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大島青松園に行く

昨日は、瀬戸内国際芸術祭の会場ともなっている大島まで行ってきた。大島とは、国立ハンセン病療養施設大島青松園のある所である。1996年に「らい予防法」が廃止されるまで、ここはハンセン病患者を隔離し、差別を押し進める施設だった・・・
 大島には高松港から船が1日3往復しか出ていない。島で暮らす入所者や職員にとってはそれで十分であり、瀬戸内国際芸術祭の間も増便はされない。高松港のターミナルに行き、総合案内所で「大島に行きたい」と言えば、乗船整理券とパンフレットをくれる。
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男木島、女木島に行くフェリーと同じ桟橋から、昼の便がやってきた。
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村の病院といったたたずまいを見せる、療養所の入り口。
観光客はここから入るのではなく、近くにある案内所で入場料を払って、ボランティアの案内係さんからもらったプレートを首からかける。案内係さんの誘導に従って、約40分ほど島を案内してもらう。
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まずは、納骨堂。1936年から現在まで、ここで亡くなって遺骨の引き取り手のない方々が眠っている。

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誰とはなく、ろうそくに火をともし、手を合わせだした。

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ここから西の海を見る・・・キラキラ光って綺麗だ。

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左から、明治時代の慰霊碑、堕胎を余儀なくされた胎児の慰霊碑、そしてこの島に始めてやって来た「医者」の所長さんの碑(ハンセン病隔離施設は治安的意味から警察官僚が所長を勤めることがほとんどだったそうな)
案内係さんに連れられて、さらに島の先のほうへ・・・
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火葬場の隣にある、でっかい観音様・・・
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火葬場のすぐそばにある、「風の舞」というモニュメント・・・手前の三角錘は天を表し、奥の三角錘台は地上を表し、右の石舞台は死者と生者との対話を表すのだそうな。
ここから戻って、芸術祭の展示コーナーまで行く・・・と行っても、空になった入所者のアパートである。

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この船で、入所者が釣を楽しんだりしたのだそうな。

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入所者が読んだ本が、こんな感じで積まれている。

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指が不自由になった人は、スプーンで碁を楽しんだ。

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街のたたずまいは、こんな感じ。
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東側の海も、あくまで青い。

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青空水族館という、展示コーナー・・・なお、道路の白線は、自動車のためにあるのではなく、目の不自由な入所者が道を歩きやすくするためのもの。

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中にはこんなのや・・・
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ゴミのオブジェやら・・・

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いろいろありまする。
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すごいぞ~
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ここの負の遺産・・・石の解剖台・・・亡くなった患者の解剖が行われたという。30年程前に海岸に捨てられたものが、前回(2010年)の芸術祭の時に見つかり、入所者と話し合った上で、ここに飾られている。

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青松園というぐらいだから、立派な松の木が多い・・・今回は見る作品はあんまり多くなく、狭い範囲だったので、帰りの船の時間までこうやってぼぉ~っと松や海を見ていた・・・のんびりした綺麗な所だが、もし「一生ここに隔離される」という運命の中でこの景色を眺めると、どうだろうか・・・どんな美しい景色も、地獄の責め苦と変わらないのではないだろうか・・・多くの患者、入所者の方々は、どんな気持ちでこの景色を眺めていたのだろうか・・・
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瀬戸内の海は、あくまでも青かった・・・

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