日記・コラム・つぶやき

中曽根打倒を掲げないとバリケードを解体させられる話

 中曽根ネタ、第4弾!?ただし新左翼運動の黒歴史である。
 80年代から90年代にかけて、大阪市立大学は中核派の拠点大学であった。80年代半ば、大阪市立大学には志全寮と杉本寮という二つの自治寮があり、そのうち志全寮が中核派の拠点となっていた。
 今回の話は中核派の拠点でない、杉本寮での話である。

 86年頃のこと…杉本寮は老朽化していたこともあり、廃寮攻撃がかけられた。で、それに対抗して、大学のバリケードストライキが持たれた。「学生大会」を開催し、多くの学生の「賛同」を得て、バリストは実施されたハズなのだが。
 バリケードは未明に中核派によって解除させられてしまう…そうゆう事件が起こったのである。

 この話をした中核派の人曰く「あいつらはバリスト防衛もろくにせず、寝てた」そうだが、それはともかく「なぜこの情勢下で”中曽根打倒”を掲げない!およそ左翼であれば、そんなことはあり得ないハズだ!」とのことであった。
 中曽根打倒を掲げないと、バリケードを解体させられるのである!

 もちろんバリケード解体の理由はそうゆうことではなく、「学生大会そのものが不成立」だったから、そうゆう下で行われたバリストは許せん!ということらしい。なんでも「クラス討論」をロクに行わず、持ち回り署名みたいな形で学生の賛同を集めた。で、学生大会が成立してないのにバリストを行った、これは学生大会の権威を棄損する行為でケシカラン!ということだそうな。
 もっとも阪大の黒ヘル系の人たちのところには、「学生大会は成立している」そのバリストを解体した中核派はケシカラン!という話が来ていた。

 杉本寮の人たちが「中曽根打倒」を掲げなかったのかどうかは分からないし、学生大会が正規の手続きを経て成立したのかどうかも良く分からない。当時の中核派はカクマル以外の対立党派…第四インターや戦旗・共産同といった三里塚関係では特に…も暴力的に解体するという誤った方針で動いていたので、杉本寮の人たちが仮に「中曽根打倒」を掲げていたとしても、バリストは解体されていたかもしれない。

 あと、本件についてネットで何か載ってないか「大阪市大 杉本寮」とか「大阪市大学 寮闘争」とか、そこに「バリスト」とかで検索しても、ほとんど何もひっかからない(「バリスト」は「バリスタ」なんかが間違って引っかかるw)…80年代中頃のハナシ、誰かが真相を語ってくれればいいのだが。

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中曽根とメシを食うとファシストになる話

 中曽根ネタ、第三弾!
 86年の春、中曽根総理が阪大工学部に来た!おそらく科学技術研究の現場視察とかいう名目だっただろう。で、学内の黒ヘル系学生(+民学同デモクラット派系も?…ちなみにあの時代に「ソ連万歳!」と言っていた人たち)が吹田キャンパスで抗議行動を行ったのだが、大学当局が不当に介入し、学生1名を公安警察に引き渡す弾圧を行った。逮捕された学生は1週間ぐらい「完黙」して奪還されたのだが、そのことは本題ではない。

 その後、弾劾のビラが出たのであるが、そこにはこう書かれていた。
 〇〇君(注:工学部長の名前)中曽根との食事はおいしかったかね?
 これで君もファシストだ!

 そう、中曽根とメシを食うとファシスト認定されるのだ!

 スゴイぞ、中曽根!

 今、安倍とメシを食っても、「アベ友」もしくは「安倍応援団」と呼ばれるだけだぜ~

 ファシストV.S.アベ友

 どっちが強いかは、いわずもがなかな…

 おまけその1.このチラシに一般学生からのツッコミがあって、曰く「準公務員の学部長が公務で来た総理のメシの誘いを断れるわけなかろう」とか、来阪時に中曽根はある小学校で子どもと給食を食べるということをしたのだが、「いっしょにメシを食ってファシストになるんだったら、〇〇小学校の児童もファシストになるのか?」とか(^^;;

 おまけその2.まじめな話だが、右翼・反動勢力をなんでもかんでもファシズム・ファシスト規定してしまうヤツが多すぎ!ファシズムってのは、労働者階級の見方ヅラして、下から「疑似革命」運動として出てくるものだ。ず~っと政権与党内に居でその中でぬくぬくと反動化している中曽根や安倍ごときがファシストであるハズなかろう。もっとも安倍にちょび髭をつけてヒトラーになぞらえた絵は変に似合っていて気持ち悪いものだが…

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首里城再建を国にやってもらわない!

 首里城の再建について、日本政府、安倍政権は全面的にバックアップすると言っている。だが、安倍や菅の言うことを額面通りに捉えてはイケナイ。彼らは首里城再建のイニシアチブを握ることで、辺野古新基地建設等で抵抗する沖縄県民の背骨を折ることを狙ってくるだろう、注意せよ❗
 もちろん、重要な文化財…沖縄がかつて日本とは違う国家であり、違う文化をもっていたことを示す首里城の再建に、日本政府がお金を出すことは当然のことである。これは自明のことであるということを確認した上で…なおかつ、国に再建のイニシアチブを取られないようにすることが肝心だ。
 昨今の「表現の自由」に関する出来事を見ると、金を出す国(の意向)に逆らうな❗といういやぁ~な流れも出てきている。政権を忖度した「世論」の攻撃も、当然あるだろう…曰く、「国から莫大なお金をもらって再建する…だから沖縄は政府の方針に逆らうな❗」と…

 そんなものには負けてはいけないし、また負けないように、日本政府・国家のイニシアチブを排除し、沖縄をはじめとする民衆の力、および沖縄を支える人たち、世界の良識の力で再建するんだという姿勢、態度でのぞむことである。

 もちろん、こうゆうことは心ある沖縄の人たちや支援者は、十分理解しているだろう。

 さしあたっては、再建費用をそういった人たちの寄付をできるだけたくさん集めることである。たとえその金額が、再建にかかる全ての費用に比べ、少ない金額であっても…できるだけ、沢山、集めるのだ。

 国にはカネは出させるが、国に再建を「やってもらう」という気持ちではダメである。そこのところは確認しておきたい。

 関連リンク…Y!ニュース沖縄タイムス
首里城の再建費用「甘く見ても倍かかる」それでも国は前向き 県側からの官邸要請に批判も

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残念な首里城炎上

 今日朝起きてPCを起動し、インターネットに繋げるととんでもない事件が起こっていた。Y!ニュース共同通信
沖縄・首里城が炎上、7施設焼失 正殿から出火か、城跡は世界遺産
 31日午前2時40分ごろ、那覇市の首里城で煙が上がっていると、警備会社から119番があった。正殿などが激しい炎を上げて燃え、正殿と北殿、南殿が全焼するなど主要7棟の計約4800平方メートルが焼失、午後1時半ごろに鎮火した。周辺住民30人以上が一時避難したが、けが人の情報はない。市消防局によると、正殿内部から火が出た可能性が高く、那覇署と出火原因や経緯を調べている。
 琉球王国の中心地だった首里城は太平洋戦争で全て焼失、その後主な施設が復元された。7棟は対象外だが、首里城跡を含む「琉球王国のグスクおよび関連遺産群」は2000年に世界文化遺産に登録されている。

 火災の原因はまだ分かっていないが、沖縄観光のシンボルの一つであり、沖縄が日本とは違う国家・国政であったことを示す建造物で、沖縄県民の心の拠り所となっていた首里城が、あっと言う間に灰燼になった。残念であるとしか言いようがない。
 首里城には、1997年、初めて沖縄に行った時に訪問している。当時はまだモノレールもなく、分かりにくいバス路線を、これまた不案内なバス停の案内表示をみながらなんとかたどり着いた。首里城は復元されて数年…日差しの強い中歩き回り、大きくて広いのが印象的だった。ただし展示物についてはほとんど覚えていない。97年といえば、ちょうど普天間「返還」その代わり辺野古に代替施設を…というようなことが出始めていた頃だ。
 それから二十余年、今は年に1~2回は沖縄に行き「辺野古新基地建設反対!」なんてことをやっている。だが沖縄「観光」はほとんどやっていない。首里城にも全然、行ってなかった。
 10月1日にゆいレール がてだこ浦西駅まで延伸したので、こんど行く時は延伸部分に乗車…ついでにまた首里城にでも行ってみるか…と思っていた矢先に、この火災である。本当に残念だ。

 沖縄県の玉城知事は、「必ず復元する」 と宣言している。復元には莫大な資金と労力、さらには知恵や技術も必要とされるが、困難にめげずに取り組んでもらいたいと思うし、我々もなにがしかお手伝いが出来ればとも思う。

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やはり井戸を掘っておこう!

 台風15号により、千葉県や伊豆諸島で停電・断水が続いている。停電の完全復旧には2週間ぐらいかかるらしい…Y!ニュース産経新聞より停電の全域復旧は2週間以内 東電発表、大幅に遅れ
 台風15号による大規模停電で、千葉県では発生から5日目の13日も午後18時現在で約18万5千戸の停電が続いた。東京電力は作業員を1万6千人に増員して作業を急ぐが、全域復旧は2週間以内になるとした。
 東電によると、千葉市や市原市(山間部を除く)などは比較的作業が順調に進んでおり、3日以内に復旧を見込んでいるという。八街市や君津市、富津市などは設備の被害状況は確認できているが、工事量が多く、1週間以内になるとしている。
 ただ、鴨川市や南房総市、館山市、鋸南町は広範囲にわたって設備被害が出ていて、点検から確認、工事着手に相当の時間が見込まれるという。東電は「復旧は2週間以内になる」としている。

 停電でポンプが動かせず、水道が出ない。もしくは水道が一旦復旧しても、大量の水が使われて配水池の水が不足し、再び断水するということも起こっているようだ。
 なによりも9月に入ったのにまだまだ暑い(大阪でも昨日今日にようやく涼しくなったが)停電ではエアコンも冷蔵庫も使えず、暑くて不快な思いをするばかりでなく、熱中症の危険も増大する。

 と、いうことで、やっぱり井戸水だ!2016年、熊本地震1か月後に書いた記事地下水を保全し、井戸を掘っておくのでゲソより(リンクを開くと、JR屋島駅前の井戸の写真があるよ)
 今回、気になったのは「避難所等で水が使えない…」ということ。便所が詰まる⇒便所を我慢するため、水分を控える⇒エコノミークラス症候群…という負の連鎖もあるし、田園地帯なので米、食糧はあるものの、水が無いから調理が出来ないということも報道で知った。
 やはり水が必要なのだ。少なくとも「避難所」に井戸があって地下水をくみ上げることが出来れば、便所も流せるし、調理、洗濯等も可能だろう。暖かい時期であれば体を拭いたり、洗ったりすることも出来る。(中略)
 もちろん地震時には、断層がずれたりした影響で水脈が切れ、井戸水が出なくなる可能性はある。しかしそれは起こってみないと分からないから、避難所や町のあちこちに井戸を掘っておくことは、防災上有効なことだろう。
 井戸水だったら水温が10℃台と一定で、夏は冷たく冬は暖かい…よってエアコンがない場合も、井戸水でぬれタオルを作って体を冷やしたりすることも可能だ。熱中症対策になる。

 どっか家の近所で、井戸をほれるところってないかな?

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本当に伝えなければならないのは?

 昨日、NHKスペシャル#あちこちのすずさんをちょっとだけ見た。
 アニメ「この世界の片隅に」がNHK地上波で放映されたこともあって、8月に戦争を振り返る企画としてはいいものだったと思う。

 贅沢だからとパーマネントが「禁止」されたにもかかわらず、一般の人が「木炭パーマ」をあてていたこと(木炭は普段、料理等に使用するために配給されたものを、パーマ屋さんに持って行って使ったそうな)都会から疎開してきた人が、地方にパーマを広めたことなど…なかなか「抵抗」も含めた興味深い話もあったのであるが…

 どうも違和感を感じるなぁ~

 戦争が酷くなって、敗戦が目前となって(とはいえ、当時の人は「敗戦」についてその時期も含め、考えることは難しかっただろう)生活が酷くなった…そこでなんとか生きていましたよっってなことを集めるのも、結構なことだ。

 だが、そこに至るまで、一体何があったのか、普通の「国民」はどう考えていたのか?

 戦争が酷くなること、あるいは戦争そのものを、どうして止めることが出来なかったのか?

 本当は、それをキチンと検証し、伝えるべきではないのか?

 日本を破局に導いた対米戦争であるが、その原因は日本帝国主義の中国侵略戦争にある。

 中国侵略戦争が中国jん民の抵抗にあって泥沼化し、また米英の帝国主義権益と衝突した…それが東アジアでは対米戦争、第二次世界大戦に発展したのだ。
 そのことについて「あちこちのすずさん」はどう考えていたのか?何をしてきたのか(何をしなかったのか)

 思えば1937年12月、「南京陥落」を人々はちょうちん行列で祝った…
 だが、その陰で、多くの中国人が虐殺されていたのだ…

 報道されなかったとはいえ、こんな「不正義の戦争」を、黙って見過ごした当時の「あちこちのずずさん」について、考えることはもっと必要だろう。

 折しも韓国に対する、戦争挑発的ともいえる敵対政策が、安倍政権によって取られていいる。あるいはトランプ大統領のご機嫌をとり、なおかつ「生命線の確保」「シーレーン防御」という口実の元、ホルムズ海峡、中東に自衛隊・護衛艦が派遣されようとしている。

 「戦争を伝える」という、過去を戒め、現代に生かすことは「戦争が起こる前、どうだったのか?」ということを、より重点を置くべきであろう。
 戦争を回顧する試みは、ホント8月15日前後だけでなく、柳条湖事件(9月18日)や盧溝橋事件(7月7日)の前後、あるいは南京大虐殺(12月)に、真剣に行うべきことなんだろう。

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祝!?総アクセス100万突破!

 昨日から本日に日付がかわるころ
本ブログのアクセスが100万を突破したようだ~!

 とはいえ、ここ2年間は1日のアクセス数が200を切り、150いかないこともしばしば
 で、総アクセス数に関しては、全く気にしていなかったのであるが…

社会運動情報・阪神さんが記事にしてくれた ので、ようやく気が付いたアリサマ…本当にありがとうございます(^^)

これからも「たたかうあるみさんのブログ」をよろしくお願いします。

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追悼、岡留安則さん

 雑誌「噂の真相」元編集長の岡留安則さんが亡くなったそうだ…71歳 Y!ニュース時事通信
岡留安則氏死去=元「噂(うわさ)の真相」編集長
 岡留 安則氏(おかどめ・やすのり=元「噂(うわさ)の真相」編集長)1月31日午前0時16分、肺がんのため那覇市の病院で死去、71歳。

 鹿児島県出身。葬儀は近親者で済ませた。
 79年に月刊誌「噂の真相」を創刊。「タブーへの挑戦」「反権威」を掲げ、政治家や文化人、芸能界のスキャンダルなどを売り物に読者を獲得、99年には当時の東京高検検事長の女性問題をスクープして辞任のきっかけをつくった。一方、記事をめぐって名誉毀損(きそん)の訴訟も多く、04年に同誌を休刊。沖縄に移住し、飲食店を経営しながら、米軍基地問題などについて発信し続けていた。
 80年代半ばの学生時代から、ず~っと「噂の真相」は読み続けていた。薄いけれども、内容は濃い。「スキャンダル」をメインにした、ちょっと怪しい雑誌だが、「反権威」「反権力」の空気がバンバン入っていた。スキャンダルは、権威や政治家を含む「権力者」に向けられていた。
 朝日ジャーナルが亡くなって、「週刊金曜日」になっても、そちらには行かず、ず~っと「噂の真相」を読んでいた。
 岡留さんは、週刊金曜日の本多勝一にも容赦なかった…本多氏は「噂の真相」にコラムを連載していたのだが、その中で岩瀬達也氏をゆえなく「誹謗中傷」するような内容を書き連ねたことがあった。岡留さんが事実をもって本多氏を批判すると、本多氏は逃亡するようにコラムから去った。
 小林よしのり批判も良かった…小林氏の「父権的」な体質を批判したものであるが、小林氏が同時に事務所でのトラブル(「秘書」が去って連載を落とした!)もあって、けっこうグダグダな展開になった…この程度の「批判」でぶっ壊れる小林氏もなんだかなぁ~と思った。これを機に小林氏は「噂の真相」のことを「奇形左翼」などと呼ぶ…それにしても小林氏が描いた岡留編集長の顔は「いかにも!」って感じで、かえって面白かったのも皮肉である…その後、オウム事件を機に「言論人」としての原則を外しだす小林氏と、それを批判する宅八郎についての記事も秀逸だった…その後小林氏は連載をSPA!からSAPIOに移し、「歴史修正主義者」「ヘイト拡大者」に転落する。

 確か「2000年には『噂の真相』を休刊する」と宣言していたのだが、裁判なんかを抱えていたため、休刊は04年まで延ばされた。休刊までの最後の1年分を、なぜか長いこと手元に記念として置いていた。
 休刊後も、HPはあって、時々のぞいてはいた…沖縄に居ることは知っていたが、私の記憶では米軍基地問題や沖縄闘争の発言はみたことがない。沖縄では沖国大にヘリが墜落し、「辺野古新基地建設阻止闘争」が始まっていたのだが…もっとも、そういう「闘争の現場」からは一線をひいたところに立って、眺めているというのが(私はそれを決して「いいこと」だとは思わないが)岡留さんの生き方なんだろうなぁ~と思っていた。

ご冥福をお祈りします。

参考…リテラの元「噂の真相」スタッフによる記事

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月に1万円余禄でもらったら…

 昨日紹介した「「薔薇マークキャンペーン」マニュフェスト に、
 「デフレ脱却手当」をすべての日本在住者(一定期間以上居住する人々)に一人月1 万円ずつ配る。

 というのがある。
 今もらっている給料でほぼカツカツの生活をしている身にとって、余禄で月に1万円がもらえるというのは、メチャメチャ大きい
 生活に困っているわけではなく、ちゃんと食えてるのだが…月に1万円が余禄でついてきたら…

 やっぱり、肉だろ!

 脂の乗った国産牛のパックをスーパーで買ってきて、ビールはエビスに
 家で「焼肉」を楽しむ…月に1回、やれれば大満足だ
 お金をばら蒔くのは、景気対策にならない…という御仁もいるようだが、低い所に確実にいきわたるようにして、余禄であることを強調すれば、確実に消費は伸びるよ。
10年前、麻生政権の時の定額給付金で「すのこタン。A4」をげっとした私が、断言します

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2019 闘春でしょ

あるみさんからの年賀状…

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燃える自民党本部と、三悪…
血小板ちゃん「政権打倒 お疲れ様で~す」
かなり手抜きである…
おまけ…「検挙されないように勝手な行動はしないこと」
『はい!!』
「他の団体とケンカしないこと!」
『はい!!』
「バリケードとかちゃんと使って突破されないようにすること!」
『はい!』
「火炎瓶は持ちましたか〜?」
『持ったよ〜』
これから火炎瓶のことを、「凝固因子」と呼びましょう
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2019年も「たたかうあるみさんのブログ」をよろしくお願いします

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