたとのこと。
福日労から、福岡では野宿の労働者を公園からたたき出そうとする攻撃が強まっているが、それを粉砕するという決意表明があった。
いよいよ、党派関係…まず中核派、新しく全学連委員長に就任した斉藤君から
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46年間闘い続けて来た三里塚が光る時代が来た。腐った組合、腐った大学なしに原発をつくることはできない。ウォール街のデモ、9・19の6万人集会から、革命こそが求められている。11月の1万人集会に決起しようと呼びかけられた。
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解放派の全学連から、全学連は先頭に立って闘う。TPP粉砕!農地破壊反対!名護新基地建設を闘う。ファシズムと反ファシズムの闘いを進め、闘争を破壊するカクマルと木元グループを解体すると(いつものように)宣言した。
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統一委員会からは、成田空港の危機は、2本の滑走路も、3本の誘導路もいらないことを示している。ただただ市東さんの土地を取り上げるための攻撃だと弾劾。一方、野田政権について、辺野古新基地建設、日米同盟の強化、PKOの拡大といった日本帝国主義の動きに対し、反戦・反基地を闘う。原発の稼動を続けるのも、いつでも核兵器を持てる、核武装の準備のためだ。ギリシャやアメリカのように、断固連帯して岩国・沖縄で反基地闘争を闘うと宣言した。

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今回は蜂起派さんの発言も、しっかりメモ…原発の存在を許さない。被災者の生存権の保障、人間らしく生きる権利を、もう一度掘り起こして、人としての尊厳を求めると述べた(なんか新左翼らしくないなぁ…でもこれができないとダメなんでしょうね)また、「アラブの春」に連帯して、9月28日からパレスチナに赴き、オリーブ摘みを手伝ってるとのこと…この辺は、赤さんの面目躍如といったところか、「へぇ~っ」と関心した。

集会宣言、スローガン採択の後、デモへ出発sign03集会結集は、1045人ということだが、こころなしか少ないような気がする。震災復興や反原発、反野田政権に忙しいのだろう。
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「勝手連」は市民団体ということで、関実の後、最後尾についたが、後ろのてい団が動労千葉で、元気なことhappy01
一応、前のスローガンに合わせていたのが、後ろのスローガンを叫ぶことになる。「国鉄分割民営化反対!」という、なつかしのフレーズも出てきたぞ。(というか、前はもっとしっかりせいdown

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今回のデモコースはいつもと少し違い、くねくね曲がったコースを取るので隊列が伸びているのが分る。

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国家権力・機動隊は相変わらず不気味である。

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公安警察は、相変わらず怪しい集団である。

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やがて普通の道に出ると、普通の警官が「左によって下さい」とやかましい(普通の言い方だけど)…ま、我々はいつも左に寄っているがvirgo
とりあえず「無駄な弾圧は、止めなイカ!」「第3誘導路建設を、止めなイカ!」と時々言ってみる(これこれ)

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第3誘導路建設阻止の立て看板も、健在sign01

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この木々に囲まれた奥に、市東さんのお宅がある。

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第3誘導路建設のための、大きなクレーンがある。ぶっこわしてやるでゲソbomb

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なんやかんやで、ようやくデモ解散地点…ところがすぐに折り返して、流れ解散をせよとのこと…解散時には旗竿やのぼりは、しまわなければならない。そうこうしているうちに「勝手連」の方々を見失ってしまう。しょうがないので一人でタクシーを呼んで駅まで行き、何とか東京で合流できたのであった。

三里塚の闘い、民衆の闘いは、まだまだ続くのだ、野田政権sign02


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10・9三里塚全国総決起集会に決起!(中篇)

さて関実の報告が終わったら、反原発・TPP反対 農民アピールが始まった。
福島現地から、これまで三里塚闘争を支援してきた農民、大内さんが発言。(大内さんが、2個千円の梨を持ってきた)まず「動労水戸」の闘いを支持し、ともに闘うと宣言された後、自分が原発事故の”当事者”となったことから「支援者になることは、当事者になることに比べ、どれだけ甘いものであるか」ということを話された。3・11後、自分のこれまでの闘争への関わり方を総点検せよということがつきつけられた。そして「原発に屈服するのか、妥協するのか、福島で生きていくには、闘うしか無い。その決意はありやなしや…か」と述べられた。いつか誰でも「当事者になる」ことを考えさせられた、震災と原発事故である。
大内さんは71年の駒井野の闘いに決起した時、正直逃げようかと思ったが、逃げずに闘ってよかったというようなことを述べ、原発を止める闘いの先頭に立つ、しかし自分も被害者であると同時に、「これまで原発を止めることができなかったといことが、全世界から突きつけられている。」と述べられた。福島にはツバメがやって来て、泥で巣を作り、去っていった、冬になれば白鳥がやってくる…とも。
そして「自分自身が克服しなければならない問題がたくさんある。」とも言った。今回の震災・原発事故はまさに激動の時代に突入するわけだから、これまでどおりの考え方では通用しない、あらゆる運動や領域で自己点検や飛躍が必要になるということだろう。そして最後に「福島の農地を私たちの主導権で必ず復活させてみせます!」としめくくった。
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続いて、反対同盟農民を代表して、鈴木謙太郎さんから、野田政権がTPP参加をなし崩し的に行おうとしていることに絶対反対する。農業を金儲けの手段にしてはならない。2万haもの作付け出来ない農地があるが、農民は農業を続けたいと思っている。ともに闘う決意である。TPPは知れば知るほど、農業だけの問題ではなく、低賃金労働や非正規雇用が増える。原発、TPPに断固反対すると決意を表明した。
北総の農民からは、原発と農民は相容れない、市東さんの闘いと同じだと述べ、今日のこの集会がもたれた意義は大きい。敵は反原発と三里塚が結びつくことを恐れていると断言した。

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続いて、市東孝雄さんからの発言…様々な方から支援をいただいたことへのお礼から始まり「農家の喜びは、丹精込めて作った作物を『おいしい』と言ってもらえること。福島ではそれができない、”受け入れてくれない”から。我が身と思えば、身の裂ける思いがします。罪もないのに農地を置いて暮らさなければ成らない…福島の人の気持ちを我が身において闘いたいと思います。」と発言された。こういう人だからこそ、自らの農地を守り、またそれを支援しようという人が沢山でてくるのだろうと思った。
さて、その支援する「市東さんの農地を守る会」から、様々な報告…3つの選挙で「三里塚のように闘おう」と訴え、2つで勝利を勝ち取ったこと、千葉県の自治体労働者に「10月9日に反対同盟が集会を開くから、注意しろ。(犬を飼え、通勤ルートをずらせ等)」という文書が流されたこと(議員などにこれまで流れていたが、自治体の末端職員までながれてきたことは無いとのこと)…いかに三里塚を闘う勢力がおどろおどろしいもののように描くものだと弾劾。地域から、職場から、キャンパスから立ち上がっていこう。TPPの学習会を行なったなど…

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反対同盟顧問弁護団からあいさつ…まず「こんな野田政権は打倒しなければなりません」と発言、現在6件の裁判(現闘本部裁判、農地法で市東さんの農地を採り上げる裁判、一坪共有地に関する裁判等)「弁護団は裁判闘争を現地闘争の一貫として、農民と連帯、団結し、原則を守って闘っている。」と発言された。「現闘本部の魂は、私たちに道を示してくれる。必ず報復する。」と威勢の良い発言も…九州からは新左翼に始めてかけられた組織暴力対策法(組対法)攻撃をとりあえずはね返した、実力闘争お裁判闘争をやっているからだとの報告(この裁判闘争を実力闘争でというフレーズは、これまでも何度も言われてきたが、萩原さんをはじめ、弁護団も今回は特に強調していたように感じた)そして、8月の天神峰現闘本部破壊を満腔の怒りをもって弾劾するとともに、6つの裁判闘争への支援・傍聴闘争にぜひ参加して欲しいと呼びかけた。

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前の集会もそうだったけれど、これまで集会中にに何回か飛行機が轟音を立てて飛んでいたものだが、なんかその回数が少なくなっている。震災の影響、羽田国際化の他、世界同時不況の足音が近づいているのか…
後編に続くdoor

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10・9三里塚全国総決起集会に決起!(前編)

去年は風邪で断念せざるを得なかったが、ことしの秋の集会には決起したぞ~

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「勝手連」の方々と、コミュニティーバスで天神峰の萩原さんの畑まで…バス到着は12:00なので、集会場に入ると北原鉱治事務局長の演説が始まっていた。「他力本願ではいけない…未来のために闘わなければならない。闘いに年齢差はない…。」等々、話をくぎって、丁寧に力強く語る北原さんの演説は、最初からきちんと聞きたいものです。今回は福島の果樹農家の方も駆けつけ、放射能汚染の影響のない梨を2個1000円で売っていた。関西の隊列の後ろに、シートを張って集会参加。

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続いて、萩原進さんの基調報告。政府は震災復興を逆手を取って、震災特区、漁業特区の攻撃を進めている。園中でTPP参加絶対反対をかかげると宣言。現闘本部破壊や原発事故にふれ「今度こそは負けられない、責任を負わせる、責任をとらせなければならない。」と発した。一方、現闘本部裁判闘争で50名の逮捕者が出た、それをテコに反動政治が、ヒットラーのような反動政治家がでてくるのではないか。その対応に唯一、遅れているのが三里塚だ。もっともっと進んで闘おうと述べた。(これはおそらく、昨今の反原発の闘いや、アメリカ・ウオール街占拠の闘いを念頭においての発言だろう)市東さんが、だれが何といおうと出て行かないのは、全国の反原発・反戦。反旗地闘争への励ましになっている。我々がヘゲモニーを握っている。
新たな裁判を立ち上げようとしている。市道廃止問題、第三誘導路建設差し止め等…こうゆうものに関心をもつことは誰でもできる。そこからあつまっていく。3・19で集まった6万のうちの100分の1の600人、いや60人を獲得したらそのうち倍になっていく。人民の海に入っていくことが大切だ。カンパをしてもらい、我々のところにひきつけていく。

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「市東さんの農地を守る会」に入ろうやる側が確信を持つかどうか、これが三里塚闘争がこれまで続いてきた理由だ。一方で、闘いを進めるには、駒が必要だ、地道で、戦闘的な闘いでこれを造り上げていく…と述べられた。うむ、戦闘的労働運動路線に回帰したのか…

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続いて、動労千葉、田中委員長からの特別報告…じつは昨日から動労水戸がストライキを始めている。「緊急避難準備区域の解除に伴い、常磐線を広野まで開通(私もついこの前に、行ってきました)させるにあたり、原発事故から何ヶ月も放置されていた車両を回送するにあたり、当局は政府が安全と言っているのだから、放射線量を測る必要はないと言ってきた。本日、勝田まで搬入してくる。これに反対して、動労水戸がストライキをしたというのだ(詳しくは日刊動労千葉のこちらの記事参照)
また、10月1日に予定された京葉線構内業務外注化をストライキで阻止したこと(こちらはこの記事参照)JR発足以来の合理化攻撃を止めた。JR総連、国労、JR連合もオルグし、業務命令に従ったのはJR総連カクマル分子2名だけだったとのこと。
労働者のおかれた現実は、20年前に国鉄分割・民営化によって始まった現実だ。また、経団連は復興にあたり東北地方の労働力をアジアとリンクさせると言っている。これは東北地方の国内植民地化だ。こんなものは絶対破綻します。

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9・19.千駄ヶ谷の駅のホームは人があふれ、JRは電車を止めることができなかった。ウオール街を占拠しよう…すべての労働者がウオール街に駆けつけている。今なら(労働者の大きな闘いは)できる。と述べた。

続いて沖縄から、「市東さんの農地を守る会、沖縄」の方と、名護市議会議員、河野氏から報告。6・23に反対同盟が来てくれて、先頭に立って摩文仁の丘に向かったことが報告された。

関実からは、山本善威さん他一名で報告
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9月18日に萩原さんを招いて、集会を行った。沖縄からも人を呼んで、三里塚と沖縄が一つとなって、それに加わることを誇りに思います・・・とのこと。現闘本部の破壊攻撃については、22年も封鎖しておいて、勝手に撤去する。この責任は取らせる、と述べた。

全体的に、現闘本部撤去への怒りと、それでも負けないという確信、そして原発事故への怒り、反原発、反TPPにが基本となった集会であったように思う。
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中篇・後編へ続くよvirgo


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もうすぐデモ

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(前の記事とともに、ケータイ投稿の写真が良くないため、改めて写真を入れ替えました)

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集会開始

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コミュニティーバスでくると、北原さんの演説が始まっています。

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蒋介石の「黄河決壊」事件

南京大虐殺「論争」でROM人さん(コメント禁止中)から教えてもらったもの(あるいはHRMさんからもご指摘のありました)に、「蒋介石が黄河を決壊させ、多くの自国民を死亡させた。日本軍は中国民衆を必死で助けた」というものがあった。で、調べてみるとWikiに黄河決壊事件というものがあり、1938年6月、日本軍の侵攻を食い止めるために行われた作戦だそうだ。

水没範囲は11都市と4,000の村に及び、3省の農地が農作物ごと破壊され、水死者は100万人、被害者は600万人と言われる[9][10]が被害の程度については諸説ある[11
なお、外部リンク蒋介石の”以水伏兵”-黄河決壊事件の人的被害によれば、
終戦後の1945年(昭和20年)12月に国民政府が河南省で行った「河南省戦時損失調査報告」がある。それによると、1944年(昭和19年)末の段階で、洪水による死者約32万人、離郷者数約63万人という数値を提示している。
 
とある。Wikiの別項目には「中国軍はコレラ菌を撒いてコレラを蔓延させた」ともあるが、先ほどの外部リンクでは伝染病が発生した。とある。

自国体制を守るために、自国民を犠牲にするのは「民衆の解放」を目指さない軍隊であれば、古今東西同じだなぁということが、良く分る事例である。これは、大戦末期の沖縄戦…「国体」を護持するために沖縄で軍民もろとも3ヶ月も激しい地上戦を強いたこと以上の、蒋介石の戦争犯罪であろう。

だが、それを持ち出して日本の中国侵略を正当化することはできない。蒋介石を裁くのは、中国人民である。それが証拠に、蒋介石・国民政府は「国共内戦」で共産党軍に破れ、台湾に逃れることになる。

003敵を掃討するため洪水を引き起こしたのは、中国軍だけではなく、山東省で日本軍も行っている。「天皇の軍隊(本多勝一・長沼節夫 朝日文庫1991年)」に第10章 一八秋魯西作戦=コレラ作戦 というのが紹介されていて、衛河(大運河)が洪水で決壊しそうになり、日本軍の望楼がやられそうなので、逆に対岸の「解放区」側を決壊させ、洪水を引き起こしたものである。なおこの時、確たる証拠はないが731部隊が製造したコレラ菌が撒かれ、「細菌戦」が行われた可能性があるという。現に本書で中心となって語られる「衣」師団―第十二軍第五九師団―は、その後の掃討作戦で多くのコレラ患者を発見し、また部隊からも患者、死亡者がでる状況であった。

この「天皇の軍隊」という本は、山東省の治安を預かるために新設された「衣」師団の誕生から敗戦による解体までが描かれており、当時の中国侵略軍がどうゆうものであったか良く分る興味深い本である。登場する個々人の入隊前の生い立ち、生活等がややくどいほど書かれており、いかに「普通の人間」そこにいる私や貴方が「殺人鬼」になっていくのか、また当時の日本軍の本当の敵は、中国共産党・八路軍であり(国民党軍はしばしば日本軍と手を結んだ)また日本はなにもアメリカと戦争していなくても、中国共産党と戦争しているだけで負けていただろうということも分るだろう。(もちろん負け方は「名誉の撤退」ということになるのだろうが…)

ちなみに第八章 情報下士官 という項目に、八路軍が綿花を隠す作戦が紹介されている。山東省は戦争遂行のための資源、人材の供給地とされ、多くのものが”略奪”されていった。綿花もその一つで、日本の独占企業のため、べらぼうに安い値段で中国農民から綿花を「買って」いた。ところが八路軍側の勢力が強くなると、八路軍が綿花をより高く買いつけ、どこかに隠匿してしまう。「情報下士官」の働きでその隠し場所が分ったのだが、

綿花は、ぎっちり圧縮して、1×1×1.5メートルほどの直方体に固められ、鉄バンドでキッチリと締め付けてあった。天皇の兵士四人が運び上げようとしたが重すぎ、六人がやっとのことで地上に運び上げたことができたほどだ。そんな綿花の梱包が地下1.5~2メートルの所まで四段重ねにして並べてあり、そのうえを1メートルの厚さにコウリャンがらを敷きつんであった。コウリャンがらの上には、さらに一、二枚のアンペラ(コウリャンむしろ)でおおい、地面までの1メートル近い厚さが、周辺と変わらぬ土で埋められていた。p199~200

この情報下士官は、その部落で30個の綿の塊を掘り出したが、別の部落では一度に50個、百個の塊が畑に埋められて居るのを発見し「このエネルギーにあっては、日本も勝てないだろうな」と思ったそうだ。

ちなみに本多・長沼の「天皇の軍隊」は、山東省のある治安部隊の体験を中心としているのに対し、黄河決壊事件を紹介している日華事変と山西省というのは、山西省を中心とした戦争体験、社会や歴史が綴られている。山西省というのはいち早く「辛亥革命」に立ち上がったものの、親日派軍閥、閻錫山が「保境安眠(山西モンロー主義)」という独自の政策をとり、独自に発展してきた。日中戦争時には主戦場となるものの、共産党軍と対抗するため閻錫山が日本軍と手を結ぶ(まぁ、蒋介石も基本は「反共」であったが…)など、なかなか複雑なところである。戦後も日本人義勇軍が共産党軍と戦ったことで知られている。


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青森の駅と港

なのなの勢力さんのリクエストに答えてsign02青森駅とその周辺をアップ
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青森駅には、大阪からの寝台特急「日本海」で時刻どおり到着。じつは北海道旅行その他で、青森駅に立ち寄り、時間待ちというのはけっこうある。しかし、市内中心部を充分回る時間はないから、青函連絡船、八甲田丸を中心としたエリアを少し歩く程度しかできない。

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で、なぜか行く度に、周辺の整備が進められています。こんなデッキって、あったかなぁ~。

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とりあえず、展望台で「あるみさんズ」記念撮影…掃除のおばちゃんから「それ、何のフィギア?」と聞かれたので、「いえいえ、ネタでやってるやつですからcoldsweats01」と言って誤魔化す。

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ずぅ~っとデッキを歩いてゆけます。天気が良ければ、なかなかよさそうな所ですな。

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青森ベイブリッジは、もうずいぶん前からある。立派な斜張橋。

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青函観光地図

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青森名物三角野朗こと、アスパム…青函連絡船が無くなる時に立ち寄ったが、そのときには「核燃料サイクル施設」を宣伝するコーナーがあった。(今もあるのだろうか?)

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何かイベントがあるのでしょうか?

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港付近の、案内図…あと、おばさん3人組みと、熟年夫婦から「写真を撮ってください」と頼まれる。

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「ねぶた会館(だったかな?)」落ち着いた赤と黒の波のデザインが良いです。
まぁ、駅ビルもそれなりに立派で、「無印良品」なんかも入っています。確認していませんが、バスターミナルの向かい側の、りんごとか売っているお土産屋さんも、健在なんでしょう。

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三厩に行くべく、駅に入る…跨線橋から上野発「あけぼの」をDE10で回送するところと、北海道に向かう「白鳥」

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津軽線、蟹田までは相変わらずtrain701系紫帯の電車でゲソ。
続きは、今度…

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十和田観光鉄道廃止弾劾!

十和田観光電鉄再訪闘争でも書いたが、地元自治体の支援が無いので廃止になることがほぼ確実となった。
鉄Maiより
十和田観光電鉄:鉄道事業廃止へ…新幹線と震災の影響

十和田観光電鉄(青森県十和田市)と沿線の十和田市、六戸町、三沢市は3日、記者会見を開き、3市町14.7キロを結ぶ鉄道事業について「維持存続は難しい」として、廃線になるとの見通しを表明した。今月中旬に正式決定する。
 白石鉄右エ門社長は、昨年12月に東北新幹線の新駅「七戸十和田」が開業して利用客が減少したことや、東日本大震災で観光部門が落ち込んだことなどを理由に挙げた。
 同社は3市町に2011年度から10年間で総額5億2100万円の支援を求めていたが、3市町は「一企業への公費の支出は住民の理解が得られない」として、3日に拒否の意向を伝えていた。
 電鉄は1922年に開業。70年代の最盛期に比べ、年間利用客は4分の1の約45万人に減少した。

「震災での落ち込み」は復興で回復するかもしれないが、新幹線の開業については、すでに十和田湖方面の観光は盛岡や青森、三沢から直接バスでとなっていたので、新幹線のおかげで在来線特急が無くなり、鉄道ネットワークとしての意味を失ったということだろう。
なにせ、11時台に三沢に戻って、「青い森鉄道」で青森に行く電車が、13時台まで無い!
せめて新幹線駅と接続していれば救いはあったかもしれないが、先にも書いたとおり新幹線は十和田観光電鉄の下をトンネルで抜けている。
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また、三沢駅から米軍専用線が延びていて(使われているのかどうかは分らないが、航空燃料の運搬ぐらいしているのではなかろうか?)それに乗り入れて空港連絡鉄道にする手もあるだろうが、おそらく東京ー青森の航空需要は新幹線の影響で確実に減り、現在は3往復しかない。大阪などから青森に行くには伊丹ー三沢の空路があったのだが、運休中であり、羽田で乗り継げ!ということになっている。(おお、寝台特急「日本海」のチャンスは残ってるぞ)。

地元自治体の支援も、「青い森鉄道」やバス部門をどうするか?といった総合的な視点が無い限り、難しいだろう。加えて合併等により、自治体住民の「一部」しか十和田観光電鉄の恩恵をうけていないわけだから…。

「弾劾!」などと書いたが、いい材料が見当たらない…葬式鉄の出番かweep

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TPPに邁進する野田政権を打倒しよう!

東北復興や「反原発」のために多くの民衆の力が注がれている中、野田政権は性懲りもなくTPPを推進しようとしている。
四国新聞WEBより
主そう、TPPで閣僚論議を再開/APEC前の決着目指す

野田佳彦首相が近く経済連携に関する閣僚会合を開き、環太平洋連携協定(TPP)への交渉参加問題をめぐる議論を再開することが分かった。11月に開かれるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議までに決着を目指す。複数の政府関係者が1日、明らかにした。ただ、焦点の農業問題をめぐり閣僚間の溝は埋まっておらず、意見集約は難航必至とみられている。
 米政府はAPEC首脳会議でTPP推進に向けた関係国の大筋合意を取り付ける考え。想定されるオバマ大統領との再会談で、何らかの対応を迫られることも考慮した。首相は交渉参加に前向きとみられ、鹿野道彦農相の説得が焦点となりそうだ。

日本の貿易は、ほぼ自由化されているのに、何の制限・規制も取っ払ってしまうTPP、そしてそれがもともと「小国連合」だったものが、アメリカ主導で日本への輸出…食糧はともかく、人、金など…を自由化してしまおうというトンでも無いものだ。

昨年の今頃だったか、前菅首相が突然「TPPへの参加」「平成の開国(今まで鎖国してたんかいsign03)」などと言い出して1年…震災と原発事故で一旦議論はとだえたものの、また亡霊のように現れてきたTPP

農業者・漁業者のみならず、医療・介護・保険・労働等の分野での徹底的な弱肉強食を押し進めるTPP…とっくに破綻した新自由主義のみが、さらに生き残りをかけて地域をぶっこわすTPP…農業団体だけに留まらず、左右を問わず批判が行われている。

こんどの10・9三里塚全国総決起集会でも、現地闘争本部破壊、農地取り上げ、沖縄、震災、原発とならんで大きなテーマとして取り上げられるだろう。

私は野田政権を、「それなりに根回し等の実務能力があって、規定の路線であればなんでもやっちゃう内閣」と考えている。民衆が大きな声を上げ「新しい構想・思想を押しつけ」ない限り、東北は形だけの「復興」をとげ、原発はそれなりに稼動し、沖縄、辺野古への基地建設は強行される。市東さんの土地も取り上げられ、TPPで日本の産業・地域は壊滅する。

最近、反原発デモ等で若く経験の少ない「活動家」達が逮捕される事態が相次いでいる。何年かに1度、選択肢の非常に限られた中、自分たちを「支配」する人間を選ばされる「議会制民主主義」において、真の民主主義を貫くためには、自由なデモ、集会は必要不可欠だ。
ということで「デモと広場の自由」のための共同声明というのが立ち上がった。

そうそう、このブログでもTPP批判が止まったままになっているなぁ~イカンイカンcoldsweats01

本や新聞、ネットの真面目な情報、ツイッター等を見て、みんな街頭に出ようsign01そしてTPPを推進する野田政権を打倒しようsign03

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「南京大虐殺」は数ではなく、数である

南京大虐殺を数の問題にしてはならない…それは一人ひとりの殺された人の思い、無念さ、まなざしを無視することになるからだというのがその理由だ。しかし、「南京大虐殺否定論13のウソ」(以下「13のウソ」と略す)p96において、南京大虐殺をまじめに研究してきた日本側の学者と中国側の間には、総数の認識の違いこそあれ、さほど大きな問題とはなっておらず、南京大虐殺の規模と内容の深刻さは共通して認識されているとされている。それをできるだけ「虐殺はなかった」「大した虐殺ではなかった。」ということにしたい不真面目な学者・勢力は、不当に殺されたものからのまなざしや訴えを何としてでも否定したいからである。それは何故か?
本多勝一の「南京への道」には、日本軍は軍規厳しく、秩序も正しく南京までの戦闘してきたのではなく、虐殺の前哨戦を繰り返しながら進軍してきたことが分る。南京戦以外にも、華北その他の戦場や占領地で、数々の残虐行為、民間人の殺害、暴行、略奪、強姦等を繰り返してきたことが、他の史料からも伺える。だが、たいていの「連隊史」とか「〇〇戦史」のようなものには、そういった記録はおおっぴらには出てこないため、それだけをみていると、日本軍の暴虐さはぱっとは分らない。「あの戦争は正しかったんだ!」「止むを得ないものだったのだ」としたい人たちにとっては、死者からの無念さ、まなざしを見据えることができない、やりたくない、やってはけないことなのだ。
そういった意味では、虐殺、強姦されたものの思い、まなざしを一つ一つ丹念に拾い上げ、数を積み重ねることもまた重要なことであろう。だから「数」にもこだわる必要があるのだ。(もっとも、連隊史や戦史などの行間をよく読むと、そのようなことが行われてきたことが分ることがある。)

ということで虐殺数を徹底的に低く見積もる秘訣に最後に加えてきたROM人さんの、宿題もせず調べてこなかった質問に答えておこう。(本人をコメント禁止にしているが…)

否定派は「スマイス博士のレポート」を出している上に、何応欽上将の軍事報告、米英仏などのマスコミの取り上げが無かった事、実際に外人記者が視察しているにも関わらず何も反応が無い点、国際連盟も議題にしなかった点、南京の人口が倍になっている点。
また百歩譲ったとしても、当時の国民党自身が「2万人が虐殺された」と国際連盟で演説している点から、MAXでも2万である、という根拠を示しています。
またラーベ日記、アジアの戦争などにおける虐殺派の主張が嘘であったことは、あるみさん自身が「死体の内訳がほとんど成人男子であった」ということから認めていることです

まず、スマイス博士のレポートについて、「ゆう」さんのサイト「スマイス報告」をめぐる「議論」
の中で、「過大説」と「過小説」があり、スマイス氏自身「拉致された者の数字が不完全なものであることは疑いない」と「過小」ではないかと考えている。また、南京大虐殺南京事件資料集を編纂した笠原十九司氏もまた、
スマイス・ベイツの調査は、南京に居住している人々の生命と生活をどう救済するか、そのためにはどれほどの物質的援助が必要か、という切実な課題に基づいて戦争被害の調査をおこなったわけであり、
「スマイス、ベイツらの戦争被害調査が南京市民の救済活動と、そのためのデータ作成を目的としておこなわれたことを考慮すれば、調査の本来の目的ではなかった南京市民全体の死者数にのみ同調査結果を利用するのは、調査の趣旨からは外れている。」と「過小」である。との見解をとっています。
他方、「南京戦史」では「この中には前述したように、戦闘員としての戦闘死、戦闘行為の巻き添えによる不可避的なもの、中国軍による不法行為や、また堅壁清野戦術による犠牲などが含まれ、さらにスマイス調査実施の際の手違いや作為も絶無とはいえない。また第四表の拉致四、ニ○○人のうちには調査の時点では行方不明でも、後日無事帰還した者や、たとえ帰還できなくても生命を完うした者もあるかもしれない」(しかしこれはここを「こうすれば、虐殺できる可能性があった」の裏返しではないのか?)との「過大説」をとっています。
「スマイス報告」は当時できた最良(しかし目的は犠牲者数の把握ではなく、あくまでも救済活動のためどのくらい人間が残っているか?)のものであったかも知れないが、現在までの研究、資料の発掘状況から見て「過小」であるとするのがまともな歴史学者が考えることでしょう。

何応欽上将の軍事報告の他、南京大虐殺後の国民党、共産党の声明等で、南京大虐殺に触れていないものなど、いくらでもあります。(例えば中国共産党の「抗戦中の中国軍事」など)それらの声明、報告、論文には、それぞれ対象、目的があり、また南京の情報がどれだけ伝わっていたのか?ということを無視して「直接言及がない→南京大虐殺はなかった」というのは証明に全然なりません。「南京大虐殺否定論13のウソ」(以下、「13のウソ」と略す)井上久士 p61」それどころか中国共産党が武漢で出していた週刊誌「群集」の第1巻第四期(1938年1月1日発行)の短評「人類のともに斥けるべき敵軍の暴行」と題して「南京・上海沿線、とりわけ南京市の大虐殺は、人類有志以来空前未曾有の血なまぐさい残虐な獣行記録をつくることとなった。」と書かれており、中国側が南京で大虐殺があったことを認識しております。このへんは「ゆう」さんのサイト中国側は知らなかったか?中国共産党は知らなかったか
にも詳しいです。ちなみに何応欽自体、「殺害された市民が十万人以上にも達した」と認識しています。また国民党が国際連盟において顧維鈞が「南京で日本兵によって虐殺された中国人市民の数は二万人と見積もられ、その一方で、若い少女を含む何千人もの女性が辱めを受けました。」と演説していることもについても、

演説は、事件のわずか1か月半あとの2月1日のものでした。事件の現場である南京は既に「日本軍占領地」になっていますから、中国側としては調査のしようもなく、確実な数字を挙げることなど不可能だったでしょう。上の演説を見ても「数字の正確さ」に力を入れている気配はなく、「特に根拠のない見当の数字」とみるのが妥当であると思われます。

と、ゆうさんは説明しています。

「米英仏のマスコミが取り上げなかった」は完全な妄想です。(13のウソ)で笠原十九司氏は「南京事件が当時世界で報道されなかったというウソは、旧内務省警保局『出版警察報』(復刻版、不二出版、1982年)を見るだけで見破られる。同書には戦時中、言論・出版の弾圧と統制を仕事にした当局が、南京事件を報道した外国の新聞・雑誌を検閲して発禁処分にしたリストが記録されている。つまり、日本当局は、世界の南京事件報道を検閲して税関段階でシャットアウトし、日本国民には見せないようにしていたのであるp41」とあります。リアルタイムで世界中に報道され、世界から非難を浴びていた…知らぬは日本人ばかりなりで、提灯行列をしていたわけです。(日本人も全く知らなかったわけではなく「流言飛語」の形で知っていた人もいた)
とりわけアメリカ国立公文書館の国務省文書の中には、当時の南京から送信されてきた厖大な資料が保存されており、南京アメリカ大使館の外交官がまとめたエスビー報告「南京の状況」(1938年2月2日郵送)に日本軍の残虐、略奪、暴行を記録した南京安全区国際委員会の記録も添付された、南京事件に関するまとまった報告書がある。戦後、アメリカ主導の東京裁判で南京大虐殺が裁かれたのは、このような資料で裏づけがあったためである。(「13のウソ」p49)
 国際連盟において「南京大虐殺」が提訴されなかったのは、その前に大きな日本の中国侵略戦争そのものが連盟総会で激しく非難されている。加えて1938年前半、欧州大戦が起こるかもしれないという不利な国際情勢の中、中国は列強から中国援助、対日経済制裁をいかに引出すか、南京事件よりも中国滅亡の危機を阻止することが最大関心事項であったわけで、このような背景を考えずに「南京事件が連盟に提訴されなかったから南京大虐殺はなかった。」と断定するのは、歴史学的思考ができない証拠である。(「13のウソ」p44~48)

「南京の人口は増えている」ことについては、ゆうさんのサイト南京の人口は増えたかで詳しく論考されています。

初期の「20万」という数は全くの「見当」であり、特に根拠を持たない数字、あとの「25万人」は一応の根拠は持つもののやや過大、ということになります。
ラーベの認識は、「安全区外には五万人の人口があり、それが安全区に流入した結果として人口が増えた」ということであり、「人口増加」を「治安回復」のメルクマールとして使えないのは、言うまでもないでしょう。
とあります。
もちろん、この議論は「国際安全区」内だけのものであり、南京市全体および近郊の農村地帯を含んでいないという問題もあります。

そしてROM人さんのズルいところは、南京大虐殺には、捕虜・敗残兵およびそれらに間違われたれた一般成人男子市民の、裁判なし虐殺を「虐殺」と一切認めていないことです。普通こういった行為も「虐殺」の範疇に入ります。そして南京に潜む敗残兵が「便衣兵」として日本軍と敵対し、脅威になっていたということは、一切ありません。逆に、南京陥落時になぜ多くの中国兵が(一般市民の服を奪い取ってまでも)便衣になって武器を捨てたのか…日本軍の「捕虜」になってもそのまま殺されることが、上海戦以降の戦闘から兵たちに伝わっていたからなのです。

中国を侵略に来た日本軍を撃退するために闘ってきた兵士が、軍が総崩れ状態になって「あとは日本兵に殺される!」という恐怖感、おびえに共感することができない。あるいは「捕虜になったら無事に帰してやる」とだまされて捕虜になったものの、殺されてしまった者の無念さが分らない…「戦争とはそうゆうもの」で済ましてしまう、済ましてしまおうとする…別にこれはROM人さんに限ったことではないでしょう。自分も含めた多くの普通の人の感覚なのかもしれません。

ちなみに「沖縄戦」で軍命令の有無にかかわらず、米軍上陸後、住民の集団自決が数多く発生しました。「生きて虜囚の辱めをうけず」という戦陣訓が行き渡っていたことの他に、中国戦線経験者から「敵につかまったら殺される(保護してくれない)」という、日本軍の悪しき経験が半ば常識化していたことも原因の一つです。天に吹きかけた唾は、自分のところにおちてくる…このような歴史を右翼であろうが左翼であろうが、繰り返してはなりません。

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