書籍・雑誌

ポピュリズムについて考える(後篇)

 

 ポピュリズムは「左派的」「分配重視的」なものとして始まったが、現在では「新自由主義批判的」なものとして捉えられている。特に「東西冷戦」が終結したヨーロッパにおいては、既存の政治勢力が、左派勢力のみならず「反共」としての保守勢力もその存在意義を問われている。左右の既存政党は「新自由主義」や「立憲主義」に規定されて主張の差が少なくなり、また社会構造の変化からそれらを支えている労働組合、農民団体などに帰属するメンバーが少なくなっているからだ。ところで「新自由主義批判的」に躍進しているポピュリズム政党のほとんどが、フランス国民戦線のようにもともと「極右」として誕生した政党が、民主主義的な価値を一定程度認めるよう変化したものか、民主主義的価値観を容認してきた保守政党から「イスラムは民主主義的価値観と相いれない」として「移民排斥」主張を掲げ、先進的な社会福祉は自国民だけに限るといった「福祉排外主義」を主張する右派政党がほとんどである。これはなぜか?簡単なことで、左派・左翼の主張というのは「分配」だけではなく、「権利の行使のために自ら主体的に参加し、行動する」ことを掲げる。また左派・リベラルが主張する「多文化共生」というのは、外国人の異なる文化や習俗を学び、理解した上で解決策を模索するという、ある意味大変めんどうくさく、手間ヒマがかかるものだ…だから「外国人は出ていけ!」と叫ぶことのほうがラクなのである。S_0001_3



 日本における橋下や小池のポピュリズムは、「新自由主義批判的」な主張のカケラすらなく、それどころか新自由主義的な政策を「改革」として掲げ、ひたすら敵を設定して叩き「立憲主義」を破壊しているのが現状だ。また「分配の公平さ」を求めようにも、真の収奪者たる独占資本・金融資本がアンタッチャブルになっているから、「既得権益保持者」として労組や弱者団体を叩くことが中心となる。また、日本における小泉改革は、政権政党がポピュリズム的な突破を行ったと捉えることができる。トランプ現象は既存政党にトランプというポピュリストが浸透していったものと考えられる。

 

 人民主権や選挙、多数決といった「民主主義」の言葉に依って立つポピュリズムを、「民主主義の敵」として叩くことには限界がある。議会制民主主義、代行主義に立つ限り、ポピュリズムは避けて通れない面があるのだ。だからポピュリズムに対抗するには、民主主義の質を問うもの、単に選挙の一票だけのものではない、実際の統治に「自らが主体的に参加し、行動する」民主主義のシステムをつくり、「収奪者から収奪する」社会をつくろうとする粘り強い取り組みが求められるのである。

 

参考文献…「ポピュリズムとは何か 民主主義の敵か、改革の希望か」水島治郎 中公新書201612

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ポピュリズムについて考える(前篇)

 アメリカのトランプ大統領、フランス国民戦線マリーヌ・ルペン、東京小池都知事「都民ファースト」そして大阪橋下「維新」など、「既存政治を批判する」右派潮流の躍進が著しい。こういった政治党派や政治家達は「ポピュリズム」「ポピュリスト」としてくくられることが多いが、そもそもポピュリズムとは何だろうか?

 「ポピュリズム」は「大衆迎合主義」と一般的に訳されている。一見すると「大衆」に「迎合」してくれるので、民主主義的で、私たちの利益をかなえてくれそうだ。19紀末から20世紀初頭にかけて、アメリカに「アメリカ人民党」(PeoPle Party)という政党があり、ポピュリスト党(PopulistParty)と呼ばれていた。これが「ポピュリズム」の始まりとされている。
 アメリカ人民党は資本主義社会が発展する南北戦争後のアメリカ社会において、社会的に不満を高める労働者・農民層の支持を取り付けた。累進課税、鉄道や電信電話事業のS_0001_2


公有化、企業による農地所有の制限、労働規制の強化など、当時としては「先進的」な主張を掲げ、連邦議会や州議会で議員を獲得している。
 またラテンアメリカでは1930年代以降、大地主や鉱山主などの寡頭支配に対抗し、中間層や農民など多様な支持層を背景にポピュリズムが台頭、躍進した。アルゼンチンではイタリア・ファシズムに感化されたファン・ペロンという軍人が、賃上げ奨励、労働者保護立法、年金・医療・休暇施設の福祉充実といった労働福祉政策や産業政策を掲げて大統領に当選している。ペロンの政策は「ペロニズム」と呼ばれ、ラテンアメリカのポピュリズムの典型とされている。このようにポピュリズムは「左派的」「分配重視的」なものとして始まっているのである。
 
 ポピュリズムの特徴としては、主張の中心に「人民」を置くこと、「人民の意思」を体現する代表として自らを表す…その手段として「民主主義」における選挙や多数決原理、さらには住民投票などの「直接民主主義」的手法を最大限活用する。また既存政治、政治家や「エリート」批判、タブー破りを行い「敵を設定してそれを叩く」ことも特徴である。これは既存政治・政党の掲げる主張に不満を持ち、ともすれば政治から距離を置く人々の心をとらえ、政治に参加させるという意義も持つ。ただし、ポピュリズム政党が目指す人民の政治参加は、あくまでも「選挙での投票行為」のみを目標としており、具体的に人民・民衆が「統治に参加する」ということは想定していない。徹底的に「代行主義」なのだ。また政策を実現させるに当たり、民衆の「大衆運動」に必ずしも依拠しない…ラテンアメリカのポピュリズムはそれでも、政治家がバルコニーから呼びかけ、それに民衆が喝さいを送るという構図があるが…民衆の不満をすくいとり、メディア(現代ではインターネットも)を駆使して民衆に呼びかける手法は似ていても、「大衆運動」や「集会」(さらには疑似革命としての実力行使)を重視するファシズム運動とは異なる。  
 また「民主主義」社会は、選挙で体現される「人民主権」だけでなく、「法治主義」「立憲主義」という側面も持っている。要するに選挙や多数決原理だけでは、少数派や多様な価値観を尊重することが難しい、「選挙で選ばれた政治家」も、無茶してはいけませんよという歯止めである。しかしポピュリズムは「人民主権」を重視する一方、法治主義や立憲主義はしばしば「既存政治」や「エリートの既得権」として批判の対象とされる。トランプや橋下のようなポピュリスト政治家が行政権力を取ると、しばしば無茶をして暴走するのはこのためである。

参考文献:ポピュリズムとは何か?民主主義の敵か、改革の希望か 水島治郎 中公新書2016年12月

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戸籍ネタの元本…

 先日書いた戸籍ネタにはちゃんと元本がある。
 FOR BEGINNERS 戸籍 文 佐藤文明 イラスト 貝原浩 (現代書館 1981年10月25日 第一刷)
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 日本の戸籍制度を批判的に書いた「入門書」である。筆者、佐藤文明氏が「あとがき」にこんなことが書かれている。

 戸籍についての適当な解説書、参考書は残念ながらまったくありません。あるのはごく細部を研究した専門書、学術書のたぐいばかり、トータルでわかりやすいものとしては、戸籍職員のハンドブックぐらいのもので、これは徹頭徹尾、支配する側の論理で書かれています。
 しかし、考えてみれば戸籍のトータルな研究者が支配者の側にしかいない現状では、一般向けの解説書、参考書がないことは救いです。本書は期せずして一般向き戸籍図書の第1号という光栄に浴したわけです。あまり細部に踏み込めなかったことも、とりあえずお許しいただけるのではないか、などとムシのいいことを考えています。


 日本の戸籍制度は、近代天皇制と密接に結びついているし、その裏返しとして外国人への「差別・抑圧」構造もある…本書は戸籍の裏側として、80年代当時から問題になった外国人登録制度についても触れている(もちろん内容は「当時の」制度である)。
 また、天皇制―家制度と、人々の「身分行為」を縛り、登録を通じて国家に委ねる行為について、おなじあとがきで筆者は次のように述べている。

 戸籍を考えるに当たっては、国家や社会経済、天皇制などに対する考察を深めなければなりませんが、これだけではもちろん不充分、愛やセックス、結婚や家族などといったボクらの側の問題もあわせて考えていかなければなりません。自分自身と向きあい、自分自身を変革していく作業がなければ根本的な解決は困難です。ただ単に諸外国の登録制度をとり入れればいい、というのでは根本的な解決にはならないからです。
 ロシア革命はたしかに解決の可能性を示した唯一のできごとでした。しかし、解決に向けた具体的なスケジュールを持たなかったため、失敗に終わってしまいました。実際、経済基盤の上に乗った政治社会組織より、愛やセックス、結婚や家族といったものに根差した生活意識のほうがずっと変わりにくいのです。そして急変した経済基盤を引き戻し、改革の努力を元のもくあみにしてしまう強力な力を持っています。
 支配者たちが生活意識を統制しようとするのもここにあるのでしょう。そして多くは成功しているように見えます。政治改革を主張する人でも、意識改革を避けようとする人が多いのはそのためなのではないでしょうか。


 なお、佐藤文明氏は戸籍に関する本の「中級編」ともいえる「戸籍うらがえ史考 戸籍・外登制度の歴史と天皇制支配の差別構造」(明石書店 1988年5月第一刷)を出している。
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中世に戻る前にやらんとアカンこと…

 昨日のエントリー中世にらせん回帰!? で触れた「新中世」を語るコーナー…

 水野氏は市場、フロンティアの消滅という観点から、「過剰資本」になるため、はっきりと「資本主義の終焉」を語っている。ただし、その後について経済学的には述べていない。_0001_3

漠然と「資本の増殖」を目的とした社会が終わる…と述べているようだ。「資本」も「株式会社」も当面、なくならない…というか、無くせない、急に無くしたらまずい…とゆうふうなことを書いている。

 資本主義を止めてどうするのか?生産様式は…というと、マルクス主義で提示された「資本の止揚」…すなわち資本を社会的に所有し、生産を協同組合形式で行う…という提起をしよう。

 そうすれば、「資本の過剰」という問題は解決…というより、資本そのものがなくなるのだから、過剰もへったくれも無くなる。ただし、現代社会にあるものをそのまま受け継ぐと、生産手段・能力の過剰は残る…が、これは徐々に「スクラップ」化すればよい。

 水野氏は革命家ではないので、ゆっくり、時間をかけて(中世から近代に移行したのと同じぐらいの時間がかかるとしている)「資本主義的生産様式」が変化していく(だろう)としているわけだ。
 左翼革命家は、生産様式の変換を、かなり意図的に行う…すなわち、資本主義社会を「革命」によって打倒し、改編するプロセスを経ることを提起する。
 
 水野氏が説くように、その後「閉じた帝国」と「地域行政」が並立する社会システムが出来るとしても、その前に資本主義社会をなんとかしておきましょう…ということである。

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中世にらせん回帰!?

 資本主義の終焉を看破したエコノミスト、水野和夫氏の新著、「閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済」(集英社新書・2017年5月)を読んだ。
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 まぁ、前著「資本主義の終焉と歴史の危機」を呼んで、ポスト資本主義は、中世への回帰を説いているなぁ~と漠然と思っていたが、そういう展開になっていたなぁ~ IS(イスラム国)なんて、モロ「中世」の価値観・国家観だし…
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 利子率の低下・沈滞…ゼロ金利からはてはマイナス金利まで…市場が拡大しない「資本主義社会の終焉」を説いた筆者は、その解決のための「システム」を「閉じた帝国」が地域帝国として分立する「新中世」的世界になると説く。
 
 水野氏の「資本主義の終わり」論は別にゆずるとして、その対応に「国民国家」「主権国家」では間に合わないと説く…まず、国民国家は、国民の間に格差が広がっていて、もう成り立たないんだということ、また「経済政策」をとるにあたって、どうしても「グローバル」に広がってしまった生産力を、現在の1国のレベルでコントロールすることは難しい…だから一定の広がりを持った「帝国」なんだそうな。
 また、これまで資本主義のチャンピオンだったイギリス、アメリカ流の、7つの海をまたにかけ、あるいは航空機を飛ばして、世界中から「蒐集」するようなあり方も限界に来ている…「金融・資本帝国」である「海の国」から、EUやロシアのような「陸の国」…生産が地域に密着しているあり方…に回帰するということだ。
 「帝国」とは多様性を包摂する…政治の単位は、現在の国民国家・主権国家よりも小さな単位の共同体となる。地域帝国と地域政府の二重構造になる。
 水野氏は、地域帝国に成り得る候補としてEUを上げる。ロシアもそれに近いのだそうな。地域帝国になりそうな中国については、一帯一路構想も含め、資本主義的な突破策であるとしている。日本については、「地域帝国」を作る準備が出来ていない、近隣にそのような国もないことから、その準備を始めるように説く(さしあたっては、毎年EUへ加盟申請をすることが必要となるらしい)

 ま、思いっきりざっくり要約しすぎて書いてみた…内容はけっこう濃いので、読みごたえはある…ただし「社会システム論」だから、はっきり「そうなる」とは言えない…だから、左翼の人が読む場合、マルクス主義や、経済学…あるいは「生産様式、はどうなるか?」という視点を付け加えながら、うまく解釈していくことが必要だろう。

 次回から、ちょっとそういった視点で「新中世」を語ってみたいと思う。

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オキナワ島嶼戦争(後篇)

では、このような「島嶼防衛戦」が発動されるにあたって、南西諸島に住んでいる住民の「避難」についてはどう考えられているのか?

 何も考えられていない…というのが実情である。実際問題「ミサイルの打ち合い」が想定されているので、かなり早い段階で南西諸島の地上にあるものは破壊される。だから早い時期で「島外避難」をするのが正解だが、それでも「グレーゾーン」からシームレスに戦争状態に移行すると想定されていて、おまけに機雷戦・対潜戦もやるよという中で、フェリーや民間の船、航空機を動員して島外避難するということ自体、成り立たない。これより早い段階での島外避難は、相手に開戦・攻撃の意図ありとの信号を送ることになる(挑発として捉えられる)
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 島内避難はもう、お粗末としか言いようがない…学校もしくは堅ろうなコンクリートの建物…ぐらいしか想定されていない。人口分のコンクリートシェルターを作ることが、島の経済に役立つと述べる人もいる。おいおいdown

 繰り返すが、宮古島や石垣島に配備されるのは、陸自のミサイル部隊である。車載式ミサイルを積んだトラックが、偽装して島内を走り回り、ミサイル発射・回避運動を繰り返すわけだ。当然、敵側はどこに車載式ミサイルがあるか分からなければ、全島、攻撃対象となる。
 したがって、島内避難なぞ不可能である…結局「軍民混在」した沖縄戦の繰り返しとなり、住民(+戦闘に巻き込まれた観光客)の犠牲が出る。
宮古島や石垣島など、南西諸島への自衛隊配備に反対している人たちもまた、沖縄戦の記憶・教訓をもとにしているわけなのである。

ではどうするのか?小西氏は、「無防備都市(島)宣言」を提案している。「無防備都市宣言」とは、正確には「無防備地区宣言」(ジュネーブ諸条約追加第1議定書第59条)と言い、この宣言をした地域に紛争当事国が攻撃を行うことは国際法で禁止されている。具体的には、全ての戦闘員、移動可能な兵器、軍事設備を撤去し、軍隊や住民が軍事施設を使用することも、軍事行動の支援活動を行うことも禁止される。紛争相手国の占領を無抵抗で受け入れることを宣言するので「降伏宣言」でもあるが、現代社会において「無防備都市宣言」を行い、文字通り無防備の島々に対し手軍事的攻撃を行った場合、国際世論全てを敵にまわすことになる。
 「無防備都市宣言」の事例は、フィリピン戦でのマッカーサーがマニラで行った事例がある…これで日本軍はマニラに「無欠入場」したおかげで、マニラの都市と市民は守られた。後に立場が逆転し、日本軍が米軍に攻められた際、日本軍はマニラで市街戦を行い、多くの人が犠牲になった。
 もっともこれは実際に紛争(戦争)が起きている時の緊急避難的なものともいえるが、紛争を未然に防ぐために、太平洋の島々を「無防備」にしておこうとしたこともあった。それは1922年締結のワシントン海軍軍縮条約に「島嶼要塞化の禁止」というのがある。太平洋における各国の本土並びに本土にごく近接した島嶼以外の領土については、現在ある以上の軍事施設を設けない等、要塞化が禁止された。日本においては千島列島・小笠原諸島・奄美大島・琉球諸島・台湾、澎湖諸島・サイパン・テニアンなど、アメリカはフィリピン・グアム・サモア・アリューシャン諸島が対象となる。もっともこの条約は1930年代に日米対決の時代には骨抜きとなり、こっそりと軍事化が進められるが、逆にこの時代でさえ、アジア太平洋地域の島嶼を巡る軍拡の危機に対し、各国の非軍事化が推し進められたということに注目しよう。

いずれにしても、この「島嶼防衛戦争」の問題は、「集団的自衛権はダメだが、個別的自衛権ならOK」という単純なものではない…自衛隊=帝国主義軍隊は民衆を守らないという「原点」に立ち返って批判することが必要である…ということに尽きる。

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オキナワ島嶼戦争(中編)

 ではアメリカの戦略に乗って計画される「島嶼防衛戦」とはどんなものか…中国の艦船は海峡を通さない…ということだから、まずは①機雷戦 この時、米航空母艦はグアムより遠方に退避しているので、米軍にとって怖いのは中国の原潜からの攻撃である。よって原潜を太平洋に出さない(第一列島線内に留めておく)ため、対潜水艦戦も行われる。
 次の段階が②対艦・対空ミサイル戦…ミサイルの打ち合いである。石垣島・宮古島に配備される「ミサイル部隊」は、車載式ミサイルでもって運用される。敵からの攻撃を避けるため、発射・回避・偽装…を繰り返しながら、島中を走り回ることになる―敵から見れば、島のあらゆる箇所に「車載ミサイル」があることになるから、島中が攻撃対象となる。
 次が③対航空戦、対艦戦である。その次が④敵の上陸に対する事前配置部隊による、対着上陸戦 次に⑤敵の上陸を許した場合、残存部隊による抵抗陣地構築、ゲリラ戦、情報戦である。次に⑥増援部隊による対着上陸戦、機動部隊による強襲上陸、艦艇からの支援砲撃、ヘリボーン作戦、空挺部隊による急襲降下である。そして⑦上陸した島嶼を制圧し、陣地構築…と進む。
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 この「島嶼防衛戦」を行うにあたり、自衛隊は旧軍の島嶼防衛戦争や、フォークランド紛争を研究しており、特にフォークランド紛争において英国軍が途中にあるアセンション島に、事前に物資を集積していた点を重要視している。自衛隊の南西配備において、事前に物資を集積する場所として、下地島も含め3つも飛行場のある宮古島や、鹿児島の馬毛島などが有力視されているそうだ。
 また先の④~⑥にあるよう、敵の上陸があった場合、これを単独で守るための大部隊を置いておくことは難しいため、いったん「負けて」から増援部隊による再上陸によって敵を打ち破る?計画である。従って米軍の「海兵隊」のような部隊が必要とされる。
 その部隊が、佐世保、相浦駐屯地にある「西部方面普通科連隊」である。この部隊の海兵隊化が目論まれており、2018年度までに約3千人(旅団規模)の水陸機動団に増強される。オスプレイ(佐賀空港に配備予定)17機と、水陸両用車AAV7を57両持つことになる。

 このような「島嶼防衛戦」を行うための訓練もすでに行われている。2012年には陸自「富士総火演」では、富士の演習場を離島に見立て、上陸してくる敵を撃退する想定で行われた。また、陸海空の統合演習や、米軍との協同演習・訓練も行われている。西部方面普通科連隊は、2005年にサンディエゴの海兵隊基地で、米海兵隊と共同演習を行っている。 
 また、海自の増強も進んでいる…2015年に完成したヘリ搭載護衛艦「いずも」や、「おおすみ」型輸送艦、「ましゅう」型補給艦など、大型の護衛艦が配備されている。2014年の中期防衛力整備計画では、強襲揚陸艦の導入も検討するとされている。
 空自はF-35最新鋭戦闘機を28機配備するとともに、飛行隊も増やされ、那覇基地に配備されることになっている。
 陸海空の「統合運用」のため、2006年には「統合幕僚会議」が、「統合幕僚監部」に改編され、「統合幕僚会議長」は権限を強化して「統合幕僚長」となっている。

 なお、米軍と自衛隊は共同訓練をしているが、97年改定ガイドラインから、日本領土の防衛は日本が主として行うということになっており、「島嶼防衛戦」はあくまで「日本が主体」となって戦うこととされている。また、沖縄の海兵隊・米軍は遅かれ早かれグアム以遠に撤退すると小西氏はみており、辺野古新基地をはじめ、在沖米軍基地は自衛隊と共同使用になるものとされている。(続く)

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オキナワ島嶼戦争(前篇)

オキナワ島嶼戦争―自衛隊の海峡封鎖作戦(小西誠 社会批評社 2016年12月10日)を読んだ。小西誠氏は、「反戦自衛官」であり、中核派の運動と袂を分けてから、社会批評社で自衛隊について多くの評論・書物を出している。
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 また自衛隊の「南西重視」戦略に基づき、先島諸島への自衛隊配備が進められており、与那国島にはすでに160名の部隊が配備され、石垣島や宮古島にも配備を進める動きと、それに反対する住民運動のせめぎ合いがある…小西氏はその運動にもコミットしているようだ…宮古島市の市長選挙と市議補欠選挙が、自衛隊配備問題を争点にこの1月行われる。また石垣市では、住民への説明が中途半端なまま、市長が自衛隊受け入れを決め、問題になっている。

プロローグでは、小西氏がその自衛隊が配備された与那国島などを訪問するところから始まる。与那国に配備された部隊は「沿岸監視隊」ということなのだが、弾薬庫(貯蔵庫と称しているそうな)がやたらデカい。小西氏も佐渡なんかのレーダーサイトで勤務していたのだが、弾薬庫は10坪ほどだったそうな…すなわち、大きな弾薬庫は、将来の増備あるいは戦時に備えた物資の事前集積のためであると断言する。

 さて、本書では自衛隊の南西諸島方面への配備計画と、その背景にあるものの考察、および「島嶼防衛戦」構想の批判…これは現地で自衛隊配備に反対している人の論理にもつながる…の書である。
 南西諸島への配備計画そのものは、防衛相の中期防衛計画(pdf) の25ページ目ぐらいを見ていただくとして、その構想がいつ、どのように出てきたのか?ということを書いていこう。

 冷戦終了後、97年に日米安保のガイドラインが改定される…我々はこれを「朝鮮侵略戦争準備」ととらえ、ガイドライン改定反対―周辺事態法成立阻止を闘ったわけだが、実はそれだけでなかった。この「安保再定義」で範囲が「極東」から「東アジア」に拡大されたことは、「台湾海峡有事」を見据えた「中国脅威論」がそこに織り込まれていたのである。もっとも冷戦期に「中国脅威論」がなかったわけではないが、中国の軍事力が陸軍中心であり、また冷戦後半は中国も「対ソ包囲網」に組み込まれていたから、それは自然に消滅したのである。
 2000年1月に自衛隊の「野外令」が改定される…「野外令」とは旧軍の「作戦要務令」にあたるものだそうだが、この「改定」でこれまで隊内の売店で一般人も購入できた「野外令」が機密扱いになったとともに、内容も充実するとともに、ここで初めて冷戦後の新任務「離島に対する単独侵攻の脅威に対応するため、方面隊が主作戦として対処する要領を、新規に記述した」とのこと。ここに離島防衛作戦に「事前配置による要領」と「奪回による要領」の2つを日米制服組による冷戦後の新たな日米の戦略として打ち出した。
 2004年に防衛計画の大綱がまとめられ、公式に「島嶼部に対する防衛」が上げられるとともに、2005年の日米合意文書「日米同盟未来のための変革と再編」(沖縄基地に関する再編実施のための日米ロードマップ)において、初めて「中国の脅威」が取り上げられた。

 一方、米国のほうは、4年ごとの防衛計画見直し(QDR)を行う中、2010年に「エアシーバトル構想」を打ち出す…米国の「中国脅威論」は、2006年QDRの時にも見られたが、その時は「対テロ戦争」のイラク・アフガニスタンで手が一杯だった…撤退がみえてきた2010年ごろに、「中国脅威論」が出てきたわけである。「エアシーバトル構想」は中国の対艦・対空ミサイルを「無効化」するわけであるが、これは中国の内陸、司令部機能まで攻撃をするというものであり、必然的に核戦争につながる恐れもある…ということで、「オフショア・コントロール」という、米軍と同盟国の軍事力で中国を「経済封鎖」するとともに、軍艦・商船を沖合で破壊するというものに「修正」される…この「戦略」でも、「核戦争」に発展しない保証はない…

 この米軍の戦略に基づいた「島嶼防衛戦争」は、必然的に、いわゆる「第一列島線」(琉球弧のライン)から中国軍を出さないことにつながり、与那国島や宮古島、石垣島島の「海峡」を自衛隊の力で封鎖することになる…これを小西氏は、冷戦時代の「シーレーン防衛」で出てきた「(宗谷・津軽・対馬)3海峡封鎖」の焼き直しと捉える(続く)

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第三書館 ポリス・シリーズ

 実家に帰ってきたので、古い本が読めたりする…
 80年代後半から90年代始めにかけ、第三書館というところから、元現職警察官による内部告発もの「ポリスシリーズ」が出版されていた。第一弾が、元兵庫県警巡査。松本均氏による「交番のウラは闇」…これがベストセラーとなり、第二弾「ケーサツの横はドブ」、第三弾「オマワリさんの華麗なセカイ」、第四弾「交番の中は楽園」、第五弾「警視庁のウラも暗闇」、第六弾「巡査部長のホンネ手帳」・・・以後も続くのだが、私が実家で持っているのはここまで。
 まぁ、これを読むと、いかにケーサツ社会がデタラメであるか…ということが良く分かる。階級が幅を利かせ、上は現場を知らず下に仕事を押し付ける。二重帳簿で予算をデタラメに管理し、本来は現場のお巡りさんに支払われるべき超過勤務手当がピンハネされ、幹部たちの裏金になっている。ケーサツは市民の見ていないところで暴力をふるう。書類、調書の類いはでっち上げ、犯罪を「つくり出す」。交通違反取締りには、ちゃぁ~んと「ノルマ」がある。部落差別、在日外国人差別はあたりまえ、人権教育が行われていない…等々。
 これを読んで、警察を「信用」できたら偉いわ…もちろん30年以上前の話だから、現在とは様相は違ってきているだろう…しかし、その辺を割り引いても、この間警察組織の抜本的改革なぞ行われていないから、基本、警察はまだデタラメなことをやっていると考えて間違いないだろう。
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 第一弾、元兵庫県警 松本均著「交番のウラは闇 巡査10年選手の内部告発」 1987年5月1日 初版

 基本の基本…1.警察内に広がる不正は誰も取り締まらない 2.在日朝鮮人・韓国人を頭から差別する警察たち 3.部落差別を助長する警察組織 4.交通取締りノルマ達成のための汚いカラクリ 5.「警新会」で新聞記者と警察のベッタリ体制養成 6.警備・公安が代表する日本的不明朗警察組織 7.階級制度のしがらみで硬直化する警察 8.警察官聖職論を飾る形だけのタテマエ言辞・・・あーもう、目次打ち込んでいるだけで、嫌になってきた…
なお、松本氏は85年、山口組と一輪会の抗争…「山一戦争」で組幹部宅の「貼り付き警備」に出動し、その超過勤務手当について東灘署の会計課に「おかしいやないか!」とその支払われ方に異議を唱えたため、男女関係を利用されて組織排除されたため、辞職した。
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 第二弾、警察評論家 丸山昇 元兵庫県警 松本均 編著「ケーサツの横はドブ」 1987年8月1日 初版
 丸山昇氏が集めた全国の警察官からの、告発等が紹介されている…が、一旦丸山氏の取材を受けながら、後で警察組織にばれ、泣く泣く「記事にしないでくれ」と頼み込まれたケースも紹介されている。
 また、当時警備・公安が行った「神奈川県 共産党緒方国際部長盗聴事件」についても詳しく書かれている。
 後半は、当時、ピースボート主催者だった辻本清美と、松本均との対談がある。

S_000015 第三弾、元兵庫県警巡査 山下寛著 「オマワリさんの華麗なセカイ」 87年10月15日 初版 
 いやぁ~これは面白い…松本氏よりも少し年上の山下氏の警察体験…第1章 警察学校編、第2章 下坂部派出所編、第3章、けん銃乱射編、第4章、杭瀬派出所編、第5章、オカルト・ゾンビ編(変死体などの扱いについて書かれている)第6章、潮江派出所編、第7章、機動隊編(外勤の警察官も、「第二機動隊」という臨時編成の機動隊に配属されることがある…山下氏も1976年「神戸まつり」事件で第二機動隊として「活躍」
 第8章は、山下氏と松本氏との対談・・・




S_000016 第四弾、松本均著 「交番(ハコ)の中は楽園(パラダイス)」87年12月25日 初版
 ベストセラーになった前著「交番のウラは闇」を無視し、「そんなことはない」と開き直りながら、書店に「売らないでくれ」と圧力をかける兵庫県警・東灘署の話から始まる…警察は地元有力者から「餞別」がもらえる…警察もまた有力者・協力者にたかる。ヤクザと一緒、いやそれ以上だとも…(ヤクザの組員のほうが「礼儀正しく」て、地元に「信用されていた」話も出て来る)

 下っ端警官は、体調が悪くても休ませてもらえず「過労死」(当時こんな言葉はなかったが)する一方、幹部は公用車を使っての病院通いが許され、その公用車の運転も下っ端警察官の「仕事」…
 幹部クラスの「公私混同」はすさまじいものがある。警察内で起こった「不祥事」にしても、幹部とコネがある者と、そうでない者とでは違いがある…仕事を実直にやるより、幹部におべんちゃらを使い、付け届け出来る者が「出世」する。
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 第5弾 元警視庁・元福島県巡査部長 幕田敏夫 警察評論家 丸山昇 編著「警視庁のウラも暗闇」 1988年4月1日、初版 
 警視庁と福島県警に努めた、幕田元巡査部長の告発本…幕田氏は警視庁の空港署で外勤の巡査の仕事をしていた頃、空港会社のゴミ箱あさりをした…何を探していたか?組合関係のビラだそうな。
 その後、福島県警に転職…事前に漏らしてもらった試験問題を勉強して「巡査部長」に昇進。福島県警では、「マル暴」すなわち暴力団関係を担当する部署で活躍…シャブ(覚醒剤)の取り締まりにまつわる話なども満載。

 なお、幕田氏はささいなことを理由に幹部警察から、公務であっても郡山署への「出入り禁止」をされる等、不当な扱いをうけたため、「筋を通して」87年7月に福島県警を辞職。
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 第6弾 幕田敏夫著「巡査部長のホンネ手帳 盗聴から拾得金ネコババまで」 1988年8月1日、初版 
第1章 カネと女だ。新宿署巡査部長のホンネ 第2章 バレないよ。不正特権警察官のホンネ 第3章 自分は安全。交通取締ポリスのホンネ 第4章 賭場イノチ。バクチおまわりのホンネ 第5章 飲みたいな。タカリ屋警察署のホンネ 第6章 人権って何。留置場居眠看守のホンネ 第7章 ダマシあい。マル暴極道刑事のホンネ 第8章 右翼は友達。警備・公安デカのホンネ 第9章 保身が第一。警視警部警部補のホンネ 第10章 ミジメだな。下積み下級警官のホンネ 第11章 コソク千万。福島県警幹部連のホンネ  

…おお、これぐらいならなんとか全題名が書ける…


とまぁ、昔から警察は信用ならんし、今も信用はないんだろうなぁ~

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ルポ ニッポン絶望工場

 はじめに、この「ルポ ニッポン絶望工場(出井康弘 講談社+α新書)は最近の「外国人労働者」について書かれたルポではあるが、外国人労働者の権利や人権問題というより、外国人労働者をいかに「良質な人材」として確保するのか?という観点から書かれていることを始めに断っておく…その上で安田浩一氏著ルポ 差別と貧困の外国人労働者(光文社新書 2010年6月) から状況は変わっている…ということを念頭において読んで欲しい。
S_000009 安田氏がスポットを当てた「外国人労働者」は、いわゆる「研修制度」を使って来日した中国人労働者と、日本政府が特別に「移民」として認め導入した日系ブラジル人についてのルポである…ところが時代は進み、「ニッポン絶望工場」では、中国人実習生に変わり、ベトナム人語学留学生が登場する。
 「お友達ブログ」のプレカリアートさん の職場では、ベトナム人労働者が多く働いているそうだ…コメント欄で「その人たちは研修生ですか?」と聞いたら、どうもそうではないらしい…実は彼らは「留学生」として日本に来ている。どうゆうことか?

 これには「留学生30万人計画」というのがからんでくる…いわゆる「グローバル化」に対応して、日本に留学生をドンドン受け入れよう…という政策なのだが、この30万という数字…フランス(非英語文化圏の先進国)で高等教育機関で学ぶ学生の約12%が留学生だ…だから日本において約300万人の高等教育機関で学んでいる人間の10%程度を「留学生」にしよう…という安直な考えで数値目標を決めたようだ。
 この「留学生30万人」というのは、実はけっこうハードルが高い。この計画を政府がつくった2008年当時、留学生数は約12万人…それを倍以上に増やすのだ。また世界各国を見ても、留学生が30万超えるのは、アメリカの約78万人、英国の約42万人…3位のオーストラリアや4位のフランスでも、24、5万人程度である。
 そこで日本は「留学生」…正確に言えば留学・就学ビザの要件を変更する…2010年に大学などで学ぶ留学生は「留学ビザ」、日本語学校で学ぶ外国人は「就学ビザ」としていたものを「留学ビザ」に一本化する。「留学ビザ」で入国した場合、「週28時間以内」まではアルバイトをすることが認められている。
ここで、特にベトナムにおいて「日本語学校」への留学を「あっせん」するブローカー達が現れる…「日本に行けば月20~30万円は稼げる」と宣伝し、あっせん料として前金150~200万円もの「前借り」をして、ベトナム人が「語学留学生」としてやって来るようになったのだ。週28時間労働では、時給1000円のバイトでも月10万円にもならない…ブローカーには150万もの借金(多くは家や農地を担保に借りている)を返さなければならないし、日本語学校の「寮」でもぼったくられる…かくして留学生たちは夜間のバイトを毎日行って、昼間日本語学校で寝ているということになる。日本語学校に留学するためには「N5」(ひらがなが読め、簡単なあいさつ程度が出来る)能力が必要なのだが、ニセの資格はブローカーに金を出せばなんとでもなる仕組みらしい。
 日本語の出来ないベトナム人留学生の出来る仕事は、工場等での単純作業に限られてくる…人とコミュニケーションを取る必要はない。仕事で疲れて勉強も出来ず、寮もベトナム人だけであるから、「日本語が出来て、日本とベトナムを結ぶグローバルな仕事」に就くためのスキルも育たない…「何のための留学」なのか分からなくなっている。(この「留学生問題」が報道されない理由として、かつて日本の苦学生を助けた「新聞奨学制度」も日本人学生の成り手がおらず、ベトナム人等に頼っている販売店が多くなっている…ということもある)

 では中国人実習生や、日系ブラジル人はどこに行ったのか…それらの国はここ数年の「経済成長」で国内に就業場所が増え、わざわざ日本に「出稼ぎ」に来なくても良くなったのだそうな…中国から見た日本は「働く場所」ではなく「買い物に行く場所」となるまで、中国は経済成長している。

 その他本書では、フィリピン・インドネシアからの看護師・介護士受け入れ問題…向うでそれなりのスキルを持った人に対し、わざわざ日本語で試験を受けさせて「追い返してしまう」問題や、かつての日系ブラジル人に対する受け入れ態勢の不備(子どもが学校教育を受けられない)等の問題を指摘し、日本の外国人労働者受け入れ問題は、本音が「人手不足」であることを隠し、「国際貢献」「人材育成」といった建前をふりかざしながら、その実いきあたりばったりであることを問題視している。日本が外国人労働者にとって「ブラック工場」であり続けるなら、今後日本に必要な人材をアジア各国から確保することは出来ませんよ…と説いている。

 日本に必要な人材をアジア各国から確保する…現在でも農家や漁業者では、外国人労働者が無いとやっていけない現状がある。外国人の「出稼ぎ」や、さらには「移民」をどうするか、真剣に考える必要がある…というのが本書の立ち位置である。もちろん日本に一時的であれ、恒久的であれ来て働いてもらうのであれば、日本社会を構成する「市民」として、日本人と同等の権利や労働条件を認めるべきである…というのが、我々左翼の主張である。本書の筆者は左翼ではないが「そこまで(あるいはどこまで)認める覚悟が、日本社会にあるのか?」ということを問うているのだと思う。

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