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無条件に「怒り」の無いデモはいかがなものかとの問い

先日辺野古・普天間に基地はいらない高松行動の商店街歩きをやっていると、12月の脱原発デモ、学習会でお知り合いになった方にばったり出会った。

政治意識も高い方なので、辺野古や高江も大変だぁ~なんて話をしながらしばらく一緒に歩いていたのだが、「2月21日の関電包囲行動に行こうと思っている」と言われた。(関電包囲行動は、関実ブログのここに載っている)

「えっ、2月11日にさよなら原発「お祭りパレード」あるやん!」て言ったら。
「この前のデモに少し参加したけれど、脱原発を表明せずその努力もしていない電力会社に対しても『ありがとう』とか言うような、全てを奪った原発・電力会社に怒りを示さないデモには私は行きたくない」とのこと。ちなみにその方も「避難」されてきた方で、一時は関西にもいたそうな。

「う~ん、確かにそうやね。」と同意しながらも、難しいなぁという感じだな…高松では。

まず「関心」を持ってもらうことから始めないと、保守的な香川県ではどうにもならない。その意味で、先日1月11日のデモは開放感と商店街との一体感があった、非常に良いやり方であったと思う。

しかし、主体が「違和感がある」と考えているのでは、無理に参加する必要はないだろう…ちなみに2月の「関電包囲行動」は全て平日なので、私はとても行くことができない。

一応、2月11日の用意はできている…前回のような「アーティスト系」でドンちゃんやる感じで、とにかく「原発」「エネルギー」に対して考えてもらう「きっかけ」をつくる場としてのデモになるだろう。

ただし、3月11日はそうはいかん…2万人もの方が命を落とした「災害」があり、今も放射能を撒き散らしている「原発事故」があって、その原因も対策も、被災者への救済・補償も進んでいない「人災」一年を、単なる「お祭り騒ぎ」的にすることはできないからだ(このへんは「さよなら原発」の主催者も十分認識しているが)。さらに「原発再稼動」も予断を許さない状況だ。

加えて、全国レベルでの行動として、前々からあちこちで準備されている集会の一つなのだから…

かといって、人数は集まるかもしれないが、社民党・平和フォーラム系と「野合」するような形で乗っかりたくはないなぁ~

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かくめいのための理論」カテゴリの記事

コメント

怒りの無い抗議行動や反対運動は、感情の欠落した芸術作品のようなものでしょうね。
感情の表現方法や表現形態はジャンルやTPOに応じた相応しいものが求められるでしょうが、全く脱感性化してしまった人間行動には値打ちは無いように思います。
問題は、運動が被害者、当事者だけの運動から広がった時の感性の統一性をどう創り出して行くか。ここを失敗したのがかつての連合系メーデーのパレードを批判した左派系代々木系のメーデーデモ。
日本の左翼・労働運動活動家や代々木人種には、ヨーロッパの現在すら知らない石頭の蛙が多いようです。

投稿: kalaf | 2012年1月30日 (月) 21時12分

kalafさん、コメントありがとうございます。
「お祭りデモ」は、東京や関西などから周回遅れで始まったもので、エントリーにも書きましたように「問題のあることを知ってもらうきっかけづくり」です。その後、どういった形でもっていくか…学習会するのか、著名人を呼ぶのか、いろいろ方法があるかと思います。
後、「イラク反戦」後の「パレード系デモ」がうまく発展しなかったこと(これは既成の左翼・労働運動家だけの問題ではないと考えております)、対して2011年の「反原発」ムーブメントは、実際の「弾圧」を引出している、その意味で「敵を困らせている」ことには成功しているのだと思います。

投稿: あるみさん | 2012年1月31日 (火) 20時53分

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