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「アベノミクス」評価と「金融緩和」訳語問題

 「そろそろ左派は<経済>を語ろう」シリーズ…松尾匡氏らは、アベノミクスについてどう語っているのか?
 _0001_4 まずアベノミクスには「三本の矢」がある。「異次元的金融緩和(第一の矢)」「機動的財政出動(第二の矢)」そして「民間投資を喚起する成長戦略(第三の矢)」である。本書の主張はケインズ政策であり、「金融緩和と政府支出の組み合わせ」というのは、デフレ不況(需要不足)に対する普通にケインズ政策の枠組みと同じなので、なにも問題はないし、安倍首相の独創でも占有物でもない。また欧州ではかなりスタンダードな左派の経済政策でもあり、英労働党のコービンは「人民の量的緩和(People's Quantitative Easing)」と言っている。要するに第1の矢と第2の矢は「有効」なのだ。
 問題は「第三の矢」で、同じ政策のパッケージに入っている必要は全くない…「「第三の矢」は小泉構造改革を継承するネオリベ的な天井の成長を意図した規制緩和路線ですから、需要側に注目した(「第一の矢」「第二の矢」の)ケインズ主義的な枠組みとはまったく異なるものというか、むしろ景気回復の足を引っ張るような政策です。でも、「アベノミクス」という言葉で二つの政策を一緒くたにしてしまうと、そういう違いが何も見えなくなってしまいます。」(p168)すなわち「第三の矢」だけがネオリベ政策であり、松尾氏に言わせれば「アクセルとブレーキを同時に踏んでしまっている」のだそうな。だから効果がないのである。
 また「第二の矢」の財政出動についても、「人民の/人々の」という意識に欠けており「有権者の一番の関心は景気問題なので、そこに注力してきただけなんですよ。そうすると、政策が非常に中途半端なものになるんですね。たとえば、本来金融緩和とセットになっている「第二の矢」の財政出動のほうを見てみると、一応政権発足後1年ぐらいは積極的な財政出動をやっていたんですけど、そのあとは財政赤字の増大を恐れて引き締めにまわっています。いつも選挙前になると、テコ入れのために一時的に積極財政をとるのですが、それが終わるとまた引き締めるということを繰り返してきました。」(p173)と手厳しい。だから「野党は『アベノミクス』の良い部分(金融緩和と財政出動)は継続して、お金の循環のさせ方を変えます。という方向でいけばいい」(p175)のだそうな。そして、お金の回し方も変える「本来は、社会保障費を削減するのではなくて、景気対策として社会保障分野にも投資するのが、左派本流の経済政策です。本当に財政出動すべき分野はたくさんあります。たとえば、子育て支援がその最たるものでしょう。それで子どもが生まれたほうが、将来税金を納めてくれるんだから、財政的にもいいに決まっています。(中略)少子高齢化を心配するんだったら、低すぎる保育士さんの給料も上げなければいけませんし、保育所も増やす必要があるでしょう。介護についても切迫していますから、たくさんお金をかけて取り組むべきです。奨学金など借金を抱えて大変な学生さんもたくさんいますし、大学の学費を無償にするとか、給付型の奨学金を充実させることも必要な政策だと思います。」(p177~8)要するに、旧来型のハコモノ、インフラ系公共事業…それこそオリンピックやカジノ、万博に代表されるようなもの…を止めて、旧民主党政権が掲げたスローガン「コンクリートから人へ」を実践すること。これが「左派」がとるべき経済政策なのだ。
 ではなぜ「アベノミクス」総体がボロカスに言われるのか…「Monetary Easing」の訳語を「金融緩和」としているため、これが通貨量を増やす(緩和する)意味でなく、なにか「金融自由化」の一種の「ネオリベ」新自由主義政策のようなイメージでとらえられるからである。また「金融緩和」だけでマネーをジャブジャブ出しても、「財政出動」のやり方が間違っているから、全部「資本」のほうにいってしまい、需要は増えない。デフレのまんま、株価だけは上がる…ということになるからだ。

 もっとも訳語問題は、「経済成長」の語もそうであるが、定着してしまっているので今さら変えられない…ということもあるのだが。

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「脱成長」でやっぱり正しい!?

 ようやく「成長」には2つのタイプがある記事のつづき…おさらいしておこう。
「僕はこの二つの経済成長の関係を、桶の中に入った水に例えたりもしています。桶の中に水(労働者)が入っているとして、その水がめいっぱい入っている(完全雇用)とみなして桶のサイズそのものを拡大しようとするのが天井の成長を重視する経済政策で、これに対して桶に水がぜんぜんはいっていないから(不完全雇用)、景気対策をして桶の中に水をもっと注ごうとするのが短期の成長を重視する経済政策です。」(p41₋42)
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 これを受けて、ブレイディ氏がこう続けている…
 「その喩だと、デフレ不況下で「経済成長はもういらない」といのは、「桶に水がはいっていないから水を注ごう」という時に、「これ以上大きな桶はいらない」と言っているような感じになりますよね。そうすると、なんだかトンチンカンな会話になっちゃう。でも、そんな状況で「経済成長はもういらない」なんて言ったら、それこそスーサイダル(自滅的)だと思います。」(p42)

 まあ、言いたいことは分かるのだが、逆に松尾氏の喩は、左派が「脱経済成長」を言っていたのはある意味、正しかったことを証明している。
 そりゃそうだろう…桶に水が足りていない(需要不足)の時に、「サプライサイド」の経済成長を求めて桶をでっかくした場合、出来上がったデカい桶には、よりちょっぴりしか水が入っていないことになる。より悲惨になっちゃうのだよ。
 デフレ不況期に、高度経済成長期と同じようなインフラ整備や原発の増設、さらには「構造改革」なんぞをやれば、よけい供給能力が上がる…だが、その供給を満たす「需要」が増えなければ、よけい不況になるというわけだ。
 だからこの「失われた20年」の間に、サプライサイドの経済成長…一般論的な開発志向の、松尾氏のいう「長期の経済成長」をもとめないことは、正しいことだったのである。

 で、左派がホントに言ってきたことは何か…それは「脱成長」ではなく、「成長の質を変える」 ことである。抜き書きすると… 

 基本的には「社会のあり方を変えて、成長の質(中身)を変えよう」ということである…例えば原子力を使って電力を作るのでは無く、自然エネルギーを使おう…ということだ。(ただし私は別の意味で自然エネルギーには反対である…分かりやすい例示として挙げている)原子力をガンガン使うシステムで「成長」するモデルがこれまで評価されていた。その指標でみると、自然エネルギーを使った場合のモデルでは成長が「緩やかに」あるいは「減少」して見える。しかしそれでも社会は運営され得るのだということだ。(ただし「自然エネルギー」に関して、今の脱原発主流は「自然エネルギーのほうが雇用も増え、経済成長する」というロジックを使っている)
 さて、少子高齢化でかつ「移民」を導入せず人口が減少する社会モデルを考えるにあたって、「社会の組みなおし」が必要になる。なぜならこれまでの社会は人口が右肩上がりであることを前提に組まれていたからだ。社会を組みなおすにあたっては、当然「リストラ」される産業・部門も出て来る…住宅建設なんか、そのいい事例だ。新規の住宅はもうガンガン建つことはなく、これまであるものをリフォーム・リユースしてゆくことが求められる。あるいはぶっ壊して「更地」にする需要だってあるだろう。こういった産業の「組みなおし」の中で「成長の質」は変わる…それだけだ。組みなおしをやっている段階で、かなり資源や労働力を使うことになるので、成長はそれなりに起こる…実は「脱成長」もそうゆうことである。産業・経済構造を変える中で、成長は起こるから、「脱成長」をやる=「衰退」し、「平等に貧しくなる」ということではない。

 社会の「組みなおし」を行うにあたって、それなりの「需要」は出来る…従って「桶の水(雇用)」もそれなりに増えるのだ。

 もちろん、旧来型の「成長」を求めて、例えば新幹線やリニア、高速道路や架橋(「忖度道路」と呼ばれる下関北九州道路なんかもそう)をガンガン整備する方法でも、それなりに雇用は生む…桶の水は増えるだろう。だが、それは持続可能ではないですよ…と言って来たわけだ。
 もっとも、松尾氏らは著書で旧来型の「成長」は求めず、カネを使うところを変えよう❗と言っている。だから本質的なところでは、主張は変わらないですよ…ということが言いたいのである。

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「成長」には2つのタイプがある

 「そろそろ左派は経済を語ろう」本について、いろいろ興味深い記述や指摘、ツッコミを行っていくコーナー…
_0001_2 第1章「下部構造を忘れた左翼」の中で、松尾、北田、ブレィディの3者は左派・リベラルが「経済成長」について語らない、それどころか「脱成長」を語るが、それでは現在「貧しい人」にとっては何にもならない、むしろ害毒であると説く。特に北田暁大氏は手厳しい…
「だから、ゼロ成長社会がいかに人々を苦しめるものなのかという現実的な問題をすっとばして、豊かなインテリが「もう経済成長はいらない」なんて言っても、長期不況に苦しめられてきた人にとっては、単なるお金持ちの戯言にしか映らないんじゃないかと思うんですよ。もっと厳しく言えば、古市=上野の牛丼福祉レジームは単なる「勝ち組」の思想です。それでわたしは上野千鶴子さんや内田樹さんなんかの脱成長論を批判して「脱成長派こそ勝ち組のネオリベ思想じゃないか」という文章「脱成長派は優し気な仮面を被ったトランピアンである」(̪̪『シノドス』2017年2月21日) を書いたんですけど…」(p28₋29)
 で、このへんの「混迷」について、松尾氏が分かりやすい解説をしてくれている。

 「たとえば、経済学では、普通何でも修飾語をつけないで「成長」と言ったら、ものをつくって売る側―供給能力(サプライ・サイド)―の成長のことを指す場合が多いんです。この場合は、たとえば労働者人口がどれだけ増えていくかとか、機械とか工場とかがどれだけ増えていくかという話になるので、成長の天井が上がっていくことを指しています。」(p31)すなわち「経済成長」とは供給能力の限界を克服する、「成長の天井」「経済の天井」を上げること、これを経済学では「長期の成長」と言うのだそうな。
 その「供給能力」に対して需要が少ない場合、だれも製品を買ってくれないわけだから、供給能力に達するまで生産が行われない。これが「不況」であり、生産が行われないから失業者も増え、ますます需要が少なくなる。そこでケインズの言うように政府支出を増やして需要を喚起すれば「そうやって需要が増えて、その結果、企業の人手が足りなくなって雇用も増えていくと、経済の天井(生産能力の天井)にいきつくまでは生産が増えて行きますよね。専門的に言うとGDPギャップが埋まっていくということなのですが、これが二つ目の経済成長です。」(p36)これを松尾氏は「短期の成長」と表現している。
 この「長期の成長」(「成長の天井」)と「短期の成長」ともに経済学では「経済成長」と言っているので、ややこしくなる…p38にこの関係を図示してあるが…
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 「成長の天井」は時間軸と共に右肩上がりになっているが、現実の成長は成長の天井まで伸びたり縮んだりしている。成長の天井と現実の天井との差が、「GDPギャップ」であり、需要が供給能力に対し少ないことを示している。逆に需要が増えても「成長の天井」(供給能力)に抑よって頭をおさえられるので、天井の成長率以上に経済は成長しないのである。
 で、この「短期」の成長現象が必ずしも時間的に短いと言うわけではない…「しかし、ケインズが1930年代に発見したように、社会が「不完全雇用均衡」という状態に陥ったまま、経済がずっと停滞し続けて、いつまでたっても天井にぶつからないということが起こりえます。つまり「短期」の問題が、10年、20年にもわたって続いてしまうということもあるわけです。」(p38)…これが日本の「失われた20年」にも当てはまるのだ。
 あと、「長期の成長」「成長の天井」を右肩上がりにするのが、イノベーションを起こすための文字通り「成長戦略」であり、また「構造改革」であった。古い時代の「高度経済成長」は、インフラをバンバン整備することで「成長の天井」を右肩上がりにしていったともいえる。長期の成長と短期の成長の違いを、松尾氏は「桶と水」にも例えてp41で説明している。_0001_3
 「僕はこの二つの経済成長の関係を、桶の中に入った水に例えたりもしています。桶の中に水(労働者)が入っているとして、その水がめいっぱい入っている(完全雇用)とみなして桶のサイズそのものを拡大しようとするのが天井の成長を重視する経済政策で、これに対して桶に水がぜんぜんはいっていないから(不完全雇用)、景気対策をして桶の中に水をもっと注ごうとするのが短期の成長を重視する経済政策です。」(p41₋42)

 なるほど、これで「脱成長」論者と、松尾氏らのいう「経済成長が必要」論のギャップが良く理解できる。
 これについての論評は、また後ほど… 

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「そろそろ左派は経済を語ろう レフト3.0の政治経済学」

 薔薇マークキャンペーンの理論的支柱でもある、「そろそろ左派は経済を語ろう レフト3.0の経済学」(ブレイディみかこ×松尾匡×北田暁大の対談本 亜紀書房2018年5月)を読んでみた。松尾匡ら著者らが主張していることは、「不況期は財政出動によって需要を喚起せよ」「そのための財源は“金融緩和”(国債を中央銀行が引き受ける)でねん出する」というものである。これは「ケインジアン」の主張で、社会主義・共産主義を目指す「左翼」からみれば「異端」なのだが、米国や欧州の「左派」…アメリカ共和党のサンダースやイギリス労働党コービン、スペインの左派政党「ポデモス」なんか(「緊縮」を掲げる新自由主義者からは「極左」扱いされる)…の理論はむしろこれである。彼らが選挙で一定の支持を受け、政権担当も視野に入れられる中、日本の「左派」は何やっとるの?というのも本書の主張である。
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 その前に、本書における「レフト3.0」とは何か?マルクス=レーニン主義や「社会民主主義」を掲げ、国家行政主導で「大きな政府」を志向し、「労働者階級」を基盤としている旧来の共産党・社会党のような左翼勢力が「レフト1.0」。それに対する批判…中央集権的な組織の在り方、マイノリティーやジェンダーの問題への無頓着さ等…を経て、80年代から出てきた個人主義的で多様な運動、あり方を尊重する現代左派が「レフト2.0」だ。「レフト2.0」は「小さな政府」を志向し、労働者階級には基盤を置かず、幅広い「市民」に基盤を置く。急進的なエコロジー運動から米民主党「リベラル」、英国労働党ブレアの「第三の道」を掲げるような勢力も「レフト2.0」に含まれる。ちなみに60年代後半から70年代の「新左翼運動」は「レフト1.5」ぐらいで、その問題提起は1.0から2.0への転換を促した。この「レフト2.0」が「アイデンティティポリティクス(マイノリティーの解放を求める市民運動)」などに特化するようになって「下部構造(経済)」を忘れるようになる一方で、「小さな政府」志向は新自由主義とも親和性があった。そのため新自由主義が取る「緊縮」政策を根本から批判できず、経済成長や雇用拡大にも無頓着で格差拡大・貧困が増大することに対応できなかった。「レフト2.0」を支えてきた中間層が没落した一方で、マジョリティーである労働者階級がないがしろにされていることの反省から、欧米で出てきた「反緊縮運動」(一見「レフト1.0」への回帰に見える)が、「レフト1.0」に対する批判を乗り越えた上で、新たにバージョンアップを目指すのが「レフト3.0」と位置付けられるのだそうな。

 で、本書は「ケインズ政策のススメ」となっている。供給サイドから経済を考えると、不況などで経済が停滞していても「生産性向上」(当然、「リストラ」とかが起こる)などの経済政策が取られる。しかしケインズは「需要」面から経済をみた人である。総需要はC+I+G+(Ex-In)で表される…Cは消費、Iは投資、Gは政府支出、Exは輸出、Inは輸入である。「ケインズの言うように、不況の原因は総需要が不足している状態だとすると、その解決策は政府・中央銀行が金融緩和(不況の際に中央銀行が国債を買い上げたり、金利を引き下げたりして、世の中に出回るお金をふやすこと)をして、企業が設備投資(I)や労働者の雇用のためのお金を借りやすくしたり、公共事業などで政府支出(G)を増やして社会全体の需要を喚起すべきだということになります。金融緩和で金利が下がれば、その分自国通貨の価値が減価されますから、輸出(Ex)も増加します。そうして次第に景気が回復して、失業が減っていけば人びとの消費(C)も大きくなる。このように市場に介入して、人びとのものを買う力、総需要を引き上げてゆく経済政策が、いわゆる「ケインズ主義政策」です。」(p36)
 経済には供給能力という「天井」があるのだが、その天井まで需要がないと不況になる…だからその天井まで需要を増やしてやる。そのため政府支出を行なうが、財源として金融緩和で無からお金をつくる政策をとっても、供給の天井まで需要が届かないかぎり、インフレにはならない。「ハイパーインフレ」なんぞは、戦争等で生産が破壊されている時や、外貨不足で輸入が出来ない「供給力」不足の時に起こっている。従ってインフレの兆し(例えば物価上昇率2%)が見えた段階で、金融緩和をやめれば問題がない。ただ金融緩和で「無からつくったお金」を子育て支援や福祉などの将来減らすことが出来ないことに使うシステムを作ってしまうと、デフレ脱却した後に持続しない。そこで所得税の累進性強化や法人税増税などの富裕層から税金を取る仕組みを同時につくっておく、デフレ時の増税分は「つくったお金」で補助金や給付金等にして還付し、デフレ脱却時にそれらを廃止するという政策をとればよい。これが松尾氏の提唱する経済政策である。

 松尾氏は「数理マルクス経済」というのをやってきたマルクス経済学の人なのだが、本書ではほぼケインズ政策が展開されている。よって松尾氏がケインジアンに「転向」していると考えれば、腹も立たないだろう🍺

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追悼、岡留安則さん

 雑誌「噂の真相」元編集長の岡留安則さんが亡くなったそうだ…71歳 Y!ニュース時事通信
岡留安則氏死去=元「噂(うわさ)の真相」編集長
 岡留 安則氏(おかどめ・やすのり=元「噂(うわさ)の真相」編集長)1月31日午前0時16分、肺がんのため那覇市の病院で死去、71歳。

 鹿児島県出身。葬儀は近親者で済ませた。
 79年に月刊誌「噂の真相」を創刊。「タブーへの挑戦」「反権威」を掲げ、政治家や文化人、芸能界のスキャンダルなどを売り物に読者を獲得、99年には当時の東京高検検事長の女性問題をスクープして辞任のきっかけをつくった。一方、記事をめぐって名誉毀損(きそん)の訴訟も多く、04年に同誌を休刊。沖縄に移住し、飲食店を経営しながら、米軍基地問題などについて発信し続けていた。
 80年代半ばの学生時代から、ず~っと「噂の真相」は読み続けていた。薄いけれども、内容は濃い。「スキャンダル」をメインにした、ちょっと怪しい雑誌だが、「反権威」「反権力」の空気がバンバン入っていた。スキャンダルは、権威や政治家を含む「権力者」に向けられていた。
 朝日ジャーナルが亡くなって、「週刊金曜日」になっても、そちらには行かず、ず~っと「噂の真相」を読んでいた。
 岡留さんは、週刊金曜日の本多勝一にも容赦なかった…本多氏は「噂の真相」にコラムを連載していたのだが、その中で岩瀬達也氏をゆえなく「誹謗中傷」するような内容を書き連ねたことがあった。岡留さんが事実をもって本多氏を批判すると、本多氏は逃亡するようにコラムから去った。
 小林よしのり批判も良かった…小林氏の「父権的」な体質を批判したものであるが、小林氏が同時に事務所でのトラブル(「秘書」が去って連載を落とした!)もあって、けっこうグダグダな展開になった…この程度の「批判」でぶっ壊れる小林氏もなんだかなぁ~と思った。これを機に小林氏は「噂の真相」のことを「奇形左翼」などと呼ぶ…それにしても小林氏が描いた岡留編集長の顔は「いかにも!」って感じで、かえって面白かったのも皮肉である…その後、オウム事件を機に「言論人」としての原則を外しだす小林氏と、それを批判する宅八郎についての記事も秀逸だった…その後小林氏は連載をSPA!からSAPIOに移し、「歴史修正主義者」「ヘイト拡大者」に転落する。

 確か「2000年には『噂の真相』を休刊する」と宣言していたのだが、裁判なんかを抱えていたため、休刊は04年まで延ばされた。休刊までの最後の1年分を、なぜか長いこと手元に記念として置いていた。
 休刊後も、HPはあって、時々のぞいてはいた…沖縄に居ることは知っていたが、私の記憶では米軍基地問題や沖縄闘争の発言はみたことがない。沖縄では沖国大にヘリが墜落し、「辺野古新基地建設阻止闘争」が始まっていたのだが…もっとも、そういう「闘争の現場」からは一線をひいたところに立って、眺めているというのが(私はそれを決して「いいこと」だとは思わないが)岡留さんの生き方なんだろうなぁ~と思っていた。

ご冥福をお祈りします。

参考…リテラの元「噂の真相」スタッフによる記事

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新・日本の階級社会(その5とまとめ)

 いよいよ「新・日本の階級社会」の長いレビューの終章である…

 格差が広がり、階級が固定化することは大きな弊害が伴う。生存権を保障されず、家族を形成する機会すら得ることができない人々が多数存在することは倫理的に看過できることではない。格差が大きい社会ほど、平均寿命が短くなる傾向があり、税を払うことのできない人が増大すると同時に社会保障支出が増大する。また、格差の固定化とは、貧困層の子どもが教育を受ける機会が奪われることであり、社会的損失である。
_0001  筆者は階級を無くすことは不可能かもしれないが、階級間の格差が小さなものになり、自分の所属階級を自由に選ぶ可能性が広がれば「無階級社会」とはいえないが「非階級社会」を作ることが可能だろうと説く。

 格差の縮小のためにはさしあたって
(1)賃金格差の縮小…均等待遇の実現・最低賃金の引上げ・労働時間短縮とワークシェアリング
(2)所得の再分配…累進課税の強化・資産税の導入・生活保護制度の実効性の確保・ベーシックインカムの導入
(3)所得格差を生む原因の解消…相続税率の引き上げ・教育機会の平等の確保 これらの政策が候補として上げられる。このような政策を実行してゆくにはどうすれば良いか?
 格差拡大を認識している人ほど所得再配分を支持する傾向が高く、自己責任論の立場に立つ人ほど所得再配分を支持しない。新中間階級は強固に、資本家階級と正規労働者はやや控えめに、所得再配分に否定的な傾向が強い。一方、パート主婦、専業主婦、旧中間階級、無職の人々、アンダークラスの人々は所得再配分を支持する傾向がある。このように所得再分配に対する合意形成への有効な道筋は、階級・グループによって異なる。 そこですべての人々、とりわけパート主婦や専業主婦たちの間に、格差が拡大し貧困層が増大していることは紛れもない事実であり、これが多くの弊害をもたらしている点についての共通認識を形成すること、また所得再分配に合意しにくい新中間階級と正規労働者に向けて、自己責任論はまやかしであり、間違っていると説得することが必要になってくるのだそうな。
 現在の調査では所得再分配に否定的な新中間階級も、かつては政治意識が高く、格差の現状に批判的で、所得再配分などの格差是正政策を支持する傾向がある程度まで高かった。また平和運動や反公害運動、最近では反原発運動や安保法制反対運動でも中心的な役割を担ってきたのは高学歴な新中間階級であった。だから現在の新中間階級に期待できる部分がないわけではない。格差拡大を認め、自己責任論を否認し、所得再分配を支持する傾向が強い「リベラル派」と分類されるべき人たちが、新中間階級の中で46.8%ぐらいは居る。もし格差社会の克服を一致点とする政党や政治勢力の連合体が形成されるなら、その支持基盤となる階級・グループはどこか?アンダークラス、パート主婦、専業主婦、旧中間階級、そして新中間階級と正規労働者のなかのリベラル派である。一見すると多様で雑多な人々を、格差社会の克服という一点で結集する政治勢力こそが求められるのである…と橋本氏は結論づけている。
 すなわち現代に求められる政治勢力は、資本家階級のイデオロギーや利害に立脚した自民党やその亜流の保守政党ではなく、他の階級の利害に立ち、階級格差を縮小していく(それは軍備重視を止め、多様性も認めるような)政策をとる「新しい政党(政治勢力)」なのである。
 ぶっちゃけた話、「維新」や「国民民主党」のような「保守」を標榜し、自民党との違いが分からないような政党はいらないということだ。また、それに答えられるのは誰か?何処か?ということが問われているのだ。

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新・日本の階級社会(その4)

 格差を縮小し、階級差を縮めるためにはどうすればよいか?まずその前に、格差拡大について人々がどのように認識しているのか、見てみよう。
 その前に「右傾化」についてちょっと見てみると…「若者が右傾化した」とは言われるのだが、自民党支持率は、2005年まですべての年齢層で大きく低下しているものの、2015年では40代は横ばい、30代以下ではわずかに上昇している…相対的にみれば若者の保守化は事実であるが、「自分の住む地域に外国人が増えて欲しくない」「中国人・韓国人は日本を悪く言いすぎる」「日本国憲法を改正して、軍隊を持つことができるようにしたほうがいい」「沖縄に米軍基地が集中していても仕方がない」の4つの設問…前者2問が「排外主義」傾向を、後者2問が「軍備重視」傾向を示す…を用意し、それぞれそう思うか、そう思わないか、どちらとも言えないかを問うてみると、「排外主義」に関しては、むしろ高い年齢層で支持する傾向が高く、とくに下層の若者で「排外主義」「軍備重視」の傾向が高いとは認められない。排外主義的な傾向がもっとも弱いのは、パート主婦である。
 次に「日本では以前と比べ、貧困層が増えている」「いまの日本では収入の格差が大きすぎる」「貧困になったのは努力しなかったからだ」「努力しさえすれば、誰でも豊かになることができる」…前2問は格差に対する認識を、後ろ2問は自己責任に対する認識を示す…を問うと、多くの階級では約三分の2の人々が、アンダークラスでは約8割が、貧困層は増大しているとみなすのに対し、資本家階級は辛うじて半数の人々がそう考えるに過ぎない。新中間階級は、格差が拡大して貧困層が増えている事実は認めるが、格差が大きすぎるという価値観とは距離を置いている。自己責任論は資本家階級でその傾向が強いが、各階級間で大きな差にはなっておらず、アンダークラスにもある程度まで浸透している。パート主婦は自己責任論を強く否定している。_0001

 されに「政府は豊かな人からの税金を増やしてでも、恵まれない人への福祉を充実させるべきだ」「理由はともかく生活に困っている人がいたら、国が面倒をみるべきだ」という、所得再分配政策に対する意見を問うと、アンダークラスが所得再配分を支持する度合いが強く、資本家階級は低い。また資本家階級、新中間階級と正規労働者は、所得再配分への支持は同程度である。なお、政党支持別にみてみると、自民党支持者は格差拡大を容認し、所得再分配に消極的である。

 ここで、格差に対する認識と「排外主義」「軍事重視」の傾向をクロス分析してみると、自民党支持者は排外主義的な傾向が強く、軍備重視の傾向も他を大きく引き離して強い。公明党支持者は排外主義の傾向が特に弱く、民進党(調査当時)支持者は軍備重視の傾向が特に弱かった。また、アンダークラスでは、所得再分配を支持する人ほど排外主義的傾向が強いということも分かった。
 政治的立場としては、
 格差是正―平和主義―多文化主義 …左派
 格差容認―軍備重視―排外主義  …右派
 と分けられそうだが、こうした構図はかなり崩壊しているように思われる。
 平等への要求と平和への要求は、新中間階級、パート主婦、旧中間階級では結びついている。平等への要求と多文化主義は、資本家階級と新中間階級で強く結びついている。資本家階級の多くは格差を容認し、排外主義的である。ところがアンダークラスでは、平等への要求が排外主義と強く結びついている。追い詰められたアンダークラスの内部に、ファシズム(ポピュリズム)の基盤が芽生え始めているとも言え、「在日外国人に生活保護はいらない!」という意見や、外国人労働者を排斥する動きにつながると危惧されるのだ。(続く)

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新・日本の階級社会(その3)

 先ほどの記事中「父親が資本家階級である人が、資本家階級では28.5%存在する。」と書いた…階級は「固定化」しているのだろうか?
 父親の所属階級からみた本人の大学進学率を調べると、資本家階級と新中間階級の子どもは大学に進学しやすく、労働者階級と旧中間階級の子どもは進学しにくいという事は分かる。
 各階級の世代間移動…父親の階級と本人の階級がどう変わっていくか?ということを調べると、資本家階級出身は資本家階級になりやすく、移動も新中間階級が多い傾向がある、新中間階級は新中間階級になりやすい、労働者階級は資本家階級や旧中間階級への移動は少ない、旧中間階級にとどまる人は少ない(そもそも旧中間階級自体が減少している)ということが分かる。
 ここで年代ごとに、各階級の世代間移動について「非移動率」(父親と同じ階級に属している人の比率)、「世襲率」(ある階級の出身者のうち、出身階級と同じ階級に所属している人の比率)そして「オッズ比」(「階級Aの出身者は、それ以外の人に比べてどれくらい階級Aになりやすいか」世襲の起こりやすさの指標、差がない場合が1、世襲的な傾向が強まるほど数値が大きくなる)の変化を見てみる。
 世襲率は階級によって違っている。旧中間階級は急速に低下し、資本家階級と労働者階級は、近年になって世代的な継承性を強めた。新中間階級は複雑な動きをみせている。
_0001  旧中間階級出身者は、相対的に旧中間階級になりやすく、資本家階級と労働者階級の傾向は似ている。どの階級も近年は世代的な継承性を強めて固定化しているのに対し、新中間階級は継承性を弱めている。資本家階級出身者がますます資本家階級になりやすくなった反面、被雇用者の父親をもつ人々が参入できなくなった 資本家階級は労働者階級や旧中間階級への移動が起こりにくくなった。労働者階級出身者が労働者階級に所属する傾向を強め、旧中間階級が労働者階級になりにくくなった 経験を積んでから独立し旧中間階級、あるいは資本家階級になる可能性が閉ざされてきている。
 資本家階級の固定化は進んでいるが、単純に「家業を継ぐ」などという形で世襲されているわけではない。資本家階級出身者でも、初職は労働者階級であるという人はけっこういる。大半は親の会社と別の会社やオフィスで経験を積んでから、経営者になっているということだ。
 一方で、新中間階級出身者が新中間階級になりにくくなった。これは「就職氷河期」の影響も大きい。かつてであれば、大卒者の多くは新中間階級になることができたが、初職時点でアンダークラスとなった若者が新中間階級に移動することは難しく、就職氷河期は新中間階級出身の若者たちに、より深刻な影響を及ぼしたといえる。もっとも新中間階級への「なりにくさ」は、就職氷河期の一時的な現象かは分からず、新中間階級も「固定化」するか、あるいは縮小してゆくのかは不明なところがある。

 以上の調査・考察は男性についてのもので、女性の「階級間移動」は男性のそれとはかなり異なる。これは男性と女性で階級構成が異なっているからだ。資本家階級と旧中間階級は男性が多く、男性事務職を新中間階級としているので、この階級も男性が多い。よって女性の階級構成は父親と大きく異なるので、女性のほうが世代間移動が多くなる。また専業主婦だったりパート主婦だったりするケースが多いので、本人の階級所属がなかったり、階級所属があったとしても、生活水準や意識にあまり影響しない。少なくとも資本家階級以外では、女性の階級所属は父親の階級所属とあまり関係がない。また女性がどの階級の夫をもつかということは、父親の所属階級と弱い関係しかもたないことは分かる。

 女性は自分の所属階級とともに、あるいはそれ以上に配偶者の階級所属の影響をうける。女性内部の格差は、配偶者の階級によって、配偶者のいないことによっても影響される。そこで本書は一章を設けて(第五章 女たちの階級社会)、配偶者との組み合わせで女性の階級を分類、分析している。本人を5つの階級、プラスパート主婦(非正規労働者で配偶者あり)と無職の7つ、配偶者が所属する5階級+配偶者なしの6つ、かけて42のグループが出来るが、パート主婦には「配偶者なし」はおらず、本人がアンダークラスの場合は自動的に「配偶者なし」のみになるので実質は30のグループに分けることができる。そのうちデータが多い17のグループについて、ざっと分析されているが、ここでは紹介しない。(続く)

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新・日本の階級社会(その2)

 それでは各階級にどのくらい人がいるのか?経営者・役員と自営業主・家族従業者は従業員数5人以上を資本家階級、以下は旧中間階級と分類し、管理職・専門職は新中間階級、事務職は男性の正規従業員のみを新中間階級とし、女性および非正規は労働者階級とした。リタイヤした無職の人々を除外して「平成24年就業構造基本調査」からはじき出した日本の階級構成は、資本家階級 4.1% 新中間階級 20.6% 労働者階級 62.5%(正規労働者35.1% パート主婦12.6% その他非正規14.9%…非正規労働者が労働者階級の4割以上)旧中間階級12.9%となる。橋本氏は非正規労働者のうち、パート主婦(配偶者の階級によって帰属階級意識等が変化する)を除いた人たち(男性と非配偶女性)を「アンダークラス」と位置付けてる。これを示したのが図表2-4だ。
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 「国勢調査」の結果から、各階級(ただしアンダークラスは分からない)がおよそどのような割合で推移していったかが分かる。1950年代の日本では、旧中間層が6割近く、巨大な農業国であった。60年代初めに旧中間階級と労働者階級の数が逆転し、資本家階級は95年まで急速に増加した。95年以降、増加を続けていた資本家階級と新中間階級が減少に転じているが、これは零細企業の廃業、正規雇用の縮小、管理職の減少と非正規への置き換えが進んだためである。2010年は福祉・医療分野の下級専門職の増加で新中間階級が回復傾向にあった。ここで新中間階級に「下級専門職」が含まれていることは注視しておこう。
 本書で紹介される各階級のプロフィールは次のとおりである。
(1) 資本家階級…254万人
 個人平均年収604万円(従業員30人以上では861万円)、世帯平均収入は1060万円(同1244万円)、家計資産の平均額は4863万円と収入・資産とも多く、経済的に恵まれ、満ち足りた生活を送りっている。自民党支持率が47.4%と高く、政治的には保守的。
(2) 新中間層階級…1285万人
 個人平均年収499万円、世帯平均年収は798万円、家計資産の平均額が2353万円である。高等教育を受けた人の割合が61.4%と教育水準が高く、情報機器を使いこなし、収入もかなり多く、豊かな生活をする人々。自民党支持率は27.5%で、必ずしも政治的に保守的というわけではない。
(3) 正規労働者…2192万人
 個人平均年収370万円、世帯平均年収は630万円、家計資産の平均額が1428万円である。それなりの所得水準と生活水準を確保して、おおむね生活に満足している階級。自民党支持率は24.1%。
(4) アンダークラス…929万人
 個人平均年収186万円、世帯平均年収は343万円、家計資産の平均額が1119万円である。所得水準、生活水準が極端に低く、一般的な意味での家族を形成・維持することからも排除され、多くの不満をもつ、現代社会の最下層階級 男性は有配偶者が少なく女性は離死別者が多い 自民党支持率は15.3%と各階級で最低である。
(5) 旧中間層階級…806万人
 個人平均年収303万円、世帯平均年収は587万円、家計資産の平均額が2917万円である。自民党支持率は35.5%と高く、政治的には保守的だが、民主党(当時)支持率が6.8%、共産党支持率が3.3%と最高になってもいる。規模の上で縮小傾向を続けるなかで衰退に向かい、その政治的性格を変えつつある。

 父親が資本家階級である人が、資本家階級では28.5%存在する。人々が父親と同じ階級に所属しやすいという事自体は、他の階級も変わらず、階級間には世襲的な傾向が存在する。
_0001  育った家庭の環境の調査で、家に本が少なかった(25冊以下)は、新中間階級31.1%、正規労働者48.4%、アンダークラスでは53.7%ある。本に親しむような文化があったかどうかが、所属階級の違いを生んでいるようだ。またアンダークラスでは、最終学歴を中退した人が多い。学校中退が、安定した職の確保に大きくマイナスに働いていると考えられる。
 卒業後すぐに就職した人は、新中間階級87.2%、正規労働者88.0%、アンダークラス66.7%となっている。新規学卒一括採用の慣行が強い日本において、学卒後すぐに就職しない(できない)ことが、後々まで影響を及ぼしている。
 またアンダークラスえは、学校でいじめを受けた経験をもつ人の比率が高い(資本家階級で8.3%、その他の階級で十数%、アンダークラスでは31.9%)いじめや不登校の経験は、アンダークラスへの所属と結びついているようだ。
 健康状態の調査によって、高収入の資本家階級は高脂血症・高コレステロール血症の診断や治療をうけたことのある人が多いのに対し、アンダークラスでは少なくなっている。一方、アンダークラスは「抑うつ傾向」が突出している。

 「資本家階級」対、「他の3つの階級」という対立構造があると言えるが、「他の3つの階級」間の差は大きいことが分かる…労働者階級の内部に大きな格差が生まれ、正規労働者とアンダークラスの異質性…安定した生活を送り、さほどの強い不満もなく、満足や幸せを感じながら生きることのできる人々と、これができない人々との違いである。
「だとすると、いまや資本家階級から正規労働者までが、お互いの対立と格差は保ちながらも、一体となってアンダークラスの上に立ち、アンダークラスを支配・抑圧しているといえないだろうか。これは、いわば四対一の階級構造である。」
 「アンダークラスは社会の底辺で、低賃金の単純労働に従事し、他の多くの人々の生活を支えている。長時間営業の外食産業やコンビニエンスストア、安価で良質の日用品が手に入るディスカウントショップ、いつでも欲しいものが自宅まで届けられる流通機構、いつも美しく快適なオフィスビルやショッピングモールなど、現代社会の利便性、快適さの多くが、アンダークラスの低賃金労働によって可能になっている。しかし彼ら・彼女らは健康状態に不安があり、とくに精神的な問題を抱えやすく、将来の見通しもない。しかもソーシャルキャピタルの蓄積が乏しく、無防備な状況に置かれている。他の四階級との間の決定的な格差の下で、苦しみ続けているのがアンダークラスなのである。この事実は、重く受け止める必要がある。」(p113~114)と筆者はまとめている。

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新・日本の階級社会(その1)

 「新・日本の階級社会」(橋本健二 講談社現代新書 2018年1月)が話題になっているので、読んでみた。日本では格差が拡大し、新たな「階級社会」が到来した…筆者はそのアウトラインを語り、対応の処方箋を示すものである。ただ本書は、様々なデータを分析・加工して表・グラフにした結果を本文で語るという形をとってるため、なかなか「レビュー」がやりにくい。なるべく表やグラフを使わないで話を進めて行こうと思うが、細かな分析の手続きや図表は本書を購入して確認してほしい。

_0001  ジニ係数、規模別・産業別・男女別賃金格差・生活保護率の指標変化から「日本の格差」を眺めてみると、1950~60年代は生活保護率を除いて格差を示す指標が増大(格差拡大)していたが、その後格差は縮まり、1975~80年代に一旦底を打った後、90年代には再び格差が拡大してきた。

 一方で「一億総中流」と言われてきたが、出どころは総理府(現「内閣府」)が実施してきた世論調査「国民生活に関する世論調査」である。その中で「お宅の生活の程度は、世間一般からみて、どうですか」という質問に対し、「上」「中の上」「中の中」「中の下」「下」「わからない」の答えが用意されていた…ここで3つの「中」を合計すれば、当然「中流」の比率が高くなる…「中の~」と答えた人は1975年で90.7%、2017年で92.4%だそうな。当然、こういった「階級帰属意識」と階級帰属の「実態」は違っている。
 だがこの調査結果も見方を変えて、「上」「中の上」を「人並みより上」、「中」を「人並み程度」、「中の下」「下」を「人並みより下」として集計しなおしてみると、79年までは「人並みより下」が減少して「人並み程度」が増加し、90年代は「人並より上」が増加してきている。さらに2000年代は「人並みより下」と「人並みより上」が増加する分極化が起こっている。また、ジニ係数が上がれば「人並みより上」であると感じる人が増えている。
 さらに所得階層別(富裕層か貧困層か)に「階級帰属意識(人並みより上か下か)」を聞くと、年代が過ぎるごとに富裕層が自分を「人並みより上」であると認識する率が高くなり、貧困層が「人並みより上」であると認識する率が低くなる。すなわち、「一億総中流」と言われていた時代は、豊かな人々は自分の豊かさを、貧しい人々は自分の貧しさをよく分かっていなかったのだが、時代が進み「格差社会」が進むにつれ、人はそれぞれを明確に意識するようになったということが言える。
 また「自民党支持率」を調べてみると、富裕層で支持率は高く、所得が下がるにしたがって支持率が下がっていく。別途詳細にみていくが、自民党はその支持基盤が特権階級や富裕層に特化した「階級政党」になったとも言える。とはいえ自民党と正反対の位置に、貧困層や相対的貧困層の支持を集める単一の政党があるわけではないので、日本の政治が階級政治の性格を強めたとまではいえない…ということだそうな。

 それでは日本ではどのような「階級構造」をとっているのだろうか?カール・マルクスの階級理論から出発し、何人かの理論家たちがつくりあげたものが、「資本家階級」「新中間階級」「労働者階級」「旧中間階級」の四階級分類である。(マルクスの階級理論を説明するため、本書では「資本主義経済の基本構造」の説明も行われている…生産手段を所有する資本家階級と、それを所有せず労働力を「商品」として売らなければならない労働者階級との間で、労働力の価値vとそれに相当する賃金、および剰余価値sのやりとり関係が説明されている)四階級分類を図示すると、旧中間階級は資本家階級に雇われて生産活動を行っているわけではないので、そこが横にはみ出た図表2-3のような階級構造になるだろう。
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 さらに正規雇用が減少して非正規労働者が増加している。非正規労働者は雇用が不安定で、賃金も正規労働者より低く、貧困率も高い。非正規労働者が従来の労働者階級とも異質な、ひとつの下層階級を構成しはじめている。これを「アンダークラス」と呼ぶことにした。かつての労働者階級内部に巨大な分断線が形成され、従来の四階級に加えて、アンダークラスという新しい「階級」を含む五階級構造へと転換した、これが日本が直面する「新しい階級社会」の姿である…ということだ。(続く)

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