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反対同盟事務局次長 萩原進さんを追悼する

 昨日22時20分ごろ、三里塚・芝山連合空港反対同盟の事務局次長、萩原進さんが心筋梗塞のためお亡くなりになりました。享年69歳

 萩原さんといえば、全国集会やその他、関西での集会で情勢や闘う姿勢をはっきりとした口調で「基調報告」してくれた、文字通り「反対同盟の司令塔」のような方でした。
 今年の10・20集会では、大雨の中、ほとんどメモをしていないのですが、これまでの支援党派のあり方を厳しく「批判」し、また同盟も「三里塚」にこもっていないで、敵が全面展開している中、福島も沖縄も積極的にやろうと、わざわざ支援党派のアピールの後に述べられた方です。

 萩原さんの通夜・葬儀はしばらく後に行われるようです・・・毎日jpより
 訃報:萩原進さんの通夜・葬儀/21日死去
 萩原進さんの通夜・葬儀=三里塚・芝山連合空港反対同盟北原派事務局次長・21日死去=通夜は27日午後6時、葬儀は28日午前10時半、千葉県成田市吉倉124の11の八富成田斎場。喪主は長女の夫富夫(とみお)さん。

 萩原さんの「闘争」は、娘婿の富夫さんに引き継がれます。

 萩原さんと言えば、空港計画が持ち上がる前の20代に「シルクコンビナート」を三里塚に作る構想に夢をかけ、わざわざ信州まで勉強に行っていた・・・その時にいきなり「空港計画」が持ち上がって「農業を辞めろ」と政府に突き放された(「シルクコンビナート」も政府の計画だった)・・・いわゆる「ネコの目農政」に怒って、闘争を始めた人です。

 その後「平和的」な請願、申し入れを繰り返しても、政府・公団(現NAA)は聞く耳持たないどころか、警察権力・機動隊を使って農民たちに暴力をふるい、追い返す有様・・・そうした中で「農地死守・実力闘争」の、三里塚闘争の精神が生まれてきます。
 萩原さんは、全学連の学生達が集まる集会の中、鎌を持って壇上に上がり「我々は武装した!」とアジッたそうです。三里塚の精神をそのまま体現し、それをずっと続けてこられた方でもありました。

 何よりも萩原進さんのご冥福をお祈りするとともに、市東さんの裁判闘争に勝利し、3・23の全国集会(東京・芝公園だよ)には、全国から全力で決起しようではありませんか・・・それぞれの課題・・・脱原発、反TPP、沖縄、秘密保護法廃止、集団自衛権阻止、改憲阻止を掲げて・・・

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コメント

悲しいの一言しか言葉が出ません。まだ早すぎる年齢…三里塚闘争は私たちが継承しますので安らかにお眠りください。謹んで追悼の意を表します。

投稿: KW | 2013年12月24日 (火) 07時35分

訂正

謹んで×

偲んで○

投稿: KW | 2013年12月24日 (火) 13時51分

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