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最南端の駅から最北端の駅に行く闘争(番外編)と重要なお知らせ!

 前回の記事で、この企画が終わったわけではない…ひとつ検討するのを忘れていたのである。それは、新幹線・特急を使い、かつ道内で「山線」を通ると、どうなるか?というものだ。
 函館から札幌に抜けるのに、”特急街道”は函館本線→室蘭本線→千歳線経由という「海線」ではなく、各駅停車のみの旅で使った、倶知安、小樽まわりのルートである。
 とりあえず、2日目の宇都宮から…
 宇都宮6:54→やまびこ51号→7:59仙台
 仙台8:06→はやぶさ1号→10:53函館北斗
 函館北斗11:08→北斗8号→12:17長万部
 長万部13:18→2943D→14:58倶知安
 倶知安15:18→1945D→16:28小樽
 小樽16:38→231M→18:21岩見沢
 岩見沢で2泊目とする。
 3日目
 岩見沢7:56→宗谷→12:40稚内
 おお、ばっちりの行程だ。2泊目が、宗谷本線沿線でないというのもエエかんじ。
 で、かかる費用が、運賃計算キロ3083.6㎞で、28,930円+440円+770円で、30,140円。特急料金は27,780円となって、合計57,920円である。特急料金が若干、安くなるので、新幹線と特急を使う場合、これが一番安くなった!

ハイ、これで「最南端のJR駅から、最北端のJR駅に行く闘争」は無事、勝利したぞ!

というわけで皆さま、本「たたかうあるみさんのブログ」は、写真等でっかいの載せすぎたことによるブログ容量の逼迫をうけ、ライブドアブログにて新たにたたかうあるみさんのブログMKⅡ に移動します!
 リンクしている人は変更しておいてください

 

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最南端の駅から最北端の駅に行く闘争(その4)

 この前の記事の続き…いや、ずいぶん間があいてしまった。JRの普通列車だけで、4日目に秋田に到着したばかり…さて、東北本線は盛岡から先が「IGRいわて銀河鉄道」となるため、どこかで奥羽山脈を越えて奥羽本線に入り、秋田方面に抜ける必要がある。ルートとしては①福島から奥羽本線をひたすら北上②仙台から仙山線で山形へ③小牛田から陸羽東線で新庄へ④今回の、北上線で横手へ⑤盛岡から田沢湖線で秋田へ の5ルートがある。
Photo_20200623200801  ①のルートではいきなり福島で2時間半待ち、16:07にやっと新庄着、17:32に新庄を出ると、秋田には20:12着となる。②ルートでも同じ時間に新庄に着く。③ルートも16:04新庄着となる。⑤ルートは16:11に盛岡に着いたら、18:13発で20:13やっと大曲である。①と⑤ルートは山形・秋田「新幹線」優先のダイヤで、普通列車は非常に不便である。ということで④の北上線ルートをとることにした。北上線は秋田新幹線を通すための田沢湖線改軌工事で不通になった96~97年の間、新幹線接続特急「秋田リレー」が運行された“優秀な”路線でもある。

 5日目
 秋田7:28 → 1643M → 10:02弘前
 弘前10:53 → 645M → 11:34新青森 
 ここから北海道新幹線!
 新青森12:37 → はやぶさ13号 → 13:34新函館北斗 
 新函館北斗14:57 → 2841D → 17:52長万部 
 長万部から先、室蘭方面に行こうとすると19:28まで、ニセコ・倶知安方面に行こうとすると20:00まで列車が無いので、長万部で宿泊する。
 6日目、ニセコ・倶知安方面すなわち「山線」ルートをたどる。
 長万部6:05 → 2929D → 9:19小樽
 小樽9:35 → 3860M → 10:07札幌 
 札幌10:37 → 159M → 11:19岩見沢 
 岩見沢11:33 → 2325M → 12:55旭川 
 宗谷本線に入って
 旭川13:59 → 327D → 17:45音威子府 

 ここから先は、21:48サロベツ3号まで列車が無い、よって音威子府で宿泊する。
 なお岩見沢―旭川間がすんなり接続しているが、この区間を通す普通列車も少なく、11:33の次は岩見沢14:03となるトンデモさ…よって長万部から「海線」経由で札幌方面に出てもうまくつながらないのである。
 7日目
 音威子府9:08 → 321D → 12:08稚内 
 となる。なお音威子府に泊まると4321Dが音威子府始発で5:33発、稚内に8:09到着と言うヤツでフィニッシュも可能であるが「人間が朝の6時に起きれるか!」というコンセプトから外れるので、パス…いや、前日の長万部6:05というのも、けっこうキツいぞ。これ。

 以上、6泊7日の旅程となった。かかる費用は、運賃計算距離が3,209.8㎞で29,920円、JR九州とJR北海道の運賃加算が770円と440円で、片道きっぷのお値段は31,130円になる。ここに新青森―新函館北斗間の新幹線「はやぶさ」の指定席特急料金4,350円をプラスして、35,480円となるわけだ。
 新幹線・特急を利用し、宇都宮で1泊、名寄で1泊するプランの58,380円と比べ、22,900円安くなる。ただし、4泊余分にしないといけないので、1泊5千円としても4泊で2万円、ほぼトントンというところか。食費も増えるので、余計に費用もかかるだろう。
 
 番外編?に続く…

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最南端の駅から最北端の駅に行く闘争(その3)

 日本最南端のJR西大山駅から、日本最北端のJR稚内駅まで「片道きっぷ」で行く旅の企画…これを新幹線や特急に乗らない、全線普通列車とすればどんなプランになるか?全線普通列車で行くとすれば、「青春18きっぷ」も使えるイメージになるので、新幹線しか走っていない青函区間はどうするか?という問題は「青春18きっぷ 北海道新幹線オプション券」(2,490円をプラスして、18きっぷ利用の場合のみ、北海道新幹線奥津軽今別―木古内間、道南いさりび鉄道の木古内―五稜郭間の相互利用に限り片道一人1回利用できる)のルールを適用することも考えられるが、JR線の片道きっぷを作ることを前提にすると、新青森―新函館北斗間のみ新幹線を利用するものとし、整備新幹線で第三セクターに転換された鉄道は利用しない!というルールにする。
 西大山駅を7:09に出るところは同じにして…
 1日目
 西大山7:09 → 1320D → 8:51鹿児島中央 ここから日豊本線に入る
 鹿児島中央9:00 → 6930M → 9:43隼人 ここから肥薩線に入る
 隼人10:35 → 5226D → 11:36吉松 
 吉松11:41 → しんぺい2号 →12:58人吉 スイッチバックとループトンネルのある大畑(おこば)はここで通過するのだ。そして、人吉駅で2時間半待ちとなる。
 人吉15:36 →1225D →1 6:51八代 ようやく鹿児島本線に入る。
 八代17:08 →5352M → 18:38大牟田
 大牟田18:41 → 4250M → 19:45博多 がんばって小倉まで行くと21時近くになるから、博多で宿泊する。
 2日目
 博多6:42 → 3220M → 8:10小倉 
 小倉8:24 → 5132M → 8:41下関 
 下関8:49 → 3420M → 9:57新山口 
 新山口10:28 → 3326M →12:28岩国 
 岩国13:09 → 332M → 15:22尾道 
 尾道15:37 → 1760M → 18:44姫路 がんばって大阪、京都あたりまで行ってもいいのだが、ここで宿泊する。
 3日目
 姫路6:32 → 3410M → 9:15米原(3410Mは土休日は運休である)
 米原9:18 → 204F → 9:52大垣 
 大垣9:56 → 2514F → 11:27豊橋 豊橋から先はひたすらロングシートとなる。
 豊橋11:42 → 944M → 12:15浜松 
 浜松12:27 → 790M → 13:13島田 
 島田13:24 → 436M → 15:13熱海 
 熱海15:15 → 3532E → 18:42宇都宮 やはり山陽本線、東海道本線は接続がスムーズ、宇都宮で宿泊する…夕食はやはり餃子? 
 4日目、まずはひたすら東北本線を北上する。
 宇都宮6:58 → 629M → 7:49黒磯 ここから交流区間!
 黒磯7:54 → 4127M → 8:18新白河 
 新白河8:22 → 2127M → 9:03郡山 
 郡山9:25 → 1133M → 10:11福島 
 福島10:39 → 3573M → 11:55仙台 
 仙台12:45 → 2543M → 13:30小牛田 
 小牛田13:47 → 537M → 14:33一ノ関 
 一ノ関14:43 → 1541M → 15:21北上 ここから北上線で奥羽本線に回る。
 北上16:40 → 733D → 17:59横手 奥羽本線へ
 横手18:05 → 451M → 19:12秋田 この日はここで宿泊…4日間かけて秋田にたどり着いたぞ(つづく)

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最南端の駅から最北端の駅に行く闘争(その2)

 二週間以上もほったらかしにしていたネタJRで日本最南端の駅から最北端の駅に行く!の続きである。前回は2泊3日…仙台と名寄に宿泊して、合計で61,650円(運賃・特急料金)かかるというヤツ…こいつを少しブラッシュアップしてみる。
_0001_20200527191601  北海道内において、新函館北斗から函館本線、室蘭本線、千歳線経由で一旦札幌に出てから、函館本線で旭川向かうルート案①をたてた。しかし室蘭本線経由でず~っといく、すなわち苫小牧から追分経由で岩見沢に抜けるルート案②を検討してみよう。  
 新函館北斗10:24 → 北斗7号 → 13:00苫小牧
 苫小牧13:26 → 1469D → 14:50岩見沢
 岩見沢14:55 → ライラック21号 → 15:55旭川
 となる。旭川からは、前回と同じく16:38発の321Dで名寄に向かう…
 こうすると、片道きっぷの運賃計算キロは3073.3㎞と30.7㎞少なくなり、運賃は28,380円、加算は同じく440円(JR九州)と770円(JR北海道)だから29,590円となる。550円安くなって3万円を切った。
 特急料金も新函館北斗から苫小牧まで、さらには岩見沢から旭川までと乗車距離が短くなるので、30,720円となるので、合計で60,310円。トータルで1,340円安くなった。いい駅弁1食程度である。
 だが、苫小牧から岩見沢に抜けるこのルート、かつては道央の石炭を室蘭や苫小牧に運ぶメインルートで沢山の石炭列車が設定されていた。線路も立派な複線であるが、現在はすっかり寂れ、苫小牧―岩見沢間通しの列車は下り6本、上り7本しか設定されていない。苫小牧13:26発の1本前は8:37、1本後が17:13である。北斗7号で13:00に苫小牧に着かないと使えないダイヤ設定なのだ!うっひゃっひゃぁ~
 室蘭本線、追分経由でショートカットをしてもあまり費用は安くならない…だが今回は東北・北海道新幹線を通しで乗らず、仙台で一旦途中下車しているから新幹線料金が割高になっている。ここを通しで乗るとさらに安くなるハズだ。一応、初日はその日のうちの21:44新函館北斗にも行けるし、あるいは東京宿泊にして朝いちばん、6:32のはやぶさ1号で新函館北斗に行く手もあるだろう。だがここはもう少しがんばって、東京からは在来線で北上するのだ。そうすると…
 東京16:29 → 1620E → 18:20宇都宮
 ここで宿泊
 宇都宮6:54 → やまびこ51号 → 7:59仙台
 仙台8:06 → はやぶさ1号 → 10:53新函館北斗
 新函館北斗11:08 → 北斗9号 → 14:38札幌
 札幌15:00 → ライラック23号 → 16:25旭川
 となる。はやぶさ1号に乗車することができて、16:38発名寄行きに間に合うのだ。特急料金は3,270円安くなって、28,240円。合計で58,380円と6万円を切ったぞ。
 仙台宿泊から宇都宮宿泊になったことで、初日の晩ご飯は牛タンから餃子に変わるのだ!
 以上、2日かけて日本最南端のJR駅から、日本最北端のJR駅に行く闘争を組んでみた…だが、ここに「新幹線や特急に乗らない」と付け加えてみるとどうなるか?(つづくよ)

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最南端の駅から最北端の駅に行く闘争!(その1)

 自粛、自粛でどこにも行けないが、時刻表を眺めながら“空想旅行”が出来るのが、乗り鉄さんの強み…ということで企画してみた。
 第一弾は「JRで日本最南端の駅から最北端の駅に行く!」
 用意するもの…JTB時刻表(2020年3月号)
 ルール…JRを利用し「片道きっぷ」でなるべく早く到着するように移動する。新幹線・特急列車使用可。列車は定期運行されているものを利用する。
 JR最南端の駅は、指宿枕崎線の西大山駅 、最北端は宗谷本線の稚内駅 である。大阪から飛行機でも、フェリーでもいいから鹿児島に渡り、前日は指宿温泉あたりに宿泊…砂風呂を楽しんだ(ことにしよう)
 翌朝、タクシーで西大山駅まで行く。西大山駅には駅舎が無く、1面1線のホームに屋根がかかっている簡単なつくりだ…切符は、大阪駅とかであらかじめ作っておくこと。ここで「日本最南端の駅」とか写真を撮ったりして列車を待つと、朝の7時過ぎに枕崎方面から上り列車がやってくる。1326Dだ。
 西大山7:09 →1326D→ 8:51鹿児島中央
 九州新幹線に乗り換え、広島で山陽新幹線に乗り換える。
 鹿児島中央9:02 →さくら546号 → 11:49広島
 広島11:57 → のぞみ108号 → 15:54東京
 あっけなく東京に着いたが、それでも16時前になっている。東京で東北・北海道新幹線に乗り換え…
 東京16:12 → やまびこ213号 → 18:25仙台 
 夕方になったので、1日目はここで泊まる。牛タンでも食うか…翌日は「人間が朝の6時に起きれるか!」 というコンセプトはがんばって封印し、1番列車に乗ることにする。
 仙台6:40 → はやぶさ95号 →10:01新函館北斗 
 はやぶさ95号はこまち95号を併結しているので、盛岡で切り離しが行われる。新函館北斗駅でJR北海道の特急に乗り換え、札幌を目指すのだ。
 新函館北斗10:24 → 北斗7号 → 13:52札幌
 札幌で函館本線に戻って、旭川を目指す…ここで注意しなければいけないのが、北斗7号が室蘭方面から千歳線を通って函館本線と合流するのが、札幌の2つ手前の白石駅だ。白石駅には特急は停車しないので、白石―札幌間が重複した乗車になり「片道きっぷ」から外れることになる。しかし「分岐点通過列車に対する区間外乗車」の特例により、白石駅に停車しない特急列車に乗って千歳線から箱館本線、あるいはその逆方向に乗り換える場合、白石―札幌間は運賃計算に含めないというルールがあるのだ。ただし白石―札幌で途中下車することは出来ない。札幌で下車したければ、札幌までの片道きっぷとして終了させるか、白石―札幌間の切符を別途購入する必要がある。
 札幌14:00 → カムイ19号 → 15:25旭川
 旭川駅から宗谷本線に入る。
 旭川16:38 → 329D → 18:27名寄 
 夕方になったので名寄で宿泊…名寄で何がうまいのかは、分からない…もっとも、その日のうちに稚内に就くことは可能で、旭川から20:06発サロベツ3号に乗れば、23:47に稚内に着く…が、外の景色を眺められない列車に乗ってもなぁ~名寄で泊まったとして、翌朝はちょっとゆっくりできるぞ。
 名寄7:52 → 321D → 12:08稚内 
となる…321Dはもともと旭川6:03発で、延々と稚内まで260㎞を6時間かけて走行している。
稚内に着いたら、駅の写真とか撮ってから、タクシーで空港まで行って飛行機で千歳もしくは羽田経由で大阪に帰ろう。あるいはバスで札幌まで帰るか、13:01稚内発のサロベツ4号で旭川方面に帰っても良い。おつかれさま~

 ではこれだけの旅をするのに、いったいいくらかかるのか?
 ざっと運賃計算をすると…このルートで西大山から稚内まで営業キロが3,061.7㎞、運賃計算キロが3,104.4㎞…この運賃が28,930円に、さらにJR九州区間351.3㎞分、440円の加算、JR北海道860.1㎞分が770円の加算が成されるので、片道きっぷのお値段は30,140円となるハズだ。
 そして特急料金(普通車指定席・通常期)が、鹿児島中央―東京で13,700円(さくら→のぞみに乗り換えても、特急料金は改札をでない限り通しで計算され、指定席料金530円が2回かかる)東京―仙台が5,040円、仙台―新函館北斗が8,830円、函館北斗―札幌が1,580円(乗り継ぎ割引きで半額)、札幌―旭川が2,360円となる。特急料金の合計が、3,1510円となる…運賃より若干高い。
 合計で、61,650円という計算になる。どっひゃっひゃぁ~結構いい値段するなぁ~
 2泊3日の宿泊代と食費、および大阪ー鹿児島、稚内ー大阪の交通費や宿泊代、食費もかかるので、トータルでは10万円をかるく越えるが、そこは「空想旅行」のいいところ⁉

 次回はこのプランを少しブラッシュアップしてみよう…というわけでつづく(^^)

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コンクリート船を見に行く闘争

 先日、仕事関係で広島方面に行く用事があったので、ついでに戦時中につくられたコンクリート船「武智丸」が防波堤として使われている所を見に行った。コンクリート船というと、そんなモン浮かぶのか?と思う人もいるかも知れないが、鉄の船だって浮かぶのだから、コンクリートで船の形を作れば浮かぶのだ。
 コンクリート船の話は、小林一輔先生の著書「コンクリートの文明史」(岩波書店 2004年10月)で知った(小林一輔先生については、こちら)コンクリート船は戦時中、鋼材が不足したため建造されたものだが、提案したのは武智正次郎という人。1941年12月に東条英機首相と海軍艦政本部長にコンクリート船建造の建白書を提出している。その後、武智の土木会社がコンクリート船を建造することになり、造船所が加古川の塩田跡に設けられた。最初は動力の無い特殊油槽船を建造し、1944年~45年にかけて自航できる総トン数840トン、全長64.3m、幅10m、積載貨物量940トンの第一~第三武智丸が建造されたのである。なお、コンクリート船は当時も「泥船」と揶揄されたものだが、戦時中は米軍もコンクリート船を大量に生産しており、総トン数2000トンクラスの貨物船や油槽船を104隻建造している。船としての性能はともかく丈夫で、瀬戸内海で触雷してもびくともせず、揺れが少なくて乗り心地も良かったそうだ。

 場所は、広島県呉市安浦である。JR呉線の安浦で下車。
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 駅員さんがワンオペで対応している。待合室が改装されていて、綺麗だった。

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 昔は安浦町でした…目的とする三津口港は、駅から歩いて15分ほど…「武智丸」と書かれている。

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 国道沿いに歩いて、漁港に到着…

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 おお、コンクリート船が2隻、並べられている!

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 一応、立ち入り禁止となっているが、フェンスは開けっ放し…先ほども牡蠣を食いに来た観光客とおぼしき人たちが中に入っているのを確認している。どうやら近所の人が管理していて開けてくれる らしい。

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 由来を示す看板…台風被害を避けるため防波堤の建設を依頼していたところに、コンクリート船を払い下げてもらって設置したもの。

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 フェンスが開いているので、中に入ってみた…手すりは簡易なものだから、観光客用でないことは分かる。手前の船は半ば土砂に埋もれている。
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 かなり立派なつくりで、大きい船であることが分かる。

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 細かな部材は風化が進み、外に近い鉄筋は錆びている。
 「コンクリートの文明史」で小林先生が述べておられるところによれば
 私は2002年までに数回現地を訪れ、二隻の武智丸をつぶさに調査した。潮風に約60年間曝されてきた船体はいまでも健在であった。強度も設計当時の値を保持している。それだけでも十分に驚きであったが、さらに意外な事実が判明した。船体のコンクリートには信じられないほど多量の塩分が含まれていたのである。コンクリートを練り混ぜるときに使用した砂が原因である。それは、造船所建設の際に掘り起こした廃墟塩田の砂であった。ところが、それにもかかわらず、しかも驚くべきことに、内部の鉄筋はほどんと腐食していなかった。(p156~157)
 コンクリート中の鉄筋は、コンクリート中の塩化物イオン量が1.2~2.5㎏/㎥以上になると発錆するとされている…おそらくそのくらいか、それ以上の塩分量が検出されたのであろう…それでも内部の鉄筋は錆びていないというのは、いかに密実なコンクリートが打設されていたのかということである。しかし、今回確認したように表面に近い部分の鉄筋は錆びが進んでいる。

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 船端にも、コンクリートの浮き、それによるひび割れが見受けられる…少し蹴ってみると、落ちそうだ!内部の鉄筋の腐食は進んでいると思われる。さすがに建造から70年以上が立つと、こうなってくるのだ。
 このコンクリート船防波堤を「産業遺産」的に保全しようとすると、難しいだろう。鉄筋が錆びないようにするためコンクリート補修や塗装をするにしても、建造時の雰囲気を損なわないように材料等を選ばないといけない。防波堤としての役割はまだまだ果たせるだろうから、撤去して別のところで保存するわけにもいかない(だいたい重量がありすぎる!)…結局、このままここに留め置かれて、ちょっとずつ朽ちてゆくのを見ているしかないのであろう。
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 後ろを振り返ってみる…実は吊りをしている人がいた。この人がいるので、フェンスが開きっぱなしになっているようだ。(この人が管理者?)

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 早々に引き上げることにする…漁港周辺には、牡蠣を生産・加工・販売しているところが沢山ある。

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 おまけ…呉線を始め、広島地区で活躍する227系電車…こちらはセミクロスシートで運行中。
 ではでは…

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奈良に特急で行く闘争

 昨日の梅田解放区には、なんと50名近くの方々が来ました(^^)ありがとうございます…
 ということで、今日は闘争とは全く関係のない、乗り鉄ネタです。
 奈良県には、JRの特急列車は走っていない…近鉄特急なら、走っている…沖縄県を除いて、唯一JRの特急が走っていない県なのだが。
 それでも、臨時で特急が走っている。それが昨年3月のダイヤ改正で開業した「おおさか東線」を経由して、新大阪から奈良に向かう特急「まほろば」である。昨年の冬ダイヤから走り出して、今年の春の臨時列車でも走っている。それに乗ってみることにした。ついでに、開業1年後の「おおさか東線」北区間のレポートもするね(完全乗車は以前にやっているが、いちいちブログ報告していない)
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 目的の列車は、午前10時03分に新大阪を出発する。車両は和歌山に行く特急「くろしお」に使われる287系3両である。足元には「まほろば 〇号車」と書かれた表示も貼ってあるぞ。なお、この後すぐ土日には10時17分発、奈良行きの「直通快速」が走っている。
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 シートはありきたりの特急列車のもの。新型コロナの影響もあってか、そんなに人はいない。

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 定刻に新大阪を発車…東海道線の東淀川駅を過ぎると、こうしてスロープで上がって行き、やがて東海道線をオーバークロスして東おおさか線に入る。次は南吹田駅。ここは長らく鉄道系の公共交通機関がなく、駅の開業が待ち焦がれていたところである。
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 南吹田駅の次は、JR淡路駅…手前で阪急京都線淡路駅が見えるところ。わりと近そうだ…隣には以前から進められている連続立体交差工事の状況が見える。

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 JR淡路を過ぎて、淀川を渡る…この橋は、2013年に「おおさか東線」の工事着手まで、貨物線の横を人や自転車が渡ることが出来たのだ。

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 城北公園通り駅を通過…おおさか東線の新駅は、こんな感じの相対式ホームである。

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 JR野江駅を過ぎて、京阪本線の複々線を越える。京阪の野江駅と、JR野江駅も近いが、京阪野江駅は各駅停車しか止まらないので不便。(阪急淡路駅は、特急も停まる!)
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 JR野江駅を過ぎると、右から「学研都市線(片町線)」の線路が近づいてくる。

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 鴫野駅で、学研都市線に合流…ここで「おおさか東線」の昨年開業した区間はおしまい。

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 1駅区間走り、関西の有名難読駅「放出(はなてん)」を過ぎて、2008年に先行開業した区間に入る。

Dsc04179
 この先行開業区間は、なんか毎駅ごとに既存の鉄道と交差・乗り換えができる感じになる。ここはJR俊徳道駅近く、近鉄大阪線と交差する部分。
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 2014年にオープンした「あべのハルカス」も、すっかり大阪のランドマークとなった。
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 おおさか東線は、普段は黄緑色の201系電車が走っている。ただ近い将来、東海道線で快速に使われている221系に置き換わるようである。

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 新加美駅(しんかみ)駅を過ぎると、関西本線の線路が下からやってくる。やがて近畿自動車道をくぐってシャープの工場が見えてくると、「おおさか東線」の終点、久宝寺駅である。ここで運転停車的に止まる。新大阪からの所要時間は約25分、評定速度で48㎞/hほど…すごくのろのろと走って来た。

Dsc04187
 特急「まほろば」は途中どこにも停車せず、新大阪の次はいきなり終点の奈良である。関西本線に入って、スピードを上げるか…と思ったら、まぁちょっとは快走したが、王子あたりまで山の中をのんびり、のろのろと進んだ。法隆寺、大和小泉、郡山あたりの直線は、さすがに快走!
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 大和盆地を進む…向うに見えるのは、近鉄橿原線の架線である。

Dsc04193
 奈良駅に到着…10時53分、約1時間弱の旅であった。
 新幹線から外れた奈良へのアクセスといえば、JR奈良線を使った「みやこ路快速」が定番となっている。奈良線も単線区間が残り、また京都~宇治の区間は線形も悪くぐねぐねしているので、スピードが出せない。あえて特急を運行するメリットもないので、快速のままなのだろう。で、おおさか東線を経由する特急「まほろば」も、おおさか東線や関西本線内でスピードが出せず、50㎞ほどを1時間かかっているようでは、あまり「特急」としての意味はない。ただ指定席があるので「確実に座れる」メリットはあるかと…ただそれだけだなぁ~。

Dsc04199
 特急「まほろば」の利用があまり芳しくなくて、結局運行止め!ということになれば、奈良はいつまでも「JR特急が走らない県」の立場に甘んじなくてはならない…ということで、リニア中央新幹線に希望をつなぐしかないのだろう。
 ではでは…

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南海加太線に乗ってくる

 なんか時間があったので和歌山まで足を延ばして、南海加太線にのってきた。80年代に「完乗」のため乗車して以来だから、三十数年ぶりとなる。もちろん、当時の記録もないし、記憶もほとんどない…初乗車みたいなモンだ。
 特急乗って、南海和歌山市駅に到着…ここも超・久しぶりだが、なんか工事中のようだ。駅ナカや改札の外には「アンスリー(南海・京阪系のコンビニ)」しかない。駅の外にも「白木屋」しかない!お昼前なのに、メシが食えない!
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 駅の外観は、こんな感じ…今、2020年中のオープンを目指して改装工事中だそうな。右の建物は図書館だそうである…和歌山市の文化の中心地になるのか?
 しかし和歌山市駅前がこんなに何もないとは改めて驚いた。JRの和歌山駅だったら、いろいろ店とかあるのに…メシは、しょうがないので「アンスリー」でパンとか買って、車内で食べることにする。学校の試験期間中か、高校生が集まってくる。
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 こちらはJR和歌山線への乗り換え口である。正面がJR和歌山線、左側から、南海加太線の電車が発着する。
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 やってきました、赤い電車!これは観光電車「めでたいでんしゃ」と言って、タイをイメージしたラッピングデザインが施されている。ちなみに「めでたいでんしゃ 」は3両あって、赤いのは「なな」と呼ばれている。リンクを開いてもらうと分かるが、水色のが「かい」ピンクが「さち」で、「なな」は「かい」と「さち」が結婚してできた子どもという設定だ。2014年に「加太さかな線プロジェクト」というのが始まり、加太線に「加太さかな線」の愛称がついた。その後、16年にピンクの、17年に水色の「めでたいでんしゃ」が走り出し、赤い「めでたいでんしゃ」は去年の3月から走り出した。
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 中は、こんな感じ。2両の、もちろんロングシート。つり革の「輪」の部分が、魚の形をしている。
 時刻になったので、発車…さっききた南海和歌山本線を戻り、紀ノ川を渡る。次の駅「紀ノ川駅」に停車…ここは南海和歌山本線の駅で、ここで加太線が分岐する。各駅停車と区間急行しか停まらず、日中は各駅停車しか走ってないので、大阪方面から加太線に乗るのは不便である。
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 紀ノ川駅を過ぎて、本線を右に分岐…なぜかこの辺りだけ複線となっているが、加太線は基本・全部単線である。

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 加太線内初の駅、「東松江駅」…この駅は島式ホームで、改札も「島」の中にある珍しい形である。

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 「中松江駅」ここも島式ホームだ。

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 加太線内3つ目「八幡前駅」で、対抗列車とすれ違い。この後「西ノ庄」「二里ケ浜」駅と続く。「西ノ庄駅」は交換が出来ない。

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 平日の昼間は、ガラガラだ。高校生も乗っていたが、ほとんどいなくなった。

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 「磯ノ浦駅」を過ぎると、山を切り開いて道路建設が行われていた。加太のあたりは周囲を山に囲まれており、戦前・戦中は「要塞地区」として一般人の立ち入りにも制限があったようなところだそうな。

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 車窓に菜の花が見えてきたら…

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 終点・加太駅に到着…海が近い「ハズ」なのだが、なぜか山の中の雰囲気がいっぱいの駅。

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 改札と待合室も、こじんまりとしている。

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 「トンガリ」(「キテレツ大百科」のスネ夫もどきではない、念のため)というものが飾ってあった。加太駅の屋根瓦の飾りらしい。危険になったので撤去して、ここで展示しているとのこと。

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 駅の外観…右隣は「店」なのだが、閉まっている。

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 顔だすヤツ…

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 これも「顔出し」のヤツだったか…どこかの事務員さんが、沢山の郵便物を出しにポストにやって来た。

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 改札のあたりは、こんなふう。

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 「めでたいでんしゃ」をアピールしています…それでは街を歩いてみよう!
(つづく)

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佐喜真美術館とゆいレール

 22日は帰阪の日、名護を出て宜野湾の佐喜真美術館へ行くことにした。名護からここに行くには、辺野古を経由する77系統のバスで普天間で降りて歩くのが王道だろうが、高速バスの中城(なかぐすく)パーキングにあるバス停も地図で見たら近い!ということで高速バスで中城バス停で降りて佐喜真美術館に行こうとすると…
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 えらく坂を上ることになった…向うに見えるのが高速道路…グーグルマップとか、道路地図は土地の高低が分からないから、こんなことになる(^^;;
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  さっきのところから少し進むと、すぐ宜野湾の市街地に入る…下り坂はそんなにきつくない、ということは、宜野湾市や普天間基地は高速道路よりも標高が高いということになるわけだ。先に見えるバス通りを右に曲がると、佐喜真美術館に行く道にすぐ出ることになる。

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 目印としては、宮脇書店を覚えておくとよいだろう…公園通りを真っすぐ進むと…

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 案内看板が出ている。

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 すぐに佐喜真美術館が見えてくる。この日は幼稚園児たちが先生に引率されてきていた。「今日はここで何の話を聞くのかな…戦争の話ですね」「みんな沖縄で戦争があったこと知ってますか?」「知ってる~」
 開館時間は9:30~17:00、入館料は800円である。佐喜真館長自らが切符を売ってくれた。
 実はここ、何年か前に一回行ったことがあるのだが、今回の目的は「命どぅ宝 沖縄戦の図 全14部 展」である。
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 「沖縄戦の図」は、丸木伊里・丸木俊さんが最晩年に取り組んだ八連作…取材も含め6年かけて制作したものだ。企画は9月25日から12月16日まで。
 展示されている絵を見ると、やはり圧倒される…黒い画面に赤い血がところどころある…そんな感じ。ピカソの「ゲルニカ」(本物を見たことないけど)を連想させるような「集団自決」という絵もある。「ひめゆりの塔」では、火炎びんを投げようとする若者と、前の天皇夫妻が描かれている。
 いやぁ~行ってよかった!

 美術館自体は小さいので、絵はすぐ見終わった、美術館の屋上に上ると、普天間基地が一望できる。館長は「基地が出来る前は松並木がありました。それを想像しながら見て下さい」と言う。館内には基地を「引き取ろる行動」系の本がちらほらとある。
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 こう階段を上って、その先に

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 この四角い窓から、基地を望むような作りになっている。

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 滑走路はあんまり見えず、こんもりとした森が広がっているのが見える。また今日、この時は訓練が行われていないのか、とても静か。

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 敷地内には、亀甲墓がある。
 さて、佐喜真美術館を後にしてバスに乗車…国際通りに入る安里バス停で降りて昼食の後、牧志駅からゆいレールに乗ることにする。
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 目的は、10月1日に首里から「てだこ浦西」まで延伸された区間に乗車するためである。

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 牧志駅の改札内、案内表示には「てだこ浦西」と書いてある。
 モノレールはいつものとおり、満員御礼!といいたいとこだが、「おもろまち」駅でなぜか多くの人が下車…大型ショッピングセンターもある新都心だからということらしい。
 首里に向かうモノレールは、ドンドン標高を上げていく…琉球王府も高い所にお城をつくって、民衆を見下ろしていたということだろう。首里城公園は見えるが「焼け跡」はよく分からない。
 首里を過ぎれば延伸区間…なんか乗車している人は少ない。平日の昼とはいえ、大丈夫か?ゆいレール。
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 石嶺、経塚(ここから浦添市)、浦添前田を過ぎ、道路と並行して掘られたトンネルを抜けると、終点のてだこ浦西駅に到着!完乗闘争勝利!
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 向かいのホームには、那覇空港に戻る車両が待っていた。

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 終点の様子…高架橋は一般道路で、向うにすぐ高速道路が走っている。

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 改札を出たところ…まだまだ周辺は工事中だ。

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 パーク&ライドで利用する駐車場も整備されている…こうゆう取り組みで公共交通機関になじみの薄い沖縄の人を取り込み、利用者を増やすことも必要だ。

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 高速道路まで行ってみると「幸地」バスストップが近い…まあ、ここで乗り換えるという需要はあまり期待できないだろう。

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 駅の様子は、こんな感じ…一通り見たので、ここから那覇空港に戻る。始発駅での特典、前面展望ができる一番前の座席に座り、40分ばかりモノレールのアップダウンを楽しませてもらった。

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残念な首里城炎上

 今日朝起きてPCを起動し、インターネットに繋げるととんでもない事件が起こっていた。Y!ニュース共同通信
沖縄・首里城が炎上、7施設焼失 正殿から出火か、城跡は世界遺産
 31日午前2時40分ごろ、那覇市の首里城で煙が上がっていると、警備会社から119番があった。正殿などが激しい炎を上げて燃え、正殿と北殿、南殿が全焼するなど主要7棟の計約4800平方メートルが焼失、午後1時半ごろに鎮火した。周辺住民30人以上が一時避難したが、けが人の情報はない。市消防局によると、正殿内部から火が出た可能性が高く、那覇署と出火原因や経緯を調べている。
 琉球王国の中心地だった首里城は太平洋戦争で全て焼失、その後主な施設が復元された。7棟は対象外だが、首里城跡を含む「琉球王国のグスクおよび関連遺産群」は2000年に世界文化遺産に登録されている。

 火災の原因はまだ分かっていないが、沖縄観光のシンボルの一つであり、沖縄が日本とは違う国家・国政であったことを示す建造物で、沖縄県民の心の拠り所となっていた首里城が、あっと言う間に灰燼になった。残念であるとしか言いようがない。
 首里城には、1997年、初めて沖縄に行った時に訪問している。当時はまだモノレールもなく、分かりにくいバス路線を、これまた不案内なバス停の案内表示をみながらなんとかたどり着いた。首里城は復元されて数年…日差しの強い中歩き回り、大きくて広いのが印象的だった。ただし展示物についてはほとんど覚えていない。97年といえば、ちょうど普天間「返還」その代わり辺野古に代替施設を…というようなことが出始めていた頃だ。
 それから二十余年、今は年に1~2回は沖縄に行き「辺野古新基地建設反対!」なんてことをやっている。だが沖縄「観光」はほとんどやっていない。首里城にも全然、行ってなかった。
 10月1日にゆいレール がてだこ浦西駅まで延伸したので、こんど行く時は延伸部分に乗車…ついでにまた首里城にでも行ってみるか…と思っていた矢先に、この火災である。本当に残念だ。

 沖縄県の玉城知事は、「必ず復元する」 と宣言している。復元には莫大な資金と労力、さらには知恵や技術も必要とされるが、困難にめげずに取り組んでもらいたいと思うし、我々もなにがしかお手伝いが出来ればとも思う。

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