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2014年10月

「在日特権」?そんなモンあるかボケ!(その5)

 ようやくこのエントリーも終わりそうだ…次は第6章の「住民税減税は『在日特権』か?」である。これは三重県伊賀市(旧上野市)で実際あった「事件」が「在日は住民税が半額!」という「在日特権」のみ針小棒大にネット等で拡散したものである。2007年当時の中日新聞の記事が引用されている。(人命はイニシャル)一部を紹介すると…

 伊賀市の搾取『在日』対象、税減額を利用 前市部長 1800万円着服か
 三重県伊賀市の前総務部長H被告(59)=現総務部付=が知人から約五百三十万円をだまし取ったとして詐欺と有印公文書偽造・同行使の罪で逮捕、起訴された事件で、伊賀市が数十年前から在日韓国人や在日朝鮮人を対象に住民税を減額していた措置をH被告が利用し、市内の元在日韓国人から約千八百万円を着服していた疑いがあることが分かった。
 関係者によると、減額措置は、昭和三十年代から四十年代にかけ、旧上野市(現伊賀市)で地元の在日本大韓民国民団(民団)や在日本朝鮮人連合会(朝鮮総連)との交渉で始まったとみられ、納付額を半減するなどしていた。市は条例などを制定しないまま、最近まで続けていた。(p144、以下の記事は略)

 筆者、野間氏はこの「在日特権」に関して上野市まで出かけ、関係者に取材している。いかにも在日の民族団体が役所に不当な圧力をかけて無理やり税金を半額にさせていたかのようであるが、実際のところ総連職員と市当局との間の交渉で始まり、平等を期すために民団系の在日朝鮮人にも適用されたものである。そしてこの措置そのものは市町村合併に伴い、2006年には廃止されている。今では在特会も取り上げなくなった「朝鮮商工会の免税特権/国税庁との5項目合意」と同様、すでに廃止された「在日特権」の一つである。
 ではなぜこのような措置が取られていたのか・・・ここでは金正一さんという在日Ⅱ世のインタビュー記事が続く…上野市では当時、全国初の社会党からの市長として中井徳次郎が革新市政を敷いていた。当時の上野市政は在日の困窮に対して本当に理解していたという。正一さんは続ける・・・
「私たちは同等の義務を果たしてくれましたら問題ないですと。そやけど、健康保険もない、年金もない、就職もないというなかで一方的に住民税と言われても困る。そういうことで、一時的に考慮しましょうというのが始まりだったんですね。
 そういう過程の中で、奥瀬(平七郎)さんが市長の時、この税金の減免が始まったと思うんです。結局それも、市が好んでではなくて、差別をしてはいけないということで、実際その当時は生活が苦しかったから、税だけ納めるのは要件を満たしてくれないと。そこに同和対策がでてきた。・・・」(p160~161)

 三重県の中でも伊賀地方はとくに在日人口と被差別部落人口が多かったという。「同和対策事業は1969年に10年間の時限立法として始まった同和対策事業特別措置法もとづくもので、同和地区の環境整備や社会福祉施設の建設、安価な公営住宅の提供など、おもに被差別部落をめぐるハードウェアを行政が改善することで差別をなくしていこうとするものだった。ところが、同様の貧困状態におかれていた在日韓国・朝鮮人については、こうしS20141022_2


た対策は何もとられなかった。上野市の住民税減税は、同和対策事業とのバランスをとる意図もあったと思われる。」(p162)こうして69年ごろに、上野市内に住む在日朝鮮人で納税義務のある人たちに、一律で住民税が半額になる措置がとられた。
「住民税が半額となったのは、最初の時点で申請していた在日韓国・朝鮮人だけだったという。その後就労状況が改善され、企業に就職する人が多くなると、そうした人は減免の対象にはならず、企業側の源泉徴収等で通常の税務処理が行われた。伊賀市の事件で市内の在日朝鮮人約400人のうちわずか50人ほどしかこの減免措置を受けていなかったのは、この40年間で自然に対象者が減ったためである。収入の多い歯科医師がいつまでも減免の対象となっていたのはもちろん問題で、これは役所の怠慢といわれてもしかたがないことだと思う。」(p164)
「すなわち、この半額減免問題もまた、在日韓国・朝鮮人の戦後日本での曖昧な法的地位を原因とするものだった。こうした一種のアファーマティブ・アクションあるいは救済措置が、時代が進むにつれて実態にそぐわなくなり、最終的に行政側の不正行為というかたちで幕引きとなったことは非常に残念だが、これを在日韓国・朝鮮人が戦後むさぼってきた利権のように言い立てるのは、あまりにも現実を無視した暴論といわざるをえない。」p165と筆者は結論づけている。

それでは最後の第7章「ヘイトスピーチとしての『在日特権』について述べる。その前にこの章では、これまでの「在日特権」のデタラメさについてもう一度簡単にまとめられている。それらをふまえて「以上見てきたように、『在日特権』論はひとことで言えば針小棒大であり、野村旗守の言うように『ないものをあると言い、あるいは少ししかないものがいっぱいあると言って相手を不当に攻め立てる』ものでしかない」(p177)を確認しておこう。
「在特会の言う『在日特権』のほとんどすべてが、そのおおもとをたどっていくと1952年のサンフランシスコ平和条約に行き着く。ここで在日韓国・朝鮮人が日本国籍を喪失したことが、実際には日本で生活基盤を築き上げていたにもかかわらず日本人に著しく劣る法的地位で生活せざるを得なくなったことの原因だ。この構造においては、在日韓国・朝鮮人は一貫して日本人よりも低い地位におかれ、限定された権利しか享受できなかったわけで、戦後50年をかけてそれらの状態が少しずつ改善されてきたにすぎない。その改善された部分を取り出して、あるときはほかの外国人と比較し、あるときは日本人貧困層と比較することによって、あたかも不当な利権であるかのように論じるのが『在日特権』デマの本質なのである。」(p178)
 彼らは「日本人差別をなくせ」と口にしているが、「特別永住者資格の問題については『同じように(国民としての)資格のない」ほかの外国人と平等にしろと言い、無年金者への福祉給付金については、「同じように(年金を受給する資格のない)日本人無年金者と平等にせよとする。(中略)しかも平等を実現するために権利のない側を底上げせよと主張するのではなく、権利のある側から権利を奪い取る方向での主張が大半である。これがジャーナリスト安田浩一の言うところの「下から見上げる差別」であり、同時に彼らの主張がヘイト・スピーチであることの証左である。」(p182~183)そう、「在日特権」を言い募ることそのものが「ヘイトスピーチ」なのだ・・・それが最悪の暴力的展開をともなって現れたのが、2009年12月4日に起こった京都朝鮮第一初級学校への襲撃事件である。

 最後に筆者は「ヘイトスピーチ」について語る…「ヘイトスピーチは『憎悪表現』と訳されるが、この場合の『憎悪』とは単に憎しみをわす一般名詞ではなく、特定の意味をもつ一種の専門用語だ。この点が誤解されやすく、またマスメディアでは「死ね」や「殺せ」という言葉が主にクローズアップされたために、そうした攻撃的な暴言のことをヘイトスピーチというのだと思ってしまった人も多いのではないかと想像する。実際の意味としては有田芳生参議院議員などが提唱する『差別扇動表現』の訳のほうがしっくりくる。
 ヘイト・スピーチやヘイト・クライムという言葉におけるhateとは、『マイノリティへの憎悪』を指す。つまり、少数民族、性的マイノリティ、障害者、ホームレスといった社会的弱者に向けられる憎悪のことであって、実質的には差別発言と同じ意味だと考えていい。」(p189)・・・「こうした用法のhateは古くは1920年代に見られるが、これが世界で一般に広く使われるようになったのは90年代以降のことだ。その直接のルーツは人種差別撤廃条約第4条の文言のなかにある。」(p190)「また、ヘイト・スピーチのspeechとは、単に演説や発話にとどまらず、たとえば絵や映像表現、特定の場所で特定のシンボルを掲げるなど表現行為全般を含んでいる」(p191)・・・だからmネット右翼やらがブログ等で「在日特権」宣伝をすること自体、十分なヘイト・スピーチであるわけだ。
 ドイツでは(私自信、ドイツの例を出して日本はどうのこうの言うのは好きではないが)刑法で民衆扇動罪(ドイツ刑法典130条)を定めており、ヘイト・スピーチは明白な犯罪とされている。「ドイツの民衆扇動罪は、言論の自由という観点からはずいぶん思い切った措置に見える。単純に比較すれば、ドイツでは日本よりも言論の自由がより制限されているといってよい。しかしホロコーストの経験は、その制限を正当なものとするに十分だとみなされている。それは、戦後ドイツの法律が、戦闘的民主主義の概念を導入しているからだ『自由の敵に自由なし』をスローガンとする戦闘的民主主義においては、民衆扇動罪の保護法益は『主たるものとして公共の平穏、従たるものとして人間の尊厳』である。これは、差別扇動の直接の被害者をマイノリティではなく、公共=社会全般とする考え方だ」(p195)まあ、我々左翼も「差別は言論ではない!」ときっぱり言っているが…「マイノリティねの憎悪を煽る表現が侵すのは、まず社会の多様性そのものであり、ひいては自由である。民主主義社会は多様性と個人の尊厳を保証することで成り立っているから、ヘイト・スピーチは民主主義社会そのものを蝕むものだといえる。」(p196)
「もちろん、ヘイト・スピーチはそれが直接的に向けられた被差別当事者の尊厳を侵すという意味でも、許しがたいものである。とくに差別用語を含んだん暴力的言動、ほとんど肉体的暴力に近い衝撃を与えることもあるという。(中略)こうした反応は、沈黙効果と呼ばれている。」(p197)「これは、差別する側とされる側が、常に非対称の関係になっていることが原因だ。(中略)この非対称性こそが、差別発言=ヘイト・スピーチを言論の自由から除外すべき第一の理由である。マイノリティの出自や性的指向、あるいは障害などを、それらの属性をもたない者に攻撃されて、有効な対抗言論を繰り出すことは原理的に不可能だ。彼らを諌めたり諭したりすることはできるだろうが、それは本来被害者が担うべき役割ではないであろう。」(p198~199)・・・ここで筆者は述べていないが、ヘイトスピーチに対する「カウンター行動」の大切さを示しているのだと私は思う。また、差別する側とされる側の非対称性は、はずせない問題である。「国連の人種差別撤廃委員会が日本政府への勧告として京都の朝鮮学校襲撃事件を取り上げた際には、桜井は何とアパルトヘイトを持ち出し『アパルトヘイト政策は外国から来た白人がもともと住んでいた黒人を差別し、黒人たちが立ち入ることのできない区域を作りました。今、在日朝鮮人が享受している特権は、現在も続くアパルトヘイトそのもの』などという反論を国連に送って失笑を買った。これも、マイノリティとマジョリティの非対称的構造を無視したことに起因する倒錯である(ちなみにかつての南アフリカにおける白人は、数的には少ないものの、政治的・経済的に黒人よりもはるかに優位に立っていたので、マイノリティではなくマジョリティである。)」(p200)

 1965年に採択され、1969年に発効した人種差別撤廃条約に、日本は1995年にようやく加入した。人種差別撤廃条約は締結国における人種差別や民族差別を撤廃するために、すみやかに国内法を整備するよう求めているが、日本は何の対策もとっていない。「在特会とその周辺団体のデモや街宣活動は、明らかに人種差別撤廃条約が禁じるものと合致している。ところがその正当化には『表現の自由』が使われている。ヘイト・スピーチやヘイト・クライムを禁じる具体的な法律が日本にはないのだから、現状ではいかんともしがたいのだ。」(p201)
「政府は2013年にいたってもなお、『正当な言論、表現の自由を委縮させる危険まで冒して対応しなければならないほどの状況だとは考えていない』と、国会で答弁している。ならば我々にできることは何か。ヘイト・クライム法の議論をすると同時に、ヘイト・スピーチに対して常に対抗言論をぶつけていかねばならないだろう。本当に面倒で暗鬱たる気分になるが、それが自由と民主主義のコストである以上、この社会全体で負担していかねばならないのだ。
『在日特権』という概念は、歴史的事実と経緯をいびつにねじ曲げて適当に組み合わせたデマであり、在日韓国・朝鮮人に対する明白なヘイト・スピーチである。このことを改めて強調して、筆をおく。」(p202)

あーあ、やっと終わった…まあ、200ページ1600円+税の本だから、差別社会を無くそうとする人はぜひ購入するなりして、「在特会」等差別者を社会から一掃するための理論武装としてほしい。

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「在日特権」?そんなモンあるかボケ!(その4)

ハイ、今度は④通名と生活補償受給率等について・・・まず「通名制度」
「・犯罪を犯しても新聞等で本名が報道されない。
・通名を何度も切り替えて銀行で架空口座をつくり、悪用できる。
 特別永住資格の件でも『重罪を犯しても国外退去にならない』ということが、特権のもっとも重要な理由として言及されていたが、彼らの言う『特権』とは、まるで『犯罪を犯しやすい』こととイコールなのではないかという感じがする。とくに通名に関して彼らが言っていることは、『我々も通名を使えば犯罪がしやすくなるのに』という意味でしかない」(p118
 「犯罪をおかしても新聞等で本名が報道されない」ことについて、その前に犯罪報道に「本名」を出す必要があるのか?(犯罪者が刑法で定められた刑罰の他に、「社会的制裁」「人権の抑制」を受ける必要はない)とう問題もあるのだが、一応日本では「知る権利」を主張してマスメディアは「実名報道」を続けている。ところが「通名は特権である」という主張は、これと矛盾する。
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「もし本人がふだん通名で生活していた場合、新聞に通名が載るのと民族名が載るのとでは、社会的ダメージという意味でどちらが大きいか。もちろん前者である。誰も知らない民族名が新聞に出たところで、彼らの期待する社会的制裁にはならない。ではなぜ民族名での報道にこだわるのか。いうまでもなく『日本人ではなく在日が犯罪を犯した』という、外国人犯罪としての報道を期待しているからである。」(p119)・・・これは明らかに「民族差別」のひとつではなかろうか?
 実際、新聞報道やテレビニュースが「在日」の容疑者、犯人を通名で報じるか民族名で報じるかは、そもそも社によってバラバラである。多くの新聞では通名と民族名の両方あるいは民族名のみを報道している。この時点で「本名が報道されないのは在日特権である」という主張への反論は終わりとなる。「こうした発想がなぜ出てくるかといえば『在日は犯罪者が多い』という漠然とした偏見を、報道によって裏付けたいという欲望からだろう。」(p120

 「通名」を使って複数の口座を持ち、脱税やマネーロンダリングに使える…というのも「いかに犯罪をしやすいか」を論じているにすぎない。「そもそも仮名口座については、架空口座の開設を禁じる本人確認法(金融機関等による顧客等の本人確認等に関する法律=現在は犯罪収益移転防止法に包摂され廃止)が施行されたのは2003年のことであり、それ以前は仮名口座の開設は違法ではなかった。80年代までは、特に身分証明書を用意することもなく、通称やグループ名やペットの名前など好きな名義で誰もが銀行口座を開設することができた。
 そもそも論でいうならば現在、架空口座による脱税やマネーロンダリングは通名を持たない日本人でも行うことであり、それはどこまでいっても単なる不正行為・犯罪でしかない。」(p123P124

 ではなぜ「通名制度」があrのだろうか?桜井氏、在特会の認識では、通名とは「日本人へのなりすまし」だそうな…もちろん、過去に総連や民団のような民族団体で「民族の誇りをとりもどすべく、本名を名乗ろう」という運動があったし、桜井氏らもそのことは認識している。しかし簡単にいうならば、日帝時代の「創氏改名」との関係ではじまったものであると同時に、「在日」であると世間に知られると差別をうける…それから身を守るためにあるという見解が一般的である。
 しかし事はそんなに単純ではない…1958年に「外国人登録」第19号に掲載された入国管理局の役人の見解では、こんなことが書かれている。
「仮に、今直ちにこれを廃止しようとした場合、元日本人だった当時、不動産登記等を日本式氏名をもってしている者も少なくなかろうし、日本式の氏名で在学中の者又は就職中の者もあり、日本式氏名で事業を営み、その氏名で官公庁の許認可を受けている者もあろうし、さらに、その氏名が納税名義となっている者もあるわけだから、『通称名』を過早に廃止すれば、むしろ混乱を生ずる」(p126
 この「見解」は、いくつもの通名があると管理に弊害があるため、外登法でいかに通名を規制するかという問題点が指摘されている。しかしこの「論理展開は『在日は複数の通名を自由自在に利用できる特権を有する』という、後年現れるデマに一定の論理的正当性を与えてしまう。」(p127)と筆者は言う。
 
 「通名制度」は「在日特権」ではなく、日帝の創氏改名と差別社会のありようを移している者だのだが、「戦後生まれの若い在日三世、四世には、一貫して通名で生活してきたために、民族名よりも通名のほうを本名と感じ、愛着を持つ人も多い。どちらも親がつけてくれた名前であり、家族や友人が自分を認識する際の呼び名なのだから、当たり前のことである。また逆に、民族名を名乗っていたが、さまざまな事由により通名に変更するパターンもある。」(p131)、本書では、民族名を名乗っていたが、家業を継ぐために元の通名に戻った例が挙げられている。
 一方で「民族名」を名乗ったために差別発言を受けた、2006年の「積水ハウス在日社員(民族差別発言)裁判」なんかも起こっている。また筆者は「ネット上で頻繁に繰り返される『在日認定』も、在日が本名を名乗って生活することをためらわせるに十分なヘイト・スピーチだ。(中略)つまり、本名を名乗れば北朝鮮と関係があるのかと罵倒され、通名で生活すれば『日本人のフリをしている」と難詰される。在特会やネット右翼の通名の扱いはこうしたものであり、純然たるナンクセの類だと断言してよい。」(p134

次は、生活保護受給問題だ…
 生活保護法(旧生活保護法)が施行されたのは1946年10月1日。戦後の混乱で困窮者が激増する中で、それまで救護法、軍事扶助法、母子保護法、医療保護法等々バラバラになっていた貧困対策給付を一本化したもので、GHQが1945年12月に出した「SCAPIN404 救済ならびに福祉計画に関する件」という覚書を受けてのもので、そこには国による無差別平等の最低生活の維持が打ち出されていた。つまり国籍条項はなく、日本人も外国人も平等ぬ受けることができたのである。
 1950年の「改正」(新生活保護法)によって、対象が「国民」とされたが、この時点ではまだ「在日」は日本国籍を有していた。その2年後、平和条約によって国籍を喪失すると、1954年に厚生省から各都道府県知事あてに「当分の間、生活に困窮する外国人に対しては一般国民に対する生活保護の決定実施の取扱いに準じ」る通達を出した。このため「在日」はもちろん、他の国籍の外国人も同様に生活保護を受給できるようになった。1990年に、この対象が「永住的外国人」に限定されるように「改正」された。
  「在特会は『在日の生活保護受給率は日本人の5倍』という数字を繰り返し宣伝してきた。これは『マンガ嫌韓流』で示されていた『日本人は100人に1人、在日は20人に1人』という数字と一致する。ネットでは2001年ごろから『在日の生活保護受給率は22%』という風評が立っていたが、これが間違いであることは他でもない『ザ・在日特権』のなかで宮島理によって検証されている。
 宮島は計算によって在日韓国・朝鮮人の受給率を4.4%と見積もった上で『完全失業率や無年金者などを考慮に入れれば、この数字は妥当であるように思える。』『全体的に見ると特権というより貧困問題といえそうだ』と結論づけている。
 そもそも生活保護受給者の中で外国人が占める割合は3%であり、残りの97%が日本人によるものだ。その外国人受給者の中で在日韓国・朝鮮人の占める割合が仮に在特会のいうように7割だとしても、全体ではわずか2%である。これでは『国民の保護がおなざりにされている』などとは、とてもいえない状況だ。」(p138~p139)
 「また、在特会は在日の生活保護受給率は日本人の5倍だとするが、こうした比較にはたして意味があるのだろうか。
 たとえば2011年の生活保護受給率を都道府県別に見てみると、被保護人員の割合は大阪が3.27%、北海道が2.94%、高知が2.65%で上位3位を占める。下位は富山が0.31%、福井が0.42%、長野が0.50%。日本全体では1.56%だ。
 このとき、北海道は富山の10倍の生活保護受給率だ、といって北海道民をせめることに意味はないはずだ。これらは単に地域の経済的状況をあらわす指標の一つにすぎない。同じく国籍別であれば、それぞれの民族集団がどういった経済的状況におかれていrかを示すものにすぎないのである。それがなぜか『在日』だと意味のある数字のように思ってしまうところに、こうした比較が民族的的憎悪の表出である理由がある。」(p139~140)
 実際、外国人生活保護受給者の世帯別累計を見てみると、「韓国又は北朝鮮」のカテゴリーでは、高齢者が突出して多いことが分かる・・・差別でまともな職に就けず貯えもなく、また無年金者や障害者も多い、そもそも高齢では働けない・・・これで「生活保護受給率」が低いほうがおかしい。
 最後に筆者は「こうした在日への生活保護バッシングは、もちろん昨今の一般的な生活保護バッシングへの布石ともいえるものである・経済状況の悪化にともなって社会的弱者が攻撃的対象となり、ありとあらゆる『論』を装ったヘイト・スピーチの的となるのはよく見られる現象だが、これもネット上のヘイトの変動に連動して「部落→在日→日本人被保護者」の順番で推移したことも指摘しておきたい。」(p141~142)

ふう、ほとんど引用になってしまったでゲソ・・・でもみんなはこの本を、ちゃんと買って読もうね(^^)

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「在日特権」?そんなモンあるかボケ!(その3)

さて、次は年金問題である。もうこれから簡単に行くね(^^)

「この「年金問題」に関する主張は『反日韓国人撃退マニュアル』では次のようにまとめられている。
・在日の社会補償(ママ)は祖国である韓国が責任を負うべき
・福祉給付金は日本人にはない「在日特権」
・そもそも国民年金は日本国民のための制度
・福祉給付金は日本国民に対する差別制度
 これらはすべて間違いである。
 まず大雑把に言っておくと、現在の国民年金は「日本国民のための制度」ではない。ここで問題になっているのは、戦後ながらく在日韓国・朝鮮人をはじめとした外国人が国籍条項により年金制度から排除されていたことが80年代の難民条約加入によって是正された結果だ。掛け金を払わずに最低額の年金を受け取ることができた人がいたのは制度変更にともなう経過措置で、過去に日本人も同様の措置を受けている。むしろ在日韓国・朝鮮人の場合はその過程措置が不十分だったために一部の高齢者や障害者が無年金状態におかれたのだ。したがって、その救済措置である福祉給付金が日本人に支給されないのは在日特権でも日本人への差別でもなんでもない。」(p99~100)

難民条約は24条で「合法的にその領域内に滞在する難民に対し、次の事項に関し、自国民に与える待遇と同一の待遇を与える」ことを定めている。また1979年に批准した国際人権規約でも、A規約の9条に「この規約の締結国は、社会保険その他の社会保障についてすべての者の権利を認める」ことが定められており、社会保障も内外人平等とすることが求められていたのだ。その結果、1982年から国民年金から国籍条項が撤廃され、外国人も加入できるようになった。
もちろん、それ以前から厚生年金や共済年金には外国人も加入することができたのだが、実際には民族差別により「在日」で一般企業に就職できる者は少なく、圧倒的多数の「在日」が無年金で放置されていたわけだ。
 ただ、国籍条項が撤廃されたからと言っても、当時35歳を超えていた人は加入しても60歳までの最低25年間の納付条件を満たすことができない。そこで「外国籍を排除していた20年9か月を加入期間に換算し、最大65歳まで可能な任意加入を利用して、25年間の加入期間を満たせば受給できる。」(p103)とした。この20年9か月を合算対象期間という。
これは俗に「カラ期間」と呼ばれ、国民年金、被用者年金、共済年金の3つを一本化する制度改革のため、「在日」に限らずさまざまな条件の日本人にも個別に採用されている。
 それでも82年当時に56歳を超えていた「在日」は、カラ期間を足しても保険料納付25年を満たさず、年金(老齢基礎年金)を受け取ることができない。これがいわゆる「無年金者問題」である。桜井氏が在特会を結成したきっかけとなる「在日年金訴訟」とは、こうした人たちが2004年に京都で起こしたもので、2007年9月に福岡でも起こされているが、結果はいずれも最高裁で「敗訴」が確定している。また、82年の経過措置がとられたのは「カラ機関」のみであり、当時20歳を超えていた障害者にはなんの救済措置もとられなかった。そのため障害者年金が受け取れない「在日」の障害者がいる。この障害者無年金状態の解消のための訴訟は2000年に提起され2007年に最高裁で敗訴している。
 すなわち桜井氏がいうような「1円も掛け金を払っていない在日」が年金をもらっているという状況は無い。逆に老齢年金等の経過措置は、小笠原や沖縄の日本返還時にも行われ、それらの地域に住む人々は年金制度発足時から日本国内に在住していた人とほぼ同じ条件で年金を受け取ることができる。さらに中国残留孤児と拉致被害者については、支援立法でカラ期間と追納を認め、少なくとも国が負担する国費分(年金受給額全体の3分の1)を受給できる。
 すなわち、これまでの日本で「1円も掛け金を払っていない」のに年金を受け取ることができたのは、「在日」ではなく主に日本人なのだ。制度の不備を補うための無拠出制年金なので、当然である。
「ではそのちがいは何だったのか。国籍だけである。にもかかわらず『1円も掛け金を払っていない在日』と嘘を強調し、それを『在日特権』と定義することで、あたかも在日韓国・朝鮮人だけがそのような措置を実際に受けているかのような印象を与えるのが桜井の論法であり、この言説が民族的マイノリティをターゲットにしたヘイト・スピーチたる理由なのだ。日本人の多くが経過措置として無拠出制年金の給付を受けている以上、問題は「外国籍の住民にも同じくそれを給付すべきかどうか」の一点に絞られるはずだ。」(p106~107)

 「在日無年金訴訟」が敗訴に終わった判決をもって、在特会が地方自治体の福祉給付金を廃止させる方向に動いたことも問題である。福祉給付金というのは地方自治体の独自給付金のことで、民団の調査によれば、2006年時点で高齢者特別給付金を出しているところは619か所、障碍者特別給付金を出しているところが534か所あるという(p109)この福祉給付金は多くの自治体では「国民年金法等の改正により救済されるまでの暫定福祉措置」としている。「桜井は各自治体に対して『司法の最終判断が下った以上、ただちに同制度を撤廃するように求め」ると言うが、司法の最終判断は「日本政府がこれ以上の経過措置を取らなくても違法とはいえない」であり、『年金を支給するのは違法』『福祉給付金を出すのは違法』ではないのである。当然ながら、法律も条令も最高裁のこの判断に縛られることはないので『国民年金の改正により救済されるまでの暫定福祉措置』が継続することは、なんら法的に問題がない。つまりこの桜井の見解もまた、言いがかりにすぎないのである。」(p112)
 「彼は再三『国民年金は国民のためのもの』『外国人に国民年金を開放するということ自体が恩恵』と強調するが、憲法が『国民の義務』と定めている納税については外国人を除外せずに『国民』に含めている以上、国民を『日本国籍保有者』に一義的に解釈することはできない。難民条約その他によって年金から国籍要件が外れたことも、これを補強する事実となる。また、在日外国人無年金訴訟も国際人権規約の尊守を争点としている。つまり、桜井の考え方は現在のスタンダードな人権思想からはまったく逆行するものなのだ。もちろん、彼がよりどころとする最高裁判決も同様である。さらに前章との関連でいえば、この無年金問題となる外国人はほぼすべてが特別永住者であり、すなわち元日本人とその子孫という特性から、一般の外国人とは分けて考えなければいけない人たちである。」(p113~114)
「日本政府は1995年に人種差別条約に加入しながら、国内立法措置を何も行わず。これまで2度にわたって国連から勧告を受けている。在日の年金問題に関しても、自由権規約や難民条約といった外圧によってしぶしぶ一部を解決したにすぎない。しかし、この総合所見パラグラフ30でも、国籍要件によって国民年金から排除されていたことが差別であり問題だとはっきり指摘されているのだ。
 「在特会の言う『福祉給付金は在日特権』は国民のみが年金を受給できることをデフォルト状態と設定し、在外外国人への給付はそれに対する上乗せ=恩恵だという発想にもとづいている。しかし、各種条約では社会補償の内外平等状態がデフォルト状態であり、それが実現されていない状態をマイナス状態だと考える。人種差別撤廃条約等の国際規約に照らすなら、もちろんこれがスタンダードだ。
 在特会のいう『特権』とは、すべてにおいてこのモデルを理解できないところから導かれる倒錯なのである。」(p115)

あーあ、簡単に行くよといって、これまた長々と引用とかしてしまった…在特、ネトウヨの思い付きの「暴言」を批判するのは、ホント、簡単なことではないのである。

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「在日特権」?そんなモンあるかボケ(その2)

 では、第3章の「在日特権」を批判する① 特別永住資格 にいこう。これは先日行われた大阪市長、橋下徹氏と、「在特会」会長、桜井誠氏との「バトル対談」でも最も話題にされた「在日特権」だ。橋下氏も「見直すべき」とか言っていた・・・しかしこれを「特権」というのは、あまりにも歴史や人権を無視した暴論である。

 まあ、私の書いた文書よりもこちらのサイト特別永住資格は「在日特権」か? で、全てが書かれている。
 ご存じの通り、在日韓国・朝鮮人は日帝が朝鮮半島を植民地にしていた時代に、日本に渡ってきた人およびその子孫である。当然、植民地時代は民族差別はあったものの、日本国籍を持っていた。当然、終戦後も日本に住んでいた「在日」は、日本国籍であったのである。
S20141022_2 「在日」が最終的に日本国籍を喪失するのは、サンフランシスコ平和条約以降である。ここでこれまで日本国籍を有していた旧植民地から来た人々は「外国人」とされた。だが、実質上の「外国人扱い」はすでに行われており、1947年にGHQの発したポツダム勅令207号、いわゆる外国人登録令によって、「在日」は日本国籍を持つにもかかわらず、外国人登録され、国籍・地域欄に「朝鮮」と書かれるようになる。(この時はまだ大韓民国も朝鮮民主主義人民共和国も成立していない…だから「朝鮮」は地域名である。加えていえば、この勅令、日本国憲法施行直前に出されたシロモノで「大日本帝国の最後っ屁」と呼ぶ左翼もいる)

 それはともかく、1952年のサンフランシスコ平和条約発効に伴い、4月19日に法務府民事局長通達「平和条約の発効に伴う朝鮮人、台湾人等に関する国籍及び戸籍事務の処理」を根拠として、「在日」は全員、日本国籍を喪失し、法的地位は外国人とされた。(正確には婚姻等で内地の戸籍に入っていた人は引き続き日本国籍を保有するものとされ、内地の戸籍から除籍されていた人は条約発効とともに日本国籍を喪失するとされた。だから日本人女性が朝鮮人男性と結婚し、戸籍が海を渡ってしまった場合、その女性は「外国人」としてみなされることになる)そして条約発効後に「日本国籍」を取得する場合は、「一般の外国人と同様、もっぱら国籍法の規定による帰化の手続によることを要する」と定められる。「この通達によって、税日韓国・朝鮮人は前年11月に施行された出入国管理令の対象となった。ところが出入国管理令が対象と想定していたのはパスポートをもちビザによって出入国するいわゆる外国人だったため、それらをもたず日本国籍を喪失した在日韓国・朝鮮人―つまり、もと「外国」から「入国」したわけではない人々については、その法的地位や在留資格を別に定める必要があった。」(p82)それが通称、法律126号である。これは「終戦以前から現在(1952年4月28日)まで日本にとどまる在日韓国・朝鮮人および台湾人は、在留資格なしで日本にいつづけることができる。ということだ」(p83)この法律126号は「別に法律が定められるまで」の特別立法のようなもので、半年ぐらいのスパンで「別の法律」を作って「在日」に永住権立法を行うつもりであったらしい。しかしその「法律」は棚上げ状態のままになっていたため、この法律の施行日以降に生まれた子どもについては、3年間を限度とする「特定在留」資格しか与えられなかった。また、法126号には該当者の孫についての定めがなかったため、出入国管理令に基づき「特別在留」資格が与えられた。
 1965年、日韓基本条約により日韓の国交が正常化すると、在日韓国人の法的地位が定められ、韓国籍の人には永住資格が認められた。これは日韓法的地位協定(日本国に居住する大韓民国国民の法的地位及び待遇に関する日本国と大韓民国との間の協定)で。これに基づく永住資格を「協定永住」という。ただしこれは「韓国籍」をもつ「在日」に限られ、何らかの理由(思想信条その他、韓国が「軍事独裁政権」であったためにこれを嫌った人もいたわけだ)で「朝鮮」籍のままの人は、引き続き法126号その他による在留資格である。
 1981年、日本は難民条約に加入し、出入国管理令は出入国管理及び難民認定法と改められて、82年から施行される。その附則第7項により、法126号とその子は申請すれば一般永住資格を得ることができるようになった。「協定永住」との違いは、退去強制事由が緩和されず、一般外国人と同じ扱いだったことである。この時点で「在日」の法的地位は大きく分けて法126号、協定永住、特例永住の3種類、その子や孫まで含めれば法的地位の種類はさらに増えた。1952年の法126号で「別に法律で定めるところによりその者の在留資格及び在留期間が決定される」法が定められることなく、日韓地位協定および対応する国内法、出入国管理法とバラバラで、しかも孫以降の世代がどうなるかは全く決まっていなかったのである。

 
 ようやく1991年、これらの問題を解決すべく「日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等への出入国管理に関する特例法」、いわゆる入管特例法である。この法律により、法126とその子孫は全て在留資格を得ることになった。1952年に想定された「別に法律で定める」が、ようやく39年の時間を経て実現したにすぎない。
 「在特会」が主張する、
 「平和条約国籍離脱者等入管理特例法」によって認められた資格である。もちろん、他の外国人にはこのような資格は与えられておらず、在日韓国人・朝鮮人を対象に与えられた特権といえる。紛れもない外国人でありながら、日本人とほぼ変わらぬ生活が保障されている。」(p74)を、唐突に言われて「特権だぁ~」と言われる筋合いはない。日本国はとりあえず、旧植民地から来た元「日本人」を「日本国籍」を剥奪しながらも、通常の外国人と「区別」して扱ってきたのである。もちろん、この「特権」は「他の外国人よりはマシ」というヤツで、「日本国籍をもつ人」と比べた特権では、もちろん違う。
 ちなみにイギリス、フランスなど他の植民地を持っていた「帝国主義国家」は、植民地が独立するにあたり、自国に定住する植民地出身者には、他の外国人と異なる扱いをしてきた。「旧イギリス植民地の人々(コモンウェルス市民)には1948年の国籍法によって、完全な外国人とは異なる有利な扱いを受けることになった。これによって、旧植民地の市民は自由に英国本土に入国し、居住し、労働することができた。アルジェリアがフランスから独立した際には、アルジェリア市民には国籍を選択する権利が与えられた。これらの国は生地主義をとっているため、二世以降の国籍は自動的にイギリスやフランスとなった。」(p75~76)

 筆者の評価では、日本政府は旧植民地出身者に対し、日本国籍を剥奪しながらも、なんとか日本人と同等に近い定住・永住の仕組みを考えてきた、それは植民地時代「日本人」であったからであって、それのどこが「特権」なのだ!「『ほかの外国人に比べて優位なのは特権だ』という在特会の主張は、こうした歴史的経緯や立法意図をすべて無視した暴論だと言わざるをえない。」(p88)

 ところで、我々革命的左翼は少し違う観点からものを見る・・・80年代、外国人登録証に貼り付ける指紋の押捺を拒否する「指紋押捺拒否闘争」が在日韓国・朝鮮人の間で広まり、革命的左翼はそれを支援してきた。外国人登録証に指紋押捺の義務がなぜあるかはともかく、日本政府そのものが「在日」を日本で普通に暮らしているにもかかわらず「潜在的犯罪者」「治安管理対象」として見てきた証拠である。なぜなら戦後革命期、「在日」達が自らの生存権と民族性を守り、また日本共産党などに所属して日本人といっしょに「戦後革命」の激しい闘いをくりひろげてきたからである。(これらの闘いから「革命性」を換骨奪胎して、「暴動」とかのみを憎しげに取り上げているのが、ネトウヨの言う「韓国・朝鮮人の犯罪性」というヤツである。また、「日本革命」に果敢に取り組んだ「在日」の闘いの歴史は、日本共産党の「公史」からは完全に抹殺されている)また、日本帝国主義にとって、「在日」の存在は「日本帝国主義の植民地政策」を常に「告発」する存在であり、許しがたいものであった。だから39年間も「法的地位」をあいまいなままにしたまま、「外国人は煮て食おうと焼いて食おうと自由」などと公言する法務官僚がいるくらいだったのだ。
 
 

 91年に入管特例法が出来てからも、外国人登録証の常時携帯義務は続いた。日本政府は過去1993年、1998年、2008年の3度にわたり国連自由権規約委員会から「外国人登録証明書を常時携帯していない永住外国人を刑罰の対象とし、刑事制裁を課している外国人登録法は規約26条に適合しないという意見を再度表明する。」(p89)と廃止韓国を受けていた。「在日」に外国人登録証明書ではなく、特別永住者証明書が発行されるようになったのは2012年の入管法改正からである。「指紋押捺制度」は、特定永住者については93年に廃止、99年には全ての在日外国人について廃止されているが、これはひとえに80年代からの「指紋押捺拒否闘争」の成果でもある。

 「在特会」がこの特別永住資格、入管特別法に反対する最大の理由は、国外への退去強制の条件が他の外国人に比べてゆるいことだ・・・桜井氏は言う・・・
 「在日の犯罪率は日本国民と比べて突出して高く、重犯罪や粗暴犯だけでも年間1000人近くの在日が検挙されている。また、ヤクザ構成員の三割が在日が占めているという証言もある。」)(p93)・・・ここにある数字自体いいかげんなもので、まず政府は特別永住者の犯罪件数は統計化していない(なぜ年間1000件と分かるのか?)し、「ヤクザの三割は在日」というのも眉唾で、「たとえば刑務所に入って来る受刑者で暴力団関係者のうち、韓国籍・朝鮮籍の占める割合はほぼ2%以下である(法務省・矯正統計「新受刑者中暴力団加入者の国籍)」(p59脚注)
 桜井氏はまた言う・・・「1970年以降、在日は唯一人として国外退去された事例がないのである。」(p94)
 入管特例法の国会審議の記録を見れば明らかで、「1978年から90年までの間に55人が協定永住資格を取り消され、在留特別許可に資格変更、30人に退去強制命令書が出た。そのうち19人が実際に送還されたと言う。」(p96)

 結論として筆者は「要するに、在特会による特別永住資格へのナンクセは、本来検討対象とすべきでない一般外国人との永住条件と比較することで、あたかもこれが『特権』であるかのように見せかける詐術のひとつである。元来日本国籍を有し、戦後永住権が検討され、それが長い間棚上げされたためにその地位をよりいっそう安定させる必要から立法されたという経緯を考えれば、ここで比較すべきは一般的な来日外国人ではなく日本国籍保有者である。そう考えれば、これが文字通り「特権」でもなんでもなく、むしろ権利の制限でしかないということが分かるはずだ。」(p96)

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「在日特権」?そんなモンあるかボケ(その1)

ハイ、とうとう読みました…「在特会」のヘイトスピーチに対し「しばき隊」を立ち上げた、野間易道氏の「『在日特権』の虚構」(㈱河出書房新社 2013年11月)です。「在特会」のヘイトスピーチや「在日特権」のデタラメさが、本になってまとまっております。
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 「在日は生活保護600万で優雅に暮らしている」「税金は納めない」「犯罪犯しても実名が出ない」「その他公共料金が半額(あるいは無料)」などなど、ちょっと考えたら「そんなんあるかい!」という都市伝説めいたものから、「特別永住資格」まで・・・いやぁ前にもコメント欄で書いたけど、そんなおいしい「特権」が在日韓国・朝鮮人にあるんだったら、なぜ毎年在日3世、4世が4~5千人も日本に帰化するのか?(数字は会社で受けた「人権教育」の資料による)わかりましぇ~ん!

  本書は7章立てて、第1章は「在日特権」とは何か と題して論じているのだが、これがけっこう「正体不明」のものだそうな。先ほど書いた荒唐無稽な「在日特権」は、ネットの興隆時「2ちゃんねる」などの完全匿名サイトでつぶやかれていたものが、「嫌韓流」の晋遊社や宝島社が「ムック本」を出して「広まったもの」らしい。またネット右翼を始め、当の「在特会」でさえも「何が在日特権」なのかはっきりさせていないようだ。(また「ムック本」も結論的に「在日特権」なるものが実は特権でも何でもないものであると結論づけていたり、「在日特権云々」というおどろおどろしい題名をつけていても、結局それを否定していたりと、かなりいい加減な…題名だけでセンセーショナルに売るものであった…位置づけであった)それがネットの世界で「いかにもそうだ」とコピペされて拡散されたものだそうな。ちなみに「在特会」が自分たちの活動趣旨として掲げる、なくしていくべき「在日特権」とは①特別永住資格②朝鮮学校補助金交付③生活保護優遇④通名制度 の4つがウエブサイトのトップページの右側に小さく掲載されており、「この他にも様々な在日特権がこの日本に存在し、この国が特定の外国人によって浸食され続けています」という言葉で締めくくられている(p17)そうな。
 第2章では「在特会」の成り立ち と題して、日本における90年代以降のネット、紙媒体右翼および「行動する保守」勢力の言論を追っている…紙媒体で影響が大きかったのはやはり小林よしのりの「新ゴーマニズム宣言」であろう。またネット右翼も「嫌韓」を叫びながらも、あくまでもそれは韓国本国にいる韓国人への嫌悪であり、決して「在日」が問題になっていたわけではなかった。
 「行動する保守」では1995年からある「維新政党・新風」(以下「新風」と呼ぶ)が「外国人犯罪の撲滅」とかいう、ヨーロッパ的なニューカマーへの排外言論であり、これも「在日」を問題視していたわけではなかった。「在特会」が結成された2006年12月以降、「新風」が「在日」へのヘイト演説を行いだす。また2008年「フリーチベット運動」が盛り上がった際に、「新風」や「主権回復を目指す会」、「在特会」などの行動する右翼が、フリーチベット運動に参加した「ネット右翼」をオルグしだした。そして「在特会」をメジャーにしたのは2009年4月11日の「犯罪外国人・犯罪助長メディアを許さない国民大会in藪市」で、14歳の在日フィリピン人に対するデモである。「日本政府」の行った特別在留措置に文句があるなら、法務省なりにデモをかければ良いのに、何の抵抗もできない子どもの生活圏に入り込み、ヘイトスピーチをやらかしたのだ・・・「こうやって見てみると、在特会は最初から「在日特権」に絞った活動をしていたわけではなく、創価学会への嫌がらせや在日フィィリン人への嫌がらせ、さらには排外主義と民族差別そのものを目的としていたことがわかる。そして、在特会は藪市でのデモ以降、急速に街頭での組織的なヘイト活動の比重を増していくのだった。」p68

この後、本書は第3章「在日特権」を検証する①特別永住資格 第4章「在日特権」を検証する②年金問題 第5章「在日特権」を検証する③通名と生活保護受給率 第6章 住民税減税は「在日特権」か? 第7章 ヘイトスピーチとしての「在日特権」 と続く。レビューも長くなりそうだ・・・
 

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伊方原発再稼働反対闘争

 昨日、原発さよなら四国ネットワーク が主催する第28回伊方集会に参加してきた。 
 朝、7時ごろからマイクロバスで高松市内、善通寺を回って参加者を広い集め、香川からは16人の参加・・・朝の弱い私はバスの中でほとんど寝ていた…Dsc02539_2

11時ごろ、伊方のオフサイトセンターに到着…ここは3年前に来て、中みていたから私はブラブラしていた。他の参加者は中に入ってヒマつぶし…トイレを済ませて、いざ会場へ。
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会場の伊方原発正門前に到着sign01
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伊方原発でゲソ~
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久しぶりに「あるみさんのぼり」闘いの現場に到着・・・
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やたら持ってきたプラカード等の小道具が多い。
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これまでで最大級の、移動式トラメガ
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それにしても、天気が良い・・・お弁当をもらって、ハイキング気分で食べる。
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ガードレールに括り付けられる、のぼり
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12時半ごろから、なんとなく集会が始まる…まずは音楽…
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こんな感じですね・・・あと各県からのあいさつ…香川16名、高知…参加ナシ…徳島2名、広島3名、大阪から2名・・・あとの残りは愛媛で、合計50名というところか…大阪の2名は全交 である。

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これも香川から持ってきた、竜神さま・・・伊方には竜神伝説があるそうです。
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伊方原発を止める会 からあいさつ。
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音楽→あいさつ→音楽→あいさつというふうに続けて、会場がダレないよう工夫されています。なお、愛媛は午前中、地元八幡浜にビラ入れを行ったとのこと。
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原発いらない仏教者の会の方・・・
その他、50㎞圏内有志の会の方などがあいさつをして、いよいよ伊方原発への申し入れ行動です。
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奥の薄い緑色の作業服と、黄色のヘルメットが四電の総務課のお方。

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ま、どんな会社でもそうだけれど、こうゆう所にビシッと回答できる人間はよこさないわな…申し入れ文書は四電社長あてなのだが、課長は「伝えます」というだけで、はっきりしたことは言わない(言えない)状態・・・「技術者を出せ」との声も。「リスクをひとつずつつぶす」ということを言うので、「そもそも原発を動かさなければ、リスクはゼロになるじゃないか!」とも・・・
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とぼとぼ帰ってゆく、四電の課長・・・お疲れ様でしたcoldsweats01
あと、テントとか片づけて、解散…その間に、愛媛の方から伊方原発についての「解説」があったのでちょっと聞いてみる…伊方は敷地が狭いので、福島のように汚染水を溜めるタンクが作れないこと・・・このことを指摘したら「伊方は地下水が少ないので、大丈夫」なんだそうな・・・ただ、原子炉そのものは少し深いところにあり、ボーリングデータを見るとその下に地下水層があること。すなわち「メルトダウン」が起これば、その地下水を通って海に直接燃料が出てくることもあり得るのだそうな。
で、説明者の人が「自然エネルギーを増やしましょう」とかなんとか言ったので、私は依怙地に「おっちゃんおっちゃん、自然エネルギーは変動が大きく、制御が難しいから、安定した電力を得るためにはその分、蓄電池などの資源を使わないとダメなんだ。だからいくら『技術開発』してもコストは安くならない。アレを見ろsign03」とケンカを売る・・・
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風力発電(佐多岬あたりで合計、5万キロワットの出力があるらしい)」が、今日も止まりっぱなし・・・説明者はあわてて「エネルギー消費を少なくするべき」というふうに話題を変えた。

とにかく来た道を帰る・・・帰ってきたら夜の8時・・・ああ疲れたでゲソvirgo

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スカイレール完乗闘争

 さて、広島駅から山陽本線のぼり6つ目の駅、瀬野駅からスカイレール という、懸垂式モノレールとロープウェイをがっちゃんこした鉄道が出ている。積水ハウスが瀬野駅の山側を開発した「みどり坂」と、瀬野駅を結ぶために作ったものだ。これに乗ることにした。
 瀬野駅では、改札に人がいない…自動改札に任せっきり…だれにも切符を見せることなく、橋上駅の北側のスカイレールのホームに向かう。
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駅舎は、こんな感じで瀬野駅と一体化している。
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自販機で切符を買い、改札口に行くと・・・あれあれ、切符を入れる口が無いcoldsweats01
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実は切符にコードがついていて、それをかざすだけで改札を通過できるのだ・・・こんなの初めてでゲソ~
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もちろん、安全のためにホームドアはばっちり
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後に次の車両が、待機している・・・車両はほとんどロープウェイと同じくらいの大きさ
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中は、こんな感じ・・・
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では、出発~
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普通のロープウェイと違うのは、路線をウネウネと曲がらせることが出来ること。
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みどり中街駅で、対向車と交換・・・このへんはロープウェイっぽい。
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高いところまで登るので、やはり眺めは良い。
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終点、みどり中央駅に到着
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こうゆうふうに、両端で回転して、車両を回しているようだ。
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みどり中央駅の様子・・・瀬野駅のそうだが、近くにコンビニすらない、純粋な住宅地だ。(瀬野駅では少し離れたところにスーパーがある)
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街の地図・・・
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キレイなニュータウンなんだけれど、同世代の人たちが一斉に入居してゆくため、何十年かたつと街全体が「高齢化:してゆくのではないのかと、少し心配。
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瀬野駅の「表側」・・・店とかは無い・・・ひぇ~スーパーまで5分くらい歩いて、昼食を買う。
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オマケ・・・糸崎駅で見た、「末期色」ではない湘南色の115系相生行き・・・これで岡山まで行くのだ。
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ではではvirgo

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アストラムライン完乗闘争

 広島と言えば、路面電車・・・単行から連結したヤツまで、路線数も豊富です・・・しかし広電は数年前に「完乗」しています・・・ということで、今回は広島の繁華街、紙屋町から郊外に延びる新交通システムアストラムライン 完乗闘争ということにしました。

 紙屋町の地下街の南端、本通がアストラムラインの起点です。地下駅であります。
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このように、完全ホームドアに覆われているため、車両の「駅撮り」ができず大変残念です(^^;;
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オレンジを主体とした車両です。
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中は、こんな感じ・・・1車両にドアが一つという小さな車両ですが、狭い感じはありません。
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3つ目の城北までが地下、そこからは高架になります。窓の下部がすりガラス状になっていますが、これはカーテン(遮光幕)がこの位置までしか下りてこない・・・よって遮光幕を下ろしても、下から外は見え、かつ日光をさえぎる工夫なのでしょう。
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太田川に沿って北上し、これを渡って・・・
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JR可部線との接続駅、大町です。
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先日の「広島土石流災害」でも指摘されたように、山に沿って市街地が開発されています。
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ここらへんは、完全山の中って感じですね。
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35分ぐらいで、終点の広域運動公園駅に到着です。
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ホームの様子・・・
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外に出てみます・・・コンビニとかは見当たりません・・・高架橋は、下り列車を引き上げて、上りホームに移動させる引き上げ線です。
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改札口の様子・・・
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さっき乗ってきた車両が、上りホームで待っています。
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これが路線図・・・山をさけてぐるっと回るような路線です。
では、戻りまして、県庁前駅で降り、路面電車の紙屋町東電停から、広島駅に向かいましょうvirgo
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なぜか広島にいる

半分お仕事、半分お遊びで広島にいる。 
某資格の延長のための研修(会社から金はいっせんもでず)と、まあ自分のお勉強のためだ。
路面電車がゴトゴト走る、広島の街・・・

広電は完乗しているので、別の完乗闘争を、楽しみに・・・

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【緊急】経産省テントへの右翼の襲撃・破壊を許すな!

昨夜遅く、経産省前の脱テント村が、「新社会運動」と称する右翼連中に襲われ、破壊された。マイミクさんが載せてくれた東京新聞の記事の写真をアップ(ネット記事には載っていない)
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襲撃した側が、最近の「行動する右翼」と同様、ツイキャスで自らの破壊活動の様子を中継しているので、それも見て欲しい(約30分)http://twitcasting.tv/peng1n_28/movie/108000244

一般市民を装って近づき、突然テントを破壊している様子が良く分かる。そしてやりたい放題しながら、「話し合いをしましょうよ」など、恍けたことをぬかしている。
もちろん、この後警察が来て、「首謀者」たちは拘束されたが、スグに釈放になったということだ。もし「左翼」の側がこうゆうことをすれば、数日以上の勾留はあたりまえなのだが、右翼と警察はズブズブなのだsign01

 このような暴力行為に屈せず、脱原発テント村を防衛しよう。川内原発の再稼働を阻止しよう。

オマケ
「新社会運動」のHP・・・http://www2.hp-ez.com/hp/shinshakaiundou/page1・・・リンクにはしっかり「在特会」がはいっています。昨日の行動はまだ写真等にアップされていません。
・・・ツイキャスでナレーションしている女性「廃炉」という漢字が読めなかった・・・BAKAvirgo

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【緊急】明日の三里塚全国闘争には、参加せず

三里塚を闘い、「あるみさんズ」の現地登場を心待ちにしている全国の皆様へ…

今回、大型で勢力の強い台風19号接近により、13日に四国に帰れなくなる恐れがあるため、急遽全国集会への参加を取り止めましたm(- -)m

なんせ四国は、風が強くなると、瀬戸大橋が通行止めになって、「巨大な孤島」になってしまいますからねぇ~virgo

それにしても前回の沖縄行きといい、今年は週末から週の初めにかけて、日本に迷惑をかけるためにsign02やって来る台風が非常に多い・・・

実に困ったものだ。

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資本主義は必ず終わる…資本主義の終焉と歴史の危機(その3)

さて筆者は「長い21世紀」の間に、資本主義に代わる新しい「脱成長」「定常状態」へとパラダイムチェンジをする必要を説く。「「定常状態」とはゼロ成長社会と同義です。そしてゼロ成長社会というのは、人類の歴史のうえでは、珍しい状態ではありません。図15のように、一人あたりのGDPがゼロ成長を脱したのは16世紀以降のことです。この後の人類史でゼロ成長が永続化する可能性は否定できません。

経済的にもう少し詳しくみていくと、ゼロ成長というのは、純投資がない、ということになります。(中略)減価償却の範囲内だけの投資しか起きません。家計でいうならば、自動車1台の状態から増やさずに、乗りつぶした時点で買い替えるということです。」p188

筆者は「定常状態」の維持を実現できるアドバンテージを持っているのが、世界でもっとも早くゼロ金利、ゼロ成長、ゼロインフレに到達した日本であると説く。その前に日本は、国が巨額な債務を抱えていては、ゼロ成長下では税負担が高まるだけであるから、まず基礎的財政収支(プライマリーバランス)を均衡させておく必要があると説く。そのため、国債は債権ではなく、「日本株式会社」の会員権への出資だと考え「その国債がゼロ金利であるということは、配当がないということです。配当はないけれども、日本の中で豊かなサービスを享受できる。その出資金が1000兆円なんだと発想を転換したほうがいい」p193ゼロ金利だから、当然外国人投資家はそんなものは買わない…財政均衡を実現する上で、増税はやむを得ない。消費税は最終的には20%になるだろう。「しかし、問題は法人税や金融資産税を増税して、持てる者により負担してもらうべきなのに、逆進性の強い消費税の増税ばかり議論されているところです。」p193
 エネルギー問題も解決されなければならない…安価なエネルギーをどうやって調達するか、難しい問題である(原子力はダメだとはっきり分かった…太陽光発電や風力発電のような再生可能エネルギーも、結局は石油を迂回的に使って発電しているだけでしかない…地下にボーリングを掘って地熱を使うか、食糧生産に影響しない範囲でバイオマスを使うかぐらいしか道は無いと思う…ただそうすると、「豊かな生活レベル」は下げなければならないと私は思うが、何、1980年代のエネルギー消費量でも、誰も生活に困ってはいなかったではないかと考えれば何とかなるだろう…定常に行く前に、生産・生活レベルの「好ましい低下」方法を考えなければならないかも知れない)
 
 だが、現在の日本の政治は、「定常状態への大きなアドバンテージがあるにもかかわらず、成長主義にとらわれた政策を続けてしまっ」p197っている。ぶっちゃけた話、「存在は意識を規定する」よう、資本主義の「成長路線」(日本は成長しなかったが)の中にどっぷり浸かっていると、このようなソフト・ランディング定常路線への移行も難しいかも知れない。
 
 20141005


マルクスやレーニンがかつて説き、実践したように、民衆の闘争で資本主義を終わらせ、「労働者生産組合」による生産と「労働証書制」という分配、コミューンという究極の直接民主主義社会を実現させることが、筆者の言う「定常状態」への道なかろうか?


 この「資本主義の終焉と歴史の危機」の中身を大分はしょって紹介し、自分なりに意見を述べたが、本自体は非常に読みやすく、資本主義の歴史的な部分もすぅ~と読める(ただし世界史、西欧史に詳しい人からの突っ込みはあるかも知れない。)また、「長い16世紀」に起こった、「出版資本」…ラテン語から各国語への出版資本の進出から、プロテスタンティズム⇒資本主義の精神への発展は、「知識」や「情報」が誰にでもオープンにされていることが近代の基礎にあるということを示している。しかし、「スノーデン事件」によって、情報をまた「資本」が独占しようとしていることも、「資本主義の危機」を示すものとして取り上げられていることは興味深いものがある。

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資本主義は必ず終わる…資本主義の終焉と歴史の危機(その2)

 

資本主義が「終わる」のなら、どうすれば良いか…その前に資本主義からくる危機をハード・ランディングからソフト・ランディングの道を探らなければならないと筆者は説く。ハードランディングのもっとも分かりやすい一例が、中国バブルの崩壊だ。中国の粗鋼生産量は2013年は7.8億トンだったのだが、粗鋼生産能力は10億トンもあり、22%ほど生産能力が過剰だ。「世界の工場」と言われていても、輸出先の欧米の消費は縮小してる。対アジアの輸出も陰りを見せるだろう。中間層による消費がか細い中国では、内需主導に転換することも難しい。過剰な設備投資の回収は難しく、やがてバブルが崩壊する。この時、海外資本、国内資本いずれも海外に逃避し、中国はアメリカ国債を売りに走る…中国の外貨準備高は世界一であるから、これによってドルは紙切れとなるかも知れない。
 
 中国バブルの崩壊によって、新興国も現在の先進国同様、低成長、低金利の経済に変化し、世界全体でデフレが深刻化、永続化してゆく。国家債務は膨れ上がり、日本を筆頭として財政破綻に追い込まれてくる国も出てくるだろう。「これまでの歴史では、国家債務が危機に瀕すると、国家は戦争とインフレで帳消にしようとしました。つまり力づくで「周辺」をつくろうとしてきたわけです。20141005_2
 しかし現代の戦争は、核兵器の使用まで想定されますから、国家間の大規模戦争というカードを切ることはおそらくできないと思います。けれども、国内では、行き場を失った労働者の抵抗が高まり、内乱の様相を呈するかも知れない。資本家対労働者の暴力的な闘争、そして資本主義の終焉というマルクスの予言にも似た状況が生まれるのではないでしょうか。」p184185
(このあたりは、異相は違うが革共同中央派の「現代戦争テーゼ」に近いものがある。ただし人間の理性なぞたかが知れているので核を使おうとも戦争になるかも知れない…また戦争は「過剰資本」を物理的にぶっこわしてくれる側面も持つ。だから「(帝国主義)戦争を内乱(資本家対労働者の暴力的な闘争)に転化せよ」というスローガンが生きる…なおマルクスは「予言」ではなしにその闘争で資本主義を終わらせ、「労働者生産組合」による生産と「労働証書制」という分配、コミューンという究極の直接民主主義社会を提示している)
 
 このような「ハードランディング」ではなく、資本主義の暴走にブレーキをかけながら「ソフト・ランディング」をする道はあるか?筆者はそのために「国家連合」が資本にブレーキをかけながらのりきっていく方法を提案している。世界政府、世界国家が想定しにくい以上、少なくともG20が連帯して、法人税引き下げ競争に歯止めをかけたり、トービン税(国際通貨取引に低率の税をかけ、投機目的の短期的な為替取引を抑制する)のような仕組みを導入したりして、国境を越えた分配機能を持たせる。G20で世界のGDP86.8%を閉めるので、G20で合意すれば巨大企業に対抗することも可能だと説く(私が思うに、当然G20の国家・財政運営者は、「新自由主義」政権ではなく、リベラル、社会民主主義的な政権でないとそんな合意はできない…結局、G20各国で「革命」が必要になってくる…新自由主義の本家、アメリカやその「属国経済思想」しか持っていない日本、および民主政治の土台が少ないロシアや中国では、相当な覚悟で「革命…ハードランディング」を行わなければならないだろう)

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資本主義は必ず終わる…資本主義の終焉と歴史の危機(その1)

「資本主義の終焉と歴史の危機」(水野和夫 集英社新書 2014年3月)を読んだ…マルクスは資本論の中で「利潤率は低下する」と述べている。この本の著者は利子率が低下し、低いままで推移していることをもって、「資本主義の終焉」を見ている。具体的に、日本の10年国債の利回りは1997年に2.0%を下回り、2014年の1月末時点では0.62%である。さらにアメリカやイギリス、ドイツの10年国債も金融危機後には2%を下回り、短期金利の世界では事実上のゼロ金利となっている。利子率が下がっているということは、「投資をしても利潤が得られない」という世界になっているということだ。
 マルクスの「利潤率低下の法則」は、資本構成が高度化し不変資本(工場設備・原材料など)が可変資本(労働者の賃金で、剰余価値の源泉となる)の割合より大きくなっていくので、利潤率が低下するとしているのだが、著者はブルジョワ学者なので(収奪し)投資するフロンティアが無くなった…無くなりつつある…ことが、利子率さらには利潤率の低下の原因だとしている。
 そして歴史を振り返ると、このような利子率が極端に低い時代が20141005_216世紀から17世紀にあり、これを筆者は「長い16世紀」と呼び、この過程で地中海世界(スペイン・イタリア)の没落と覇権のイギリス・オランダ等への移動を含む、中世から近代へのパラダイチェンジが起こり、資本主義社会が軌道にのった…今の「低金利時代」は20世紀の終わりから21世紀にかけての「長い21世紀」の始まりであり、資本主義をパラダイムチェンジして「脱成長」社会に移行していかなければならない…資本は「増殖」することに「存在意義」があるので、「脱成長」をやるということは「資本主義が終わる」ということなのだ。
 資本主義の行き詰まりのきっかけは、アメリカがベトナム戦争に負け、軍事力で市場を広げることに行き詰まったこと、オイルショックにより安い原油(原材料)の入手が困難になったところからだとしている。筆者はこれを「地理的・物的空間」が拡大しなくなって、「フロンティア」が無くなったと説く。その後、アメリカは金融立国を掲げ、IT技術を駆使して「電子・金融空間」を創造することで生き残りをかけたが、それもITバブルの崩壊やリーマンショックで行き詰まったのが現代である。
 「グローバリゼーション」は、資本の国際移動が本格的になった1995年頃からのことだが、これは「中心」と「周辺」を再編する課程に他ならない。 「BRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)が台頭する以前の20世紀末までは、「中心」=北の先進国(さらにその中心がワシントンとウオール街)、「周辺」=南の途上国という位置づけでした。しかし、21世紀に入ると、北の先進国の「地理的・物的空間」では満足できる利潤が獲得できなくなって、実物投資先を南の途上国に変え、成長軌道に乗せたのです。 資本主義は「周辺」の存在が不可欠なのですから、途上国が成長し、新興国に転じれば新たな「周辺」をつくる必要があります。それが、アメリカで言えば、サブプライム層であり、日本で言えば、非正規社員であり、EUで言えば、ギリシャやキプロスなのです。」(p41~42)  こうしてグローバリゼーションは、世界に1%の「富裕層」だけに富が集中し、残り99%には富はまわってこない世の中を作り出した…新興国の「成長」もまた同じように国内での貧富の格差を拡大させる。加えて実態のない「利潤」を求めて「投資(投機)」に走るから、必ずバブルが起こり、弾ける。このとき多くの労働者は「自己責任」でリストラされるが、資本家は国家から「税金」による救済を受け、また利潤蓄積に邁進できるダブルスタンダードがまかりとおることになる。
 また「こうした国境の内側で格差を広げることも厭わない「資本のための資本主義」は、民主主義も同時に破壊することになります。民主主義は価値観を同じくする中間層の存在があってはじめて機能するのであり、多くの人の所得が減少する中間層の没落は、民主主義の基盤を破壊することに他ならないからです。」p42  さらに「福島第一原子力発電所」事故で、「安価なエネルギー」(本当は安価でもなんでもなかったが)を求めた科学技術…これが生産性を高め、資本主義をより一層発展させた…にも信頼がおけなくなった。  例え新興国(例えば中国)に覇権が移ったとしても、システムが資本主義のまま「成長」を求めるなら、必ず破局が訪れる…せいぜいシステムを数十年単位で生き延びさせるだけだと筆者は考える…もう「成長」は求めることができないのだ。筆者は「アフリカのグローバリゼーション」が言われるようになると、資本主義は終わると説く…もうどこにも「投資」をして「利潤」を求める場所がなくなってしまうからだ。

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香港の「雨傘革命」を断固支持する!

 香港で行政庁長官をめぐる民主派のデモ・中心街占拠が闘われて1週間になる。私は「経済」がどうなろうと、この民主派のデモを断固として支持する。
 朝日新聞WEBより香港占拠1週間、騒乱でけが人140人越 先行き不透明

 香港政府トップを決める2017年の行政長官選をめぐり、中国側が示した「普通選挙」の仕組みに反発する民主派が、抗議のために香港中心部を占拠してから4日で1週間。3日夜には占拠に反発する市民が民主派と衝突する大きな騒乱が起き、4日朝も混乱が続いている。民主派はいったん合意した政府との対話を中断すると発表し、先行きが見えなくなっている。

 衝突は3日午後から、香港島にある繁華街の銅鑼湾(コーズウェイベイ)や、九竜地区の旧市街にある旺角(モンコック)で断続的に続いた。旺角では、夜になって興奮した一部の人が民主派グループにつかみかかったり、殴りかかったりして、多数のけが人が出た。警察は4日朝までに20人を逮捕。うち8人は暴力団関係者とみられている。占拠が始まってからのけが人は140人を超えた。

 学生団体は3日、梁振英行政長官の呼びかけに応じて、いったん政府との対話に応じる意向を示したものの、「警察が暴力団や親中派の暴力や襲撃を許した」と反発。同日夜に対話交渉を中断すると発表した。 

 
確かに「経済」や「働く場所が占拠されている」ことに対する香港市民の声もあり、デモ・占拠反対派が民主派を攻撃しているとのことである。しかしこれらの「反民主派」は中国政府に組織されたものでもあるという報道もある。

 昼、起きて四国新聞を見たら、世界でこの「雨傘デモ」を支持する動きが広まっているという・・・日本でも留学生が声を上げている。しかし、日本左翼な何をしているのか?また、普段中国政府の人権問題、少数民族抑圧問題を批判している勢力(ネトウヨも含む)は、何をしているのか…

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辺野古反基地闘争(普天間撤去)の展望

 今日の辺野古では、シュワブゲート前に50人が座り込んでいる 新基地建設のため、シュワブ内でアスベストが含まれている建物を取り壊すのだが、その監視行動だ。海では工程の都合か、台風が近づいているからか、ボーリング調査は行われていない。とにかく、今日も闘いが続いている。10月半ば(もうすぐ)には、名護市で1万人規模の集会が予定されている。

 ここから焦点となっていくのは、来月16日の沖縄知事選挙で、「基地建設反対知事」が「裏切り」仲井真現職を、圧倒的多数差で破ることである。だいたいの世論調査では、8割が「辺野古基地建設反対」となっているのだが、なかには選挙で反対派の知事が勝っても・・・とあきらめている人も多いだろう・・・そうゆう人をオルグして、世論調査並みの圧倒的「NO!」を安倍政権につきつけるとともに、「島ぐるみ」で辺野古基地建設…国策に反対するんだという「団結」を見せつけるのだ・・・これは一種の「蜂起戦」である・・・人々は武器の代りに投票用紙を渡されるのだ。まずこれで安倍政権の沖縄政策は「ゆらぐ」

 しかし、相手は国家権力であり、「基地建設反対知事」が「埋立免許取り消し」をやっても、そんなものは相手にせずドンドン調査・工事を進めてゆくだろう。「予算上」の兵糧攻めも十分考えられる(太田革新県政の時、政府はそれをやった)…だから益々、現地での実力闘争・・・カヌー乗ったり、シュワブ前でワーワーやったり、沖縄防衛局を包囲したり・・・という闘いは、続けられるだろう。

 では、本土民衆はどうするか…沖縄の民衆といっしょに、安倍政権打倒の闘いをより本格的に開始しなければならない・・・とはいえ、「沖縄の民意」が「辺野古反対」と明確に出た以上、まずはこれを尊重し、対米交渉をやり直せという「当面の運動」になる・・・そのため、ターゲットは基地建設の実務を行う政府・首相官邸と外務省、アメリカ大使館ということになる。「辺野古基地建設を止め、普天間は無条件に撤去せよ!そのために話し合え!」ということだ。
 今の本土の「辺野古の運動」の数では、圧倒的に少なすぎる(集会やって千名いかない)・・・だから本土の「活動家」は、様々なところで辺野古のこと、沖縄のことを持ち込もう・・・「原発も基地もいっしょ・・・イヤなものはみんな地方に押し付け、金目で地方をダメにする」・・・少なくとも、「再稼働反対」で毎週金曜日やっているぐらいに、日を決めて集まり、人を増やしていかないといけないだろうな。(最終的には数万の人間が官邸を取り囲むぐらいを目指したいが)

 沖縄のほうも、辺野古の「調査」はしばらくすると一段落する…その時は「普天間包囲」である。人がフェンスを押しのけて、基地の中に突入するぐらいの圧力を、米海兵隊に与えるのだ。彼らはやがて沖縄に居るのがイヤになって、どっかに「代替地」をさがして出てゆくだろう・・・選挙の後は、本土も沖縄も「占拠」である。

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