経済・政治・国際

「アベノミクス」評価と「金融緩和」訳語問題

 「そろそろ左派は<経済>を語ろう」シリーズ…松尾匡氏らは、アベノミクスについてどう語っているのか?
 _0001_4 まずアベノミクスには「三本の矢」がある。「異次元的金融緩和(第一の矢)」「機動的財政出動(第二の矢)」そして「民間投資を喚起する成長戦略(第三の矢)」である。本書の主張はケインズ政策であり、「金融緩和と政府支出の組み合わせ」というのは、デフレ不況(需要不足)に対する普通にケインズ政策の枠組みと同じなので、なにも問題はないし、安倍首相の独創でも占有物でもない。また欧州ではかなりスタンダードな左派の経済政策でもあり、英労働党のコービンは「人民の量的緩和(People's Quantitative Easing)」と言っている。要するに第1の矢と第2の矢は「有効」なのだ。
 問題は「第三の矢」で、同じ政策のパッケージに入っている必要は全くない…「「第三の矢」は小泉構造改革を継承するネオリベ的な天井の成長を意図した規制緩和路線ですから、需要側に注目した(「第一の矢」「第二の矢」の)ケインズ主義的な枠組みとはまったく異なるものというか、むしろ景気回復の足を引っ張るような政策です。でも、「アベノミクス」という言葉で二つの政策を一緒くたにしてしまうと、そういう違いが何も見えなくなってしまいます。」(p168)すなわち「第三の矢」だけがネオリベ政策であり、松尾氏に言わせれば「アクセルとブレーキを同時に踏んでしまっている」のだそうな。だから効果がないのである。
 また「第二の矢」の財政出動についても、「人民の/人々の」という意識に欠けており「有権者の一番の関心は景気問題なので、そこに注力してきただけなんですよ。そうすると、政策が非常に中途半端なものになるんですね。たとえば、本来金融緩和とセットになっている「第二の矢」の財政出動のほうを見てみると、一応政権発足後1年ぐらいは積極的な財政出動をやっていたんですけど、そのあとは財政赤字の増大を恐れて引き締めにまわっています。いつも選挙前になると、テコ入れのために一時的に積極財政をとるのですが、それが終わるとまた引き締めるということを繰り返してきました。」(p173)と手厳しい。だから「野党は『アベノミクス』の良い部分(金融緩和と財政出動)は継続して、お金の循環のさせ方を変えます。という方向でいけばいい」(p175)のだそうな。そして、お金の回し方も変える「本来は、社会保障費を削減するのではなくて、景気対策として社会保障分野にも投資するのが、左派本流の経済政策です。本当に財政出動すべき分野はたくさんあります。たとえば、子育て支援がその最たるものでしょう。それで子どもが生まれたほうが、将来税金を納めてくれるんだから、財政的にもいいに決まっています。(中略)少子高齢化を心配するんだったら、低すぎる保育士さんの給料も上げなければいけませんし、保育所も増やす必要があるでしょう。介護についても切迫していますから、たくさんお金をかけて取り組むべきです。奨学金など借金を抱えて大変な学生さんもたくさんいますし、大学の学費を無償にするとか、給付型の奨学金を充実させることも必要な政策だと思います。」(p177~8)要するに、旧来型のハコモノ、インフラ系公共事業…それこそオリンピックやカジノ、万博に代表されるようなもの…を止めて、旧民主党政権が掲げたスローガン「コンクリートから人へ」を実践すること。これが「左派」がとるべき経済政策なのだ。
 ではなぜ「アベノミクス」総体がボロカスに言われるのか…「Monetary Easing」の訳語を「金融緩和」としているため、これが通貨量を増やす(緩和する)意味でなく、なにか「金融自由化」の一種の「ネオリベ」新自由主義政策のようなイメージでとらえられるからである。また「金融緩和」だけでマネーをジャブジャブ出しても、「財政出動」のやり方が間違っているから、全部「資本」のほうにいってしまい、需要は増えない。デフレのまんま、株価だけは上がる…ということになるからだ。

 もっとも訳語問題は、「経済成長」の語もそうであるが、定着してしまっているので今さら変えられない…ということもあるのだが。

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「左派ポピュリズム政党」はMMTを理論支柱とするだろう

 先日山本太郎は「左派ポピュリズム政党」を目指すのか?で、お友達のkuronekoさんに好意的に取り上げていただき、またコメントもいただいたので、向こうのブログ記事 にもコメント返しなんかをしておいた。「左派ポピュリズム」という言葉が「新鮮」だったようですが、もともとポピュリズムには、既成政党ではとらえられない民衆の不満・要求をすくいあげて、扇動・宣伝していく政治手法であり、そのアプローチは左右どちらからでも行えるわけ。ポピュリズムの事例として挙げられるアルゼンチンのペロニズムは、労働者階級の要求に答えようとする「左派ポピュリズム」であったし(理論的なものはイタリアのファシズムから学んでいる…ファシズムとポピュリズムの違いについては詳しく述べないが、議会外の大衆運動に依拠するか、選挙そのものに重きを置くかぐらいで理解しておいたほうがよい)、イタリアの「五つ星運動」なんかも「左派ポピュリズム」として位置付けられている。また、薔薇マークキャンペーンと市民社会フォーラムの企画にそろそろ左派は<ポピュリズム>を語ろうというのもあることを紹介しておく。

 で、「左派ポピュリズム政党」が掲げるであろう、薔薇マークキャンペーン的な主張…消費税を5%に引き下げ、財政拡大を行う「反緊縮」政策の理論的支柱となるのが、「MMT(Modern Monetary Theory、現代金融理論)」である。ロイターの記事から
焦点:財政拡大理論「MMT」、理想の地は日本か 
 [東京 8日 ロイター] - MMT(Modern Monetary Theory、現代金融理論)が、注目を集めている。独自の通貨を持つ国の政府は、通貨を限度なく発行できるため、デフォルト(債務不履行)に陥ることはなく、政府債務残高がどれだけ増加しても問題はない、という考えだ。米国では、激しい論争を巻き起こしているが、財政が膨張しながら低金利にとどまる日本は理想の地なのか──。金融緩和策に限界論が出る中で支持が広がるか、市場の関心も高い。(以下略)

 「TPP亡国論」を著した保守の評論家、中野剛志氏も、東洋経済オンラインで2回にわたってMMTを紹介している。リンクのみ貼り付けると
アメリカで大論争の「現代貨幣理論」とは何か
異端の経済理論「MMT]を恐れてはいけない理由
 ざっと読めば、「信用創造」の観点から、貨幣の見方を見直したもの…「貸し出し」そのものが「預金」を生み出すというものなので、中野氏がいうところの、「天動説と地動説」「パラダイムチェンジ」という言い方がまさにぴったりだ。で、それを「独自の通貨を持つ」国家財政に適用したもの。これで国家が借金をする(財政出動する)ことで、市中に出回る貨幣量を増やし、経済をまわしていくことに繋げるのである。

 独自の通貨を持つ、通貨発行権のある国が、財政赤字を拡大させても、財政が破綻することはない…よって財政拡大によって経済をまわそう、インフラをじゃんじゃん整備しよう…という考え方は、保守の一部…安倍政治を礼賛する勢力の中にもいる…から一定の支持がある。また主流派経済学からは「異端視」されていることもあって、左の人たちからも喧々囂々、非難続出かもしれないが…
 ポピュリズム政党なら、それもOKじゃないか!

 ということで、「左派ポピュリズム政党」の理論支柱・基礎には「MMT」が座るのである(当然これは「マルクス経済学」ではない)
 おまけのリンク…薔薇マークキャンペーンの資料米国のオカシオ・コルテス現象について (pdf)米国の「反緊縮ポピュリズム」の動きとして、MMTを理論の支柱にせよというオカシオ・コルテス下院議員の主張を紹介したものである。

 ではでは。

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「脱成長」でやっぱり正しい!?

 ようやく「成長」には2つのタイプがある記事のつづき…おさらいしておこう。
「僕はこの二つの経済成長の関係を、桶の中に入った水に例えたりもしています。桶の中に水(労働者)が入っているとして、その水がめいっぱい入っている(完全雇用)とみなして桶のサイズそのものを拡大しようとするのが天井の成長を重視する経済政策で、これに対して桶に水がぜんぜんはいっていないから(不完全雇用)、景気対策をして桶の中に水をもっと注ごうとするのが短期の成長を重視する経済政策です。」(p41₋42)
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 これを受けて、ブレイディ氏がこう続けている…
 「その喩だと、デフレ不況下で「経済成長はもういらない」といのは、「桶に水がはいっていないから水を注ごう」という時に、「これ以上大きな桶はいらない」と言っているような感じになりますよね。そうすると、なんだかトンチンカンな会話になっちゃう。でも、そんな状況で「経済成長はもういらない」なんて言ったら、それこそスーサイダル(自滅的)だと思います。」(p42)

 まあ、言いたいことは分かるのだが、逆に松尾氏の喩は、左派が「脱経済成長」を言っていたのはある意味、正しかったことを証明している。
 そりゃそうだろう…桶に水が足りていない(需要不足)の時に、「サプライサイド」の経済成長を求めて桶をでっかくした場合、出来上がったデカい桶には、よりちょっぴりしか水が入っていないことになる。より悲惨になっちゃうのだよ。
 デフレ不況期に、高度経済成長期と同じようなインフラ整備や原発の増設、さらには「構造改革」なんぞをやれば、よけい供給能力が上がる…だが、その供給を満たす「需要」が増えなければ、よけい不況になるというわけだ。
 だからこの「失われた20年」の間に、サプライサイドの経済成長…一般論的な開発志向の、松尾氏のいう「長期の経済成長」をもとめないことは、正しいことだったのである。

 で、左派がホントに言ってきたことは何か…それは「脱成長」ではなく、「成長の質を変える」 ことである。抜き書きすると… 

 基本的には「社会のあり方を変えて、成長の質(中身)を変えよう」ということである…例えば原子力を使って電力を作るのでは無く、自然エネルギーを使おう…ということだ。(ただし私は別の意味で自然エネルギーには反対である…分かりやすい例示として挙げている)原子力をガンガン使うシステムで「成長」するモデルがこれまで評価されていた。その指標でみると、自然エネルギーを使った場合のモデルでは成長が「緩やかに」あるいは「減少」して見える。しかしそれでも社会は運営され得るのだということだ。(ただし「自然エネルギー」に関して、今の脱原発主流は「自然エネルギーのほうが雇用も増え、経済成長する」というロジックを使っている)
 さて、少子高齢化でかつ「移民」を導入せず人口が減少する社会モデルを考えるにあたって、「社会の組みなおし」が必要になる。なぜならこれまでの社会は人口が右肩上がりであることを前提に組まれていたからだ。社会を組みなおすにあたっては、当然「リストラ」される産業・部門も出て来る…住宅建設なんか、そのいい事例だ。新規の住宅はもうガンガン建つことはなく、これまであるものをリフォーム・リユースしてゆくことが求められる。あるいはぶっ壊して「更地」にする需要だってあるだろう。こういった産業の「組みなおし」の中で「成長の質」は変わる…それだけだ。組みなおしをやっている段階で、かなり資源や労働力を使うことになるので、成長はそれなりに起こる…実は「脱成長」もそうゆうことである。産業・経済構造を変える中で、成長は起こるから、「脱成長」をやる=「衰退」し、「平等に貧しくなる」ということではない。

 社会の「組みなおし」を行うにあたって、それなりの「需要」は出来る…従って「桶の水(雇用)」もそれなりに増えるのだ。

 もちろん、旧来型の「成長」を求めて、例えば新幹線やリニア、高速道路や架橋(「忖度道路」と呼ばれる下関北九州道路なんかもそう)をガンガン整備する方法でも、それなりに雇用は生む…桶の水は増えるだろう。だが、それは持続可能ではないですよ…と言って来たわけだ。
 もっとも、松尾氏らは著書で旧来型の「成長」は求めず、カネを使うところを変えよう❗と言っている。だから本質的なところでは、主張は変わらないですよ…ということが言いたいのである。

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山本太郎は「左派ポピュリズム政党」を目指すのか?

 少し旧聞ではあるが、山本太郎情勢…スポーツ報知より
山本太郎議員、新党「れいわ新選組」結成 寄付募り参院選へ
 自由党共同代表の山本太郎参院議員(44)=東京選挙区=が10日、国会内で会見し、新党「れいわ新選組」の設立を目指すと発表した。「令和はひらがなで、“選”という漢字を使った」と説明。今後、有権者らから政治活動のための寄付を募るとして、衆参ダブル選なら「10億円が必要」と強調し、「(寄付が)集まらないなら、東京選挙区のみになる。野党バラバラでは勝てない」とした。
 また、「無理に離党届を出すことは意味がない」として、統一地方選が終わるまでは共同代表にとどまる。今夏の参院選では候補者を擁立し、現職の国会議員への参加も呼び掛ける。「寄付額によってどこまでできるか挑戦していきたい」と話した。
 公約には、〈1〉消費税廃止〈2〉最低賃金1500円〈3〉奨学金徳政令〈4〉公務員増〈5〉一次産業戸別所得保障〈6〉トンデモ法一括見直し〈7〉辺野古基地建設中止〈8〉原発即時廃止―などを挙げた。
 山本氏はタレントを経て、2013年参院選で「脱原発」、「安倍政権打倒」などを掲げて初当選。今夏に改選を迎える。自由党と国民民主党は参院選を見据え、合流を模索。原発政策で一致できない可能性があるため、独自での活動を決めた。

 スポーツ報知のサイトから引っ張ってきたのは、総花的に公約が書いてあるから…で、これらを見ると、消費税廃止を含め(他のサイトでは、消費税減税とか、5%にとか書かれている)薔薇マークキャンペーンに認定されてもおかしくない。彼は日本にこれまでなかった「左派ポピュリズム政党」を目指すのだろうか?それだとしたら、是非そうしてもらいたいものだ!

 惜しむらくは、ネーミングセンスの悪さ…ひらがなとはいえ「新元号」を使った段階で、ガチな左翼の協力は絶対に得られない。組織をつくったりいじったりする能力のある人は、いるところにはいるのだから、こうゆうところにも本来は気をつかわなければならないのだが、まぁ山本氏は元々「左翼」でもなんでもないからなぁ~。また「新選組(新撰組)」も、「緊縮」やって現政権に媚うってる「維新」とやらへの皮肉、あてつけであることは理解できるものの、これを使う時点で発想が「維新」とどっこいどっこいか?ともいえる。

 とはいえ、ちゃんと太字で書いてあるように、一定の期待はしている…彼は小沢氏の下でくすぶっている(決して「自由党」内でくすぶっていたわけでなないのだが)ような人間ではないとも言える。
 自分の信じた道をあゆみたまえ!

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宮本たけしキックオフ集会

 本日、衆議院大阪12区補欠選挙に立候補している宮本たけし 氏のキックオフ集会が、京阪寝屋川市駅東口であったので参加してきた。駅を出てバスターミナルを見ると、演説カーが停まっている。「市民と野党の共同候補 宮本たけしの演説会が始まります」と何度もアナウンスが流れる。
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 陣営のイメージカラーは、黄色のようだ。黄色のジャケットを着たスタッフがあちこちで働いている。文字が水色で、けっこう映える…どこぞやの清涼飲料水みたい(^^)
  スタッフが黄色のテープを張って、歩道・バス停と聴衆のいる所を分けていた。
 宮本候補は「無所属」で出馬するのだが、おそらく共産党に近い人たちが大勢きてるのだろうなぁ~ 見知らぬ顔がほとんど。一人、「辺野古派遣基金」関係でお会いした方から声をかけられたくらい。
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 消費税増税批判や、モリカケ、カジノ批判のプラカードが並ぶ。
 集会開始は13時半から…けっこう人は集まってきた。やがてちょっと騒がしくなったと思うと、今日の弁士でもある共産党の参議院議員、小池晃氏が到着。なんかもみくちゃ状態で、黄色い声もちょっと上がる…気さくにあちこちの人と握手していた。
 そして宮本氏も到着…けっこう背が高く、群衆の中にいると頭2つ分ぐらい飛び出している…体つきもガタイがいい。政治家で「目立つ」ことは良いことだ。
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 檀上に上がると、大きな拍手…宮本氏、小池氏も力いっぱい手を振っていた。
 集会の司会は、右の「金髪」の若い女性。
 はじめは、子どもの未来を考えるママの会、安居裕子さん。続いて「市民連合」呼びかけ人、広渡清吾さん…どちらも安倍政治批判と、「市民と野党の共同候補」への期待を述べた。
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 元大阪市長の平松邦夫さんもあいさつ…2日前の選挙結果を残念がっている。

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 社民党の服部良一さん…昨日から大阪から寝屋川(選挙事務所のあるところ)に3回来ている…昨日は共産党の志位委員長、自由党の小沢党首が事務所を訪問されるので、一緒に案内してきた。午前中も第一声を事務所で上げ、そして午後の3回目だそうな。
 服部さんは、沖縄辺野古の基地建設問題についても訴えられた。あと、服部さんも背は高いのだが、宮本氏はそれに加えて高いことが良く分かる!?
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 続いて小池晃氏…やはり国会で論戦しているので、話し方が力強く、抑揚もあってしっかりしている。安倍のデタラメ政治・忖度政治を批判するとともに、消費税増税を批判!国民健康保険の保険料に国費を投入することで、具体的に寝屋川でいくら、四条畷でいくら、大東でいくらの負担に軽減されると提言された。
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 どこでやってんのか分からない?SND(四条畷・寝屋川・大東市民連合)ののぼり。

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 さていよいよ候補者本人、宮本たけし氏である。
 野党が本気をださないから、安倍1強が続いていると批判。大阪12区の候補者も、自民党候補は安倍に文句をいうはずがない。維新も大阪では自民党とケンカしているが、中央は仲良しだ。もう一人の無所属は、「対立より調和」なんてことを言っている。安倍政権を批判する声にこたえるため、わざわざ議員を辞めて立候補したとのこと。大きな拍手や声援が起こる。
 つづいて自らの議員活動を振り返り、衆議院で教育問題に取り組んだことを報告…奨学金制度で若い子が就職すると同時に500万円もの借金をせおわなければならない現実を批判し、学費の高騰にも異をとなえた。また、得意のモリカケ問題についても触れられた。

 キックオフ集会は45分ぐらいで終了…集まったのは300人ぐらいかな?
 昨日は「運動のないところに勝てる議員はできない」などと批判したが、それでも宮本氏をはじめ、支える人たち、スタッフの人たちはリスペクトしておきたいとは思った。
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 おまけ…大阪12区補欠選挙立候補者…藤田文武氏は維新、たるとこ伸二氏は元民進党、無所属、希望の党で今無所属、北川晋平氏は、亡くなった自民党議員の甥っこである。
 ではでは…

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運動なきところに、勝てる候補者なし!

 昨日行われた統一地方選挙前半戦、特に大阪都構想をめぐるw選挙では、残念なことに吉村・松井ら維新2人組が大勝した。午後8時過ぎぐらいには当確が出た、圧倒的な強さだった。
 両者が勝手な理屈をつけて知事・市長職を辞任し、W選挙に打って出た際のマスコミ論調も、この両者に批判的ではあった。自民党が主体に有力とみられる対抗馬を出したが、「反維新」「反都構想」側は及ばなかった。

 ここでいまいちど、「反維新」「反都構想」を掲げてきた部分の弱さをきちんと認識し、分析しておく必要があるだろう。
 果たしてここっちの運動の側は、なぜ「反維新」「反都構想」なのかということを、人びとに分かりやすく、また粘り強く訴えることができていただろうか?
 薔薇マークキャンペーンの地方経済政策マニュフェストpdf のような分析と、これの分かりやすい説明資料が出来ていただろうか?

 私も「反維新」「反都構想」運動を積極的に担っていたわけではないので、何もえらそうなことは言えないのだが…

 W選挙になると決まった時…というより、維新の両者は前々から「法定協議会が頓挫すればW選挙だ」とぶち上げていた…にもかかわらず、有力な対立候補も出せず、自民党が推す候補者をある意味「仕方なく」支持せざるを得なかったことも問題だ。「普段の運動」の中で、対立候補者になり得る人や、それを支える組織的なものを育てておかなければならないのだ。

 「オール沖縄」が成立し、勝てるのは「反基地」「反辺野古」の運動がしっかりあるからだ。
 そして東京都知事で、「反石原」や「反小池」で勝てないのは、普段の運動の中から候補者を選ぶのではなく、外から見栄えのよさそうな人を連れてきてなんとかしようと考えるからである。

 「護憲」「反改憲」「反安倍」にしても、「3000万人署名」(あるいは「脱原発」でも「反基地」でもいい)などを駆使して、普段の運動をつくって、その中で候補者や支援体制を構築しておかないとダメである。

 さて、そういった中で、大阪ではまた注目される選挙がある…大阪12区(寝屋川市・四条畷市・大東市)では、現職自民党議員が亡くなったことから、補欠選挙が行われる…明日が告示日だ。
 立候補予定者は、自民党から亡くなった議員の親族にあたる者、維新の新人、元民進党で「野党共闘(共産党の応援をうける)」が嫌だからとっとと無所属になり、「希望の党」にも行った者…この3者が地元から出る。「運動が無い」ので、立憲野党からは誰も候補者がいなかった…ところに、共産党から比例で通っていた宮本たけし氏が、無所属で「落下傘的に」出ることになった。自由党が支援を表明している。

 しかし、運動がないところから出るので、まず勝てないだろう❗もっとも、彼を支えるところから運動をはじめていけばエエのだが…

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「成長」には2つのタイプがある

 「そろそろ左派は経済を語ろう」本について、いろいろ興味深い記述や指摘、ツッコミを行っていくコーナー…
_0001_2 第1章「下部構造を忘れた左翼」の中で、松尾、北田、ブレィディの3者は左派・リベラルが「経済成長」について語らない、それどころか「脱成長」を語るが、それでは現在「貧しい人」にとっては何にもならない、むしろ害毒であると説く。特に北田暁大氏は手厳しい…
「だから、ゼロ成長社会がいかに人々を苦しめるものなのかという現実的な問題をすっとばして、豊かなインテリが「もう経済成長はいらない」なんて言っても、長期不況に苦しめられてきた人にとっては、単なるお金持ちの戯言にしか映らないんじゃないかと思うんですよ。もっと厳しく言えば、古市=上野の牛丼福祉レジームは単なる「勝ち組」の思想です。それでわたしは上野千鶴子さんや内田樹さんなんかの脱成長論を批判して「脱成長派こそ勝ち組のネオリベ思想じゃないか」という文章「脱成長派は優し気な仮面を被ったトランピアンである」(̪̪『シノドス』2017年2月21日) を書いたんですけど…」(p28₋29)
 で、このへんの「混迷」について、松尾氏が分かりやすい解説をしてくれている。

 「たとえば、経済学では、普通何でも修飾語をつけないで「成長」と言ったら、ものをつくって売る側―供給能力(サプライ・サイド)―の成長のことを指す場合が多いんです。この場合は、たとえば労働者人口がどれだけ増えていくかとか、機械とか工場とかがどれだけ増えていくかという話になるので、成長の天井が上がっていくことを指しています。」(p31)すなわち「経済成長」とは供給能力の限界を克服する、「成長の天井」「経済の天井」を上げること、これを経済学では「長期の成長」と言うのだそうな。
 その「供給能力」に対して需要が少ない場合、だれも製品を買ってくれないわけだから、供給能力に達するまで生産が行われない。これが「不況」であり、生産が行われないから失業者も増え、ますます需要が少なくなる。そこでケインズの言うように政府支出を増やして需要を喚起すれば「そうやって需要が増えて、その結果、企業の人手が足りなくなって雇用も増えていくと、経済の天井(生産能力の天井)にいきつくまでは生産が増えて行きますよね。専門的に言うとGDPギャップが埋まっていくということなのですが、これが二つ目の経済成長です。」(p36)これを松尾氏は「短期の成長」と表現している。
 この「長期の成長」(「成長の天井」)と「短期の成長」ともに経済学では「経済成長」と言っているので、ややこしくなる…p38にこの関係を図示してあるが…
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 「成長の天井」は時間軸と共に右肩上がりになっているが、現実の成長は成長の天井まで伸びたり縮んだりしている。成長の天井と現実の天井との差が、「GDPギャップ」であり、需要が供給能力に対し少ないことを示している。逆に需要が増えても「成長の天井」(供給能力)に抑よって頭をおさえられるので、天井の成長率以上に経済は成長しないのである。
 で、この「短期」の成長現象が必ずしも時間的に短いと言うわけではない…「しかし、ケインズが1930年代に発見したように、社会が「不完全雇用均衡」という状態に陥ったまま、経済がずっと停滞し続けて、いつまでたっても天井にぶつからないということが起こりえます。つまり「短期」の問題が、10年、20年にもわたって続いてしまうということもあるわけです。」(p38)…これが日本の「失われた20年」にも当てはまるのだ。
 あと、「長期の成長」「成長の天井」を右肩上がりにするのが、イノベーションを起こすための文字通り「成長戦略」であり、また「構造改革」であった。古い時代の「高度経済成長」は、インフラをバンバン整備することで「成長の天井」を右肩上がりにしていったともいえる。長期の成長と短期の成長の違いを、松尾氏は「桶と水」にも例えてp41で説明している。_0001_3
 「僕はこの二つの経済成長の関係を、桶の中に入った水に例えたりもしています。桶の中に水(労働者)が入っているとして、その水がめいっぱい入っている(完全雇用)とみなして桶のサイズそのものを拡大しようとするのが天井の成長を重視する経済政策で、これに対して桶に水がぜんぜんはいっていないから(不完全雇用)、景気対策をして桶の中に水をもっと注ごうとするのが短期の成長を重視する経済政策です。」(p41₋42)

 なるほど、これで「脱成長」論者と、松尾氏らのいう「経済成長が必要」論のギャップが良く理解できる。
 これについての論評は、また後ほど… 

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「そろそろ左派は経済を語ろう レフト3.0の政治経済学」

 薔薇マークキャンペーンの理論的支柱でもある、「そろそろ左派は経済を語ろう レフト3.0の経済学」(ブレイディみかこ×松尾匡×北田暁大の対談本 亜紀書房2018年5月)を読んでみた。松尾匡ら著者らが主張していることは、「不況期は財政出動によって需要を喚起せよ」「そのための財源は“金融緩和”(国債を中央銀行が引き受ける)でねん出する」というものである。これは「ケインジアン」の主張で、社会主義・共産主義を目指す「左翼」からみれば「異端」なのだが、米国や欧州の「左派」…アメリカ共和党のサンダースやイギリス労働党コービン、スペインの左派政党「ポデモス」なんか(「緊縮」を掲げる新自由主義者からは「極左」扱いされる)…の理論はむしろこれである。彼らが選挙で一定の支持を受け、政権担当も視野に入れられる中、日本の「左派」は何やっとるの?というのも本書の主張である。
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 その前に、本書における「レフト3.0」とは何か?マルクス=レーニン主義や「社会民主主義」を掲げ、国家行政主導で「大きな政府」を志向し、「労働者階級」を基盤としている旧来の共産党・社会党のような左翼勢力が「レフト1.0」。それに対する批判…中央集権的な組織の在り方、マイノリティーやジェンダーの問題への無頓着さ等…を経て、80年代から出てきた個人主義的で多様な運動、あり方を尊重する現代左派が「レフト2.0」だ。「レフト2.0」は「小さな政府」を志向し、労働者階級には基盤を置かず、幅広い「市民」に基盤を置く。急進的なエコロジー運動から米民主党「リベラル」、英国労働党ブレアの「第三の道」を掲げるような勢力も「レフト2.0」に含まれる。ちなみに60年代後半から70年代の「新左翼運動」は「レフト1.5」ぐらいで、その問題提起は1.0から2.0への転換を促した。この「レフト2.0」が「アイデンティティポリティクス(マイノリティーの解放を求める市民運動)」などに特化するようになって「下部構造(経済)」を忘れるようになる一方で、「小さな政府」志向は新自由主義とも親和性があった。そのため新自由主義が取る「緊縮」政策を根本から批判できず、経済成長や雇用拡大にも無頓着で格差拡大・貧困が増大することに対応できなかった。「レフト2.0」を支えてきた中間層が没落した一方で、マジョリティーである労働者階級がないがしろにされていることの反省から、欧米で出てきた「反緊縮運動」(一見「レフト1.0」への回帰に見える)が、「レフト1.0」に対する批判を乗り越えた上で、新たにバージョンアップを目指すのが「レフト3.0」と位置付けられるのだそうな。

 で、本書は「ケインズ政策のススメ」となっている。供給サイドから経済を考えると、不況などで経済が停滞していても「生産性向上」(当然、「リストラ」とかが起こる)などの経済政策が取られる。しかしケインズは「需要」面から経済をみた人である。総需要はC+I+G+(Ex-In)で表される…Cは消費、Iは投資、Gは政府支出、Exは輸出、Inは輸入である。「ケインズの言うように、不況の原因は総需要が不足している状態だとすると、その解決策は政府・中央銀行が金融緩和(不況の際に中央銀行が国債を買い上げたり、金利を引き下げたりして、世の中に出回るお金をふやすこと)をして、企業が設備投資(I)や労働者の雇用のためのお金を借りやすくしたり、公共事業などで政府支出(G)を増やして社会全体の需要を喚起すべきだということになります。金融緩和で金利が下がれば、その分自国通貨の価値が減価されますから、輸出(Ex)も増加します。そうして次第に景気が回復して、失業が減っていけば人びとの消費(C)も大きくなる。このように市場に介入して、人びとのものを買う力、総需要を引き上げてゆく経済政策が、いわゆる「ケインズ主義政策」です。」(p36)
 経済には供給能力という「天井」があるのだが、その天井まで需要がないと不況になる…だからその天井まで需要を増やしてやる。そのため政府支出を行なうが、財源として金融緩和で無からお金をつくる政策をとっても、供給の天井まで需要が届かないかぎり、インフレにはならない。「ハイパーインフレ」なんぞは、戦争等で生産が破壊されている時や、外貨不足で輸入が出来ない「供給力」不足の時に起こっている。従ってインフレの兆し(例えば物価上昇率2%)が見えた段階で、金融緩和をやめれば問題がない。ただ金融緩和で「無からつくったお金」を子育て支援や福祉などの将来減らすことが出来ないことに使うシステムを作ってしまうと、デフレ脱却した後に持続しない。そこで所得税の累進性強化や法人税増税などの富裕層から税金を取る仕組みを同時につくっておく、デフレ時の増税分は「つくったお金」で補助金や給付金等にして還付し、デフレ脱却時にそれらを廃止するという政策をとればよい。これが松尾氏の提唱する経済政策である。

 松尾氏は「数理マルクス経済」というのをやってきたマルクス経済学の人なのだが、本書ではほぼケインズ政策が展開されている。よって松尾氏がケインジアンに「転向」していると考えれば、腹も立たないだろう🍺

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BIは農業を救うか?

 先日、「けーし風」読者の集いってのが行われた。
 2019年1月(第101号)の特集は「沖縄のタネと農の行方 -フードデモクラシーと地域の自立-」というもの。

_0001  2018年四月の「特定農産物種子法」廃止もうけた、沖縄の農業や、有機農法とかについて語り合うものなのだが…
 確かに沖縄での「農業」のイメージって、少ないなぁ~
 道路を走っていても、田んぼがどかぁ~っと広がる風景がない…田んぼを作って、集落で「水を共有する」という文化が、無いらしい。
 有名なのは、パイナップルとさとうきびぐらい。豚肉をよく食べるので、養豚は盛ん、あと二畑で芋ぐらいか…米や野菜は県外から移入しているとか。

 沖縄の産業は「観光」ということで、それはそれでいいのだが、やはり農や食というものは、大切にしておかないといけない。「自立」のためにも、食糧自給…とまではいかなくても、自らの食をどう維持していくのか、常に考えておくことは大切だ。

 水田共有の意識がないので、有機農業を始める場合、かえってやりやすいらしい。離島もそうで、要するに無農薬とかやって、「周りに迷惑がかかる!」というような意識が少ないのだそうな。

 で、実家が農家だった方から、種の自家採取や、有機肥料(柴を刈ってすき込む)の作業なんか、ほんとに大変で、お金にもならない…要するに「農業では、食っていけなかったし、食っていけない」というような話が出た。

 それであるならば…

 農業者にベーシックインカム(BI)を渡すことで、農業をやっていけるようになるのでは

 おお、農業そのもの、あるいは作物の「作付け」なんかに補助金出すより、BIのほうがシンプルだ。補助金ではないから、市場に「安すぎる」農作物が出回ることもない、不公正な貿易だとの批判もかわせる。

 BIは農業を救うかもしれない

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「反緊縮」革命で国債が暴落する!?

 

薔薇マークキャンペーンの問題点 で触れたように「今860兆円の国債…地方債なんかも含めると1000兆円、GDP比の200%を越えているにもかかわらず、国債は低金利で取引され、暴落もしていない」という現実があり、それが「財政赤字ナンセンス」論の一つの根拠となっているのだが…。

 もしこの「財政赤字ナンセンス」論、つまり松尾匡理論が間違っているとすると、いつになったら国債が暴落する(危機が爆発する)のか

 そうゆうことは、「市場」が決める…
 でもって、市場は気まぐれだ…
 自民党は基本的に「ブルジョワ政権」である…だから自公政権が続いて新自由主義政策をとりつつ、アベノミクス的「ばら撒き」をやり続けている間、すなわち国債は「民衆から収奪して償還する」というタテマエをとり続けている間は、暴落しない、金利も低いまま推移するだろう。
 が、薇マークキャンペーン が成功して、「反緊縮」の新政権が発足し、ブルジョワから収奪しつつ「ばら撒き」を始めると、市場がこれを拒否する…短期的には、市中の国債が「政策的に」償還されないことを嫌い、長期的には「ブルジョワから収奪する」ことを嫌って、市場がNOを突き付けるのだ。
 かくして日本国債ば「暴落」し、世界経済危機が始まる。

 景気回復どころではない…が、そうなったら資本主義社会が一気に危機に陥るので、ブルジョワからの収奪を強めつつ、、自らの力で、(資本抜きで)生産や生活を始めなければならない。

 いわば「二段階革命」を覚悟しなければならないということだ。最初は「薔薇マーク」の、「反緊縮」政権樹立革命(「薔薇マーク」のマニュフェストはある意味「革命的」ではある)…松尾理論が正しければ、そこで「息継ぎ」だが、危機が進行すれば、資本主義を解体する社会主義革命への強制転換になる…というワケである。

 後段についての可能性を語ることは、すごく危険な話ではあるが、社会主義革命の強制転換を担保するためには、そこに「民主主義」が息づいていなければならない。
 前段の「反緊縮」政権を樹立するにあたって、アベ政治に対抗しつつ、民主主義的な社会や経済のあり方を私たちの身近に取り戻しておかねばならない。

 だから「薔薇マークキャンペーン」を支持し、「反緊縮」政権をおったてようとする人々は、何よりも民主主義的あり方を重視するとともに、「資本主義」後の社会についてのイメージを持っていないといけないだろう。

 サンダースやコービンの「思想」を借りて来るだけでは、ダメなのだ

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