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「れいわ現象」の正体(その3)…「新選組」はどうなるか?

 本書の巻末には「新選組」から参議院選挙に立候補した女性装の東京大学教授、安富歩氏のインタビューが収録されている。安富氏は立候補したものの当選についてはハナから考えておらず、選挙運動で自分の理念(「富国強兵」から「子どもを守る」)を伝えることに専念していた方だ。_0001_20200330102701  安富氏は同じく先の参議院選挙で「躍進」した「NHKから国民を守る党」が、日常的に関わる人がいる上で選挙結果を出している「草の根型」「組織型」の政党であることに対し、「新選組」は「山本太郎ひとり、モードが全く違う。組織が全くなくて、カンパだけつのって、ボランティアだけで選挙活動をやっている。」と評する。そして「『山本太郎』という中心が消えないといけないと思っています。」(p216)と述べている。「山本太郎の動きが誰かを刺激し、その人がまた誰かを刺激するという連鎖が起きないといけない。私たちが候補として出ましたが、別にその候補者に限らず、山本太郎の活動に影響を受けた人が自分でも動いていかないと。そうゆう波及効果がどれくらい起きるか、ですよね。今まで政治に関わろうとしなかった人びとが、カンパしたりポスター張りをするだけではなくて、自分で地方選挙に立候補したりする。その動き全体が、いつまで『れいわ新選組』という形をとっているかは分からないですよ。また別な形が現れるかもしれませんが、そうゆう連鎖が広がっていくということです」(p217~218)と述べている。一方、このまま「新選組」が大きくなって当選者を増やし権力を取っても(山本太郎氏が総理大臣になっても)日本の権力・官僚システムからボイコットされる。民主党政権以上に政府が止まり、そこに揺り戻しが来て本当のファシズムが始まると危惧している。(山本太郎が「ファシスト化」するわけではない。彼は組織化をやろうとしないので、独裁者にはならないと安富氏は言う)その上で「れいわ新選組の動きを見た人の生き方が変わり、政治というものへの関わり方が変わり、多くの人が主体的に立候補したり誰かを支持したりするという動きが広がっていく。それは必然的に住み方とか働き方とか、生活の仕方も含まないといけない。つまり、今ある権力システムにしがみついて生きるのをやめる、ということです」(p221)と述べる。今のシステムから多くの人びとが逃げて、システムが崩壊してゆくことに「新選組」の運動を通して希望を見出しているようだ。 
 では、こういった安富氏の意見もふまえたうえで「新選組」は今後どうなるのか?あるいはどうすれば良いか?私なりに考えてみた。次の衆議院選挙まで国会に議員を送り込むことに特化した「政党」としての運動は続く…しかし今の組織もつくらず山本太郎個人に依拠した運動では、数人の国会議員を擁する弱小のつまらない集団に終わってしまうだろう。とはいえ森岡教授が指摘するように、かっちりとした組織をつくって「既存政党化」しても面白くないし、面白くなくなればやっぱり現状打破なんかできない…東京オリンピックが延期になって総選挙がいつ行われるか見えない状況下で、ダラダラと「選挙に特化」した運動を続けていても飽きられるし、新型コロナウィルス流行の影響で、得意の街頭宣伝(記者会見や「れいわ祭り」など)も出来ない。「新選組」は危機にある⁉
 そこで「新選組」は、山本太郎氏の人脈で集めた様々な(予定)候補者などが、選挙以外の様々な活動を行うNPO集団・ボランティア団体になって発信し、支持者の居場所や活動場所ともなればよいのではないかと思う。そこで有機農業や再生可能エネルギー会社を運営するのもいいだろう。それぞれの候補者などが自分のやりたいこと、得意なことをやるので、組織は分散的で、かつ徹底的に民主主義的に運営される…当然、山本太郎氏は中心にはいない…そうゆう「面白い集団」を目指せば安富氏の言うところの「山本太郎というプラットフォームがあって、ようやく私のようなものも入れ物に入るわけです。そうやっていろんな人が、山本太郎が起こした波に乗って動き始めたら、それに乗ってまた誰かが動くということが起きたら、変革は始まりますよね」(p232)となるのだろう。

 別な言い方をすると、「山本太郎」に頼っている運動や「政党」ではダメですよ!ということだ。

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「れいわ現象」の正体(その2)

「れいわ現象」の正体のレビューの続き…哲学者で早稲田大学人間科学部の森岡正博教授は、「新選組」が重度の障がい者2人を候補者として擁立したことも取り上げ「(山本太郎氏のメッセージは)思想運動をしてきた人びとが細々と言ってきたことが政治の文脈に乗ったという印象があります。1970年代の『青い芝の会』の運動あたりからずっと言われてきて、それを思想家や学者たちが受けとめて言い続けてきたことがまさにこれですよ。つまり、人間の属性で生きる死ぬを決めるなということですね」(p153)と述べた後、マイノリティーが発するメッセージは、単にいま置かれている状況を改善されなければならないというものだけではないと展開する。障害者は確かに「生きづらい」けれど、それを見据えることが出来る…だが健常者はどうだろうか?健常者の方が自分でで自分をつらくしてないか?
_0001_20200324160301  「マジョリティーの側に立っている人たちは、れいわのお二人(注:木村議員と船後議員)を見たら、自分はああじゃなくてよかった。自分はああじゃなくてよかった。自分は二本足で歩けてよかったと思ってしまうことがあると思いますよ。実はその考え方こそが自分を縛っていることに気がつくべきです。ああじゃなくてよかったということを維持していくために、どのくらいのリソースを我々が自分のために使っているかということを考えてみてもいい、自分で自分に枠をはめてませんか、という話です」(p156~157)もちろん、こういった話は二層構造になっていて、表の層は「生きづらいから状況を改善して欲しい」という主張だが、その裏の層にはマジョリティーが感じていない喜びがある…ただ「喜びがある」からといって、そのままでいいというわけではない。 
それをふまえ二重の層…社会正義の実現と、人生をどう生きるか?…をつないで、すべての人が充実した人生を送れるようにするには「根源的な安心感」がキーワードになるとしている。「根源的な安心感とは、たとえわたしがどんな人間であれ、ここにいて構わないし、誰からもそのことによって責められない、という風にすべての人が心底思えるということ。もしそういう風に人びとが心から思えるのであれば、ある意味、お金とか物資とか、いろんなことは格差があったって構わないとまで思いますね。根源的な安心感を基礎に置くような考え方で社会を運営する。そのときに社会正義の追及と生きる意味の追求がつながるのかなと思っています」(p159)と述べる。単に「生産性で人の生き死をきめてはいけない、そのような価値感ではない価値観で社会を動かしていこう!」ということから一歩踏み出した概念が「根源的な安心感」なのだろう。
そして「どんな人でも生きていていいんだというのは、れいわ新選組の山本太郎さんのメッセージですよね。根源的な安心感という考え方にとても近いことを彼は言っているように見える。どうゆう根拠、背景があって言っているのかはちょっと分からないですけど。こういったメッセージを出したのは別に彼らだけじゃなくて、今までもいろんな政党の人が当然言っています。けれども、既成政党はやっぱりバックでサポートしている既得権益の団体の縛りをどうしても強く受けてしまうから、そのメッセージがストレートに届ききらなかったんじゃないかと思います」(p160~161)と、「新選組」が組織をバックにした政党ではないことも有利に働いているとしている。だから「新選組」がそれなりにかちっとした政党になれば、また同じことになるのではないかと危惧されている。(つづく)

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「れいわ現象」の正体(その1)

 山本太郎氏が昨年春に立ち上げた新党「新選組」が参議院選挙で躍進したことは記憶に新しいが、朝日新聞社記者、牧内昌平氏が「新選組」の支持者等を取材して著したのが「「れいわ現象」の正体」(ポプラ新書 2019年12月)である。牧内氏は経済部記者として過労死やパワハラなどの労働問題に取り組んでおり、「過労死」(ポプラ社)という著書もある。本書は、当初山本太郎氏を全然評価していなかった記者が、つれあいの薦めで山本太郎氏の演説をYoutubeで観た後、「新選組」支持者の取材を始めた。支持者の熱気と選挙報道の在り方に揺れ動く1記者の報告として読んでも面白い。新書なので内容は決して多くはないが、考えるところは多いと思うので、山本太郎「新選組」を支持する人も、懐疑的な人も、大嫌いな人にも一読をお勧めしたい。
_0001_20200322100801   非正規職を転々として貧困に苦しむロスジェネ世代や、シングルマザーが乏しい所持金から千円、二千円を「新選組」に寄付している。「生きててくれよ!死にたくなるような世の中やめたいんですよ!」「あなたの生活が苦しいのをあなたのせいにされるなんて、ムチャクチャな話だと思いません?どうしてこんな状態になるかって?あなたたちががんばらなかったからっていう自己責任にされているだけで、答え明らかじゃないか。国がやるべき投資をしてこなかったんだ。」…貧困に苦しむ人びとのみならず、様々な「生きづらさ」を抱えている人、本人や家族、知り合いが障がいを抱えている、子どもが引きこもっている、LGBT、元「ネトウヨ」の共産党員、かつて部下をリストラしたエリート会社員、アベ政治に憤り日本の右傾化を憂う人びと…に対し「あなたはあなたのままでよい」と肯定してくれる。みんな生きていていいのだ!そうゆうメッセージがダイレクトに伝わるのが、山本太郎氏の演説であり、掲げた政策であり、擁立した候補者(様々な個別問題に関する当事者、プロフェッショナル)なのだ…それが「新選組」躍進のカギであると、支持者へのインタビューからはそのように感じた。ただ貧困や労働問題に詳しい牧内記者が「新選組」の支持者をインタビューしてまとめただけであれば、「生きづらさ」を抱えた人が山本太郎氏やその政策を支持している…だけで終わってしまうが、本書では専門家への適切なインタビューが成されており、それが「新選組」躍進について重要なことを示唆してくれている。
 「新・日本の階級社会」(講談社現代新書 2018年1月)を著した社会学者・橋本健二氏は「新選組」はアンダークラスが支持する政党になるのではないかと期待し、「左派ポピュリズムが日本に根付くことは悪いことではないと、わたしは思います。実際に政権を担うだけの政策体系はなかったとしても。広く貧困の大衆の支持を集める政党ができれば、それで政策のバランスはとれます。こうした政党には十分存在意義がある」「哲学者のジョン・ロールズが書いた『正義論』で一番のポイントは『自尊』(セルフリスペクト)です。これがすべての人に保障されるべき最も重要な基本財であると、ロールズは書いています。そのことを正面から言う政治家はあんまりいませんでしたよね。」(p105~106)と評価している。これまでは「基本的人権」があるから、生活保護水準は引き上げ、年金は確保する必要があると語られてきたのだが、それでは通じない人びとがいる。その代わりに「セルフリスペクト」を声高にさけばないといけなくなった…それをやっているのが山本太郎「新選組」というわけだ。(つづく)

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放射能被害は、見えにくい

 「東京五輪がもたらす危険ーいまそこにある放射能と健康被害」(東京五輪の危険を訴える市民の会編 緑風出版2019年9月)を読んだ。編集者は渡辺悦司さんである。
第1部 東京五輪の危険を警告して発言する科学者・医師・市民
第2部 東京五輪での被曝が危険なこれだけの根拠
第3部 避難者たちが体験した被曝影響と症状
_0001_20200124201701 の3部構成となっており、1部はどちらかというと各執筆者等の危機感と、被曝を強要する日本政府他に対する「闘争宣言」。第3部は三田茂医師や渡辺悦司さんの分析の他、避難者の証言がなどがあって興味深いものだ。科学的な被害のメカニズムや数の推計は、第2部に記載されている。
 というわけで、第2部から福島原発事故の影響がどのぐらいあるのか?という説明や、放出された放射能汚染の度合いはどのくらいか?ということを読み取るわけだが、これがなかなか分かりづらい…それでも、こんな表現が成されている。
 第2部の第1章 福島事故の放射能放出量(渡辺悦司)には
 広島原爆の放出放射能と比較すると、大気中放出量はセシウム137ベースでおよそ600発分であり、上に述べたように最近の研究(日本学術会議2014,UNSCEAR2017報告)では、そのうちのおよそ27%が日本の陸土に降下したと推定されているので、160発分程度が日本の陸土に沈着した計算になる。(p89)
 とある。広島原爆の160発分の放射能汚染とは凄まじいものだとなんとか”理解”できるが、一方、別のページ(第1部になるが)には
 例えば、最も問題になっているセシウムは、福島事故から出た量は、おそらく50㎏ぐらい、それが、今では、ほとんど地球の北半球全域に分散している。(p70)とある。たった50㎏しかない物質が、すごく広く浅く飛びまわっているというのだ!感覚的に全然!分からない!
 では福島原発事故で放出された放射能により、どれだけの人に被害が出るか?という前に、日本政府が「安全だ」「帰還せよ」と言っている放射能レベルでどのくらいの被害が出るのか?第5章 原発事故健康影響「全否定」論の新展開とその自滅的本質(渡辺悦司)で、ICRP(国際放射線防護委員会)・UNSCEAR(原子放射線の影響に関する国連科学委員会)・BEIR(電離放射線の生物学的影響に関する米国科学アカデミー委員会)などのリスクモデルでも、致死線量以下の被曝一般について、とりわけ低線量被曝について「がん」「遺伝的影響」のリスクを、放射線被曝によるリスクとして認めていること、そしてそれは日本政府傘下の研究機関。放射線医学総合研究所の文書が公式に認めていることを紹介した上で
 そこでは、10万人が0.1Gy(100mSv)を被曝した場合(すなわち集団線量1万人・Sv)、がん(固形がんと血液がんの合計)による致死リスクを、最小でICRP2007年報告の最小426から最大でUNSCER2000年報告の1460と記載している。つまり、同表によれば、リスク係数は1万人・Svの被曝あたり426~1460件の生涯期間における過剰がん死である。(p125)と紹介している。
 これはどうゆうことを意味するのか?10万人が100mSv被曝すると、426~1460人が「過剰に死ぬ」ということだ。そして帰還政策について次のように述べている。
 日本政府は、20mSv/y以下の地域への住民の帰還と居住を認める方針である。つまり、避難解除地域に5年間居住すれば、帰還した住民は。政府自身が、被曝影響が「ある」とする100mSv(上記の0.1Gy)の被曝をすることになる。20mSv/y地域に帰還する住民の数をおよそ10万人と仮定しよう。これはそれほど現実からかけ離れた仮定ではない。上記の放医研の表に2通り100万人が100mSvを被曝する例と一致する。
 そうすると、5年間の被曝に対して、426人~1460人の追加的な(過剰な)がん死が生涯期間(50年間)を通じて生じることになる。50年間では減衰を考慮してこの6倍(10倍ではなく)、約2560人~8760人の犠牲が出る想定になる。(p127)
 もちとん渡辺氏はこれは「低い」想定であるとしており、これを批判しているわけだが、同時に「安全だ」「帰還せよ」と言っている政府の機関が過剰に死ぬこと、被害が出ることを認めていると論じているわけだ。
 で、50年間で10万人のうち、2560人から8760人が過剰に死ぬ…ということを、乱暴に1年に均せば51.2人~175.2人となる。どなんだろう、10万人の人間集団の中で死亡する人間の数が、年間50~175人増加することは、統計上うまく現れるのか?また、放射能による障害はおそらく年が経つほど増える…だから初期のうちは増えない、過剰死は初期のうちはほとんど出ないということが考えられる…そうすると、余計に「統計上」は現れないであろう。被害があっても、科学的(統計学的)に「無いもの」とされてしまうのだ!?だから放射能被害は。見えにくいということが分かる。
 しかし、「過剰死」にあたった人にとっては、年間50~175人のうちに入ってしまった人にとっては、放射線被曝がなかったら(原発事故がなかったら)死ななくて済んだわけだ。そして年間50~175人に、誰が当たるのかは全く分からない、ロシアンルーレットみたいなものである。ロシアンルーレットをいつもやっていて、誰かが確実に死ぬ現場になんか、誰も行きたくないだろう。誰も「過剰に」死にたくも、病気もしたくない…だから放射能がばら撒かれたところから避難する権利は、誰もが持っているのである。

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「検証温暖化」を献本してもらいました

 去年の今頃はメチャメチャ暑かったが、今年はまだ梅雨も明けておらず、ずいぶんマシだ。それでも蒸し暑い…
 さて暑い夏といえば、地球温暖化、温暖化対策といえば、二酸化炭素排出量削減…政府は、企業は、政治家は、温暖化対策に取り組め!という人びとの声も強い。実際、先のG20大阪サミットにあたって、市民団体が各国首脳に温暖化対策に取り組めとアピールしたり(こうゆうのって、若い学生なんかがよく参加してたりする)、G20に反対する側も、温暖化対策、気候変動対策に取り組めとアピールしたりする。
 地球の気温が産業革命以降、急速に上昇している…というのは観測上あるものの、実は産業革命以前の地球が「小氷期」にあって寒すぎた…というのが実際である。そして第二次大戦後、産業の復興により二酸化炭素排出量は増えたにもかかわらず、気温は低下傾向を示した…70年代後半には「地球は寒冷化し、氷期に向かう」なんてことが真剣に語られていたのである。
 このように地球温暖化とその原因としての、人為的に排出された二酸化炭素が大気中に溜まって温室効果を起こしているから…ということをず~っと批判してきたサイト環境問題を考える (本ブログ横の地球アイコンをクリックしても開くよ)の管理者、近藤邦明さんから、このたび「検証温暖化 20世紀の温暖化の実像を探る」を献本していただきました。
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HPより
2019年7月10日発売
シリーズ[環境問題を考える]5
検証温暖化
20世紀の温暖化の実像を探る
(269頁 ¥2,500)
不知火書房 TEL 092-781-6962
      FAX 092-791-7161

 本ホームページで行ってきた『人為的CO2地球温暖化仮説』の妥当性を検証する議論の内容をまとめた書籍を刊行することになりました。
 本書では、先入観を持たずに初等中等教育において理科教育を受けた平均的な日本人の知識に基づいて、20世紀に観測された気温変動の実像を明らかにすることを目的にまとめたものです。
 人為的CO2地球温暖化仮説を支持する東京大学IR3S/TIGS叢書No.1「地球温暖化懐疑論批判」や国立環境研究所のホームページの解説なども紹介しながら、客観的な事実によって「20世紀温暖化の実像」を浮き彫りにします。

 初等中等教育において理科教育を受けた平均的な日本人の知識に基づいて…とあるので、基本的に読みやすい本ではあるのだが、それでも「理科教育」で出てくる数式が並んでおり、解説には時間がかかろう。ざっくり言うと、産業革命以降、人為的に排出されたCO2が大気中に半分ぐらい蓄積して、それが温室効果を起こして温暖化している…という理論は間違っている❗ということなどをきちんと証明している。
 こういった理論は「(温暖化)懐疑論」としてひとくくりにトンデモ扱いされ、まともな温暖化批判に対して天下の東京大学の先生であろう者がトンチンカンな反論をしていることに気が付かないお粗末な現状を撃つ本でもある。
 著者の近藤さんとは何回かメールのやり取りもしている…長年、自信のホームページで、地球温暖化とその対策(二酸化炭素削減)の虚妄性について発信してこられたのだが、いつまでたっても正論が浸透せず(それどころか正論を排除したり、データをいじくったりすることも”温暖化業界”はやっている)、地球温暖化とその対策を巡る世論は誤った方向にドンドン進んだままである。私のような「過疎ブログ」の管理人にまで本書を2冊も献本していただくというありがたい行為も、なんとかこの間違った世論、方法を正して欲しいという気持ちの表れであろう。
(正直、高価な本を2冊もいただいたので1冊、有効な譲渡先はないだろうか…前進社関西支社ではアカンだろうが、社会運動情報・阪神 さんなんかどないだろう?)

 また本のこまかなレビューも、おっつけやっていきたい…今事情があって、菅孝之の「天皇制と闘うとはどういうことか」(彩流社 2019年4月)を読み進めているので忙しいのだが…
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 話をG20反対集会における、インドネシアの石炭火力発電開発に反対するための論理は、石炭火力発電所が二s中単組を大量に放出するからではなく、石炭火力発電、石炭採掘等に伴う開発行為そのものが、そこに住む人々の暮らしや生活環境を破壊するから…ということでなくてはならないのである。

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「キングダム」で解く中国大陸の謎(その7 番外編)

 さて6回にわたって「始皇帝 中華統一の思想『キングダム』で解く中国大陸の謎」(渡邉義浩 集英社新書 2019年4月)をみてきたが、要するに中国が「統一」されているのは、秦が法家の思想で富国強兵を行うことで氏族制度が解体されたのち、儒家の思想と法家の思想をドッキングさせた漢帝国の体制が中国人にマッチしていたので、後の王朝もそれをモデルに国家体制をつくったため…ということになる。

 ただそれだと、思想、考え方というものが上部構造(統一国家)を規定しているということになって、マルクス主義的なものの見方としては面白くない。
 著者は「銃・病原菌・鉄」の作者である進化生物学者、生物地理学者のジャレド・ダイアモンドを始めとする多くの人が、中国が統一されているのは自然環境にある、最初に統一王国が生まれた中原には山脈もなく、広大な平野が広がり、黄河や長江といった大河が広がっている…東西南北の交易が盛んで軍隊の移動も容易だったからだという考え方を紹介した後、これを否定している。
 なぜなら統一中国の領域は決して平らなところだけではないからだ。中原においてすら山がちな地形も多く、また過去に中国を統一した王朝もことごとく、中原以外の山岳地帯も含めたエリアも領域におさめているからだ。
 そうすると、中国統一を支えた「下部構造」とは、まさに東西南北の交易…それを可能にする生産力…でなないだろうか?

 著者は本書に「戦国時代の『グローバル経済』」というコラム欄を設け、戦国時代に商業が発展した旨を記述している。
 戦国時代に入ると、各国とも国内で生産する物品や他国からの流入品に課税し、財政の強化を図った。戦乱の世は技術革新を促し、経済活動を活発にしていく。斉の臨淄、趙の邯鄲、楚の郢、秦の咸陽などが経済の中心地として栄えていった。
 また、戦国時代には国を越えて投機や遠距離貿易を行う大商人、現代でいえば「グローバル企業」も登場した。彼らの大規模投機にって穀物価格は乱高下を繰り返し、庶民が苦しめられる一方、市場を巧みに操る者が巨万の富を得ていく。実際、孔子の弟子のひとりが、学問の傍らで投機により富を蓄えている。一説によると、定職を持たず諸国を巡っていた時代の孔子を、その弟子が経済的に支えていたという。(中略)
 大商人たちは通貨の違いや国境の壁を、商業を妨げる障害と考えるようになっていく。グローバル企業が国家を経済活動の障壁と考えるのは、今も昔も変わらない。七国統一の気運は、経済の側面からも高まりつつあったのである。(p82~83)
 で、一旦統一すると、発展した商業はその統一中国を基盤にますます発展するし、統一を前提としたルールで商売を続けるわけだから、商業=経済がその後も中国が統一を続けることを要求することになる。
 はなしはこれで終わらない…ではなぜローマ帝国は再び統一せず、ヨーロッパは分裂したままなのか?
 実は、ヨーロッパなんてすごく生産力が低かったのである。
 ローマが統一して「全ての道はローマに通ず」状態になっても、ローマ帝国の軍事力で、例えば金銀なんかを大量にローマが蓄え、それで地中海世界、ヨーロッパ中の品物を手に入れようとしても…肝心の「商品」、すなわち交換するモノが生産できなければ、商業は発展しない…結局、各地で自活していく生き方のヨーロッパ型封建社会に分裂してしまうわけだ。
 中国ではそうならなかった…中国の生産力でもって商品、交換するモノがふんだんに生産できた。だから商業も下火にならず、統一が続いたというわけである。

 おまけ…中国も氏族制度が解体し、家族単位の独立自営農民ができてその上に皇帝・官僚機構が君臨するという単純な形態をず~っと続けてきたわけではない。実際、漢帝国が衰退して、みんな大好き三国志の時代になるのは、一旦成立した自営農民も時代が進むにつれ貧富の格差が生まれ、結局豪農なんかに統合されていく過程が出来たからである。そうして勢力をつけた連中が、地域の有力者になっていく。その親玉が、曹操や劉備といった三国志に登場する人物になっていくのである。
 要するにまた農民層の分解が、発展した生産力の下で起こったのだ…これにどう折り合いをつけるのかで「混乱」したのが、漢の後の魏晋南北朝370年間の分裂時代だったのだろう。そして中国は再び「統一」し、隋・唐の時代になる。分裂の原因となる地域の有力者を取り込むのに、唐が用意したのが「科挙」である…試験によって官僚を登用するのだ…といった「質の転換」が隋・唐帝国で行われているハズなのだが、その辺は著者の渡邉氏は本書では触れていない。まぁ、やると本が分厚くなるし、「キングダム」の時代から外れるからね。なお渡邉氏の専門は古代中国思想史で、「三国志 演義から正史、そして史実へ」(中公新書)という本も出しているようだから、その辺を読むと中国が古代から中世へどう変わっていったか理解できるのカモしれない。

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キングダムで解く中国大陸の謎(その6)

 中国が統一され続けている理由を筆者は、王朝が交代し新国家を樹立してもても、漢の時代に成立した「古典中国モデル」が参照され続けた結果であるとしている。では「古典中国モデル」のイデオロギーとは何か?見てみよう。

 古典中国モデルの特徴は、①大一統、②華夷秩序③天子 であるそうな。
① 大一統とは、中国は分裂していてはならず、統一されていなければならないという意識のこと。これは「安全保障」上の意識でもあって、要するに分裂していては異民族が中華に攻めてきた時に打ち払えない…だから統一している必要があるということだ。漢帝国も当初の「郡国制」で半分封建制が残っていた時期に匈奴に攻め込まれ、屈辱的な講和を行っている。その後、郡国制を解消して中央集権国家が出来た段階で大々的に匈奴を「討伐」している。分裂していれば異民族が攻め込んでくるという「恐怖」に裏打ちされたものと言えよう。(ちなみに辛亥革命後、様々な「軍閥」が割拠している時期にも日帝の侵略を受けている)
② 華夷秩序とは、大一統の範囲を決めるもので、具体的には儒教・漢字文化を持つものを「中華」とし、持たないものを「夷狄(いてき)」として、中華を上位に置く世界観のこと。漢字を使い儒教的価値観を持っているならば、異民族であっても「中華」になれるので、後に漢民族は異民族による支配を受け入れる根拠にもなるものである。
③天子とは、周王朝における王の権威付けのために現れる概念で、「天」という抽象的な存在でもって「王は『天』から地上の支配を認められた、天の子」という物語である。これを漢代の儒家が皇帝の権威づけのために、皇帝号と天子号をドッキングさせたのだ。皇帝の力の源泉は、人間を越えた存在「天」にあるとしたのである。
 こうして、漢の初代皇帝・劉邦は、後から天命が降った「天子」だったことにされた。皇帝が死んだら、皇帝の嫡長子が天に即位を報告し、承認されることで、新皇帝も天子となる。そう考えることで、本来、儒家とは無関係だった皇帝号を、天子号と結びつけた。(中略)
 武帝の時代には、儒家の董仲舒が「皇帝=天子の支配を、天が正統化する論理」をさらに精緻なものにした。天は徳のある人物に対して天命を与えて天子とするが、天子が悪政を行ったときは災害を起こして戒める、というのがその説である。(天人相関説)
 つまり皇帝が「権威を持った天子」であるためには、儒家的価値観に基づいた政治を行わなければならないということだ。皇帝に「仁政」の枠をはめたのである。(中略)
 おそらく漢の初期、支配者層は困っていたのではないだろうか。中央集権型の統治を行わなければ異民族に侵略されてしまうが、法家を公式イデオロギーに採用しても長続きしないことがわかっている。そこで、一時的に「ゆるやかな法家・道家」である黄老思想を採用したが、これは統治について揺るぎない指針を与えるものではない。
 そうしたときに、昔からある制度や慣習を認めながら、統一と中央集権を肯定する論理を飲みこんだ儒家が登場する。それがあまりにも中国人にフィットしていたために、漢は長期政権になったのである。(p191~192)
 で、漢が約400年続いた後、みんな大好き三国志の時代をへて、一事晋が中国を統一するも南北朝時代という分裂時代が280年続く。南北朝の末期には北周という、周にならった封建制の国家もできるのだが、儒教の「理想」国家は現実の国家の規範にはならず、中央集権型の隋帝国が統一を行う。ただ隋は鮮卑と漢民族が融合した異民族系国家であったため、仏教を国教とした(だから倭国は隋に使いをやって仏教を学んだのである)が中国人には受け入れられず、30年足らずで滅びる。その後を引き継いだ唐帝国が、大一統・華夷秩序・天子を「古典」として復活させたのである。唐帝国は300年近く続き、広大な領土と絶大な影響力を及ぼしたのはご存じのとおりである。で、五代十国の54年の分裂をへて、宋が統一…「古典中国モデル」採用…この繰り返しとなる。(元、モンゴル帝国は異民族による世界帝国であり、別の統治手法を用いたのだが、その代わり元は中国人からほとんど徴税することが出来ず、財政基盤は塩の専売であったそうな。)
筆者は「中国人は国が混乱し新たな政体を打ち立てる必要に迫られたときにも、参照すべきモデルを持っていた。たとえなにか問題が起きても、自分たちの作りだした儒教文化に立ち戻れば打開できる、そのような絶対的な信頼があったのである。」(p195)と述べている。そして現代中国、中国共産党もかつて儒教を旧い中国の象徴と見なして攻撃したものの、1980年代からゆるやかな見直しが始まり、積極的に儒教研究者に資金を援助し、中国各地に孔子廟を建て、海外には「孔子学院」という教育機関を輸出している状況を「西洋とは異なる中国独自の思想体系として、かつての儒家と同じように、ときの政府の正統化を願っているのかもしれない。」(p197)と説く。そして「中国は古代の統一帝国がずっと続いていた不思議な国だと述べたが、本質的には現代でも変わっていないのかもしれない。まさしく稀有な国だとう思いを、これまでにも増して、私は強めている」(p198)と結んでいる。

結論が出た…ので、(その7 番外編)に続く

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「キングダム」で解く中国大陸の謎(その5)

 ではここで、中国を統一しつづけた「儒家」と「法家」の思想についてみてみよう。「儒家思想」は紀元前551年に生まれた孔子が始めたもの。氏族制度が解体しかけ「下剋上」も起こってくる中で、秩序を立て直し、封建制を再構築するため「仁」や「孝」といった昔からの社会規範、道徳観や慣習を言語化し、体系づけたもので、孔子の存命中はあまり高い評価は得られなかったが、孔子の孫弟子あたりから各国に浸透し始める。
 孔子の弟子の代から儒家は各国の政権中枢に入り始め、戦国時代中期には、諸子百家の中でもっとも影響力を持つようになった。これも儒家の思想が昔からある制度や慣習と適合的で、なおかつそれらを正統化する思想であることが大きい。
 たとえば、儒家は父と父方の祖先をとくに敬うように説く。これは中国の氏族制が父系だからだ。富裕層は一夫多妻だったため、母系社会になると誰が本家なのかわからなくなってしまう。儒家はそこで、父が偉いのだ、と正統化する。
 さらに、親を愛するように君主を愛せ、と主張し、君主への忠誠心を作り出すことにも加担する。家長にとっても、地方のローカル支配者にとっても、国の支配層にとっても、自らの地位が保全される思想ゆえ都合が良い。(p144~145)
 ただ儒家思想には、中国を統一してしまおうという考え方はさらさらない。中国を統一したのは「信賞必罰」で氏族制度を解体しつくした「法家思想」なのだが、この厳しい法家思想の背景には、「道教」のもと道家思想が根底にあるということだそうな。「老荘思想」という、一見、人為を排してなぁ~んにもしないの(「無為」)がエエ!?という「道家思想」が背景にあるとは驚きだが、こう筆者は展開する。
 現世のことを扱う思想が多い諸子百家の中で、道家は例外的な「宇宙論」だ。「道」とは世界の構成原理であり、宇宙や社会を成り立たせている原則を指す。「これ以上消すことができないもの」としてのXを道と呼んでいるわけだ。(p147)
 法家では、君主が無限の権力を発揮できるのは、君主が「道」の体現者であるからと考える。したがって君主は絶対者であり、宇宙の主催者だということになる。ゆえに君主によって施行される法は、無制限のものとなることが許されるのだ。(p150)
 ひぇぇ~そうゆうことだったの…実際に法家思想を体現し、中国を統一した秦王に対し、李斯が王の称号を改めるよう上奏した。神話的な帝王の称号である天皇(てんこう)、地皇(ちこう)、泰皇(たいこう)のうち、最も尊い「泰皇」を李斯は進めたが、政は泰の文字を抜いて帝を入れ「皇帝」とした。
 泰皇とは原始道家の概念で、宇宙を支配する泰一神(たいいつしん)のことである。つまり、泰皇を名乗ることは、現世の君主が宇宙を支配する絶対神になることを意味している。また王自身が選んだ「帝」とは、「上帝」という人格を持たない絶対神で、これも宇宙万物の総宰者という意味を持つ。
 李斯は法家ではなく道家の思想に基づいて、秦王に新たな称号を上奏したことになる。これも法家の根拠になっているのが道家だからだ。道家が目に見えない世界の構成要素から発想する思想である以上、法家が現実を無視して世界のあるべき姿を志向するのも当然のことなのである。(p150~151)
_0001_20190625172301  といことで、法家思想の背景に道家思想があるという、けっこう驚きの状況が理解いただけたであろうか…なるほど、中国統一後、始皇帝が「不老不死」にこだわったのも、道家思想の影響、背景があったからだと納得がいくものである。
 ただ法家思想は厳しすぎるだけでなく、正統性の根拠がはっきりしない(目に見えない「道」に基づく)ということが、国を統治するという点においては欠点となる。始皇帝は自分の子孫が二世皇帝、三世皇帝と続けていくこととしたが、なぜ皇帝の子孫が皇帝に成れるのか?という疑問に法家は答えられない(「法で決めたから」としか言いようがない)別の言い方をすれば、権力があっても、権威がない…という状況である。
 そこで再登場するのが、儒家思想である…既存の秩序を保守するのにはうってつけ。父系の「本家」を尊びましょう…というのはそのまま、皇帝の世襲も正統化してくれる。そして儒家思想のほうも、現実に合わせてバージョンアップしていくことが出来た。原理原則に拘泥する道家思想(ただし何が「道」なのかは誰にも分からない)法家思想とは違うのだ。実際、孔子の後150年後ぐらいの孟子は、孔子が認めなかった「下剋上」をあっさり認めてしまう…世の中「下剋上」が当たり前になっていたからだ…ただし、そのための理論は再構築した。「仁政」「民本思想(王道政治)」そして「易姓革命」である。また漢の時代になってからも
 たとえば景帝の父の文帝は、専横をふるった呂后(劉邦の正妻)を打倒する際にほとんど活躍しなかった。それでも即位できたのは、文帝の実母の一族が弱体で、外戚が力を持つ心配がなかったからだ。そのような即位の正統性に乏しい文帝に対して、儒家は、「母は子をもって尊し(子供が偉くなれば母親の地位も上がる)」として、それまでになかった考えを後づけして経典に加え、母の出自が卑しい文帝の即位を正統化した。儒家は社会の流れを見て思想を変化させ、ときの権力者に近づき、正統化の論理を提供したのである。(p176)
 漢以降の中国の統治思想は、儒家思想に戻った…ただし、いったん法家思想による統一を経て、法家思想も取り入れ、バージョンアップした思想である。儒家思想はやがて「儒教」として確立されるのである。 

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「キングダム」で解く中国大陸の謎(その4)

 秦は統一後、もともと秦一国で布かれていた「県制」を拡大し、全土に中央集権的な「郡県制」を布く。中国を36の郡に分け、郡の中に県を置く。それぞれ郡に1代限りの官僚(守…行政、尉…軍事、監…監査)を置き、県には行政官として県令を置いた。これらの役職は皇帝に直属し、互いに主従関係はない。行政官には与えられた権限以外の権力を持たせず、全ての力が皇帝に集中するようにして周以来約800年近く続いてきた封建制を解体したのである。
 電話もメールもない時代に、どうやって遠く離れた地方の官僚をコントロールしたのか?(それをやったこと自体、凄いとしか言いようがない!)法家的な「信賞必罰」で官僚をコントロールするわけであるが、それを実行するためには「文書主義」と、前提となる「文字の統一」を行う必要がある。現代中国でも地域ごとに北京語、上海語、広東語など発音も語彙も異なる複数の言語が使われているが、当時はもっと違っていた。文字はどの国も漢字を使用していたが、それぞれの地方で異なる体系があり、ひとつの漢字に多数の表記方法があるということも普通だった。秦は統一文字「篆書(てんしょ)」を定め、そのうえであらゆる命令や通達を文字にして残す文書主義を徹底したのである。
_0001_20190625172301 ローマ帝国の公用語、ラテン語は表音文字だったので、方言の影響を強く受け、つづりが地域ごとに違ってしまう。遠く離れると同じ国の人同士でも意思疎通ができなくなってしまうのだが、漢字は表意文字であるので、文字を一旦統一すれば発音や語彙が違っても筆談で意味が理解できる。文字の統一はその後、文字を共有し、文字を通したコミュニケーションが出来るという中国の「同胞意識」「漢民族」意識を形成することになる。
 その他、度量衡の統一、貨幣の統一を行った。また交通網を整備し、すべての人民を記載する戸籍の整備することで、最大500万もの兵隊を動員することができるようになった。現在、世界最大の兵を擁するのは中国人民解放軍なのであるが、それでも300万人に満たないといわれているからすごいものである。この軍隊で北方の騎馬異民族、匈奴を討伐し、人民を動員して匈奴の侵入を防ぐ万里の長城を築いたのはご存じのとおりである。
 ただし、秦の支配・統治はあまりにも性急で厳しすぎた。また簡単に地方の「ローカル権力者」が解体するわけでもない。始皇帝の死後、反乱が起こって秦は滅亡する。秦のあとを引き継いだ漢帝国は、旧秦の領域は郡県制、それ以外の地域は「王」を封じて封建制とした。このハイブリッドな統治方式を「郡国制」と呼ぶ。秦よりもゆるやかな統治を続けていたが、紀元前154年に「呉楚七国の乱」という封建諸侯の反乱後は、漢帝国も封建諸侯を排し、中央集権型の国家体制構築に進む。帝国を統治するための思想は法家思想ではなく、氏族制社会を裏打ちする儒家の思想を採用することになるが、このころになると儒家思想も法家思想やその後の社会の流れを取り入れ、帝国の統治を支える思想に変質していた。儒家の思想は大多数の中国人に受け入れられるものであったから、漢帝国の支配は安定し、新による中断(紀元8~25年)はあるものの400年の長きにわたって統一帝国を運営することが出来たのである。

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「キングダム」で解く中国大陸の謎(その3)

やっと「その3」である(^^)
 社会の流れ…氏族制の解体…にまかせておれば中国の「統一」は紀元後になるハズなのに、紀元前221年に秦が中国を統一することが出来た、それは何故か?という問いの答えは、ざっくり言うと「秦が法家による改革を成功させたから」ということである。本書ではそのへんの事情が詳細に展開されている。
 戦国時代というぐらいだから、中国の中で諸国家が争っている。その中で王や封建貴族たちの大切なテーマは「いかに自分の国を強国にするか」富国強兵ということになる。孔子、孟子。老子、韓非子、墨子…儒家、法家、縦横家、兵家…諸子百家とよばれる様々な思想家が輩出し、様々な形で封建諸侯の政治に参加するなど活躍したのもこの頃である。その中の一つ、法家による改革は「信賞必罰の徹底」だそうな…本書の記述ではこうなっている。
 厳格なルールを設け、それに違反した者には罰を下し、功績のある者には褒美を与える。ムチで国民を縛り、アメを与えて忠誠心を君主に向けさせるという単純なものである。しかしこれは、当時の氏族制社会を真っ向から否定するものであった。その点から見れば、法家導入の最大の意義は「平等性」にあったと言えよう。
 第1章で説明したことを思い出してほしい。当時の中国は、それぞれの地域に氏族制をベースにした「マトリョーショカ型のピラミッド構造」があった。国を支配する君主といえど、国の末端のことはわからない。大小のローカル権力者が各地で重層的に存在し、一般庶民を支配していた。そのため、国が庶民の動員を必要とするなら、ローカル権力者の協力が必要だ。ある地域で罪を犯すものが出れば、基本的にはその地域のローカル権力者が罰を下すことになる。
 法家の「平等性」とは、このようなピラミッドをすべて潰すことを意味する。ローカル権力者を認めず、秦全土でまったく同じ法を布き、公族、王族、貴族でも、土地の所有者でも、一般市民でも、ルールの違反者には身分を問わずに一律の罰を下す。唯一の例外は君主本人ただひとり。「法の下の平等、ただし君主は別格」ということだ。
 秦という国の中にあったいくつものピラミッドを、すべてローラーで押しつぶす様子を想像してほしい。平らに均された後に残るのは、君主というただひとつの山だけだ。更地になったピラミッドの権力は、すべて君主の山が吸収する。(p62~63)
 こうした改革は、君主の下で強力な官僚機構と軍隊を作り出す…特に「動員」のことを考えてみよう。氏族制社会では、庶民を刈りだして大軍を動員するにも、「ローカル権力者」の協力がいる、法家改革を実行すれば君主の一存で何十万の庶民を動員した軍隊ができるのだ。当然、戦国時代ではそのような国が断然、有利となる。
 秦で「法家改革」を断行したのは、商鞅である。彼は秦に赴き紀元前359年から「商鞅の変法」という改革を実行した。内容は①分異の令…次男以降は成人したら分家する②従互の制…5家族を1組として編成し、相互監視させる③軍功爵制…戦場で手柄をあげれば出世、なければ没落。これを公族にも厳格に適用④県制…各地に一代限りの官僚を派遣して直接統治する というものだ。①は、一族で一緒に暮らして生計を立てることを辞めさせ「自作農」を増やすものだが、秦では分家した者が「占領地」に赴かされるということが行われた。②は文字通り相互監視で、①と②によって人々をバラバラにして君主が直接支配することになる。③、④で君主以外の王族・貴族やその他ローカル権力者の力が削がれる…この改革を行い一定成功することで、秦では氏族制社会がドンドン解体していくとともに、「富国強兵」を成し遂げることが出来たのだ。
 他の国では「法家改革」はうまくいかない、あるいは当時の氏族社会を補強する論理である「儒家の思想」を取り入れたため、秦のような強力な官僚機構と軍隊を持つことができなかった。たとえば南にあった「楚」でも紀元前400年ごろ、呉起(ごき)が法家的な改革を行ったのだが、不徹底に終わっている。楚では王族が1000人もいたとされ、法家的な改革で不利益を被る利害関係者(「信賞必罰」では、これまでの地位もたった一回の失敗で失う可能性がある)があまりにも多かったことが失敗の原因の一つだ。対して秦は西方の「新興国」でもあり、そういった利害関係者が少なかったのも、法家改革が成功した原因の一つだろう。
 かくして「キングダム」の時代になると、秦王、政は趙、韓、魏、燕、楚、斉の六国を滅ぼして「統一」を目指すようになる…それに対抗する六国は、統一なんてことは考えたこともなく、氏族制が続く「国家連合」を目指していたようだ…かくして中国は秦によって統一され、秦の「法」が中国全土を支配するようになる。

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