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2016年5月

座間宮ガレイ氏の講演会に行ってみる(その1)

 昨日、まだ会社を休んでいる状況であることを良いことに、「安保法制に反対するママの会@香川」が主催する、座間宮ガレイの講演会に行って来た。ま、「選挙でいかに勝つか!」ということのお勉強会である。
 リンクのプロフィールを見ても分かるとおり、元々大竹まことの下で放送作家をしていた人だが、2011年の原発事故で「政治」に目覚めたようで、2012年の選挙で初めて投票に行った…とゆうような人。山本太郎の選挙を応援・プロデュースし、見事当選を勝ち取る。その後、名護市市長選挙などの「応援」に行くが、なぜか応援したところの選挙は「負け」が多い…ということで、選挙のデータなんかを集め、分析する方向に転換した…ということである。

 まず最初に、香川における「統一候補」擁立への状況について概説…まぁ私も前に書いたとおり、「中央」が無理をいって「共産党候補」に一本化したわけであるが、その「しこり」がまだ民進党県連で残ってはいる…「勝つための統一」ではなく「取引のための統一」であるということを暴露した上で、「勝つ!ことを目標としないでは、誰も目を引かない…共産党にとって一番大変な選挙になる。」と情勢分析。

 で、選挙にいかに勝つか…まず「選挙に関心を持たない国民は居ない」とのこと…投票に行かない人でも、選挙の翌朝の新聞は見る…選挙とは投票箱に名前を書いて入れるだけであるが、それで誰かが議員になるという「ゲーム」であること…それは学級委員の選挙から、みんな経験していることだ…と語った。
 で、トップのほうに「政治に関心がある層」がいても、中間的な層がうごかないと、世の中は変わりませんよ・・・ということ。で、その「政治に関心がある層」が選挙に行かない人々を「無関心層」と決めつけている・・・これが良くないとのこと。
 で、「みんな選挙のことを知っているのか?」・・・あるいは選挙について教えてもらったことがあるのか?というと、これが実は無いわけだ。今回の参議院選挙から「18歳以上」に選挙権が行使できるようになったが、18歳、19歳の「悩み」は、じつは昔は20歳の悩みであり、私たちの悩みでもある・・・ということだそうな。

 投票率が上がる…ということは、どうゆうことか?投票率が低いままだと、いわゆる「組織票」のみで選挙結果が出ることになるから、結果はいつも一緒…そうすると「政権」が暴走しがちになる(現在の安倍政権が、まさにそれである)・・・選挙結果が「ぶれる」ことで、実は政治は安定する(政権与党が、無茶をすることができなくなる)ということだ。

 では「投票率」を上げるためには、どうすれば良いか…そりゃ「選挙」に行ってもらうしかない…この際、「政党関係者」はともかく、普通の市民が市民を説得するのは、相手が悩むことを許容すること…悩んで悩んで、「統一候補」の反対側に行ってもいいよ…というのが民主主義であるし、それがフェアなやり方であり、相手からも尊敬されるということだ。

 ガレイさんは今回の選挙を、次の衆議院選挙まで見据えて「勝ちにいこう」としている…衆議院で与党が2/3取ることを阻止することの意味は、3つ…まず「憲法改正(改悪)阻止」「60日ルール(参議院での採決が遅くなった時、予算等は衆議院の採決が優先する)」「衆議院での再採決の阻止(参議院で否決されても、衆議院で2/3以上の賛成で可決することが出来る)」・・・だから衆議院選挙のほうが大切、衆議院で勝利するまでの大戦略を目指す…とのことである。

 また「保守に届く」言葉が必要とも言った…安倍政権は「安保法制」はもちろんだが、経済政策も含め、けっこういろんなことを「変えて」いるのは事実である。だから「一旦政治を落ち着かせましょう」とささやく…これは地域によって色々違うであろうとのこと。ま、「統一候補」応援側は「(安倍政治を)変えよう!」とスローガンに掲げるが、「変える」ということは保守層にとってとても怖いことなのだ。「改革」もまたしかりである。

 そういった前フリ?を経て、では何を訴えれば良いか…ガレイさんの世代では、「人口ピラミッド」を見せられて、「少数の若者で高齢者を支えなければならない」時代であることを感覚的に知っている。「年金」についても授業で教わった。(私が高校生の頃も、そんな話題があったが、「年金制度」については習った覚えがない…なぜだ?)
 で、中学生とその親を集めて「将来、年金がもらえると思いますか?」と質問をすると、親世代は「もらえる」と思っているが、中学生世代は「もらえない(すなわち「年金制度が破綻する)」と思っている…世代間でこんなに意識が違うのだ。
 そういった「若者」が何に悩んでいるかも聞かないで、自分たちの主張を「押し付ける」ことは、もはや政治でもなんでもない…とガレイさんは言う。

 逆に「年金問題」は今、非常に大きなことが問題になっている。年金は独立行政法人年金積立金管理運用機構(GPIF)  が運用しているわけだが、安倍政権下で株式投資で運用していたものが、これまで20%ぐらいだったものが、50%まで引き上げられた。(これも「株価」を上げてアベノミクスを演出するための詐欺なわけだが)…これって変だね?と思っていない人は少ないんじゃないか?ということである。「年金」のように「生活」に直結するような話題から入っていくのがいい…ということだ。
 
 その後アメリカの「トランプ・サンダース旋風」にも触れる…サンダース氏の公約「高等教育の無償化」で、彼は20代の人気を獲得した。しかしそれはトランプ氏を支持している「フラストレーション層」の支持であり、サンダースが民主党の候補から下りれば、その支持層はトランプ支持に回るであろう…とのこと。

 さて、次からは「具体策」について述べられる…

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伊勢志摩サミットは、基本的に失敗

 伊勢志摩サミットとは、「G7」という1%を代表する輩が、99%をどう支配するか…ということを「談合」する場であって、私のような「新左翼」勢力はそんなペテン的な場は「粉砕」の対象でしかない…だから「失敗」は「革命的祖国敗北主義」的に喜ばしいことである。

 特に安倍首相が「経済状況は、リーマンショック相当」≒だから財政出動をしよう…という提案は、モロに各国から批判を浴びた。1%の足並みがそろっていないのだ。

 「現在の経済状況」が「リーマンショック相当」と言わざるを得ないのは、結局「アベノミクス」が失敗が明らかで(というか、そもそも成功する見込みが無くて)、選挙対策用に「消費税導入先送り」を決断したからに他ならない。
 
 もちろん、日本経済が「生き延びる」ためには、消費税増税など出来る状況ではないし、「財政出動」…この場合、本来人が生きてゆくための福祉、介護、教育の分野に「直接」金がいくような「財政出動」でなければならない。くれぐれも「リニア新幹線」や「四国新幹線」、あるいは「再生可能エネルギー」のような「夢物語」に金をだしても、「民衆」のところにはまわってこない。

 しかし、その認識は各国から否定された。「財政出動」よりも「構造改革」が先決…というふうに意見が割れている。

 しかし、中国経済や新興国経済の先行きが怪しい、不透明な中…すなわち世界的に「総需要」が落ち込んでいる状況で「構造改革」なんぞを行うのは、これまた「瀕死の病人に無理やり手術を施して、死なしてしまう」ようなものだ。今だに欧州はこのジレンマに気づいていないようだ。(「構造改革」は体力のある…すなわち「好景気」の時にやっておくものだ…さもなくば失業者が増え、格差はいっそう増すことになる)

 「アベノミクス失敗の糊塗」を他のG6諸国に認めてもらえなかった以上、もはやサミット結果は安倍政権浮揚の位置づけを失っている。結局、各国首脳の「伊勢神宮訪問」や、オバマ大統領の「ヒロシマ訪問」で恰好をつけるしかない。特にオバマの「ヒロシマ訪問」は、マスコミではおおむね好意的に捉えられているようだが、自ら核を放棄する気もなく、小型戦術核の開発にしのぎを削るオバマ大統領の言葉を額面通り受け取る人は少ないだろう。
 また安倍自らが「現行憲法下でも、日本の核兵器保有は認められる」とゆうような発言をしている有様だ…様々な人の「思い」はあると思うが、こんなものはパフォーマンスでしかない。

 またG7にとっても、「対テロ政策」以外はほとんど「合意」など出来なかった…これは「帝国主義間掃討戦」が始まる、一つの現れである。

 さあ、アベノミクスは失敗が明らかになったsign03まずは当面の「参議院選挙」で自公にNO!を突き付け、安倍政権打倒、日帝打倒に突き進もうではなイカvirgo

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四電前に、牛が来る!

 6月10日(金)…福島から希望の牧場・ふくしま の代表、吉澤正巳さんが香川にやって来るsign01 「希望の牧場・ふくしま」は、放射能汚染地域(旧警戒区域内)に取り残された牛の「察処分」に反対し、自らの被曝もかえりみずそれらの牛を引き取って飼っている牧場だ。

 「捨てて避難しろ」「殺処分しろ」
 日本政府の指示を拒否して「瀕死の牛」を見守る
 原発事故で村全体が放射能に汚染され、近所の畜産農家は牛を放って一斉に避難をはじめた。
 しかし、吉澤氏は無残に死んでいく牛を見捨てて立ち去ることはできなかった。もしやと思って見て回った周辺の牧場で、牛たちはげっそりやせて泣いていたり、すでに死んでいた。吉澤代表が勤めていた畜産法人は「取引先が契約を取り消してきた。牛を置いて避難しろ」と指示したが、彼は「たとえ私一人になってもこの生命を見捨てはしない」という決心を固めることになる。(もらったチラシから)

 6月10日(金)18時~20時 四国電力本店前~琴電瓦町駅~高松三越前

 もちろん「本物の牛」が歩くわけでは無い…牛のオブジェである…なお、翌日は脱原発アクションin香川のメンバーと共に、八幡浜に「伊方原発再稼働反対」の個別ビラまきを行うらしい

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指導者を殺しても、何も変わらない!

 アフガニスタンで続く「紛争」…先日、その一方の当事者であるタリバンの指導者を、無人機による爆撃で殺害した…という報道があったが、当然、タリバンのほうは新指導者を出して「抵抗」を続ける構えである。
 時事ドットコムより
タリバンの新指導者に強硬派=アフガン和平、一層困難に―マンスール氏の死亡確認

 【ニューデリー時事】アフガニスタンの反政府勢力タリバンは25日、最高指導者マンスール師の死亡を認め、ハイバトゥラ・アクンザダ師を新指導者に選出したと明らかにした。アクンザダ師は強硬派とされており、米国や中国が模索するアフガンの和平実現はより困難になったとみられる。
 タリバンは声明で「アクンザダ師は指導者評議会(シュラ)によって満場一致で選ばれ、シュラの全メンバーが忠誠を誓った」と発表。マンスール師については、米政府の発表通り、無人機攻撃で殺害されたと認めた。
 アクンザダ師はアフガン南部カンダハル出身で、カリスマ的指導者だった故オマル師からの信任も厚く、「先生」と呼ばれていた。「タリバン内では最も古いメンバーの一人」(テロ専門家アフメド・ラシード氏)とされ、旧タリバン政権下では司法当局を管轄していた。(2016/05/25-18:30)


だいたい、「交渉相手」の指導者を殺してしまえば、「交渉」することもできない。また、よほど脆弱な組織でなければ、指導者を殺したぐらいで組織が壊滅するわけはない。

アフガニスタンで「交戦勢力」が交渉し、和平に持ち込むにはどうすれば良いか…それはアメリカ(そして中国も)が「介入」するような形で、和平に持って行こうなんて考えを止めることである。

以前、紹介した本「イスラム戦争―中東崩壊と欧米の敗北(内藤正典 集英社新書)」では、2012年に同志社大学において、カルザイ政権(当時)のマスーム・スタネグザイ顧問大臣他、タリバン政権時代の駐パキスタン大使、アブドゥッサラーム・ザイーフ師、高等教育大臣のディン・ムハンマド師、そして反政府イスラム勢力ヒズブ・イスラミ(イスラム党)代表ガイラト・バヒール師らが集まって、学生との対話集会と言う形で「和平会談」を行ったことがあるのだ。その後、四人は主催者とともに学生達が行くような「居酒屋」に行き、みんなで鍋をつついたのだという。(もちろん「酒」は無し、鍋も魚だったそうな)

 このように、アメリカ抜き…あるいは「大国」の思惑抜きのところ(同志社大学が私学であることにも留意しよう…「国立大学」だとこうゆうことはとても出来ない)では、彼らは胸襟を割って「話し合い」をすることが出来るのだ。

 とにかく、アメリカがいつまでもタリバンを「テロリスト」扱いして、空爆を続けていることが問題である…対テロ戦争…これはアフガン、パキスタンでは実質「タリバン=テロ組織」規定をして、それを殲滅、屈服させようとするものだった。これに日本は「インド洋での給油活動」という形で「参戦」している。

 この時は「安保関連法」なぞなかったので、いちいち「特別法」を作って自衛隊派兵の根拠にしたわけだが、「安保関連法」が適用されている現在、「給油活動」のような「戦争協力」がホイホイと出来るわけだ。

 さて、現在日本が参加している「南スーダン国連平和維持活動」に11月派遣予定の第五普通科連隊(青森市)から、安保関連法の適用を検討しているという報道がなされている。
東京新聞WEB…安保法の新任務適用を検討 南スーダン、青森部隊に
 自衛隊が参加している南スーダンの国連平和維持活動(PKO)に、防衛省が11月から陸上自衛隊第5普通科連隊(青森市)を中心とする部隊を11次隊として派遣する方向で調整していることが、23日分かった。政府は、安全保障関連法に基づく「駆け付け警護」などの新任務を初めて付与することを検討している。 今年3月に施行された安保関連法は、正当防衛などに限っていた武器使用基準を緩和。武装集団に襲われた国連要員らを自衛隊員が急行して助ける「駆け付け警護」や宿営地の共同防衛が可能になり、これら新任務をいつから適用するかが焦点になっていた。

選挙に勝利しようがするまいが、安保法制を廃止に追い込み、安倍政権を打倒しようvirgo

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香川統一候補は共産党!現場はなかなか大変なのでゲソ…

 20日の金曜日、次の参議院選挙、香川選挙区の野党統一候補が 共産党の田辺健一氏になることが確定した。SNSのの反応を見る限り、一人区では始めての共産党候補ということで、全国の野党連合を進める皆さまからはおおむね「好評」であるが、どっこい現場は大変なのだsign03

 手始めにwikiで参議院香川選挙区の状況を見てみよう。直近の2010年と2013年のヤツ…どちらも自民党が当選しているが、2013年三宅伸吾が23万3千票、2010年の磯崎仁彦が23万6千票である。投票率は2013年で52.08%、2010年で57.71%である・・・おおむね自公の基礎票は23万5千票というところだろう。
 それに対し、野党側は(幸福実現党の候補がいるが、こんなのは泡沫なので除く)、2013年で17万7千票、2010年で22万3千票である。2010年はまだ民主党政権だったが、それでも届いていない。ちなみに共産党候補は2013年も2010年も3万4千票ほどで、これが共産党の基礎票ということになる。
 仮に2013年のより厳しいものを元に「野党統一候補」が自公に勝つためには、6万票ぐらいの上積みが必要となる。18歳以上選挙権が導入されたので一概には言えないが、それを除いたとしても、投票率を60%ぐらいに上げないと勝てない…という厳しいものである。

 そこに「統一候補は共産党」ときた…しかもコレ、県連と市民運動レベルで決まったものではなく、中央の「談合」によって決まったものだ。民進党香川県連は岡野しゅり子氏をわざわざ香川県議から引き抜いて予定候補者とし、21日には事務所開き(岡田民進党代表との2ショットポスター付き)まで用意していた…ま、これ自体フライングなのだが・・・のが完全におじゃんとなり、支持者へのおわび詣りになってしまったという。報道では「候補者の都合」と書かれたりもしているが、それは断じて違う!実際、岡野氏がある市議の事務所で大泣きしていたということも聞く。
 これで「統一候補」を民進党県連が大々的に応援するということは無くなった…確実にアリバイ程度にしか人を出さないであろう。また社民党県連も岡野氏で行くものと考えていたようで、ここも混乱しているらしい。

 「共産党候補」になった場合、連合内右派…伊方原発再稼働を目指す四国電力の電力総連関係の票が、確実に見込めなくなった。+6万に、さらに「無投票層」を上積みしないとイカんのである。この「無投票層掘り出し+共産党候補支持」という難しい課題を、「共産党組織」プラスαでやらないといけないのだ。
 もともと香川は「かけうどん小+天ぷら等1品」で300円で昼食が出来る、良かれ悪しかれ保守的なところである。「革新的」な市民運動もほとんどない。高松市で「アベ政治を許さない」と集会、デモを行っても、せいぜい300名程度である。この人数で+6万票をやらんといけない所なのだ・・・そこから民進系が抜ける…はっきり言いましょうsign01「当選は絶対ムリ」だわ~
20世紀最後のアイドル、高橋由美子の「そんなのムリ」でも聞いてくれ…

 ではなぜこんな「談合」になったのか?東洋経済オンラインのこの辺の記事 を抜粋してみると…
 「香川で共産党の統一候補を立てるべきだ」――。5月16日の会見で、共産党の小池晃書記局長がこう主張した。理由は32ある1人区で、ひとつくらいは共産党候補を擁立すれば、野党の選挙協力姿勢が明らかになるからだ。共産党の田辺健一氏はすでに昨年8月に立候補を表明し、県内で活発な運動を展開。前代未聞の連合訪問まで実現させている。 
 1981年生まれという若さに加え、このような大胆な行動力を持つ田辺氏に対しては、民進党からの評価も高い。「共産党でなければ、すぐさま公認するのに」という声も聞かれた。
 結局、民進党香川県連は5月10日、県議の岡野朱里子氏の推薦を発表した。苦言とも解することができる16日の小池氏の発言は、これについてのものだった。
 実は4月末に、いったんは田辺氏を統一候補にすることで合意がなされていたという。しかし民進党の県連の中で「共産党の候補では戦えない」という声が強く、ぎりぎりまで候補を探していた。そしてようやく岡野氏の擁立となったのだ。(太線はあるみさん)


 ま、結局は民進党県連の「共産党アレルギー」も原因の一つ…ということである。「連合」の「右派労組…特に四電関係」を支持基盤とする以上、無理のないことかも知れない。

 では「岡野しゅり子」氏では勝てるのか…彼女のHPでプロフィールを見てみよう…高松市市議を2期務めた後、昨年の統一地方選挙で県議に鞍替えした…しかしながら、香川県議選挙において、高松市選挙区は定数しか候補者がおらず、無投票当選となっている。県議としては1年しかやっていないし、香川においても知名度は高松市域だけである。
 また、過去に拒食症になり、体重が30㎏台まで落ち込んだという「苦労話」がある(高松市議選挙の時は、それを売りにしていたらしい)…その時、母親と一緒にオーストラリアに行き、Dr.アンソニー氏と出会う…あ~あ、普通の庶民ならそういった重篤な状況になった時、ホイホイと外国に行けるわけないだろうsign03「福祉関係」は強そうだが、ここんところは引っかかる。
 対して共産党の田辺健一氏のほうはどうか…東洋経済オンラインでは「行動力のある人」と持ち上げられているが、残念ながらツイッターとフェイスブックしかやっていない。生い立ち、経歴さっぱり分からず・・・である。倉敷市出身、香川大学卒業ぐらいしか分からない。香川大学の民主青年同盟から共産党というコースだとしたら、一体世間をどれぐらい知っているのか分からんsign02というのが正直なところだ。

 推測であるが、民進党中央は香川の市民運動の弱さを良く知っており、最終的に参議院選挙は諦め、その代わり共産党に「恩」を売っておいて、次の衆議院選挙、もしくはW選挙になった場合、小川淳也 とたまき雄一郎の当選を確実にしたいという思惑があったのだろう。共産党中央の場合、非共産党市民運動が無いことから、逆に共産党系の「運動」を過大評価して突っ走ったのではないだろうかsign02

 では、相手の磯崎仁彦とは、どんな人物か…実は自民党が下野していた時、公募でANAのCSR推進リスクマネジメント部長を辞めて、自民党から立候補したという経歴がある。「エリートサラリーマン」に庶民の暮らしが分かるかsign03という話もあるが、サラリーマンは実は大変なのだということも、庶民はちゃんと知っている。
 ただ、政治信条は確実に極右…私の政策 でいきなり1.国家像の明示 2.日本人のこころの再生 3.まず「自助」ありきの社会の構築・・・となっている。こりゃ「保育所落ちた。日本死ね!」という人に寄り添えるものでは無い。ほぼ「アベ政治」と同じものである(とゆうより、もう自民党では「アベ政治」的な人でない限り、公認など得られないのだろう)

 かつての「蟹工船ブーム」のように、共産党に風が吹いているわけではない…だからこの選挙、徹底的に「自共対決」に持ち込んで、戦争法、立憲主義、原発再稼働、アベノミクスの失敗、福祉・医療・教育に「財政出動」を行って経済を回す…というガチバトルにすること、「市民連合」的なものも、その辺のことをちゃんと打ち出して真っ向勝負をかけるしかないだろう。
 それでなおかつ、「選挙無関心層」の心を万単位で動かす「ドブ板選挙」が必要なのだ…また「市民連合」的なところが「共産党アレルギー」を出していてはイケナイ…現場ななかなか大変なのでゲソvirgo

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本土の人間、日米同盟支持の人間は、沖縄の怒りを聞け!

 もうこれ以上何も言う必要は無い…沖縄で20才の女性が、米軍軍属に暴行され、殺害されるという痛ましい事件が起こった…沖縄の怒が、また噴き出している。あたりまえだ…まずは山城博治さん、その他沖縄県民の怒りの声を聞いてほしい。(5月20日 約26分)

今日の報道特集 を見た(特集番組は沖縄とは別の話題であったが)…被害者は名護市出身だったそうな。あと、中谷防衛大臣も告別式に参列し、在沖米軍のトップ と会談したそうだが、何の解決にもならない!いや、彼らは「何も解決する気」はないのだsign03

 こんな奴らを、のさばらしていてはいけないsign03山城さんは沖縄県警に怒りをぶつけているが、彼が本当に怒っているのは米軍であり、その駐留を許している日本政府であり、それに無関心な本土の政権や民衆なのだsign03

 山城さんの演説にも、また報道にでも出てくるが、この事件を「タイミングの悪い時期に起こった」と言いなす政府関係者がいる・・・「タイミングの良い殺人事件」というのはあるのかsign01単に伊勢志摩サミットや、オバマ大統領のヒロシマ訪問を「演出」して、日米同盟…それは沖縄県民を殺しつつあるもの…の良好さを演出するのに都合が悪いというだけではないのかangry

 もう絶対に許さないsign03「辺野古新基地建設」を阻止し、普天間基地を無条件で撤去し、米軍を沖縄から追い出そうupwardright「野党共闘」がなんぼのモンじゃい…我々は実力で、米軍を沖縄から追い出すぞvirgo

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アメリカが核兵器を廃絶する気は、絶対に無い!

 オバマ大統領が27日、伊勢志摩サミットの後に被爆地、ヒロシマを訪問するという…現職大統領としてのヒロシマ訪問…しかしそこに「無差別大量殺戮兵器」である原爆を落としたことへの「謝罪・反省」はなされない。それどころか、安倍―オバマ(=任期が半年ぐらいしかないから、次期アメリカ政府)との間で、「原爆投下という悲劇を乗り越えて、より強固になった日米同盟」がアピールされるだけである。それはアメリカと一緒に、あるいはアメリカの意を先取りする形での、「戦争への道」である。被爆地ヒロシマとしては、たまったもんじゃないsign03
 オバマ大統領としては、2009年プラハで「核廃絶」演説をぶった後、「ノーベル平和賞」という愚劣な賞をもらったものの、具体的な核廃絶は何一つ行えず、北朝鮮との対話を拒否してかの国の核武装を「促進」させた。かような実績しか残せなかった自らの行為をなんら反省することなく「反核のオバマ」を演出し有終の美を飾ろうとしているだけである。

 しかしアメリカは本当に核を放棄するのだろうか?「抑止力」としての「戦略核」…すなわち弾道ミサイルや潜水艦から発射する核ミサイル、そして自らは傷つかないための「MDシステム」構築は当面、捨て去る様子はない。しかし、それだけではない。アメリカでは「戦術核」…すなわち実際の通常戦争で相手の基地だけを叩く核兵器の小型化が進んでいるという。
 
 何度も引用して恐縮だが「環境問題を考える」No.1104 (2016/05/14)日米合作のオバマ広島訪問の茶番劇 G7共同宣言によって北朝鮮との外交交渉は更に遠のく という記事に、そのことが詳しく書かれている。

 オバマ政権下、米国は2015年10月20日にネバダの射爆場で小型戦術核爆弾B61-12の3度目最終ラウンドの実験を実施しました。
 小型戦術核兵器を無人爆撃機に搭載することによって、米兵の核爆発に伴う放射線による被曝の可能性はなくなり、更に地上ロボット兵器の開発・実用化で、核兵器使用のハードルは低くなりつつあるのが現実です。


 そしてニューヨークタイムスの以下の記事が引用されている。

 核のない世界はウソ?
使いやすい小型ステルス核爆弾を米国が続々配備へ

 2016.01.25 20:00
 より核を使いやすい世界へ?

   歴代米国大統領のなかで、初めて核武装の解除を防衛戦略の一環に明言したオバマ大統領。ノーベル平和賞にも輝いた、核のない世界を訴えるオバマ大統領の演説に感動を覚えた人だっていたはずです。そして、ノーベル平和賞受賞後の2010年、オバマ大統領は「新たな核弾頭の開発は今後行なわない」とまで語っていましたよね……。
     ところが、いよいよ残る任期1年を切ったオバマ大統領政権下の米国は、いまこうした一連の宣言とは反対方向へ進んでいるのでは?   米メディアまで懸念を表明する、新たな核開発競争の先頭に立っているかのような軍事戦略の進行が指摘されていますよ。
     再開発された核弾頭に搭載される爆薬は、突き詰めるならば、新たに開発されたものではないとされてはいる。しかしながら、より狭いエリアでターゲットを絞って用いることができるようになり、より使いやすい兵器となるだろう。単に報復攻撃に用いるのみならず、先制攻撃にさえ使用しやすくなる。
     実は米国では、今後30年間に1兆ドルもの巨額の税金を投入し、全5段階におよぶ核兵器の再開発プロジェクトが進行中です。その第1弾となる、核爆弾「B61」の最新版「B61   Mod 12」の投下実験成功を祝って、こんな評論が紙面を飾りましたよ。えっ、いまってソ連と核競争でしのぎを削った1960年代だっけ?   先制攻撃にだって使いやすくなる核兵器の完成を目指す最新事情を伝えられ、あのオバマ大統領の構想はどうなったの?   当の米国でも非難が高まっているんだとか。
     ちなみに米国が古くなった核兵器を処分し、全体としては核爆弾の数が減少傾向に向かっているのは事実のようです。ただし、B61 Mod   12の例が示すように、以前からある核兵器の改良に努める再開発は、近年の北朝鮮による核開発疑惑を受けて、より活発になってきているのも現実とのことですね。
     その最先端となるB61 Mod   12は、より小型になって、ステルス性能まで備えることが高く評価されています。なによりも、ターゲットに合わせて、どれほどの爆発能力を備えるかを調節できるのが特徴的で、もっとも限定的に使う値に設定すれば、1945年に広島に落とされた原爆の2%の威力に抑えた超小型核爆弾が完成するとされていますよ。F35ライトニングII戦闘機に搭載し、狙った軍事施設のみに核を落としつつ、市民への被害は最小限にとどめられると謳われています。
 もし核兵器の精度を本当に向上させられるとすれば、なにが起きるだろうか?    もっといまよりも使える兵器になるということだろうか? その可能性は十分にあるだろう。
 B61 Mod 12の投下試験成功を受けて、核指揮能力も有するUnited States Strategic   Command(USSTRATCOM)の前トップのJames E.   Cartwright氏は、こんなふうにコメントしています。どうやら米国は、全体としては核兵器の削減に向かってはいるものの、保有核の精度向上により、核のない世界ではなく、より核を限定的に使いやすい世界を築こうとしているのかもしれませんね。その方向性をめぐっては、米国内でも賛否両論入り乱れており、真の意味で核兵器が用いられない世界の実現は、まだまだ前途多難のようです。
source: New York Times
    Adam Clark Estes - Gizmodo US[原文]
  (湯木進悟)


 つまり、米国は「小型戦術核」を通常戦争で使うという意思を持っている。そしてその相手は、ISなどの「反米テロリスト」もしくはそれを支援する国(地域勢力)…あるいは北朝鮮の核施設という可能性が高い(「中国」「ロシア」などの核保有国には、報復として核ミサイルが飛んでくるので、使わない)
 
 また、当然「小型戦術核」を使用する演習も行われるだろう…その場所は米本土でもあれば、複雑な地形を持ち、かつ「日米地位協定」で米軍機が日本の航空法を無視して自由に航行できる、日本の地であるだろう。かつての伊江島射爆場のように、無人機が模擬核爆弾を打ち込むという訓練が行われるかも知れない。

 本当は、このような欺瞞的なオバマヒロシマ訪問には、断固反対しなければならないsign03しかし、日本の左翼、リベラル勢力の多くがこのオバマヒロシマ訪問に屈服してしまっている。(中核派系や解放派系はデモとかするかもしれないが、完全に警察におさえこまれてしまうだろうなぁ~)

おまけ…もしオバマ大統領がヒロシマで「謝罪」したら…
 当然、過去に日本帝国主義が行った残虐行為を、安倍は謝罪行脚しないといけないようになる。当然のことだ。それも「パールハーバー」ではなく、南京であり、平頂山であり、重慶であり、シンガポールであり・・・なのだ。伊江島の阿波根昌鴻さんが作った「平和記念館」にある言葉・・・「原爆を落とした国より、落とされた国が悪い」

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地下水を保全し、井戸を掘っておくのでゲソ

 熊本大震災後1か月…地震や防災についてまた新たな知見が得られた・・・というより、「災害大国」日本では、常に「防災」について考えた街づくりや生活をしておかねばならないということを、あらためて突き付けられたということだsign01こんな場所で原発を作りまくり、いつ、どこで直下型地震が起きて「千何百ガル」という振動が起きる中、「六百ガル程度で大丈夫ですよ~」と原発再稼働を推進する、自民党をはじめとするあらゆる勢力を打ち倒そうではなイカhappy01

 今回、気になったのは「避難所等で水が使えない…」ということ。便所が詰まる⇒便所を我慢するため、水分を控える⇒エコノミークラス症候群…という負の連鎖もあるし、田園地帯なので米、食糧はあるものの、水が無いから調理が出来ないということも報道で知った。

 やはり水が必要なのだ。少なくとも「避難所」に井戸があって地下水をくみ上げることが出来れば、便所も流せるし、調理、洗濯等も可能だろう。暖かい時期であれば体を拭いたり、洗ったりすることも出来る。

 私の母方の実家には、今も井戸がある。もう随分使っていないが、そんなに深い井戸ではない。つるべで水をくむので、電気が止まっても大丈夫だ。飲料水として適当かどうかは分からないが、小学生の頃、夏休みには1~2週間ほどそこに「避暑」に行っていた…朝は井戸水で顔を洗い、歯を磨いていたから、そんなに問題はなかったであろう。当時は汲み取り式便所で、かつ祖母が畑の肥料として人糞を使っていたが、十分距離が離れていたこともある。

 もちろん地震時には、断層がずれたりした影響で水脈が切れ、井戸水が出なくなる可能性はある。しかしそれは起こってみないと分からないから、避難所や町のあちこちに井戸を掘っておくことは、防災上有効なことだろう。

 ちなみに、JR屋島駅前には、井戸がある。
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吸い上げポンプ式で、ちゃんと水が出るぞ~
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ただし、飲めません…何がいけないんだろう?重金属でも混ざっているのか?
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それでも、体を拭いたり、汚物を流したりすることは可能だ。

 とにかく、地下水の状況を調査し、井戸を掘っておこう…当然、地下水の質は担保されていなければならない。 沖縄 読谷村であったような土壌汚染 (米軍基地内やその周辺では、日常的に米軍による土壌汚染が引き起こされているだろう…それを元に戻す金は、日本政府が出すことになっている)は絶対に起こしてはならないし、原発の汚染水も、土壌に流してはならない。

 参考エントリー地下水を綺麗に保っていれば、なんとかなる話

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「小林新党」への評価について

かつてはゴリゴリの「改憲派」であったが、昨今の自民党、特に安倍政権になってからの「立憲主義についての無理解」にあきれ、今や反安保法制の旗手として「護憲・リベラル」勢力に立ち位置を動かした、憲法学者の小林節先生が、7月参議院選挙に向けて新党を立ち上げた。5月9日朝日新聞WEB(この時、実家にいて朝日新聞読んでいたんだけれど、気づかなかったなぁ~)
小林節氏ら参院選出馬へ 「安保法廃止」で政治団体設立
 安全保障法制を「違憲」として廃止を訴える憲法学者の小林節慶応大名誉教授(67)らが政治団体を設立し、夏の参院選比例区から立候補する意向を固めた。「反安倍政権」を旗印に候補者をインターネットなどで募り、小林氏も含めて選挙運動が認められる10人以上を擁立する方針。9日に記者会見して発表する。
 新たな政治団体は政策として、安保法廃止▽
言論の自由の回復▽消費増税の延期▽原発廃止▽「憲法改悪」阻止――などを掲げる。参院選では、公職選挙法の規定で政党に準じた選挙運動が可能になる「確認団体」となるために、少なくとも候補者10人を立てる予定。立候補に必要な供託金も、ネットなどを通じて支援を募るという。(以下略)

 政治団体名は「国民怒りの声」だそうな…また、朝日の記事では触れられていないが、「辺野古基地建設の見直し」も公約にあるという…これがちゃんと入っていることは、「安倍政治を許さない!」ための受け皿としては十分であろう。

 なんでも民進党側の、野党共闘への足並みの鈍さ…にブチ切れ、自ら立候補するとともに「政党」を作ったということのようである。

 ま、小林先生ぐらいの知名度と話の旨さ(ここ参照) があるから、小林先生一人ぐらいは確実に当選するであろう…また「参議院比例代表」というところ「のみ」から出るという意味も大きい。かつて参議院は「全国区」というのがあり、「政治家」としての手腕、「政党人」としての政治家ではない、様々な分野で活躍している有名人が「国政」にコミット出来る仕組みがあった…タレント議員として揶揄もされたが、青島幸雄氏や中山千夏氏なんかが有名である。「革命的左翼」もかつて、北小路敏氏を押し立て、選挙に臨んだことがある。「学者先生」が「全国区」的な比例代表から参議院議員になることで、参議院を「良識の府」として衆議院を牽制する役目を果たすことが出来よう。(「学者先生」ということであれば、山口選挙区で、野党統一候補として、纐纈厚山口大学副学長 を擁立した…この人は最初から「左翼」ではあるが…)

 ただ、小林先生「野党統一候補は、(公示)1週間前までにできれば良い」と言っていたことと矛盾するのではないだろうか?まぁ、早めに「民進党…そこには改憲を推し進める本体、日本会議と関わる議員もいる」を見限った…もっと言うと「頭がいい」ハズの岡田代表を見限った…ということだろう。それはそれで正しい判断かもしれない。加えて「政党」作ってある程度の知名度を上げるのに「公示前1週間」では間に合わない…連休明けのこの時期が一番良いと判断したのであろう。

 さて、問題は「比例代表」における「安倍政治を許さない!」票が分散してしまう…ということである。ぶっちゃけた話「安倍政治を許さない!」人は限られており、その中で票を食い合うことになる。(共産党支持者は共産党に投票するだろうが)…「無党派層」に浸透しようとしても、現在の公約では「無党派層」への支持拡大は困難だsign03「アベノミクス」大批判と、それに代わる「息継ぎ経済政策」をぶち上げない限り、無党派層の支持⇒無党派層の自公支持からの引き離し…は困難だ。

 ではこの「政党」の存在意義は何か、考えてみたら「反戦な家づくり」ブログのイマドキ不謹慎ですが新党の話など のエントリーの中で、こうゆう文言を見つけた。

 「この人が当選したら、どの党に入ったらいいんだ?」と思ったわけで。

 そう、「野党共闘」で「無所属」として立候補し、当選した人の受け皿になることである。(ちなみに纐纈厚先生も、無所属である)…なんか小林先生、うまく考えたなぁ~なんて気がする。
 「小林新党」の意義は、「民進党にもNO!」という「安倍政治を許さない人」への取り込みと、無所属統一候補の受け皿…の2つであろう。

 とはいえ、新左翼界隈に居る私にとっては「右派イデオロギー」を下敷きに出てきた「小林新党」では、左派的請願等の受け皿として役に立たない…というデメリットがある。もうそれは「社民党」しか頼るところが無いわけだから、私が比例で「小林新党」に投票することは無いであろう。

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「侵略!イカ娘」最終巻ゲットでゲソ~

 ついに「侵略!イカ娘」最終巻・・・22巻が発売されたので、すぐゲットしたのでゲソ…
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「終わらない夏休みがついに終わる!?そのときイカ娘は…!?」「ずーっと真夏の侵略コメディー、ついに完結!!」
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 ヒーローになったイカちゃん、可愛いでゲソ~
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やってることは、アン○ンマン?
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褒めるのが上手…清美タン
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ドジッ娘お巡りさん…古川蛍子タンも水着で登場…
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久しぶりに常田鮎美ちゃんも登場…なんか無理なくこれまで出てきたキャラクターが出そろってきます。
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「エビグッズ」に身をひそめ、イカちゃんをストーカーする相変わらずの長月早苗…
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回転ずしを楽しむイカちゃん…その前に「同胞」達は千鶴や栄子が無理やり食べている。
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「お掃除ロボット」に乗って楽しむイカちゃんかわいいでゲソ~
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夏休みが終わる1週間前、アメリカに帰る「米国地球外生命体対策調査研究所」のシンディー…イカ娘を「宇宙人」と認定、研究したがっていたのだが…

そして夏休み最後の日…
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イカちゃん、侵略開始でゲソ!しかし・・・安部先生はあとがきで
「一夏の物語としてどう締めるか、いろいろ考えました。アニメが2度も素晴らしい最終回をやってくれたので 原作として何を一番優先すべきか考えた時、残された数少ない話数、最後の最後までいつも通りの日常を描こうと決めました。(中略)いずれオールシーズンでイカ娘の日常を描きたいと思います。」とあるでゲソ・・・

ま、どうゆう結末かまでは、書かないでおこう。

おまけ…カラーページには「田辺梢」さんが登場…このキャラが、「タコ娘」そして「イカ娘の人間化」を暗示させるものだったのでゲソ・・・
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では皆さん・・・「イカロス」には気をつけるのでゲソよ・・・イカちゃんは、みんなの心の中にいるのでゲソ。

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父の急死と、通夜・葬儀あれこれ…

 父は85歳であった。5月5日、いつものように起きて、居間でいつものようにゴロゴロしていた…少し調子が悪そうだったが、病院には行かず様子を見ていた。夕方、壁にもたれていた父が突然「ふっふっ」と変な息をしたかと思ったら、急に呼吸が止まったそうな。で救急車を呼んで蘇生術等してもらたが、病院で死亡が確認された。死因を調べるため気管のあたりを一部解剖したそうだが、原因は不明だそうな…おそらく横隔膜を動かす神経系が変調をきたしたのであろうと私は思う…母にいわせればほんとうにあっけない死であったそうな。警察も家を検分したが「事件性無し」ということですぐに帰ったとのこと。
 もっとも最近は食が細くなってほとんど食事を取らない、大好きだった酒も飲まなくなっていた…母も覚悟はできていたようで、あまり取り乱した様子はなかった。ま、「大往生」といってよいだろう。
 「互助会」に入っていたので、そこの葬儀屋に葬儀等はお任せ…喪主は大阪在住の兄が行い、通夜・葬儀等の相談や手続き関係、親戚への連絡をほとんどやってもらったので、6日の夕方に帰宅した私がすることはほとんど無かった。
 帰ってすぐ、葬儀屋の霊安室に行き、父が横たわっているところを見た…ひげが伸びているところ(死後も毛根の細胞はしばらく生きているので、ひげが伸びる)以外は、安らかな顔をしていた。その日はそのまま帰宅。
 翌日、2時から葬儀屋さんと打ち合わせ…遺体の清めを行う…でっかい風炉のような所で、石鹸の泡を立てて父の遺体を洗ってもらう。父はとても気持ちよさそうだった。私たちも少し手や腕を洗わせてもらう。その後、納棺だ。一応、今回の通夜・葬儀に担当者が一人ついているのであるが、控室に入れ替わり立ち代わり「食事」担当や「花束」担当、「貸衣装(母の喪服…着物…は結婚当時買ったものだが、ほとんど着ないままタンスの中にしまっていたため、白い部分が黄ばんでしまい、とても着れるものではなかった。今の「着物」だといい化繊が使われているため、もう少しマシだろう)」担当…会社からの弔電も控室に直接NTTの人が配達に来てくれる。
 控室は6畳と4畳で、冷蔵庫、TV、風炉、トイレ付きとそこそこの旅館の部屋のようであった…ただ、窓が無い。通夜まで阪神戦を見たり、ニュースを見たりしていた。ニュースは3日間、お隣の金君の党大会の話題が中心で、閉口した。
 6時から通夜…親戚一同、とは言っても二十数名が集まる。通夜の読経の後に用意した食事は誰も取らず、弁当をもらって帰って行った。兄夫婦と母と私の4人で食べた。大学生と高校生の甥っこ2人がいれば、ちょうど良い量であったが、2人とも兄嫁方の祖母といっしょに帰った。母は枕が変わると寝られないというので、食後にタクシーで帰った。風炉はいって寝る…なんか暑くて寝付けなかった。
 翌朝、兄が車で母を迎えに行き(大阪近郊でも、葬儀であっちこっち移動するには車が要る・・・親戚もみんな車で来ていた)、喪服の着付けをしてもらって、11時から親戚一同で記念写真、11時半より葬儀。昨日の僧侶が豪華な?袈裟を着て読経。弔電の読み上げ等が行われた。
 出棺前の最後の別れに、みんなで花を父の眠る棺桶に入れる。ヒゲもそられ、安らかに眠っている。花はけっこう沢山あった。やがて出棺…棺を1階まで専用エレベーターで運び、親戚中の男手6人でかかえて霊柩車に入れる。霊柩車とマイクロバスで、市の火葬場へ、ここでも男手6人で棺を抱え、所定の釜の前に安置する。やがて棺は釜の中に自動的に入り、扉が閉まって焼かれることになる。
 その間、再び葬儀屋に戻って、昼食。「骨上げ」に参加しない人は弁当をもらって先に帰る。このあたりでようやく緊張が解け、久しぶりに会った親戚同士で話がはずむ。
 食後、またマイクロバスで火葬場まで行き、「骨上げ」である。火葬後の遺体というものを始めて見た…細い骨はバラバラになり、大腿骨や骨盤、頭骨などが残っている…とゆうような感じであった。喉仏(第二頸椎)は、小さくてもしっかり残っていた。これを喪主である兄が拾い、骨壺の脇に置く…あとは足のほうから骨のカケラをみんなで拾って骨壺に入れる。骨を拾う際、「長さがそろわない箸」を使うと聞いていたが、そんなことはなかった。全ての骨が骨壺に入るわけでもないので、一定のところで喉仏を入れ、頭骨でふたをするようにする。残った骨は火葬場の隅に集められ「供養」されるそうだ。
 「初七日」は1週間後だと今まで思っていたが、実は「骨上げ」をした日にまた葬儀場に戻って行うものだと知った。初七日の法要を僧侶にしてもらってから、その日葬儀場で行うことは終了である。
 
 実家に戻ると、葬儀屋さんが仏壇の前に祭壇を作りに来た。遺影の前に電気ろうそく、くるくる回る行燈、乾物のお供え物等を置いてから、帰って行った。四十九日までこれはおいておく。その間、基本的に線香は切らさない。普通の棒状線香は30分ぐらいしか持たない。ぐるぐる巻きの渦巻き線香というものを始めて見た。これだと10時間ぐらい持つ。

 翌日は葬儀代の清算(葬儀屋さんに出すもので、僧侶への「お布施」は別途直接お渡しする)や印鑑証明等の返還(「住基カード」も返還しないといけないのだが、「住基ネット」システムがほとんど使われず破綻したため、今やそんなモン、どこにあるか分からない…とりあえず「紛失した」ということにしておく)、後期高齢者健康保険証の返納が主で、これも全て兄が行ってくれた。なお、後期高齢者健康保険からは、いくらか葬儀代が後で出されるが、2年ほど猶予がある。

 基本的に、昨日の午前中でやることはほとんど終わった…後は実家の不動産登記の変更やなんやらである。預貯金はほとんど無い。「法定相続」なので、母が1/2、私と兄で1/4ずつの所有権が発生することになる。私はめんどくさいので「相続放棄」も兄に提案したが、母の判断能力が衰えてきているため、怪しいヤツに取られないよう、名義人の数は多いほうが良いということで、土地建物(建物の資産価値はほとんど無いが)を相続することにした。土地評価から相続税は払わなくてよさそうだが、土地の持ち分だけ、今後「固定資産税」を払うことになる。
 私は印鑑登録した「実印」を持っていない(母もそうである)…帰って琴電瓦町駅付近に印章店があったと思っていたが、無かった。ネットで探すと、おお、なんと今やネットでハンコを注文して、すぐに届けてくれる会社があるじゃなイカ…とりあえず安い「実印」を注文した。
 

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父が急死しました

 兄から電話があり「父が急死した」とのことです。
 警察の検死等もあり、通夜は土曜日になるようです。

 よって当面、ブログ更新を停止いたします。

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伊江島に行ってきた…

 いやぁ~昨日は「沖縄最後の夜」ということでしこたま飲んだので、ブログ更新ができなかったのでゲソ…そのかわり写真がつくぞ!
 辺野古現地はいちおう「平時」であるので、名護から本部に北上して、伊江島に行ってきたのでゲソ。
 天気は曇り…本部に入ると、琉球セメントの工場があり、そこから採石場が続く…
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この採石場からも、辺野古を埋め立てる土砂搬出の場となっており、地元で「辺野古土砂搬出反対全国協議会」に参加する団体がある。今回、この採石場を見ることが出来たのも収穫である。
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本部港のフェリー待合所…ここから奄美方面を経て鹿児島に向かうフェリーも出ている。
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10時発のフェリーに乗ろうとしたら、定員オーバーとのこと、で11時のフェリーに乗るために長い列が出来ている。
実は伊江島で、4月26日~5月5日まで「ゆり祭り」というイベントをやっている。それで観光客が多いのだろう。
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フェリーはこんなヤツ…とりあえず11時のフェリーに乗り込むことが出来た。Dsc04482

伊江島が見えてきた…真ん中の城山をのぞけば、ほとんど平らな島である。
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伊江島の港・・・本部から30分で到着。
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伊江島の地図…左斜め上は、米軍訓練場である。船を降りたらパンフレットももらった。
港の建物の2階で、マグロ丼を食し、出口でレンタルサイクルを借りる。
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 目的は、「ヌチドゥタカラの家」…伊江島訓練場の拡張に反対して闘い続けた、阿波根昌鴻氏が残した、闘争博物館である。阿波根昌鴻氏は、伊江島の「島ぐるみ闘争」を担ってきたばかりでなく、沖縄の「非暴力による抵抗」の象徴として、今に生き続ける人である。
 パンフを元に、海岸を少し上がった道を東に向かう。
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金城実さんが制作した像が入り口にある…
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これが「ヌチドゥタカラの家」反戦平和資料館である…しかし、あれだけいたフェリーの観光客はゼロ…だれもいない。
戸にカギはかかっておらず、自分で電気のスイッチを押し、入場料300円を自分で入れて中に入る。
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なお、阿波根昌鴻氏は、農民学校も運営していた…が自ら勉強が必要であると、東京に出て勉強をしたそうな。それが60代の頃である。
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中の写真は撮り放題?だろう…
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伊江島の訓練場で使われた「模擬原爆」…その他、薬きょうなんかが並んでいる。隣には「ゲンバクを落とした国より落とさせた国の罪は重い」と書かれている。阿波根さんの信念で「戦争の悲惨さ」だけにとどまらず、「戦争を起こしたこと」を悪とする…というものである。
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闘争に使われたスローガンや原則を書いた布、劇布の類い…
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いろいろ並んでいます。
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日の丸もある…米軍政下での「日の丸」は「平和憲法を持つ日本」の象徴であったのだ。
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戦争当時に来ていた服なども展示されている。また、写真は撮っていないが、阿波根氏が「米軍犯罪の証拠」として撮りためた写真なんかも展示されている。

綺麗に展示物を並べていないのは、ありのままを見てもらいたいからだそうな…で、阿波根氏は生前、この資料館に来た人に丁寧に説明をされていたとのこと。
行った価値は、ものすごくある…が、人が来ないのはやはり「戦争」というものが忘れられているせいだろうか?

 とりあえずノートに几帳し、感想を書いて、電気を消して出る。

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隣には「わびあいの里」という、これも阿波根氏の行った「障害者が働く施設」がある。そこでは伊江島での闘いについての本などを売っている。阿波根氏の著書、「米軍と農民―沖縄県伊江島」と「命こそ宝 沖縄反戦の心」(どちらも岩波新書)も置いている。後者を購入…1992年初版、2014年第14刷発行となっている…読み継がれているわけだ。
 管理人さん曰く、「香川県からの客は珍しい」とのこと…ま、地方都市では沖縄便は1日1本しかないですから…と答えておいた。

 ここを出て、SNSのお友達おススメ、団結道場に行くことにした…これは島の真ん中よりやや西にある。元来た道を自転車こいで進む。
 しかし、パンフの地図は分かりにくい…また平らな島といっても、真ん中は小高い丘になっているので汗もかく…農家のおっちゃんに道を教えてもらってそのとおり行くと・・・
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着きました、団結道場…
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演習地を直ちに撤去せよ!
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中は板の間に、机がおいてあるだけの簡素なもの。
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この団結道場が向いている方向に、未だ返還されない米軍演習場がある。
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一応、島にはバスも走っていて、ちゃんと「団結道場前」バス停もある。
ここを見たら、とりあえず帰ろう…ということで港に向かう。
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ちいさなヒマワリが咲いている。
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伊江島サイクリングは、こんな感じ…
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ミンカザントゥという、清水を溜めておいた所
まっすぐ行けば、港に戻る・・・自転車で2時間の旅、レンタル代金は1000円だった。
雨がぱらついていたので、建物の中に入り、アイスクリームを買って食べていると、寒冷前線通過に伴う大雨となった。
乗船時には激しく降っていたが、本部港に着いたら雨は小降りになっていた。しかし風は強かった。

本日、帰る前に辺野古の浜のテントに立ち寄る・・・明日でこのテントも4400日を迎える。
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シュワブ前666日目

今日はシュワブ前テントに行くことにした。名護から9時台のバスに乗り、第2ゲート前で下車。運良くテントから第3ゲート方面に監視&抗議にむかうデモ隊が舗道を歩いて来たので、そこに合流。コールしながら第3ゲート前へ。ここは海上工事の様子が良く見える所だ。
見た感じ、フロートは撤去されていた。しかしまだ完全には撤去されてないらしい。台船もそのままだ。何でも3週間ぐらいかけて撤去するらしい。台風とかが来る場合、2~3日で撤去してしまう...明らかにサボタージュであろう。もっとも、海に設置したブロック等をちゃんと撤去するのなら、そのくらい時間がかかるのではあるが。
台船等も1日置いておくだけで、作業員を張り付けておかねばならず、1日百万単位の金がかかる。3台の台船1ヶ月、作業無しで置いていても3千万だ!とっとと撤去してその金を熊本の被災地に回せという声が出る。
何人かがアピールした後、名護市議員の大城さんが「ここには沖縄戦当事、収容所があって、そこで亡くなった方の遺骨がねむっている。きちんと調査する必要がある」と述べられた。
その後、もときた道を戻って、シュワブ前テントへ…今日が666日目であることを示す看板がある。
天気は良好…日焼けしないようさっさとテント内に入り、木の板を渡した椅子に座る。辺野古の島袋オバーが近くに座っていた。
山城博治さんは今、辺野古の闘いを全国に広めるべく飛び回っているので、瀬長さんの司会でいろんな人が挨拶する。まず当面の目標として、県議会選挙で「オール沖縄」勢力を増やすことだ。また、沖縄の自民党候補予定者は、「自民党隠し」を巧妙にしている…例えば顔と名前だけのポスターで、どこにも自民党と書いていない…また「翁長は自民党を裏切った」ということも言っているようだ。中身は反対で、そいつらが沖縄を裏切ったというのが正解なのだが。
そのうち私の自己紹介…香川から辺野古埋め立て土砂を出させない運動をしている他、伊方原発再稼働阻止がいよいよ急務であること、野党統一候補(ようやく共産、社民、民信の予定候補者が出揃い、一本化に向けた調整が始まること)等を述べ、なかなか辺野古基地建設反対を押し進める状況ではないが、全国連絡協議会の取り組む土砂搬出反対署名や、ビラ撒き等を行う…と表明した。
辺野古土砂搬出反対全国連絡協議会は、4月19、20日に沖縄、本部の団体と共に沖縄で交流会を開催した。それにあわせて連絡協議会の冊子を作ったのであるが、早速シュワブテントで販売されていた。お昼休み、それを購入した人から「サインをください」と言われびっくり。私ゃこれにはほとんどかんでないのに…それべも裏表紙に「土砂搬出阻止!辺野古基地建設反対!普天間無条件撤去!」と書いてあげた。

昼食をはさむと、人が大分少なくなった。4月に行われていた「辺野古総合大学」では、200名もの人が集まったこともあるそうな。午後は替え歌やパフォーマンス、各人の喋りに費やされた。わたしの所にもまた回ってきたが、まさか「侵略のススメ」や「がルパン、カチューシャ(これは半分軍歌である)」を歌うわけにもいかず、四電前抗議行動で歌われている替え歌もあやふやだ…と、いうことで、国家の起源(遊牧民が農耕民を支配することで国家が出来た)と、日本国の始まり(7世紀に倭が滅んで唐の律令を取り入れた日本国が出来た)を話した。まあ評判はそのそこだったか?

3時半にはゲート前行動は終了…みんなで輪になって「座り込め」や「沖縄を返せ」等を歌ってお開き…第2辺野古バス停から、名護市内に戻った。

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カヌー教室で転覆でゲソ。

今日は日曜日なので、辺野古カヌー教室である。子どもも含め、初心者コースに5名が参加...ベテラン組も別途練習に励む。
昨日、ようやくフロートの撤去が始まり、カヌー隊は20余こぎ出して勝利の恣意行動を行った。

現在、辺野古には50槽余りのカヌーがある。大体「辺野古基金」で購入されたようなので、横には「辺野古基金」とかかれているが、中には「関西生コン」と書かれた物もある。
昨年、大浦湾でカヌー練習したとき、半袖のウエットスーツを着たため、二の腕を思い切り日焼けしてしまい、エライことになったため、今回は長袖のものを着用した。

キャンプシュワブの横の浜で練習。

カヌーはパドルを押して前に突っ込み、遠心力を利用して漕ぐのがコツ。

一人一人にベテランがバディーとして、マンツーマンで教えてくれるのでゲソ。

とはいえ今日は昨日より風が強く、波もきつい...真っ直ぐ行こうとしても、右の岩のほうに押し付けられる。
一旦、浜に上がって休憩の後、再び海へ…調子良く濃いでいたのだが、波を受けてカヌーが傾く…つい焦って腰が浮いてしまったようだ。あっというまに転覆してしまった。

幸い、救命胴着を着用し、私もそれなりに泳げるので何とかなったが、やhり一瞬パニクった。ベテランさんの連携により、無事に浜に戻る。

おおむねお昼になったので、カヌー教室はお開きになり、テントに戻って食事。

いやぁ~「海の使者」になってカヌーで活躍するまで、まだまだ足りないのでゲソ。

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