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父の急死と、通夜・葬儀あれこれ…

 父は85歳であった。5月5日、いつものように起きて、居間でいつものようにゴロゴロしていた…少し調子が悪そうだったが、病院には行かず様子を見ていた。夕方、壁にもたれていた父が突然「ふっふっ」と変な息をしたかと思ったら、急に呼吸が止まったそうな。で救急車を呼んで蘇生術等してもらたが、病院で死亡が確認された。死因を調べるため気管のあたりを一部解剖したそうだが、原因は不明だそうな…おそらく横隔膜を動かす神経系が変調をきたしたのであろうと私は思う…母にいわせればほんとうにあっけない死であったそうな。警察も家を検分したが「事件性無し」ということですぐに帰ったとのこと。
 もっとも最近は食が細くなってほとんど食事を取らない、大好きだった酒も飲まなくなっていた…母も覚悟はできていたようで、あまり取り乱した様子はなかった。ま、「大往生」といってよいだろう。
 「互助会」に入っていたので、そこの葬儀屋に葬儀等はお任せ…喪主は大阪在住の兄が行い、通夜・葬儀等の相談や手続き関係、親戚への連絡をほとんどやってもらったので、6日の夕方に帰宅した私がすることはほとんど無かった。
 帰ってすぐ、葬儀屋の霊安室に行き、父が横たわっているところを見た…ひげが伸びているところ(死後も毛根の細胞はしばらく生きているので、ひげが伸びる)以外は、安らかな顔をしていた。その日はそのまま帰宅。
 翌日、2時から葬儀屋さんと打ち合わせ…遺体の清めを行う…でっかい風炉のような所で、石鹸の泡を立てて父の遺体を洗ってもらう。父はとても気持ちよさそうだった。私たちも少し手や腕を洗わせてもらう。その後、納棺だ。一応、今回の通夜・葬儀に担当者が一人ついているのであるが、控室に入れ替わり立ち代わり「食事」担当や「花束」担当、「貸衣装(母の喪服…着物…は結婚当時買ったものだが、ほとんど着ないままタンスの中にしまっていたため、白い部分が黄ばんでしまい、とても着れるものではなかった。今の「着物」だといい化繊が使われているため、もう少しマシだろう)」担当…会社からの弔電も控室に直接NTTの人が配達に来てくれる。
 控室は6畳と4畳で、冷蔵庫、TV、風炉、トイレ付きとそこそこの旅館の部屋のようであった…ただ、窓が無い。通夜まで阪神戦を見たり、ニュースを見たりしていた。ニュースは3日間、お隣の金君の党大会の話題が中心で、閉口した。
 6時から通夜…親戚一同、とは言っても二十数名が集まる。通夜の読経の後に用意した食事は誰も取らず、弁当をもらって帰って行った。兄夫婦と母と私の4人で食べた。大学生と高校生の甥っこ2人がいれば、ちょうど良い量であったが、2人とも兄嫁方の祖母といっしょに帰った。母は枕が変わると寝られないというので、食後にタクシーで帰った。風炉はいって寝る…なんか暑くて寝付けなかった。
 翌朝、兄が車で母を迎えに行き(大阪近郊でも、葬儀であっちこっち移動するには車が要る・・・親戚もみんな車で来ていた)、喪服の着付けをしてもらって、11時から親戚一同で記念写真、11時半より葬儀。昨日の僧侶が豪華な?袈裟を着て読経。弔電の読み上げ等が行われた。
 出棺前の最後の別れに、みんなで花を父の眠る棺桶に入れる。ヒゲもそられ、安らかに眠っている。花はけっこう沢山あった。やがて出棺…棺を1階まで専用エレベーターで運び、親戚中の男手6人でかかえて霊柩車に入れる。霊柩車とマイクロバスで、市の火葬場へ、ここでも男手6人で棺を抱え、所定の釜の前に安置する。やがて棺は釜の中に自動的に入り、扉が閉まって焼かれることになる。
 その間、再び葬儀屋に戻って、昼食。「骨上げ」に参加しない人は弁当をもらって先に帰る。このあたりでようやく緊張が解け、久しぶりに会った親戚同士で話がはずむ。
 食後、またマイクロバスで火葬場まで行き、「骨上げ」である。火葬後の遺体というものを始めて見た…細い骨はバラバラになり、大腿骨や骨盤、頭骨などが残っている…とゆうような感じであった。喉仏(第二頸椎)は、小さくてもしっかり残っていた。これを喪主である兄が拾い、骨壺の脇に置く…あとは足のほうから骨のカケラをみんなで拾って骨壺に入れる。骨を拾う際、「長さがそろわない箸」を使うと聞いていたが、そんなことはなかった。全ての骨が骨壺に入るわけでもないので、一定のところで喉仏を入れ、頭骨でふたをするようにする。残った骨は火葬場の隅に集められ「供養」されるそうだ。
 「初七日」は1週間後だと今まで思っていたが、実は「骨上げ」をした日にまた葬儀場に戻って行うものだと知った。初七日の法要を僧侶にしてもらってから、その日葬儀場で行うことは終了である。
 
 実家に戻ると、葬儀屋さんが仏壇の前に祭壇を作りに来た。遺影の前に電気ろうそく、くるくる回る行燈、乾物のお供え物等を置いてから、帰って行った。四十九日までこれはおいておく。その間、基本的に線香は切らさない。普通の棒状線香は30分ぐらいしか持たない。ぐるぐる巻きの渦巻き線香というものを始めて見た。これだと10時間ぐらい持つ。

 翌日は葬儀代の清算(葬儀屋さんに出すもので、僧侶への「お布施」は別途直接お渡しする)や印鑑証明等の返還(「住基カード」も返還しないといけないのだが、「住基ネット」システムがほとんど使われず破綻したため、今やそんなモン、どこにあるか分からない…とりあえず「紛失した」ということにしておく)、後期高齢者健康保険証の返納が主で、これも全て兄が行ってくれた。なお、後期高齢者健康保険からは、いくらか葬儀代が後で出されるが、2年ほど猶予がある。

 基本的に、昨日の午前中でやることはほとんど終わった…後は実家の不動産登記の変更やなんやらである。預貯金はほとんど無い。「法定相続」なので、母が1/2、私と兄で1/4ずつの所有権が発生することになる。私はめんどくさいので「相続放棄」も兄に提案したが、母の判断能力が衰えてきているため、怪しいヤツに取られないよう、名義人の数は多いほうが良いということで、土地建物(建物の資産価値はほとんど無いが)を相続することにした。土地評価から相続税は払わなくてよさそうだが、土地の持ち分だけ、今後「固定資産税」を払うことになる。
 私は印鑑登録した「実印」を持っていない(母もそうである)…帰って琴電瓦町駅付近に印章店があったと思っていたが、無かった。ネットで探すと、おお、なんと今やネットでハンコを注文して、すぐに届けてくれる会社があるじゃなイカ…とりあえず安い「実印」を注文した。
 

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つつしんでお悔やみいたします。

投稿: 神道革新 | 2016年5月12日 (木) 14時12分

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