かくめいのための理論

リーマン・ショックから10年

 9月15日は、リーマン・ショックが起こった日である。この日から世界は恐慌過程に入り、あらゆる産業が縮小…日本でも派遣切り、雇い止め、リストラの嵐が吹きすさんだ。
 このブログを始めた当日、突然福田首相が政権を投げ出し、麻生政権が誕生していた。当時の自民党政権は完全に民衆から指示を失っており、解散・総選挙は時間の問題とされていた。麻生政権は「選挙管理内閣」と呼ばれ、総選挙までの「つなぎ」と考えられていたのだが、世界恐慌に突入することによってなりふり構わぬ「景気対策」を行わなければならなくなり、1年程度「延命」することになる。

 本ブログでは9月17日ぐらいに
とりあえず世界金融危機が来た〜と叫んでおくという題で、リーマン・ショックについて取り上げ、こんなことを書いている。

 北京オリンピック後、中国経済が失速するのでは…と恐れられていたが、とりあえずは、昨年来のサブプライム・ローンこげつき問題が爆発し、米国金融を破綻させたのが先に表面化したわけだ。
 サブプライム問題は、様々な人が取り上げているし、前進・島崎論文なんかのほうが詳しいのだろうが、「過剰な資本」が行き場を求めてあちこちに集中して投資(実は投機)されるのだが、その資本は実体経済として何も富を生産していないので、破綻する…とゆうことの繰り返しを続けている…これが繰り返される「金融危機」とゆうものだ。ここらへんまでは左翼なら誰でも書くだろう。
 そして、「金融危機」が起こると、実体経済が回らなくなり、企業の倒産、労働者へのリストラ・賃下げが行なわれる。資本主義社会が労働者を生かしておくことができなくなるので、革共同中央派の人たちは、これを革命的情勢と呼んでいる。しかし、おさえておかなければならないのは、資本主義のシステムでは「金融危機」によって、生産がストップしたりするのだが、もともと投機にまわっている資本なんぞ、それが無くても生産ができる…実はここにも核心があるのだ…から、労働者が生産を維持し、コントロールすることが出来れば、世の中は回るとゆうことだ。
 要するに、資本なんぞなくても、人間に必要な生産はできる、とゆう社会を作るのが、プロレタリア社会主義革命であるわけなんだな。

 そう「革命的情勢」がやってきたわけですね(^^)/…ちゃんと「金融危機」とは何ぞや、「過剰な資本」が「投機」に流れて「破綻」しているということ。そうした「投機」にまわる資本はもともと必要がない、いらないものなのだから、それを排除した上で労働者が生産を自ら行うこと…これが資本主義を打倒し、共産主義社会に向かう革命なんだということを書いている。

 でもって、当時の9月末のブログ記事は
マルクスたんは、やっぱり正しい!のだ という記事を書いている。
 ここで注意しなければならないことは、金融危機が「想像を絶するフィクション」を無くすことが、もはや現在の資本主義社会では出来ないとゆうことゆうことだ。金融資本・・・マルクスをお勉強すると、「利子産み資本」なんて呼ばれ方をする。これは、労働者から搾り取った剰余価値の上前を、利子としていただくために、資本家(実際に労働者を使って、生産を行なうので、産業資本家と呼ぼう)に貸し出される資本である。マルクスの時代は、主に銀行がそれを担っていたわけであるが、帝国主義時代になると、「株式会社」とゆうものが発達し、株を発行し、しぼり取った剰余価値を「配当」することで、様々な人から資本を集めることが可能になった。ところが、なんでも商品にしてしまう資本主義の世の中だから、株も市場で売買される。株価とは、その株からどれだけ「配当」が得られるか、とゆう期待値によって値段が付く。もちろん、その「配当」の原資は、労働者から搾取された、もっと本質的に言うと、労働者が生産した価値・富から成り立つ。
 株券や債権といった比較的分りやすいものから、複雑な金融商品まで、ようするに労働者が将来生産するであろう、価値から、金融商品の価格や配当額が出てくる。ところが、腐敗した帝国主義は、これらが過剰になって、やっている者でもどこから「将来的な価値」が出てくるのか分らないようになってしまった。かくして、本当に生み出されている富や価値とは無縁の、かつそれを上回る巨額のマネーが市場を闊歩するようになったのだ。
 で、実際の富や価値がどれだけあるか分れば、破綻する。上回り方が大きければ大きいほど、破綻も大きい。困ったことに、本来の生産現場ではなんの意味もないハズの「巨額のマネー」は、資本主義社会において様々に生産現場を規制する。株価が大幅に下落することで、支払われるハズのカネが焦げ付き、倒産、労働者は路頭に迷う・・・とゆうことになるのだ。

 過剰な資本が金融資本となって、実際の生産から乖離し「本当に生み出されている冨や価値とは無縁」になった、すなわち「架空性」を持ちながら、なおかつより利潤を得ようと動くことが、実態経済を破壊する…と述べているわけだ。

 自分で書くのもなんだが、けっこう的を得た解説をしていたのだなぁ~と思う。

 さて、あれから10年…一応、リーマンショックの大傷から世界は「立ち直った」かのように見えるが、資本主義社会の矛盾、過剰資本の問題は一切解決していない。
 1929年の「世界恐慌」は、世界的な規模での帝国主義間戦争で多くの生産諸力をぶっ壊すということを通し「解鉄」したのだが、2008年の恐慌はそうゆう形をとっていない。もちろん、中東やロシア・ウクライナにおいて戦争は起こり、あるいは継続しているが、それで「過剰資本」が解決したわけではない。とりあえず「発展途上国」における成長を「取り込んで」過剰資本を消化しているというのが実情だろう。
 
 一方で「革命」を呼びかける「党」は、この10年でヘナチョコに「変質」したsign02だが、資本主義の矛盾が解決していない以上、マルクス主義的な「革命」路線ってのは、いつでも必要になるし、革命のやり方もレーニンや毛沢東、カストロのそれとはバージョンを変えるなどしながら、研ぎ澄まされていかなければならない。

 そうゆうことを考えながら迎えた、リーマンショック10年である。

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新・日本の階級社会(その5とまとめ)

 いよいよ「新・日本の階級社会」の長いレビューの終章である…

 格差が広がり、階級が固定化することは大きな弊害が伴う。生存権を保障されず、家族を形成する機会すら得ることができない人々が多数存在することは倫理的に看過できることではない。格差が大きい社会ほど、平均寿命が短くなる傾向があり、税を払うことのできない人が増大すると同時に社会保障支出が増大する。また、格差の固定化とは、貧困層の子どもが教育を受ける機会が奪われることであり、社会的損失である。
_0001  筆者は階級を無くすことは不可能かもしれないが、階級間の格差が小さなものになり、自分の所属階級を自由に選ぶ可能性が広がれば「無階級社会」とはいえないが「非階級社会」を作ることが可能だろうと説く。

 格差の縮小のためにはさしあたって
(1)賃金格差の縮小…均等待遇の実現・最低賃金の引上げ・労働時間短縮とワークシェアリング
(2)所得の再分配…累進課税の強化・資産税の導入・生活保護制度の実効性の確保・ベーシックインカムの導入
(3)所得格差を生む原因の解消…相続税率の引き上げ・教育機会の平等の確保 これらの政策が候補として上げられる。このような政策を実行してゆくにはどうすれば良いか?
 格差拡大を認識している人ほど所得再配分を支持する傾向が高く、自己責任論の立場に立つ人ほど所得再配分を支持しない。新中間階級は強固に、資本家階級と正規労働者はやや控えめに、所得再配分に否定的な傾向が強い。一方、パート主婦、専業主婦、旧中間階級、無職の人々、アンダークラスの人々は所得再配分を支持する傾向がある。このように所得再分配に対する合意形成への有効な道筋は、階級・グループによって異なる。 そこですべての人々、とりわけパート主婦や専業主婦たちの間に、格差が拡大し貧困層が増大していることは紛れもない事実であり、これが多くの弊害をもたらしている点についての共通認識を形成すること、また所得再分配に合意しにくい新中間階級と正規労働者に向けて、自己責任論はまやかしであり、間違っていると説得することが必要になってくるのだそうな。
 現在の調査では所得再分配に否定的な新中間階級も、かつては政治意識が高く、格差の現状に批判的で、所得再配分などの格差是正政策を支持する傾向がある程度まで高かった。また平和運動や反公害運動、最近では反原発運動や安保法制反対運動でも中心的な役割を担ってきたのは高学歴な新中間階級であった。だから現在の新中間階級に期待できる部分がないわけではない。格差拡大を認め、自己責任論を否認し、所得再分配を支持する傾向が強い「リベラル派」と分類されるべき人たちが、新中間階級の中で46.8%ぐらいは居る。もし格差社会の克服を一致点とする政党や政治勢力の連合体が形成されるなら、その支持基盤となる階級・グループはどこか?アンダークラス、パート主婦、専業主婦、旧中間階級、そして新中間階級と正規労働者のなかのリベラル派である。一見すると多様で雑多な人々を、格差社会の克服という一点で結集する政治勢力こそが求められるのである…と橋本氏は結論づけている。
 すなわち現代に求められる政治勢力は、資本家階級のイデオロギーや利害に立脚した自民党やその亜流の保守政党ではなく、他の階級の利害に立ち、階級格差を縮小していく(それは軍備重視を止め、多様性も認めるような)政策をとる「新しい政党(政治勢力)」なのである。
 ぶっちゃけた話、「維新」や「国民民主党」のような「保守」を標榜し、自民党との違いが分からないような政党はいらないsign03ということだ。また、それに答えられるのは誰か?何処か?ということが問われているのだ。virgo

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新・日本の階級社会(その4)

 格差を縮小し、階級差を縮めるためにはどうすればよいか?まずその前に、格差拡大について人々がどのように認識しているのか、見てみよう。
 その前に「右傾化」についてちょっと見てみると…「若者が右傾化した」とは言われるのだが、自民党支持率は、2005年まですべての年齢層で大きく低下しているものの、2015年では40代は横ばい、30代以下ではわずかに上昇している…相対的にみれば若者の保守化は事実であるが、「自分の住む地域に外国人が増えて欲しくない」「中国人・韓国人は日本を悪く言いすぎる」「日本国憲法を改正して、軍隊を持つことができるようにしたほうがいい」「沖縄に米軍基地が集中していても仕方がない」の4つの設問…前者2問が「排外主義」傾向を、後者2問が「軍備重視」傾向を示す…を用意し、それぞれそう思うか、そう思わないか、どちらとも言えないかを問うてみると、「排外主義」に関しては、むしろ高い年齢層で支持する傾向が高く、とくに下層の若者で「排外主義」「軍備重視」の傾向が高いとは認められない。排外主義的な傾向がもっとも弱いのは、パート主婦である。
 次に「日本では以前と比べ、貧困層が増えている」「いまの日本では収入の格差が大きすぎる」「貧困になったのは努力しなかったからだ」「努力しさえすれば、誰でも豊かになることができる」…前2問は格差に対する認識を、後ろ2問は自己責任に対する認識を示す…を問うと、多くの階級では約三分の2の人々が、アンダークラスでは約8割が、貧困層は増大しているとみなすのに対し、資本家階級は辛うじて半数の人々がそう考えるに過ぎない。新中間階級は、格差が拡大して貧困層が増えている事実は認めるが、格差が大きすぎるという価値観とは距離を置いている。自己責任論は資本家階級でその傾向が強いが、各階級間で大きな差にはなっておらず、アンダークラスにもある程度まで浸透している。パート主婦は自己責任論を強く否定している。_0001

 されに「政府は豊かな人からの税金を増やしてでも、恵まれない人への福祉を充実させるべきだ」「理由はともかく生活に困っている人がいたら、国が面倒をみるべきだ」という、所得再分配政策に対する意見を問うと、アンダークラスが所得再配分を支持する度合いが強く、資本家階級は低い。また資本家階級、新中間階級と正規労働者は、所得再配分への支持は同程度である。なお、政党支持別にみてみると、自民党支持者は格差拡大を容認し、所得再分配に消極的である。

 ここで、格差に対する認識と「排外主義」「軍事重視」の傾向をクロス分析してみると、自民党支持者は排外主義的な傾向が強く、軍備重視の傾向も他を大きく引き離して強い。公明党支持者は排外主義の傾向が特に弱く、民進党(調査当時)支持者は軍備重視の傾向が特に弱かった。また、アンダークラスでは、所得再分配を支持する人ほど排外主義的傾向が強いということも分かった。
 政治的立場としては、
 格差是正―平和主義―多文化主義 …左派
 格差容認―軍備重視―排外主義  …右派
 と分けられそうだが、こうした構図はかなり崩壊しているように思われる。
 平等への要求と平和への要求は、新中間階級、パート主婦、旧中間階級では結びついている。平等への要求と多文化主義は、資本家階級と新中間階級で強く結びついている。資本家階級の多くは格差を容認し、排外主義的である。ところがアンダークラスでは、平等への要求が排外主義と強く結びついている。追い詰められたアンダークラスの内部に、ファシズム(ポピュリズム)の基盤が芽生え始めているとも言え、「在日外国人に生活保護はいらない!」という意見や、外国人労働者を排斥する動きにつながると危惧されるのだ。(続く)

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新・日本の階級社会(その3)

 先ほどの記事中「父親が資本家階級である人が、資本家階級では28.5%存在する。」と書いた…階級は「固定化」しているのだろうか?
 父親の所属階級からみた本人の大学進学率を調べると、資本家階級と新中間階級の子どもは大学に進学しやすく、労働者階級と旧中間階級の子どもは進学しにくいという事は分かる。
 各階級の世代間移動…父親の階級と本人の階級がどう変わっていくか?ということを調べると、資本家階級出身は資本家階級になりやすく、移動も新中間階級が多い傾向がある、新中間階級は新中間階級になりやすい、労働者階級は資本家階級や旧中間階級への移動は少ない、旧中間階級にとどまる人は少ない(そもそも旧中間階級自体が減少している)ということが分かる。
 ここで年代ごとに、各階級の世代間移動について「非移動率」(父親と同じ階級に属している人の比率)、「世襲率」(ある階級の出身者のうち、出身階級と同じ階級に所属している人の比率)そして「オッズ比」(「階級Aの出身者は、それ以外の人に比べてどれくらい階級Aになりやすいか」世襲の起こりやすさの指標、差がない場合が1、世襲的な傾向が強まるほど数値が大きくなる)の変化を見てみる。
 世襲率は階級によって違っている。旧中間階級は急速に低下し、資本家階級と労働者階級は、近年になって世代的な継承性を強めた。新中間階級は複雑な動きをみせている。
_0001  旧中間階級出身者は、相対的に旧中間階級になりやすく、資本家階級と労働者階級の傾向は似ている。どの階級も近年は世代的な継承性を強めて固定化しているのに対し、新中間階級は継承性を弱めている。資本家階級出身者がますます資本家階級になりやすくなった反面、被雇用者の父親をもつ人々が参入できなくなった 資本家階級は労働者階級や旧中間階級への移動が起こりにくくなった。労働者階級出身者が労働者階級に所属する傾向を強め、旧中間階級が労働者階級になりにくくなった 経験を積んでから独立し旧中間階級、あるいは資本家階級になる可能性が閉ざされてきている。
 資本家階級の固定化は進んでいるが、単純に「家業を継ぐ」などという形で世襲されているわけではない。資本家階級出身者でも、初職は労働者階級であるという人はけっこういる。大半は親の会社と別の会社やオフィスで経験を積んでから、経営者になっているということだ。
 一方で、新中間階級出身者が新中間階級になりにくくなった。これは「就職氷河期」の影響も大きい。かつてであれば、大卒者の多くは新中間階級になることができたが、初職時点でアンダークラスとなった若者が新中間階級に移動することは難しく、就職氷河期は新中間階級出身の若者たちに、より深刻な影響を及ぼしたといえる。もっとも新中間階級への「なりにくさ」は、就職氷河期の一時的な現象かは分からず、新中間階級も「固定化」するか、あるいは縮小してゆくのかは不明なところがある。

 以上の調査・考察は男性についてのもので、女性の「階級間移動」は男性のそれとはかなり異なる。これは男性と女性で階級構成が異なっているからだ。資本家階級と旧中間階級は男性が多く、男性事務職を新中間階級としているので、この階級も男性が多い。よって女性の階級構成は父親と大きく異なるので、女性のほうが世代間移動が多くなる。また専業主婦だったりパート主婦だったりするケースが多いので、本人の階級所属がなかったり、階級所属があったとしても、生活水準や意識にあまり影響しない。少なくとも資本家階級以外では、女性の階級所属は父親の階級所属とあまり関係がない。また女性がどの階級の夫をもつかということは、父親の所属階級と弱い関係しかもたないことは分かる。

 女性は自分の所属階級とともに、あるいはそれ以上に配偶者の階級所属の影響をうける。女性内部の格差は、配偶者の階級によって、配偶者のいないことによっても影響される。そこで本書は一章を設けて(第五章 女たちの階級社会)、配偶者との組み合わせで女性の階級を分類、分析している。本人を5つの階級、プラスパート主婦(非正規労働者で配偶者あり)と無職の7つ、配偶者が所属する5階級+配偶者なしの6つ、かけて42のグループが出来るが、パート主婦には「配偶者なし」はおらず、本人がアンダークラスの場合は自動的に「配偶者なし」のみになるので実質は30のグループに分けることができる。そのうちデータが多い17のグループについて、ざっと分析されているが、ここでは紹介しない。(続く)

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新・日本の階級社会(その2)

 それでは各階級にどのくらい人がいるのか?経営者・役員と自営業主・家族従業者は従業員数5人以上を資本家階級、以下は旧中間階級と分類し、管理職・専門職は新中間階級、事務職は男性の正規従業員のみを新中間階級とし、女性および非正規は労働者階級とした。リタイヤした無職の人々を除外して「平成24年就業構造基本調査」からはじき出した日本の階級構成は、資本家階級 4.1% 新中間階級 20.6% 労働者階級 62.5%(正規労働者35.1% パート主婦12.6% その他非正規14.9%…非正規労働者が労働者階級の4割以上)旧中間階級12.9%となる。橋本氏は非正規労働者のうち、パート主婦(配偶者の階級によって帰属階級意識等が変化する)を除いた人たち(男性と非配偶女性)を「アンダークラス」と位置付けてる。これを示したのが図表2-4だ。
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 「国勢調査」の結果から、各階級(ただしアンダークラスは分からない)がおよそどのような割合で推移していったかが分かる。1950年代の日本では、旧中間層が6割近く、巨大な農業国であった。60年代初めに旧中間階級と労働者階級の数が逆転し、資本家階級は95年まで急速に増加した。95年以降、増加を続けていた資本家階級と新中間階級が減少に転じているが、これは零細企業の廃業、正規雇用の縮小、管理職の減少と非正規への置き換えが進んだためである。2010年は福祉・医療分野の下級専門職の増加で新中間階級が回復傾向にあった。ここで新中間階級に「下級専門職」が含まれていることは注視しておこう。
 本書で紹介される各階級のプロフィールは次のとおりである。
(1) 資本家階級…254万人
 個人平均年収604万円(従業員30人以上では861万円)、世帯平均収入は1060万円(同1244万円)、家計資産の平均額は4863万円と収入・資産とも多く、経済的に恵まれ、満ち足りた生活を送りっている。自民党支持率が47.4%と高く、政治的には保守的。
(2) 新中間層階級…1285万人
 個人平均年収499万円、世帯平均年収は798万円、家計資産の平均額が2353万円である。高等教育を受けた人の割合が61.4%と教育水準が高く、情報機器を使いこなし、収入もかなり多く、豊かな生活をする人々。自民党支持率は27.5%で、必ずしも政治的に保守的というわけではない。
(3) 正規労働者…2192万人
 個人平均年収370万円、世帯平均年収は630万円、家計資産の平均額が1428万円である。それなりの所得水準と生活水準を確保して、おおむね生活に満足している階級。自民党支持率は24.1%。
(4) アンダークラス…929万人
 個人平均年収186万円、世帯平均年収は343万円、家計資産の平均額が1119万円である。所得水準、生活水準が極端に低く、一般的な意味での家族を形成・維持することからも排除され、多くの不満をもつ、現代社会の最下層階級 男性は有配偶者が少なく女性は離死別者が多い 自民党支持率は15.3%と各階級で最低である。
(5) 旧中間層階級…806万人
 個人平均年収303万円、世帯平均年収は587万円、家計資産の平均額が2917万円である。自民党支持率は35.5%と高く、政治的には保守的だが、民主党(当時)支持率が6.8%、共産党支持率が3.3%と最高になってもいる。規模の上で縮小傾向を続けるなかで衰退に向かい、その政治的性格を変えつつある。

 父親が資本家階級である人が、資本家階級では28.5%存在する。人々が父親と同じ階級に所属しやすいという事自体は、他の階級も変わらず、階級間には世襲的な傾向が存在する。
_0001  育った家庭の環境の調査で、家に本が少なかった(25冊以下)は、新中間階級31.1%、正規労働者48.4%、アンダークラスでは53.7%ある。本に親しむような文化があったかどうかが、所属階級の違いを生んでいるようだ。またアンダークラスでは、最終学歴を中退した人が多い。学校中退が、安定した職の確保に大きくマイナスに働いていると考えられる。
 卒業後すぐに就職した人は、新中間階級87.2%、正規労働者88.0%、アンダークラス66.7%となっている。新規学卒一括採用の慣行が強い日本において、学卒後すぐに就職しない(できない)ことが、後々まで影響を及ぼしている。
 またアンダークラスえは、学校でいじめを受けた経験をもつ人の比率が高い(資本家階級で8.3%、その他の階級で十数%、アンダークラスでは31.9%)いじめや不登校の経験は、アンダークラスへの所属と結びついているようだ。
 健康状態の調査によって、高収入の資本家階級は高脂血症・高コレステロール血症の診断や治療をうけたことのある人が多いのに対し、アンダークラスでは少なくなっている。一方、アンダークラスは「抑うつ傾向」が突出している。

 「資本家階級」対、「他の3つの階級」という対立構造があると言えるが、「他の3つの階級」間の差は大きいことが分かる…労働者階級の内部に大きな格差が生まれ、正規労働者とアンダークラスの異質性…安定した生活を送り、さほどの強い不満もなく、満足や幸せを感じながら生きることのできる人々と、これができない人々との違いである。
「だとすると、いまや資本家階級から正規労働者までが、お互いの対立と格差は保ちながらも、一体となってアンダークラスの上に立ち、アンダークラスを支配・抑圧しているといえないだろうか。これは、いわば四対一の階級構造である。」
 「アンダークラスは社会の底辺で、低賃金の単純労働に従事し、他の多くの人々の生活を支えている。長時間営業の外食産業やコンビニエンスストア、安価で良質の日用品が手に入るディスカウントショップ、いつでも欲しいものが自宅まで届けられる流通機構、いつも美しく快適なオフィスビルやショッピングモールなど、現代社会の利便性、快適さの多くが、アンダークラスの低賃金労働によって可能になっている。しかし彼ら・彼女らは健康状態に不安があり、とくに精神的な問題を抱えやすく、将来の見通しもない。しかもソーシャルキャピタルの蓄積が乏しく、無防備な状況に置かれている。他の四階級との間の決定的な格差の下で、苦しみ続けているのがアンダークラスなのである。この事実は、重く受け止める必要がある。」(p113~114)と筆者はまとめている。

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新・日本の階級社会(その1)

 「新・日本の階級社会」(橋本健二 講談社現代新書 2018年1月)が話題になっているので、読んでみた。日本では格差が拡大し、新たな「階級社会」が到来した…筆者はそのアウトラインを語り、対応の処方箋を示すものである。ただ本書は、様々なデータを分析・加工して表・グラフにした結果を本文で語るという形をとってるため、なかなか「レビュー」がやりにくい。なるべく表やグラフを使わないで話を進めて行こうと思うが、細かな分析の手続きや図表は本書を購入して確認してほしい。

_0001  ジニ係数、規模別・産業別・男女別賃金格差・生活保護率の指標変化から「日本の格差」を眺めてみると、1950~60年代は生活保護率を除いて格差を示す指標が増大(格差拡大)していたが、その後格差は縮まり、1975~80年代に一旦底を打った後、90年代には再び格差が拡大してきた。

 一方で「一億総中流」と言われてきたが、出どころは総理府(現「内閣府」)が実施してきた世論調査「国民生活に関する世論調査」である。その中で「お宅の生活の程度は、世間一般からみて、どうですか」という質問に対し、「上」「中の上」「中の中」「中の下」「下」「わからない」の答えが用意されていた…ここで3つの「中」を合計すれば、当然「中流」の比率が高くなる…「中の~」と答えた人は1975年で90.7%、2017年で92.4%だそうな。当然、こういった「階級帰属意識」と階級帰属の「実態」は違っている。
 だがこの調査結果も見方を変えて、「上」「中の上」を「人並みより上」、「中」を「人並み程度」、「中の下」「下」を「人並みより下」として集計しなおしてみると、79年までは「人並みより下」が減少して「人並み程度」が増加し、90年代は「人並より上」が増加してきている。さらに2000年代は「人並みより下」と「人並みより上」が増加する分極化が起こっている。また、ジニ係数が上がれば「人並みより上」であると感じる人が増えている。
 さらに所得階層別(富裕層か貧困層か)に「階級帰属意識(人並みより上か下か)」を聞くと、年代が過ぎるごとに富裕層が自分を「人並みより上」であると認識する率が高くなり、貧困層が「人並みより上」であると認識する率が低くなる。すなわち、「一億総中流」と言われていた時代は、豊かな人々は自分の豊かさを、貧しい人々は自分の貧しさをよく分かっていなかったのだが、時代が進み「格差社会」が進むにつれ、人はそれぞれを明確に意識するようになったということが言える。
 また「自民党支持率」を調べてみると、富裕層で支持率は高く、所得が下がるにしたがって支持率が下がっていく。別途詳細にみていくが、自民党はその支持基盤が特権階級や富裕層に特化した「階級政党」になったとも言える。とはいえ自民党と正反対の位置に、貧困層や相対的貧困層の支持を集める単一の政党があるわけではないので、日本の政治が階級政治の性格を強めたとまではいえない…ということだそうな。

 それでは日本ではどのような「階級構造」をとっているのだろうか?カール・マルクスの階級理論から出発し、何人かの理論家たちがつくりあげたものが、「資本家階級」「新中間階級」「労働者階級」「旧中間階級」の四階級分類である。(マルクスの階級理論を説明するため、本書では「資本主義経済の基本構造」の説明も行われている…生産手段を所有する資本家階級と、それを所有せず労働力を「商品」として売らなければならない労働者階級との間で、労働力の価値vとそれに相当する賃金、および剰余価値sのやりとり関係が説明されている)四階級分類を図示すると、旧中間階級は資本家階級に雇われて生産活動を行っているわけではないので、そこが横にはみ出た図表2-3のような階級構造になるだろう。
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 さらに正規雇用が減少して非正規労働者が増加している。非正規労働者は雇用が不安定で、賃金も正規労働者より低く、貧困率も高い。非正規労働者が従来の労働者階級とも異質な、ひとつの下層階級を構成しはじめている。これを「アンダークラス」と呼ぶことにした。かつての労働者階級内部に巨大な分断線が形成され、従来の四階級に加えて、アンダークラスという新しい「階級」を含む五階級構造へと転換した、これが日本が直面する「新しい階級社会」の姿である…ということだ。(続く)

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翁長知事の埋立て撤回表明を受けて

 26日金曜日、沖縄県の翁長知事が、辺野古埋め立て承認の撤回を表明した…これを受け、昨日辺野古に基地を絶対つくらせない大阪行動 でアジリながら考えたことを書いてみた。街頭で訴えることを念頭において書いたので、「ですます」調になっているが、ま、読んで欲しい。
 翁長沖縄県知事が「辺野古埋め立て承認」の撤回を表明しました。
 撤回の理由としては、やるべき環境保全対策が成されていない、改善もされないこと、および前知事が承認した時には判明していなかった「軟弱地盤」の問題が明らかになり、大幅な設計変更をしないと「埋立てて基地を作る」ことそのものが成り立たないということが挙げられています。
 特に後者の問題について、私も土木屋の端くれですから、N値が0しかない軟弱地盤に、巨大なケーソン基礎を構築するなぞ絶対不可能であることは分かります。沖縄防衛局は「基礎地盤はN値だけで判定するものではない」と、そこだけ取り出せば「正しい」事を述べていますが、それはN値が20とか30とかあれば…という前提で初めて成り立つもので、N値が0の、豆腐やマヨネーズのような地層であることが明らかに分かる以上、アスカじゃ泣けど「アンタ馬鹿ぁ!?」の世界でしかありません。「辺野古新基地が必要」と200%譲ったとしても、現在の設計・計画で建設することは不可能で、埋め立ての位置も含め(設備を陸上側に追い込む等)、抜本的見直しをしなければならない…当然、古い設計に基づく「埋め立て承認」は一旦破棄され、設計を含め見直し、出直しで「承認」を求めるのが筋でしょう。
 翁長知事は、地方自治体の長として、県民の命と暮らしを守り、県土を守り、デタラメな土木工事を止めるべく、当然の仕事として「埋め立て承認」撤回をしたのです。
 しかし、日本政府は裁判等のあらゆる権力を行使して、知事の「撤回」を無効なものとし、埋め立て強行!基地建設を続行しようとしてくるのは明らかです。しかし、私たちはこんなデタラメを許してはなりません!
 思えば安倍政権は、デタラメにデタラメを重ね、悪政を進めてきました…特定秘密保護法や安保法制、共謀罪の強行採決、昨今も西日本豪雨の被災者を無視して宴会をし、総裁選3選に向けた党内工作をする一方で、私たちが望んでいない、早急に成立させる必要もないカジノ合法化を推し進めました。
またモリカケ問題にみられるよう、自らにふりかかった疑惑に何ら納得のゆく説明を行わず、質問には答えない、はぐらかす、聞かれてもいないことにダラダラ答弁するという無茶苦茶を国会で繰り広げています。
 世の中、安倍政権に見られるよう、デタラメや「道理」でないことが易々と通ってしまう…そんなことがまかり通っている「かも」しれません。でも沖縄の基地問題を、私たち自身の問題に惹き付けて考えてみてください。
 私たちが住む地域社会、あるいは職場や学校で「いじめ」やパワハラ、セクハラ等の理不尽なことが起こった場合、みんな「声」を上げると思います。ダメなものはダメ、おかしいことはおかしい!デタラメなものはデタラメだと…そうです、声をあげないと「悪」は変わりませんし、逆に声を上げることで、誤りを正し、よりよい社会や暮らしを得ることができるわけです。おかしなことにたいしてはおかしい、デタラメなことにたいしてはデタラメだと、声をあげていいし、あげなければイカんのです。
 沖縄の基地問題もいっしょです。デタラメな基地建設、「埋立承認撤回」措置の無効化に対し、おかしなことはおかしい、デタラメなことはデタラメだと、今以上に声をあげるべきなのです。そうしないと何も変わりません。
 おかしなこと、デタラメなことが通る政治を、エダノンじゃないけど「まっとうな政治」に変えること…これが8月以降の「辺野古新基地建設反対」のたたかいの、大きなテーマだと思います。

 ともに頑張りましょうvirgo

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猪木はブッチャーと闘いたがる!?

 対米従属か、日帝自立か論での付け加え(^^;;というか、帝国主義間争闘戦についてのお話

 日本が完全な「対米従属国家」であるならば、帝国主義間争闘戦なんてのは起こらない、起こりようがない。特に米帝国主義に対し「闘いをいどむ」なんてことは絶対にアリエナイ。
 逆に、日本が帝国主義国家であるならば、帝国主義間争闘戦は必ず起こる…だから「対米対決」も起こるのである。

 なるほど、政治的・軍事的に日本はアメリカに「完全に」組敷かれていて、対抗なんて出来そうもない…しかし経済の面から見ると、80年代の日米貿易摩擦から、現代のトランプ政権による「TPPより二国間交渉」まで、日米が経済的に対立するというのは起こっている。帝国主義とは資本主義経済の問題だから、やっっぱりストレートに「対立」が出てくるのだ。
 帝国主義の不均等発展ということで、米帝が経済的にナンバーワンであっても、それがいつまでも続くわけではない。日帝、独帝のような「後発帝国主義」国が、経済的に追いついて来て、先発の米帝の地位を脅かす…ここから「帝国主義間争闘戦」は始まるのだ。
 でもって、古典的な帝国主義論では、その対立はやがて政治的・軍事的なものに発展するので「帝国主義間での戦争は不可避である」としている。ただし、現代は「米国一強」のシステムや、様々な戦争抑止システムもあるので、簡単には戦争にならない。とはいえ、帝国主義の周縁部で戦争は起こり、帝国主義間争闘戦の様相を見せる。イラク戦争なぞ典型的で、イラク・フセイン政権がアメリカの経済制裁を避け、EU経由で石油を輸出するルートを構築しようとしたため、アメリカがフセインを打倒した…そのため独仏は戦争に反対した…という構図である。
 第一次・第二次世界大戦では後発帝国主義国であるドイツ・日本が米英の覇権に対抗・挑戦するという形をとったが、イラク戦争では米帝自らが自らの覇権を守るため予防的に軍事力を行使している。とはいえ、今後も後発の帝国主義が軍事力を絶対に行使しないとは言い切れない。

 白井聡氏の講演集会・デモの後の飲み会で、私は周辺の人に「いやぁ~80年代に私をオルグしてきた人は『アントニオ猪木がアントニオ猪木である限り、アブドーラ・ザ・ブッチャーと闘いたがる』『だからアントニオ猪木の体の細胞である私たち自身が、戦争を止めろと立ち上がらなければイケナイ』と言ってたもんだ」と言ったのだが、「猪木がブッチャーと闘いたがる(実際どう考えていたのかはともかく)」というのは、「帝国主義は帝国主義である限り、戦争をする」という「帝国主義間争闘戦」を見事に説明してたなぁ~happy01

 ともあれ「対米従属論」オンリーでは、この「帝国主義間争闘戦」に対し「革命的祖国敗北主義」を掲げて闘うことが出来なくなってしまう、それどころか「ニッポンガンバレ!」と、帝国主義者どもを応援することにも繋がりかねない危険性を持つ。
 また怖いのは、世界の民衆がどれだけNOをtきつけても、日本はイラク戦争においてアメリカを支持し続けたように、対米従属を続けることでアメリカ帝国主義の起こす戦争に嬉々として協力することだ。安保法制を始め、自衛隊が米軍と協力して戦争を起こす体制は、イラク戦争時よりも強まっている。この「来るべき戦争」に断固として反対しなければならないのであるvirgo

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対米従属か日帝自立か

 白井聡氏の「国体論」等の紹介ばかりしているし、他矢部宏冶氏の「日本はなぜ『戦争ができる国』になったのか」なんかも紹介してきた。こうゆう本はもう戦後の日本が徹底的に「対米従属」していることを紹介し、嘆いている。

 左翼の老舗、日本共産党も「対米従属論」だ…古くは1951年の第5回全国協議会(五全協)で採択された綱領で、日本は「半封建的国家」がアメリカの「植民地」になっている、よって必要な革命は「植民地革命」「民族解放民主革命」である(そのために農村でゲリラ戦をやるというものsign03)だったし、現在の党綱領 にも「わが国は、高度に発達した資本主義国でありながら、国土や軍事などの重要な部分をアメリカに握られた事実上の従属国となっている」「現在、日本社会が必要としている変革は、社会主義革命ではなく、異常な対米従属と大企業・財界の横暴な支配の打破―日本の真の独立の確保と政治・経済・社会の民主主義的な改革の実現を内容とする民主主義革命である」とされている。
 他方、我々新左翼な人たちは、共産党の「対米従属論」に対抗し(共産党の「植民地」規定、民族解放闘争論では闘えないからだが)、「日帝自立」論を打ち出した。60年安保闘争で、一次ブンドは安保改定は日帝国復活であり、これを阻止することを掲げたし、革共同は「反帝・反スタ」を掲げているわけだから、反帝の帝は日本帝国主義である…日本は「帝国主義」国であり、対米従属論ナンセンスsign03というわけだ。60年安保闘争時に現れた「日本帝国主義」を打倒する立場は、白井聡氏に言わせれば「60年安保闘争を根っこのところで衝き動かした動機が占領者としてのアメリカに対する反感であったとすれば、この自立の過度の強調はナショナリズムの無意識な発露であったようにも思える」(「国体論」p214)としている。
 では、どっちが正しいのかsign02
 白井聡氏は第二次大戦後の世界においては、米ソ以外のどの国も、多かれ少なかれどちらかの陣営に依存し、従属せざるを得なかったから「従属」事態は仕方がないとしている。ただ日本の場合、「従属」が半端なく、かつ「従属」していることを自覚していないことが問題なのだ(それが「永続敗戦論」であり「戦後の国体」であると説く)ということだ…ということで、日本は「対米従属国家」ということで、ほぼ間違いないだろう。日帝は「自立」なんぞしていないのである。

 じゃあ「日本帝国主義」なんてものは存在しないのかsign02

 革命によって打倒されない限り、帝国主義は帝国主義として生き残る…日本帝国主義は、アメリカ帝国主義に従属することで生き残りを図り、いまも生き続けている…というのが「正解」であろう。
 注意しないとイケナイのが、自立はしていないけれど、帝国主義国は帝国主義国である限り、独自の利害をもって動くということを忘れてはならないということだ。
 分かりやすい事例が、南西諸島への自衛隊配備問題である。「島嶼防衛戦争」を日本は、アメリカの「エアシーバトル構想」や「オフショア・バランス戦略」にのっかる形をとって進めている。中国軍に対する封じ込め、海峡封鎖構想は、日本自衛隊の独自の戦略に基づいて行われている。また、アフリカ・ジプチにはすでに日本自衛隊の基地がある(中国もジプチに基地を持っている)

 昔の新左翼が「日帝自立」論を唱えたのは、共産党流の「対米従属=植民地」規定論だと、主敵はアメリカ、主要は反米闘争となるが、そうすることで支配の実態を持つ「日帝政治委員会=自民党保守政権」との闘いがおろそかになるからでもあった。だが「対米従属」を正せと主張し、闘うことは間違いではないが、対米従属して生き残りを図っているのは高度に発展した資本主義社会である日本帝国主義であり、それを支える保守派や資本家・官僚どもであるのだから、「日帝打倒」を堂々と掲げていいのである。virgo

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小西誠記念講演のお知らせ

 明日ですが、元反戦自衛官で軍事ジャーナリスト、南西諸島への自衛隊配備問題に詳しい小西誠氏の講演があるので、ご案内

関西・沖縄戦を考える会 第7回総会記念講演
再び沖縄を捨て石にする南西諸島への自衛隊配備
S20180629_000004

 猛烈な勢いで進む八重山・宮古・奄美、そして沖縄本島の自衛隊新基地建設と大増強
 琉球弧の島々へ、対艦・対空ミサイルがずらっと配備され。2018年の新防衛大綱で各種巡航ミサイルや改造空母の配置まで決定される。
 すでに始まったこの南西諸島の要塞化の中で、「島嶼防衛戦」という名の、沖縄戦が再び繰り返されようとしている。メディアが徹底して報道規制する中で。

講師 小西誠さん(元・反戦自衛官、軍事ジャーナリスト)
2018年6月29日(金)午後6時30分より
エルおおさか 7階709号室
(地下鉄谷町線、京阪天満橋駅 歩5分)
資料代 1,000円

関西・沖縄戦を考える会
問合せ:新聞うずみ火(06‐6375‐5561)

小西誠(軍事ジャーナリスト)
1949年生まれ、中学卒業後空自生徒隊(少年自衛官)に入隊し卒業後、佐渡レーダー基地に配属。1969年、70年安保対策の自衛隊の治安出動訓練を拒否し自衛隊法違反で逮捕・起訴されるが、1981年無罪確定。以後、軍事研究の傍ら、2004年から「自衛官人権ホットライン」を起ち上げ、事務局長として隊員たちの人権相談を行う。
著書に『反戦自衛官』『日米安保再編と沖縄』『自衛隊のトランスフォーメーション』『フィリピン戦跡ガイド』『沖縄島嶼戦争』ほか

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