ナチスの「手口」と緊急事態条項…「歯止め」事例
緊急事態条項は先にも書いた通り、危機に際して権力を行政府に集中させて「対応」し、危機が去ればまた権力が分立した「立憲主義」の態勢に戻るもの(シュミットの分類でいう「委任独裁」を一時的に与えるもの)として規定される。そこで「立憲主義」体制から緊急時に移行するにあたっての厳格な規定や、立法府のかかわりなどが「歯止め」として作られないといけないわけだ。
ワイマール憲法においても、緊急事態権限の内容を詳細に規定する法律が予定されていたのだが、それらは未完であった。ゆえに制度の破れ目から緊急時に「主権独裁」が現れ、立憲主義体制を破壊し、ナチス独裁に向かったのである。
だから現ドイツ基本法(ボン基本法)において、緊急事態条項には十分な歯止めが存在する。
1949年に制定された「ボン基本法」では、草案の段階では緊急事態条項が存在していた。だが濫用への不安と、ドイツを「占領」していた西側諸国が、有事における全権を確保しておきたいという理由から、削除されたのである。
東西冷戦下で「再軍備」も進む中、緊急事態条項を求める軍や警察関係者の声がたかまり、その導入については1958年頃から議論が進められてきた。緊急事態条項が盛り込まれたのは1968年の第17次基本法改定時である。
緊急事態は、対外的緊急事態(外部からの武力攻撃)と、対内的緊急事態(州でクーデターが起きた場合と、災害時)に分けられ、対外的緊急事態の認定は、連邦議会が行うということになっている。急ぐときは「合同委員会(連邦議会議員32名と連邦参議院議員16名の常設の委員会…法律の制定や首相の選定も出来る)」が行う。連邦議会は連邦参議院の同意を得て、合同委員会が発した法律を廃止することは可能である。また、合同委員会が定めた法律や命令は、緊急事態終了後、遅くとも6か月または続く会計年度終了後に効力を失うとされている。
国民の基本権の制限については、信書・郵便・電報の秘密の制限、職業・職場等の選択の自由制限、財産権の一部が公的収用に際しての補償が平時と異なる、拘置所の留置期限が少し伸びるといったことが行われるが、権力側のさじ加減でなんでも停止・制限できるという規定はない。
災害等の対内的緊急事態については、警察力を含めた連邦政府と州は、通常の範囲を超えて連携せよと書いてある程度であり、移転の自由や住居不可侵が一部制約をうけるものの、国民の基本権を制限するものではない。
ドイツではこのようになっているが、比較としてフランスやアメリカも見てみよう…フランスでは、第五共和国憲法第16条が緊急事態条項で、大統領の権限が非常に強いものである。ただ共和国の制度や国の独立、領土の保全、国際協定の履行が重大かつ切迫して脅かされており、憲法上の正常な運営が妨げられている場合にのみ発動が可能であるとされている。
また、2008年に憲法院(憲法裁判所みたいなもの)の審査を求める第6項が追加された。30日以上の緊急事態権力が行使された後、国会議員議長、元老院議長、60名の国会議員もしくは60名の元老院議員は、憲法院に審査を申し立てることができるのである。
別途、戒厳令の規定が憲法36条にあり、戒厳令は大臣会議が布告するが、12日を経過したものの延長は国会のみが可能である。このように、憲法院、立法府による「しばり」が存在する。
アメリカには憲法で緊急事態を想定している条文はごくわずかで、第一篇第九節第二項に連邦立法権の制限として、人身保護令状の特権は…停止されてはならない…とあるのと、第二篇第三節 大統領の義務として、非常の場合には両議院またはいずれかの一院の召集することが出来る…云々とあるだけである。
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