本日付で会社を辞職…大阪に帰るでゲソ
実は本日付で、長年勤めてきた会社を辞めることになった。
なぜ辞めるのか?本ブログを数年読み続けた人は分かるかもしれないが、四国に来てから毎年のように1~2ヶ月、「病欠」をするようになった(そのため「三里塚」にも行けない状況も続いた)…また、病欠しなくても、体調不良が時々出て、朝起きられず昼過ぎまで寝ている…当然、その日は年休を取ることになる…年休の「計画的取得」が出来ず、鉄道による「侵略旅行」もままならない。
なぜ、こんなに急に体調不良が続くのか…肉体的、内科的に検査しても悪いところは絶対に出て来ない…まぁ、「双極性感情障害」が出るのが酷くなったわけであるが、それもなぜだか良く分からない。(それに「躁」になるシーンはほとんど無い…薬で「躁」を押さえているような状況だ。もっとも「双極性障害」の場合、躁になるほうがタチが悪い。出来ない約束をする、カードで大量の買い物をする等、あとで鬱になった時に思いきり困るからだ。
昨年は9月半ばから11月半ばまで病欠した…仕事から離れると1か月ぐらいで体調は良くなる…病欠明けは「よし、次から仕事頑張るぞ!」とか「今年は『病欠』しないようにしよう」といったやる気も出ていた。
しかし、今度は違った…2月末~3月の年度末にかけ、体調不良が出だし、朝、起きられなくなった…もう「ガルパン」の冷泉麻子 状態である…あ~あ…この時に何かふっきれちゃって、「もうこの会社で働くのは無理だなぁ~」と思った。
仮に休んで体調が良くなっても、現場に行かないといけない日に「体調不良」がまた起こるかも知れない。これでは会社にも迷惑をかける。
もちろん会社側としても、私の「病気」にはそれなりに配慮はしてくれた…がゆえに、現在のポジションがある(ただし50歳近くになっても、「役職」もない単なる平社員である)が、根本的解決にはならなかった…
多分「会社で働く」ということと「自分の相性」が会わないまま、ジグソーパズルの1ピースとして「無理に」収まっていたものが、今回ついにポーンとはじけ飛んだ感じなのである。
4月から再度「病欠」を続け、会社側も「考える時間」をくれるため「病欠期間」を伸ばしてくれた(その間、父親が亡くなるという出来事もあった)が、まぁいろいろ考えて8月には「会社を辞める」という結論を出した次第である(病欠中にいろいろ「活動」はしていたが、遠方に出たのは5月連休時の沖縄行きと、7月末の伊方現地ぐらい)
ということで、本日付けをもって会社を辞め、無職となる…実家に帰って母親と二人暮らし、退職金はそれなりに出るので当面の生活は困らないが、何か「身の丈」にあった仕事を探さないといけない。なお、引っ越しは「燃えないゴミ出し」の都合により、22日となる。
というわけで皆さま…四国侵略をあきらめ、関西に戻ってきます。
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