かくめいのための理論

2000万円足りない年金問題について(前篇)

 本日、都内で「年金返せ」デモが行われた…Y!ニュース毎日新聞より
都内で「年金返せ」デモ 報告書・麻生氏受け取り拒否など受け
 夫婦の老後資金に関する金融庁の金融審議会市場ワーキンググループ(WG)報告書を巡り、麻生太郎副総理兼金融担当相が受け取りを拒否したことなどを受け、政府の年金政策に抗議する「年金返せデモ」が16日、東京都内で開かれた。
 デモには主催者発表で約2000人が参加。千代田区の日比谷公園から6グループに分かれて銀座方面へとデモ行進し、「生活できる年金払え」などと気勢を上げた。
 参加した女性(50)は「(政府の姿勢に)とにかく怒りでいっぱい。くらしを守るよう、みんなの声で変えたい」と訴えた。年金受給者の男性(68)は「報告書を受け取らず、無かったことにしようとしている。フェアではなく、許されない」と話した。【山下浩一】
 
 老後に「年金が足りない」から2000万円貯蓄しておくよう…という元ネタの報告書は金融審議会 市場ワーキング・グループ報告書「高齢社会における資産形成・管理」pdf というもので、要するに「少子高齢化社会なので、民衆にどんな金融商品を売りつけたらエエか?」ということを考察したもの。51ページで内容も特に難しいことを書いているわけではない。(これをロクに読んでいない麻生財務大臣は、よほど文章を読むのが大嫌いなのだろう)で、問題の部分には、こうある…p8~p10にかけて(図もある)
(2)収入・支出の状況
ア 平均的収入・支出
 わが国では、バブル崩壊以降、「失われた 20 年」とも呼ばれる景気停滞の中、賃金も長く伸び悩んできた。年齢層別に見ても、時系列で見ても、高齢の世帯を含む各世代の収入は全体的に低下傾向となっている。公的年金の水準については、今後調整されていくことが見込まれているとともに、税・保険料の負担も年々増加しており、少子高齢化を踏まえると、今後もこの傾向は一層強まることが見込まれる。
 支出もほぼ収入と連動しており、過去と比較して大きく伸びていない。年齢層別に見ると、30 代半ばから 50 代にかけて、過去と比較して低下が顕著であり、65 歳以上においては、過去と比較してほぼ横ばいの傾向が見られる。
60 代以上の支出を詳しく見てみると、現役期と比べて、2~3割程度減少しており、これは時系列で見ても同様である。
 しかし、収入も年金給付に移行するなどで減少しているため、高齢夫婦無職世帯の平均的な姿で見ると、毎月の赤字額は約5万円となっている。この毎月の赤字額は自身が保有する金融資産より補填することとなる。
 で、ここに問題のグラフが来て…p16に
(2)で述べた収入と支出の差である不足額約5万円が毎月発生する場合には、20 年で約 1,300 万円、30 年で約 2,000 万円の取崩しが必要になる。
 と書かれているのが問題になっている。で、毎月の赤字額5万円の根拠となっている「高齢者無職世帯(夫65歳以上、妻60歳以上の夫婦のみの無職世帯」(出典)第21回市場ワーキング・グループ 厚生労働省資料)では、収入が年金収入も含めて209,198円(年金と思しき社会保障給付が19万円ぐらい)、支出が263,718円となっている。なお、一般のサラリーマンと専業主婦の「標準世帯」でもらえる年金額が22万円と言われているので、それよりも若干低めの収入ってわけだが…
 それでも結構あるやん!ってのが、私の感想だ。
 前にも書いたが、私の父母は父親の会社は厚生年金に加入してなかったので、公的年金は一切もらっていない!代わりにバブルの頃にあった保険商品…1度に大金を掛けて振り込むと、一定額を終身でくれるという保険(今、そんなおいしい保険商品はない)に加入し、二人で年額150万円ぐらいで生活していた…月当たり12万5千円である。(実際は年に私や兄が30~40万円補助していた…+40万円だとしても月当たり15万8千円である)ちなみに国民年金だけだと、満額でも一人当たり6万円強ぐらいだそうなので、夫婦二人で12万5千円というのは、国民年金のみもらっているのと大体同じになる。

 父母がどのくらい貯蓄があって、いくら取り崩したのかは分からないが…月に20万もらう、あるいは26万円も支出できるならば…かなり贅沢が出来たのでは?と思うぞ。山海の珍味とまではいかずとも、美味い肉を食って、外食して、年に1回、旅行に行って、夏冬はエアコンをバンバンかけて…いぁや~「平均」って、オソロシイわ❗❗

 実際のところ、父母は特になんの趣味ももたず、旅行にも行かず、外食もしない…大病で医療費がバンバンかかったわけでもないし、介護も必要なかった。(今、母親はちょっと訪問看護師さんに来てもらっているが、それにかかる費用は私が持っている)テレビはBSもつけず、携帯電話も持たずネットもやらず、本も買わず、新聞以外に定期購読するものはナシ…
 そのかわり、持ち家だから住居費はとても安い固定資産税のみ、車もってないから、保険料等の維持費もいらない…というところもあるが…
 
 問題は「健康で文化的な生活」水準のため、どのくらい年金収入が必要か?それは年金で保障されるのか?ってことだろう。
 
 先ほど、国民年金では、満額で6万円ほど…と書いた。これが「生活保護」だと住宅扶助とかも含めれば、もっと出る…実際問題、一人暮らしで賃貸住宅に住んでいて、月に6万円しかもらえなければ、それだけでアウトだ!家賃でほぼ年金がふっとんでしまう。若い人の中には、年金払っても将来「もらえない」「減額される」というのであれば、生活保護のほうがマシだと考えている人もいるのである。

次回は、もう少し詳しく見てみよう。

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「資本逃避阻止政策」の必要性

 先日のさすがにこう書いちゃうとマズいでしょ!記事を書いてから、資本主義の終わり論2の管理人さんと話をする機会があり、真意をお伺いすると…当然「最低賃金を上げることを否定しているわけではない」との返答をいただいた。その上で、物価統制(物価上昇阻止)と資本逃避阻止政策をとる必要がある…とのことだったので、それを紹介することにする。
 
 日本国籍の資本のうち、逃げ出したいと思っている資本はとっくに逃げ出しており、実態がある日本籍の資本は今更日本からは逃げ出さない…ただ、日本にいる海外の金融資本(貸付貨幣資本)は、イザとなれば(最低賃金増大等の「ケインズ政策」をやりだせば)逃げ出す。正確なデータは分からないが、そのような資本は貸付金融資本の2割ぐらいであろう。この2割ぐらいの資本逃避を阻止することが、日本経済を当面維持するために必要なことだ。なぜなら2割もの金融資本が出て行ったら、「需要・供給バランス」以外の、資金ショート、焦げ付き等で企業倒産が増大するからだ。
 最低賃金は「法律」で定めるが、資本主義経済において経済は資本家が握っているので、法律の制限外では資本家は好きにやることが出来る…法律で最低賃金の2倍をのめば、資本家は商品価格を3倍にするだけだから、それを阻止する手立てを考えていなければ、絵にかいた餅よりも悪いことになる。

 その上で、私が必要な仕事は「資本が逃げてなくなったとしても「公的資金」を出してでも業務は続けなければならない」と書いたことに対しては

 「公的資金を出す」ことは、安倍やこれまでの自民党がやってきたことと同じこと(再生産表式で言えば、部門Ⅱにお金を投入すること)で、危機を呼び込むことになる。公的資金は架空資本であり(特に国債日銀引き受けで、あたかもお金を刷ったように発動すればなおさら)実体経済の制限を受けないので、インフレが一気に進む可能性がある。だからそうならないために事前に手を打っておく必要があり、それが物価統制と資本の海外逃避を阻止する政策である。もちろんこれは資本主義の枠内での話であって、革命につながるものではない…革命のためには、条件抜きで公的資金を投入する方が危機がより早く爆発するので好都合かもしれないが、松尾匡氏らもそこまでは考えてないだろう。 
 労働運動で「賃上げ」を要求する時は、目の前の資本と対決している。この場合、資本は逃げないか、あるいは潰れたとしても彼らの資産を労働債権として分配することが出来る。それに対し、政治の世界で政権取ったら「(最低)賃金を上げる」≒「新自由政策をやめてケインズ政策をとる」とする場合、資本の反乱・逃避をおさえこむ政策を強力に推し進めないと、最終的に経済が破綻して民衆の期待に応じることが出来なくなる…それでは元の木阿弥でしょう。

ということである。
 これについては、まぁ、そんなものでしょうね…と言える。
 資本逃避に対する強力な罰則等を抜きに「税金は、金持ちから取れ!」と、資本家からの収奪を宣言しても始まらないわけだ。

 あと資本逃避を防ぐ方法として一つ考えられるのは「世界同時ケインズ政策」だろう…日、米、欧と全世界で資本がイヤがることをやれば、結局どこに逃げても同じになるからだ。タックス・ヘイブンのようなところに逃げても、資本は投資しなければ儲からない…市場のないところに逃げてこもっているわけにはイカンのだ。ひぇ~…これって「世界同時革命」と同じぐらい難しいぞ❗

 どうする、山本太郎⁉

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さすがにこう書いちゃうとマズいでしょ!

 今月の「資本主義の終わり論2」先月号(拡大再生産表式)の続き を読んで驚いた!松尾匡氏らの理論批判を批判するための展開で、その中身はともかく、こんなことが書かれている。
 需給論で考えると 不況は需要がたりないからだと考えられるので 例えば 消費者の購買力を増やすために最低賃金を2倍にするとします。だが それを発表した途端に 物価は2倍になり、貸付貨幣資本(金融資本)は海外に逃避します。賃金が上がる前に物価は2倍になり、民衆の生活は那落の底に突き落とされるだけでなく 国内の貸付貨幣資本(金融資本)は海外逃避で減少し、企業倒産は一気に増大します。最低賃金を2倍にする前に物価の統制(固定)と貸付貨幣資本(金融資本)の海外逃避を阻止することが絶対的に必要なのですが 「最低賃金を○倍に」と主張している人でこのことを明確にしている人はいません。需給で考えている限り 資本を規制することはできないし、資本の論理に勝てないのです。
 言いたいことは分からいでもないが、賃金を上げると資本は海外に逃避し、企業倒産は一気に増大します…とは、もろに賃上げを否定する時にブルジョワがよく使う言葉じゃないのか❗ブルジョワが使う言葉を使って、労働者の「賃金を上げろ!」という要求を完膚なきまでに否定するのは「マルクス主義者」としてやってはイカんでしょ❗
 正確な情勢認識を持ってもらうと、今「最低賃金を2倍に上げろ」などという大胆・太っ腹な主張を掲げている人たちはいない。最高で時給にして1500円、当面は最低賃金時給1000円にしろ!というのが、労働者階級の「ささやかな」要求である。時給1000円になっても、8時間労働では8000円/日、4週6休で月24日程度働いたとしても、月収19万2千円、年収で230万円程度である。これに税金や社会保険料が加わるし、持ち家でなければ家賃も数万円/月にかかる…はっきりいってカツカツだ。
 「賃金が上がる前に物価は2倍になり…」と書かれているが、ここ3年、最低賃金は毎年3%引き上げられているにもかかわらず、物価は3%も上昇していない❗(ただし食料品はちょこちょこ上がっているが、これは輸出産業を支えるための円安政策が効いているのだろう)…ぶっちゃけた話、日本の「過剰生産能力」は最低賃金がたかだか1000円から1,500円になったくらいでは、どうってことないのである。
 さらにいうと、今日本で最低賃金で働いている人たちというのは、主に保育、介護、建設、物流といった、日本国内で本当に必要とされていている部門で、国内(にしかない)需要を相手にしている人たちである。資本が「逃避」しても仕事はあるし、またなんらかの形でそれらの仕事はしなければならない。これらの部門はいわば人手不足でもあり「資本が逃げない」ように!?外国人を低賃金で働かせようとする動きが進められているが、必要なのは外国人労働者の導入ではなく、最低賃金を引き上げることだ。(「薔薇マークキャンペーン」マニュフェスト(pdf)でも「国内で⾏われている「外国⼈技能実習」名⽬の外国⼈奴隷制度や、それと同様の制度は廃⽌します」とある。)単純に資本は外国に逃げないし、逃げてなくなったとしても「公的資金」を出してでも業務は続けなければならない。

 5月には資本家・ブルジョワジーの側から最低賃金の上昇について音を上げる発言が繰り返された…5月20日には経団連会長 最低賃金の上げ幅は慎重な議論を(NHKニュース)とあるし、23日には中小企業団体である日商会頭”最低賃金千円”反対意見表明へ(Yニュース、日テレ)とある。最低賃金を上げることに、ブルジョワがこれだけ悲鳴を上げているのだ。しかし前者については内部留保型が製造業は153兆円、非製造業で293兆円もためこみ、自らも年に2億4300万円もの高額報酬を受け取っているヤツが何を言っているんだ!ふざけるな!の世界であるし、後者についても例えば大企業との取引が労働者にまともな賃金を払えないようなものであれば「関西生コン型労働運動」、協同組合方式で対等な取引を要求するといった「対案」も用意する必要がある…もちろんこれは「資本主義の根幹をゆるがす」ものである。

 最低賃金の上昇要求を貶めてはならない。確かに法律で「最低賃金」を決めることは労働運動で賃上げを勝ち取ることとは違うことであるが、最低賃金を決める法律の背後には、民主主義の元に結集した多くの労働者がいるのである(そうでなければ法律は成立しない)…まずしっかりと、最低賃金は時給1000円→1500円!を掲げようではないか!

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松尾理論の問題点(その4)…未来社会はどうする?

 「そろそろ左派は…」本批判の最後。そろそろこの本とのおつきあいも一段落させたい。彼の未来社会への変革は、漸進的なものであると考えているようだ。
 だから、どっかでカタストロフが起こって、それで劇的に社会システムが変わるっていうのではなくて、目の前で、そういう次の社会システムにつながるような、階級的な抑圧関係のないような生産関係をつくっていきましょう、っていう話になると思うんです。最近、マルクスの展望した将来社会は「アソシエーション」と呼ぶのが流行っていますが、まずは草の根から、地べたの個々人の手の届く範囲から、アソシエーション的人間関係をつくっていくということです。
 具体的には、従業者や利用者に主権がある協同組合なり民主的なNPOなりのつながりあいが発展していくとか、あるいは普通の資本主義関係の中でも、労働組合とかが発言力を強めていって階級的な支配関係を変えていくっていうね。そんな感じの、日頃の日常の生産のあり方を身の回りから変えていく取り組みが拡がって言って…っていうイメージの社会変革論なんです。資本主義体制を根本的に変える上部構造の革命は、100年後か200年後か、土台の変革が十分成熟したあとにくるという展望になります。(p282)

_00011_2   ケインズ政策によって、資本主義の成長が需要・供給の差がありつつもダラダラと続く…図のようなイメージでおれば、上記のような「革命論」になるのもやむを得ない…革命は、我が身が生きている間には起こらない(だろう)…サンダースにしろ、オカシオ・コルテスにしろ、コービンにしろそう考えているだろう。薔薇マークキャンペーン に賛同する左派の皆さんの多くもそうだろう…60~70年代に「自分の目の黒いうちに革命やるんだ!」と決意して、革命的なんちゃら同盟ほにゃらら派なんぞに結集した方々とは違うわけだ。
 だから、革命的なんちゃら同盟的な方が「松尾匡は革命を彼岸に追い払っている!」と批判・非難することはやむを得ないにしろ、おそらく批判は交錯しない。

 それはともかく…これまで述べてきたとおり、ケインズ政策によって資本主義・帝国主義の矛盾は解決されない(だからヒトラーは「ケインズ政策」をやりつつ、世界大戦に突入した)し、リーマンショックのような金融危機も防げない。だから「斬新的」に進む準備をしつつも、急進革命の準備はしておかなければならない。はやい話が「アソシエーション(あえてこの言葉を使う)」を準備しつつある組織…NPOだろうが労働組合だろうが協同組合だろうが…は、階級的な支配関係を変えていきながら、生産・管理を自らの手で行っていかなければならないし、その準備をしておかなkればならない。なぜなら危機で資本主義がクラッシュした時、現世界で生産をつかさどっている「ハズ」の資本家どもは、逃亡するからだ。

 一方、松尾氏はこうも述べている。
 でも、不況下だと仮にそういう労働者協同組合みたいなものができたとしても、経営が苦しくなって簡単に「ブラック協同組合」になってしまうんですよ。だから、社会を変えていくといっても、やっぱりまず目の前の不況をなんとかするということを考えなければいけないと思います。
 この「ブラック協同組合」(労働条件等が悪質な企業・経営とかを「ブラックなんとか…」と表現することの是非はさておき)の話は、本当にシャレにならない。(生産)協同組合運動をやっても、運営が民主的でなく、かつそこで働く人がだれも幸せにならない…こんなのが「左派」が運営するヤツでもちょこちょこみられて破綻する、信用も無くすってのが、本当にある。「協同組合」が生き延びるためには、国・行政からお金を引っ張ってこなければならないことも多々あって、そのための財源は「ケインズ政策」で引っ張って来るしかないわけだ。

以上、松尾匡流・息継ぎ政策の紹介と批判は終わり!

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松尾理論の問題点(その3)…資本Gにお金はまわさない

 松尾匡「ケインズ」理論への批判…ただしここらへんは、松尾氏が言っていることに対する批判ではなく、言っていないから問題だということ。
 「そろそろ左派は…」本において、北田氏が述べている 『資本論』の有名な「G-W-G’」という議論ですね。「G」が貨幣で「W」が商品、「G’」が自己増殖して増えた貨幣だという一般式。(p275)あたり。ま、なぜデフレになるか?論のところだ。松尾氏は、ケインズの一般理論の体系と言うのは、『雇用、利子および貨幣の一般理論」というタイトルで、叙述の順番もほぼそのとおりなんですけど、「雇用の原因は利子、利子の原因は貨幣」という順番になっています。それで最後の原因は「貨幣」なんだということになるわけです。(p275)と展開され、貨幣のもつ「流動性」を選好する…要するにお金で持っていると、資本として使える…そうすると増殖するので、人びとがお金を貯め込むようになる…それが不況・デフレの原因である。この記事 でも似たようなことを書いたが、展開は中途半端だ。その中途半端さは、マルクスにちょっと触れながら、マルクスを全然語っていないことによる。
 貨幣・お金を「資本として使うと、増殖する」のは、労働者を働かせてその剰余価値を搾取するから出来ることである。それがG-W-G’サイクルだ。さらには自分で生産に関与しない、労働者を働かせないで、利子だけ稼ごうとする金融資本が現れる…これはG-G’サイクルである。そして増やすためには、ただ持っているだけではダメで、資本として投下されなければならない…銀行に預金して貸し出す、あるいは株式を購入するといった行為が必要となる。このへんの説明を松尾氏は省いているので、非常に「中途半端」なオモシロくない論になってしまう。

 単に政府部門が需要を創出して「インフレ」にしようとすれば、インフレに対する期待が上がり、将来は貨幣価値が目減りするとみんなが考える…だから人々は「お金」で持っておこうとはせず、モノを買うのでデフレは解消する…とケインズ政策では考えるし、松尾氏もそのように述べている。
 だがケインズ政策、あるいは薔薇マークキャンペーン政策をより「革命的」に捉える、あるいは展開しようとするならば、資本にお金はまわさない…という視点が必要である。この記事のおまけでも書いた通り、G-W-G’あるいはG-G’の最初のGに、お金・通貨を供給しないこと…これが利子を取ることで世界中を暴れまわる資本を規制する一つの方法なのだ。_0001_10

 需要不足で資本にお金が回らないから、政府部門が需要をつくりましょうというのは、最終的に資本にお金が行くので「規制」にはならないし、資本への「救済策」でもあるのだが、アベノミクスの最初の矢…異次元金融緩和…だけではダメな理由がある。それは中央銀行に国債を引き受けさせて作ったお金は、ほっておけば直接最初のGに回るからである。だから意図的に「人民のために」使わないとアカンのだ。
 加えて、富裕層から搾取・収奪する政策が大切なのは、富裕層がお金を持っていると、スグに投資・投機にお金が回る…直接最初のGにお金が回ってしまう。だから富裕層から「お金」を取り上げ、民衆のあいだで回すようにすることが必要となる。これは文字通り階級闘争である。

 松尾氏にはそういう視点がないので、マルクスの説明が中途半端となってしまうのである。本書のページ数等も含めた限界なのだろうが、せっかくG-W-G’式がでてきたのであれば、G-G’式も出して、生産もなにもせず利子だけ求める金融資本が基軸になっている社会を問題視し、それをぶっ飛ばす政策として(たとえ息継ぎ政策であったとしても)ケインズや薔薇マークを打ち出さないとアカンのである。

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絶対面白いぞ!映画「主戦場」

 日曜日、第七藝術劇場で従軍慰安婦問題を扱った映画主戦場を観てきた(^^)

  絶対に面白い!観るべし!
 ゆっくり行ったら、劇場は満員で立ち見でした。 

 否定論者・歴史修正主義者とそうでない人を交互に出演させる形をとりながら、歴史修正主義者を完膚なきまでに論破・粉砕している!監督・プロデュースした米国人、ミキ・デザキ氏に拍手です。
 例えば…
・慰安婦は「強制連行」されていない→ウソ、だましによる慰安婦募集は強制。
・慰安婦は「性奴隷」ではない。多額の金をもらっていた、買い物をしていた、自由があった→どれだけお金をもらっていようが、自由意志が奪われたかっこうで全人格を拘束されていれば、それは奴隷とみなされる…「雇い主の許可」のもとの「自由」でしかなく、自由意志が認められていたわけでもない。
・どこの国でもあった→アメリカだったら、軍人が組織的に売春行為をしていれば則、規制がかかり、売春所は閉鎖された。
・慰安婦の「証言」はころころ変わる→つらい思いをしていた人が「証言」すること自体、大変なこと。それに「本筋」は変わっていない。
・慰安婦は「公娼制」があったので、合法だ→当時日本が批准していた国際条約その他に違反していたので、違法。

 等々、慰安婦問題をまじめに学習した人にとって「常識」である事項を、否定論者の口から逆に語らせる手法をとっているわけで、これが「痛快」なんだな。

 それはそうと、日本の「右派」に人気のテキサス親父って、日本人のプロデューサー(藤木俊一)氏がいるのですな。ケント・ギルバート氏はちゃんと英語でインタビューの受け答えをしている。「新しい教科書をつくる会」の藤岡信勝氏が「国家は謝罪してはいけない」と言う場面にかぶせて、第二次大戦中に日系人を強制収用したことに対し、補償する法律を作った時にロナルド・レーガン大統領が「謝罪」している映像が流れる❗
 大御所?桜井よしこ氏も出てくるし、みんな大好き!?杉田水脈氏は「大活躍」状態…杉田氏の場面だけ取り出してみても、十分エンタメとして成り立つようになってるぞ!

 そのほか、慰安婦「日韓合意」には、日本と韓国が対立していては困るアメリカの思惑が後押ししていること(これは植民地支配の清算がほとんどできなかった「日韓条約」締結時の構造と重なる)や、改憲(明治憲法体制への回帰)を掲げる「日本会議」の野望も、しっかり言及されている。
 映画の最後のほうに「ラスボス」は出てくる…が、マンガ等のストーリーにありがちな、しょぼいキャラクターであった…吉見義明氏や、秦郁彦氏の本すら読んでいない…が、それはむしろ「歴史修正主義」を支えるのは、安易な主張に流れる私たち自身にあるということを暗示しているのだろう。ラスボスよりもむしろ、彼らと連なってNHKに圧力をかけ、教育基本法を改悪した右翼政治家、安倍晋三首相の役割が大きいこともきちんと描かれている。また最後は慶応大学名誉教授の憲法学者、小林節氏や 元日本軍兵士の松本栄好氏、さらにはミキ・デザキ氏のナレーションにより、安倍改憲に警鐘を鳴らしている。

 そしてこの映画が「カメ止め」みたいに流行れば、少しは日本の状況がマシになるかも知れない…などと思ったりもした。

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松尾理論の問題点(その2)…マルクスは過不足を問題視していない?

 松尾匡「ケインズ」理論への批判…「そろそろ左派は…」本の最後のほうで松尾氏はマルクスを持ち出してこう述べている。
_0001_9  マルクスは「再生産表式」とかで、生産物を「生産手段」と「消費財」って二種類にまとめて、それぞれの需給一致条件を考えると言う話もありますが、あの式は「両財の超過需要の和がゼロ」になるようになっています。つまり、生産手段部門で超過需要が出ていたら、消費財部門でちょうど同じだけ超過供給が出る。だからあの世界では財の均衡条件式は、二部門想定しているのに1本しかない。これはいわゆる「セイ法則」なんですよ。(p273)
 「セイ法則」とは、要するに「作ったモノは全て売れる(貨幣に転化する)」という古典経済学の(したがって古典経済学を批判するマルクス経済学でも)前提であり、ケインズ的な見方をすれば「それはおかしいですよ」と批判されるシロモノなのだが、ここではこれについて述べない。
 問題は松尾氏が「再生産表式」について何も分かっていない(あるいは知っていてちゃんと説明していない?)ことである。
 資本主義の終わり論2最新記事で詳しく展開されているが、マルクスは部門Ⅰ(生産手段)と部門Ⅱ(消費財)に分けたのは、部門Ⅰと部門Ⅱの生産物が交換できないから、分けて考える必要があるとしたためである。そして部門Ⅰ、部門Ⅱ間での過剰・過少について考察している。「両財の超過需要の和がゼロ」になるからOK…でとまっているわけでなく、ちゃんと過大・過少になる場合について考察している。
 具体的に見て行くと…
 生産物の価値W=C(原材料の価値)+V(労賃)+M(剰余価値)
 部門ⅠのV+Mが、部門ⅡのCになる
 だから、部門Ⅰ(V+M)と部門ⅡCの交換を比較してみる。ケースとしては
 ①Ⅰ(V+M)>ⅡC 拡大再生産
 ②Ⅰ(V+M)=ⅡC 単純再生産
 ③Ⅰ(v+M)<ⅡC 過剰生産…これで破綻する

 である。
 マルクスがちゃぁ~んと、過大・過少を考えて「資本主義は行きづまる」と証明していることがネグレクトされているのである。

 もちろんマルクスの言っている過剰生産と、ケインズの言っている過剰生産はリクツが違う…マルクスは生産したものの部門間で不均衡がおこることが問題であるのに対し、ケインズは相対的に需要が不足(供給力が過剰)になって生産物が貨幣に転化されないため、経済が回らないことが問題であるとしている。「セイ法則」が成り立つかどうか?という違いもある。
 松尾氏はこの後で
 ただ、マルクス自体が恐慌を知らなかったわけではなくて、もちろん十分知っているわけですね。広い意味でのマルクスの政治経済学の中では、もちろん総需要不足の不況の存在とかは意識はされているんですが、経済理論として体系的に論じられてはいない。(p279)
 マルクスの時代、総需要不足が起こるとたちまち「恐慌」に陥って、工場はつぶれ労働者は街頭に放り出され、路頭に迷う状況になった。ただ工場がつぶれることで生産力が一旦オシャカになるため、総需要不足がすぐに解消され、また景気拡大局面に戻るのだ。だから「総需要不足」を理論づける必要はなかったとも言える。ただそこから逆読みして、マルクスが恐慌や「大量失業」についてあまり考えていなかったような書きぶり(「資本の有機的構成」が高まることで失業者が発生する云々…p279あたり)はいただけないのである。

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松尾理論の問題点(その1)…ヒトラーは防げない

 薔薇マークキャンペーンや「そろそろ左派は…」の理論は、あくまでも資本主義社会を維持した上でよりよい社会を構築しようとする「息継ぎ政策」である。だからマルクスやレーニンをちゃんと学んだ左翼からは、いろいろ批判・ツッコミもある…これからそこのところを展開する。
 松尾匡氏らの提案するケインズ政策…不況期に財政出動して需要を作り出し、好況期はそれを止め、「引き締め政策」を採るというのは、あくまでも資本主義社会がそのまま継続していくという前提に基づいている。
_00011_1 いわば左の図が永遠に続いて行く…ということが前提とされている。
 しかし資本主義社会は永遠ではない。過去に何度も恐慌を起こしている。つい10年前にもリーマンショックという恐慌が起き、多くの労働者が職を失い、路頭に迷った。それどころか、発展した資本主義…帝国主義はお互いにつぶし合う「争闘戦」を行う…90年代日本の「失われた10年」は、冷戦に勝利したアメリカ帝国主義による日本に対する争闘戦の結果でもある。それどころか2度も「帝国主義戦争」たる世界大戦を引き起こしている。
 こうした「資本主義の危機」「資本主義の矛盾」は、単なる需要不足では説明がつかないし、需要を増やせばなんとかなるというものでもない。「利子」を要求して世界中を駆け巡る資本そのものを規制(これが革命だ)しない限り、解決不可能なものである。

 「そろそろ左派は…」の中で松尾氏らは、ヒトラーやトランプのような極右が政権をとらないよう、左派がケインズ政策による「反緊縮」政策をとる必要があると説く。トランプはともかく、ヒトラーが政権を取れた、あるいは国民から一定の支持があったのは、世界恐慌期に緊縮政策をとらず、財政を拡大して雇用を増やしたから…逆にヒトラー以前の政権は、当時のセオリー通り緊縮政策をとった…ということを指摘もしている。
 ヒトラーの時代に「ケインズ政策」という言葉は当然ないわけだが、ヒトラーは一種の「ケインズ政策」をやっていたわけだ。当然、不況は「解消」した。ドイツにおいてはほぼ「完全雇用」が達成されたと言ってもよい。だが、資本主義・帝国主義の矛盾は解消されなかった。ヒトラーは東方への「生存権確保」を目指し、第二次世界大戦への引き金を引いた…他方、第二次世界大戦のもう一つの当事者、アメリカも「ニューディール政策」というケインズ政策をとり、不況は解消したが第二次世界大戦に参戦し、帝国主義間の矛盾解決を行っている。このようにケインズ 政策そのものは、帝国主義戦争を防ぐものではないのである。_0001_7  

 松尾氏らは、ヒトラーでなく、左派が「ケインズ政策」を採って政権を握っていれば、戦争は起きなかったと反論しそうであるが、資本主義・帝国主義の矛盾をそのままにして、争闘戦を続けていれば必ず戦争あるいはそれに近いクラッシュが起こる。歴史にIFはないのであるが、仮にドイツで「左派」(社会民主党なり共産党)が「ケインズ政策」をとって頑張っていたとしても、その先で革命起こして資本主義・帝国主義の矛盾を無くさない限り、どこかで右バネが働いて、ドイツは左の政権のまま、あるいは右派に政権を奪われて「戦争政策」を採ったであろう。

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何度も書く、天皇に期待してはイケナイ!

 天皇が代替わりした…本当は無くすべき天皇制、地獄の底まで追いかけって打倒するぜ❗
 それはともかく…新天皇が前天皇よりも「護憲的」でないというお話…リテラより

新天皇の「お言葉」で「日本国憲法」尊重姿勢が弱まった理由は…背景に安倍首相による取り込みと官邸の圧力
前略)明仁上皇の天皇即位の際の「お言葉」は前述したように、「皆さんとともに日本国憲法を守り、これに従って責務を果たす」というものだった。ところが、今回の徳仁天皇の場合は「憲法にのっとって」と言っただけ。明仁天皇の国民と同じ目線に立った護憲の決意はなくなり、「日本国憲法」も「憲法」に省略されていた。ベテラン皇室ジャーナリストはこう分析する。
「率直に言って、あのお言葉には、妥協の印象を強く受けますね。上皇陛下の業績を最大限にたたえ、その姿勢を受け継ぐことは押し通すことができたものの、憲法のところでは安倍政権に配慮し、必要最小限にとどめられたんじゃないでしょうか。実際、官邸側から見ると、あの表現なら御の字。この間の働きかけが実ったと喜んでいるはずです」
 そう、今回のお言葉は、新天皇が官邸の働きかけに屈した結果、とも読み取れるのだ。(以下略) 

新天皇が一般参賀の”お言葉”で憲法違反の儀式「剣璽等承継の儀」に言及! 復活する国家神道の神話
(前略)新天皇は5月1日、「即位後朝見の儀」でも「お言葉」を述べたが、本サイトは、明仁上皇が天皇即位の際に「皆さんとともに日本国憲法を守り」と語ったのに比べると、護憲的な姿勢が弱くなっていると指摘。背景に、安倍政権の圧力があったのではないかと分析した。
 しかし、今回の一般参賀のお言葉はさらに後退したものになった。それは、日本国憲法に一切触れなかったことだけでなく、天皇自らが「剣璽等承継の儀」という憲法違反の儀式を終えたことを国民に報告したからだ。(以下略)

 リテラの論調は、安倍政権が新天皇に「吹き込んで」、護憲・リベラルな論調を抑え込ませたとしている。しかし何度も書いているが、前天皇は米帝の前に大日本帝国が敗退し、「お家断絶」天皇制そのものが無くなる危機に遭遇し、日本国憲法体制にすがることでなんとか延命したことを経験している。それゆえ本能的に「日本国憲法」を尊重することが体に叩き込まれている(その割には、憲法に規定されていない行幸・被災地行脚等を象徴としての務めとしてぶち上げ、実行するわ、それが体力的に持たないとなると「お言葉」を発して「生前退位法」をつくらせる政治的行為に出るなどしているのだが)のだが、新天皇は一定、象徴天皇制が確立され、安定した時代に育っているので、前天皇ほど日本国憲法体制へのこだわりがない…ということに他ならない。代替わりすれば当然、憲法に対する考え方も変わる。
 天皇の意向で民主主義や日本国憲法のあり方が左右されてはならないのだから、そもそも天皇が「護憲的」であるかどうか云々すること自体がナンセンスである。多くのリベラル・左派がやってるような、天皇への期待なんぞしてはイケナイのだ。

 あと「保守」の人たち(象徴)天皇制を擁護するいい分として「天皇(制)そのものは悪くない、天皇を利用するヤツが悪い」というのがある(天皇を「利用」しない、させない「しばり」として、憲法1~8条があるというのはその通りである)が、そもそも「利用されない」純粋な天皇(制)って、日本の歴史上あったのか、そして今もあるのか。
 リテラの記事だけでなく、安倍政権は今回の天皇代替わり・改元を政権浮揚のため徹底的に利用した(改元は銀行券デザイン変更も前倒しで発表するというオマケ付きである)だが、象徴天皇制を支持する「保守」の人たちは、リテラのような批判記事が出ても、安倍政権の天皇制利用をどれだけ批判・糾弾しているのだろう…いっしょになって「改元」「新時代」「新天皇」を祝賀しているのではないか?

ここは今こそはっきりさせよう…

 天皇制は

   要らない!

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デフレの原因は流動性志向、貨幣の物象化もろもろ

 松尾匡ら「そろそろ左派は…」の論考の続き…本書の終わりのほうは補論②新自由主義からケインズ、そしてマルクスへと題されている、そこでなぜデフレになるかという話がありまして。
_0001_6松尾 しかし、90年代頃からケインズの読み直しが進みました。そして、ケインズが不況の原因として挙げていることの核心は、価格や賃金の「下方硬直性」ではなく、「流動性選好」という概念にあるのだということが発見されたのです。
北田「流動性選好」というのは、人には実は「貨幣そのもの」を欲望してしまうような選考構造(経済主体が複数の選択肢の中からある商品やサービスを選び、それを欲求すること)があるということですね。何にでも交換できる貨幣というのは、ある意味で一番流動 性が高い商品ですけれど、人は「流動性そのもの」を求めてしまう性質がある。(p266)

で、これがマルクスのいうところの貨幣の「物象化」「物神崇拝」なんだそうな。要は神さまみたいな位置に貨幣がある、という図式なんですよね。だから、マルクスはお金を貯めること自体が自己目的化してしまうという話をしているわけです。(p275)
で、お金を貯めるために節約するだけでは物足りなくて、資本として投下し、G-W-G’のサイクルを回そうとするわけだ。さらに横着すると❗G-G’という利子生み資本サイクル…自らは何にも生産しない…を回そうとする。
お金で持っていると、それは資本としても使える、増殖する(物で持っていると絶対に増殖しない)だから人はお金で持ちたがる…ということもあるわけだ。
 また、デフレであれば「金融資産」を持っている人はお金の価値が上がるので、だまっていても資産が増える。あと一般人も、賃金や年金は物価よりも遅れて変動するため、インフレよりもデフレを望むのだ。90年代にバブルが崩壊して以降、正規労働者は非正規に置き換えられ、賃金は上がらず、むしろ切り下げられる…って時に、物価が下がってくれたのでどれだけ助かったか❗てのが、労働者民衆の実感だろう。で、昨今は円安の影響もあって、食料品など輸入に頼らなければならない生活必需品がジリジリと値上がりしている(なのに賃金や年金は上がらない)すご~く痛手になっている。
 また、いったんデフレが始まると「合成の誤謬」…個人個人が合理的な行動を行うことが、かえって社会全体で悪くなること…もあいまって、だれもお金を使わなくなる。だからデフレが続くのである。

おまけ…松尾氏は「共産党宣言」でも「フランスにおける内乱」でも、「革命政権は中央銀行を国有化して信用を国家の手に集中するのだ」と言うんですよ。結局その場合、政府が通貨を自由に発効できるようになるわけです。(p291)という…確かに革命政権が中央銀行を制圧すれば通貨は自由に発効できるだろう(「内乱」の時代は、銀行券は金とリンクしてたハズだから、自由にいくらでも出せるわけではない)が、通貨を自由に資本に回さない、G-W-G’、あるいはG-G’に通過を供給しないという目的もあるのだ。そして通貨を「流通手段としてのみ使える通貨」=「労働証書(あなたはこれだけ労働したので、社会からこれだけのものを引き出すことができるということを証明するもの)」にすみやかに移行させるためなのである。ケインズのいう、総需要を増やすためにお金を発効するだけのハナシではない。

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