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2013年6月

17.7㎞/ℓじゃなイカ!

車の燃費を公表するコーナー

走行距離・・・459,0㎞
給油量 ・・・25.92ℓ
燃費  459 ÷ 25.92 = 17.7㎞/ℓ

うん、まあまあなんじゃなイカhappy01

ところで、車のほうだが、今年11年目の車検で、3万キロぐらいしか乗ってない・・・燃費に現れるよう、エンジン等はすこぶる好調(そりゃぁ~距離走ってないもん) だが、ボディーはこないだぶつけられた凹みが残ってるし(当て逃げされたのではない。相手さんはわざわざ待っていて謝ってくれたのだが、こっちがいそいでいたので「もうエエわ」とした)、ついこの前はカーエアコンのスイッチがぶっ壊れ、エンジンかけると常に送風状態(しかも熱風が出るのでゲソ)になる。

「いつ買うの、今でしょ!」というフレーズに、負けそうになるのだが、何分今、軽の新車は100万ぐらいかかるmoneybag(私が今乗っているヤツは、60万円で購入した)、とにかく車屋さんに、修繕に出すか・・・それとも、「今でしょsign01」にのるか・・・迷うところじゃなイカcar

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開発と収奪の植民地朝鮮(その4)

さて次は第3章の工業開発に入る。
この章、長かったのだが、ポイントとしては「日帝資本による大規模な工業開発は、1920年代の後半から始まった。」ということと、それも重化学工業が急速に発展したことである。
その理由は、何と電力資源・・・水力発電にあった。
 1911年から実施された第1次水力発電資源調査結果によれば、朝鮮の水力資源は5万7000KW程度にしか過ぎなかった。しかし1922年から始まった第2次調査の結果、朝鮮の水力発電資源は220万3000KWに大きく増加する。その上に1ヶ所当たりの平均出力は、1万4684KWで、日本国内の2625KWを大きく上回っていた。(p135)(注・・・あくまでも調査であって、これが全て開発されたわけではない)
 ということでやってきたのが、日本窒素肥料株式会社(日窒)・・・あの水俣病の「チッソ」である。この会社は赴戦江にダムを建設し20万KWの発電所を建設、この時元々土地価格が極度に低い高原地帯に、朝鮮総督府の権力を借りて、ほとんど無償でダム用地を確保し、低賃金の労働力(農村部の過剰人口から、それは易々と得ることができた・・・これも植民地支配の利得である)を利用して大規模水力発電を行うことで、低価格の硫安肥料を生産することができたのだ。
 この頃、朝鮮総督府は「金肥使用」を奨励するため東洋拓殖、殖産銀行、金融組合を通じて肥料低金利資金の貸し出しを行っていた(1926年から)。これは日窒の主要生産物の硫安の安定した市場を提供することになる。(p136)しかし日窒の低価格な生産費にもかかわらず、朝鮮内の硫安販売価格はほとんどいつも日本国内の価格を相当な格差で上回った。低費用と高価格は、まさに高収益を意味する。(p137)ひゃー、まさに「独占企業」の悪徳商売だなvirgo
 これに味をしめた日窒は朝鮮の電源開発に没頭、その他の企業も朝鮮の電源開発に活発に参加するようになる。p138図3-10に朝鮮の発電力の表があるが、1930年まで10万KWももなかったものが、35年には約30万KW、40年には約70万KW、42年には100万KWの大台に乗る。そして電力多消費産業が朝鮮で集中的に発展する。主な企業がp139表3-7に挙がっているので、書き出してみると・・・
アルミニウム関連・・・朝鮮軽金属、三井軽金属、仁川化学
マグネシウム関連・・・三菱マグネシウム、朝鮮神鋼、日窒マグネシウム、協同三井油脂、朝日軽金属
電気製鉄関連・・・日本高周波工業、三菱製鋼、日本製鐵、朝鮮電気冶金
カーバイト関連・・・三陟開発
その他・・・朝鮮化学、日本曹達、信越化学

なんか今もお世話になっている企業もあるなぁ~
その他、水力発電以外の他の鉱物資源開発と関連した日本企業の進出も活発であり、石灰石開発とセメント工場、その他製鉄、非金属の精錬といったものが主である。軽工業と重化学工業の構成比は、1939年に逆転する。

こうしてみると、朝鮮の重化学工業の発展がまた、日本帝国主義を帝国主義国と成らしめたとも言えるのではないだろうか?帝国主義の経済基盤は、重化学工業なのだから。


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開発と収奪の植民地朝鮮(その3)

 「植民地朝鮮の開発と民衆」シリーズ・・・「農業開発」で朝鮮の農民は豊かになったか?まあ、日本でもそうだったが、自作農が減り、小作人が増えるという現象が起こっている。1910年代から30年代はじめにかけ、自作農戸数は50万戸を若干上回るレベルから大きく変わらなかったが、自小作農戸数は100万戸から70万戸ほどに大きく減少し、その一方、小作農戸数は100万戸から150万戸ほどに大きく増加したのである。(中略)1915~32年のわずか17年で自小作農戸数は31%も減少し、小作農戸数は64%増加し、全体農家の53%が小作農になってしまうという世界的に類例のない激しい農民分解が進行したのである。(p93)
 また、地税の納税義務者数を見ると、朝鮮人はほとんど横ばいなのに対し、日本人の地税納税義務者数の数が増えている。p97のグラフに詳しいが、1~5町分の土地を持つ朝鮮人納税義務者が100万名程度で推移する中、おなじ規模の土地を持つ日本人は1921年の1千万人から、1941年には3千5百万人に増えている。10~50町分では、朝鮮人納税義務者は4万人程度で横ばいなのに、日本人は3千人から6千人へと2倍に増えている。これは農地および農業所得が、朝鮮人の手から日本人の手に移っていったことを示している。ちなみに日本人が所有する耕地の面積は、p84のグラフによると1920年代は20万町分で推移していたものが、1930年ごろより急激に増加し、40万町分にも増えている。(当時の総耕地面積は、450万町分)著者は朝鮮の耕地は1910~15年、1928~35年、1943年以降の何回かの時期を経ながら日本人に集中していった。農業生産は増大したが、その過程で朝鮮人たちは生産手段である耕地を徐々に喪失して行き、土地のない小作農民に、あるいは賃金労働者に再編され、労働によって生活して行かねばならない存在に代わって言った(p98)と結論づけている。
 それを如実に表すのが、p103の表2-27である。1910年と1941年の比較であるが、1人あたりの生産石高は、1910年、朝鮮人0.99、日本人27.66 1941年が朝鮮人が1.01とほとんど増えていないのに対し、日本人は96.07と2.5倍も増加している。なお、朝鮮人農業人口は1910年から41年まで、1千3百万人から1千7百万人と3割ぐらいしか増えていない。一方、日本人農業従事者は1910年に6,892人だったものが、41年には31,921人と、3.6倍にも増えている。朝鮮への農業植民は、数は少ないものの、日本人にとって非常に「おいしい」ものであったのだ。一人当たりの生産石高が2桁ベースで違うのは、日本人がより優良な農地を所有したことの証でもあろう。著者は農業開発によって得られる増産量の41.2%は、農業人口全体の0.19%に過ぎないごく少数の日本人に帰属している(p104)と結論づけている。そしてこのような極端な民族別所有と所得の不平等を論外にして、植民地農業の開発的側面のみを強調する主張などは、植民地朝鮮農業の現象形態に対する分析にはなるかもしれないが、その本質に対する分析とはならない(p107)と喝破している。

次の第3章 工業開発は長いので、少し書くのに時間がかかるカモしれないでゲソ~virgo

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開発と収奪の植民地朝鮮(その2)

 では「植民地朝鮮の開発と民衆」の本の続き・・・第2章「農業開発」より・・・
 まず、耕作地面積であるが、実は日帝時代はほとんど増えていない(p36)添えられているグラフは朝鮮総督府『統計年鑑』各年度版参照である。1910年(併合時)から18年までは数字の上では2.5百万町歩から4.3百万町歩ぐらいまで増えているが、これは土地調査事業が完了するまで、正確な耕地面積が分らなかったためである。それ以降、1942年まではほとんど変化が無い。(42年以降は、戦争の影響でむしろ下がっている)すなわち、日帝時代に新しく加えられた耕地面積は、ごく一部に過ぎず、日帝末まで朝鮮に存在した耕地の大部分は、大韓帝国末期以来伝えられたものであったという意味になる。言い換えれば、耕地の開発は、朝鮮王朝時代に既に大変高いレベルに到達していたという意味になる。(p38)

 むしろ農業開発は、灌漑施設の拡充と新品種の投入にある。朝鮮の灌漑施設は、18世紀を頂点にして徐々に崩壊していったという。1910年頃の灌漑施設の状態は18世紀依頼最悪であった。(p38)とある。そこで日帝は併合前の1906年に「水利組合条例」を発布、1908年には「水利組合の設立の要綱、及び模範規約」を制定し、組合が水利施設や堰の改修を行う際、負債元利金の政府保証や工事に必要な資材を補助するようにした。ところが1918年に朝鮮に存在した灌漑施設のうち「在来の堰堤と堰」によるものが約70%をしめるなど、日帝時代に入って新規拡充された灌漑設備は14.8%に過ぎなかった。(p39)
 灌漑施設の拡充は、1920年に「産米増殖計画」が始まってから本格化している。ところが1931年にあっても、田の灌漑設備面積の割合は1水利組合が15.8%に対し、非水利組合によるものが84.2%をしめている(p41)。要するに、朝鮮総督府よりも朝鮮人民がコツコツと灌漑設備を拡充していったということだ。
 米の「優良品種」の普及は、実は日帝時代の初期から始まり、1920年になると優良品種が栽培された面積は全体の水稲栽培面積の53%に達するようになった。(p43)産米増殖政策以降は、ダラダラと90%ぐらいに近づくという形である。これは朝鮮で品種改良されたものが普及したのか、日本から持ち込まれたものが普及したのかは書かれていないが、著者は朝鮮王朝時代にもこのような優秀品種を発掘して普及しようとした努力が活発に行われた(p43)としている。
 肥料の使用について、1910年代の朝鮮総督府は肥料使用の拡大にあまり積極的ではなかったが、産米増殖政策後に積極的な施肥(堆肥・緑肥の増産と、金肥購入のための低利資金貸付け)が始まった。

 なんやかんやで著者は、1910年代の農業開発と、それ以降の開発の差異(産米増殖政策前後)を比較し、1910年代の朝鮮の農業を検討すれば、朝鮮王朝末期の農業状態が推定できるが、この時期は王朝崩壊期であり国家的次元では農業開発のための努力がほとんどなされなかったにもかかわらず耕地面積、灌漑施設、品種改良など大部分の分野で既に高いレベルに到達していたのである。この点を強調する理由は、国家が公権力を回復して本格的に開発に取り組むようになれば、朝鮮の農業は自らの力によって急速に発展する力量を備えていたことに留意する必要があるからである(p49)。と述べている。また、日帝時代の開発も含め、農業生産は米穀の場合52.3%、畑作物の場合は31.2%がそれぞれ増産された結果となった(p70)と試算している。

ではこれらの農業開発の本質を見てみよう。

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開発と収奪の植民地朝鮮(その1)

 とりあえずネトウヨさんの「日本は朝鮮半島を植民地にした時、莫大な投資をした(だから「植民地支配」は悪くなかった)」という論を検証すべく、くそまじめな本とつきあってみた。「植民地朝鮮の開発と民衆 植民地近代化論、収奪論の超克」(許粹烈 【著】 保坂祐ニ【訳】 明石書店2008年5月初版)である。
001 著者は序文において、こう述べている
本書は、帝国主義的侵略を擁護する人々の掲げる最も代表的な主張の一つである「開発」というものが、どれほど無意味なものであったのかを明確にするために書かれた。また、朝鮮で開発が一定の意味を持つとすれば、それは朝鮮人のための開発につながらなければならないが、民族別に極端に不平等な生産手段の所有関係と分配の不平等、またそれらから派生する差別などが原因の植民地体制が続く限り、朝鮮人たちにとって本当の意味での開発があるはずがなかったということを明確にするだろう。また日本の植民地支配が終わった時、日帝時代を通じて行われた驚くべき「開発」がまるで蜃気楼のように消えてしまい、解放後の韓国経済はまた日帝時代の初めに戻ってしまったことをあらわにするだろう。そして日帝時代になされた開発の遺産が、解放後の韓国の工業化過程で非常に制限的な役割しか果たすことができなかったこと、帝国主義的侵略を正当化するために掲げる「開発」の実際は、「従属」と「差別」の強要であったことを明確にするのである。自国の利益を貫徹するために、隣国の自由意志を踏みにじる帝国主義的侵略が、野蛮化、反文明化の過程であったことを明らかにするところに、本書の目的がある。(p10)

と記されている。

完全な学術書を訳したものだから、構成および内容も難しく、お値段も高いmoneybag構成(目次)は以下のとおり
第1章 問題の提起
第2章 農業開発
第3章 工業開発
第4章 近代教育と技術の発展
第5章 不平等と差別
第6章 連続と断絶ー開発の遺産
終章  開発無き開発


となっている。

第1章、問題の提起 1.植民地開発の帰結で、歴史的統計で有名なマディソンのデータから朝鮮に関する部分だけ抜粋してグラフにしたものがある。それによると・・・
 マディソンの推計によれば、1911年の朝鮮の一人当たりの国内総生産は777ドルであった。日帝時代にピークに達した年度は1937年であり、1482ドルであったが、日中戦争以降に減少の趨勢に変わり、1944年には1330ドルまで減少し、1945年には616ドルに急落した。1945年のレベルは1911年よりもさらに低かった。そして1945年に解放された時、朝鮮は当時の世界で最も貧しい農業国の一つに戻っていた。(p17)

この謎・・・というか、原理について、本書の紹介をネタとして、植民地支配というのがいかに非道なものであるか、論じていこうと思う。 

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7・12よんでん行動1周年

来月の7月12日(金)は、よんでん前の抗議行動(人数少ないけれど)が始まって、ちょうど1年になります。

と、いうことで、当日は食べ物、お菓子やら果物やら、飲み物等をもちよって、よんでん前でプチ・パーティーを・・・ということで、事前宣伝させてもらいます。

注…火は使えないので、あらかじめ調理したものを、取り分けられるようにvirgo
   食中毒には、気をつけましょうsign01
   ゴミは、持ち帰れるようにrecycle

ではでは・・・というか、私が行けるかどうかは、当日の仕事がどうなるかはっきりしないので、「分りません」のでゲソ・・・coldsweats01

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7・14三里塚全国集会に決起せよ!

 1ヶ月をきりましたので、宣伝・・・反対同盟が主催する全国集会、今回は市東さんの「農地取り上げ裁判」の判決(7月29日)前に、反動判決をださせないよう大々的に結集しようということである。カラーちらし(pdf)
 場所も千葉市内、千葉市中央公園だsign03「現地集会」と違い、JR千葉駅を降りてすぐじゃなイカhappy01
 結集しやすいんだから、みんな、参加しようぜpunch

 7月14日(日) 
 12:00~ライブ
 13:00~集会
 15:00~デモ
場所 千葉市中央公園

あるみさんズも、参加予定でゲソvirgo

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東京都とスウェーデンを勝手に比較してみる…

 さて、金曜日いただいた新日本婦人の会が発行する、新婦人しんぶん 第2990号(2013年6月13日)の一面は、都議選を意識した「認可保育園を増やして!」「近くに入れる特養ホームが欲しい!」という読者(というか会員さん)の声を紹介し
 東京都の年間予算総額はスウェーデンの国家予算なみの約12兆円 その他に積立金も8000億円以上!お金の使い方を変えれば、できる!
 2兆円もかかるこんな計画やめて!! 東京外郭環状道路関越・東名高速間16キロ*地下40メートルに直径16メートルのトンネルを上下線で2本!地下の建設費は1メートル1億円 *一般会計予算の3.1%を組みかえると
●認可保育園7500人分
●特養ホーム5000人分
●国民健康保険・介護保険・後期高齢者医療の3保険料5000円引き下げ
●小学校3年生での35人学級実施・・・これ全部できる


のだそうな。

ふうんと思いながらも、赤線引いたところが気になったので、Wiki先生とかでちょこっと調べて、比較してみた。とりあえず、スウェーデンの国家予算と東京都の年間予算が、13兆円あるとして・・・
スウェーデン 人口 9,453,000人くらい 一人当たり予算、137.5万円
東京都    人口13,269,000人くらい 一人当たり予算、 98.0万円 その差、39.5万円

ただし、スウェーデンには地震が無い!東京は首都圏直下型大地震や、南海トラフによる大地震が、明日起こるかもしれない。
スウェーデンの人口密度は、20人/平方キロメートル、東京都は、島嶼部や奥多摩も含めて、6000人以上/平方キロメートル・・・

予算の使い方も、おのずから全然違ったものになるであろう。
とはいえ、「高負担・高福祉」ではあるものの、スウェーデンは、一人当たり137,5万円(+地方税)で「福祉国家」を造り上げている。東京都は一人当たり(国税+98万円)で、まだまだ社会福祉は足りない・・・といったところだろう。ただし( )で示したように、国税と地方税を足した、一人当たりに使われる税金の額を比べないと、あまり意味がないし、一人あたりに使われるといっても、教育に使われるのか、社会福祉に使われるのか、インフラ整備(公共投資)に使われるのか、国防(防衛)に使われるのか、債務の返済に使われるのか・・・という「内訳」もみないと、単純比較は意味をもたない。

ま、東京都の予算規模がでかいですよ!というアピールには、なるだろうし、それ以上でもそれ以下でもない。、ちなみに13兆円の3.1%は、およそ4千億円、土木系インフラ整備は億単位の金をかけても、たいしたことができない。「年末ジャンボ」があたっても、橋1本架からないという世界だが、社会福祉系って、けっこういろんなことができちゃうんだなぁ~と、土木屋さんも感心してしまうのだ。

ちなみにスウェーデンの公務員比率は、33%もあるそうな。(日本は9.5%)・・・社会福祉系のお金は、直接人に渡ることも多いから、国内でお金をまわして「内需で経済をまわす」こともできるのだろう。東京オリンピック招致の経済波及効果が年3700億円程度(それも全国)だそうなので、4千億円の半分、2千億円が東京都民に直接使われるなら、東京都民も「今よりちょっとはゆとりある暮らし」ができるだろう。

オマケのお話1
東京都とスウェーデンの財政比較については、日本共産党も都政いろはかるたで同じようなことを書いている。新日本婦人の会のHPを見るかぎりにおいては、反戦・護憲色の強い市民団体ふうであるが、ま、共産党に近いのだろう。

オマケのお話2
東京外郭環状道路のお金が2兆円!と書かれているが、これを全部東京都が負担するわけではない。おそらく建設主体は中日本か東日本高速道路会社で、費用のほとんどは高速道路の料金から賄われる。ただし、インターチェンジ付近の道路整備や、工事に必要な道路の先行整備、その他、地元住民との交渉ごと等には金がかかるだろう。

ではでは・・・

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「英帝」に出来て「日帝」にできないわけがない!

いや、「英帝」も「日帝」も打倒の対象なんだが・・・coldsweats01  毎日jpより
マウマウ団の乱:英政府、植民地時代の被害者に補償金
ロンドン小倉孝保】英国植民地時代のケニアで発生した民族独立運動「マウマウ団の乱」(1952〜60年)でケニア人活動家らが拷問を受けるなどした問題で、英政府は6日、被害者に謝罪し補償金を支払うことを明らかにした。英国はこれまで植民地時代の不当行為を認めながらも、補償などの責任についてはその後に独立した国の政府が負うべきだとの立場を主張してきた。植民地時代の補償について大きな政策転換になる可能性がある。
 ヘイグ外相が6日、議会で謝罪した。「
マウマウ団の乱」は、ケニア最大民族のキクユ族などが英植民地支配に対して起こした反乱。
 英植民地政府が推定15万人を強制収容所に収容。ケニア人権委員会によると、9万人が処刑や拷問、レイプなどを受けたとされる。
 英政府はこれまで拷問などの不当行為があったことを認めながら▽ケニア独立(63年)によって植民地時代の法的責任はケニア政府が引き継いだ▽半世紀も前のことであり、裁判などで公正な審理を期待できない−−として個人への補償を拒んできた。
 しかし、昨年10月、拷問を受けたとするケニア人3人が英政府に補償を求めた訴訟で、ロンドン高等裁判所が個人にも補償請求の権利があると認めたため、英国政府とケニア人被害者の間で話し合いが続いてきた。
 すでに多くの被害者は亡くなっているため、補償対象者は約5200人で、補償金は各2600ポンド(約39万7000円)。英国は植民地時代のイエメン、キプロス、マレーシア、パレスチナなどでも同様の拷問・暴力の問題を抱えている。


 旧植民地時代の犯罪行為をわずなながらも認め、およそ20億円にものぼる個人補償を「これまでケニア政府が行うべき」としてきた英国政府が行った意義は大きい。
 当然これは「従軍慰安婦問題」をはじめとする、日帝の朝鮮半島での植民地支配による「犯罪行為」を、日帝が補償する糸口、突破口とすることができる。

 なにせなぁ~「日韓条約で解決済み」(日韓基本条約で日本か「経済協力金」として支払ったのは5億ドル…1900億円、1ドル380円で計算…であるが、そのうち2億ドルは「長期低利の貸付」であり、実質の「供与」は3億ドル、一方、フィリピンやインドネシアへ、ミャンマーの「賠償金」はそれぞれ5.5億ドル、4億ドル、3.9億ドルである。36年も迷惑をかけた「賠償」よりも、2~3年占領した時の賠償のほうが高いのだからねぇ。)や「国家無答責」「時効」とかなんやらかんやらリクツを述べて、「戦後補償問題」を棚上げしてきた日本政府は、これを見習うべきだsign03

 安倍「右翼」河野談話見直し政権や、橋下「慰安婦蔑視」発言に見られるよう、この国の「主流」政治家は、必ずしも「植民地支配」や「戦後補償」といった問題を知らない、理解できていない・・・もちろん、それを認めると「日帝」としてのアイデンティティがぶっ壊れるから、あえてしていないか、本能的に出来ないかのどちらかなのだが。

 他方、運動の側は、この英国政府が行った「個人補償」の法理や倫理も武器に、なんとしても「慰安婦」とされた方々や、その他「強制連行」「賃金未払い」等の戦後補償問題解決を日本政府に付きつけ、何としても勝ち取ろうではないかvirgo

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四電前から帰って扇風機を出す

昨日、ふと部屋の時計についてる温度計を見たら、室温が30℃を越えていた・・・ひぇ~sun
香川県は(西日本一帯そうだと思うけど)全然雨降らないうちに、夏が来たでゲソ~

ということで、今日は「四電前」に行ってきました。新婦人の会が発行する新婦人しんぶんの、原発特集の号をいただいたり、NAZEN香川のお兄ちゃんに、しんぶん赤旗の記者さんがインタビューしたりと、いつものように「ほのぼの路線」でやってまいりました。

で、帰ってから、「エントロピー増大則」に反しない、扇風機君、出動でゲソ

Dsc01136

これで今夜は、少し良くねむれそうじゃなイカvirgo

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「努力」は「闘争」

なぜか毎月、某方面から今、憲法を考える会 通信(ピスカートル)ってのが送られてくる。発行人は、小田原紀雄氏・・・PISCATORとは、「漁をする人」という意味らしい・・・。

で、その21号、リンクからも読めるが、「経産省前テントをめぐる裁判闘争 あるいは生存権と抵抗権について」という記事がある。3月にテントに行った時も話がでた「抵抗権」について、こんなことが書かれてあった。

▼現行憲法にみる抵抗権
 原発の非人間的・反倫理的実態については別に譲るとして、ここでは「テントの正当性」について、憲法との関係で何が言えるのか若干考えたい。前文、16条請願権、21条表現の自由いろいろ言えるだろうが、特に注目したいのが12条「自由・権利の保持の責任」、すなわち「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、
国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」という箇所である。
  ここは、現憲法全体のなかでもかなり特異な条項である。なぜなら、そもそも憲法は、よく言われるように、国家が人民を縛る法律ではなく、人民が国家を縛る法律としてある(現憲法では主語が「人民」ではなく「国民」となっているが)。このことを典型的に示しているのが、99条「憲法尊重擁護の義務」で、「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負う」とある。重要なのは、ここで主語が、天皇から公務員までの国家の構成員で  国民は含まれていないことだ(一言付言すれば、最近の自民党の改憲草案では、このように国家と人民を対立的にとらえることそのものを否定、つまり憲法そのものを否定する内容をもっており、これは9条改憲以上に重大な問題である。)
 ところがこの12条は、「自由・権利の保持の責任」を果たすための
「不断の努力」を国民に義務付けているのである。現憲法では、「努力」という用語はもう一ヶ所出てくる。97条「基本的人権の本質」で、「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であって、これらの権利は、過古幾多の試練に堪え、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである」とある。

と、ここまで引用した。その後、論は憲法の訳語問題に進む・・・すなわちGHQスタッフが作成した新憲法草案を下敷きに、日本政府案に翻訳・書き換えるとき、日本の官僚が幾つかの用語を意図的に誤訳し、改ざんしたということだ。例えば、今「国民」となっているところは、GHQ草案では「people = 人民」と訳すべきところであったことは有名である。 

では、12条、97条ででてきた「努力」はどうなっていたか・・・実は通常「努力」を意味する「effort」「endeavor」ではなく、「struggle」が使われていた。これは、「戦い、闘争」を意味する・・・なるほど、nifty翻訳でもそうなった。手元の辞書でも、「struggle」には「努力」という一もあったが、競争という意味もある・・・ちなみに「生存競争」は「struggle for existence」というイデェオム(熟語)で、高校の時覚えたなぁ~と思い出した。もういちど、ピスカートルの原稿に戻ると

事実、GHQ案が出た直後の当時の外務省訳では「此ノ憲法ニ依リ日本国ノ人民ニ補償セラルル基本的人権ハ人類ノ自由タラントスル積年ノ闘争ノ結果ナリ」となっていた。「努力」ではなく、もともとは「闘争」だったのだ。こうして、12条の謳う「不断の努力」は、憲法教科書的には、抵抗権概念の復活としてとらえられているのである。

しっかり原稿憲法の12条、97条に「抵抗権」が謳われているのである。
すなわち、「国家」が人民、民衆の基本的人権や、生きる権利を侵そうとするならば、人民、民衆は闘争してこれを守りぬかなければ、ダメですよ・・・と書いているわけだ。ある意味、この「義務」は、「勤労・納税・教育」の3大義務(「勤労」「教育」は義務であると同時に、権利でもある)と同様に、いやそれ以上に重要である。

いわゆる「護憲勢力」の中から「憲法を(守るのではなく)生かそう」というスローガンが上げられている。これは大変な、不断の、立派な「闘争」であることを、とりあえず確認しておこうsign03
 

 

 

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沖縄鉄道計画続報

なんか大きくでたやん、沖縄県・・・琉球新報WEBより
鉄軌道導入 単年度黒字は可能 年度内に構想策定へ

 県の鉄軌道導入調査が本格化している。6日公表した2012年度調査では那覇空港―名護間のモデルルートを設定し、省コスト型のリニアモーター式小型鉄道(最大時速100キロ)利用を仮定し、事業化の可能性を探った。国の調査では累積赤字が膨らむとの厳しい結果が示されていたが、開業初年度から単年度黒字化は可能としている。 鉄軌道は構想から完成まで15~20年程度かかると言われる。県は本年度中に基本構想をまとめ、関係自治体や識者からの意見聴取を経て、15年度末にも国に事業化を働き掛ける。 県調査では空港―名護間の市街地や観光拠点などの13拠点を最短で結んだモデルルートを仮設定。リニア小型鉄道を利用した総延長69キロの路線で、空港からうるま市までは用地確保が困難なため、地下鉄区間と想定。全路線の7割がトンネル構造で、総整備費は5600億円と試算した。 観光客を含めた1日当たり利用人数は3・2~4・3万人と想定。バスなど既存の公共交通利用者に加え、鉄道導入による北部地域の利用者増のほか、米軍普天間飛行場の返還に伴う需要増なども見込んだ。 運賃は那覇―名護で1250円、那覇―沖縄で360円と、ゆいレールやJR九州の水準に合わせて設定したが、産業振興などの観点から上限を500~千円に抑える政策的運賃の導入も視野に入れる。 線路や駅などインフラ部分の大半は国費で整備し、運行を民間が担う「公設民営型・上下分離」方式を適用すれば、単年度黒字化は可能と結論付けた。 ただ県交通政策課は「あくまでも採算性を検討するための調査で、実際の路線計画などはこれから」と説明する。 一方、内閣府の11年度調査は糸満―名護間を普通鉄道で整備した場合の事業費は7300億~1兆600億円と試算。「上下一体」の第三セクターの運営で毎年150億円、開業40年後には累積赤字が6千億円に達すると報告している。 県の報告は国側に反論した形となっているが、実現化の方法を重視する「戦略調査」と位置付けたことで結論に差が出た形だ

なるほど、「公設民営型・上下分離」で経営をフリーにし、かつリニアモーター式の小型車両を使うってのがミソね。それにしても「初年度から黒字」とは・・・

ま、建設費として5600億円ってのも、妥当かな。moneybag
7割がトンネル区間になる・・・ということは、用地の制約が少ないということだ。丘陵地や山地にトンネルを掘るのは、技術的にそれほど難しいことではないし、実はお金もあんまりかからないのだ。(シールド工法にすると、ちょっとお金がかかるかも知れない)
景色はあんまり、楽しめそうにないけどね。

米軍普天間基地の返還後の増収・・・ということは、普天間基地跡の再開発計画とからめて、沖縄を発展させるということに他ならないわけだしねvirgo

ただ、作り出すとやっはり10~20年ぐらいは、かかるのだろう。今はその段階まですらいっていないから、30年後か・・・出来たとしても。

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四国に新幹線導入へ活動開始だと

ちょっと旧聞であるが、四国新聞WEBより
新幹線導入へ活動本格化/四国の鉄道高速化準備会
 四国4県や経済団体などでつくる「四国の鉄道高速化検討準備会」は5日、四国への新幹線の導入に向けた活動を本格化すると発表した。本年度中に、導入による経済効果や建設費などの基礎調査をした上で、2014年度以降に国へ提言する。
 準備会は、官民が四国の鉄道について議論する「四国における鉄道ネットワークのあり方に関する懇談会」の最終提言を受け、新幹線の早期事業化のため11年に発足した。
 準備会では今後、フル規格やレール幅の狭い新幹線、フリーゲージトレイン(軌間可変電車)など想定できる高速鉄道の導入のパターンを示し、各パターンごとに時間短縮や経済効果、建設費などを明らかにする予定。
 事務局を務める四国経済連合会の三木義久専務理事は「調査結果を基に国に働きかけ、鉄道の高速化、四国経済の発展を実現したい」としている。

一応、フリーゲージトレインの技術的な基盤は確立しているsign03らしいから、さて導入のためにがんばりましょうってのも分る・・・こんな「基本計画」(できたらいいな計画)を待っていたら、100年たっても「新幹線」はこないだろう。 

Photo岡山から四国に上陸するには、現在の瀬戸大橋線を新幹線規格にすれば済む・・・だがそれでは岡山近郊の通勤路線となっている瀬戸大橋線とのからみや、貨物輸送の問題が出てくる。

四国を東西に縦貫するヤツなんて、淡路島と和歌山の間の紀淡海峡を抜けるトンネルか橋を作らなければならない・・・そんな金と時間があるのか?ちなみに、大鳴門橋には、新幹線のレールを通す空間や余裕をもった設計になっているが、明石海峡大橋には鉄道は通せない。(通す予定で設計してみたら、メインケーブルがやたら馬鹿でかくなって、とてもじゃないけど無理ということになったようだ。)

ということで、フリーゲージトレインってのが、やはり頭にくるのだろう。しかしこれも難問だらけ・・・
①まず、今のところ「電車」しか開発されていないから、岡山ー高松間、岡山ー松山間のみ・・・高知や徳島までは「電化」するか、ディーゼル車(機関車牽引)のフリーゲージトレインにしなければならない。
②岡山ー高松間は、現在の213系マリンライナーと比較して、どのくらいの時間短縮になるのかsign02なるほど、乗り換えの手間は省けるが、貨物や岡山近郊在来線の運行を確保しながらだと、高架な投資(車両と岡山駅改装)の割には、時短にならないだろう。
③岡山ー松山にしたところで、現在の8000系と同じスピードを保とうとすると、フリーゲージトレインに振り子装置が必要となってくるsign01車両はより複雑になるし、そうすると今度は新幹線区間(例えば大阪ー岡山)の速度が犠牲になる。

と、いうことで、四国に「新幹線」というのは、まだまだ技術的にも難しいということが判明してしまったcoldsweats01

四国島内の鉄道高速化は、どうか・・・今のJR四国の体力では、これ以上の線形改良や、振り子つき高速車両の開発も難しいだろう・・・かくして、「やるんだったら、徹底的に国庫や地方から金を取って、やるしかないsign01」というところに行き着く…

あぁ~、夢も希望も、無いものか・・・しかし個人的には、フリーゲージトレインでも無理やり走らせてみてはイカがかと思うのでゲソvirgo

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日本右派政党の最弱の環!維新を大いに打て!

またまた橋下が墓穴・・・どころか、墓穴に入ってしまったな。「沖縄の負担軽減」のため、オスプレイの訓練を大阪・八尾空港でやるんだってよsign03
毎日jpより
オスプレイ:本土での訓練 政府に提案へ…そうぞう、維新
 政党そうぞう(下地幹郎代表)は、米軍普天間飛行場に配備されている垂直離着陸輸送機MV22オスプレイの訓練の本土分散について、日本維新の会の橋下徹共同代表(大阪市長)が代表を務める地域政党の大阪維新の会とともに、本土での訓練受け入れを政府に提案する方向で調整している。下地、橋下両氏らが6日に菅義偉官房長官と会談する予定だ。 
 訓練移転先をめぐっては大阪維新の地元、大阪府八尾市の八尾空港が候補地に浮上し、一部報道では大阪維新幹事長の松井一郎府知事が訓練の一部を大阪で受け入れる意向を固め、菅氏との会談で受け入れを表明するとの見方もある。大阪維新関係者は2日、「国から正式に提案があれば受け入れるかどうかを考えるということだ。こちらから具体的な地名を提案するのは難しいと思うが、いずれにしても物理的に可能かどうか、今後判断することになる」と語った。
 そうぞうと大阪維新は、5月1日に「沖縄の過重な米軍基地負担の軽減を実現する」などとする政策協定に調印。具体的な提案に向けて、その後両党の政策担当者らが協議を重ねてきた。両党は
オスプレイ訓練の分散移転のほか、米軍関係被疑者の身柄の取り扱いを定めた日米地位協定の関連条項の見直しも提案するとみられる

「そうぞう」の下地幹郎代表は、国民新党で鳩山政権時代に「普天間県外移設」公約がまだ生きている裏から、あちこち沖縄本島、近海に基地移転を画策していた「策士(詐欺師)」である。他方橋下はその頃、ご存知のとおり、「普天間基地を関西空港に!」とラグビー場でぶち上げ、普天間問題に「一石」を投じた・・・あの頃はまだ「勢い」はあった。

しかし今、「慰安婦問題発言」「米軍に風俗のススメ」をやってから、完全に先は見えた・・・何分、彼のポピュリズム政治は「何か(公務員とか、教員とか、「大阪市」とか)を悪者にして、「カイカク」という言葉で叩くという方法でうまくやっていたわけだ。まさか「米軍」様を「悪者」に仕立てて「カイカク」するわけにはいくまい。

今回の「八尾空港」で訓練を・・・というのも、最悪だ・・・普天間と同じ、住宅密集地じゃねえかsign01しかも内陸部だから、オスプレイは完全に大阪の人口密集地隊を飛ぶことになる。
 前回の「関西空港案」ならば、まだ海の上だ。案を発展させて、夢洲の空き地に、基地機能を移転させるぐらいのことなら、検討の余地もあるだろう・・・土地は開いているし、大阪の風俗街まで電車で結べば、「米軍犯罪」も問題ナシでゲソ・・・スケールが下地と同じくらいになっている。だれもこんな案、支持しない。

「慰安婦問題発言」等でも明らかになったよう、大阪市政もそっちのけでツイッターと「おわび行脚」に明け暮れる橋下は、もう墓の下である。(橋下改め墓下かhappy01

ここで「維新」への追求の手をゆるめてはならないsign01橋下「維新」は、橋下の「理念」に絶対賛同する者の集まり、橋下中央集権体制である。(石原慎太郎の「太陽の党」といっしょになっても、少なくとも関西ではその性格は変わらない・・・石原氏自体、ただの老人になっちゃったしね、もう影響力無いよ) 橋下=維新なのだ。

そして「維新」の「新自由主義ポピュリズム政策」は、自民党の改憲・河野談話見直し、採生活保護切捨て・・・要するに「企業は自由で、労働者民衆は不自由」といった「右傾化部分」に通じるものがある。橋下維新をたたくことで、自民党の右翼改憲政策を串刺しにすることが可能である。もちろん、一般の人々に分りやすく、粘り強く説いていくことが必要だ。

かつての革命的左翼は、「国際帝国主義の最弱の環、日帝(あるみさん注・・・敗戦帝国主義で自前の軍隊を憲法上持てず、米帝にすりよってしか「勢力圏」を確保することができないから)を打倒せよsign03」とアジった。今は「日帝政治委員会の最弱の環、橋下維新を選挙前に完膚なきまで打倒しようsign03」をスローガンとしようではなイカvirgo

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映画「シェーナウの思い」を観て

昨日のデモの前は、高松生涯学習センターで、「シューナウの思い」という映画の上映会が1時間ばかりあった。その感想を書いてみる。
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「あるみさんズ」も、観たぞvirgo
さて、この映画だが、単なるドイツの「自然エネルギー万歳」映画ではなく、シューナウというドイツ南部(「黒い森」のあたりらしい)の人口2500人くらいの小さな市で、原発も使った地域独占の電力会社からの電力を止めて、自分たちで電力会社をつくり、「地球にやさしい」電力の使用にチェンジする道のりを描いたもの。

 ま、欧州の脱原発運動は、1986年のチェルノブイリ事故をきっかけに発展してきたのであるが、小さな町シェーナウでも同じ。原発について何も知らなかった市民が、「放射能」から身を守るためには、何をすればいいか考え始めたことがきっかけだ。
 市民で「放射能に関する「情報スタンド」を作るところから、まず始まった、キエフの子ども達を一次的に「保養」する取り組みも行われた。「節電コンクール」を楽しみながら行うことも行われた。
 しかし、本格的な「脱原発」は、91年から始まる・・・KWRという電力会社(原発も持っているようだが、水力発電が中心のようだ)が、シェーナウ市への電力供給契約を今後20年に渡って行う、その際、市に500万円の寄付をする・・・この「地域独占」企業から、電力網を買い取り、自分たちで「環境にやさしい」電力を使いたいという市民運動が始まったのだ。

 これまでどおりKWRから電力を供給してもらうか、それとも電力網を買い取るか?町を2分する議論があちこちで起こり、「住民投票」の結果、電力網買取り賛成が55.7%、反対が44.3%となった。
 電力網買取りのため、市民による電力供給会社を設立しなければならない。地元の志のある銀行から資金を受けるとともに、支援団体を結成し、脱原発を目指す人々から寄付金を集め、EWSという市民の電力会社を立ち上げた。だが、この後も、市議会(議員はだいたい10名ぐらい)はEWSとの電力供給契約には賛成したものの、反対派からEWSから電力供給を受けるか、再度「住民投票」を行うことを余儀なくされたり、KWRからの送電網買取価格が4億5千万円と法外な値段をふっかけられたりと、一筋縄ではいかない。

 だがこの映画はそれらに対する「苦闘」よりも、それらを決定してゆく「民主主義的手続き」の様子が良く描かれていると感じた。住民投票をやる、キャンペーンをやる・・・その過程に重きをおかれた映画だった。ドイツの小さな市議会(市民が近くで傍聴できる・・・というか、市民が傍聴しているすぐ近くで、議論や採決が行われている)や住民投票開票の様子などから、そのことがうかがえる。

 結局、EWSは2007年現在、数万人への電力供給事業を行い、「成功」している。(発電は太陽光とコージェネレーションシステムの組み合わせによるもの・・・ただし「太陽光発電」には補助金が出ていることをお忘れなく)・・・しかしここにたどりつく「民主主義的手続き」の大切さを、この映画で訴えたかったのではなかろうか。

 ドイツは分権国家で、かつシェーナウのような小さな都市があっちこっちにバラバラと分散している。だから「自給自足」的なエネルギーを得ることや、直接民主主義に近いやり方で意思決定ができるという違いもあるだろう。(逆に言うと、原発のような巨大システムや、「グローバル企業」なんていうのは「分権」や「民主主義」とは相容れないものなのであろう)

 この映画を観てから、すぐにデモにでかけたわけであるが、本当は映画を観てから「民主主義」や「話し合い」「運動」について語り合ったほうが、よっぽどためになったかも知れない。また「脱原発」「自然エネルギー」だけでなく、「反戦、反基地」や、「憲法改正」、「反貧困」・・・といった、幅広いテーマを語る前に観ても、得るものは大きいだろうと思った。

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さよなら原発in香川 デモ編

今日は1時から市生涯学習センター「まなび館」で、「シェーナウの思い」を観て後、商店街を四国電力まで「脱原発」デモである。(映画「シェーナウの思い」の感想は、後日)
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私は、3月11日に関西の集会において、雨でダメになったプラカードを新調
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「すのこタン。」バージョンです。ちなみに前は「伊方原発廃炉しなイカ!」イカ娘バージョン。
今日の主催は「市民団体」ということで、渡辺さと子さんがだいたい一人でアジりながらのデモでした。
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「商店街の皆さん、こんにちわ」と声をかけながら、伊方原発の危険性(中央構造線に近いこと)、事故が起きれば、香川県も無縁でないこと、早明浦ダムや瀬戸内海が汚染されること、子どものためにも、大人の責任で脱原発をやりましょう・・・てなことをアジります。
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コールも「原発止めよう!」「伊方をとめよう!」「子どものために!」「未来のために!」「ふるさと守ろう!」「瀬戸内守ろう!」といった、おとなしめの柔らかいもの。
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まずは、三越方面へ向かいます・・・
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「原発いつやめるの?今でしょ!!」
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一旦、「ライオン通り」を南下・・・飲み屋さん街なので、この時間は人が少ないけれど、準備中の店の中からエールをくれる人もいました。
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右折して、国道11号を西行き・・・

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丸亀町商店街へ・・・ここを北上・・・にぎやかです。
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写真では良くわかりませんが、今回はチラシを撒くほか、小さな風車を配ったりしましたhappy01
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丸亀町を一気に 北上せず、いつものとおり美術館通りを西へ・・・
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中央通りを北上します。
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右折して兵庫町通りを東に・・・ここでマイクチェンジ・・・
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で、丸亀町商店街をまた左折して、北上。ここでマイクがなぜか私のところにまわってきたので、コールをチェンジ・・・はじめは「原発いらない!」「自然を守ろう!」とかコールしてたんだけど、四電が近づいたら本能的にsign02「再稼動反対!」「伊方は廃炉!」と連続コール状態。
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とりあえず、四電本社の玄関前で一旦集合・・・ただし今日は休日なので「申し入れ書」は別のところで守衛さんに渡す予定。渡辺さんが四電前でアピール「四国電力は、自然エネルギーを活用した立派な企業になれるはずです。」
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香川連帯ユニオンの方は、7月にも再稼動申請に向けた動きをする四電(をはじめとする電力会社)の姿勢を、徹底的に糾弾sign03

四電の裏口に移動、シュプレヒコールはそのまま・・・
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大体、今日は40人ぐらいかなぁ~virgo前回よりは増えた感じ・・・映画の上映会をやってからデモにつなげるというのが、効いたのか、「再稼動」を目指す動きに危機感を感じたのか・・・
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裏口から守衛さんに、「申し入れ書」を手渡しに行く・・・事前アポイントで、回答は6月中に出すとのこと。
また、6月26日(水)は、四電の株主総会があるので(愛媛からも反原発の株主達がバスで来るぞ~bus)、その日もなんらかのアピール行動を行うとのこと。

とりあえず、デモは以上・・・だいたい、1時間ほど。この後、近所の喫茶店で「反省会」でゲソ。

 

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