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小豆島侵略と見せかけて、実は産廃について考える闘争

マイミクさんには写真付きでちょこちょこアップしたのだが、今回の旅は、「小豆島めぐり」が主体ではなく、豊島、直島の産廃問題について考えるのがメインテーマだったのだ。
もともと土木業界に身をおくものとして、産業廃棄物(コンクリートのガラ等)は避けて通れない問題であるし、我が業界でも3R(リデュース…使わない、リユース…再利用する、リサイクル…再資源化する)が重要視されている。私の専門のコンクリート業界では、砂の代りにスラグを使ったり、またセメント原料そのものにも「廃棄物」が使われている8セメント・コンクリートは実はリサイクルの優等生なのだ)。そして何より、昨今の東北のガレキを広域で受け入れる、受け入れないをめぐって日本中で大問題となっている。じゃあ、「産業廃棄物処分」の自体はどうなってるんだろう、一度現場を見ないといかんなと考えたわけだ。私はあくまで「現場主義」である。
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豊島の「産廃不法投棄事件」は、90年代の初めに大いに世間をにぎわした。今でも「豊島=産廃」というイメージを持っている人も多いのではないだろうか?
もともと地元の「悪徳業者」がやりたい放題、産廃(シュレッダーダストが主)の不法投棄、野焼きなどをしていたのを、香川県がきちんと指導・改善させることができない(「悪徳業者の暴力等を恐れたため)でいたのを、兵庫県警が廃送法違反でその業者を摘発したのをきっかけに、大問題が世の中に明らかになったものだ。業者は刑事事件で告発されたものの、罰金50万、執行猶予付き懲役刑になっただけで、責任をとらない。産廃からは有害な汚水が染み出て、北岸の海を汚染していた。行政(県)がきちんと指導…いや最初から金のためならなんでもやる「悪徳業者」であることがわかっていたにもかかわらず、許可をだしたことそのものの「責任」があるのに、それを認めない…産廃は全部撤去して、元の状態に戻さなければならない…ということで公害紛争処理法に基づく「公害調停」を求める住民運動が始まった。当時もてはやされていた中坊公平氏が弁護団長となった。県はなかなか責任を認めようとはしなかったが、2000年の6月6日に調停が成立。「怨念から希望へ、第2、第3の豊島をつくらない」という決意が宣言された。
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この間、肝心の産廃はどうするのか、様々な案が出たが、隣の直島にある三菱マテリアルの銅精錬所の土地に、中間処理場を建設すること、中間精錬所から出るものは全て無害な水溶液かガス、あるいは有価物としての資源として利用できうようにしたこと。豊島では汚染水の流出を矢板で食い止めるとともに、できるだけ汚染物が出ないよう掘削、生石灰の添加、汚染水の処理等を行う設備を作った。2003年から本格的な処理が始まり、10年で処理を終わらせる予定であったが、最近新しく産廃が見つかったため、あと3年ほどかかるだろうとのことであった。

豊島・直島の両施設とも、見学のためには事前に予約が必要である。豊島は写真は撮り放題だが、直島は三菱マテリアルの敷地内にあるということもあって、写真は玄関のみでしか認められていない。また、豊島では見学料として2000円かかるのだが、実際に「闘争」をになってきた方が経過等を語ってくれるので、非常にためになるし、産廃問題の経過を記録した資料もいただける。

豊島はもともと、「産廃の島」ではなく、水が豊かで米が自給でき、島外に供出できるところである。高齢化や過疎化で耕作が放棄されている所も多いが、棚田を再生するプロジェクトも進められている。
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豊島で案内をしてくれた方が、循環社会の実現…「廃棄物」が次の資源として生かされるになるような社会にすること…の大切さの他に、こうゆうことを言った「自由には義務が伴い、責任がついてくる。原発の事故は、誰も責任をとっていない…」「法律っていうのは、強い者を守るためのものなんじゃないか…正直者が馬鹿を見るようではいけない…」と

本ブログ…しばらく旅行(侵略)ネタと産廃ネタが続くが、ご容赦をm(--)m

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