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「南京大虐殺」は数ではなく、数である

南京大虐殺を数の問題にしてはならない…それは一人ひとりの殺された人の思い、無念さ、まなざしを無視することになるからだというのがその理由だ。しかし、「南京大虐殺否定論13のウソ」(以下「13のウソ」と略す)p96において、南京大虐殺をまじめに研究してきた日本側の学者と中国側の間には、総数の認識の違いこそあれ、さほど大きな問題とはなっておらず、南京大虐殺の規模と内容の深刻さは共通して認識されているとされている。それをできるだけ「虐殺はなかった」「大した虐殺ではなかった。」ということにしたい不真面目な学者・勢力は、不当に殺されたものからのまなざしや訴えを何としてでも否定したいからである。それは何故か?
本多勝一の「南京への道」には、日本軍は軍規厳しく、秩序も正しく南京までの戦闘してきたのではなく、虐殺の前哨戦を繰り返しながら進軍してきたことが分る。南京戦以外にも、華北その他の戦場や占領地で、数々の残虐行為、民間人の殺害、暴行、略奪、強姦等を繰り返してきたことが、他の史料からも伺える。だが、たいていの「連隊史」とか「〇〇戦史」のようなものには、そういった記録はおおっぴらには出てこないため、それだけをみていると、日本軍の暴虐さはぱっとは分らない。「あの戦争は正しかったんだ!」「止むを得ないものだったのだ」としたい人たちにとっては、死者からの無念さ、まなざしを見据えることができない、やりたくない、やってはけないことなのだ。
そういった意味では、虐殺、強姦されたものの思い、まなざしを一つ一つ丹念に拾い上げ、数を積み重ねることもまた重要なことであろう。だから「数」にもこだわる必要があるのだ。(もっとも、連隊史や戦史などの行間をよく読むと、そのようなことが行われてきたことが分ることがある。)

ということで虐殺数を徹底的に低く見積もる秘訣に最後に加えてきたROM人さんの、宿題もせず調べてこなかった質問に答えておこう。(本人をコメント禁止にしているが…)

否定派は「スマイス博士のレポート」を出している上に、何応欽上将の軍事報告、米英仏などのマスコミの取り上げが無かった事、実際に外人記者が視察しているにも関わらず何も反応が無い点、国際連盟も議題にしなかった点、南京の人口が倍になっている点。
また百歩譲ったとしても、当時の国民党自身が「2万人が虐殺された」と国際連盟で演説している点から、MAXでも2万である、という根拠を示しています。
またラーベ日記、アジアの戦争などにおける虐殺派の主張が嘘であったことは、あるみさん自身が「死体の内訳がほとんど成人男子であった」ということから認めていることです

まず、スマイス博士のレポートについて、「ゆう」さんのサイト「スマイス報告」をめぐる「議論」
の中で、「過大説」と「過小説」があり、スマイス氏自身「拉致された者の数字が不完全なものであることは疑いない」と「過小」ではないかと考えている。また、南京大虐殺南京事件資料集を編纂した笠原十九司氏もまた、
スマイス・ベイツの調査は、南京に居住している人々の生命と生活をどう救済するか、そのためにはどれほどの物質的援助が必要か、という切実な課題に基づいて戦争被害の調査をおこなったわけであり、
「スマイス、ベイツらの戦争被害調査が南京市民の救済活動と、そのためのデータ作成を目的としておこなわれたことを考慮すれば、調査の本来の目的ではなかった南京市民全体の死者数にのみ同調査結果を利用するのは、調査の趣旨からは外れている。」と「過小」である。との見解をとっています。
他方、「南京戦史」では「この中には前述したように、戦闘員としての戦闘死、戦闘行為の巻き添えによる不可避的なもの、中国軍による不法行為や、また堅壁清野戦術による犠牲などが含まれ、さらにスマイス調査実施の際の手違いや作為も絶無とはいえない。また第四表の拉致四、ニ○○人のうちには調査の時点では行方不明でも、後日無事帰還した者や、たとえ帰還できなくても生命を完うした者もあるかもしれない」(しかしこれはここを「こうすれば、虐殺できる可能性があった」の裏返しではないのか?)との「過大説」をとっています。
「スマイス報告」は当時できた最良(しかし目的は犠牲者数の把握ではなく、あくまでも救済活動のためどのくらい人間が残っているか?)のものであったかも知れないが、現在までの研究、資料の発掘状況から見て「過小」であるとするのがまともな歴史学者が考えることでしょう。

何応欽上将の軍事報告の他、南京大虐殺後の国民党、共産党の声明等で、南京大虐殺に触れていないものなど、いくらでもあります。(例えば中国共産党の「抗戦中の中国軍事」など)それらの声明、報告、論文には、それぞれ対象、目的があり、また南京の情報がどれだけ伝わっていたのか?ということを無視して「直接言及がない→南京大虐殺はなかった」というのは証明に全然なりません。「南京大虐殺否定論13のウソ」(以下、「13のウソ」と略す)井上久士 p61」それどころか中国共産党が武漢で出していた週刊誌「群集」の第1巻第四期(1938年1月1日発行)の短評「人類のともに斥けるべき敵軍の暴行」と題して「南京・上海沿線、とりわけ南京市の大虐殺は、人類有志以来空前未曾有の血なまぐさい残虐な獣行記録をつくることとなった。」と書かれており、中国側が南京で大虐殺があったことを認識しております。このへんは「ゆう」さんのサイト中国側は知らなかったか?中国共産党は知らなかったか
にも詳しいです。ちなみに何応欽自体、「殺害された市民が十万人以上にも達した」と認識しています。また国民党が国際連盟において顧維鈞が「南京で日本兵によって虐殺された中国人市民の数は二万人と見積もられ、その一方で、若い少女を含む何千人もの女性が辱めを受けました。」と演説していることもについても、

演説は、事件のわずか1か月半あとの2月1日のものでした。事件の現場である南京は既に「日本軍占領地」になっていますから、中国側としては調査のしようもなく、確実な数字を挙げることなど不可能だったでしょう。上の演説を見ても「数字の正確さ」に力を入れている気配はなく、「特に根拠のない見当の数字」とみるのが妥当であると思われます。

と、ゆうさんは説明しています。

「米英仏のマスコミが取り上げなかった」は完全な妄想です。(13のウソ)で笠原十九司氏は「南京事件が当時世界で報道されなかったというウソは、旧内務省警保局『出版警察報』(復刻版、不二出版、1982年)を見るだけで見破られる。同書には戦時中、言論・出版の弾圧と統制を仕事にした当局が、南京事件を報道した外国の新聞・雑誌を検閲して発禁処分にしたリストが記録されている。つまり、日本当局は、世界の南京事件報道を検閲して税関段階でシャットアウトし、日本国民には見せないようにしていたのであるp41」とあります。リアルタイムで世界中に報道され、世界から非難を浴びていた…知らぬは日本人ばかりなりで、提灯行列をしていたわけです。(日本人も全く知らなかったわけではなく「流言飛語」の形で知っていた人もいた)
とりわけアメリカ国立公文書館の国務省文書の中には、当時の南京から送信されてきた厖大な資料が保存されており、南京アメリカ大使館の外交官がまとめたエスビー報告「南京の状況」(1938年2月2日郵送)に日本軍の残虐、略奪、暴行を記録した南京安全区国際委員会の記録も添付された、南京事件に関するまとまった報告書がある。戦後、アメリカ主導の東京裁判で南京大虐殺が裁かれたのは、このような資料で裏づけがあったためである。(「13のウソ」p49)
 国際連盟において「南京大虐殺」が提訴されなかったのは、その前に大きな日本の中国侵略戦争そのものが連盟総会で激しく非難されている。加えて1938年前半、欧州大戦が起こるかもしれないという不利な国際情勢の中、中国は列強から中国援助、対日経済制裁をいかに引出すか、南京事件よりも中国滅亡の危機を阻止することが最大関心事項であったわけで、このような背景を考えずに「南京事件が連盟に提訴されなかったから南京大虐殺はなかった。」と断定するのは、歴史学的思考ができない証拠である。(「13のウソ」p44~48)

「南京の人口は増えている」ことについては、ゆうさんのサイト南京の人口は増えたかで詳しく論考されています。

初期の「20万」という数は全くの「見当」であり、特に根拠を持たない数字、あとの「25万人」は一応の根拠は持つもののやや過大、ということになります。
ラーベの認識は、「安全区外には五万人の人口があり、それが安全区に流入した結果として人口が増えた」ということであり、「人口増加」を「治安回復」のメルクマールとして使えないのは、言うまでもないでしょう。
とあります。
もちろん、この議論は「国際安全区」内だけのものであり、南京市全体および近郊の農村地帯を含んでいないという問題もあります。

そしてROM人さんのズルいところは、南京大虐殺には、捕虜・敗残兵およびそれらに間違われたれた一般成人男子市民の、裁判なし虐殺を「虐殺」と一切認めていないことです。普通こういった行為も「虐殺」の範疇に入ります。そして南京に潜む敗残兵が「便衣兵」として日本軍と敵対し、脅威になっていたということは、一切ありません。逆に、南京陥落時になぜ多くの中国兵が(一般市民の服を奪い取ってまでも)便衣になって武器を捨てたのか…日本軍の「捕虜」になってもそのまま殺されることが、上海戦以降の戦闘から兵たちに伝わっていたからなのです。

中国を侵略に来た日本軍を撃退するために闘ってきた兵士が、軍が総崩れ状態になって「あとは日本兵に殺される!」という恐怖感、おびえに共感することができない。あるいは「捕虜になったら無事に帰してやる」とだまされて捕虜になったものの、殺されてしまった者の無念さが分らない…「戦争とはそうゆうもの」で済ましてしまう、済ましてしまおうとする…別にこれはROM人さんに限ったことではないでしょう。自分も含めた多くの普通の人の感覚なのかもしれません。

ちなみに「沖縄戦」で軍命令の有無にかかわらず、米軍上陸後、住民の集団自決が数多く発生しました。「生きて虜囚の辱めをうけず」という戦陣訓が行き渡っていたことの他に、中国戦線経験者から「敵につかまったら殺される(保護してくれない)」という、日本軍の悪しき経験が半ば常識化していたことも原因の一つです。天に吹きかけた唾は、自分のところにおちてくる…このような歴史を右翼であろうが左翼であろうが、繰り返してはなりません。

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コメント

初めてこのブログに来たものです。
話題のすり替えになってしまい申し訳ありませんが、国民党軍や共産軍もかなり自国民に対してかなりひどい事をしています。
国民党軍のやらかした事は、黄河決壊虐殺事件や堅壁清野作戦や長沙大火事件などの民衆の大量虐殺や督戦隊などあげればきりがありません。また国民党軍や共産軍はあろう事か日本軍から逃げる時に自国民に対し略奪や強姦や放火それと略奪を働き抵抗する者には漢奸として射殺しました。なのでこんな軍隊が支配するより日本軍に侵略された方がまだましだと考えた人達が多かった町や村はむしろ日本軍を歓迎していました。これらの出来事を知らなければ日中戦争を語る事はできないと思います。南京事件は反省しなければいけませんが、中国は黄河決壊事件の事や通州事件は何も反省していないと思います。是非とも黄河決壊事件の事や督戦隊や焦土作戦などの事も書いて欲しいと思います。

投稿: くまちゃん | 2011年10月 3日 (月) 08時08分

HN変えました。元くまちゃんです。
僕は疑問に思った事をかきます。
今日でも中共やサヨ厨は南京事件を利用して日本をいじめてきます。でも自国民を黄河決壊事件や長沙大火事件や堅壁清野作戦などで虐殺していますよね。自国を防衛しなければいけない人が自国民を大量に虐殺したら本末転倒でしょう。何故サヨ厨がこれらの事件について一言も触れないのか疑問です。是非ともこの事をサヨ厨に問いただしたいのですが。それと南京事件を非難したいのなら自国民に対する虐殺や通州事件や済南事件などの日本人に対する虐殺を反省してから言って欲しいものです。今の中国やサヨ厨を見ている中国の虐殺なら許されるみたいな態度をとっていて大変理解に苦しみます。
虐殺が非人道的な行為だから非難しているのか、それとも単に日本が嫌いだから非難しているのでしょうか、まあ薄々気づいてますけど。

投稿: HRN | 2011年10月 3日 (月) 15時56分

文章の間違いを訂正します。
>今の中国やサヨ厨を見ている
るの次に「と」が抜けていました。すいません。

投稿: HRN | 2011年10月 3日 (月) 17時33分

HRNさんコメントありがとうございます。
一言で申しますと、まず「左翼」、特に発展した「帝国主義国内」の左翼はまず、「自国の行う戦争」に反対するのであって、ゆえに「自国が行ってきた戦争」を合理化、相対化して「相手側もやっているのだから」という態度をとってはならないのです。
まあ、要するに、「人がやってるから自分もやっていい」ではなく、「自分から率先して反省する」ことが大切なわけで、なにも「中国にいじめられるから」やっているわけではないのです。
ただ戦後しばらくの「反戦運動」が「自らが空襲でやられた」「原爆でやられた」「肉親が戦争に狩り出されて、帰ってこない」というところから始まっており、それはそれで仕方がない部分もあるのですが、加害責任が問われることはありませんでした。本多勝一氏らの一連の著作等で「加害責任」を問われると、すぐヒステリックに「相手側もやった。」とか「戦争とはこんなもの」と言って相対化、正当化する動きがすぐ出てきた…これが「南京大虐殺『論争』」の発端なのですが、歴史的にほぼ決着のついている自国の犯罪行為について「あれはデタラメ」だという本が堂々と売られている(しかも書いたヤツは史料さえまともに読むことができず勝手な解釈や引用をする)ようでは、中国側の残虐さを批判する権利はありません。
その上で中国側の「残虐行為」は必ずしも免罪されるものではなく、どこまで行っても中国人民の手でまず処断されなければなりません。まあ、蒋介石軍は、中国民衆から見放されて権力を喪失、逃げ込んだ台湾でもいわゆる「内省人」を弾圧、虐殺しています…が、その台湾も民衆の手で民主化されました。
中国共産党軍について、初期の「紅軍」といわれて長征を行ったころの軍規はひどかったようですが、抗日戦のころは「三大規律・八項注意」という軍規がよく守られ、民衆への虐殺、挑発はほとんどなかったと伝えられております。その後の国共内戦時には、どのようなことが行われたのかは良く知りません。共産党が権力を握り「大躍進」や「文化大革命」などによって大くの人が餓死したり、弾圧・抑圧されたりといったことが行われましたが、その毛沢東への批判はある程度中国共産党の中で行われています(ただし完全なものではありません)

もし日中戦争の意味や、その愚かしさ、空しさを全体像としてつかみたいのであれば、そういった両者のやったことを「相手もやった」「我々は悪くない」など、こちらの側から相手を非難⇒結局自国の免罪とするべきではないでしょう。また、前にも書きましたが、そういった輩が、現在も続く中国によるチベット弾圧、ウイグル弾圧を非難する権利はありません。

ややこしいことを書きましたが、ご理解いただけましたでしょうか?

投稿: あるみさん | 2011年10月 3日 (月) 21時56分

┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ~それと続きで少し話しがずれますが、中国の態度を見ていると中国側が行った数々の虐殺を反省しているとは、僕には、思えません、現在進行形で行われているチベットやウイグルの虐殺それと天安門事件を見れば一目瞭然です。また台湾でも国共内戦で逃げてきた、中国人に台湾人が虐殺された二•二八事件などこれらを本当に反省しているのならこんな行いはしないはずです。
中国が本当に反省してチベットやウイグルに対して虐殺をやめてくれるのなら僕も日本は南京で悪い事をしたと認めます。でもこういう非道な行いをしている中国に何故日本ばかりが侵略してすいませんでしたと謝罪しなければならないのか疑問です。それを言うならばアヘン戦争を起こしたイギリスや中国を植民地化しようとした、欧米諸国も反省や謝罪をしなければいけない事になります。

投稿: HRN | 2011年10月 3日 (月) 22時16分

あるみさんスイマセン上の書き込み↑は撤回します。あるみさんの書き込みを読む前に書いてしまいました。

投稿: HRN | 2011年10月 3日 (月) 22時23分

確かに中国(漢民族)が過古から現在にかけて行っている、チベット、モンゴル、ウイグル人等への抑圧は、左右を越えて非難・批判されなければならないでしょう。ただ現在の日本の「左勢力」がそれを真剣にやっているかどうかは、程遠いものがあります。(でも私のブログにリンクしている「お友達」にはそういったことにも関心をもち、地道に続けている人もいます)
あと、イギリス・フランス等の「帝国主義」が、過去の植民地支配を全面的に反省しているとは、とてもいえません。それでも例えば、オーストラリア政府は原住民に対して行ってきた差別、土地採り上げ、文化破壊を公式に謝罪するということも行われており、こういった動きを少しずつ積み重ねていって、「真の和解と対等な関係」をつくっていく必要がありますね。

投稿: あるみさん | 2011年10月 5日 (水) 20時54分

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