書籍・雑誌

戸籍ネタの元本…

 先日書いた戸籍ネタにはちゃんと元本がある。
 FOR BEGINNERS 戸籍 文 佐藤文明 イラスト 貝原浩 (現代書館 1981年10月25日 第一刷)
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 日本の戸籍制度を批判的に書いた「入門書」である。筆者、佐藤文明氏が「あとがき」にこんなことが書かれている。

 戸籍についての適当な解説書、参考書は残念ながらまったくありません。あるのはごく細部を研究した専門書、学術書のたぐいばかり、トータルでわかりやすいものとしては、戸籍職員のハンドブックぐらいのもので、これは徹頭徹尾、支配する側の論理で書かれています。
 しかし、考えてみれば戸籍のトータルな研究者が支配者の側にしかいない現状では、一般向けの解説書、参考書がないことは救いです。本書は期せずして一般向き戸籍図書の第1号という光栄に浴したわけです。あまり細部に踏み込めなかったことも、とりあえずお許しいただけるのではないか、などとムシのいいことを考えています。


 日本の戸籍制度は、近代天皇制と密接に結びついているし、その裏返しとして外国人への「差別・抑圧」構造もある…本書は戸籍の裏側として、80年代当時から問題になった外国人登録制度についても触れている(もちろん内容は「当時の」制度である)。
 また、天皇制―家制度と、人々の「身分行為」を縛り、登録を通じて国家に委ねる行為について、おなじあとがきで筆者は次のように述べている。

 戸籍を考えるに当たっては、国家や社会経済、天皇制などに対する考察を深めなければなりませんが、これだけではもちろん不充分、愛やセックス、結婚や家族などといったボクらの側の問題もあわせて考えていかなければなりません。自分自身と向きあい、自分自身を変革していく作業がなければ根本的な解決は困難です。ただ単に諸外国の登録制度をとり入れればいい、というのでは根本的な解決にはならないからです。
 ロシア革命はたしかに解決の可能性を示した唯一のできごとでした。しかし、解決に向けた具体的なスケジュールを持たなかったため、失敗に終わってしまいました。実際、経済基盤の上に乗った政治社会組織より、愛やセックス、結婚や家族といったものに根差した生活意識のほうがずっと変わりにくいのです。そして急変した経済基盤を引き戻し、改革の努力を元のもくあみにしてしまう強力な力を持っています。
 支配者たちが生活意識を統制しようとするのもここにあるのでしょう。そして多くは成功しているように見えます。政治改革を主張する人でも、意識改革を避けようとする人が多いのはそのためなのではないでしょうか。


 なお、佐藤文明氏は戸籍に関する本の「中級編」ともいえる「戸籍うらがえ史考 戸籍・外登制度の歴史と天皇制支配の差別構造」(明石書店 1988年5月第一刷)を出している。
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中世に戻る前にやらんとアカンこと…

 昨日のエントリー中世にらせん回帰!? で触れた「新中世」を語るコーナー…

 水野氏は市場、フロンティアの消滅という観点から、「過剰資本」になるため、はっきりと「資本主義の終焉」を語っている。ただし、その後について経済学的には述べていない。_0001_3

漠然と「資本の増殖」を目的とした社会が終わる…と述べているようだ。「資本」も「株式会社」も当面、なくならない…というか、無くせない、急に無くしたらまずい…とゆうふうなことを書いている。

 資本主義を止めてどうするのか?生産様式は…というと、マルクス主義で提示された「資本の止揚」…すなわち資本を社会的に所有し、生産を協同組合形式で行う…という提起をしよう。

 そうすれば、「資本の過剰」という問題は解決…というより、資本そのものがなくなるのだから、過剰もへったくれも無くなる。ただし、現代社会にあるものをそのまま受け継ぐと、生産手段・能力の過剰は残る…が、これは徐々に「スクラップ」化すればよい。

 水野氏は革命家ではないので、ゆっくり、時間をかけて(中世から近代に移行したのと同じぐらいの時間がかかるとしている)「資本主義的生産様式」が変化していく(だろう)としているわけだ。
 左翼革命家は、生産様式の変換を、かなり意図的に行う…すなわち、資本主義社会を「革命」によって打倒し、改編するプロセスを経ることを提起する。
 
 水野氏が説くように、その後「閉じた帝国」と「地域行政」が並立する社会システムが出来るとしても、その前に資本主義社会をなんとかしておきましょう…ということである。

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中世にらせん回帰!?

 資本主義の終焉を看破したエコノミスト、水野和夫氏の新著、「閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済」(集英社新書・2017年5月)を読んだ。
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 まぁ、前著「資本主義の終焉と歴史の危機」を呼んで、ポスト資本主義は、中世への回帰を説いているなぁ~と漠然と思っていたが、そういう展開になっていたなぁ~ IS(イスラム国)なんて、モロ「中世」の価値観・国家観だし…
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 利子率の低下・沈滞…ゼロ金利からはてはマイナス金利まで…市場が拡大しない「資本主義社会の終焉」を説いた筆者は、その解決のための「システム」を「閉じた帝国」が地域帝国として分立する「新中世」的世界になると説く。
 
 水野氏の「資本主義の終わり」論は別にゆずるとして、その対応に「国民国家」「主権国家」では間に合わないと説く…まず、国民国家は、国民の間に格差が広がっていて、もう成り立たないんだということ、また「経済政策」をとるにあたって、どうしても「グローバル」に広がってしまった生産力を、現在の1国のレベルでコントロールすることは難しい…だから一定の広がりを持った「帝国」なんだそうな。
 また、これまで資本主義のチャンピオンだったイギリス、アメリカ流の、7つの海をまたにかけ、あるいは航空機を飛ばして、世界中から「蒐集」するようなあり方も限界に来ている…「金融・資本帝国」である「海の国」から、EUやロシアのような「陸の国」…生産が地域に密着しているあり方…に回帰するということだ。
 「帝国」とは多様性を包摂する…政治の単位は、現在の国民国家・主権国家よりも小さな単位の共同体となる。地域帝国と地域政府の二重構造になる。
 水野氏は、地域帝国に成り得る候補としてEUを上げる。ロシアもそれに近いのだそうな。地域帝国になりそうな中国については、一帯一路構想も含め、資本主義的な突破策であるとしている。日本については、「地域帝国」を作る準備が出来ていない、近隣にそのような国もないことから、その準備を始めるように説く(さしあたっては、毎年EUへ加盟申請をすることが必要となるらしい)

 ま、思いっきりざっくり要約しすぎて書いてみた…内容はけっこう濃いので、読みごたえはある…ただし「社会システム論」だから、はっきり「そうなる」とは言えない…だから、左翼の人が読む場合、マルクス主義や、経済学…あるいは「生産様式、はどうなるか?」という視点を付け加えながら、うまく解釈していくことが必要だろう。

 次回から、ちょっとそういった視点で「新中世」を語ってみたいと思う。

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オキナワ島嶼戦争(後篇)

では、このような「島嶼防衛戦」が発動されるにあたって、南西諸島に住んでいる住民の「避難」についてはどう考えられているのか?

 何も考えられていない…というのが実情である。実際問題「ミサイルの打ち合い」が想定されているので、かなり早い段階で南西諸島の地上にあるものは破壊される。だから早い時期で「島外避難」をするのが正解だが、それでも「グレーゾーン」からシームレスに戦争状態に移行すると想定されていて、おまけに機雷戦・対潜戦もやるよという中で、フェリーや民間の船、航空機を動員して島外避難するということ自体、成り立たない。これより早い段階での島外避難は、相手に開戦・攻撃の意図ありとの信号を送ることになる(挑発として捉えられる)
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 島内避難はもう、お粗末としか言いようがない…学校もしくは堅ろうなコンクリートの建物…ぐらいしか想定されていない。人口分のコンクリートシェルターを作ることが、島の経済に役立つと述べる人もいる。おいおいdown

 繰り返すが、宮古島や石垣島に配備されるのは、陸自のミサイル部隊である。車載式ミサイルを積んだトラックが、偽装して島内を走り回り、ミサイル発射・回避運動を繰り返すわけだ。当然、敵側はどこに車載式ミサイルがあるか分からなければ、全島、攻撃対象となる。
 したがって、島内避難なぞ不可能である…結局「軍民混在」した沖縄戦の繰り返しとなり、住民(+戦闘に巻き込まれた観光客)の犠牲が出る。
宮古島や石垣島など、南西諸島への自衛隊配備に反対している人たちもまた、沖縄戦の記憶・教訓をもとにしているわけなのである。

ではどうするのか?小西氏は、「無防備都市(島)宣言」を提案している。「無防備都市宣言」とは、正確には「無防備地区宣言」(ジュネーブ諸条約追加第1議定書第59条)と言い、この宣言をした地域に紛争当事国が攻撃を行うことは国際法で禁止されている。具体的には、全ての戦闘員、移動可能な兵器、軍事設備を撤去し、軍隊や住民が軍事施設を使用することも、軍事行動の支援活動を行うことも禁止される。紛争相手国の占領を無抵抗で受け入れることを宣言するので「降伏宣言」でもあるが、現代社会において「無防備都市宣言」を行い、文字通り無防備の島々に対し手軍事的攻撃を行った場合、国際世論全てを敵にまわすことになる。
 「無防備都市宣言」の事例は、フィリピン戦でのマッカーサーがマニラで行った事例がある…これで日本軍はマニラに「無欠入場」したおかげで、マニラの都市と市民は守られた。後に立場が逆転し、日本軍が米軍に攻められた際、日本軍はマニラで市街戦を行い、多くの人が犠牲になった。
 もっともこれは実際に紛争(戦争)が起きている時の緊急避難的なものともいえるが、紛争を未然に防ぐために、太平洋の島々を「無防備」にしておこうとしたこともあった。それは1922年締結のワシントン海軍軍縮条約に「島嶼要塞化の禁止」というのがある。太平洋における各国の本土並びに本土にごく近接した島嶼以外の領土については、現在ある以上の軍事施設を設けない等、要塞化が禁止された。日本においては千島列島・小笠原諸島・奄美大島・琉球諸島・台湾、澎湖諸島・サイパン・テニアンなど、アメリカはフィリピン・グアム・サモア・アリューシャン諸島が対象となる。もっともこの条約は1930年代に日米対決の時代には骨抜きとなり、こっそりと軍事化が進められるが、逆にこの時代でさえ、アジア太平洋地域の島嶼を巡る軍拡の危機に対し、各国の非軍事化が推し進められたということに注目しよう。

いずれにしても、この「島嶼防衛戦争」の問題は、「集団的自衛権はダメだが、個別的自衛権ならOK」という単純なものではない…自衛隊=帝国主義軍隊は民衆を守らないという「原点」に立ち返って批判することが必要である…ということに尽きる。

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オキナワ島嶼戦争(中編)

 ではアメリカの戦略に乗って計画される「島嶼防衛戦」とはどんなものか…中国の艦船は海峡を通さない…ということだから、まずは①機雷戦 この時、米航空母艦はグアムより遠方に退避しているので、米軍にとって怖いのは中国の原潜からの攻撃である。よって原潜を太平洋に出さない(第一列島線内に留めておく)ため、対潜水艦戦も行われる。
 次の段階が②対艦・対空ミサイル戦…ミサイルの打ち合いである。石垣島・宮古島に配備される「ミサイル部隊」は、車載式ミサイルでもって運用される。敵からの攻撃を避けるため、発射・回避・偽装…を繰り返しながら、島中を走り回ることになる―敵から見れば、島のあらゆる箇所に「車載ミサイル」があることになるから、島中が攻撃対象となる。
 次が③対航空戦、対艦戦である。その次が④敵の上陸に対する事前配置部隊による、対着上陸戦 次に⑤敵の上陸を許した場合、残存部隊による抵抗陣地構築、ゲリラ戦、情報戦である。次に⑥増援部隊による対着上陸戦、機動部隊による強襲上陸、艦艇からの支援砲撃、ヘリボーン作戦、空挺部隊による急襲降下である。そして⑦上陸した島嶼を制圧し、陣地構築…と進む。
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 この「島嶼防衛戦」を行うにあたり、自衛隊は旧軍の島嶼防衛戦争や、フォークランド紛争を研究しており、特にフォークランド紛争において英国軍が途中にあるアセンション島に、事前に物資を集積していた点を重要視している。自衛隊の南西配備において、事前に物資を集積する場所として、下地島も含め3つも飛行場のある宮古島や、鹿児島の馬毛島などが有力視されているそうだ。
 また先の④~⑥にあるよう、敵の上陸があった場合、これを単独で守るための大部隊を置いておくことは難しいため、いったん「負けて」から増援部隊による再上陸によって敵を打ち破る?計画である。従って米軍の「海兵隊」のような部隊が必要とされる。
 その部隊が、佐世保、相浦駐屯地にある「西部方面普通科連隊」である。この部隊の海兵隊化が目論まれており、2018年度までに約3千人(旅団規模)の水陸機動団に増強される。オスプレイ(佐賀空港に配備予定)17機と、水陸両用車AAV7を57両持つことになる。

 このような「島嶼防衛戦」を行うための訓練もすでに行われている。2012年には陸自「富士総火演」では、富士の演習場を離島に見立て、上陸してくる敵を撃退する想定で行われた。また、陸海空の統合演習や、米軍との協同演習・訓練も行われている。西部方面普通科連隊は、2005年にサンディエゴの海兵隊基地で、米海兵隊と共同演習を行っている。 
 また、海自の増強も進んでいる…2015年に完成したヘリ搭載護衛艦「いずも」や、「おおすみ」型輸送艦、「ましゅう」型補給艦など、大型の護衛艦が配備されている。2014年の中期防衛力整備計画では、強襲揚陸艦の導入も検討するとされている。
 空自はF-35最新鋭戦闘機を28機配備するとともに、飛行隊も増やされ、那覇基地に配備されることになっている。
 陸海空の「統合運用」のため、2006年には「統合幕僚会議」が、「統合幕僚監部」に改編され、「統合幕僚会議長」は権限を強化して「統合幕僚長」となっている。

 なお、米軍と自衛隊は共同訓練をしているが、97年改定ガイドラインから、日本領土の防衛は日本が主として行うということになっており、「島嶼防衛戦」はあくまで「日本が主体」となって戦うこととされている。また、沖縄の海兵隊・米軍は遅かれ早かれグアム以遠に撤退すると小西氏はみており、辺野古新基地をはじめ、在沖米軍基地は自衛隊と共同使用になるものとされている。(続く)

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オキナワ島嶼戦争(前篇)

オキナワ島嶼戦争―自衛隊の海峡封鎖作戦(小西誠 社会批評社 2016年12月10日)を読んだ。小西誠氏は、「反戦自衛官」であり、中核派の運動と袂を分けてから、社会批評社で自衛隊について多くの評論・書物を出している。
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 また自衛隊の「南西重視」戦略に基づき、先島諸島への自衛隊配備が進められており、与那国島にはすでに160名の部隊が配備され、石垣島や宮古島にも配備を進める動きと、それに反対する住民運動のせめぎ合いがある…小西氏はその運動にもコミットしているようだ…宮古島市の市長選挙と市議補欠選挙が、自衛隊配備問題を争点にこの1月行われる。また石垣市では、住民への説明が中途半端なまま、市長が自衛隊受け入れを決め、問題になっている。

プロローグでは、小西氏がその自衛隊が配備された与那国島などを訪問するところから始まる。与那国に配備された部隊は「沿岸監視隊」ということなのだが、弾薬庫(貯蔵庫と称しているそうな)がやたらデカい。小西氏も佐渡なんかのレーダーサイトで勤務していたのだが、弾薬庫は10坪ほどだったそうな…すなわち、大きな弾薬庫は、将来の増備あるいは戦時に備えた物資の事前集積のためであると断言する。

 さて、本書では自衛隊の南西諸島方面への配備計画と、その背景にあるものの考察、および「島嶼防衛戦」構想の批判…これは現地で自衛隊配備に反対している人の論理にもつながる…の書である。
 南西諸島への配備計画そのものは、防衛相の中期防衛計画(pdf) の25ページ目ぐらいを見ていただくとして、その構想がいつ、どのように出てきたのか?ということを書いていこう。

 冷戦終了後、97年に日米安保のガイドラインが改定される…我々はこれを「朝鮮侵略戦争準備」ととらえ、ガイドライン改定反対―周辺事態法成立阻止を闘ったわけだが、実はそれだけでなかった。この「安保再定義」で範囲が「極東」から「東アジア」に拡大されたことは、「台湾海峡有事」を見据えた「中国脅威論」がそこに織り込まれていたのである。もっとも冷戦期に「中国脅威論」がなかったわけではないが、中国の軍事力が陸軍中心であり、また冷戦後半は中国も「対ソ包囲網」に組み込まれていたから、それは自然に消滅したのである。
 2000年1月に自衛隊の「野外令」が改定される…「野外令」とは旧軍の「作戦要務令」にあたるものだそうだが、この「改定」でこれまで隊内の売店で一般人も購入できた「野外令」が機密扱いになったとともに、内容も充実するとともに、ここで初めて冷戦後の新任務「離島に対する単独侵攻の脅威に対応するため、方面隊が主作戦として対処する要領を、新規に記述した」とのこと。ここに離島防衛作戦に「事前配置による要領」と「奪回による要領」の2つを日米制服組による冷戦後の新たな日米の戦略として打ち出した。
 2004年に防衛計画の大綱がまとめられ、公式に「島嶼部に対する防衛」が上げられるとともに、2005年の日米合意文書「日米同盟未来のための変革と再編」(沖縄基地に関する再編実施のための日米ロードマップ)において、初めて「中国の脅威」が取り上げられた。

 一方、米国のほうは、4年ごとの防衛計画見直し(QDR)を行う中、2010年に「エアシーバトル構想」を打ち出す…米国の「中国脅威論」は、2006年QDRの時にも見られたが、その時は「対テロ戦争」のイラク・アフガニスタンで手が一杯だった…撤退がみえてきた2010年ごろに、「中国脅威論」が出てきたわけである。「エアシーバトル構想」は中国の対艦・対空ミサイルを「無効化」するわけであるが、これは中国の内陸、司令部機能まで攻撃をするというものであり、必然的に核戦争につながる恐れもある…ということで、「オフショア・コントロール」という、米軍と同盟国の軍事力で中国を「経済封鎖」するとともに、軍艦・商船を沖合で破壊するというものに「修正」される…この「戦略」でも、「核戦争」に発展しない保証はない…

 この米軍の戦略に基づいた「島嶼防衛戦争」は、必然的に、いわゆる「第一列島線」(琉球弧のライン)から中国軍を出さないことにつながり、与那国島や宮古島、石垣島島の「海峡」を自衛隊の力で封鎖することになる…これを小西氏は、冷戦時代の「シーレーン防衛」で出てきた「(宗谷・津軽・対馬)3海峡封鎖」の焼き直しと捉える(続く)

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第三書館 ポリス・シリーズ

 実家に帰ってきたので、古い本が読めたりする…
 80年代後半から90年代始めにかけ、第三書館というところから、元現職警察官による内部告発もの「ポリスシリーズ」が出版されていた。第一弾が、元兵庫県警巡査。松本均氏による「交番のウラは闇」…これがベストセラーとなり、第二弾「ケーサツの横はドブ」、第三弾「オマワリさんの華麗なセカイ」、第四弾「交番の中は楽園」、第五弾「警視庁のウラも暗闇」、第六弾「巡査部長のホンネ手帳」・・・以後も続くのだが、私が実家で持っているのはここまで。
 まぁ、これを読むと、いかにケーサツ社会がデタラメであるか…ということが良く分かる。階級が幅を利かせ、上は現場を知らず下に仕事を押し付ける。二重帳簿で予算をデタラメに管理し、本来は現場のお巡りさんに支払われるべき超過勤務手当がピンハネされ、幹部たちの裏金になっている。ケーサツは市民の見ていないところで暴力をふるう。書類、調書の類いはでっち上げ、犯罪を「つくり出す」。交通違反取締りには、ちゃぁ~んと「ノルマ」がある。部落差別、在日外国人差別はあたりまえ、人権教育が行われていない…等々。
 これを読んで、警察を「信用」できたら偉いわ…もちろん30年以上前の話だから、現在とは様相は違ってきているだろう…しかし、その辺を割り引いても、この間警察組織の抜本的改革なぞ行われていないから、基本、警察はまだデタラメなことをやっていると考えて間違いないだろう。
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 第一弾、元兵庫県警 松本均著「交番のウラは闇 巡査10年選手の内部告発」 1987年5月1日 初版

 基本の基本…1.警察内に広がる不正は誰も取り締まらない 2.在日朝鮮人・韓国人を頭から差別する警察たち 3.部落差別を助長する警察組織 4.交通取締りノルマ達成のための汚いカラクリ 5.「警新会」で新聞記者と警察のベッタリ体制養成 6.警備・公安が代表する日本的不明朗警察組織 7.階級制度のしがらみで硬直化する警察 8.警察官聖職論を飾る形だけのタテマエ言辞・・・あーもう、目次打ち込んでいるだけで、嫌になってきた…
なお、松本氏は85年、山口組と一輪会の抗争…「山一戦争」で組幹部宅の「貼り付き警備」に出動し、その超過勤務手当について東灘署の会計課に「おかしいやないか!」とその支払われ方に異議を唱えたため、男女関係を利用されて組織排除されたため、辞職した。
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 第二弾、警察評論家 丸山昇 元兵庫県警 松本均 編著「ケーサツの横はドブ」 1987年8月1日 初版
 丸山昇氏が集めた全国の警察官からの、告発等が紹介されている…が、一旦丸山氏の取材を受けながら、後で警察組織にばれ、泣く泣く「記事にしないでくれ」と頼み込まれたケースも紹介されている。
 また、当時警備・公安が行った「神奈川県 共産党緒方国際部長盗聴事件」についても詳しく書かれている。
 後半は、当時、ピースボート主催者だった辻本清美と、松本均との対談がある。

S_000015 第三弾、元兵庫県警巡査 山下寛著 「オマワリさんの華麗なセカイ」 87年10月15日 初版 
 いやぁ~これは面白い…松本氏よりも少し年上の山下氏の警察体験…第1章 警察学校編、第2章 下坂部派出所編、第3章、けん銃乱射編、第4章、杭瀬派出所編、第5章、オカルト・ゾンビ編(変死体などの扱いについて書かれている)第6章、潮江派出所編、第7章、機動隊編(外勤の警察官も、「第二機動隊」という臨時編成の機動隊に配属されることがある…山下氏も1976年「神戸まつり」事件で第二機動隊として「活躍」
 第8章は、山下氏と松本氏との対談・・・




S_000016 第四弾、松本均著 「交番(ハコ)の中は楽園(パラダイス)」87年12月25日 初版
 ベストセラーになった前著「交番のウラは闇」を無視し、「そんなことはない」と開き直りながら、書店に「売らないでくれ」と圧力をかける兵庫県警・東灘署の話から始まる…警察は地元有力者から「餞別」がもらえる…警察もまた有力者・協力者にたかる。ヤクザと一緒、いやそれ以上だとも…(ヤクザの組員のほうが「礼儀正しく」て、地元に「信用されていた」話も出て来る)

 下っ端警官は、体調が悪くても休ませてもらえず「過労死」(当時こんな言葉はなかったが)する一方、幹部は公用車を使っての病院通いが許され、その公用車の運転も下っ端警察官の「仕事」…
 幹部クラスの「公私混同」はすさまじいものがある。警察内で起こった「不祥事」にしても、幹部とコネがある者と、そうでない者とでは違いがある…仕事を実直にやるより、幹部におべんちゃらを使い、付け届け出来る者が「出世」する。
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 第5弾 元警視庁・元福島県巡査部長 幕田敏夫 警察評論家 丸山昇 編著「警視庁のウラも暗闇」 1988年4月1日、初版 
 警視庁と福島県警に努めた、幕田元巡査部長の告発本…幕田氏は警視庁の空港署で外勤の巡査の仕事をしていた頃、空港会社のゴミ箱あさりをした…何を探していたか?組合関係のビラだそうな。
 その後、福島県警に転職…事前に漏らしてもらった試験問題を勉強して「巡査部長」に昇進。福島県警では、「マル暴」すなわち暴力団関係を担当する部署で活躍…シャブ(覚醒剤)の取り締まりにまつわる話なども満載。

 なお、幕田氏はささいなことを理由に幹部警察から、公務であっても郡山署への「出入り禁止」をされる等、不当な扱いをうけたため、「筋を通して」87年7月に福島県警を辞職。
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 第6弾 幕田敏夫著「巡査部長のホンネ手帳 盗聴から拾得金ネコババまで」 1988年8月1日、初版 
第1章 カネと女だ。新宿署巡査部長のホンネ 第2章 バレないよ。不正特権警察官のホンネ 第3章 自分は安全。交通取締ポリスのホンネ 第4章 賭場イノチ。バクチおまわりのホンネ 第5章 飲みたいな。タカリ屋警察署のホンネ 第6章 人権って何。留置場居眠看守のホンネ 第7章 ダマシあい。マル暴極道刑事のホンネ 第8章 右翼は友達。警備・公安デカのホンネ 第9章 保身が第一。警視警部警部補のホンネ 第10章 ミジメだな。下積み下級警官のホンネ 第11章 コソク千万。福島県警幹部連のホンネ  

…おお、これぐらいならなんとか全題名が書ける…


とまぁ、昔から警察は信用ならんし、今も信用はないんだろうなぁ~

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ルポ ニッポン絶望工場

 はじめに、この「ルポ ニッポン絶望工場(出井康弘 講談社+α新書)は最近の「外国人労働者」について書かれたルポではあるが、外国人労働者の権利や人権問題というより、外国人労働者をいかに「良質な人材」として確保するのか?という観点から書かれていることを始めに断っておく…その上で安田浩一氏著ルポ 差別と貧困の外国人労働者(光文社新書 2010年6月) から状況は変わっている…ということを念頭において読んで欲しい。
S_000009 安田氏がスポットを当てた「外国人労働者」は、いわゆる「研修制度」を使って来日した中国人労働者と、日本政府が特別に「移民」として認め導入した日系ブラジル人についてのルポである…ところが時代は進み、「ニッポン絶望工場」では、中国人実習生に変わり、ベトナム人語学留学生が登場する。
 「お友達ブログ」のプレカリアートさん の職場では、ベトナム人労働者が多く働いているそうだ…コメント欄で「その人たちは研修生ですか?」と聞いたら、どうもそうではないらしい…実は彼らは「留学生」として日本に来ている。どうゆうことか?

 これには「留学生30万人計画」というのがからんでくる…いわゆる「グローバル化」に対応して、日本に留学生をドンドン受け入れよう…という政策なのだが、この30万という数字…フランス(非英語文化圏の先進国)で高等教育機関で学ぶ学生の約12%が留学生だ…だから日本において約300万人の高等教育機関で学んでいる人間の10%程度を「留学生」にしよう…という安直な考えで数値目標を決めたようだ。
 この「留学生30万人」というのは、実はけっこうハードルが高い。この計画を政府がつくった2008年当時、留学生数は約12万人…それを倍以上に増やすのだ。また世界各国を見ても、留学生が30万超えるのは、アメリカの約78万人、英国の約42万人…3位のオーストラリアや4位のフランスでも、24、5万人程度である。
 そこで日本は「留学生」…正確に言えば留学・就学ビザの要件を変更する…2010年に大学などで学ぶ留学生は「留学ビザ」、日本語学校で学ぶ外国人は「就学ビザ」としていたものを「留学ビザ」に一本化する。「留学ビザ」で入国した場合、「週28時間以内」まではアルバイトをすることが認められている。
ここで、特にベトナムにおいて「日本語学校」への留学を「あっせん」するブローカー達が現れる…「日本に行けば月20~30万円は稼げる」と宣伝し、あっせん料として前金150~200万円もの「前借り」をして、ベトナム人が「語学留学生」としてやって来るようになったのだ。週28時間労働では、時給1000円のバイトでも月10万円にもならない…ブローカーには150万もの借金(多くは家や農地を担保に借りている)を返さなければならないし、日本語学校の「寮」でもぼったくられる…かくして留学生たちは夜間のバイトを毎日行って、昼間日本語学校で寝ているということになる。日本語学校に留学するためには「N5」(ひらがなが読め、簡単なあいさつ程度が出来る)能力が必要なのだが、ニセの資格はブローカーに金を出せばなんとでもなる仕組みらしい。
 日本語の出来ないベトナム人留学生の出来る仕事は、工場等での単純作業に限られてくる…人とコミュニケーションを取る必要はない。仕事で疲れて勉強も出来ず、寮もベトナム人だけであるから、「日本語が出来て、日本とベトナムを結ぶグローバルな仕事」に就くためのスキルも育たない…「何のための留学」なのか分からなくなっている。(この「留学生問題」が報道されない理由として、かつて日本の苦学生を助けた「新聞奨学制度」も日本人学生の成り手がおらず、ベトナム人等に頼っている販売店が多くなっている…ということもある)

 では中国人実習生や、日系ブラジル人はどこに行ったのか…それらの国はここ数年の「経済成長」で国内に就業場所が増え、わざわざ日本に「出稼ぎ」に来なくても良くなったのだそうな…中国から見た日本は「働く場所」ではなく「買い物に行く場所」となるまで、中国は経済成長している。

 その他本書では、フィリピン・インドネシアからの看護師・介護士受け入れ問題…向うでそれなりのスキルを持った人に対し、わざわざ日本語で試験を受けさせて「追い返してしまう」問題や、かつての日系ブラジル人に対する受け入れ態勢の不備(子どもが学校教育を受けられない)等の問題を指摘し、日本の外国人労働者受け入れ問題は、本音が「人手不足」であることを隠し、「国際貢献」「人材育成」といった建前をふりかざしながら、その実いきあたりばったりであることを問題視している。日本が外国人労働者にとって「ブラック工場」であり続けるなら、今後日本に必要な人材をアジア各国から確保することは出来ませんよ…と説いている。

 日本に必要な人材をアジア各国から確保する…現在でも農家や漁業者では、外国人労働者が無いとやっていけない現状がある。外国人の「出稼ぎ」や、さらには「移民」をどうするか、真剣に考える必要がある…というのが本書の立ち位置である。もちろん日本に一時的であれ、恒久的であれ来て働いてもらうのであれば、日本社会を構成する「市民」として、日本人と同等の権利や労働条件を認めるべきである…というのが、我々左翼の主張である。本書の筆者は左翼ではないが「そこまで(あるいはどこまで)認める覚悟が、日本社会にあるのか?」ということを問うているのだと思う。

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「吉田・アチソン交換文書」と「サンフランシスコシステム」

 

 さて、ここまで書いてきた「基地権密約」と「指揮権密約」を担保しているのが、「吉田・アチソン交換公文」と「国連軍地位協定」である。「吉田・アチソン交換公文」というのは、サンフランシスコ講和条約締結後、米軍を日本に駐留しつづけるための「旧安保条約」が2国間で締結された後、その旧安保条約の「追加文書」として渡されたものであり、「この条約が発効したときに、もしもまだ国連が朝鮮で軍事行動をつづけていた場合は、日本が国連が、朝鮮の国連軍を以前と同じ方法で、同じ財政上の取り決めにもとづき、日本を通じて軍事支援することを可能にする」(英文からの矢部訳:p226)というのが核心部分であり、「朝鮮戦争の開始以来、占領体制のもとで日本がおこなってきた、そうした米軍への軍事支援を、日本が独立後もずっと継続する。その義務を負うとうのが、この『追加文書』のほんとうの意味だったのです!」(p128)と述べている。この文書は矢部訳の「国連軍」が「国連加盟の軍隊」に変更され、「朝鮮」という地域の限定を「不測の事態にそなえるため」わずかな修正(「極東条項の追加」とされる)を行い「吉田・アチソン交換公文」が誕生する。最終的には「日本は占領下で米軍(朝鮮国連軍)に対しておこなっていた戦争支援を、独立後もつづける法的義務を負わされてしまった」「現在の私たち日本人の日々の生活の基盤である日米の法的関係の本質が『占領体制の継続』よりもはるかに悪い、『占領下における戦時体制(=戦争協力体制)の継続』である」(p239)と結論づけている。S_000005


 「指揮権密約(統一指揮権)」は、これも日本ではほとんど知られていない「国連軍地位協定」にある。その第一条に関する議事録では「この協定の適用上、アメリカ合衆国政府は『統一指令部として行動するアメリカ合衆国政府』の資格においてのみ行動する。日本国における合衆国軍隊の地位は、
195198日にサンフランシスコ市で署名された、日本国とアメリカ合衆国とのあいだの安全保障条約にもとづいて行われるとりきめ〔行政協定〕によって定められる。」(p249)とある。ここからの説明はややこしくなるが、要するに「統一指揮権」を持つ「米軍A」との間で日本はあらゆる戦争協力を義務付けられているが、現実の協力は、巨大な既得権益を持つ「旧安保条約」で認められた「駐留米軍(米軍B)」に対して行われる構造となった。これが「吉田・アチソン交換公文」によって二重構造であり、戦争協力のみならず、日本軍(自衛隊)に対する「統一指揮権」にまで広がっていったわけである。
 
 ちなみにこの「吉田・アチソン交換公文」はダレスによって、新安保改定によっても影響をうけないよう米側の外交により、「①吉田・アチソン交換公文」は、「国連軍地位協定」が効力をもつあいだ、ひきつづき効力をもちつづける。②国連軍統一指令部のもとにある米軍の、日本における基地の使用や法的地位は、新安保条約にしたがってむすばれる取り決め〔=地位協定他〕によって決定される。」(p272)と日米で合意され、「朝鮮戦争が、平和条約をむすんで正式に終了しないかぎり、日本のアメリカに対する軍事面での完全隷属状態〔=「法的怪物」状態〕は永遠につづく」(p273)ということになったわけである。
 
 これがつい最近、誰の目にも見えるように現れたのが、昨年夏の安保関連法の強行採決である。「『日米安全保障協議委員会(2+2)』でアメリカとの軍事上の取り決めがすでに結ばれている以上、日本政府にとって国会の審議も、憲法をめぐる議論も、デモによって示された国民の民意も、本質的にほとんど意味をもたなかった。それらはどんな異常な手を使ってでも、無視し、乗りこえるべき対象でしかなかったのです。」(p286)と筆者は述べている。
 
 では、どうすればいいのか…「正体」が分かれは、それを止めればよい…というのが筆者の考えだ。
 
 日本近代史研究の権威であるジョン・ダワー氏は、日本の独立後も継続したこの異常なアメリカへの軍事従属体制を「サンフランシスコ・システム」と呼んでいる。ダワー氏は戦争の問題について「(日本にある米軍基地は)朝鮮戦争や、ベトナムやカンボジア、最近もイラク戦争などで使われた。これらの戦争は必ずしも正義とはいえないのに、日本はつねにアメリカに従い、意見をいうことすらできなかった。これでは将来、アメリカが世界で始める戦争に、日本は巻き込まれることになるでしょう(略)歴史家としてみると、これらのことはすべてサンフランシスコ・システムに期限があるのです」(「朝日新聞20121030日 p291」…ようするに「サンフランシスコ・システム」を終わらせることが大事であり、そのためには「アメリカと堂々と交渉できるようなきちんとした政権」を作ることが第一なことは言うまでもないが、そのためには「やはり徹底的に事実にこだわり、その事実にもとづいて議論したうえで、新しい国のあり方についての国民的合意を形成すること。そのために必要なことは、みずからの理念をただ声高に語るだけではなく、実際の現場を知る人の意見に、よく耳をかたむけることだと思います。」(p292)と矢部氏は述べている。
 
 その上で具体的に「フィリピンモデル」と「ドイツモデル」を「あとがき」の中で提案している。矢部氏は前著「日本はなぜ『基地』と『原発』をとめられないのか」の中で、「日本国憲法」は占領軍が作成したものであるが、その内容がとても良かったので、日本国民の中から「より良い憲法をつくろう」とする運動が起こらなかったということを書いている…前著は2014年だから、いわゆる「新9条論(9条に自衛隊…軍の保持を明記するとともに、個別的自衛権は認めるが、集団的自衛権は認めない…とするもの)」に近い意見を述べていた。フィリピンモデルはまさに「外国軍の存在は違憲」と明記することによって、「在日米軍の撤退」(仮に米軍が必要だとしても、「安保条約」や密約関係を清算してしまう)ことを目標としている。ただ、本書では「憲法改正」のやり方については、先人の残した「歴史」を尊重し、大幅な改変を伴わない「アメリカ型」の「修正条項追加」方式を提案している。
 
 ドイツモデルとは、要するに「朝鮮戦争を終わらせる」ことである。朝鮮戦争が今だ休戦状態で「朝鮮国連軍」が存在するから「サンフランシスコ・システム」が出来たのであるのだから、関係国がWin-Winの関係になるよう朝鮮戦争を終了させ、南北朝鮮の平和条約の締結、「連邦国家化」等を目指す外交努力を行うというものだ。
 
 いずれにしても「アメリカと堂々と交渉できるようなきちんとした政権」を作ることが前提となる…そのためには「革命的」に民衆と政治諸党派が変わらないといけない。「サンフランシスコ・システム」に乗っかったまま、それを強化すると同時に、民衆の不安・不満を「大日本帝国憲法」並みの力で抑える「改憲」を目指す安倍政権と、「サンフランシスコ・システム」とは何か理解できていない野党勢力の「改憲議論乗っかり」では、まさに「日本は戦争が出来る国」への一直線でしかないということを持って、この本の紹介を終わることにしよう。

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「朝鮮戦争」が全ての始まり…

さて、矢部宏冶氏の本の続きである…なぜかマッカーサーもダレスも「そんな可能性は無い」と信じて疑わなかった「北朝鮮の南進」が、1950625日に始まった。朝鮮戦争である。北朝鮮軍はソ連から戦車を供与されていたが、韓国軍は米国から戦車すら供与されておらず(山岳地の多い朝鮮半島では、戦車は有効に使えないと判断していたらしい)、加えて北朝鮮側の準備の周到さと引き換え、韓国側はほとんど「防御準備」をしていなかったことから、あっという前に北朝鮮軍に蹴散らされ、「釜山橋頭保」と呼ばれるところまで追いつめられる。7月7日、3度目の国連安全保障理事会決議により「国連軍」が結成され、北朝鮮軍と戦闘を行うことになる。(もちろん韓国を「軍事占領」していた連合国軍は韓国軍とともに参戦していたし、日本占領中の米軍も国連軍結成前に韓国に派兵されている。S_000005


しかし、前にも書いたように「国連軍構想」は米ソの思惑の違いから、頓挫していた。従ってこの時結成された「国連軍」は厳密な意味で「国連軍」とは言わない…研究者の中にはこの特別な国連軍を「朝鮮国連軍」と呼び、矢部氏の著書でも「朝鮮国連軍」という言葉が使われている。そして、この「朝鮮国連軍」は「国連旗」の使用が認められるとともに、指揮権は米軍がもつことになった。ここに日本を占領していた米軍は単なる「占領軍」ではなく「朝鮮国連軍」というものになったのだ。

 
 ここで前に書いたように、憲法9条2項により「非武装」化された日本は「国連(軍)」によって安全保障を担保することになっている。だから「朝鮮国連軍」には最大の協力をしなければならない…ここが矢部氏の指摘しているA:「史上最大の軍事力をもち、世界中に出撃して違法な先制攻撃をくり返す在日米軍」B:「いっさいの軍事力をもたないことを定めた日本国憲法9条2項」の共存という「ねじれ」の始まりとなる。
 
 当然、ここで米国防総省の対日政策…「政治と経済については日本とのあいだに『正常化協定』を結ぶが、軍事面では占領体制をそのまま継続する」(バターワース極東担当国務次官補からアチソン国務長官宛の報告書/1950年1月18日)(p152)にアメリカ側は舵をきることになる。対日講和を進めるためにやってきたダレスも当然、そのように動く…要は日本独立後も、米軍は日本のどこにでも自由に基地を配備(配備とは当然、軍事的整合性をもつものとして行われる)するとともに、将来日本が再軍備した場合の「指揮権」は米軍がもったままにする…という構造で、対日講和を進めるという路線である。
 
 しかし日本が独立した後も、外国の軍隊が駐留するということは、「ポツダム宣言」の「占領の目的が達成されたら、占領軍はただちに日本から撤退する」という項目に違反する。マッカーサーはあくまで「ポツダム宣言」に基づいて日本の占領政策を行っていたのであるが、独立後の日本にどうしたら米軍を残すことが出来るか、悩んでいたらしい…そこに知恵を与えたのがダレスである…国連憲章43条と106条を使うということである。43条は国連加盟国(日本は当時、国連には加盟していないが)と国連安保理が「国連軍」への兵力供出のための協定を結ぶ(この「協定」が完成しなかったから、正式な国連軍は今のところ存在しない)ことである。ではどのようなロジックをダレスは使ったのか?
 
「ところが現在、43条でさだめられた『特別協定』は実現しておりません。その場合、わが国をふくむ安全保障常任理事国・五ヵ国には、国連憲章106条によって『特別協定が効力を生じるまでのあいだ』にかぎり、『国際平和と安全のために必要な行動』を『国連に代わってとる』ことが認められております。」「日本は自国の国連加盟が実現し、くわえて43条の効力が発生するまでのあいだ、ポツダム宣言署名国〔=連合国〕を代表するアメリカとのあいだに『特別協定』に相当する協定をむすび、アメリカに軍事基地を提供する。国連軍構想が実際に動きだせば、それらの基地は国連軍の基地となる」(p166)というものである。
 
 すなわち「日本が『国連軍のようなアメリカ』とのあいだに特別協定のような二ヵ国協定〔旧安保条約〕をむすんで『国連軍基地のような米軍基地』を提供することにすればいい。それは国際法の上では合法です。」(p167)ということなのである。

 ということで、砂川判決第一審で示された「米軍の駐留は違憲」ということもクリアされてしまう。極端な話、日本国憲法施政下の日本にいる「国連軍」は「国連憲章」に定められた特別協定により駐留しているのであり、極端な話、その「国連軍」が「世界の平和と安定のために」核を使用したとしても、憲法9条を破ることにはならない…という理屈が成り立つ。もちろん砂川判決第一審の判断は、その理屈を根底からひっくり返すことになるため、判決の出た1959330日以降、アメリカ側の政治工作が始まり、同年1216日、計画通り最高裁で一審判決を破棄させるに成功した。なおこの時「国家の存立にかかわるような高度な政治性をもつ問題については、裁判所は憲法判断ができない」という、悪名高き「統治行為論」が判例として確立する。これによって「以後、日本政府がいくら重大な違憲行為をおこなっても、国民が裁判によってそれをストップさせることが不可能となり、日本国憲法は事実上、その機能を停止してしまうことになったのです。」(p175
 
 
 
 1953年に朝鮮戦争は「休戦」という形で終了するが、当然「戦争状態」は続いており「朝鮮国連軍」もまだ存在する…しかし在日米軍全てが「朝鮮国連軍」でないことは、彼らがベトナム戦争への軍事介入や、湾岸戦争、果てはアフガン戦争、イラク戦争に「参戦」したことからも明らかである。この構造を矢部氏と親しいあるTVディレクターは「米軍=国連軍」と思っていたのが、実は「米軍≠国連軍」だったわけですね…と表現しており、本書でも多用されている。
 
 さて日本の「反戦・平和」勢力は、自衛隊という軍隊が出来き「再軍備」が完成したにもかかわらず、憲法9条を盾に、上記の「アメリカの戦争」への直接参加を拒否することに「成功」していた…しかし小泉政権の時、アフガン戦争では「インド洋での洋上給油」、イラク戦争では「サマワにおける復興支援」として、事実上参戦している(実は「朝鮮戦争」でも「海上保安庁による機雷掃海」という形で、事実上参戦しており、「戦死者」も出している)…ただしこれらはいちいち国会で自衛隊派兵のための「特別措置法」を作り、無理くりやってきたものだ…2015919日に成立した「安保関連法」では、そのような面倒な手続きが無く、自衛隊が「米軍の指揮下」で参戦できるような仕組みを完成させた…ということになるわけである。

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