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マウンダー極小期と、小氷期

 寒くて、太陽黒点が減っている(太陽活動が不活発)ことの、続き…

 1645年から1715年の間、太陽黒点がほとんど観測されなかった時期がある。30年間で観測された黒点の数は、約50個!普通なら4~5万個の黒点数が観測されたハズなのだが…この黒点数が非常に少なく、太陽活動が不活発になっていた時期を、マウンダー極小期 と呼んでいる。

 この時期、ヨーロッパや北米で気温が低く、テムズ川が凍結し、人々はスケートや氷上縁日(フロスト・フェアー)に興じていたといわれる。それぐらいならまだしも、低温期にはあちこちで飢饉が起き、ペストも流行したそうだ。

 もっというと14世紀半ばから19世紀半ばまでは小氷期 と呼ばれる寒冷な気候の時期が続いていた。この間にシュペーラ極小期 (1420年~1570年)や、ダルトン極小期 (1790年~1830年)と呼ばれる、太陽活動が低下したであろうとされる時期がある。ただし、太陽黒点の極端な減少という形で裏付けられているのは、マウンダー極小期だけである。

 小氷期の前は中世の温暖期 と呼ばれる時期が、10世紀から続いていた…小氷期に入ったであろう1347年、シチリアにペストが上陸し、瞬く間にヨーロッパで大流行した。おお、フランス大革命からナポレオン戦争、そして1830年革命までのヨーロッパの激動って、まさにダルトン極小期の時期じゃなイカ?

 寒いと、ロクなことはない…日本においても、小氷期の影響は飢饉などの記録によって確認されている。また、中世の温暖期は「平安時代」の貴族文化が栄えているが、小氷期は南北朝動乱から江戸時代後期まで、「江戸幕府」の安定期間(それでも飢饉は多くあり)を除いて、けっこう動乱な時代であったわけだ。

 ちなみに地球温暖化を「扇動」する「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」は、小氷期が全地球的に気温が低かったとは捉えておらず、あくまで北半球だけの気温が低かったものとしている。とはいえ、「産業革命以降、気温が○○℃上がる(った)」という表現には、注意しておくべきだ。なぜなら産業革命以前は、寒かったのだから

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