なつかしのテツネタ

何でもアリの銚子電鉄(後篇)

 銚子電鉄の外川駅には、現在使われている元京王車両の前に使われていた、デハ800形が展示されている。
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 中に入って見学ができるのだ。

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 なかなか、エエ感じでしょ。

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 パネルは、アニメ「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」のキャラ…銚子が舞台なんでしょうか?

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 ちょっと外川の街をウロウロしてみる。駅のあるところは標高が高く、津波は大丈夫みたい?

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 駅構内ではいろんなものが販売されていた。「まずい棒」はベースのコンソメ味の他、チーズ味が新たに加わる。「まずい棒」10本と「まずえもん」缶バッジをげっと。「まずい棒」はその後、三里塚全国総決起集会で三里塚勝手連の方々とおいしくいただきました(^^)

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 帰りの電車は2000形だが、「大正ロマン電車」というヤツだったようだ。

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 レトロな看板が掲げられていたりもする。

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 2000形は2両編成d、反対側は湘南スタイルである。イイねイイね(^^)
  電車はJR銚子駅に向けて発車。

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 外川の次は、犬吠駅…OTS(ワンツースマイル)犬吠埼温泉という名前になっている。

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 関東最東端の駅、海鹿島(あしかじま)駅…ネーミングライツで「関東最東端より銚子港直送 千葉石毛魚類 海鹿島」駅となっている。

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 元伊予鉄700形の、澪つくしカラー3000形…奥には元営団地下鉄デハ1002(現在は引退)がいた。

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 銚子駅に到着~ いやぁ~改めて乗車してみて、街の雰囲気とかもエエから。また時間をとって乗車したり、写真撮ったり、街歩きしてみたいぞ、ここは。あと、駅にけっこう職員さんがいた。ワンマン運転だが、切符は買いやすそうだ。

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 おまけ…JR銚子駅ホームにある、巨大しょうゆ樽…ではでは。

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信貴山鉄道跡

 さて、高安山のケーブルカー山上駅から、信貴山の山門に行くのには、バスが出ている。
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しかし、昔はなんと鉄道が走っていたのだ
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1930年に、鋼索線といっしょに開業した…ケーブルカーを降りて、また平場の電車に1駅だけ乗って、信貴山山門まで行く。
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戦争中に「不要不急路線」に指定され、鋼索線とともにそのまま休止。その後、鋼索線は1957年に復活したが、鉄道線は廃止となった。
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今は看板と、ホームの跡だけ残る…

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ちなみに廃線跡は、信貴生駒スカイラインという有料道路になっているため、歩くことはできないのでゲソ

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3・29三里塚全国集会(デモ偏)

 デモ出発の前に、のぼり合わせ…
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三里塚勝手連、あるみさんのぼり、そして21日に新宿。反戦デモを闘い抜いたジグザグ会 ののぼりが勢ぞろい…これでだいたい5名ほどの「隊列」です。
 ちなみに本集会は、920名の結集で、カンパは38万1842円でありました。
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公園を出発する、反対同盟の車と隊列
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草加さんが「(コールのでかい)中核派の前はいやだ。」と言うので、障碍者の隊列の後、関実の隊列の前にすべりこみ・・・
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公園を出て、左に曲がります・・・
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成田市の市街地がどんな感じか、土地勘が全くありませんので、いったいどこへ行くのやら…
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大通りを外れて、山の手のほうに行きます。反対同盟のコールが小さかったのと、、後ろの関実が独自のコールをほとんどしなかったので、結局、その後の中核系のコールが、よく響きます…「市東さんの農地を守るぞ!」「国鉄決戦に勝利するぞ!」
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どうやら、成田山新勝寺のほうに向かっているみたい…ここで草加さんからマイクをもらって、「勝手連」独自のコールを…「3・4結審を許さないぞ!」「市東さんの農地を守るぞ!」「反対同盟とともに、闘うぞ!」「辺野古新基地建設を、阻止するぞ!」「沖縄と連帯して、闘うぞ!」「原発再稼働を許さないぞ!」「福島と連帯して、闘うぞ!」などなど…「空港・粉砕」「農地・死守」の連続コールも…
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「歓迎 成田山」・・・もちろん、成田山にはゆきません(^^)
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左手に曲がって、狭い住宅街の中を、デモ行進
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何やら、レンガ積みのトンネルのようなところを抜けます…
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「土木遺産」だとか…どうやら成宗電気軌道 の、廃線跡のようです。ヒマがあったら、じっくり見てみたいものですな。
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この辺りは、桜の見どころのようです。集会時には三分咲きぐらいでしたが、最近の暖かさで、今は見頃になっているでしょう。
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さて、京成成田駅付近に戻ってきました…相変わらずの花粉症軍団です…2~3年前から女性もいます。同一人物のようです。
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成田市役所方面を、ぐるっと回っていく模様・・・「成田市は、空港建設の手先になるな!」
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成田市役所入り口付近…薄い緑の作業服の方々は、成田市職員か?休日出勤、ゴクロー様でゲソ(もっとも代休とかあるんやろうけど、こっちは「休日返上」で集会に来ているからね
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で、道路を渡って、栗山公園に戻ってきました。デモ出発時から、雨がポツポツ降ってきましたが、なんとか持ちこたえました。
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ここで解散でゲソ…
なお、隊列の前のほうに居たから、のぼりが林立している写真を撮る。
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そういえば中核系のコールで「中東侵略戦争阻止!」という、現実にマッチしたコールがあったなぁ~…今の情勢の中「集団的自衛権」で、自衛隊が行くのは、中東であるといっても間違いない。
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NAZEN ののぼりは、一つだけ・・・どこのNAZENだろう
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そろそろ雨が、本降りに近くなってきた・・・デモはこれにて終了

おまけ・・・
栗山公園 には、D51が静態保存されている…屋根もあるので、状態はよさそうだ。
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あと、ミニSLを走らせる線路がある・・・なぜか三線軌道なのでゲソ。
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ではでは・・・これにて3・28三里塚全国集会の報告を、終了する。

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水島臨海鉄道完乗闘争!

わざわざ高梁で泊まり、時間かせぎしたのは水島臨海鉄道の完全乗車を目指すためであった。「末期色」115系で、倉敷到着
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ヘッドマークは「赤穂線開通50周年記念」でゲソ
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立派な駅ビル、倉敷駅の西側にある、水島臨海鉄道のりば。

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バリアフリーで、スロープがついておりまする。

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で、やってきたのがキハ20系だぁ~(^^)(^^)(^^)///
まだ走ってたんだ

じつはここにも91年に訪問はしている。そのときもキハ20系
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ほぼ同じアングルですな。

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中もしっかり、キハ20ブルーのモケット、寒色系の内装・・・文字通りの「あみ棚」ああ、旧国鉄・・・素晴らしいじゃなイカ

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じつはこのMRT300系が、主力気動車なのですが、こやつが導入されたのは95年以降。
高架化もされています。10年以上前、水島のとある工場に出張に行き、帰りはタクシーで駅まで帰ったのですが、運転手さんは「地元ではピーポー列車と呼んでいる」なんて言ってました。
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水島駅で、対向車待ち・・・じつは91年の訪問時は、水島止まりの列車しかのっておらず、時間の都合で1つ先の「三菱自工前」には行けなかった。

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91年の、水島駅・・・すでに高架工事はほとんど完成していた。

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今回は、ちゃんと「三菱自工前」まで、乗りに行くからね・・・海が見えてくる。

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「三菱自工前」にとうちゃく~もちろん、三菱自動車の工場前である。

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ゆっくり写真を撮るヒマもなく、キハ20は引き上げ線に引上げて行った。あと1時間ほどしないと、次の列車は来ない。

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こ~んな感じの、ダイヤですな。スカスカ・・・これでも「三菱自工前」まで来る列車本数は増えたそうで、昔は昼の時間帯には走っていなかったのだ。

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とにもかくにも、水島臨海鉄道完乗闘争に、勝利したぞ~
列車がこないので、水島駅まで歩くでゲソ。

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いかにも工場地帯といった、引込み線の風景・・・右の線路には、旅客列車は走らない。

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立派になった水島駅・・・しかし中に店とかがあるわけではない。

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倉敷から、水島止まりの列車がやって来たのでゲソ。

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中は新型気動車なのだが、床の風合いがいいね

とりあえず、秋の侵略旅行は、これでおしまいでゲソ・・・やっと9月半ばの旅行記が終わったぜい

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旧大社線大社駅

出雲大社前は、「神話博」の影響もあって、ちょっとにぎやか・・・関西でいうと、嵐山付近の雑踏に似ている。ただし景色は嵐山のほうが良い。
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駅前にある、モダンな薬局・・・

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ちゃんと案内標識もでているので、間違うこともないでゲソ。

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で、これが1985年3月に廃止になった、国鉄大社線、大社駅の建物だすごく立派。
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同じ方向から、90年に撮ったヤツ
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この時はあまり整備されておらず、少し荒れていたが、今回はキチンと保存されている。出雲の皆さん、ありがとう

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別方向から・・・イイネイイネ

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草むした線路もちゃんと残っていて、なぜかSL、D51 774が静態保存されていた。しかし、雨ざらしでは、すぐに塗料がボロボロになって、状態が悪くなる・・・少なくとも雨を防ぐ屋根
をつけるべきだ。

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由来書き看板

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あるみさんズ、ホームを占拠

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それにしても、風格があるな。

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終点側を写す。

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こんなのも、イイネ

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内部もきれいに、保存されている。線路の草を刈って、砂利を入れれば、もっといい雰囲気になるかもしれないが、そうすると今度は「あれもこれも」欲しくなったりして収拾がつかなくなるので、このぐらいがちょうどいいのかも。

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90年代の、起点(出雲市駅側)の写真
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川を渡る、当時の一畑電鉄・・・

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少し違う、現在の様子。

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一畑電車再訪闘争(その2)

さて、松江しんじ湖温泉方面へ・・・おお、南海ズームカーが元の塗色で入ってきたではなイカ 今年の四月かららしい・・・
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やっぱりこっちのほうが、落ち着いていいでゲソ・・・ただ、山陰の暗い冬には、少し似合わないかも知れない。

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なお、一畑電車には、自転車の持ち込みができるようだ・・・宍道湖周辺サイクリングを計画している人は、コースに取り入れてみては・・・

今回の目的の一つに、平地でスイッチバックしている「一畑口」に降りてみること。一畑電車はもともと、一畑薬師さんへの参詣鉄道としても計画され、そのまま一畑薬師まで乗り入れる計画であったのを、途中で松江まで延ばしたものだそうで、こんなスイッチバックが出来ている。
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反対側のホームから撮影・・・す ぐに電車は出て行った。

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一畑薬師への、案内看板・・・「水木しげる」の妖怪と伝記でも紹介される「のんのんばあ」(この辺りでは、神仏に仕える人を「のんのんさん」と言っていたそうだ)も、一畑信仰があったとか・・・
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で、「目玉親父」のブロンズである。
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駅は当然、無人駅(時間帯によって、駅員がいるらしい)・・・周りにはなぁんも無い・・・一畑薬師までは6㎞程
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一旦、出雲方面に戻り、雲州平田駅へ・・・ここに電車区があり、運転の拠点となっている。
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駅内にあった模型・・・いやぁ~「RAILWAYS」様々ですな。(ちなみに映画は、見損ねた)

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京王5000系元色発見実はこれを撮影に来たのだ。間もなく本線上を走るだろう。

写真を撮って、しんじ湖温泉方面へ・・・一畑口の手前から、宍道湖が見える。天気悪くて、残念
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ちなみに、午前中JR車内から撮った、宍道湖の南岸

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しじみが名物・・・肝臓に良いのです

というわけで、松江しんじ湖温泉に到着ガラス張りの駅舎
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外から見たところ。
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これも昔の写真が無くて、残念・・・しかし利用しやすいバスターミナルになっていた。
とりあえず一畑電車の旅は、これで終わり。

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一畑電車再訪闘争(その1)

翌日はキハ47に乗って米子へ、米子から「スーパーおき」に乗って出雲市駅まで行く。
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出雲市駅も、高架なんですなぁ~・・・で、古事記編纂1300年を記念して、こちらも「神話博」なんかが行われている。
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出雲大社をイメージした駅ビル・・・
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この左手に、一畑電車㈱の乗り場が、これも高架ビルとなっていた。

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改札で「1日乗車券」を買い、乗り場へ・・・元京王5000系、2100系が派手な塗装でお出迎え・・・

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「神話博」のキャラには、なぜか「鷹の爪団」の吉田くんが・・・

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ところでところで・・・20年前は、出雲市駅はこんなんだったのでゲソよ

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地平駅の片隅から発車・・・バックには赤い50系客車がいたのでゲソ・・・もちろんショッピングセンターなぞ、無かった。一畑電車㈱自体、もともと「一畑電気鉄道㈱」と名乗っており、県からの欠損補助、経営建て直しのため、2006年に鉄道部門を「一畑電車㈱」に分社化(「電鉄」のほうは持ち株会社となる)したものである。

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ま、2100系の車内は、こんな感じ・・・
このまま電鉄出雲市駅を出発し、川跡まで行く。

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松江しんじ湖温泉駅からやってきた、元南海ズームカー21000系改造の3000系に乗って、出雲大社前まで・・・

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川渡駅も、20年前はこんな感じ・・・湘南窓のデハ60も見えます。

出雲大社前駅に到着
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奇しくも、開業100年である。
朝夕の快速用、京王5000系(5000系そのままを名乗っている)これも派手だね。

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一畑電車は映画「RAILWAWS 49歳で運転士になった男」のロケが行われた所・・・ということで、デハ二50系がオレンジ色のまま展示されている。
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駅のつくりは、なかなか凝っている・・・いわゆる「大正ロマン」ってヤツか

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でも新しいんだよねぇ~(古い写真が無くて申し訳ない)でも中はけっこう、いい味出してるぞ・・・「神話博」の影響でごちゃごちゃしてるけど・・・
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出雲大社や「神話博」には目もくれず、旧国鉄大社駅跡へ・・・これについては改めて記事
にする。
で、戻ってきて、改めてデハ二50系を観察
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中にも入れるのでゲソ~・・・しかしこの畳敷きは何
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とりあえず「侵略成功」でゲソ
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塗りたてだから、とっても塗装がキレイ・・・
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続くよ・・・

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1969年の時刻表から…

2ヶ月ほど前のことだが、会社の「隠れテツ」の方と語り合う飲み会を行った。今あ辞めているが、実は中学生ぐらいからかなり本格的な「テツ活動」をやっていたんだそうな。で、その方から交通公社の時刻表、1969年11月をお借りしてきた。
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新幹線が岡山まで開業する前のこと…で、時刻表には急行列車を示す「急」の字が一杯並んでいる。さすがに東京ー大阪間を乗りとおす定期急行列車はないが、東京-名古屋間急行「東海」や、昼夜行で日豊本線経由で西鹿児島(現鹿児島中央)まで行く急行「高千穂・霧島」などが名を連ねている。

さてさて、1969年といえば、別の趣味者的にいうと、「安田講堂」は陥落したものの、新左翼学生運動真っ盛りの時代…手元の「実録・連合赤軍 あさま山荘への道」のパンフ(というか本)をめくっても、8.04中核派 文部省に突入 逮捕者14名なんてかわいいもので、9.05全国全共闘連合結成大会(この時に約100名の赤軍派部隊が公然登場する)、10.21国際反戦デー、新宿など都内各所で火炎瓶による大規模闘争、東京の逮捕者1122人。札幌、大阪などでも逮捕者285人、11.05山梨県大菩薩峠の「福ちゃん荘」で首相官邸占拠に向けて軍事訓練中の赤軍派部隊53人、一斉検挙、11.18.17佐藤首相訪米のため、東京・鎌田周辺で火炎瓶による大規模なゲリラ闘争・・・逮捕者は全国で2093人(うち東京1691人)と、史上最高を記録した。云々とあって、武装化、過激化し、大量逮捕で組織力の消耗にむかいつつあった。そんな中で「連合赤軍」が誕生していく。
ま、そのぐらいの時代では、学生達を支持する人々も多く、昔の人に話を聞けば「関西から東京に闘争に行く学生は、片道きっぷのみ(逮捕されること前提)で、帰りは街頭で交通費をカンパしてもらって帰れ」といわれたとか…

では、当時の時刻表で普通列車乗り継ぎで東京から大阪まで帰ってみよう
東京発7:57→(327M)→13:38豊橋14:00→(541M)→17:21米原17:34→(845M)→19:39大阪…となる。運賃は2,230円、静岡でますの押し寿司かうなぎめしを買ったとして、200円だから、2,430円となる。
これを現代(2011年11月の平日)で見てみると…
東京発8:10→(755M)→9:52熱海10:16→(433M)→11:59島田12:09→(759M)→12:53浜松13:02→(941M)→13:36豊橋13:51→(2327F新快速)→15:16大垣15:37→(239F)→16:12米原16:18→(3281M新快速)→17:43大阪…
となって、乗り換え回数は多いものの、2時間ばかり早く着く。ちなみに運賃は8,510円と3.8倍に、ますの押し寿司は780円と、3.9倍になって、全部で9,290円となる。ちなみに時刻表は180円から一気に上がって1,150円と6.3倍になっている。大卒初任給は、1970年ごろで大体4万円、2004年で20万円と5倍になっている。

どのぐらい街頭に立ってカンパ求めたら、当時の弁当200円の12倍のお金が集まったのかは、定かではない。今も運賃は弁当代の11倍だが、コンビ二弁当やおにぎりだともっと安く済むはずなので、昼飯代の20倍を集めようと思ったらどれだけ時間がかかるやら(てか、街頭でカンパを集めて帰ろうとするヤツなどいない…大道芸でも出来れば別だが…)

ちなみに「大垣夜行」も当時から存在し、東京発23:30→(143M)→7:12大垣着。大垣で7:18発西明石行き247Mに接続し、大阪には9:58に着いた。2011年11月の臨時「ムーンライトながら」は、東京発23:10→(9391M)→5:53大垣着というトンでもない早朝に着く。しかし乗り継ぎ、米原新快速乗換えで8:06に大阪に着く。

ま、闘争には時間と交通費が必要ということは、いつの時代もいっしょということだな

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今年最後の琴電レトロ

12月25日、今年最後の琴電レトロ電車の動画撮影…

高松築港ー片原町間

120系+300系

では良いお年を

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青森の駅と港

なのなの勢力さんのリクエストに答えて青森駅とその周辺をアップ
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青森駅には、大阪からの寝台特急「日本海」で時刻どおり到着。じつは北海道旅行その他で、青森駅に立ち寄り、時間待ちというのはけっこうある。しかし、市内中心部を充分回る時間はないから、青函連絡船、八甲田丸を中心としたエリアを少し歩く程度しかできない。

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で、なぜか行く度に、周辺の整備が進められています。こんなデッキって、あったかなぁ~。

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とりあえず、展望台で「あるみさんズ」記念撮影…掃除のおばちゃんから「それ、何のフィギア?」と聞かれたので、「いえいえ、ネタでやってるやつですから」と言って誤魔化す。

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ずぅ~っとデッキを歩いてゆけます。天気が良ければ、なかなかよさそうな所ですな。

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青森ベイブリッジは、もうずいぶん前からある。立派な斜張橋。

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青函観光地図

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青森名物三角野朗こと、アスパム…青函連絡船が無くなる時に立ち寄ったが、そのときには「核燃料サイクル施設」を宣伝するコーナーがあった。(今もあるのだろうか?)

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何かイベントがあるのでしょうか?

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港付近の、案内図…あと、おばさん3人組みと、熟年夫婦から「写真を撮ってください」と頼まれる。

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「ねぶた会館(だったかな?)」落ち着いた赤と黒の波のデザインが良いです。
まぁ、駅ビルもそれなりに立派で、「無印良品」なんかも入っています。確認していませんが、バスターミナルの向かい側の、りんごとか売っているお土産屋さんも、健在なんでしょう。

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三厩に行くべく、駅に入る…跨線橋から上野発「あけぼの」をDE10で回送するところと、北海道に向かう「白鳥」

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津軽線、蟹田までは相変わらず701系紫帯の電車でゲソ。
続きは、今度…

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