かくめいのための理論

朝鮮戦争準備を許すな!

 日本が長距離射程の巡航ミサイルを導入するというニュースが流れている。毎日新聞WEBより…
政府:長射程の巡航ミサイル検討 敵地攻撃も可能
 政府は、航空自衛隊の戦闘機に搭載する射程数百キロの巡航ミサイルを導入する検討に入った。複数の政府関係者が明らかにした。2018年度予算案に関連経費を計上する調整をしている。防衛省は島しょ部の奪還作戦などでの使用を想定しているが、攻撃される前に敵国の基地を破壊する敵基地攻撃にも転用が可能。中国など周辺国の反発も予想され、政府内には慎重論がある。
 政府が導入を検討しているのは、米国製の「JASSM(ジャズム)-ER」とノルウェーなどが開発した「JSM(ジョイント・ストライク・ミサイル)」。JASSM-ERは射程が900キロ以上で、日本本土から朝鮮半島や中国、ロシア南部にも届く。ミサイルを搭載する主力戦闘機F15の改修に向けた調査費の計上を検討している。
 射程数百キロのJSMは空自が今年度中に配備するステルス戦闘機F35への搭載を念頭に、ミサイル本体や搭載に必要なシステム改修の予算計上で調整している。
 防衛省は島しょ部に敵国軍が侵入した後の奪還作戦で、敵のミサイルが届かない空域から地上や艦艇を攻撃することを想定。日本の防衛の基本的な方針である専守防衛の範囲内との立場だ。
 一方で、北朝鮮がミサイル発射を繰り返してきたことを受け、自民党国防部会などは敵基地攻撃能力の保有検討を求めてきた経緯がある。実質的にこうした能力の保有を狙ったものとの批判が出そうだ。政府は、敵基地攻撃については「他に手段がない場合、法理的には自衛の範囲に含まれる」と解釈してきた。
 小野寺五典防衛相は5日の記者会見で「敵基地攻撃能力は米国に依存している。自衛隊は敵基地攻撃を目的として装備体系を保有しておらず、現時点では保有する計画もない」と述べた。【秋山信一】


 もちろん、巡航ミサイルを購入したからといって、スグに「敵地攻撃」が可能になるわけではないが、これは明らかに「朝鮮のミサイル関連基地・施設を自ら叩く」ためのものに他ならない。
 朝鮮のミサイル実験が繰り返される中、「敵地攻撃」論が議論されているが、これは「専守防衛」を真っ向から否定するものであり、「改憲」を必要とするものである。朝鮮半島情勢を抱える中での改憲は、見かけが9条3項追加…「自衛隊現状容認」のようなもの…であろうとも、確実に「専守防衛」を突破し、自衛隊を海外侵略軍隊、当面は「朝鮮戦争突撃軍隊」に変えるものだ。絶対に認めてはならない。
 こんな議論もある…NewSphere 「日本に自主防衛させるとき」米識者に広がる“再軍備”支持 「北脅威の今こそ」…「アメリカファースト」であるがゆえに、米国もまた日本自衛隊を「朝鮮戦争突撃隊」にしたいようだ。

 日本帝国主義は伝統的に、朝鮮への侵略から海外膨張を果たしてきた。明治維新後の日朝間の歴史をみれば明らかである(右翼的には「危機は朝鮮半島から来る」というふうに総括している…戦争の原因を朝鮮に求めていることで、その反動性は極まりないものだ)。1950~53年朝鮮戦争において、占領下の日本は隣の国の不幸を餌に「復興」を果たした。65年「日韓条約」で韓国を新植民地主義下に置くと同時に、朝鮮への敵視政策が本格化した。そして朝鮮の核・ミサイル問題を口実に、朝鮮半島に軍靴を進めようとしている。
 なお朝鮮の核・ミサイル開発を擁護するわけではないが、この問題の本質は朝鮮戦争が未だ終結しておらず、平和条約が締結されていないことにつきる。そして強大な軍事力を持つ米(日・韓連合)国側は、休戦協定を順守していないのである。
 朝鮮戦争の休戦協定には「朝鮮半島からのあらゆる外国軍の撤退問題」についてハイレベルな政治会談を開催するよう勧告されているのだが、米国と韓国は1953年10月1日に安全保障条約を締結し、そのまま米軍が韓国に駐留している。
 また休戦協定では、朝鮮に新しい武器を持ち込むべきではないとされているにもかかわらず、米国は1958年1月に核兵器を持ち込んだ。また「敵対的行為の禁止」が謳われているにもかかわらず、1969年から毎年、米韓軍事演習が行われている。このように、休戦協定への重大な違反は、米国側が行っているのである。

参考:ブログ「アリの一言」「朝鮮戦争休戦協定」蹂躙を続けているのはアメリカ
Wiki 朝鮮戦争休戦協定
ブログ「北朝鮮の本当のはなし」朝鮮半島の平和条約締結を拒むのはアメリカだった

 朝鮮危機を伝えるマスコミは、こういった基本的なことを全く伝えていない。

 長射程巡航ミサイルの導入を阻止し、朝鮮への戦争準備を止めさせようsign01朝鮮戦争のための改憲に断固反対しようsign03

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軍事基地建設と世界自然遺産は両立するか?

 11月12日、エルおおさかにて桜井国俊さん(沖縄大学名誉教授)講演会「辺野古埋め立てと世界自然遺産‐軍事基地建設と世界自然遺産は両立するか‐」が行われたので、参加してきた。
 桜井先生のお話しは、5月に北九州で行われた辺野古土砂搬出反対全国連絡協議会総会でも聞いてきたのだが、もう一度…今回はパワーポイントで作られた詳細な資料もいただいてきたので、内容はばっちりだhappy01

 その内容だが、沖縄の「奇跡」ともいわれる生物多様性に富んだ貴重な自然環境(北緯26~27度帯はほとんど砂漠なのに、沖縄だけが亜熱帯照葉樹林で覆われている…これはヒマラヤ山脈が出来たことによるアジアモンスーンの影響。また生物は大陸と地続きだった時に来たのだが、切り離されて独自の進化を遂げている)や、「ジュゴン訴訟」の意義、土砂搬入と特定外来種問題等幅広いものだったが、主題の「世界自然遺産登録と軍事基地(北部訓練場)」問題について書いておく。

 今年の2月、日本政府はユネスコに「奄美大島、徳之島、沖縄島北部および西表島」の世界自然遺産登録推薦書を提出した。世界自然遺産登録には3つの条件があって、①評価基準は生態系と生物多様性②完全性(Integrity)…遺産の特徴あるいは過程を完璧に代表するために十分な面積を有していること③保護管理体制、保護担保措置 である。このうち北部訓練場のような米軍基地が「やんばる」の地にあることで、②と③の条件が満たされていないという問題が出て来る。また申請区域を林野庁HPにあるpdfで示すが、奄美大島、徳之島などは推薦地の周辺に緩衝地があるものの、沖縄北部においては推薦地の東側に緩衝地が設けられておらず、北部訓練場と直接接している。推薦状党等には「北部訓練場」や「辺野古新基地建設計画」についてはほとんど触れられておらず、問題がある。また、推薦地は山地ばかりであるが、森と海とのつながりを無視しており、「完全性」に欠けるものであるのだ。
 世界自然遺産条約第11条第3項は「世界遺産リストへの登録は関係国の了承を必要とする。一つ以上の国家が関わる遺産の登録は、関係国が異論を唱える権利を妨げてはならない」とあって、北部訓練場は日米地位協定第3条により米軍に排他的管理権があることから、米国(米軍)はまさに関係国であるわけだ。また、世界遺産条約管理ガイドライン セクション135には「条約第11条第3項に基づき、関係国は可能な限り共同して境界をまたぐ形で地域指定を準備し提出すべきである。境界をまたぐ遺産全体を管理する共同委員会などの組織を関係国が設置することが強く薦められる」とある。
 ここで北部訓練場において、高江の森でヘリパッド建設時にノグチゲラの巣穴が37個確認されている。つがいが居るとして80羽分…ノグチゲラは400羽もいないが、そのうちの80羽である…このような訓練場があることで、自然が守られていないケースもあるわけだ。
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 やんばるの世界遺産登録に関し、米国は当事者である。日本政府は世界遺産条約およびそのガイドラインに則り、米軍・米国に共同管理を働きかけるべきである。また、ヘリパッド問題にみられるよう、やんばるの自然の保全と北部訓練場でのオスプレイの集中訓練は両立しないので、日米の協議を通じてオスプレイの訓練中止、更には北部訓練場の完全返還がなされるべきである…当然、辺野古新基地建設の根拠もより薄弱になり、中止・撤回されるべきであるわけだ…という結論になるのである。
 
 IUCN(国際自然保護連合)をはじめとする環境NGOは、やんばるの自然遺産登録について米軍基地の問題を取り上げることで、まっとうな形での登録を目指したいと考えている。ところが沖縄県や、さらに地元北部3村(国頭、大宜味、東)では自然遺産登録を、観光も含めた地域振興の一環として捉えているため、桜井先生や環境NGOが指摘する問題点はおいておいて、とにかく今の形で登録を目指したいということだそうな。日本政府もまた「沖縄振興」の名目もあって、このままの自然遺産登録を目指す考えであるとのことである。

 行政と環境NGOの考えがずれている中で、自然遺産と米軍基地の共存問題を取り上げることは「自然遺産登録」という一見「良いこと」に掉さすことにもなりかねないわけだが、「まっとうな登録」を目指すことで、本当の意味での米軍基地運用の軽減や基地撤去にもつながる。またこれは国際的に動くものであるから、沖縄の米軍基地問題を広く知らしめることにもつながるだろう。今後の動きに注目したいものだ。

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知事はなぜ動けない?

 翁長知事は、なぜ基地建設反対の行政イニシアチブをとらないのだろうか?沖縄タイムスより…
「あらゆる手段で阻止」のはずが…新基地建設で2港使用を許可 沖縄県の苦悩
 沖縄県名護市辺野古の新基地建設で、県と本部町は護岸建設用石材の海上運搬を請け負った業者に対し、奥港(国頭村)と本部港を使うことを許可した。業者は近く、海上からの搬入を始める方針だ。翁長雄志知事が「あらゆる手段で建設を阻止する」と強調している中での許可に、「辺野古反対」を掲げる市民からは「逆行している」と反発の声が強まっている。一方の沖縄防衛局は、奥港や本部港以外にも複数の港が使用できないか検討を進めている。(政経部・大野亨恭、比嘉桃乃)
 奥港の岸壁と港湾施設用地の使用許可は県が9月上旬に、県から本部港の管理の移譲を受けている本部町は、塩川地区の荷さばき施設の使用許可を10月に出した。県は許可した理由について「港湾関連法に基づいて審査した結果、許可せざるを得なかった」とする。県によると、船を停泊させるため、中城湾港の岸壁の使用許可申請もあがっているという。
 ある県幹部は「行政として使用を許可するのは認めざるを得ない」と苦しい胸の内を明かす。一方、「辺野古反対の方針をぶらさずに訴え続けることで、民意が離れないことを信じるだけだ」と語った。
 防衛局が複数の港の使用を検討しているのは、反対する市民らの「妨害行為」を懸念しているためだ。防衛省関係者は「市民らが港に押し寄せ、一時的にでも使用できなくなれば、その分工事が遅れる。複数の港を準備すれば、市民らを散らすことができる」と狙いを語る。
 防衛局は、埋め立てに使用する岩石を運び出す採石場も本部町や国頭村など複数の場所を確保。その理由の一つも「市民らの妨害行為を避けるため」(防衛省関係者)だという。
 防衛局は市民らのキャンプ・シュワブゲート前での抗議行動により工事の遅れを余儀なくされており、今後、大量の資材を円滑に運び入れるために大浦湾の「K9」護岸に船を係留させて海上から搬入する計画だ。関係者は「工事の遅れを取り戻すためにも、万全の態勢で臨む」と話した。


 この件については、山城博治さんも「これまで知事を正面から批判したことはないが、今回の件を受け、覚悟を決めて翁長県政と向き合う必要が出てくる」と表明している。(琉球新報 山城議長、知事を批判 新基地資材海運認可でより)

 知事が「埋め立て承認撤回」をしないことについての批判は、外野内野も含めずいぶん行われて来た…ただ、以前にも書いた通り、これをやって裁判でひっくり返ってしまえば元も子もないので、「埋め立て承認撤回」という伝家の宝刀は抜かずにとっておくというのが、私の立場である。
 しかしそれ以外の件については、あらゆる手段を用いて…当然、許認可や行政指導も含まれる…工事進捗を阻止すべきである。この点で、沖縄県=知事の態度には、煮え切らないものがある。

 辺野古の埋立てを阻止するための有力なツールとして、沖縄県が制定した、県外からの外来種を規制する土砂条例がある。「土砂搬出反対全国協議会」で搬出元の県行政に「沖縄県には『土砂条例』があって、特定外来種についての規制があるが、対応するか?」と申し入れをすると「沖縄県から要請があれば、対応します」という回答を得ているところもある。だが肝心の沖縄県から、各搬出元の県に対しそのような要請を行っていない…これでは行政も動けない…沖縄県の基地建設阻止に対する対応のまずさは、こうゆうところにも表れている。
 
 ただ、かつて東大助手、沖縄大学教授の宇井純氏は、「沖縄県の環境に対する意識は最低」と評したそうな。沖縄県政は復帰後ずっと「開発行政」でやってきたため、行政が建設行為に対する歯止めをかけるという意識が希薄なのだ。 
 県政を刷新して、行政が「基地建設反対!」で動くためには、思い切った人事異動等が必要であるが、沖縄県というそれなりの大きな行政機構を、知事一人でぐぐっと動かすのは、橋下のように独裁でやるというのなともかく、難しいことである。一般に自治体の首長が変わっても、大きな改革は「一期目」ではなかなか出来ず、「二期目以降」となるとも言われている。ということは、来年11月の知事選挙まで、なんとか持ちこたえながら「勝利」を勝ちとらなければならない、難しいところに来ていると思う。

 県政を変えるには、やはり「世論」の力と、運動の力が必要なのだvirgo

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共産党は戦争に反対したのか?

 kuronekoさんのブログ記事先の戦争と共産党に触発されて、ちょっと書いてみたもの…はたして日本共産党は、先の戦争に「本当に」反対したのか?反対したから弾圧されたのか?というお話し…

 確かに共産党はHPの党紹介では「日本共産党は、侵略戦争に反対をつらぬいた唯一の政党じゃ」と書いてあるし、党綱領には始めのほうに「党は、ロシア革命と中国革命にたいする日本帝国主義の干渉戦争、中国にたいする侵略戦争に反対し、世界とアジアの平和のためにたたかった。」とある。
 本ネタ元は展望第6号である。また「先の戦争」がいつ始まったのか、いろいろ議論はあるが、「15年戦争」といわれる元となり、「中国に対する侵略戦争」が本格化した「満州事変」以降とする。
 満州事変は1931年9月…それに先立って日本共産党への弾圧が1928年の3月15日(3・15事件)および29年4月16日(4・16事件)が行われ、共産党の大衆的基盤は喪失している。

 で、「展望」第6号に寄稿された「日本共産党・32テーゼと全協の〈天皇制打倒〉綱領(雑賀一喜)を見てみる…p140(三)「満州事変」と闘わなかった日本共産党 という小見出しの下、こう書かれている。
 28年の3・15事件、29年の4・16事件によって、日本共産党は組織の中枢から影響下にあった大衆団体にいたるまで、ほぼ完璧にたたきのめされてしまった。かろうじて弾圧を免れた数名の党員によって中央部が再建されたが、彼らはいずれも経験に乏しく、理論水準も低かったため、いたずらに革命的情勢の切迫を強調して武装メーデーなど極「左」冒険主義的行動に走り、自滅していった。
 とある。
 さらにp142には、こうある。
 では日本共産党は「満州事変」の勃発に際して、どのような闘いを組織しようとしたのか。機関紙『赤旗』はただちに、この軍事侵略にかけた支配階級の意図を暴露し闘いに立ち上がることを呼びかけた。しかしその内容は「日本帝国主義の現在の領土拡張戦争は、帝国主義列強によるソビエト同盟に対する戦争の前哨である」とし、「ソ同盟擁護のために闘え!」と叫ぶものであった。そこにおいては、土地を奪われ生命の危険にさらされた中国人民と連帯して闘う視点や、出兵に駆り出され膨大な軍事費の負担と軍需生産のための強労働に苦しむ民衆の立場は軽視されている。
 そして実際にやったことと言えば、東京では江東地区の80名ばかりの失業者が銀座でデモをやり、いくtかの工場に反戦ビラをまき、東京北部の小さな化学工場と芝浦照会所の現場集会で反戦決議をおこない、その他全国いくつかの地点で戦争に反対するビラや檄を配布し、伝単(ステッカー)を電柱や工場の塀に貼り付けたことぐらいしか確認できない。

 
 とのことである。要は、反戦の理由が「ソビエト同盟(ソ連)の防衛」のためであり、「帝国主義戦争を内乱に」でも「革命的祖国敗北主義」でもなく、また現代における「戦争絶対反対」でもなければ、国益的に「負ける戦争には反対」というものでもなかった。また反戦の行動もほんの限られた一部の行動に過ぎなかったのである。本論は続けて
 このように「満州事変」勃発に際して、日本共産党は大衆的反撃を組織することができなかった。その時期の『赤旗』や全協機関紙『労働新聞』の紙面は、日本帝国主義の中国侵略戦争の開始に抗議し反対する闘いよりも、11月7日のロシア革命記念日闘争の成功を訴える記事の方が目立つくらいである。(中略)
 日本共産党は〈戦争〉という革命の最大の契機をとらえて日本帝国主義打倒に向けての大衆行動を組織する任務を放棄し、ただ一般的に資本主義に反対する立場に立って、あらかじめ決められたスケジュールにしたがい街頭カンパニアを繰り返し、その延長線上に革命を語るという待機主義的日和見主義に支配されていたのである。
 このようにして、「満州事変」に対し日本共産党は”不戦敗”に終始したが、このことあ2年後の大転向時代到来の遠因となった。

 「大転向時代」についてはまた別途書くとして、かような体たらくであったのである。この後、共産党指導部は弾圧・解体、再建を繰り返すものの、1935年3月4日に袴田里見が検挙され、中央部は消滅してしまう。よってこの後の日中戦争や、アジア太平洋戦争に組織として反対することなぞ、できなくなってしまうわけだ。

 共産党が「弾圧」された理由は、ひとえに「共産主義」を実現するための「革命政党」であったためである…治安維持法は「私有財産の廃止(資本主義の打倒)」と「国体の転覆(革命)」を取り締まっていたわけだから…そして共産党が壊滅した後に、反戦を訴える者を「共産主義者(アカ)」呼ばわりして、治安維持法でもって弾圧したというのが本当のところだ…これが「共産党」=「反戦の党」伝説の下になっているのだと思う。

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日本版海兵隊沖縄配備計画を阻止しよう!

 日本版海兵隊が沖縄に配備されるという…Y!ニュース朝日新聞より
日本版海兵隊、2020年代前半に沖縄へ 米部隊移転後
 陸上自衛隊に離島防衛の専門部隊「水陸機動団」(日本版海兵隊)が来年3月、新設される。防衛省はこの部隊を当初、長崎県の相浦(あいのうら)駐屯地をはじめ九州に置くが、2020年代の前半には沖縄県の米海兵隊基地キャンプ・ハンセンにも配置する方針を固め、米側と調整に入った。在日米軍再編に伴って沖縄に駐留する米海兵隊の一部が米領グアムに移転した後を想定しているという。
 複数の政府関係者が明らかにした。尖閣諸島に近い沖縄に置くことで、中国への抑止効果とともに、九州の南端以西の南西諸島で何か起きた際の展開を早める狙いがあるという。一方、沖縄にとっては、海兵隊の移転後に自衛隊が駐留することになり、「本当の基地負担の軽減につながらない」といった反発も予想される。(以下略)

 記事にあるよう「水陸機動団」(日本版海兵隊)は、離島防衛…すなわち島嶼防衛作戦に使われるのだが、これは上陸してくる敵を水際で撃退する部隊ではない。一旦敵に「占領」された島に強襲上陸し、奪還作戦を行うための部隊なのだ。
 小さな無人島ならともかく、住民がいる島でこのような「奪還作戦」を行う…事前に敵の占領部隊を空爆等で叩くことも想定されている…ことは、住民をも巻き込んだ悲惨な結果につながることは明白だ。まさに沖縄戦の再来である。

 酷いのは「米海兵隊の一部が米領グアムに移転した後を想定」というところ…これでは何のための「沖縄の負担軽減」なのか分からない。また、海兵隊がグアムに移転するということは、辺野古新基地建設は何のため?ということにもなるハズなのだが、これはキャンプシュワブや北部訓練場も含め、自衛隊「日本版海兵隊」が、これらの基地を使い、訓練・演習をバンバンするということに他ならない。
 また、今は島嶼防衛のためと言いながら、「集団的自衛権」の名の下、米海兵隊と共同作戦を行う、すなわち米軍と一緒に侵略戦争に出てゆくということも考えられる。

 日本版海兵隊の沖縄配備を阻止しよう!沖縄への基地負担増を許すな!沖縄戦の再来を阻止しよう!自衛隊は侵略の銃をとるな!virgo

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辺野古の海に活断層

 辺野古の海に活断層があって、基地建設に支障をきたすのではないかというお話し…ルう旧新報WEBより。
辺野古新基地工事海域に活断層か 識者が危険性指摘
 名護市辺野古の新基地工事海域に「活断層」が存在する可能性があることが24日までに分かった。防衛庁(当時)が2000年に作成した「代替施設建設協議会」資料中の「海底断面図」で50メートル近く沈下した落ち込みがある場所が記されている。琉球大学名誉教授の加藤祐三氏(岩石学)は「落ち込みが比較的新しい時期にできていれば、海底に活断層が伸びている可能性がある」と指摘した。新基地予定地近くの陸上部には「辺野古断層」「楚久断層」という2本の断層が存在する。その断層の延長線が海底の急に深くなる谷や斜面部分につながっている。さらにその先に防衛庁が示した落ち込み部分が重なっている。活断層は過去に地震を起こした形跡があり、将来も地震を起こす可能性がある断層で、基地建設の場所に適するか疑われる。25日で辺野古での護岸工事着手から半年を迎えた。(中略)
 防衛局は2~4月、大型特殊船「ポセイドン」で工事海域での地質調査を実施したが、いまだ結果を公表していない。
 加藤氏は「活断層の可能性を否定するなら、国は早急に調査資料を公表し説明すべきだ」と話した。また、工事海域には、空洞が多く軟弱性が指摘される「琉球石灰岩」も分布している。加藤氏は「いかにしっかりした基礎工事をしても直下で活断層が動き地盤がずれれば、上にある施設は破壊される」と危険性を指摘した。
(仲井間郁江)


 実はこの話、22日に大阪で行われた奥間さんの講演でも話題になっていた。で、奥間さんはこの間、内地を行脚して講演されているので、話を聞いた人にとってはぴったりな記事である。

 では、基地建設現場に活断層はあるのか?

 ポセイドンの調査は、おそらく音波探査なのだろう…その地質調査で地層のずれ、断絶を確認することは可能であるが、それが活断層、十数万年前に活動し、近い将来動く可能性があるかどうか判断することはなかなか難しいのである。
 活断層であるかどうか?ということは、記事にあるような地球科学系の学者なんかが、過去の文献等の調査結果もふまえ、総合的に判断しているのが現状だ。
 ただ、陸上に活断層がある場合、それが海まで続いているだろうというのは、ある意味当然の判断である。海中の場合、地形が分からないこともあって、推定されている大概の活断層は陸上にある…というより、海岸で切れていることになっている…が、海底の地形から判断して、陸上の活断層が海中に続いていると判断するのは自然なことである。

 では、活断層があれば基地建設は出来ないのか?

 実は日本において、活断層のそばに「重要構造物」を作ってはイケナイという規定や法律はない…ただ阪神淡路大震災以降、活断層に対する意識や知見が上がった結果「なるべくは避けましょうね」という判断は働く。
 だが、「絶対に壊れてはイケナイ」原発と違い、土木構造物においてどこまで活断層を避けるかどうかは、その構造物の重要性(代替手段があるかどうか)や、対策の経済性に左右される…極端な話、活断層が動いてぶっ壊れても、また修理できれば、そして対策をするより、そちらの方が経済的であると判断されるならば、活断層近傍に構造物を構築することも有りである。

 おそれく防衛局は最終的にこのような「判断」をすべく、今調査結果を眺めて頭を抱えているというのが本音だろう。

 ただ奥間さんによれば、米軍基準では、米軍基地は活断層はNGなんだそうな。だからこのネタは、対米交渉等に使えそうだということらしい。

 とりあえず活断層ネタは、あまり重要なアイテムにはならず、参考資料として考えたほうが良い。

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萩原富夫さんと交流会他

 10・8三里塚全国集会の後、「三里塚勝手連」で共産同統一委員会さんのプレハブ小屋におじゃまして、そこで開かれた反対同盟の萩原富夫さんとの交流会に参加してきた。

 集会場から車に乗って数十分?多古町の畑をうねうね巡った住宅地の奥に、プレハブ小屋はあった。
 そこの集会室でしばらく休憩した後、5時頃から交流会が始まった。参加者は私や草加さん、勝手連で初めて「北原派」の集会に来たという方、その他統一委の皆様方、初めて三里塚に来たという若い人が3名…うち一人は大学1年生で、中学時代には「ネトウヨ」をやっていたという、多彩なメンバーがそろっているhappy01

 萩原富夫さんは、1967年生まれの佐賀県出身、80年代に法政大学(二部)でサークル活動とかやりながら、88年に初めて三里塚に来たとのこと。その後、援農等の支援として三里塚に関わる。2003年から萩原進さんの家に「婿入り」して以降、農民・反対同盟員として三里塚闘争に関わって来た。
 だからお話しは、農民として三里塚をどう闘っていくか?ということが中心だった。
 
 農業は基本、年に1回しか出来ない…そこは工業製品の「効率」とは違う…だが、毎年、工夫がある。また、いろんな作物を作っていると、ある年、ある作物がダメでも、別の作物でカバーできる。そこが「家族農業」の強みである、とゆうような話が印象的だった。
 あと、「義父」の萩原進さん、やっぱり一徹で厳しいお方だったそうですcoldsweats01

 ざっくばらんなお話、交流会を8時過ぎぐらいまで行った後、また車に乗って京成成田駅まで…ここから東京方面への帰路につく。

 車内では「勝手連」つながりの統一委の方とお話し…「情況」の表紙に「萌え絵」もどきを使っていろいろ批判されている(確かにこれは「萌え絵」ではない…「もどき」なのに批判される要素…例えば肌の露出とか…はしっかり入っているのが問題)話とか、関西に移り住んだ園良太君の活躍とか…
 彼に言わせれば「誰か園良太君を、止めろ!」ということ…なぜか?彼は一人でなんでも仕切って、スケジュール帳が真っ黒になるまで「課題」を詰め込み、体を壊して倒れてしまうとのこと。なるほど、確かにそうゆう危険性はあるなぁ~でも、どうやって止めるんだsign02

 とりあえず、JR山手線との乗り換え駅、日暮里で解散…お疲れ様でしたvirgo

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呼称は「朝鮮」でいいわけだ

 園良太君はアジ演説で「朝鮮」を使う…
 「朝鮮のミサイル…」「朝鮮への敵視政策…」「朝鮮への蔑視…」等々だ。

 これについて、「おっ、やるじゃないの」と思っていたのだが、先日改めて理由を聞いてみた。
 曰く、日本で人々は「北朝鮮」を「何をするか分からない…」「何を考えているか分からない…」と、蔑視的に使っているのではないか…それが「北朝鮮」に対しては、何をしてもいいんだという「差別」につながるのではないか?

 おおむね、こんな意味だったと思う…ああ、なるほど~と思ったなぁ~

 確かに朝鮮半島とそこに住む人々を代表する「国家」は、悲しいかな分断されて南北に2つある…「大韓民国」と「朝鮮民主主義人民共和国」だ。
 南の「大韓民国」については、略称の「韓国」という呼称が市民権をえている。また日帝に植民地支配される前は「大韓帝国」であり、「韓国」は「国号」として使用されて来たものだ。
 対して「朝鮮民主主義人民共和国」は、「朝鮮」という、これまた過去にあった国号(李氏朝鮮)、あるいは日帝植民地化での地域名に、「民主主義人民共和国」をつけたものだ。だから単純に「朝鮮」で良いわけだ。

 「北朝鮮」という呼び方は、いかにも「分断」かつ「中途半端」感、「非正当」って感覚がする。この感覚が、日本の「北朝鮮について、何を言っても良い、やっても良い」感につながっているのかも知れない。

 ただ、左翼の場合、ちょっとややこしい「歴史」がある…
 1980~90年代ぐらいまで、「左翼」は「韓国」を認めていなかった…韓国のことは「南朝鮮」あるいは「南朝鮮・韓国」とゆうふうに呼んでいた…それに対する朝鮮半島の北側の政権が「北朝鮮」である…ここでは(いちおう左翼の頭の中では)北も南も「対等」である。
 だが現在、左翼も「韓国」を認めている…とすると、朝鮮半島の南側を代表する政権は「韓国」という正しい略称を使うのに、北側を代表する政権にわざわざ「北朝鮮」という不正確な略称を使うのは、オカシイといえるのではないだろうか。

 「朝鮮民主主義人民共和国」に、北という意味は全くない…素直に略せば、「朝鮮」で良いはずだ。

 また、「朝鮮民主主義人民共和国」においては、政権が全く民主的だはなく、人民の利害を代表していない…だからそこに住む人々と、政権とはっきり区別しなければいけない…安易に「北朝鮮」とひとくくりにしてしまうのではなく、政権を批判するのであれば「朝鮮労働党は…」とか「金正恩は…」というやり方をすればいいわけだ。
 
 英語圏では単純に「NORTH KOREA」「SOUTH KOREA」と略している。ちなみに韓国では、北の政権を認めていないので「北韓」と呼んでいる。

 とりあえず私は、「朝鮮」という呼称を使おうと思う。

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市民は野党の応援団ではない!

 昨日は安倍はやめろ!梅田横断デモ に参加してきた。扇町公園に6時集合、そこからちょこっと集会をやって、デモでありますッ!
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 梅田解放区では、麻生の「武装難民が来たら、射殺する!」発言を重要視して、急遽「麻生はやめろ!」スローガンもいれたということ。
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 公園はこの時間帯、なぜかいろんな集団がダンスパフォーマンスの練習にいそしんでいた。
Dsc08194
 集会はちゃっちゃと切り上げて、デモに出発…扇町通りを西に、梅田に進撃!

Dsc08196
 新御堂筋高架道路の下を歩く…土曜の繁華街は人でいっぱい…すごく注目を浴びたぞhappy01

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 そのままHEPファイブになだれ込み、「梅田解放区」の街宣に入る…

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 いぁや~やっぱりデモやってから、街宣って盛り上がるわ…街の雰囲気もエエ。
 安倍の「デタラメ解散」と、小池・前原の「わけわからん新党」に怒ったり、嫌気を持っている人はいるんだなぁ~と思う…そんな感じ。

 HEP前解放区街宣は、夜の8時頃に終了…その後、このあたりで座り込んで「第三のビール」を飲みながら総括会議…というか、話し合いがもたれた。

 ということで、園良太君と直接話ができた…

 いろんな話題が持ち上がったが、東京から来た園君には、大阪の繁華街で街宣して、言いたいことを言えるのが新鮮らしい。東京にはないスタイルなんだそうな。
 東京はどうしても「政治の中心地」なので、大きな集会やって、エライ人を呼んで…ということになる。
 そうじゃなくて、街頭や職場でいかに運動をつくっていくか?ということを大切にしないとイケナイ。これは彼の自論でもあり、私も大いに賛成するものだ。

 あと市民運動が2015年以降、「野党の応援団」化したことが、今回の「前原裏切り」事態で狼狽えるということを招いたのだ、とも…「野党を応援する」のではなく、自分たちの要求を「野党に突き付ける」、その根拠が街頭行動なのだということだ。

 なるほどなぁ~ あと、大阪の「維新との闘い」の積み上げも、園君は評価していたぞ。

 その他、仲間から「維新・橋下」流のやり方を、安倍も小池も踏襲しているんだ…という意見も。第一次安倍政権で、安倍はまがりなりにも「説明」しようとはしていた…しかし第二次安倍政権では、説明しない、はぐらかす…これは橋下の手法を取り入れたのだと…

 橋下・維新も倒さないとなぁ~

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 オレンジ色のシャツは、森友問題を追及する、豊中市の木村真議員。

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「小池新党」は全く評価しない!

 さて総選挙情勢下、東京都議会選挙で自民党を「打倒」した小池百合子東京都知事が中心となる「小池新党」…「希望の党」が発足した。Y!ニュース朝日新聞より
「寛容な改革保守政党を目指す」小池知事、綱領を発表
 新党「希望の党」は27日、東京都内のホテルで結党の記者会見を開いた。代表の小池百合子・東京都知事は「日本をリセットするために希望の党を立ち上げる。しがらみのない政治、大胆な改革を築いていく」と表明。「寛容な改革保守政党を目指す」などとした党の綱領を発表した。
 記者会見には、これまで結党準備を進めてきた小池氏に近い若狭勝衆院議員や民進党を離党した細野豪志衆院議員など14人の衆参議員が出席。小池氏は冒頭、「今、この時期に日本をリセットしなければ、国際間競争、日本の安全保障などを十分、守り切れない」と強調した。
 安倍晋三首相の衆院解散表明について、小池氏は「東アジア情勢がきわめて厳しいなか、政治的空白が良いはずはない」と改めて批判。「(衆院選は)改革のチャンスだ。国民の声をしっかり受け止める」と述べた。衆院選後に行われる首相指名選挙への対応については、選挙後に判断する考えを示し、「あくまでも都知事として、この戦いに臨んでいく」と述べた。
 綱領では、(1)寛容な改革保守政党を目指す(2)「しがらみ政治」から脱却(3)国民が希望と活力を持って暮らせる生活基盤を築く(4)平和主義のもと、現実的な外交・安全保障政策を展開(5)ワイズスペンディング(税金の有効活用)の徹底(6)国民が多様な人生を送ることのできる社会を実現――と六つの柱を掲げた。
 希望の党は今後、衆院選の公約づくりの一方、候補者の擁立作業を急ぐ。
■希望の党の綱領
 我が党は、立憲主義と民主主義に立脚し、次の理念に基づき党の運営を行う。常に未来を見据え、そこを起点に今、この時、何をすべきかを発想するものとする。
(1)我が国を含め世界で深刻化する社会の分断を包摂する、寛容な改革保守政党を目指す
(2)国民の知る権利を守るため情報公開を徹底し、国政の奥深いところにはびこる「しがらみ政治」から脱却する
(3)国民の生命・自由・財産を守り抜き、国民が希望と活力を持って暮らせる生活基盤を築き上げることを基本責務とする
(4)平和主義のもと、現実的な外交・安全保障政策を展開する
(5)税金の有効活用(ワイズスペンディング)の徹底、民間のイノベーションの最大活用を図り、持続可能な社会基盤の構築を目指す 
(6)国民が多様な人生を送ることのできる社会を実現する。若者が希望を持ち、高齢者の健康長寿を促進し、女性も男性も活躍できる社会づくりに注力する

 掲げられた綱領、特に(1)の「社会の分断を包摂する…云々」や(6)「国民が多様な人生を送る…」など見る限り、保守でありかつ前原民進党路線に近い物があると言えよう…あえて言えば「保守リベラル」色が強い…また綱領はかなりざっくりとした感じである。来週発表される総選挙における公約をみないと、なんとも言えないところはある。

 これまでの「小池新党」へのいきさつを見て、判断すると…小池氏はこの度「リセット」という言葉を多用している…が、党建設!において中心となって来た若狭氏や細野氏の議論をリセットして、自らが代表になったという経緯がある。(このへんの記事)新党は綱領・公約から党運営まで、小池氏の要望や意向が反映されるものになるだろう。ましな言い方をすれば、小池氏が全てを決める「中央集権型の党」、悪く言えば「私党」である。ブログ社会運動・阪神さんは、「党内民主主義のない、独裁者の党」と呼んでいる。

 小池氏は「政界渡り鳥」と揶揄されてきたように日本新党、新進党、自由党、保守党、自由民主党と5つの政党を渡り歩いている。ただ政界入りは92年であり、自民党には2002年に入党しているから、最終的には自民党政治家としての経歴が長い。この頃の自民党は「小泉改革」の真っ最中…古い自民党がぶっ壊れ、新自由主義と歴史修正主義の王道を行く政治である。小池氏はこの中に14年間、身を置いていたわけだ。さらに言うと90年代に小沢一郎氏が仕掛けた「政界再編」とは、新自由主義的改革をいかに進めるかという競争もあったから、小池氏の政治信条は基本的に「新自由主義」と考えて間違いない。

 小池氏は東京都知事として、豊洲市場移転問題に取り組んだ…しかしその解決策は、築地を残しながら豊洲移転を進めるといった玉虫色のもの、しかもその意思決定過程が文書に残されていなかった。その理由は「私が決めたから…」と、思わず口をあんぐりな理由…これが「情報公開」を進めていくとは、恐れ入ったものだ。
 さらに改憲論者であり、歴史修正主義との親和性も高い小池氏は、東京都知事として韓国人学校に貸与する予定の土地についてその約束を白紙撤回したのみならず、今年9月には関東大震災で虐殺された朝鮮人犠牲者に対し、東京都が追悼文を送っていたのを取り止めるという、差別排外主義的なことを行っている。一見「リベラル」な政策を掲げながら、このような排外主義的政策をある意味堂々と実行するこのような人物を、信用するわけにはいかない。

 信用するわけにはいかない人物が「独裁的」に率いる小池新党「希望の党」…こんなモノに希望を託してはならないvirgo

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