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ヒトラーの労働者政策について

 コメント欄でROM人さんとBMさんがヒトラーの労働者に対する社会主義的政策について議論しているので、本エントリーで補足してみたい。 

 確かにナチス党の「社会主義的政策」は、ナチス左派であるシュトラッサーの影響は大きいだろう・・・しかしもともとナチズム≒ファシズムが社会主義から「分派」して出てきたのものである以上(ムソリーニはもともとイタリア社会党員)、党そのものが「反資本主義」的なものを掲げざるを得ないのである。
 当時の「反資本主義」潮流は、ロシア革命を成功さえたソ連と各国コミンテルン支部の「共産党」から成る「第3インターナショナル」と、第一次大戦時からある社会民主党を主流とする「第2インターナショナル」があったわけだ。そしてその両者とも「主要産業の国有化」というものを目指していた・・・国有化=社会主義・共産主義であると考えられていたわけだ(もちろんマルクスが完成させた共産主義=未来社会は、国有ではなく、協同組合的組織が生産手段を運営するというものであり、違うわけだ)その第2インターから「分派」してきたのが、イタリアのファシスト党であり、ファシズムもまた「反資本主義」的な一員として見られる時代もあった。ただ、ファシズムは「反コミンテルン(第3インター)」を究極まで拡大させるとともに、「インターナショナル」的なものを捨て、各国民国家単位での「改革、改良」に重きをおいたことが、決定的な違いとなり、そこにヒトラーのような「反ユダヤ主義」「排外主義」が入り込む余地があったというわけだ。
 インターナショナルにものごとを考えるよりは、ナショナルや民族に区切られたア・プリオリな中で物事を考えるほうが、ある意味楽ではある。(国家や民族とは何かを突き詰めて疑う必要がないからだ)1920~30年代、ファシズムがある程度世界的に「認められる」潮流になるのは、「反資本主義」という革命性と、「国家・国民社会主義」といった保守性をうまく使い分けたからに他ならない。ヒトラーの行動を見る限り、資本家からも献金・援助を受けるといったことをあまり気にしておらず、「国家・民族」主義で人々を組織し、反資本主義の「疑似革命性」で人々の人気を取るという方法である。実際ドイツではナチスと共産党の「武力衝突」が何度も起こっている。しかしその反面、ナチスが共産党と「共闘」し労働者のストライキを支持するなど、マヌーバー的な行動もとっている。

 ドイツに限って言うと、当時最大の社会民主党があり、第2インターの総本山であった。また共産党もそれなりに力を持っていた「最強の労働者」が組織されていたのである。スターリン=コミンテルンの「革命のため社民を打倒せよ」という過った方針のため、ナチスは合法的に政権に就くことができ、またスペインやポルトガル等でファシストが政権を握るということが出来たのである。

 だからこそ、ヒトラーはドイツの「労働者階級」には徹底してアメを与えねばならなかった・・・というのが本音であろう。独裁権力を得たヒトラーは既存の労働組合を解体した後「ドイツ労働戦線」というナチス党の付属団体を作る・・・これは労働者・ホワイトカラーのみでなく、経営者や手工業者といったプチブルジョワジーも参加でき、1939年には2000万以上の会員を擁する第三帝国最大の組織となるのである。
 この労働戦線の中の一部局に「歓喜力行(りきこう)団」というのがあって、労働者に対し様々な余暇を与えていた。人気があったのはその中の「旅行局」が実施する格安の国内・国外旅行である。ブルジョワの楽しみであった旅行を「ドイツの労働者は旅行する」とのスローガンの下、安価な価格で日帰りもしくは一泊程度の旅行を売り出した。また国民車「フォルクスワーゲン」も「歓喜力行団」が開発したものである。
 「歓喜力行団」の目的は、単に労働者に余暇を提供するだけではなく、そのことをもって労働者の労働意欲を刺激し、生産性を向上させる。あるいは労働者の余暇の時間を組織化し、コントロールするという意義もあったようだ。
 もちろんこのような労働者に対するアメの裏には、ユダヤ人やロマ、障害者への迫害、障害者や共産主義者、社会主義者への弾圧、労働組合の破壊や言論の自由の抑圧が伴っていた・・・だがナチスは来るべき領土拡大・対外戦争時において、第一次大戦のような「革命」が起こっては困るのである。だからこそ労働者たちの体制維持を確実にするため、このようなアメを配らねばならなかったのである。(参考資料:学研歴史群像シリーズ42 アドルフ・ヒトラー権力編 1995年6月)

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コメント

エントリーとは関係のない議論を始めて、申し訳ありませんでした。
新たなエントリーという形でフォローしていただき恐縮です。「補足」どころの話ではありませんね。

ヒトラーの時代には、他のナショナルなものを排撃したり犠牲にしたりすることで自らのナショナルなものを主張することが出来たということですね。
排外主義と社会主義とが外面と内面になっているということで、とかくはまり込み易い穴ではないかと思います。

投稿: BM | 2013年10月10日 (木) 23時07分

ヒトラーが労働者を優遇したのは、そもそも自分がそういう環境に置かれた経験もありますよ。ぼろアパートで生活してましたしね。

あとユダヤ、障碍者に対する迫害はユダヤだけのものじゃない。実際ユダヤはナチスから逃げてもたらいまわしにされるほど嫌われてたし、障碍者にしたって優生学は当時はふつうだった。現に日本人は黄色いサルとして扱われたしね。


まぁだからと言ってナチスが正義だとは言わんが、ぶっちゃけ2000万人殺したスターリンとか、空襲と原爆をちゅうちょなくやってのけた米帝よりははるかにマシ。
ヒトラーなんて逆にBC兵器を禁止してましたしね。

まぁヒトラーがどうこうは置いておいて、ナチスの労働者優遇措置は今の日本が見習う点が多いと思いますよ。
ピンハネ禁止、海外旅行の推奨、安価で入手可能な自動車とか。

投稿: ROM人 | 2013年10月11日 (金) 00時34分

最近、こんなことを思っています。(以下ツイッターから)

最近、思うことは、世界中の多くの資本家に対して影響力のある、ユダヤ人資本家にとってナチスの労働者保護政策は階級闘争的に見て都合が悪いから「ナチスの一切合財を否定せよ」というイデオロギーが流布されているんじゃないか、ということ。

投稿: TAMO2 | 2013年10月12日 (土) 09時26分

 あと、少し詳しい歴史本には書いていますが、ユダヤ人資本家が、ワイマールドイツで、自らの外部性を利用して、ドイツを食い物にしたことが、ドイツにおけるユダヤ人迫害の背景にあったこともしっかり見ないといけないでしょう。

 ヒトラーは、階級闘争の一環としてユダヤ人殲滅を戦い抜いたという見方も可能なのです。それがいかに間違っているにせよ。

投稿: TAMO2 | 2013年10月12日 (土) 09時28分

ヒトラーの労働者政策は成果を挙げていたことは認めます。
しかし、それなら対外戦争(侵略)しかけたりしなければいいのにという大きな疑問が湧いてくるのです。
ベルサイユ条約が不当であり失われた領土を回復するのだという範囲を超えていますよね。
ヒトラーの国内政策がうまくいき労働者も保護されていたのなら対外侵略しなくともいいわけでしょう。
国内的にどうにもならなくなったから、資源や領土求めて撃って出たということではないでしょう。
ユダヤ人迫害にせよソビエト・ロシア侵略にせよ、ヒトラー自身の他の民族に対する蔑視観のなせる業と思います。それが他の民族のみならずドイツ人自身に災禍を引き起こしたのです。

ワイマール体制化でドイツを食い物にした側面もあるのでしょうけど、世界恐慌の前まではドイツは比較的安定していたことも無視できないと思います。

投稿: BM | 2013年10月12日 (土) 20時00分

 逆に民族差別してない国の方が珍しいのでは?

アメリカは日本人差別バリバリやって無差別攻撃万歳、イギリスは植民地人を虐げて搾取、ソ連は敵はすべて皆殺しにしていた時代です。その中でユダヤだけが特別視される理由はないでしょう。

当時は人種を理由に相手を差別することがふつうだったのですから、ヒトラーが特別おかしい、というわけじゃないかと。

投稿: ROM人 | 2013年10月13日 (日) 00時08分

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