« 2015闘春でゲソ | トップページ | 日本はなぜ「基地」と「原発」を止められないのか(その4) »

日本はなぜ「基地」と「原発」を止められないのか(その3)

 さて、「原子力村」のことはおいておいて、いわゆる「安保村」がどうして出来たか…これは敗戦時からしばらくの、日本を取り巻く連合国の思惑や日本の支配階級の思惑などがいろいろ重なって出来上がったものなので、一言で言うのは難しい…しかし日本側の思惑としてはズバリ「天皇制(国体)を残すため」「昭和天皇を”無傷”で守るため」というところが、原因の大きなところだ。
 いわゆる「近衛上奏」に見られるよう「敗戦は必至、問題は敗戦後の共産主義革命」(戦後革命)や、第一次大戦終了後、当時のドイツ皇帝を裁判にかけようとした動き(ドイツ皇帝は「革命」によってオランダに亡命したため、裁判は行われなかったのだが、日本はこの裁判に戦勝国として賛成していた)、さらには枢軸側についた国々における君主制の廃止(ソ連の進駐という問題もあるが、イタリアでさえ「君主制ではファシズムを防げない」と、君主制を廃止し、共和制に移行した)、そしてトドメの一発は、ソ連の参戦である。「ソ連が我が国に宣戦し、本日から交戦状態に入った。ついては戦局の収拾について、早急に研究し決定する必要があると思うので、首相とよく話し合うようにとの仰せだった。」(「木戸幸一日記 下巻」東京大学出版会・・・本書ではp249)

 他方、昭和天皇に関しては様々な角度、立場から研究がなされているが、「研究者がほぼ一致しているのは、実は昭和天皇は非常に頭脳明晰で意思も強い、国家戦略に長けた人物だったということです。そしてその周辺には、きわめて優秀で忠誠心に富んだ側近グループが存在した。」(p125)ということだ。この「天皇と側近グループ」が一種の「シャドウ・キャビネット」として、占領期にGHQと関わる中で、天皇制を存続させることに腐心したわけだ。
 一方、占領者であるGHQ、その最高司令官であるマッカーサーは、あれだけ激しい抵抗を続けていた日本軍を「武装解除」しなければならない…ところが天皇が「戦争を止める」と宣言しただけで、武装解除はいとも簡単に行われた。天皇の「戦争責任」については、イギリスやオーストラリアなどが裁判にかけるよう強く要求していたし、また天皇制を存続させようとする日本側でも、いくら帝国憲法の補弼条項があるからといえど、天皇の戦争責任はまぬかれないだろうとは考えていた…責任をとって「退位」すべきという意見もたくさんあったのだ。
 ところが「天皇による武装解除」がうまく行ったことに味をしめた?マッカーサーらアメリカ軍は、天皇を占領統治にとことん利用することを選んだ…1945年9月27日の「マッカーサー・天皇階段」である・・・ここで天皇がいわんとしたことは
①「宣戦布告の前に真珠湾攻撃をしたのはまったく自分の考えではなく、すべては首相だった東条秀樹の責任である」
②「だからといって、自分は責任を回避するつもりはない。自分は指導者として、日本国民の行動には責任がある」(p134)
ということ筆者は推測している。(「東条の責任」や「責任を回避しるつもりはない」という言葉等は外務省の記録にはなく、ジョージ・アチソンが国務省にあてた極秘電報から推し測ったものである)ここで「自分を処刑する権限を持つ人間の前で「責任がある」という胆力を見せると同時に、「戦争責任」を東条にかぶってもらう「説得」が続いていた。ここから天皇とその側近の「シャドウキャビネット」と、GHQ、特にアメリカ軍との「合作」が行われ、天皇を「新制日本の象徴」とすることにしたわけだ。
 ここから、1946年5月まで、「天皇の人間宣言」「日本国憲法草案」が英文で書かれ、昭和天皇は日本中を「巡幸」し、戦災で苦しんでいる人を「ねぎらった」・・・ここに「戦後日本という国は、昭和天皇を平和と民主主義のシンボルとする『日米合作』の新国家として再出発することになりました。そしてその新体制を日本国民は熱烈に支持した。」(p144)・・・これが、日本が講和条約を結んで独立したものの、日米安保体制の元、占領下と変わらない今の日本の下地ができたわけである。

 それにしても、いわゆる天皇メッセージ・・・すなわち「アメリカが沖縄その他の琉球諸島の軍事占領を継続するよう天皇が希望している」「天皇は、沖縄に対する軍事占領は、日本に主権を残したままでの長期のリース・・・25ないし50年、あるいはそれ以上・・・というフィクションに基づくべきだと考えている。天皇によるこのような占領方法は、アメリカが琉球諸島に対して永続的な野心をもたないことを日本国民に納得させるだろう」(「分割された領土」『世界』1979年4月号…本書ではp252)が、現在も米軍基地の74%が集中する沖縄の「現実」のはじまりであり、また後にも述べるが、「在日米軍基地は、日本の要求によっておかれている」というフィクションを作り出す元となっている。それが不公平な「日米地位協定」の元である。
 ちなみに、日本は敗戦前に考えていたこととして、領土はできるだけ多く残すが、最悪本土四島が残れば良い・・・琉球諸島は(もうその時にはほとんど米軍に占領されていたが)失っても良いとも考えていたそうだ。

 おまけの話・・・天皇制は、古代の一時期を除いて、権威はあれども自前の軍隊(権力)を持たなかったため、その時々で「一番強い軍」を持つヤツにすがって(権威を授けて)生き残ってゆくと言う方法を歴史的にとってきた一族である・・・織豊政権、徳川幕府・・・それを倒した明治の藩閥軍隊…これがやがて国民皆兵による「天皇の軍隊」に変わる…そしてそれをコテンパンに負かしたアメリカ軍…というふうにである。日本で「権力」の問題を考える場合、「天皇制」についてはどうしても考えなければならないことなのである。
 

|

« 2015闘春でゲソ | トップページ | 日本はなぜ「基地」と「原発」を止められないのか(その4) »

かくめいのための理論」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

 わたしのところでもコメント欄の常連さんが、「日本はなぜ「基地」と「原発」を止められないのか」を読んだというので、アメリカの戦後占領政策などについて雑談中です。

最近、「永続敗戦論」とか「安保条約の成立」とか、戦後日本の基本を問う著作が目につくようになりましたね。

投稿: kuroneko | 2015年1月 4日 (日) 15時08分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1094529/58465410

この記事へのトラックバック一覧です: 日本はなぜ「基地」と「原発」を止められないのか(その3):

« 2015闘春でゲソ | トップページ | 日本はなぜ「基地」と「原発」を止められないのか(その4) »