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どこまで「暴力」や「テロリズム」が許容できるのか??

 さて、民族解放闘争や独立闘争…さらには社会を根本的に変えようとするには、それと「敵対」する「政府」や「反革命」等との対決が不可避であり、「暴力に訴えるな!」と「支配者側」からお説教を垂れられても、意味はない。
 ただ、「三大規律、八項注意」のような(きちんと守られていたかは別として)、「暴力」は「明らかな敵」にのみ与え、一般民衆には行使しないといった「規律」は必要である。さもなければ、「独立勢力」や「革命勢力」はたちまち民衆から遊離し、ただの「テロ集団」と化してしまう。

 だが「明らかな敵」というのは、どこまでを指すのか・・・

 学生時代、中核派の人たちと映画「アルジェの戦い」 を観て、「学習会」を行ったことがある。中核派の「もくろみ」としては、独立運動のリーダーが、仲間が拷問によってフランス当局に「売られ」、その結果殺されるも、最後はいきなり民衆が立ち上がって、独立を勝ち取っていくというシーンを見せることで「これは『非公然・非合法』の党があったから、できたことなのだ。非公然・非合法の党を作ることが必要なのだ」ということを学習したかったようだ。
 映画鑑賞後、ある人が「コロン(フランス人植民者)」を無差別に狙った「爆弾テロ」について、「これはおかしい…戦闘の相手はフランス軍や軍人であり、一般のフランス人を標的にするのはいけない」とう意見が出た。
 そこで「討論」というか、中核派オーソドキシー的な答えが返って来る…「フランス植民者は、アルジェリア人を”搾取”し”抑圧”する存在としてコロンに住んでいる。一人ひとりのフランス人が「善良」でアルジェリア人と「友達」であっても、「フランス帝国主義」の植民地政策とは無関係ではない・・・アルジェリア人にとっては、コロンに居るフランス人は『明らかな敵』なのだ」と。

 あるいは、ソ連が侵攻したアフガニスタンでの「ムジャヒディン」の抵抗戦争がある・・・前にも書いたように、ムジャヒディン達は「戦時国際法」なぞおかまいなしに、捕虜にしたソ連兵を殺していた。(もちろん殺さずに自分たちの「捕虜交換」のカードとして捕虜にした場合もあった)・・・元ロシア外交官で現在は著作等も多い、佐藤優氏をモデルにしたマンガ「憂国のラスプーチン」にも、主人公(佐藤)があった元ソ連兵士の経験で、ムジャヒディン達が「赤ん坊」を囮にしてソ連兵を捕まえ、捕まえたソ連兵を裸にし、局部を切り落とす「残虐行為」を行っていたことが描かれている。

 だが「国際世論」はムジャヒディンの闘いを「支持」し、アメリカ等は武器援助までした(それが後々の「アルカイダ」を育てることになる)・・・私も高校時代、アフガニスタンについて書かれた本を読んで、ムジャヒディン達は「南ベトナム解放民族戦線」と違って、捕虜を簡単に殺すことは知っていた…しかし悪いのはアフガニスタンを侵略したソ連側である。「国際世論」の強烈な支持は得られないかもしれないが、私はムジャヒディンの「行動」は理解できた。

 現在、中国ではチベットやウイグルでの「民族抑圧」が激しくなっており、世界的にも非難を浴びている。で、チベット人はともかく、ウイグル人(ほとんどがイスラム教徒)が時々、中国の都市部で「無差別テロ」を行う・・・だがそれを「非難」する気には、私はなれないし、多くの人々が「テロ行為」は批判するものの、原因は中国政府にあると考えるだろう。ウイグル人の「無差別テロ」をなくすには、中国政府がウイグル人への民族抑圧を止め、心から「謝罪」するとともに、ウイグルの広範な自治あるいは独立を認めなければならないと、多くの人が考えるであろう。

 こうしてみると、「被抑圧民族」が「抑圧民族」に対し、テロ行為を行うことは「正しい」と考えたい…だが、それを良いことに「宗教(あるいは「共産主義=スターリン主義」でも良い)」のイデオロギーを都合よく解釈し、「何が本当の敵」なのか区別を大きく広げたうえでエスカレートした「テロ行為」になると、逆に誰からも「支持」も「共感」もされなくなる、こうした「テロ行為」は、結局ISISやスターリン主義(典型的なのはカンボジアの「ポル・ポト政権」)のように、「自国民」「自民族」・・・同じ「宗教共同体」内部の人間まで「恐怖」で支配しなければならなくなってしまう。

 どこまで「暴力行為」が行使できるかの「線」を引く必要がある・・・だがそれは「独立運動」や「革命運動」の主体が決めることである・・・おそらく「線」はその「主体」が所属する「社会条件」や「運動の歴史」によって左右される・・・銃や武器が市場に出回っている社会と、そんなもの一般人が持つことができない社会とでは当然異なるし、過去に「武装闘争」をやって「勝てなかった」社会と、勝ってきた社会、あるいは「政府」「反独立」「反革命」の武力・テロリズムのほうが「残虐すぎる」社会とでは、「線引き」の位置は大分違うであろう。

 また「独立」や「革命」の主体は、あらかじめ「暴力を放棄」して闘うという「方針」もあり得るだろう…中核派やその他革命党派の多くは、「革命のための暴力」を否定しないが、日本の左翼の中には「全交」 みたいに「テロにも戦争にも反対!」と明確に打ち出している党派?もある。(彼らはイラク戦争後、イラクで起こってきた「反米武装闘争」は支持せず、「平和的」なイラク労働者のストライキを積極的に紹介するということをしてきた)・・・それは「立派なこと」かも知れないが、チリのアジェンデ政権を見るまでもなく、「平和的」に勝ち取った政権であっても、「バックにCIAが付いたクーデター」に負けないためには「暴力」が必要だったことを思い起こさねばならない。ちなみに「日本共産党」は「敵の出方論」というのを取っている・・・すなわち選挙で「共産党政権」が出来た時に、「自衛隊」とかがクーデターを起こしたら、「暴力を発動する」ということだ…だが「非暴力」で普段やってきた集団がいきなり「反革命」に対する暴力をふるって対抗するというのは、どだい無理な話である。
(なお、「日本共産党」が過去の「全共闘」の時代に、「スターリン主義」をふりかざして、「国家権力」には一度も向けたことのない暴力・・・ゲバ棒・鉄パイプ・・・を「全共闘」の学生にたいしてふるってきたことは、ここではおいておく)

 さて、本日、ISISによって捕虜にされていた、ヨルダンの空軍のパイロット、モアズ・カサスベ中尉を、「生きたまま焼殺する」という残虐な行為で虐殺したという報道が流れた。ヨルダンはISISを空爆しているので「本当の敵」ではあるが、一方でISISは多くのイスラム教徒から「あれはイスラム教では無い」と断罪されている集団である…「国際法」はもとより、普通の「イスラム社会」の「暴力の線」をはるかに超えた集団である。
 「結論がでていない」このブログを、ISISは「イスラムによる」ものを始め、あらゆる民族解放、社会変革の「革命」の足を引っ張る「反革命」である!と断罪…当然「反革命」だから、米帝や英帝、仏帝、そして日帝や中国スターリン主義と「同じ声」では断じてない…して、閉じることにしよう。

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かくめいのための理論」カテゴリの記事

コメント

簡単な話。
権力とは手に入れるためのものではない。使用するためのものだ。

権力を奪取するのに暴力を使った、何人死なせた。そんなことは大したことではない。
手に入れた権力をどう行使したかが注目される。たとえ1万人殺そうが、その結果100万の命を救ったのならば英雄になる。

要は権力者の与えた損益と利益の天秤が、利益側に向いた時、その権力者は民衆から評価される。

たとえば徳川家康がそうだ。
戦国時代に彼の軍が殺した人数は万を超えるだろう。だが結果として数百年の安寧を時代を築き上げたからこそ、偉人とされている。
そういうもんだろう。

投稿: ROM人 | 2015年2月 5日 (木) 22時00分

山本太郎議員が、ISIL避難決議を危険したらしいぞw

金のために人を惨殺してるテロリストを非難しない議員とか、本当意味わからんなw
それんなアホ議員を、かつて絶賛してた人がいたよなぁ……w

投稿: ROM人 | 2015年2月 6日 (金) 23時38分

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