かくめいのための理論

候補者一本化過程の「見える化」こそ野党共闘のキモ!

昨日のエントリーでは、共産党や山本太郎をちょっと斜めに見るような書き方をしたが、大切なことだからもっかい書くね。衆議院選挙、大阪五区の予定候補に「新選組」が大石あきこ 氏を予定候補にして、共産党の宮本たけし 氏とブッキングしている問題。
 少し調べればわかるが、大阪五区には共産党予定候補者、宮本たけし氏の他、立憲の現職ながお秀樹 氏もいる。彼の基本政策をみると、共産党や「新選組」ともかぶるところがあるようだ。そして大阪五区は公明党が「常勝」しているところ。獲得票数とかを見ると、立憲野党側の候補者がここで勝つためには、候補者一本化だけでは足りず、投票率を上げて得票数を上げるような選挙をしないとイケナイ。いかに有権者を引き付けるか!ということが求められるのだ。
 そのためにはどうすればよいか?立憲野党の候補者・出したい人をみんな出して、その後どの候補者が、どんな公約を掲げれば勝てるのか?それを支持者や他の有権者も巻き込みながら議論して決める…候補者選定の過程を有権者にわかるように議論しながら一本化する…候補者一本化過程の「見える化」だ。そうすればみんなの関心をもつし、選挙も盛り上がる。
 大石あきこ氏も、次のように述べている  
 野党共闘への私の考えについては、大阪市内では都構想・カジノという喫緊の課題について、まずは勝てる政策と行動を議論し行動でまとまっていく。それが何より大事なことです。
 選挙については、その結果として、人々が最もふさわしいと思う野党共闘の候補者が決まるべきだと考えています。

 勝てる政策・候補者を後で決めようということだが、私はその過程を有権者も巻き込んで大いに侃々諤々議論してやるべきだ!ということが言いたい。
 逆に 党の「上の方」で談合して「これがこの選挙区の『野党統一候補です』って押し付けられても、誰も盛り上がらない(盛り上がるのは一部の「選挙活動家」だけ)宮本たけし氏が、昨年大阪12区補欠選挙で惨敗(供託金没収レベル)したのも、そういった地道な調整・話し合い抜きに落下傘的に候補者が下りてきたからだ。後で知ったのだが、このやり方は12区の共産党の一部からも批判の声があがり、選挙運動をネグレクトしたという人もいたらしい。(もっとも12区には「調整」する対立候補者なぞ最初からいないという別の問題もある)
 ツイッターにもSNSにも「野党共闘」に否定的な人も沢山いて、その理由の一つにこういった談合・野合で候補者が一本化されているところがある。そうした人の理解を得るためにも、候補者一本化の道筋を有権者に分かるように公開しながら、議論しながら決める…それが民主主義というものだろう!

 思えば東京都知事選挙で、「反石原」「反小池」を掲げる側が、エエ候補者は擁立するのだが勝てない理由の一つに、候補者一本化の過程が有権者に見えず、運動体の「上の方」「談合」で決まり、降りてくるように見えるからではないか(東京だと「運動体」が沢山あるので、議論が大変だというのは十分理解できる。その「調整」だけでも大変な労力を使うだろう。その辺は敬意を表しつつも、あえてきついことを書いておく)

おまけ…大阪における政治状況の特殊事情を書いておくと、昨年の統一地方選挙以降、公明党が維新・都構想に完全屈服しているので、自民党支持者としては公明党なんかに投票したくないわけだ。そこを狙うチャンスは、例えば大阪五区にはある。その「受け皿」として「共産党」や「立憲民主党」では抵抗があるなら、「新選組」という新興政治勢力のほうがエエかもしれない。ただ予定候補者が「保守」じゃなくて「バリバリ革新(革命的?)」な人だから、そのへんばなんとも微妙である。

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共産党にもケンカを売れる山本太郎!

 昨日「新選組」が発表したところによると、大石あきこ氏が衆議院大阪五区の予定候補になったそうな。
 大石あきこ氏は、大阪府庁で働いていた公務員を辞職して、昨年淀川区から府会議員に無所属で立候補した。早くから薔薇マークキャンペーンにも賛同されており、反維新・反緊縮路線で政治家を目指していたが、ここんところは「新選組」関連の活動が目立っていたし、12月の大阪ヨドバシ前での山本太郎街頭記者会見でもスタッフとして働いているのを見かけたから、「新選組」公認候補として立候補するだろうなぐらいは予想していた。
 ところで大阪五区は、少し調べればわかるが公明党の地盤で、立憲野党が勝利しようと思えば「野党共闘」で候補者を一本化してもギリギリいけるかどうか?というところだ。そして立憲民主党現職(近畿比例で当選)の長尾秀樹氏がいる。かつては尾辻かな子氏もここから立候補した。共産党も毎回、候補者を立てており、今回は昨年、大阪12区補欠選挙で惨敗した宮本たけし氏が予定候補として名乗りを上げている。
 そこに山本太郎「新選組」が殴りこみをかけたわけだ!
 
 これには「新選組」支持者の中からも、あるいは立憲とかの支持者からも違和感・不支持がいろいろ表明されている…例えば。

 いや、宮本たけし氏は12区で「野党共闘」もへったくれもなく惨敗していて、「野党共闘の象徴」なんてほめ過ぎだと思うのだが…それはそれとして、「新選組」は共産党とは「消費税5%」で共闘できる唯一の党だ。その党が全力で押す有力候補がいるところに、あえて新人をぶつけてくるとは、確かに「ケンカ売ってる!」としか思えない。
 もっとも、大石あきこ氏の見解を貼り付けておくと… 

 五区から大石氏が出るだろうというのは、共産党も知っていたということだろう。そこに宮本氏をもってきたわけだ。
 うがった見方をすれば、大阪五区のようなところに宮本たけし氏のような「落下傘候補」を持ってきても、勝てないでしょ!地元で活動してる人でしょ!という、山本太郎のメッセージかも知れない…とはいえ「新選組」があちこちで立ててる候補者自体、「落下傘」的なところがあるわけだから、そうゆう見方もほめ過ぎだろう。
 とはいえ、まだ選挙まで時間があるわけだから、立憲・共産・「新選組」の運動団体・支持者の間で喧々諤々の議論をして「どの候補者がどんな政策を掲げれば勝てるのか!」ということを盛り上げ、その結果候補者を一本化すればエエわけだ。逆にいうと、その過程をすっ飛ばしてボス交で候補者を決め「野党共闘ですよ!」とやっても、有権者には分からないし投票率も上がらない…これは12区敗北の教訓でもあるのだ。

 そうゆう意味で、共闘できる共産党にもケンカを売れる!山本太郎のやり方は、議論を盛り上げ、活性化させることを目指したものだ。逆にこういった「議論」から逃げ、相手を避難することに走る立憲・共産・「新選組」支持者は、少し頭を冷やしてもらわねばなるまい。

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集会自粛ムードはぶっ壊そう!というわけで「梅田解放区」デモ!

 新型コロナウイルスによる感染症が流行する中、マラソン大会のような様々なイベントが中止になったり規模を縮小したりしている。例えば厚生労働省のサイトには、ツイッター公式アカウントからと称してこんな文言がならぶ。

【#新型コロナウイルス 大規模イベントに関するお願い】
新型コロナウイルス感染症対策本部が開かれました。大規模イベントの開催に当たっては、風邪のような症状がある方は参加を控えていただくことや、マスク着用の奨励、咳エチケット、手や指を洗うことの徹底などの工夫を主催者の方にお願いします。
また、人が密着するような大規模イベントの開催等について、開催時期の見直しの必要性などを含め、専門家の意見を聞き、皆様にお知らせします。

連合も春闘集会を中止 して街宣活動に代えるようだ。新型コロナウィルス感染症は、まあ風邪だから飛沫・接触感染をするということで、不特定多数の人ごみや密閉した部屋に人が集まることを避けるというのが感染予防の基本なのだが(じゃあ満員電車による通勤はどうするんだ!)2月末~3月にかけて予定されている集会の類いは、どうなるんだろう?
 昨日紹介した第4回 狭山事件の再審を実現しよう市民のつどい なんかのSNSで流れてくる情報をみていると、主催者側で最大限の努力をしてマスク配布や消毒液の準備をしていること、風邪気味の人、体調不良のある人はどうぞ大事をとって来場を控えて欲しいと周知して、リスクを最大限コントロールした上で集会を実施する予定であるとのことだ。それでも林力さんの体調がすぐれないため、記念講演はやらないとのことだそうな。

 怖いのは感染症予防を口実に、集会やデモとかがバンバン「自粛」「中止」になることだ。園良太さんのツイート

 彼によると、3・11時に東京では「計画停電」もあって、いろんな集会が「自粛」したそうな。当時は「イラク戦争開戦〇〇周年」とかで反戦集会をよくやっていたのだが、中には自粛した翌年からやらなくなったようなものもあるとのことだ。
 彼らのいう「感染症予防」という「ショック・ドクトリン」を認めてはならない!

 まぁ、私たちのやる「集会・デモ」なんかは、高齢者も多いので、感染症対策は、自衛も含め「狭山事件の再審を実現しよう市民のつどい」実行委員会さんがやってるよう、万全を期す必要はあるわな。

というわけで、明日は「梅田解放区」による、第二回の梅田繁華街デモがあるぞ(ここは高齢者少なめ)
17:30 豊崎西公園集合
17:50 デモ開始→茶屋町(阪急梅田駅東隣り)をデモ
    HEP5前到着、その後「梅田解放区」街宣!
    (19:00ごろまで)
 「安部ヤメロ!」オールテーマ
 ★ウィルスを改憲に利用するな!
 ★桜やカジノ、モリカケの責任をとれ!
 ★中東から自衛隊撤退!沖縄基地も原発もNO!
 その他イロイロ…消費税増税や貧困についてもOK!

ということでよろしく。

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植村邦彦講演集会(後編)

 だが「権力を取らないと世界は変わらない」?のではないか。「急進左派の残存勢力は今ではおおむね、何らかの制度的ないし組織的な対抗手段の外部で活動しており、小規模な行動やローカルな運動が最終的には何らかの充分なマクロ的オルタナティブに結実するに違いないと思い込んでいる。…ところが、こうした左派が権力を取らずして世界を変えようとすることによって、ますます強大化する金融支配的資本家階級は、野放図に世界を支配する権力から誰からも挑戦されることなく維持できるのである。」(デービット・ハーヴェー 大屋定晴他訳『資本主義の終焉―資本の17の矛盾とグローバル経済の未来』作品社 2017年 14頁)「〔ただし〕そのような非価値生産的な諸活動は、資本によって領有されて価値生産の基盤に変えられてしまうか、あるいは、産業予備軍―ますます使い捨て可能となりつつある余剰労働力―のある種の再生産補充部分として機能するか、このいずれかに陥る危険も常に存在している」(デービット・ハーヴェー 大屋定晴他訳『経済的理性の狂気―グローバル経済の行方を(資本論)で読み解く』(作品社 2019年 130頁)とかを紹介した。一定、権力を取って運営していかないと、負けますよ…ということなのだが、どうやって権力を取るのかというイメージは提起されなかった。ここでレジュメは全て終了したので、休憩に入る。質問事項があれば紙に書いて、提出。ここまで聞くと、ホントに暗く、未来がない!年寄りばかりの集会でホント、良かったよ、こりゃぁ~松尾匡みたいに「お金を配って、みんな豊かになりましょう!」とアジるほうが受けるわな…とも思った。
 質問はレジュメの細かな内容に関するものの他、資本主義を終わらせる前に「強欲資本主義」を終わらせれば良いのではないかという質問について、資本主義が終焉に向かう過程で「強欲資本主義」になっているのであり、まともな“資本主義”に引き戻すことはもはやできないと分析している。資本主義そのものが「ブラック化」していることこそが、終わりが来ているということだそうな。
 ただ資本主義が終わるということは、経済が終わるということではない…「北斗の拳」や「進撃の巨人」の世界がやってくるわけではない…質問の中に「生き残りましょうということか?」というのがあるが、まさにそうで「サバイバル」してゆく中で協働型ビジネスがあるよ!と打ち出すと明るくなる。システムが壊れても、楽しいことがなくなるわけではない。明るく、楽しくサバイバルできたらいいですねと答えられた。
 植村さんの講演は一通り終わって、カンパアピールの後、連帯ユニオン関西地区生コン支部から西山さんが連帯のアピール。関西生コン支部への弾圧に対するシンポジウムが別途、阿倍野市民学習センターであったのだが、西山さんは保釈条件で「組合事務所立ち入り」「組合員と会う事」が禁止されているため(何もできないじゃないか!)こちらに来たということ。「ゴリゴリの人たちの中で、大変いい講演だった。新自由主義にどう打ち勝つか。関西生コンに対する弾圧は、社会的協同組合に対する弾圧だ」と訴えられた。
 集会のまとめとして、実行委員会の三野英二さんが、「2020年をどう見るか」について、資本主義的な在り方が終わりに来ている。何かのパッケージ(社会主義)を持ってきて、資本主義を終わらせるわけではない。このままでは安倍と一緒に、資本主義と「無理心中」させられる。人がこれまでの枠組みにとらわれず権利を主張すること、これが革命だ!などとまとめられた。展望の見えないような話の中、なぜか元気のでるまとめだった。すごく自信があるのだなぁ~と思った。

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植村邦彦講演集会(前編)

 昨日PLP会館で行われた「2020年をどう見るか」植村邦彦さん講演集会に参加してきた。司会者、主催者あいさつから、もともと「2020年をどう見るか」と題してグローバリズムや新自由主義、さらにはトランプ大統領率いるアメリカの政治状況やイラン・中東情勢などについて考えるつもりであったのが、植村さんに講演をお願いしたところ、「資本主義の終りをどう生きるか」という題目が返って来たとのこと。
 植村さんははじめに主催者側の初めの意図に沿って、トランプや安倍は右翼・ナショナリズムを掲げているにもかかわらず、国民統合ということを考えなくなった。グローバリズムや新自由主義は安倍やトランプのような人間がそれなりに大きな国のリーダーになっているのかということに関連しているのだが、今回はそういった政治向けの話ではないということを念押された。そして大量のレジュメ原稿に沿って話を始められた。まず過労死・過労自殺した人が残した言葉を引きながら、80年代後半の人は自分がしんどいことの原因を社会構造に惹き付けて考えていたことに対し、2000年代には「自己責任」であるかのように捉えていることが紹介された。この自己責任論・新自由主義は70年代末にレーガンが言い出したことだが、日本では経済同友会などが90年代に刷り込んだものだ。新自由主義は企業活動の自由であるが、これが全ての人の自由であるかのようにされていると批判した後「隠された奴隷制」についての説明がなされた。マルクスは賃金労働制度を「隠された奴隷制」と呼んでいる。そして「資本主義的生産様式の矛盾」について、「実際には、生産に投下されている資本の補填のかなりの部分は、不生産的諸階級(地主・貴族など)の消費能力にかかっている」「あらゆる現実の恐慌の究極の根拠は依然として常に大衆の貧困なのであり、それに対して、資本主義的生産様式は、あたかも社会の絶対的消費能力だけが生産力の限界をなしているかのごとく生産諸力を発展させようとする衝動を有しているのである」(岡崎次郎訳「資本論」第3巻、「全集」第25巻、1967年、618-619頁)などを引いて、生産力と生産関係の矛盾というよりも、システムとしての過剰生産・過少消費が資本主義の矛盾であると説いた。
 そして「資本主義はどう終わるのか」(ウォルフガング・ストレーク 村澤真保呂・信友健志訳 河出書房新社 2017年)から「現代の資本主義が…その内的な矛盾によって崩壊しつつある」(24頁)を引いて、資本主義が終わることがもはや前提となっていることを説いた。マルクス主義者は資本主義に対する代わりの「新たなより良い社会」を準備した後に資本主義を革命によって終わらせることを考えていたが、そんなものを準備しなくても資本主義は終わりを迎えるのだ。そして「現在の資本主義システムは、すくなくとも五つの症状―低迷する経済成長、オリガーキー〔少数者独裁制〕、公共領域の窮乏化〔社会福祉予算の削減と民営化〕、腐敗〔巨大企業や政府の違法・脱法行為〕そして国際的な無秩序化―に苦しめられており、それらの症状を治療する手立ては見つからない。資本主義の最近までの歴史をふりかえれば、これから資本主義は長期にわたって苦しみながら朽ちていく、ということが予測される。今後、ますます衝突と不安定化、不確実化が広がり、「正常なアクシデント」が着実に繰り返されていくだろう」(104頁)ずいぶん暗い見通しであるが、現在、トランプ政権下のアメリカや安倍政権下の日本で起こっている事を言い表している。ちなみに「正常なアクシデント」とは、原発や航空機と言った巨大で複雑なシステムが、ちょっとしたヒューマンエラーで重大な結果を生むことを指しているのだそうな。
 こうなると抵抗の手段は、逃げることだ…山地民、逃亡者、避難民…だらだら仕事、密漁、こそ泥、空とぼけ、サボり、逃避、常習欠勤、不法占拠、逃散…逃避によって同じ目的が達せられるならば、あえて反乱を企てて射殺される危険をおかす必要があろうか?資本主義がほっておいても崩壊するのであれば、一生懸命「打倒!」する必要はない。ただ災厄から逃げればよいわけだ。ネグリとハートは「政治的文脈においては、階級闘争は脱出の形をとる」(水嶋一憲監訳「コモンウェルス―<帝国>を越える革命論」NHKブックス、2012年 244-245頁)と書いているが、逃げる場所は、ネグリらがいう「the common」切り開いた新たな政治的空間なのだろうか?
 それでは私たちはどうしたらいいのか?デービット・クレバーは「コミュニズム」は「いま現在のうちに存在しているなにかであり、程度の差こそあれあらゆる人間社会に存在するもの」「あらゆる社会システムは、資本主義のような経済システムさえ、現に存在するコミュニズムの基盤のうえに築かれているのだ」(酒井隆史監訳『負債論―貨幣と暴力の5000年』以文社、2016年、142-143頁)まるで、アナルコ・コミュニズムのような言動を引いたのちに「まずはできることからやりましょう!」ということで、協働型組合ビジネスモデルを紹介される。「古いシステムの内部に新しいシステムの諸要素を小さな単位で築くことは間違いなく可能だからだ。協同組合、信用組合、ピアネットワーク、非管理型の〔顧客自身が管理運営する〕事業、平行するサブカルチャー経済の中には、それらの諸要素がすでに存在している。私たちは、これらを風変わりな実験だと見るのをやめたほうがいい。私たちは、18世紀に資本主義が小作人を農地から追い出し、あるいは手工業を破壊したのと同じくらい力強い規制を用いて、これらの活動を推進しなければならない。」(ポールマンソン 佐々とも訳『ポストキャピタリズム―資本主義以後の世界』東洋経済新報社、2017年248頁)そう、ごちゃごちゃ言わずに「逃げ場所」にもなる協働型ビジネスモデルをこつこつ、足元からつくっておけばよいのだ。(続く)

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陸自水陸機動団の動き2点

 「日本版海兵隊」といわれる、陸上自衛隊の水陸機動団についてのニュースを2件紹介する。
 一つ目は琉球新報のもので、水陸機動団が沖縄で初訓練を行ったというもの。
陸自水機団が沖縄県内初訓練 金武 日米共同、進む一体化
 陸上自衛隊の水陸機動団(水機団)と米軍による共同訓練が9日、金武ブルー・ビーチ訓練場(金武町)で報道機関に公開された。島しょ奪還の専門部隊として2018年に発足した水機団が県内で共同訓練を実施するのは初めてで、今後も継続することで将来的な沖縄への部隊配備につなげたい地ならしの狙いも透ける。陸自と米海兵隊の共同訓練は沖縄のみならず県外各地でも活発化しており、日米一体化が進む現状を映し出している。
 9日午後、金武ブルー・ビーチ訓練場。沖合にいた米海軍の艦艇から降ろされた日米の兵士らが、10隻以上のボートに乗り砂浜に上陸してきた。銃を構え、身を低くして前進するも、敵に見つかり銃撃戦に。訓練用の空砲とはいえ実戦さながらに白煙が漂い、緊迫した様子で米兵と自衛官が英語を交わす。
 敵を制圧後、波しぶきを上げた米海軍ホーバークラフト型揚陸艇(LCAC)が上陸し、高機動ミサイル砲システム「HIMARS(ハイマース)」が砂浜に姿を現した。長射程のミサイルを搭載するハイマースが在沖海兵隊に配備されたのは16年で、LCACを使用した陸揚げ訓練は初めてという。
 「水機団との連携は全タイプの作戦の強化につながる」。訓練終了後、米海兵隊第31海兵遠征部隊のロバート・ブロディー司令官(大佐)はそう強調した。
 米海兵隊を“お手本”に創設された水機団は、国内外で米軍との共同訓練を重ねてきた。現在は長崎県に2連隊が置かれているが、将来的には三つ目の連隊が沖縄に置かれる構想が取りざたされる。
 防衛省関係者は「沖縄には反発もあり配備には厳しい環境があるが、共同訓練は今後も不可欠になる」と語る。

 「日本版海兵隊」と米海兵隊が初めて沖縄の米軍基地をつかって共同訓練したということだ。なお、水陸機動団と米海兵隊の共同訓練は2006年から行われているし、2018年には種子島で大々的に行われている。また水陸機動団は3個連隊の配備が予定され、2個連隊が2018年度までに編成されているが、のこりの1個連隊の配備先は、沖縄の米軍基地(キャンプ・ハンセンとか)の共同使用という形で行われるのではないか?という話もある。(参考記事
 その追加配備先が、北海道ではないか?というのが次のY!ニュース産経新聞の記事である。
「日本版海兵隊」北海道に新設検討 水陸機動団、訓練環境整う
 防衛省が陸上自衛隊の離島奪還部隊「水陸機動団」について、北海道の陸自駐屯地への新設を検討していることが分かった。長崎県佐世保市の相浦駐屯地に次ぐ2カ所目の配置となる。規模は600人程度で令和5年度末までに立ち上げる方針。「日本版海兵隊」と言われる精鋭部隊を増強し、中国公船の領海侵入が続く尖閣諸島(沖縄県石垣市)など南西諸島の防衛強化を図る。
 夏までに配置先を選定し、令和3年度予算案に新設経費を計上する方向で調整している。南西諸島有事での即応性を重視し、沖縄本島へ新設する案もあるが、訓練環境が整い、地元の理解も得やすい北海道が有力になっている。
 水陸機動団は、相浦駐屯地(2個連隊)のほか、3個目の連隊を相浦以外に作る計画が決まっている。北海道は即応性は不十分だが、浜大樹訓練場(大樹町)など海に面した訓練場があり、訓練実績も多い。自衛隊関係者は「周辺国への抑止効果のためにも訓練を重ねて能力を高めることが不可欠」と語る。
 沖縄本島については、多くの米軍基地や軍事訓練を抱える地元から政府への反発があり、部隊新設の調整が進むのか不透明だ。
 ■水陸機動団 水陸両用作戦を担う陸上自衛隊の部隊。日本の離島が侵攻された場合、水陸両用車やボートなどで上陸し、敵の上陸部隊を奇襲して島を奪還する。米海兵隊を手本に、平成29年度末に相浦駐屯地に発足。2個の連隊のほか、後方支援、通信、偵察など2100人態勢を組む。米国などで米海兵隊との共同訓練も実施している。

 米軍基地が集中する沖縄島に、さらなる自衛隊配備は難しいだろうから「地元の理解も得やすい北海道」に置くというもの…ただし「訓練地」としての沖縄・米軍基地さえ残しておけば、バンバン共同訓練もできる。もちろん日米共同訓練は北海道でもやってる(むしろこっちがメイン)ので、共同訓練態勢もふくめて北海道が妥当であると判断されれば、水陸機動団の残り1個連隊は北海道に置かれることになるのだろう。
 産経新聞のニュース記事には「南西諸島の防衛強化」と書かれているが、水陸機動団は敵の上陸を水際、あるいは沖合で阻止するものではなく、敵が上陸・占領した島を後に「奪還」するためのものである。相手の「占領」が前提の軍隊だ。そしてこの水陸機動団、「海兵隊」と名乗っている(名乗らされている?)くらいだから、護衛艦「いずも(空母改装予定)」に乗り込んで南シナ海にいっしょに行っている…中国に対する「砲艦外交」を担っているのである(参考記事)…米海兵隊との共同訓練は、いずれ米海兵隊と同様の「侵略の軍隊」として、海外で闘うことの出来る軍隊を目指しているといっても過言ではない。

 水陸機動団の動向をこれからも注視するとともに、自衛隊が侵略できる軍隊、侵略する軍隊になることに反対しよう!

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「対米従属」は支配のための方便でもある

 1月に「御堂筋デモ」の主催者さんや、梅田解放区のメンバーに対してしたお話である。
 日本は「対米従属」していると言われているが、それは民衆を支配するため「アメリカ」の名前を借りているところもある…支配階級側が理不尽なことを強制するにしても「アメリカの要請」であれば、民衆は納得してしまう。アメリカに対し「敗戦」したわけでもあるしね。とゆうことで、主たる敵は「アメリカ」ではなく、日本の支配者なのだよ。

 だいたいこうゆうことを言ったわけだが、以前対米従属か日帝自立かという記事を書き、「日帝独自の政策」として南西諸島への自衛隊配備問題やジプチ基地の存在を上げた。アメリカの戦略にのっかる形で、日本独自の利害を追及すべく軍隊を展開・配備している。現在では自衛隊中東派兵もそうである。
 だが「対米従属」が問題になるのは、民衆支配の口実や道具である「アメリカ」を使っているうちに、主客が入れ替わり「アメリカ」様に仕える⁉ことが目的と化したかのような、いや「本当にそれをアメリカが望んでいるのか?」ということも考えずに、没主体的になっているからである。典型的なのが「辺野古新基地建設」問題であり、本当に米軍・海兵隊が沖縄にいる必要があるのか(グアムに大部分が移転するって言っている)という検証・検討もなく、軟弱地盤で滑走路が不等沈下すれば「米軍様」も引き取りを拒否するということが言われているにもかかわらず、「辺野古が唯一」と、壊れたテープレコーダーのように繰り返している(今どき「テープレコーダー」なんてないから、ぶっ壊れているのは安倍政権のほうである)。民衆の側もまた「沖縄にアメリカの基地があるのは、仕方がない」「沖縄にアメリカの基地は必要だ」と、これまた無条件に思い込まされている。こうした体制を白井聡氏は「永続敗戦」「戦後の『国体』」と批判している。
 戦後75年、そのうち後半の30年は、旧ソ連が崩壊して冷戦構造が一応解体したにもかかわらず、日本の支配階級は「対米従属」以外の路線を見出すことが出来なかった。90年代の「政治改革」の中で、小沢一郎が「普通の国」路線、一定の対米自立と国連中心主義を掲げて自民党を割ったわけだが、紆余曲折を経て自民党「対米従属政権」が続いている。(それゆえ「対米従属」を批判するリベラル勢力から、小沢一郎に対する一定の人気・支持があるのだ!)

 何回も書くけれど、「対米従属」は問題だが、敵はアメリカではなく、それをもって支配を強化している日本の支配者、支配階級が本来の敵であるということを強調しておく。

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中東派兵はジプチ基地の維持のため!?

 先日更新された、小西誠氏のブログ「今、自衛隊の在り方を問う」に衝撃の事実が書かれているので、紹介する。
自衛隊の中東派兵は、ジプチ基地を維持するためのリストラ対策だー自衛隊版「ジプチ慰安所」をいつまで維持するのか?
 自衛隊の初めての海外駐留基地である、ジブチ基地が開設されてからおよそ10年。――この日本から遠く離れた自衛隊ジブチ基地の実態が、メディアなどで報道されることはほとんどない。
 陸海の自衛隊員約400人が駐留するこの基地は、ジブチ国際空港の北西地区にあり、同空港地区には、米仏軍の基地も置かれている。
 この駐留軍の位置する場所から、北へ10数キロ行ったジブチ市内の最大のリゾート地には、ジブチでもっとも高級と言われるドイツ系の「パレス・ケンピンスキー」というホテルがある。一泊4万~20万円というこのホテルには、プライベートビーチが2つあるほか、カジノまで据えつけられている。
 この超高級ホテルこそ、関係者にはよく知られている、自衛隊員の「慰安所」である。言うまでもなく、ここでは、買売春が公然と行われており、派兵部隊の幹部連ばかりだけでなく、一般隊員も利用する「慰安所」だ(事情通の証言)。
 隊員たちには、月に一度「特別休暇」が与えられ、このホテルを利用する日を、駐留部隊の隊員の間では「戦力回復日」と呼んでいる。(中略)
 と、自衛隊がどうもジプチ基地に「慰安所」を抱えているということが書かれている!リンク先の続きを読んでもらえばわかるが、海外で公然と売買春が行われ、それは隠蔽されているというのだ!
 全く持って許せない話なのだが、そればかりではない。中段を引用しよう。
 だが問題は、これら自衛隊の中東派兵が、もはや、何の意義もなくなった自衛隊ジブチ基地を維持する、「リストラ対策」であることがまったく隠されていることだ。
 別表を見てほしい。2009年の海賊対処法成立以来、自衛隊が行ってきた「海賊対処行動」は、今やほとんどなくなったに等しい。2011年に237件行われたそれは、2015年にゼロ件になり、2019年もゼロ件を記録している(アデン湾、ソマリア沖も同様に圧倒的減少)。
 つまり、もはや、自衛隊がジブチ基地を維持する必要性が、全くなくなったということだ。
 この存在価値を完全に喪失したジブチ基地を維持するために、まさしく「リストラ対策」として、新たなジブチ基地を拠点とした中東派兵が決定された、ということである(筆者は、例えば、東京新聞・半田滋氏の「自衛隊の南西シフトは陸自のリストラ対策」という主張に真っ向から反論している。というのは、この論は、日米の対中抑止戦略下の、先島―南西諸島への自衛隊配備という大軍拡競争を徹底的に軽視し、この南西シフト態勢を許容している論に他ならないからだ)。
 言い換えると、自衛隊の中東派兵は、「アメリカの要請」という形式をとりながら、あくまで政府・自衛隊が、初めての海外駐留基地であるジブチ基地を固持するための詭弁であると言わねばならない。もちろん、この自衛隊の中東派兵が、「世界の火薬庫」になりつつある中東危機に軍事的に介入する危険な行動であることを批判しなければならない。(以下略)

 そう、ジプチを拠点とする「海賊対策」をやる必要がなくなってきた。本来ならば海上自衛隊は「海賊対処行動」を辞めて帰国し、ジプチ基地も閉鎖しなければならないハズなのだが、ジプチ基地を「維持」するため、新たな任務をつけて中東に海上自衛隊を派兵するというわけだ。
 紹介した記事にもあるように、ジプチ基地は日本が持つ唯一の「海外派兵」拠点である…そしてそれは、中東からインド洋をにらむものであり、日本の「アジア、太平洋戦略」の要となるものである。また南スーダンPKO派遣に見られるよう、アフリカ進出・権益確保のための橋頭保でもある。絶対に手放したくない!というのが、日帝・支配階級の意志なのだ。

 紹介記事にもあるが、
 自衛隊の中東派兵を阻止し!
      ジプチ基地を撤去せよ!

 日本の反戦スローガンは、これだ!

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放射能被害は、見えにくい

 「東京五輪がもたらす危険ーいまそこにある放射能と健康被害」(東京五輪の危険を訴える市民の会編 緑風出版2019年9月)を読んだ。編集者は渡辺悦司さんである。
第1部 東京五輪の危険を警告して発言する科学者・医師・市民
第2部 東京五輪での被曝が危険なこれだけの根拠
第3部 避難者たちが体験した被曝影響と症状
_0001_20200124201701 の3部構成となっており、1部はどちらかというと各執筆者等の危機感と、被曝を強要する日本政府他に対する「闘争宣言」。第3部は三田茂医師や渡辺悦司さんの分析の他、避難者の証言がなどがあって興味深いものだ。科学的な被害のメカニズムや数の推計は、第2部に記載されている。
 というわけで、第2部から福島原発事故の影響がどのぐらいあるのか?という説明や、放出された放射能汚染の度合いはどのくらいか?ということを読み取るわけだが、これがなかなか分かりづらい…それでも、こんな表現が成されている。
 第2部の第1章 福島事故の放射能放出量(渡辺悦司)には
 広島原爆の放出放射能と比較すると、大気中放出量はセシウム137ベースでおよそ600発分であり、上に述べたように最近の研究(日本学術会議2014,UNSCEAR2017報告)では、そのうちのおよそ27%が日本の陸土に降下したと推定されているので、160発分程度が日本の陸土に沈着した計算になる。(p89)
 とある。広島原爆の160発分の放射能汚染とは凄まじいものだとなんとか”理解”できるが、一方、別のページ(第1部になるが)には
 例えば、最も問題になっているセシウムは、福島事故から出た量は、おそらく50㎏ぐらい、それが、今では、ほとんど地球の北半球全域に分散している。(p70)とある。たった50㎏しかない物質が、すごく広く浅く飛びまわっているというのだ!感覚的に全然!分からない!
 では福島原発事故で放出された放射能により、どれだけの人に被害が出るか?という前に、日本政府が「安全だ」「帰還せよ」と言っている放射能レベルでどのくらいの被害が出るのか?第5章 原発事故健康影響「全否定」論の新展開とその自滅的本質(渡辺悦司)で、ICRP(国際放射線防護委員会)・UNSCEAR(原子放射線の影響に関する国連科学委員会)・BEIR(電離放射線の生物学的影響に関する米国科学アカデミー委員会)などのリスクモデルでも、致死線量以下の被曝一般について、とりわけ低線量被曝について「がん」「遺伝的影響」のリスクを、放射線被曝によるリスクとして認めていること、そしてそれは日本政府傘下の研究機関。放射線医学総合研究所の文書が公式に認めていることを紹介した上で
 そこでは、10万人が0.1Gy(100mSv)を被曝した場合(すなわち集団線量1万人・Sv)、がん(固形がんと血液がんの合計)による致死リスクを、最小でICRP2007年報告の最小426から最大でUNSCER2000年報告の1460と記載している。つまり、同表によれば、リスク係数は1万人・Svの被曝あたり426~1460件の生涯期間における過剰がん死である。(p125)と紹介している。
 これはどうゆうことを意味するのか?10万人が100mSv被曝すると、426~1460人が「過剰に死ぬ」ということだ。そして帰還政策について次のように述べている。
 日本政府は、20mSv/y以下の地域への住民の帰還と居住を認める方針である。つまり、避難解除地域に5年間居住すれば、帰還した住民は。政府自身が、被曝影響が「ある」とする100mSv(上記の0.1Gy)の被曝をすることになる。20mSv/y地域に帰還する住民の数をおよそ10万人と仮定しよう。これはそれほど現実からかけ離れた仮定ではない。上記の放医研の表に2通り100万人が100mSvを被曝する例と一致する。
 そうすると、5年間の被曝に対して、426人~1460人の追加的な(過剰な)がん死が生涯期間(50年間)を通じて生じることになる。50年間では減衰を考慮してこの6倍(10倍ではなく)、約2560人~8760人の犠牲が出る想定になる。(p127)
 もちとん渡辺氏はこれは「低い」想定であるとしており、これを批判しているわけだが、同時に「安全だ」「帰還せよ」と言っている政府の機関が過剰に死ぬこと、被害が出ることを認めていると論じているわけだ。
 で、50年間で10万人のうち、2560人から8760人が過剰に死ぬ…ということを、乱暴に1年に均せば51.2人~175.2人となる。どなんだろう、10万人の人間集団の中で死亡する人間の数が、年間50~175人増加することは、統計上うまく現れるのか?また、放射能による障害はおそらく年が経つほど増える…だから初期のうちは増えない、過剰死は初期のうちはほとんど出ないということが考えられる…そうすると、余計に「統計上」は現れないであろう。被害があっても、科学的(統計学的)に「無いもの」とされてしまうのだ!?だから放射能被害は。見えにくいということが分かる。
 しかし、「過剰死」にあたった人にとっては、年間50~175人のうちに入ってしまった人にとっては、放射線被曝がなかったら(原発事故がなかったら)死ななくて済んだわけだ。そして年間50~175人に、誰が当たるのかは全く分からない、ロシアンルーレットみたいなものである。ロシアンルーレットをいつもやっていて、誰かが確実に死ぬ現場になんか、誰も行きたくないだろう。誰も「過剰に」死にたくも、病気もしたくない…だから放射能がばら撒かれたところから避難する権利は、誰もが持っているのである。

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「神武」はどこから来たか?

 先日のブログ記事で、日本列島は7世紀後半まで「倭国」と「近畿天皇家」王朝が並立していた…と書いた。倭国は中国・福建省あたりから日本に進出し、国家をつくった集団である。では、ヤマト王権を造ったのはどうゆう人たちか?

 ハイ、それは「みんな大好き三国志」に出てくる、呉の残党です!
 「三国志」のおさらいをしておくと…漢の皇帝から禅譲を受けて、魏の曹丕(曹操の息子)が皇帝になったのが220年、その翌年に劉備が蜀の皇帝となる。その翌年には呉の孫権が「独立」を宣言して、三国鼎立の時代になる。孫権が帝位についたのは229年で、「呉帝国」がはじまるわけだ。
 その後、蜀は263年に魏に降伏し、三国鼎立は終了する。ただその2年後の265年に、魏の曹氏が司馬氏に禅譲して、晋が起こる。その晋が呉を滅ぼしたのが、280年である。この時の呉の皇帝は4代目…孫権は7人の息子がいたのだが、長男、次男は孫健在位中に若くして亡くなり、三男・四男で帝位を争うことになる。三国志でおなじみの重臣たちも二派にわかれて争う始末。とうとう孫権は末子を跡継ぎにするのだが、ほどなく退位させられ、六男の孫休が三代目になる。孫休は264年、在位六年で病死・その息子が跡継ぎにならず、孫権の三男の孫和の息子、孫晧が四代目となる。この孫晧は評判は悪く、酒食におぼれ、極刑を頻繁に用いる「三国一の残虐な君主」だったそうな。まあそれはそれとして…
 呉が滅びるにあたり残党が海に漕ぎ出し、日本列島のほうに逃げてきたわけだ。その時に王族(孫休の息子あたり)を抱えていたならば、その名は孫ということになる。
 長江河口あたりから東中国海をまっすぐ東にいけば、天草、熊本あたりに到着する。ところで北九州は倭国の領域だ…倭国は魏志倭人伝にみられるよう、魏に朝貢している。魏の後を継いだ晋にも「晋書」武帝紀に266年に朝貢してきたという記録がある。そう、北九州、倭国は敵国、晋に朝貢している倭国なのだ…くわばらくわばら…
 ところで、彼らはあらかじめ日本・東方に逃亡するため先遣隊を派遣していたらしい。彼らの案内により上陸した孫さんご一行は、阿蘇山を突っ切って日向に抜けることになる。そこから瀬戸内を東進し(その過程で北部九州のほうに行き、倭国の勢力圏だったから引き返した)近畿まで向かう…大阪平野に「抵抗勢力」が居たので、熊野をぐるっと回って大和盆地にたどり着いた。これが「天孫降臨」「神武東征」のお話なのである!ちなみに「抵抗勢力」とは、百舌・古市古墳群をつくった連中、百済から渡って来た王朝なんだろう。
 「天降臨」ですからね…呉から逃げてきたことをすっかり隠し、肥の国と日向の境、高千穂に至った時から書いている!(逆にそれ以前のことは書けない、ひた隠しにする)そう、天皇は「孫」氏なのだ!

おまけ…天皇が「孫」氏だったら、奴の跡継ぎがいなくなったら、もうソフトバンクのあの人を天皇ということにしてもいいんじゃないか?

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