「成長」には2つのタイプがある
「そろそろ左派は経済を語ろう」本について、いろいろ興味深い記述や指摘、ツッコミを行っていくコーナー… 第1章「下部構造を忘れた左翼」の中で、松尾、北田、ブレィディの3者は左派・リベラルが「経済成長」について語らない、それどころか「脱成長」を語るが、それでは現在「貧しい人」にとっては何にもならない、むしろ害毒であると説く。特に北田暁大氏は手厳しい…
「だから、ゼロ成長社会がいかに人々を苦しめるものなのかという現実的な問題をすっとばして、豊かなインテリが「もう経済成長はいらない」なんて言っても、長期不況に苦しめられてきた人にとっては、単なるお金持ちの戯言にしか映らないんじゃないかと思うんですよ。もっと厳しく言えば、古市=上野の牛丼福祉レジームは単なる「勝ち組」の思想です。それでわたしは上野千鶴子さんや内田樹さんなんかの脱成長論を批判して「脱成長派こそ勝ち組のネオリベ思想じゃないか」という文章(「脱成長派は優し気な仮面を被ったトランピアンである」(̪̪『シノドス』2017年2月21日) を書いたんですけど…」(p28₋29)
で、このへんの「混迷」について、松尾氏が分かりやすい解説をしてくれている。
「たとえば、経済学では、普通何でも修飾語をつけないで「成長」と言ったら、ものをつくって売る側―供給能力(サプライ・サイド)―の成長のことを指す場合が多いんです。この場合は、たとえば労働者人口がどれだけ増えていくかとか、機械とか工場とかがどれだけ増えていくかという話になるので、成長の天井が上がっていくことを指しています。」(p31)すなわち「経済成長」とは供給能力の限界を克服する、「成長の天井」「経済の天井」を上げること、これを経済学では「長期の成長」と言うのだそうな。
その「供給能力」に対して需要が少ない場合、だれも製品を買ってくれないわけだから、供給能力に達するまで生産が行われない。これが「不況」であり、生産が行われないから失業者も増え、ますます需要が少なくなる。そこでケインズの言うように政府支出を増やして需要を喚起すれば「そうやって需要が増えて、その結果、企業の人手が足りなくなって雇用も増えていくと、経済の天井(生産能力の天井)にいきつくまでは生産が増えて行きますよね。専門的に言うとGDPギャップが埋まっていくということなのですが、これが二つ目の経済成長です。」(p36)これを松尾氏は「短期の成長」と表現している。
この「長期の成長」(「成長の天井」)と「短期の成長」ともに経済学では「経済成長」と言っているので、ややこしくなる…p38にこの関係を図示してあるが…
「成長の天井」は時間軸と共に右肩上がりになっているが、現実の成長は成長の天井まで伸びたり縮んだりしている。成長の天井と現実の天井との差が、「GDPギャップ」であり、需要が供給能力に対し少ないことを示している。逆に需要が増えても「成長の天井」(供給能力)に抑よって頭をおさえられるので、天井の成長率以上に経済は成長しないのである。
で、この「短期」の成長現象が必ずしも時間的に短いと言うわけではない…「しかし、ケインズが1930年代に発見したように、社会が「不完全雇用均衡」という状態に陥ったまま、経済がずっと停滞し続けて、いつまでたっても天井にぶつからないということが起こりえます。つまり「短期」の問題が、10年、20年にもわたって続いてしまうということもあるわけです。」(p38)…これが日本の「失われた20年」にも当てはまるのだ。
あと、「長期の成長」「成長の天井」を右肩上がりにするのが、イノベーションを起こすための文字通り「成長戦略」であり、また「構造改革」であった。古い時代の「高度経済成長」は、インフラをバンバン整備することで「成長の天井」を右肩上がりにしていったともいえる。長期の成長と短期の成長の違いを、松尾氏は「桶と水」にも例えてp41で説明している。
「僕はこの二つの経済成長の関係を、桶の中に入った水に例えたりもしています。桶の中に水(労働者)が入っているとして、その水がめいっぱい入っている(完全雇用)とみなして桶のサイズそのものを拡大しようとするのが天井の成長を重視する経済政策で、これに対して桶に水がぜんぜんはいっていないから(不完全雇用)、景気対策をして桶の中に水をもっと注ごうとするのが短期の成長を重視する経済政策です。」(p41₋42)
なるほど、これで「脱成長」論者と、松尾氏らのいう「経済成長が必要」論のギャップが良く理解できる。
これについての論評は、また後ほど…
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