旅行・地域

佐喜真美術館とゆいレール

 22日は帰阪の日、名護を出て宜野湾の佐喜真美術館へ行くことにした。名護からここに行くには、辺野古を経由する77系統のバスで普天間で降りて歩くのが王道だろうが、高速バスの中城(なかぐすく)パーキングにあるバス停も地図で見たら近い!ということで高速バスで中城バス停で降りて佐喜真美術館に行こうとすると…
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 えらく坂を上ることになった…向うに見えるのが高速道路…グーグルマップとか、道路地図は土地の高低が分からないから、こんなことになる(^^;;
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  さっきのところから少し進むと、すぐ宜野湾の市街地に入る…下り坂はそんなにきつくない、ということは、宜野湾市や普天間基地は高速道路よりも標高が高いということになるわけだ。先に見えるバス通りを右に曲がると、佐喜真美術館に行く道にすぐ出ることになる。

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 目印としては、宮脇書店を覚えておくとよいだろう…公園通りを真っすぐ進むと…

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 案内看板が出ている。

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 すぐに佐喜真美術館が見えてくる。この日は幼稚園児たちが先生に引率されてきていた。「今日はここで何の話を聞くのかな…戦争の話ですね」「みんな沖縄で戦争があったこと知ってますか?」「知ってる~」
 開館時間は9:30~17:00、入館料は800円である。佐喜真館長自らが切符を売ってくれた。
 実はここ、何年か前に一回行ったことがあるのだが、今回の目的は「命どぅ宝 沖縄戦の図 全14部 展」である。
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 「沖縄戦の図」は、丸木伊里・丸木俊さんが最晩年に取り組んだ八連作…取材も含め6年かけて制作したものだ。企画は9月25日から12月16日まで。
 展示されている絵を見ると、やはり圧倒される…黒い画面に赤い血がところどころある…そんな感じ。ピカソの「ゲルニカ」(本物を見たことないけど)を連想させるような「集団自決」という絵もある。「ひめゆりの塔」では、火炎びんを投げようとする若者と、前の天皇夫妻が描かれている。
 いやぁ~行ってよかった!

 美術館自体は小さいので、絵はすぐ見終わった、美術館の屋上に上ると、普天間基地が一望できる。館長は「基地が出来る前は松並木がありました。それを想像しながら見て下さい」と言う。館内には基地を「引き取ろる行動」系の本がちらほらとある。
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 こう階段を上って、その先に

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 この四角い窓から、基地を望むような作りになっている。

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 滑走路はあんまり見えず、こんもりとした森が広がっているのが見える。また今日、この時は訓練が行われていないのか、とても静か。

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 敷地内には、亀甲墓がある。
 さて、佐喜真美術館を後にしてバスに乗車…国際通りに入る安里バス停で降りて昼食の後、牧志駅からゆいレールに乗ることにする。
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 目的は、10月1日に首里から「てだこ浦西」まで延伸された区間に乗車するためである。

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 牧志駅の改札内、案内表示には「てだこ浦西」と書いてある。
 モノレールはいつものとおり、満員御礼!といいたいとこだが、「おもろまち」駅でなぜか多くの人が下車…大型ショッピングセンターもある新都心だからということらしい。
 首里に向かうモノレールは、ドンドン標高を上げていく…琉球王府も高い所にお城をつくって、民衆を見下ろしていたということだろう。首里城公園は見えるが「焼け跡」はよく分からない。
 首里を過ぎれば延伸区間…なんか乗車している人は少ない。平日の昼とはいえ、大丈夫か?ゆいレール。
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 石嶺、経塚(ここから浦添市)、浦添前田を過ぎ、道路と並行して掘られたトンネルを抜けると、終点のてだこ浦西駅に到着!完乗闘争勝利!
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 向かいのホームには、那覇空港に戻る車両が待っていた。

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 終点の様子…高架橋は一般道路で、向うにすぐ高速道路が走っている。

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 改札を出たところ…まだまだ周辺は工事中だ。

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 パーク&ライドで利用する駐車場も整備されている…こうゆう取り組みで公共交通機関になじみの薄い沖縄の人を取り込み、利用者を増やすことも必要だ。

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 高速道路まで行ってみると「幸地」バスストップが近い…まあ、ここで乗り換えるという需要はあまり期待できないだろう。

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 駅の様子は、こんな感じ…一通り見たので、ここから那覇空港に戻る。始発駅での特典、前面展望ができる一番前の座席に座り、40分ばかりモノレールのアップダウンを楽しませてもらった。

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残念な首里城炎上

 今日朝起きてPCを起動し、インターネットに繋げるととんでもない事件が起こっていた。Y!ニュース共同通信
沖縄・首里城が炎上、7施設焼失 正殿から出火か、城跡は世界遺産
 31日午前2時40分ごろ、那覇市の首里城で煙が上がっていると、警備会社から119番があった。正殿などが激しい炎を上げて燃え、正殿と北殿、南殿が全焼するなど主要7棟の計約4800平方メートルが焼失、午後1時半ごろに鎮火した。周辺住民30人以上が一時避難したが、けが人の情報はない。市消防局によると、正殿内部から火が出た可能性が高く、那覇署と出火原因や経緯を調べている。
 琉球王国の中心地だった首里城は太平洋戦争で全て焼失、その後主な施設が復元された。7棟は対象外だが、首里城跡を含む「琉球王国のグスクおよび関連遺産群」は2000年に世界文化遺産に登録されている。

 火災の原因はまだ分かっていないが、沖縄観光のシンボルの一つであり、沖縄が日本とは違う国家・国政であったことを示す建造物で、沖縄県民の心の拠り所となっていた首里城が、あっと言う間に灰燼になった。残念であるとしか言いようがない。
 首里城には、1997年、初めて沖縄に行った時に訪問している。当時はまだモノレールもなく、分かりにくいバス路線を、これまた不案内なバス停の案内表示をみながらなんとかたどり着いた。首里城は復元されて数年…日差しの強い中歩き回り、大きくて広いのが印象的だった。ただし展示物についてはほとんど覚えていない。97年といえば、ちょうど普天間「返還」その代わり辺野古に代替施設を…というようなことが出始めていた頃だ。
 それから二十余年、今は年に1~2回は沖縄に行き「辺野古新基地建設反対!」なんてことをやっている。だが沖縄「観光」はほとんどやっていない。首里城にも全然、行ってなかった。
 10月1日にゆいレール がてだこ浦西駅まで延伸したので、こんど行く時は延伸部分に乗車…ついでにまた首里城にでも行ってみるか…と思っていた矢先に、この火災である。本当に残念だ。

 沖縄県の玉城知事は、「必ず復元する」 と宣言している。復元には莫大な資金と労力、さらには知恵や技術も必要とされるが、困難にめげずに取り組んでもらいたいと思うし、我々もなにがしかお手伝いが出来ればとも思う。

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三陸の「復興」もしくは国土強靭化を見て…

 半月ほど、三陸鉄道とその周辺の「乗り鉄」記事を書いてきた。実質、3日間ほどしか現地にはいなかったのであるが、いろいろと「復興」に向けた防潮堤工事や、バイパス道路工事を見ることが出来たのは大きかった。
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 震災・大津波から8年余、まだ仮設住宅に住まざるを得ない人、原発事故で避難生活を余儀なくされている人もいるが、多くの街では高台とかにちゃんとした住宅が整備され、そこで暮らしている。交通網も元に戻った…その上で、さらに「安全」を目指して、防潮堤や道路の工事が今も行われている。
 防潮堤にしろ、バイパス道路にしろ「ここにこれだけのものが必要なの?」というくらい大きい、あるいは立派なものだ。だがここには8年前、確かに巨大な津波が来た…同じ程度の津波は、また来るだろう…そのためにはこれぐらいのものが必要だ!というのは、痛いほどわかる。

 ここで一つ疑問が出る…同様の津波は、今後30年以内に高い確率で来ると言われる、南海トラフ大地震においても起こるとされている。にもかかわらず、例えば高知県の海岸沿いで今、このような大規模な防潮堤工事やバイパス道路工事を行っているということは聞いていない。何が言いたいかというと、三陸で巨大な土木工事が「必要」だからバンバンやっている、だが他の「必要なところ」ではそれがなされていないのではないか?ということだ。
 道路については、もともと三陸地域には、三陸自動車道などの計画・構想があって、震災後は「復興道路」と位置付けられ、予算を投下して建設が勧められた。道路建設は周辺の道路整備も同時にやらないと意味をもたない。防潮堤を新しく作る、同時に海岸も整備するということで、同時並行的にバイパス道路も作っているのだろう、それはよい。
 だが、例えば高知県ではそのような高規格道路の建設計画はなく、住民の安心のためのバイパス道路を整備しようとしたら、一からやらないといけない。予算もつきにくいだろう。そうすると、次に南海トラフ大地震の津波が来る前に、バイパス道路整備や防潮堤整備が間に合わないということにもなりかねない。

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 「国土強靭化」という事が言われている…東日本大震災の後も、熊本地震を始めとする震災や、台風、集中豪雨による被害が多発している。今も台風15号による停電は、千葉県等で現在進行形である。加えて高齢化が進み、災害に対応する人的リソースも低下する中で、ハード面の防災対策をきちっと行っておくことは急務である。
 消費税増税に反対している元内閣官房参与の藤井聡 氏などは、「アベノミクス」の中の財政出動でバンバン「国土強靭化」のための公共投資をやるように主張していたわけだが、それは三陸では十分に行われた「かも」しれないが、まだまだ不十分だと感じているのだろう。で、安倍政権はそういった方面にカネも政策も出さず、財政出動はフェードアウトのうえ、消費税増税!に舵を切った…増税した分が公共投資に回るかどうかは分からない…おそらく過去にあったとおり、ルーチン的な「国債償還」と法人税減税とかに消えるのであろう。ということで藤井氏は、財政規律なんかには構わず(MMT理論に基づいて)大規模な財政出動をして国土強靭化・公共投資をしろ!と言っているわけだ。このあたりは温度差こそあれ、松尾匡氏や山本太郎氏も同様だろう。
 また、金を出すだけで「国土強靭化」が出来るわけではない…建設業界も高齢化・人手不足が続いているのだ。必要なリソースを、それこそ「無駄」なオリンピックや万博、カジノに使うわけにはいかないのだ。(工事を請け負うゼネコンにとっては、とにかく金がはいってくれば、オリンピックスタジアムでも賭場でもエエわけだが…)

 三日間、三陸を回りながら得た感想である。

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島越の状況

 さて、三陸鉄道に乗って、島越(しまのこし)駅で降りてみたのだ…その時の報告。

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 乗って来た列車を見送る…

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 この先のハイぺ沢橋梁(復興したもの)が、土木学会の田中賞を受賞した記念。

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 再建された、おしゃれな駅舎。

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 クウェートからの支援を受けています。アラビア語ですな。

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 斜めから見た駅舎…右手の階段から下に降りて、向うの方に行ってみよう。

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 三陸鉄道の築堤の下に、公園が整備されている…実はここは震災前は高架橋であり、ここに島越の駅があったのだ。手前の「ドーム」は、昔の駅舎にあったものである。

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 巨大津波によって、高架橋も駅も流され、この宮沢賢治の詩碑と…

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 駅に上る階段の土台部分だけが残ったのだ…改めて津波の恐ろしさを知ることになる。

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 犠牲者を追悼する碑が建てられている。

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 このポールのてっぺん、17mぐらいまで津波が来たのだそうな。
 さて、駅を降りたところは巨大な防潮堤と水門の工事を行っていた。その他、この部分を高架で渡る道路も建設中だ。

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 こんな感じで、橋台部分を建設中…ちょうど朝8時過ぎで、作業員の方々が朝のラジオ体操をしていた。

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 北山崎断崖クルーズの観光船が出るところに来てみた…隣の立派な橋梁は、さっきの橋台にとりつく…そう、下を通っている道路の「バイパス」が整備されているわけだ。

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 観光船の乗り場は、こんな感じ…朝早いのでだれもいないが、時間とお金があれば行ってみたいところ。

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 観光船も出る港の様子…静かである。

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 先ほどの橋梁と一体となって、津波避難所が整備されている…橋の幅を広くして、津波避難所を作りましたって感じ。
 ブラブラしたので、また駅まで戻る。

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 観光船が出るくらいの名所…ここらへんは三陸ジオパーク としても売り出しているところなのだ。厳しい地形が見える海岸も面白そうだ。

 とまぁ、島越をちょっと眺めてみたが、ここは高架橋が完全に流されてしまうくらいの猛烈な津波被害を受けたところなのだ。海の傍にはもう人家はなく、上のほうに移転してしまっている。そして巨大な防潮堤、水門そして道路建設が成されているところだ。
 津波のことを知らないと、ここにこんな巨大な道路が必要か?というような疑問も感じるのだろうが、17mもの津波、そして高架橋が流された!という現実の下で、ここで大規模な土木工事が行われていることを批判・非難することは難しいだろう。

 おまけ…
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 三陸鉄道、JR久慈駅前の様子…

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 久慈から八戸までは、JR東日本のE130系気動車である…きれいな気動車なのだが、逆にキハ40系に乗りたくなってくるものだ…
 ではでは。

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三陸鉄道完乗闘争(その4)

 翌日2日は、宮古から元「北リアス線」を北上する。
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 朝の宮古駅…今日はちょっと雲が多い。

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 久慈行き36-200形

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 以前はここに三鉄の改札があった。本社の建物でもある。
 列車は定刻に発車…平日の朝なので、高校生が乗車している。

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 北リアス線は鉄道建設公団がつくった比較的新しい路線ということもあって、長いトンネルを一直線にぶちぬいて進む…遠くのほうに田老の海が見える。震災前には巨大な防潮堤があったが、その防潮堤も津波で壊れてしまったことで知られている。

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 田老の駅…ここで対向列車と交換する。田老を過ぎてすぐ、新田老駅の工事をしているところを通過。2020年春に開業するらしい…こちらのほうが学校とかに近いので、高校生とかは便利になるだろう。

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 田老で高校生とかがずいぶん下車したので、ガラガラになった。前方展望。

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 岩泉小本駅…龍泉洞への玄関口で、バスで30分ぐらいかかるそうな。

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 駅の手前には、日本で最初の鉄道PC斜張橋「小本川橋梁 」がある。リンクを開いてみると分かるが、特殊な外観をしている。矢印がコンクリートの主塔と斜材部分である。

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 岩泉小本の次の、島越(しまのこし)駅で下車することにした。ここは震災で甚大な被害を受けたところなのだが、見事に立ち直ったのでちょっと見てみることに。そのレポートは別途記事にする。

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 島越で1本後の列車…36-700形は、シートの間にテーブルがあるぞ。

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 島越駅を出てしばらくすると、震災で流され破壊されたのを復旧させたハイぺ沢橋梁を渡る。案内が流れて列車がゆっくりと走るのだ!曇っているので景色はイマイチかもしれないが、晴れていればスゴイのだろう。なお復旧後のハイぺ沢橋梁は、優れた橋梁や鋼構造物に送られる土木学会田中賞を受賞している。

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 次の田野畑駅は、立派な駅舎が建っている。

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 旧国鉄久慈線の終着駅であった普代駅を過ぎる…立派な高規格道路、三陸自動車道が完成している。

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 白井海岸駅を過ぎて、三陸鉄道撮影名所でもある大沢橋梁の上で景色を眺めるための停車…ここも晴れていればすごいんだろうなぁ~

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 三陸鉄道の大沢橋梁はコンクリートアーチ橋で、国道(三陸自動車道ではない)の側の大沢橋梁も、立派な鋼アーチ橋である。三陸鉄道撮影は、左手にあるレストハウスなんだそうな。

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 NHKの朝の連続ドラマ「あまちゃん」の舞台となった、堀内(ほりない)駅。

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 ドラマで出てきた「袖が浜」の駅名称…運転士さんが教えてくれました。

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 安家川橋梁のところでも停車…ここも景色がよさそうだ。

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 反対側は、三陸自動車道が工事中…向うに見える施設は、サケの養殖場だそうな。

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 以前乗車した時の終点、陸中野田に到着。

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 内陸の田園地帯を行く…

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 9時半前に、久慈に到着~これで三陸鉄道完全乗車闘争勝利❗

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 こ線橋の中は、こんな感じ…

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 三鉄の車両にも、さようならである。

 

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三陸鉄道完乗闘争(その3)

 釜石を出て、元JR山田線部分を北上する。
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 釜石から二つ目の、鵜住居(うのすまい)駅…あたらしい復興住宅が立ち並ぶ。住宅地には空地もちらほら…

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 向うの方には、釜石鵜住居覆復興スタジアムがある。

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 このへんでも、巨大防潮堤の工事が続けられている。

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 「ひょっこりひょうたん島」のひょうたん島がある大槌駅の次が、井上ひさしの小説で有名になった吉里吉里駅である。

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 なんか動物たちの像がおいてある。

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 吉里吉里を過ぎると、海が見えてくる…波板海岸、四十八坂海岸といったところ。

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 岩手船越駅で、対抗列車とすれ違う。

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 山田線の名前の元となった、陸中山田駅…山田町の中心部といことで、かなりの人が下車した。
 列車は山間部を走るが…

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 河川の水門が見えてくる…宮古が近づいてきたらしい。

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 3月23日に出来た新駅「八木沢。宮古短大」から前方を望む…

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 磯鶏駅を過ぎて、港の風景が見えてくると…

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 宮古に到着…三陸鉄道の本社がある拠点駅だ!

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 盛岡からJR山田線の気動車もやってくる。

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 いろいろ車両が留置されています。後ろは商業施設らしい。

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 三陸鉄道側の改札口。

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 JRの駅舎…といっても、管理は三陸鉄道がしている。

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 今年は、旧幕府海軍が新政府側の「甲鉄艦」を分捕ろうとして失敗した「宮古港海戦」から150年だそうな。

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 コスプレイベントもやるぞ!?

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 なんか見たことがある電車のポスターだと思ったら、叡山電車が三鉄カラーの車両を走らせている(pdf)のだった。

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 駅舎の隣のショップ「さんてつや」隣は向こう側に渡るこ線橋…市役所や市民センターみたいなのが駅裏に移転していて、そこに行くことができるのだ。

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 そのこ線橋から撮影した構内。

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 本日は宮古で宿泊…「さんてつや」で購入した支援グッズ。リアス線開業記念のクリアファイルと、サバのおつまみである。(つづくよ)

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三陸鉄道完乗闘争(その2)

 さて、三陸鉄道で北上する闘争は続く…
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 その名の通りの「三陸駅」に到着~

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 やがて、釜石の市街地に…すごく頑丈に作られたトラス橋を渡って…

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 鉄の街、釜石駅に到着~

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 やたらとキハ110形が居る…ここはJR釜石線の終着駅、C58で運行するSL列車SL銀河もやってくる拠点駅なのだ。

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 今はリアス線1本となったが、かつてはここで三陸鉄道「南リアス線」の終点であった。多分、あちらのホームに三鉄の車両は停車していたんだろうな。
 今乗っている車両も、宮古まで直通で行く、釜石では15分ほど停車するのだが、ちょうどお昼でお腹が空いた…ここで一旦、下車する。

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 三鉄は萌えキャラだけではないぞ…イケメンの鉄道ダンシ くんも居るのだ!(恋し浜レン 君と、田野畑ユウ 君)

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 もちろん、久慈ありす タンや、釜石まな タンもがんばってます(^^)

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 釜石には、イオンタウンがあるぞ~

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 JR釜石駅の駅舎とか…手前はJRがやっている宿泊施設フォルクローロ釜石 、向こう側はサン・フィッシュ釜石という商業施設…この中でラーメンを食す。

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 駅前はいきなり新日鉄釜石の建物だ…市街地は左に曲がってちょっとバックして、というところに広がっている。

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 JRの駅では、SL関係のグッズも売っているぞ!

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 サン・フィッシュ釜石では、漫画家さんたちが釜石の街を応援していた。
 ラーメン食べただけでは時間があまる…次の宮古行きまでは2時間ぐらいあるので、暑いけど釜石の街をあるいてみた…

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 で、イオンまで行くと、こんな企画をやっていたのだ。

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 Nゲージのジオラマもあるぞ!
 ま、釜石ではイオンしかないわけでもないのだが、あんまり近くには見る所がない…ちょっと戻れば釜石大観音 なんて像もあるのだが…

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 その観音様は、三陸鉄道からも見える…

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 時間をつぶして駅に戻る…次の宮古行きは、レトロ車両じゃなイカ!

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 中はこんな感じ…いやぁ~シックですねぇ~(^^)

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 座席の間には、しっかりしたテーブルがあります…荷物も載せられるし、飲食物もOK!
 では、これで元JR山田線区間を北上しよう(つづくよ)

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三陸鉄道完乗闘争(その1)

 大船渡線BRTで盛に着いて、いよいよ本題の三陸鉄道である…その前に、盛駅で1時間ぐらいの待ちがある。
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 こっちはJR盛駅の駅舎…大船渡線BRTの宣伝、情報提供が成されている(というか、JRの車両はもう来ないわけだから)

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 隣に三陸鉄道盛駅の駅舎がある…JRと同居する三鉄の駅は、こんな感じだ。なぜかマイクでいろいろ案内を流している。

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 駅前の観光案内図のところに、「三陸鉄道 ここに始まる」と書かれた碑がある。

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 駅舎の中では、グッズとかを売っている。奥のTVでは三鉄を宣伝するTV番組を録画したもの?を流しているようだ。三陸鉄道は2013年のNHK朝ドラ「あまちゃん」の舞台となったところでもある。「あまちゃん」に出演した薬師丸ひろ子が出ていた。

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 鉄道むすめ「久慈ありす 」タンは、三陸鉄道運転士という設定であるが、リアルでは女性運転士が2017年にようやく誕生したのだそうな。
 駅の券売機で「片道途中下車きっぷ盛―久慈」3710円、2日間有効を購入する。

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 きっぷ購入後、外のこ線橋に上って構内を撮影…気仙沼に行くBRT。

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 こっちは三陸鉄道の車両たち…

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 たくさんいる貨車は、岩手開発鉄道 のもの。この会社は92年まで岩手石橋までの9.2㎞の旅客営業を行っており、そこは85年に乗車済みである。

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 時間をつぶしていると、宮古行き36-200形(36形で「さんりくがた」と読む)が入って来た。

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 三陸鉄道開業当時に整備された車両形式で、飲料水の自動販売機があるのだ。

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 中はなつかしの?ボックスシートが並ぶ…ロングシート部もある。

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 やがて時刻がきたので、発車…海側に伸びる岩手開発鉄道の線路をオーバークロスして、内陸に進む。

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 海が見えてきたぞ!

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 車内の自動販売機

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 3つ目の、恋し浜駅到着…ここは養殖ホタテの貝殻に「願い事」を書いた絵馬を待合室につるしている三鉄観光スポットでもあり、撮影等のために3分ほど停車してくれるのだ。

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 これがホタテの貝殻絵馬。

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 車両撮影もばっちり…なお、本車両は2両編成である。

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 また乗車して、北に進む…ここでも、このような巨大防潮堤が出来上がっていた。
(つづくよ)

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大船渡線BRT乗車闘争

 翌日9月1日は、気仙沼から北上して大船渡線のBRTに乗車である。
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 駅の手前。気仙沼線BRTが柳津方面に向かう…平行する線路は大船渡線。

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 大船渡方面の乗り場…柳津から来るバスと同じホーム上にある。

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 手前が気仙沼線BRT、奥が大船渡線BRTの車両。

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 車内の時刻表…これを見ると、気仙沼から大船渡・盛に直通するルートの外、上鹿折に向かう行きどまり路線、陸前高田と陸前矢作を結ぶ行きどまり路線があることが分かる。
 時刻に成ったので、バスは発車…

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 専用線を通って、鹿折唐桑へ…ここを出るとすぐ一般道に下りる。
 三陸自動車道のような立派な道路も通りつつ、一般道をひたすら八幡大橋、唐桑大沢、長部と止まっていく。このルートは元の線路からかなり離れているようだ。陸前高田から分岐して陸前矢作に向かうルートのほうが、正規の線路跡なんだろう。

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 岩手県に入り、陸前高田に近づくと、こちらでもでっかい道路工事・橋梁工事が行われている。

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 しばらく行くと、奇跡の一本松 が見えてくる。これはバスの方からも案内があった。BRTにもバス停「奇跡の一本松」がある。バス停は道の駅のところに停車、一本松まで歩いて20分ぐらいかかるそうな。一本松自体はもうすでに枯死しているのだが、震災を祈念するモニュメントとして保存され、レプリカが立っているのである。

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 それにしても、この辺りは徹底的に破壊されたようで、ホントに何もない。ここで防潮堤工事や水門、道路工事が今もドンツク行われている。

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 広々とした陸前高田バス停…ただしここに鉄道が走ることは、多分ないだろう。
 ここで若い学生たちが沢山乗車してきた。
 
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 この直通バスは高田高校前、高田病院には止まらず、そのまま一般道をまっすぐ進む。

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 西下を過ぎ、小友の手前で再度、専用線に入るのだ。

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 小友のバス停…

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 いかにもリアス式海岸ってところを走るBRT…鉄道ならばかなり風情があるだろう。
 ここで、BRTはけっこう振動が激しいことに気づいた…バスの一番前、タイヤハウスの上に座っていることもあるのだが、とにかく揺れが激しい。BRT専用道路の仕上げがあまり良くないのではないか?急造したため、路面が波打っているのでは?と思うくらい揺れる。
 BRTなら代替バスよりはスピードも出せるからマシ…とはいえ、やはりバスに座って1時間、2時間いるのは鉄道よりこたえる…地元にとってはやはりサービスレベルダウンということになることを実感した。

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 海を眺めながら、碁石海岸口に到着…
 せまいバス専用道に、普通の道路が交差する…そこは昔は「踏切」であり、遮断機で車の通行を遮断していたわけだが、BRT専用道路では普段、遮断機で専用道のほうを遮断しており(一般の車が専用道路に入って来るのを防ぐためである)BRTが近づくと遮断機が上がるのである。

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 下船渡を過ぎると、大船渡の市街地が見えてくる。

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 大船渡の魚市場…BRTのバス停もあるよ。

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 対向するバスが見えてきた。

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 バス交換~

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 大船渡を過ぎ、太平洋セメントの工場を眺めていると、やがて三陸鉄道の線路が近づいてくる。

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 盛駅に到着~…なお乗客が多く、運賃はバスの中で支払うため、下車にけっこう時間がかかった。私が仙台駅で購入した片道きっぷ(仙台→仙石東北ライン→石巻→前谷地→気仙沼・大船渡BRT→盛 3340円 なお、石巻―女川は別途320円の切符を往復購入)も、バスの運賃箱の中に投入である。

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 出口としては、三陸鉄道の出口である…とにかくBRTの旅はここで終了、三陸鉄道に続く。

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気仙沼線BRT乗車闘争

 JR石巻線前谷地駅から、気仙沼線が分岐している。気仙沼線は前谷地から柳津まで列車が走っており、そこから先がBRT(バス高速輸送システム)となっているが、一部のバスは前谷地から気仙沼まで通しで運行しいている。
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 前谷地駅前の、BRT停留所。JR東の「復興BRT」はこのデザインで統一されている。(JR東のサイト )

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 バスは普通の路線バスタイプ。
 前谷地から気仙沼まで運行するが、前谷地からのバスは柳津まで途中駅?には停車しない。30分以上、下道を走行して柳津まで行く。
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 柳津のバス停…駅前広場のところに整備されている。ここから既存の線路敷内に整備した「専用線」に入るのだ!

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 専用線は、こんな感じ。写真にあるよう、ところどころこのように幅が広がっていて、対向車の退避が出来るようになっている。また、トンネルが続く区間の手前では、信号機による制御?も行われている。

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 専用線から、一般道を眺めた景色。右側のガードレールがすぐそばにあるから、単線分の幅員しかないことが分かるだろう。
 だが、BRTは全て専用線を走るわけではない。ところどころ一般道に下りるのだ。

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 志津川の手前で、一般道に下りる…海岸では、巨大な防潮堤+バイパス道路?の建設工事がドンガラがっちゃんと行われている。

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 志津川のバス停…プレハブの待合室+切符売り場がある。旧駅前の広場なのかも知れないが、駅舎らしき建物は見受けられない。
 バスはその後、一般道を走って丘の上にのぼり、南三陸町役場・病院前に向かう。このように、既存の路線にしばられず、地元に密着したコースを通ることができるのがBRTの利点である…が、その役場や病院が、既存の路線からずいぶん離れている感はある。津波対策で高台に移転したということもあるのだろう。
 志津川中央団地バス停を過ぎてから、またバスは専用線に戻る。
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 専用線への入り口は、こんな感じ…バスが近づくと、遮断機が上がるのだ。
 しばらく専用線を走る…が、陸前港の手前でまた一般道に下りる。
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 陸前小泉のあたり…かなりでっかい防潮堤が出来ている。

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 ちょっと市街地に入ったら、本吉駅に到着。駅舎と直角に整備されたバス停。ここで乗務員が交代した。
 しばらく専用道を走っていたのだが、また一般道に下りる。

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 大谷海岸のあたり…かなり大規模な土木工事をやってる感じがする。陸前階上でまた専用線に入る。ここで高校生が大勢乗車してきた。

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 岩月のバス停…専用線でたいがいのバス停は交換可能なのだが、このあたりは交換スペースをとっていないようだ。

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 松岩で対向バスと交換。ここから一般道に降りて、気仙沼の市街地に入る。

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 三陸自動車道の工事中だそうな…

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 遠方には、気仙沼湾を横断するのであろう、巨大な橋梁の工事が行われている。

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 南気仙沼を過ぎ、不動の沢でまた専用道に入る。専用道のバス停には、中学生ぐらいの学生が座り込んでいた。彼らの足として、BRTが活躍しているのだろう。
 気仙沼の市街地は、南気仙沼やこの不動の沢あたり…気仙沼の駅は、市街地の外れになる。

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 やがてバスの左手から、大船渡線の線路が近づいてきた。専用線は、いちおう同じJR線の敷地にあるというわけだ。

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 17時前に、気仙沼に到着…駅のホームの間が路盤材で埋められ、アスファルト舗装をかけたような感じである。手前側は、柳津、前谷地方面行きの乗車ホームとなる。

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 同じホームで、大船渡線の一ノ関方面行き気動車に乗り換えられるのだ。

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 気仙沼駅の様子…今日の行程はここまで、気仙沼で宿泊である。

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