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「吉田・アチソン交換文書」と「サンフランシスコシステム」

 

 さて、ここまで書いてきた「基地権密約」と「指揮権密約」を担保しているのが、「吉田・アチソン交換公文」と「国連軍地位協定」である。「吉田・アチソン交換公文」というのは、サンフランシスコ講和条約締結後、米軍を日本に駐留しつづけるための「旧安保条約」が2国間で締結された後、その旧安保条約の「追加文書」として渡されたものであり、「この条約が発効したときに、もしもまだ国連が朝鮮で軍事行動をつづけていた場合は、日本が国連が、朝鮮の国連軍を以前と同じ方法で、同じ財政上の取り決めにもとづき、日本を通じて軍事支援することを可能にする」(英文からの矢部訳:p226)というのが核心部分であり、「朝鮮戦争の開始以来、占領体制のもとで日本がおこなってきた、そうした米軍への軍事支援を、日本が独立後もずっと継続する。その義務を負うとうのが、この『追加文書』のほんとうの意味だったのです!」(p128)と述べている。この文書は矢部訳の「国連軍」が「国連加盟の軍隊」に変更され、「朝鮮」という地域の限定を「不測の事態にそなえるため」わずかな修正(「極東条項の追加」とされる)を行い「吉田・アチソン交換公文」が誕生する。最終的には「日本は占領下で米軍(朝鮮国連軍)に対しておこなっていた戦争支援を、独立後もつづける法的義務を負わされてしまった」「現在の私たち日本人の日々の生活の基盤である日米の法的関係の本質が『占領体制の継続』よりもはるかに悪い、『占領下における戦時体制(=戦争協力体制)の継続』である」(p239)と結論づけている。S_000005


 「指揮権密約(統一指揮権)」は、これも日本ではほとんど知られていない「国連軍地位協定」にある。その第一条に関する議事録では「この協定の適用上、アメリカ合衆国政府は『統一指令部として行動するアメリカ合衆国政府』の資格においてのみ行動する。日本国における合衆国軍隊の地位は、
195198日にサンフランシスコ市で署名された、日本国とアメリカ合衆国とのあいだの安全保障条約にもとづいて行われるとりきめ〔行政協定〕によって定められる。」(p249)とある。ここからの説明はややこしくなるが、要するに「統一指揮権」を持つ「米軍A」との間で日本はあらゆる戦争協力を義務付けられているが、現実の協力は、巨大な既得権益を持つ「旧安保条約」で認められた「駐留米軍(米軍B)」に対して行われる構造となった。これが「吉田・アチソン交換公文」によって二重構造であり、戦争協力のみならず、日本軍(自衛隊)に対する「統一指揮権」にまで広がっていったわけである。
 
 ちなみにこの「吉田・アチソン交換公文」はダレスによって、新安保改定によっても影響をうけないよう米側の外交により、「①吉田・アチソン交換公文」は、「国連軍地位協定」が効力をもつあいだ、ひきつづき効力をもちつづける。②国連軍統一指令部のもとにある米軍の、日本における基地の使用や法的地位は、新安保条約にしたがってむすばれる取り決め〔=地位協定他〕によって決定される。」(p272)と日米で合意され、「朝鮮戦争が、平和条約をむすんで正式に終了しないかぎり、日本のアメリカに対する軍事面での完全隷属状態〔=「法的怪物」状態〕は永遠につづく」(p273)ということになったわけである。
 
 これがつい最近、誰の目にも見えるように現れたのが、昨年夏の安保関連法の強行採決である。「『日米安全保障協議委員会(2+2)』でアメリカとの軍事上の取り決めがすでに結ばれている以上、日本政府にとって国会の審議も、憲法をめぐる議論も、デモによって示された国民の民意も、本質的にほとんど意味をもたなかった。それらはどんな異常な手を使ってでも、無視し、乗りこえるべき対象でしかなかったのです。」(p286)と筆者は述べている。
 
 では、どうすればいいのか…「正体」が分かれは、それを止めればよい…というのが筆者の考えだ。
 
 日本近代史研究の権威であるジョン・ダワー氏は、日本の独立後も継続したこの異常なアメリカへの軍事従属体制を「サンフランシスコ・システム」と呼んでいる。ダワー氏は戦争の問題について「(日本にある米軍基地は)朝鮮戦争や、ベトナムやカンボジア、最近もイラク戦争などで使われた。これらの戦争は必ずしも正義とはいえないのに、日本はつねにアメリカに従い、意見をいうことすらできなかった。これでは将来、アメリカが世界で始める戦争に、日本は巻き込まれることになるでしょう(略)歴史家としてみると、これらのことはすべてサンフランシスコ・システムに期限があるのです」(「朝日新聞20121030日 p291」…ようするに「サンフランシスコ・システム」を終わらせることが大事であり、そのためには「アメリカと堂々と交渉できるようなきちんとした政権」を作ることが第一なことは言うまでもないが、そのためには「やはり徹底的に事実にこだわり、その事実にもとづいて議論したうえで、新しい国のあり方についての国民的合意を形成すること。そのために必要なことは、みずからの理念をただ声高に語るだけではなく、実際の現場を知る人の意見に、よく耳をかたむけることだと思います。」(p292)と矢部氏は述べている。
 
 その上で具体的に「フィリピンモデル」と「ドイツモデル」を「あとがき」の中で提案している。矢部氏は前著「日本はなぜ『基地』と『原発』をとめられないのか」の中で、「日本国憲法」は占領軍が作成したものであるが、その内容がとても良かったので、日本国民の中から「より良い憲法をつくろう」とする運動が起こらなかったということを書いている…前著は2014年だから、いわゆる「新9条論(9条に自衛隊…軍の保持を明記するとともに、個別的自衛権は認めるが、集団的自衛権は認めない…とするもの)」に近い意見を述べていた。フィリピンモデルはまさに「外国軍の存在は違憲」と明記することによって、「在日米軍の撤退」(仮に米軍が必要だとしても、「安保条約」や密約関係を清算してしまう)ことを目標としている。ただ、本書では「憲法改正」のやり方については、先人の残した「歴史」を尊重し、大幅な改変を伴わない「アメリカ型」の「修正条項追加」方式を提案している。
 
 ドイツモデルとは、要するに「朝鮮戦争を終わらせる」ことである。朝鮮戦争が今だ休戦状態で「朝鮮国連軍」が存在するから「サンフランシスコ・システム」が出来たのであるのだから、関係国がWin-Winの関係になるよう朝鮮戦争を終了させ、南北朝鮮の平和条約の締結、「連邦国家化」等を目指す外交努力を行うというものだ。
 
 いずれにしても「アメリカと堂々と交渉できるようなきちんとした政権」を作ることが前提となる…そのためには「革命的」に民衆と政治諸党派が変わらないといけない。「サンフランシスコ・システム」に乗っかったまま、それを強化すると同時に、民衆の不安・不満を「大日本帝国憲法」並みの力で抑える「改憲」を目指す安倍政権と、「サンフランシスコ・システム」とは何か理解できていない野党勢力の「改憲議論乗っかり」では、まさに「日本は戦争が出来る国」への一直線でしかないということを持って、この本の紹介を終わることにしよう。

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