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【転載】左翼は、インターナショナリズムと新自由主義反対を対立させてはならない!

そろそろTPP論に「本腰」をいれようかと(早よせんかい!)考えている矢先に、四トロ同窓会二次会で、バッジ@・ネオ・トロツキストさんから貴重な投稿があったので、掲示板で許可をもらって転載し、若干の論評を加えようと思う。(もとの投稿は、ここ)

【ここから転載】EU(南米共同体や将来の東アジア共同体も含む)や新自由主義の自由貿易政策に対する21世紀左翼の態度は、資本のグローバリズムにただ拝跪するだけのコスモポリタニズムのような立場であってはいけないし、さりとて福祉国家を至上視・固守する時代遅れの一国主義であってもいけない。
現在の世界の左翼に何よりも欠けているのは、「具体的現実の具体的分析」(レーニン)の能力であり、先人の教条や無定見な現実主義ではない。問題を今日の土俵の中で再検討することが国際主義の立場を堅持しつつ新自由主義に反対する21世紀左翼の務めであろう。

新自由主義とは、かつて先人達が格闘した単なる19世紀的・20世紀初頭的な自由主義とは異なり、20世紀に労働者階級によって獲得され普及・発展して来た公共性領域に対する資本からの攻撃・収奪策動でもある。だから、問題は先人達がかつて格闘していた領域を超え出た、新たなより広い地平で具体的に立て直され再度検討されなければならない。資本のグローバル化が進む中、左翼の一部にこの点を曖昧にしたままでの教条主義と現状墨守の対立が現れているので、上記についてはあらためて確認される必要があろう。

例えば、20世紀後半に先進資本主義諸国で獲得された医療・福祉・教育などの公共サービス領域を(再)市場化するようなことに、資本の進歩性も革命性もクソもないことは自明である。このような領域での自由化=市場化は、生産力の発展でも階級闘争にとっての条件促進でもなく、収奪(企業利潤部分の天引きによる公共サービスの質的低下=価格上昇)や労働の社会化の破壊(企業倒産などによる公共的機能自体の消失)、総じては資本主義の先祖返りをもたらすだけのものである。事は、牧歌的な小商品経済を資本主義経済にとって替えることなどではないからである。

また、純公共部門以外の日本農業のような特殊な領域においてもしかり。
現代左翼は、日本農業の小商品生産的な性格や家族経営それ自体を牧歌的・ロマン主義的に守りたいがために自由化に反対するのではない。日本のような国土で農業分野を資本の競争に解放することは、農業分野の資本主義的発展ではなく、反対にその確実な退廃や崩壊を、ひいては国土・地球環境の破壊を招かざるを得ないから反対するのだ。
つまり、この問題は、原発反対にも似た普遍的性格(単なる「国益」ではなく「人類益」「階級益」への配慮の観点)をもつものなのである(事実、自由化推進を主張する財界のシンクタンクでさえ、「日本農業は年間10兆円規模の環境保全機能を(無償で=農民のタダ働きで)果たしている」云々と認めている。もし農産物輸入の完全自由化や株式会社の参入などによって中山間地農業が放棄→破壊されてしまえば、納税者負担が増大するどころか、短期間では到底回復困難な国土崩壊→地球環境破壊のループさえ生まれかねないのだ)。

日本農業の大きな部分を占める中山間地農業は、輸入自由化と抱き合わされた営利法人の農業参入によるスケールメリットの追求がもともと困難な領域である。輸出大企業のための関税障壁の撤廃や資本参入のための規制緩和は、日本列島の農業に発展をもたらすのではなく、耕作放棄による中山間地域の崩壊から地球環境破壊しかもたらさないであろう。
以上については、かつての外国産木材の輸入自由化の事例なども参考になろう。
木材の輸入自由化は、国内林業の資本主義的発展などではなく、日本林業全体の衰退・荒廃と、後にワシントン条約等による規制を必要とした輸入材原産地での乱伐、環境破壊しかもたらさなかったのだ。

今日的な貿易自由化や規制撤廃により生産性がどうなるかについての論点はまだある。
先人達の時代と現代の資本主義生産では、労働の社会化の進展水準の違いによって産業構造が異なっているからである。
現代資本主義では、資本の生産性が顕著にあらわれる製造工業では既に就業人口構成比が少数派になっているという重要な事実である。今日の先進国では、大部分の労働者は非製造業分野(いわゆる「第三次産業」)で雇用されている。そして労務集約型の第三次産業は、労働の社会化が進展しても資本構成の高度化や生産資本の集中・集積は必ずしも不可避不可欠ではない。第三次産業では、先人達が経済学研究の土壌とした製造業部門や大陸的農業とは異なる論理や法則が働いているのだ。
国際的な生産性格差も大して生まれないこんな分野は、そもそも関税障壁撤廃問題の対象にさえなり得ないであろう(ただし、外国人労働者問題は残る)。

結局、今日の新自由主義的な貿易自由化や規制撤廃とは、公共部門や準公共的な生活関連部門を資本の収奪を通して破壊することにしかならない、ということであろう。今日の貿易・規制自由化問題は、マルクス、レーニン、トロツキーたち先人の論理や片言隻句を鵜呑みに出来ない新次元領域の問題なのである。今日の焦眉は、製造工業や大陸的農業をめぐる問題などではないのだ。

上記は、さらに共に考え議論する必要もあろう暫定意見だが・・・・

アナクロな教条主義にも一国主義的な現実主義にも、反対!!!
21世紀左翼は、国際主義の立場を堅持しつつ反動的な新自由主義に反対しよう!!! 【転載終わり】

要は、これまでとは違うものを早く探さねばならないということだ。
「アナクロな教条主義」とは労働者や農民等の「多様な有り方」(労働が第三次産業にシフトすれば、既存の「大量で同質のプロレタリアート」など現れないし、第一次産業は地域・地勢・地形等に左右される)認めない、あるいは考慮しないで「大同団結が国境を越えてできる」というものだろう。それに加え、民族・植民地問題の未解決(あるいは現地への矛盾の押しつけ)が、単純な団結ガンバロー論からは外れる。
モノの貿易自由化は、すでにほとんどの領域で「完成」している。FTAやTPPで求められているのは、金融や労働力の移動の自由化である。労働力移動の自由化は「外国人労働者」問題を生み、差別・排外主義→ポグロムかと、それを支えるナショナリズム…日本の場合、その核は天皇制に求めざるを得ない(もともと天皇は、農作物・居稲の豊饒を祈祷するのがお仕事)と対決しなければならない。
では「差別・排外主義反対!」「ナショナリズム反対!」と言っておればよいのか?その底流には「賃金の”平等的な低下”という問題が残っている。「賃金」がその場その場で平等に高くするには、「新自由主義」をぶっこわすしかない。
「金融資本の移動の自由化」は、利子が利子を生む・・・利子のために生産するという現代資本主義の構造…もちろんそれは様々な経済的・物理的(資源枯渇・環境破壊等)によって、恐慌・不良債権の山という「ババ」を押しつけあうものでもある。そしてそれらがぶっ壊れると、労働者がいても、原材料があって生産手段があっても、なにも生産されない、サービスが提供されないということになるからだ。

これらに対抗するにはどうすれば良いか…戦略的には「陣地戦」であろう。自ら生きるるために、自らの手で生産・社会運営ができる規模に経済や社会を「縮小」させる。「陣地」は既存の国家・社会の枠にとらわれないものとして、課題ごとに「作られる」(よって「国民」として階級を構成するマルクスの論は通用しなくなるその一方で、どうしても生産できないものがあったり、また陣地が「各個撃破」されないよう協力しあうのが「国際主義」となる。そして時々、ウオール街や霞ヶ関等を占拠するくらいの力をつける。
「陣地」への参加は基本的にその「陣地」が民主的に作ったルールに従えば、だれでも平等に参加し、離脱することもできる。(ただし、離脱者は敵対しないこと…これが新旧左翼にできなかったこと)「だれでも」の中には党や団体、法人なんかも参加できる。

この「陣地」を私は「プラットフォーム」と名づける(鉄ちゃんらしくて、エエでしょ^^)

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