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革共同中央派の、辺野古闘争からの逃亡(大阪・本土編)

 さて私は関西に居たころ、「何か反戦運動やりてぇなぁ~」という気持ちで「辺野古に基地を絶対つくらせない大阪行動」 に参加、ビラまきや署名活動なりを行っていた。この団体は毎週土曜日、大阪駅御堂筋口の市営バスのターミナル付近で行動している。
 もともと2004年に辺野古でボーリング調査を阻止するための「やぐら攻防戦」に参加してきた人達が、地元に「辺野古基地建設問題」を持ち帰って、「本土」で訴えるために作った団体である。団体を立ち上げたのが8月の始め・・・そのすぐ後に「沖縄国際大学」にヘリが墜落…こんな大変な「事故」が起こったにも関わらず、「本土」の新聞や報道は、オリンピック一色だった…ヘリ墜落事故はだいたい3番目ぐらいの扱いである。
 私はこの団体に、だいたい結成の翌年6月ぐらいから参加しだしたわけであるが、そこにはいろんな人が居た…やぐらの攻防に参加した人だけでなく、ただ反戦の気持ちが強い個人、沖縄が大好きという人から、「法政大学」で黒ヘルをやってて中核派とドンパチやってた人、大井川から西の青ヘルを組織した経歴を持つツワモノ…もちろんここには「前進社関西支社」関連のグループや中核派全学連、「A&U(アクト アンド ユナイト)」という、中核派系といわれた若い反戦運動集団もやって来た。なんでも運動を立ち上げた際には、カクマルも来ていたそうな。ま、「辺野古基地建設反対」の気持ちがあれば、誰もが参加できる場であったわけである。
 そういった団体…京都行動 や名古屋行動、東京行動といったものや、個人、少人数グループで「辺野古基地建設反対」を、辺野古現地にも参加しながら訴え続ける人たちが出てきたのが、このころである。

 大阪行動や京都行動では、集めた署名は当時の防衛施設庁(現在は近畿中部防衛局)などに「提出行動」を行い、「基地建設の問題は、沖縄だけの問題ではない!日本の問題である。おなじ役所としてあなた達はどう考えるのか?」などゴリゴリやっていたし、今もやっている。(ただ、役所が開いている平日しか出来ないので、私がそれに参加したのは1回こっきり)・・・そのうち、「渡した署名がどうなっているのか分からない…追跡できる『国会請願署名』をやろう!」と京都の連中が言い出した。いわゆる「請願法」に基づく署名である。当時は小泉の「郵政選挙」で自公が圧倒的多数を誇っていた時代…「請願法」には紹介議員が必要なのだが、どれだけ「紹介議員」になってくれるかも分からない…そんな楽な運動ではなかったが、とにかく現地で繋がった仲間達にも呼びかけ、大々的に全国から署名を集めた。最終的に何筆集まったのかは忘れたが、北海道から九州・沖縄まで、全国規模で署名が郵送されてきた。
 だが、一番の「票田」となる「東京行動」からは、ほとんど音沙汰がないsign01「東京行動」は、当時現地で闘う「富田晋」氏の本家でもあるが、中核派の影響のみが大きくなっていったようだ…そこから「はじかれた」おっさんが一人で「国会署名運動」をがんばっていたような状況だった。
 10月の国会請願の日、私も年休をとって東京に行った。議員会館をお借りして「総括集会」みたいなことをやったのだが、東京からの参加者は、「労働運動で革命を・・・」という、いわゆる「11月集会」のことばかりしゃべっていた。当時は私も「11月集会」には参加していたので(というか中核派分裂前だから、大阪行動内の中核系は参加していた)が、まわりからは「なんだかなぁ~」という空気がありありであった。

 その後、中核系で後に「中央派」に行く若い連中…全学連からA&Uまで・・・が、「大阪行動」の中で沖縄のこと、基地のことは何もふれず、ただだた「労働者は・・・団結して・・・資本主義を倒さなければならないっsign03」てなことばかり言い出すようになった。おなじ中核系の「大衆運動大好き」人間からも「あれはマイクジャックだ!」と批判されるぐらい、酷くなった。

 そこに辺野古現地で、「平良夏芽脱落」事件が起こる…「違法」環境アセス阻止行動において、海上阻止行動を牽引してきた「平良夏芽」氏が、女性問題を起こした上で精神を病み、「本土」に帰ってしまうというものであった。ただこの時、当事者である「ヘリ基地反対協」からもロクな説明がなかったこともあり、全国の運動は「動揺」した・・・夏目氏は「牧師」でもあって「信望者」も多く、衝撃を受けた人が多いのは良く分かる。ただ後に訊いた話では、「海上阻止行動」が激しさを増す中で、海上阻止行動がまるで「軍隊」のようになったという・・・もちろんその「責任」は夏芽氏にある。

 当然、「大阪行動」の内部からも「平良夏芽」氏の責任を追及すべきである・・・という声が、後に中央派に行く人間(かつ平良夏芽の信望者」から出てきた・・・そのくせ「うつ病」を口実に「会議」には出席せず、裏からメールや電話で人を動かそうという形でやってきた。実際、私のところにも件の人からメールが来たりしている。そして会議では、「夏目氏が精神を病んでいる以上、彼の『責任追及』に力を入れることより、これまで通り運動を続ける」という結論となった。別に「平良夏芽」氏のために運動をしているわけではない・・・辺野古基地建設反対のために運動をしているのだから・・・そうゆうわけだ。
 この「会議」に出ていた「中央派」の人間は、「A&U」の若い女性が一人…で、その「結論」を聴いた後、そっと会場から出ていって、後に残った議題については知らんふり・・・でその日から「中央派」系の連中は「大阪行動」に来なくなった。「全学連」はいざしらず、「A&U」内部でも路線闘争があったらしく、今大阪行動に来ている人間は、「A&U」袂を分けた。現在、「大阪行動」の一部を支えているのは、「再建協」に行った人間ばかりである。

 「中央派」は「大阪行動」に来なくなったばかりではない…関西では「第四インター」系など「反中核」の組合や団体もあって、長いこと非日共系左翼の統一行動とかがとれなかったのであるが、第一次安倍内閣の「教育基本法改悪」阻止運動あたりから、徐々に「1日共闘」をしたりする関係が出来てきた…そのような中で、「中核も反中核も、ノンポリに近いのもOK」という「大阪行動」の果たしてきた役割は大きい…「再建協」側が不十分ではあるものの「第四インターへのゲバルトへの自己批判」を出したこともあり、反戦・反在特そして反橋下の運動では、ゆるやかな統一戦線が組まれたりもしている・・・しかし「中央派」は一切、そのような場に現れない。「自分たち」だけの内輪の集会をこっそり組むだけである。少なくとも関西では、彼らの運動に対する影響力は、ほとんど無いと言ってよい。

これが「中央派」辺野古闘争からの逃亡の「あらすじ」である。次は沖縄における「富田晋」グループの「逃亡」について書く。

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