日記・コラム・つぶやき

外国人旅行客の荷物…バスはどうする!?

 増える外国人観光客…でっかい荷物を持って、暑いニッポンをウロウロ…お疲れ様です(^^)
ということで、こちらのエントリー に引き続き、旅行客の荷物のお話し。Y!ニュース京都新聞
キャリーバックに路線バス困惑 京都、観光客持ち込み混雑
 観光客の大型バッグが京都市バスの混雑に拍車をかけていることを受け、市交通局は京都駅(下京区)で、手荷物預かり所の利用を促している。車内の混雑に市民の不満が高まっているためだが、持ち込みは後を絶たず、同局は「乗車拒否するわけにもいかない」と頭を悩ませている。
 6月下旬、バスの行き先や時刻が表示される京都駅前の総合案内板前に、キャリーバッグを持った若い女性2人が訪れた。そこに、同局の観光案内役「おもてなしコンシェルジュ」が駆け寄った。
 「バスは混雑しますのでロッカーに手荷物を預けてはいかがですか」と声を掛けたが、女性たちは「ホテルに向かうので」。コンシェルジュは「近くにはホテルへの運送サービスもあります」と粘ったが、2人はバス乗り場へと向かった。
 訪日外国人など観光客の増加を受け、市バスの混雑に市民の批判が強まる。キャリーバッグも大きな原因で、通路をふさいで乗降に時間がかかり、ダイヤの乱れにもつながっている。
 同局は4月から、京都駅で大きな荷物を持ってバスに乗ろうとする観光客に声を掛け、ロッカーなどの利用を働き掛けている。案内業務を同局から委託されている市交通局協力会(右京区)の中村知雄さん(41)は「素直に聞いてくれる人もいるが、強制はできない」。コンシェルジュの1人は「宿泊施設への運送を勧めても、『受け取る人がいない』と断る人もいる」と顔を曇らせた。
 ただ、観光客にも言い分はある。横浜市から訪れた会社員男性(34)は「市バスは安く、本数も多いので便利。でも小さめの車両が多く、混む路線は大型車両を導入し、荷物置き場をつくれないものか」と話す。
 同局は「手ぶらで観光するメリットをアピールすることで、混雑を抑えたい」(自動車部)とするが、今のところは地道に声を掛け続けるしかなさそうだ。


 路線バスにデカいキャリーバックを持った旅行者…ひゃぁ~どうすりゃいいんだ!の世界だ。路線バスとなると、物理的に「荷物置き場」をつくるわけにはいかない。
 もっとも、観光でウロウロするのに、でっかい荷物を持って…というところで、無理があると思う。荷物はいったんホテルに置いて、それからゆっくり回っていただくしかない。また、多くの観光客も「そうしたい」と考えているだろう。
 とすると問題になるのは、鉄道とかでやってきてホテルまで行く交通機関で、どうするか?ということになる。そうすれば、特に混雑する路線で大型車両の導入や、荷物配送サービスの拡充といった対策もとれるだろう。

 しかし京都に関して言うと…1978年に京都の路面電車が全廃されていなかったら?という思いはあるなぁ~ 確かに路面電車も車両は小さいので、荷物置き場は難しいかも知れない…だが、広電のように連接車を導入して、ちょっとはマシになるのでは…とも考えてみる。
 廃止の時も京都は一応「国際観光都市」の端くれだったのでは…路面電車の復権と、インバウンド需要がこれほどまで伸びるとは、だれも想像できなかった…ということだろう。

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宗教改革500年だそうな…

 今年はマルチン・ルターが免罪符発行批判をしてから500年ということらしい…で、こんなネタも…YOMIURI ONLINEより
宗教改革500年…ルター人形、異例の売れ行き
 【ベルリン=井口馨】ドイツで、宗教改革を先導したマルチン・ルター(1483~1546)の人形が、異例の売れ行きを見せている。
 店頭販売せず、プロテスタント教会や関連施設でのみ入手できるが、出荷100万個を記録した。
 ペンと聖書を手にしたルター人形は7・5センチほどの大きさ。愛くるしい表情が印象的だ。ドイツのおもちゃメーカーが「プレイモービル」の名前で展開する製品の特別仕様で、2年前に発売された。
 宗教改革は、ルターが1517年、ローマ教会の免罪符発行を批判したことが発端とされる。それから500年を迎えた今年、ドイツでは「ルターゆかりの地」を巡るプロテスタント信者が急増するなど、ちょっとしたブームが起きている。人形は、その際の「おみやげとして好まれているようだ」(関係者)という。


 宗教改革といえば、免罪符…免罪符をあべしんぞうや、すがよしひでら、じみんとうのAFOどもに売りつけて、ボロ儲け

 ついでに、公明党に、仏罰をhappy01

 まじめな話をすると、中世の「宗教(キリスト教)を中心とした社会」から、世俗的な近現代社会に移行してゆくためには、「宗教改革」は避けて通れなかった。また、「宗教改革」も、資本主義社会を用意したのである。
 また、プロテスタントとカトリックの「対立」が激しくなり、収拾がつかなくなったため、世俗権力が人々の信仰に口出ししない「政教分離」の原則ができたとも言える。

 ルターたんについて言うと、この頃、ドイツでは農民一揆が頻発していた。「宗教改革」の理念を革命的に高めた農民は、「ドイツ農民戦争」を起こす…ルターは当初農民に同情的であったものの、反乱が革命的になると態度を変え、諸侯に徹底鎮圧を要求した。「できるものは誰でも、ひそかにであろと公然であろうと、かれらを打ち殺し、絞め殺し、刺し殺さなければならない」と言ったそうだ。

 いずれにしても、私の結論はこうだ…「神はもとから、おらんvirgo

 おまけ…日本基督教団のまじめな500周年記念礼拝の案内

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長距離列車に荷物置き場

 インバウンド需要とやらで、いつの間にか外国人観光客があふれるようになった。こないだもJRガード下の「吉野家」でメシ食ってたら、外国人が店員と必死に「コミュニケーション」していたなぁ~。それにしても、わざわざニッポンに観光に来て、吉野家かい!?とも思った…が、食事には金を使わないというコンセプトであれば、私だって外国に「観光」に行って現地のチェーン店で安く食事を…というのは、分からなくもない。

 でもって、外国人旅行客が困るのが、でっかい荷物を持ってどうやって移動するか?ということ。東洋経済オンラインに、こんな記事が載っていた。
新幹線「最後部座席後ろの空間」」は誰のものか 

「長距離列車なのに、荷物の置き場がないなんて。シンカンセンは快適な乗り物って聞いたけど、3時間近くも苦しい思いをするとは夢にも思わなかったわ!」
ひかり号で東京から京都に向かっていた米国人観光客のジェーンさんは、大きなスーツケースを足元に置き、いかにもつらそうな面持ちだった。
 訪日観光客が急激に増加する中、重そうなスーツケースやキャリーバッグを持って移動する外国人の姿を多く見かけるようになった。しかし、東海道・山陽新幹線をはじめとする長距離列車は、こうした「大荷物を持った旅行客」への配慮は十分とはとても言えない状況だ。今後、東京五輪に向け、個人で日本を旅行する外国人客がさらに増える中、少しでもスムーズに旅行してもらうためにはどんな工夫をしたら良いのだろうか。(以下略)


 要するに、荷物が多くなる外国人観光客のために、新幹線等の長距離列車には、荷物置き場が必要だ!ということ。
 鉄道の場合、「荷物は座席上の棚へ」というのがこれまでの常識であった。しかし、海外旅行者が持っているようなでっかいスーツケースは、「網棚」の上に載せることは困難である。そこで、座席スペースを削っても、でっかいスーツケースを置くことができる荷物置き場が必要になる。
 特に東海道新幹線の場合、東京―大阪間の膨大なビジネス需要に特化するあまり、16両編成びっしり座席、5列シートが並んでいる…東洋経済の記事にある「最後部座席後ろの空間」なんてことを言わず、むしろ2列ぐらいスペースをつぶして荷物置き場をつくったほがよさそうだ。
 外国人観光客のみならず、日本人であっても例えば海外旅行に出かける場合、空港まででかい荷物を持っていかなければならないのだから、こういったスペースはあったほうがよいだろう。

 長距離列車のみならず、空港アクセスを担う民鉄の普通車両にも、荷物スペースは必要だろうなぁ~ ちょっと前、南海電鉄の急行電車(普通のロングシート車)に外国人旅行客が多く、駅員が「問題発言」をしてしまったことがある。
 これも、外国人旅行客が多い→荷物が多い→混雑する→イライラする…ああっ~ の悪循環が一つの要因であったのではなかろうか?ということで、混雑解消のための一定の「ルールづくり」のため、ロングシート車両でも荷物置き場を整備しておくといった対応が必要になってくるだろう。

 良かれ悪しかれ、これからは外国人観光客を相手に「商売」していかんといけないのだから、いろいろ対応をしていかんとあかんことも増えるのだろうな。

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死もまた社会奉仕

 右翼…というより歴史修正主義”評論家”渡部昇一が死んだ…Yahooニュース産経新聞より
評論家の渡部昇一氏が死去 「知的生活の方法」
 本紙正論メンバーで第1回正論大賞を受賞した英語学者・評論家で上智大名誉教授の渡部昇一(わたなべ・しょういち)氏が17日午後1時55分、心不全のため東京都内の自宅で死去した。86歳だった。葬儀・告別式は親族で行う。喪主は妻、迪子(みちこ)さん。後日、お別れの会を開く。ここ数日、体調を崩していた。
 昭和5年、山形県鶴岡市生まれ。上智大大学院修士課程修了後、独ミュンスター大、英オックスフォード大に留学。帰国後、上智大講師、助教授をへて教授に。専門は英語学で、「英文法史」「英語学史」などの専門書を著した。
 48年ごろから評論活動を本格的に展開し、博学と鋭い洞察でさまざまな分野に健筆をふるった。51年に「腐敗の時代」で日本エッセイスト・クラブ賞を受賞。同年に刊行された「知的生活の方法」は、読書を中心とした知的生活を築き上げるための具体的方法を論じ、100万部超のベストセラーとなった。
 57年の高校日本史教科書の検定で、当時の文部省が「侵略」を「進出」に書き換えさせたとする新聞・テレビ各社の報道を誤報だといちはやく指摘し、ロッキード事件裁判では田中角栄元首相を擁護するなど論壇で華々しく活躍。一連の言論活動で「正確な事実関係を発掘してわが国マスコミの持つ付和雷同性に挑戦し、報道機関を含む言論活動に一大変化をもたらす契機となった」として60年、第1回正論大賞を受賞。東京裁判の影響を色濃く受けた近現代史観の見直しを主張するなど、保守論壇の重鎮だった。平成27年、瑞宝中綬章。主な著書に「日本史から見た日本人」「ドイツ参謀本部」など。フランシス・フクヤマ「歴史の終わり」など翻訳も多数手がけた。

 この御仁、80年代から「右派論客」として活躍していたが、「南京大虐殺はなかった」論から、「大東亜戦争」肯定、さらには近代日本の戦争をほぼ全面肯定するような「歴史修正」論を振りまいてきた人物である。90年代はその思想のヤバさに一時、論壇からほとんど消えていたような人だが、2000年代に「歴史修正」勢力が大手を振るようになってから「復活」…同じような内容(であろう)本を大量に出版している。

 ただ、記事にもあるように、もともとは英語の先生で、歴史はとーしろー…てか、「歴史修正主義」者に歴史の専門家なぞ存在しない。史料もロクに読めず、曲解、誤った引用等、多々やらかしてくれるから始末に負えないのが彼らである。
 そんな歴史修正主義者の大元締めみたいな渡部氏であったが、本質は優生思想を持った差別主義者であった。
 有名なのは、作家、大西巨人氏との論争になったエッセー、「神聖な義務」である。この中で渡部センセイは、「既に」生まれた 生命は神の意志であり、その生命の尊さは、常人と変わらない、というのが私の生命観である。と「予防線」を張りながらも、治癒不可能な悪性の遺伝病をもつ子どもを作るような試みは慎んだ方が人間の尊厳にふさわしいものだと思う。と書いている。まさに優生思想そのものである。
 このエッセーは大西氏から批判されたばかりでなく、「青い芝の会」や本多勝一氏などからも批判されている。しかし、渡部センセイは反省も撤回もしていない。

 また、事実関係について彼が記述するものが実にいい加減であることも、80年代にはすでに判明していた。引用記事にある高校日本史教科書検定問題で、「侵略」を「進出」に書き替えさせたという報道が誤報だったというのがあるが、それは多くの報道の中にたまたま一カ所、誤報だったものがあったのを、渡部氏が拡大解釈し、「万犬虚に吠えた教科書問題」として「全てが虚報」というふうにしちゃったのである。この件については本多勝一氏が「番犬虚に吠えた教科書問題」として反論している。
 渡部氏の有名な仕事に「ロッキード裁判批判」がある。これはロッキード事件裁判を「東京裁判並の暗黒裁判」としてその内容を批判したものの、立花隆氏に真っ向から批判され、撃沈しちゃったというモノだ。これは私が大学に入った頃の「知的論争」として多くの関心を集めていたものであるが、渡部氏は裁判記録さえロクに読めていないことが判明…いったい何なんだsign02この人は…ということになったのである。

 普通ならこの段階で「論客」としては終わってしまうハズなのだが、事実よりも感情や情緒に流れる日本社会のおかげか、渡部氏も学者生命を奪われることもなく、21世紀まで生き延び、ゾンビのごとく「復活」した…というわけだ。

 ただ、インチキ・デタラメを「野放し」にしてきたツケは大きく、今や歴史修正は「あたりまえ」のように日本社会に蔓延し、日本の首相もそういった連中から絶大な支持を得ている有様…そうゆう意味で渡部センセイをそのまま「生き延びさせた」左派、リベラル界隈の責任は重大なのである。

 ともあれこのブログでは、こう書いておく…「死もまた社会奉仕」なりvirgo

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この季節に沖縄の人を「本土」に呼んではイケナイ…

 昨日沖縄から帰ってきた。で、今日は寒気が流れ込んできて、全国的に寒くなっている。大阪でも雪が舞った。
 沖縄に到着したら、着こんでいたせいもあってむちゃ暑かった。

 暖かいところで、機動隊と「おしくら饅頭」してたから、体の調子もいい。
 プロ野球を始め、様々なスポーツ団体等がこの時期、沖縄でキャンプをする理由が良く分かる。
 寒いと体が、動かないのだdownwardright

 昨年は「本土」も暖冬だったが、その反動で今年はメチャメチャ寒い…

 しかし、沖縄では昨年と同様で、「あんまり寒くない」とのこと。それでも現地で「今日は寒いですねぇ~」とあいさつされて、きょとんとしていた私coldsweats01

 そりゃ、沖縄じゃ日中15℃ぐらいまで気温上がるからねぇ~

 こんな「暖かい」沖縄からこの季節、様々な用事で「本土」に人を呼んではイケナイですよ…沖縄の人にこんな寒い所に来てもらうなんて、まさに拷問じゃなイカsnow

 えっ安次富さんが12日、大阪に来るってsign02いやぁ今週も東京の集会に参加されているのですが…体温調節が、大変だとのことです、ハイvirgo

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サラリーマン土木屋さんから在宅土木屋さんへ…

 9月に会社を辞めてから、就職活動を続け、先日再就職先が決まった。

 1月から、さる建設コンサルタントにおいて、非常勤の正社員…ということで、健康保険、厚生年金、雇用保険等もろもろある。

 ただ、毎日オフィスに出社する必要は無いbuilding

 かっこよく言えば、「在宅勤務house」である。親の面倒をみるのには、ちょうどよい。

 月に1回程度、某地方都市にある本社に赴き、クライアントとの打ち合わせに出席すればよいとのこと。
 前職時には「サラリーマン土木屋」さんと自称していたが、これから「在宅土木屋さん」となるわけだ。
 在宅勤務だから、朝早く起きる必要はない…特に時間に縛られることもない。従って、平日の朝から、ネットにかぶりついていることも可能。
 平日の闘争や、旅行(侵略行動)も可能、沖縄や三里塚にも行けそうだvirgo

 とはいえ、収入は少ないmoneybag…親子二人でつつましく暮らしていくぐらいしか、貰えない。よって闘争参加等も、それに規定される。
 
 ただ「副業OK」なので、そこのところはまた別途、考えよう…
 
 要出社日を除き、基本的に今の生活リズムのまま暮らしていくことになるが「土木屋さん」の頭を衰えさせることなく、かつ時間はあるのでなんか新しいことをうまくはめ込んでみるのも、一つの生き方だろうなぁ~

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「日本死ね」は革命的祖国敗北主義なのだ

 ネタ的に少し遅いが…「2016年ユーキャン新語・流行語大賞」で「保育園落ちた日本死ね」という言葉がトップテン入りした。そりゃ、待機児童問題をうまくクローズアップさせたこの言葉こそ、「流行語大賞」にふさわしいものだと思うぞsign01
 で、これがトップテン入りしたことに、ネトウヨさんも含め「違和感」を表明している人がそれなりに居ることも、実に本質をついているなぁ~曰く、「汚い言葉」だとか…

 別に汚くても良い…これは「保育園」に入れたくてもままならない女性、いや、全ての働く人々の魂の叫びなのだから。

 私的には「日本死ね」と言い切ったところに、インパクトがあると断言する…これを発した人は、無意識に「革命的祖国敗北主義」の立場にたっているのではなかろうかsign02

 「現政府」を批判するとか、弾劾するとか以上に「日本死ね」=「労働者に保育サービスすら満足に提供できない国家は、滅びるべき」という、革命のヒドラを観たのは、私だけではあるまい。

 だからネトウヨさんとかが、「違和感」を表明したりするわけだ…

 「敵」がいやがることをするのは、非常に良いことである…これの証明となった、今年の「流行語大賞」である。

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ニセソビエトソング…

 暇なので、ユーチューブばっかり見ている(^^)(^^)///これは金がかからん…
 で、ユーチューブサーフィン(ネットサーフィンってのも、死語だな)して、めっけたもの…
 ロシア語フリークなもんでねぇ~ 

「闘争よ、再び」と訳されたこの歌(4分)…
レーニン(像)が出てきて、「闘争よ再び」というもんだから、NEP期の歌かと思ったが、どうやら1974年に作られた歌だそうな…停滞のブレジネフの時代である。
国威発揚にはよかったろう。
で、こんなの発見!ソビエトマーチsign03


「懲罰する!」だの「平伏して感謝するが良い」だの押しつけがましいスターリニズムの歌かと思ったら…「レッドアラート3」というゲームの挿入歌だそうな…そう、いかにもソ連sign02という感じを持たせた、ニセソビエトソングなのだ…実際に歌われた「軍歌」ではない。

ガルパン仕様…4分26秒…

おまけ…ガルパン隊長ラッシュ…バックの元歌(誰のなんという歌だろう)と、絵がぴっちりあっていて良い

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引っ越し準備ほぼ完了…

 明日の朝8時に、引越屋さんが来る…部屋はだいたい片付いてすっきりしたものだ。6年半あまりこの6畳間に住んでいたので、やはりなんか寂しい気がする。
 しかし割と大量の荷物があった…実家に帰ってうまく収納できるか不安になる…数日間はこれにかかりきりになるだろう。

 住民票の転出届も出した。車も売り払った…あとは明日の朝「破砕ゴミ」(扇風機とかその他でかいプラスチック製品)をどかっと出した後、引越屋さんが来て、荷物出し…その後簡単に掃除機をかけてから、実家に向かうことにした。

ミスチルの「足音」でも貼り付けておくか…

 

今日は10月に異動する寮生もいっしょに、軽く食事会(当然、飲みあり)  ではでは…

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本日付で会社を辞職…大阪に帰るでゲソ

 実は本日付で、長年勤めてきた会社を辞めることになった。

 なぜ辞めるのか?本ブログを数年読み続けた人は分かるかもしれないが、四国に来てから毎年のように1~2ヶ月、「病欠」をするようになった(そのため「三里塚」にも行けない状況も続いた)…また、病欠しなくても、体調不良が時々出て、朝起きられず昼過ぎまで寝ている…当然、その日は年休を取ることになる…年休の「計画的取得」が出来ず、鉄道による「侵略旅行」もままならない。

 なぜ、こんなに急に体調不良が続くのか…肉体的、内科的に検査しても悪いところは絶対に出て来ない…まぁ、「双極性感情障害」が出るのが酷くなったわけであるが、それもなぜだか良く分からない。(それに「躁」になるシーンはほとんど無い…薬で「躁」を押さえているような状況だ。もっとも「双極性障害」の場合、躁になるほうがタチが悪い。出来ない約束をする、カードで大量の買い物をする等、あとで鬱になった時に思いきり困るからだ。

 昨年は9月半ばから11月半ばまで病欠した…仕事から離れると1か月ぐらいで体調は良くなる…病欠明けは「よし、次から仕事頑張るぞ!」とか「今年は『病欠』しないようにしよう」といったやる気も出ていた。
 しかし、今度は違った…2月末~3月の年度末にかけ、体調不良が出だし、朝、起きられなくなった…もう「ガルパン」の冷泉麻子 状態である…あ~あ…この時に何かふっきれちゃって、「もうこの会社で働くのは無理だなぁ~」と思った。

 仮に休んで体調が良くなっても、現場に行かないといけない日に「体調不良」がまた起こるかも知れない。これでは会社にも迷惑をかける。
 もちろん会社側としても、私の「病気」にはそれなりに配慮はしてくれた…がゆえに、現在のポジションがある(ただし50歳近くになっても、「役職」もない単なる平社員である)が、根本的解決にはならなかった…
 
 多分「会社で働く」ということと「自分の相性」が会わないまま、ジグソーパズルの1ピースとして「無理に」収まっていたものが、今回ついにポーンとはじけ飛んだ感じなのである。

 4月から再度「病欠」を続け、会社側も「考える時間」をくれるため「病欠期間」を伸ばしてくれた(その間、父親が亡くなるという出来事もあった)が、まぁいろいろ考えて8月には「会社を辞める」という結論を出した次第である(病欠中にいろいろ「活動」はしていたが、遠方に出たのは5月連休時の沖縄行きと、7月末の伊方現地ぐらい)

 ということで、本日付けをもって会社を辞め、無職となる…実家に帰って母親と二人暮らし、退職金はそれなりに出るので当面の生活は困らないが、何か「身の丈」にあった仕事を探さないといけない。なお、引っ越しは「燃えないゴミ出し」の都合により、22日となる。

 というわけで皆さま…四国侵略をあきらめ、関西に戻ってきます。

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