「権力」を忘れた左翼
先ほど選挙方針で、ゆる~いことを書いたので、真逆のキツイことを(^^)・・・とは言え、「解散・総選挙」情勢前に別のところに書いたものを元にしているので、少し「現在進行中」の意識とは離れているかもしれないが、あえて問うてみる・・・
「敵」を知るために身銭を切って、2冊の本を読んだ。「維新」橋下徹と堺屋太 一共著「体制維新―大阪都」(文春文庫2011年10月)と、保守論壇で活躍する文芸評論家、山崎行太郎著「それでも私は小沢一郎を断固支持する」(総和社 2012年6月)山崎行太郎のブログはここである。橋下・堺屋本は「大阪都構想」とは何か(この当時、橋下は国政への参加を決めていない)と政策と構想を解説にすると共に、橋下の「政治観」を明らかにするものである。ちなみに「大阪都構想」の中身は、「基礎自治体」としての大阪市はデカ過ぎるので、手ごろな大きさに「分割」して、「大阪市」のインフラを「大阪府」を含めた広域で利用・整備し…そのための主体が「大阪都」で、これが「日本経済」≒「地方」の半分を牽引してゆくのだそうな。悪く言えば大阪市の「分割・民営化」で、かつ「地方はどうでも良い」価値感である。(その意味で、石原元都知事とは、スタンスが会うのだろう)
一方、山崎本は小沢一郎の政策、理念を語るものではなく、政治評論として小沢一郎の政治観を語るものであり、そこには保守論壇で活躍した江藤淳の見方を継ぐものがある。
さてこの本では、橋下は議会における討論を「権力闘争」と位置づけている。議会は「話し合い」をして何か決める所ではなく、そこで「多数」を占めて権力を得、自らの背策を実現する場であるところだと主張している。だから橋下は、事前の話し合いとことんするというようなことを言っている。ブレーンの「意見」を聞いたり、公聴会(実は単なる説明会だったりするが…その正体は11・13 此花弾圧で明らかだ)を開いたり、ツイッターで「議論」するが、最後は「自分が決定する」という。それまでのメディア戦も、党派間の駆け引きも全て、「権力闘争」に勝利するものだそうな。
リベラル層と思われるブロガーや、反原発、新自由主義に反対する勢力の中で、少なくない数が「小沢一郎」に期待てえいる。今こそ「国民の生活が第一」という政党を立ち上げ、民主党の「良心的部分」が参加したりしているが、「日本改造計画」(講談社 1993年5月)を読めば、彼が「新自由主義経済」政策を是とする政治家でることは明らかだ。90年代の「政治改革」の中、小選挙区制導入に力を果たした人物である。もっとも彼の「対米自立的、対抗的」に「新自由主義政策」を緩めたり、脱原発や沖縄米軍基地問題解決を「期待」してしまうところもあるのだろう。この小沢について、山崎氏はこう述べる。
「江藤淳は、政治家に権力闘争に情熱を燃やすことを否定していない。むしろ歓迎している。しかも権力闘争しない政治家は『卵を産まないニワトリ』だとまで言っている」「では、政治家にとって『権力闘争』とは何か。『政治家』は『権力闘争』によって実存的体験を繰り返す。『権力闘争』の積み重ねが政治家を鍛え、政治家に『指導力』、『交渉力』、『主導権』、『責任感覚』をもたらす。小沢一郎が『権力闘争』に血道を上げるのは、何事かを成し遂げようという政治家として、当然のことだろう」(山崎本 p104~105)。
ここで小沢一郎にとって「権力闘争」とは、「選挙で多数を握る」ことは言うまでもない。
ひるがえって今の「反橋下」「反原発」「反基地」「反自由主義」を掲げる左翼の中に、どれだけ「権力」についてまともに考えている人間が居るだろうか?なるほど、左翼世界にも「権力闘争」はあった。だが少数勢力内で対立を繰り返すだけの「コップの中の嵐」であり、今の権力を打ち倒して新しい権力を打ち立てる前に、自滅している。もちろん「反権力」の中から「権力」に転化するのを嫌うというのはあろうし、「自滅」の反省・反動もあって、自らが権力を握り、世の中を変えようという勢い、意気込みが全く感じられない。そんなものに誰が期待しようか?レーニンも、あるいはスターリンも毛沢東もそうだが、権力を取り、維持することに十分こだわり、執着している。
では、どうすれば良いか…「権力」は「暴力装置」を伴う…それを動かす「合法性」が「議会の多数」なり、「選挙で選ばれた」であり、橋下や小沢の「権力闘争」も日本の法体系の内側で行われている。(後ろに「闇の暴力」があるかないかは、今は問わない)①その中に切り込んで権力を取る②その権力を無理やり倒して、権力を打ち立てる。③その権力が弱体化したところを狙って、別個の所に新しい権力を立てる。の3つを考えてみる。
①は「選挙で勝つ!」ということ…今は別の論者に分析してもらおう…しかし既に「新自由主義者」と「少数の反対派」しかいない議会内(しかも小選挙区)で議員を送り込む力量をつけるのが必要だ。②はいわゆる「武装蜂起」的権力奪取で、これはほとんど無理だろう。(市中に「武器」が眠っておらず、自衛隊はおろか、警察がしっかり「武装」している…これを「党派の軍団化」で突破しようとしたのが70年代であり、最先端を突っ走ったのが「あさま山荘」で潰れた。③は、現在「橋下」やその他有象無象が注目され、「緑の党」まで出来ている状況が、実はこれなのだ。この間隙を突く…権力の手の届かないところを「オキュパイ」する、あるいは「オキュパイ」した部分から、「既成権力」をはじき出し、ここから更なる「権力闘争」に向けて、発信するのだ。
と同時に、そこには「既成権力」とは「違う」ものを打ち立てなければならない。橋下のように「最終的には、僕が決める」ではいけない。(橋下「維新」は橋下との「理念の一致」を重要視するため、ある意味「日本共産党」のような、中央集権的政党になるだろう)…保守の山崎氏が言うような「実存的体験」を、全ての人が共有できること…これが左翼の目指す社会ではなかろうか?
なんか「オキュパイ」の向こう、延長に「革命」があるような書き方になってしまった。これじゃ「長期戦略」も必要じゃなイカ
ということで、これは別途…
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コメント
しかしまた新情勢…滋賀県知事、嘉田由紀子が「反原発」の新党を立ち上げるとなると、小沢「国民の生活」が解党して新党合流だと…
http://news.nifty.com/cs/topics/detail/121127607631/1.htm
なんか面白くなってきたのでゲソ
投稿: あるみさん | 2012年11月27日 (火) 22時49分
今、羽仁五郎の本を読んでいるんですが、「野党側に政権担当能力があろうがなかろうが、与党がけしからんのであれば倒すしかない。野党側に政権担当能力がないことはもってけしからん与党を延命させる理由にはならない」という主旨のことを書いていました。当時の社民・共産革新陣営の統一戦線形成が進まないことを憂いながらの発言なのですが。
私は、ある意味、なるほどな、と感じたのです。野合では心もとないですが、重要政策のいくつかが一致するのであれば、とりあず連帯して、権力を獲っちゃえ! ってことでいいのかなと。アホ政党が主導するナンチャラ政権に後で入閣するような恥ずかしいことをするより、よっぽどマシかなと。
しかし、まぁ、その「連帯」ってのが、大人の事情で、イロイロ難しいわけですが。嘉田新党も、どこまでイケるのか、注目してイキたいと思います。。。
投稿: 風 | 2012年11月28日 (水) 20時03分