天皇退位・改元と明治150年イデオロギー攻撃を粉砕しよう!
年頭あいさつその4
2018年は、天皇制攻撃が激化する…高齢を理由とした天皇「退位」が翌年に控えているからだ。天皇代替わりを期に、メディアの「平成30年を振り返る」だの、天皇アキヒトの足跡を振り返るだのキャンペーンが張られることは間違いない。
天皇制は「終わった」存在ではない…その証拠に現憲法では1〜8条までが「天皇」に関する規定だ。これだけがんじがらめに縛っておかないと、民主主義国家の存在を脅かす、そういう存在なのである。また天皇の「国事行為」は、憲法によって規定されている。しかしそれに基づかない行為、例えば行幸だとか、災害被災地への慰問とかを盛んに行い、大々的にマスコミで報道される…そのこと自体が、国民統合という政治行為である。今回の退位自体、天皇がそういったことを行う体力的な力が無くなったと、マスコミを通して国民に語り掛けるという形をとって国会で立法化されたものである。そういった意味で天皇が憲法に則らず政治に介入した結果が、今回の退位なのである。
安部晋三の憲法・立憲政治無視の態度があまりにも酷いため、一見、現天皇アキヒトは一見、憲法を護持し平和を尊重するような人物に見える。いわゆる護憲を掲げるリベラル勢力の中にも、このような天皇の態度に好感を持ち、期待する傾向もみられる。しかし、先にも述べた通り、天皇は憲法によってがんじがらめに縛られていること、さらに現行憲法が、先の大戦で天皇が戦争責任を取る…昭和天皇の退位や、天皇制の廃止を含む…ことと引き換えに成立したという面もあることから、天皇が「護憲」であることはむしろ当然であり、なんら褒めたたえられるものではない。
天皇(制)は成立した古代の一時期を除き、自らを維持するための暴力装置=軍を所有せず、その時々で一番武力のある勢力に「権威を与える」ことをもって自らの一族を生きながらえさせる戦略をとってきた。だから代々の天皇は、江戸時代には徳川幕府の決めた「禁中並びに公家諸法度」を、明治維新後には薩長藩閥政府がつくった「大日本国帝国憲法」を、そして戦後はアメリカ・進駐軍が「つくった」日本国憲法を、守らざるを得ないのである。ちなみに「改憲」が行われ、天皇が「元首」となった暁には、確実に彼らは民衆の上に「元首」然として君臨し、そのように振る舞うに相違ない。
自ら暴力装置を持たないとはいえ、天皇制が暴力によって支えられていることは言うまでもない。「神聖」にして「侵スべカラズ」と規定されていた大日本帝国憲法下では、「大逆事件」がでっち上げられて幸徳秋水を始めとする日本の革命家が殺されているし、「象徴」とされる現憲法下でも「天皇(制)」に反対する者、異を唱える者には右翼による暴力が待っている。天皇制を熱烈に支持する右翼によって殺された活動家・指導者は数知れない。現在でも「反天皇」を掲げてデモをすれば、右翼が襲撃してくるのだ。
生まれた血筋によって「貴い」あるいは「卑しい」とされる身分制の、最頂点に立つものは、日本社会においては天皇に他ならない。天皇制を肯定している限り、生まれながらの貴賤を否定することは出来ず、人間はみな平等であるという、社会が勝ちとって来た理念に反する。また戸籍というのは天皇の「臣下」であることを印した「奴隷名簿」に他ならず(よって天皇家には別途「皇籍簿」という名簿が存在する)、外国籍の人が日本国籍を得るということは、新たに「戸籍」を作ることに他ならない。「被差別部落」問題を始め、外国人への差別、あらゆる差別に天皇制がつながっているのは明らかである。
また天皇制は、反知性主義の基でもある。「教育勅語」は「朕思うに…である」と、「道徳」が「天皇」の下になるように書かれていることも問題なのである。道徳や学問、真理は誰か一人の「王様」にひれ伏すものではなく、絶えざる研究や批判を通じて得られるものなのだ。だから「誰それのエライ人が言っている」から真理なのではない…こういった権威主義から自由になるためには、「天皇はエライ」と無批判に尊重していてはダメなのだ。批判されるとその存在が揺るぐのが、記紀神話の万世一系に基づく「天皇制」なのだから、天皇制というのはそもそも批判を許さないものだ。だからこんなものがまかり通っている世の中に、健全な知性なぞ存在し得ないのである。
天皇制のみならず2018年は「明治維新150年」という年でもあって、安倍政権はこれを大々的にキャンペーンしようとしている。しかし明治維新あるいは「明治」という時代も詳細に見て行けば、決して立派な歴史であったわけではない。江戸幕府という「封建制度」の権力が倒れたものの、民衆の力は及ばず、自由民権運動が「敗北」して近代天皇制が確立した時代でもある。また日本が海外に植民地を広げ、戦争と民族抑圧をほしいままにしてきた歴史でもある。こんなものを無批判に賛美するわけにはとうていいかないのだ。
2018年は天皇「代替わり」賛美攻撃と、明治150年賛美イデオロギーを粉砕し、天皇制を徹底的に批判しよう民衆の歴史と時代、世界観を勝ち取ろう
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