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マルクス主義は「性善説」では無い

 かくかくしかじか・・・今まで「共産主義社会」への変革について「それを阻害するもの」を取り除けば、自然と民衆は革命を進めていく・・・だから「設計主義」は必要ない!と述べてきた。

 では「疎外物」=賃労働と資本の関係、あるいは資本そのものの支配・・・を取り除けば、「人間社会」が全てうまくいくか?というわけではない。
 TAMO2投手殿が指摘されたように「のび太もジャイアンもいる」わけである…当然、新社会にも、自分だけ楽をしてズルするようなヤツ、さらにおいては「犯罪者」だっているわけだ。

 その辺は、これまで人類が積み重ねてきた(さしあたってはそこの社会が積み重ねてきた)良識…によって処断されなければならないものである。その基準は、さしあたって現在のブルジョワ社会の中にある「人権思想」「法の支配」とかから持ってこざるを得ない。

 逆に、「性善説」として解釈してしまうと、どうなるか…これはどこか「理想」の「共産主義社会」、あるいは「共産主義的人間」があって、それにあてはまるように社会や人間が動いていくだろう…というものに行きつく。

 だが現実はそうではない・・・そこから外れ右往左往しながら、社会は進んでいくのであるから・・・その途中段階を観て、「性善説」者は絶望するだろう。
 ただ普通の人が「絶望」するだけなら、まだ良い。精神医学と時間が解決してくれるだろう…問題は「革命の指導部」とやらが、そうゆう考えに陥った時だ。

 握った権力を利用して、自らが考える「共産主義社会」像、「共産主義主義的人間像」に当てはまらないものを、破壊、殲滅してゆくであろう。これぞまさに、スターリンから毛沢東、ポルポトまで陥った大きな誤りを犯すことになる。

 ゆえにマルクス主義は、「性善説」に基づくものではないことを、ここではっきり宣言しておく。「性善説」的に個々の人びとが勝手に解釈することは自由であるが…

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