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「日本国」に包摂されない社会体制づくりを…

 さて、日本国を含め、先進国≒資本主義(帝国主義)経済…が崩壊する過程に入った…ただし、「統治機構=国家」はそのまま残るであろうから、全力を挙げてそれを支えるであろう…欧米帝国主義国では、トランプ氏やその他移民排斥デモに結びつく「排外主義的政策」(逆にこれが働きすぎると、資本主義経済を支える「自由主義経済」も破綻し、TPPのような「自由貿易(本質はブロック化とその域内でおける「自由貿易)なのであるが)も破綻する…日本帝国主義の場合、それは人民の基本的人権をないがしろにし、資本の権益を守るためどこにでも戦争に出かけてゆく(ただし、日本自衛隊は装備の水準はやたら高いが、米軍に従属するように作られており、かつ憲法9条による「専守防衛」の建前上、今すぐ自衛隊が海外で本気に「ドンパチ」する能力は無い…アメリカの「手伝い」をするという形でしか、まだまだ出来ないのが現状である)「改憲攻撃」がそれにあたる。

 これに「対抗」するには、実はもう「議会内で多数を取り、安倍政権を打倒する」という戦略だけでは出来ないと思う…日本共産党が提唱する「野党連合」構想は、あくまでも「立憲主義」に反する安倍政権を倒し、「立憲主義」に立ち戻そうという理念だけだからである。その「野党連合」すら、現状では思うように進んでいないのが実態だ。「育休不倫」の山崎はともかく、「パンツ泥棒」高木大臣や「放送法」の間違った解釈による高市早苗の「放送ぶっ止める発言」…そしてTPP交渉を実質担ってきた、甘利氏の「収賄」事件でも、まともに追及して「安倍政権を絶対打倒する」という意気込みが感じられない…これでは民衆はそっぽ向くのは目に見えている。衆議院選挙があるかどうかはともかく、夏の参議院選挙では、与党の勝ちが私には見えるのでゲソ…

 ただ資本主義経済がクラッシュした時に、ではどうするのかsign02ということは、実は規制政党の中には誰も見えていない…自民・公明はとにかく「金融緩和」で市場にマネーをじゃぶじゃぶ流せば、「誰かが生産・設備投資に使うだろう」としか考えていない。民主党や維新は、全くどうすればいいか分かってはいないだろう…「行財政改革(経済危機の際に、そんな「生産性向上運動」をやってはいけない)」で浮いた金を「生活&山本太郎」「社民」「共産」は、それプラス「富裕層・大企業への増税」→貧困層に回して、需要を増やす…という、ある意味まっとうな政策を立てていると考えられるが、これらが「受け入れられる」潮流を作り切れていないのが現状である。何分、「株価」や「為替」の安定=「資本主義社会:の安定…というイデオロギーに、これらの党もおおむね異議はないからだ。

 SNSの友人が「株価が上がるということは、労働者からの搾取がうまくいっていることだ」と言ってくれたことがある…まさに当然なのだが、今や株価は「労働者からの搾取」のみで上下しているわけではない…労働者からの搾取が「限界」にきた所で、株価の値上がりや為替のレート等で「増殖」しようとしてるのが、今の資本主義の姿である。

 ここから逃れるには、今の所、マルクスやレーニンの提唱した「共産主義社会」に、革命でもって資本主義社会をひっくり返すしかないのである。

 しかし「ひっくり返し方」と「ひっくり返した後、どうするかsign02」という所が、見えなくなってしまっている。

 「共産主義社会」というのは、人間が必要に応じて、生産し、その「価値」を分け合う社会である。「剰余価値」の限りない搾取によって、資本が際限なく増殖してゆく…そのために社会が動かされていく」という社会ではない…だから、「ひっくり返した後」の話は、はっきりしている…まずは「労働証書制」によって「あなたはこれだけの労働を社会に与えた…よってこれだけのもの(生産物・サービス)を社会から引き出せることが出来る」という形に、「賃金労働制」を変えることにある。

 では、どうやって「ひっくり返すか?」…レーニンや、その後に続いた「20世紀の革命」をそのまま日本に持ち込むことは不可能だ。「20世紀の革命」は、必ず民衆やそれに支持された「革命党」が武装しており、それが資本主義を支える政権を直接打倒することが出来たからだ。

 ところが日本では、「民衆が武装する」という意識は、秀吉時代の刀狩り…いや江戸時代の「百姓一揆」でもそれなりに武装はしていたから、明治の「自由民権運動」が解体してから百数十年、抑圧されてきた。70年代に新左翼にあった「武装蜂起」路線も民衆に受け入れられず、「連赤」や「内ゲバ」によってそっぽを向かれてしまった。
 
 とはいえ、「実力闘争」の思想は、三里塚・沖縄を中心に生き延びている…しかし、15年安保の主要勢力「SEALDs」に至っても、まだまだ「議会主義」に期待をかけている…しかし「議会」でどうにもならないことは、昨年9・19安保法制強行採決で、「議会政党」が何も出来なかった(牛歩で抵抗したのは、山本太郎参議院議員のみ)のが明らかである…そして「野党共闘」なぞ、一部の選挙区を除いて、一向に出来る気配もない。

 ここはむしろ現在の日本の「議会制民主主義」の犠牲から離れた「社会」を、別途日本の中で作って「とりあえず生き延びる」のがより良いのではないだろうかsign02
 要するに、「生産協同組合」をバラバラと全国に作るのである…一応「日本国」の国政には「ある程度」妥協してそこからの「生産物」はいただくものの、全く違う「社会」を日本国の中で自主的につくってしまうのだ。

 たしかに難しい試みだ…しかしもはや「帝国主義日本」は、全ての民衆…日本国民であろうとなかろうと…を食わせるころが出来ない…拡大する格差や貧困はその表れだ…だから「相互扶助」方式用いて、日本国を「食い破る」方法を拡大してゆく必要がある。

 例えば悪いが、ある意味「IS(イスラム国)」方式である…理念に賛同するものが、その「国家の中」の異質な社会を支え、参加してゆく…ISの理念は、万人に受け入れられるものではないから、みんなから反発を食らう…しかし多くの、99%の民衆が受け入れられるような「理念」を打ち出し、組織化する「政治勢力」があれば、資本主義が「クラッシュ」しても、人々は希望をもって生きていくことが出来る…

 その政治勢力が、議会制度も利用して(「革命的議会主義」)勢力を伸ばすことが出来れば、例え「憲法」が改悪されたとしても、何も恐れることは無い…自民党改憲草案には「国民の憲法順守」が唄われているが、その政治勢力に結集した民衆は、「日本国」の国政下から半ば抜け出しているのだから…

 そんな「政治勢力」≒党的なものを、早く作りたいものだ…それは市民運動の「限界」を乗り越え、かつ旧来の「新左翼運動」とは別の、新しいものでなくてはならない。そこには「SEALDs」的なところから飛び出した若い活動家が、主体となって活動するのであろう。

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かくめいのための理論」カテゴリの記事

コメント

難癖をつけるつもりはありません。
ただ、失敗例を念頭に置かないと、同じ失敗へ陥ってしまうように思います。左翼運動から派生したヤマギシズムのようなカルト化の例がありますから。
自己開発セミナーと変わらない人格破壊を目的とした研修による会員獲得、農薬まみれの作物を無農薬有機栽培として売る詐欺、鶏さんが楽しく産んだ健康な卵といった売り文句に見られるメルヘンチックな妄想、集団生活を営まされる児童らの発育不全と情緒不安定、児童への労働の強制。ヤマギシズムはひどいものです。

投稿: cpd | 2016年2月15日 (月) 21時56分

あるみさんへ
なんかドンドン話題がかわるので
ひとつ思うことを書いてやめます
人々の幸せを考える真の主義者なら自分の周りから変えて
このやりかたや仕組みで皆幸せに生活できると実践してください
口だけのええかっこしいには誰もついていかないと思う
暴力革命言うて破壊したいだけなんじゃないのかと勘違いされるかもしれないし

投稿: まとめちゃん | 2016年2月16日 (火) 11時39分

cpdさんへ…私は「ヤマギシズム」に対しては全く知識はありませんが、とりあえずの「生産協同組合」的なものは、現実社会から遊離したものになってはいけないと考えます。そうしないとホント、ご指摘のような「カルト集団」になってしまいますね。
まとめちゃんさん…確かに「革命だぁ~」と大口たたいている私のような人よりも、「貧困」などの身近な問題に取り組み、人々を具体的に助けている人のぼうが今の所エライと、私も思います…しかし「世の中」を根本から変える前に「クラッシュ」してしまうと、どうしようもなくなります…そうゆう時にそなえて「大口たたくヤツ」も必要なんですよ。それから「暴力革命」に否定的ですが、世の中が大変化する際には、どうしても摩擦力(反革命)に抵抗するための力(暴力)が必要になるのです…ぶっちゃけた話「物理法則」みたいなものですね。しかし「暴力による破壊」は少ないほうが良い…そこに革命家が「政治家としてのセンス」を持つ必要が出て来るのだと思います…そんなヤツがいないことが、そもそも問題なのですが…

投稿: あるみさん | 2016年2月17日 (水) 22時02分

旧来の「新左翼運動」とは別の、と言われると70年代の化石のような私は、どうしららよいのか。21日梅田ヨドバシカメラ前に行くのも遠慮したほうがよいのかなと僻んでしまいます。
ところで、去年の暮久しぶりに京都にでかけたらSEALDs関西のデモに遭遇しました、初めて見る生シールズに感激してしばらく観察してたのですが、デモは三つに分かれていて総数500~600くらい(翌朝の新聞では主催者発表1800)ところが学生らしいひとは各グループの先頭15~20人くらい、STAFとして撮影などしている人も含めて大目に見ても総数70~80人くらいでした。残りの八割以上の人は、私の偏見かもしれませんが既存の組合や市民団体メンバーと思います。もちろんこうした人々がデモに参加するのは結構なことですが、たとえ少数でも自らの力で情勢を切り開くので無く、実体を四倍も五倍もふくらまして世の中の注目を集める手法は違和感を感じます。誰が考え出したのか分かりませんが。いかに個々のメンバーが純粋に戦争法案反対、民主主義を守れと思っていても、こんなマヌーバーなやり方を最初からしていたら、なにもあたらしいものは生まれてこないでしょう。本売りたいマスコミに出たい一部学者や作家が持ち上げるだけです。
なお南座の前では顔見世興行に配慮してマイクの使用を中断したとか、それならデモの出発点の近くにある吉本京都花月の公演にも配慮してほしいものです。

投稿: 木々の落葉 | 2016年2月20日 (土) 22時18分

木々の落葉様へ…SEALDsKANSAIも「主催」し、そこにおっさん、オバサン、ご老人「団体」が「乗っかる」形で参加していたのではないでしょうか?その場合、別にSEALDsは「参加者〇千人!」と発表したってかまいやしないでしょう。「乗っか」らないと「運動出来ない」既存の労組や市民団体の方に問題があるのか、それともSEALDsに「希望」を見出して「乗っかって」いるのか…おそらく後者でしょう。

なんせ私は、SEALDsすら生まれない、四国の地方都市に居るのですから…せっかく「あたらしいもの」が出てきたのですから、その周辺で「自分の信ずるままに」行動すれば良いのではないでしょうか?そしてそれを変えるなり、自分が変わるなり(変わらないなり)していけば良いのです。何も迷う必要なんぞないでしょう。

投稿: あるみさん | 2016年2月26日 (金) 22時28分

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