かくめいのための理論

死もまた社会奉仕

 右翼…というより歴史修正主義”評論家”渡部昇一が死んだ…Yahooニュース産経新聞より
評論家の渡部昇一氏が死去 「知的生活の方法」
 本紙正論メンバーで第1回正論大賞を受賞した英語学者・評論家で上智大名誉教授の渡部昇一(わたなべ・しょういち)氏が17日午後1時55分、心不全のため東京都内の自宅で死去した。86歳だった。葬儀・告別式は親族で行う。喪主は妻、迪子(みちこ)さん。後日、お別れの会を開く。ここ数日、体調を崩していた。
 昭和5年、山形県鶴岡市生まれ。上智大大学院修士課程修了後、独ミュンスター大、英オックスフォード大に留学。帰国後、上智大講師、助教授をへて教授に。専門は英語学で、「英文法史」「英語学史」などの専門書を著した。
 48年ごろから評論活動を本格的に展開し、博学と鋭い洞察でさまざまな分野に健筆をふるった。51年に「腐敗の時代」で日本エッセイスト・クラブ賞を受賞。同年に刊行された「知的生活の方法」は、読書を中心とした知的生活を築き上げるための具体的方法を論じ、100万部超のベストセラーとなった。
 57年の高校日本史教科書の検定で、当時の文部省が「侵略」を「進出」に書き換えさせたとする新聞・テレビ各社の報道を誤報だといちはやく指摘し、ロッキード事件裁判では田中角栄元首相を擁護するなど論壇で華々しく活躍。一連の言論活動で「正確な事実関係を発掘してわが国マスコミの持つ付和雷同性に挑戦し、報道機関を含む言論活動に一大変化をもたらす契機となった」として60年、第1回正論大賞を受賞。東京裁判の影響を色濃く受けた近現代史観の見直しを主張するなど、保守論壇の重鎮だった。平成27年、瑞宝中綬章。主な著書に「日本史から見た日本人」「ドイツ参謀本部」など。フランシス・フクヤマ「歴史の終わり」など翻訳も多数手がけた。

 この御仁、80年代から「右派論客」として活躍していたが、「南京大虐殺はなかった」論から、「大東亜戦争」肯定、さらには近代日本の戦争をほぼ全面肯定するような「歴史修正」論を振りまいてきた人物である。90年代はその思想のヤバさに一時、論壇からほとんど消えていたような人だが、2000年代に「歴史修正」勢力が大手を振るようになってから「復活」…同じような内容(であろう)本を大量に出版している。

 ただ、記事にもあるように、もともとは英語の先生で、歴史はとーしろー…てか、「歴史修正主義」者に歴史の専門家なぞ存在しない。史料もロクに読めず、曲解、誤った引用等、多々やらかしてくれるから始末に負えないのが彼らである。
 そんな歴史修正主義者の大元締めみたいな渡部氏であったが、本質は優生思想を持った差別主義者であった。
 有名なのは、作家、大西巨人氏との論争になったエッセー、「神聖な義務」である。この中で渡部センセイは、「既に」生まれた 生命は神の意志であり、その生命の尊さは、常人と変わらない、というのが私の生命観である。と「予防線」を張りながらも、治癒不可能な悪性の遺伝病をもつ子どもを作るような試みは慎んだ方が人間の尊厳にふさわしいものだと思う。と書いている。まさに優生思想そのものである。
 このエッセーは大西氏から批判されたばかりでなく、「青い芝の会」や本多勝一氏などからも批判されている。しかし、渡部センセイは反省も撤回もしていない。

 また、事実関係について彼が記述するものが実にいい加減であることも、80年代にはすでに判明していた。引用記事にある高校日本史教科書検定問題で、「侵略」を「進出」に書き替えさせたという報道が誤報だったというのがあるが、それは多くの報道の中にたまたま一カ所、誤報だったものがあったのを、渡部氏が拡大解釈し、「万犬虚に吠えた教科書問題」として「全てが虚報」というふうにしちゃったのである。この件については本多勝一氏が「番犬虚に吠えた教科書問題」として反論している。
 渡部氏の有名な仕事に「ロッキード裁判批判」がある。これはロッキード事件裁判を「東京裁判並の暗黒裁判」としてその内容を批判したものの、立花隆氏に真っ向から批判され、撃沈しちゃったというモノだ。これは私が大学に入った頃の「知的論争」として多くの関心を集めていたものであるが、渡部氏は裁判記録さえロクに読めていないことが判明…いったい何なんだsign02この人は…ということになったのである。

 普通ならこの段階で「論客」としては終わってしまうハズなのだが、事実よりも感情や情緒に流れる日本社会のおかげか、渡部氏も学者生命を奪われることもなく、21世紀まで生き延び、ゾンビのごとく「復活」した…というわけだ。

 ただ、インチキ・デタラメを「野放し」にしてきたツケは大きく、今や歴史修正は「あたりまえ」のように日本社会に蔓延し、日本の首相もそういった連中から絶大な支持を得ている有様…そうゆう意味で渡部センセイをそのまま「生き延びさせた」左派、リベラル界隈の責任は重大なのである。

 ともあれこのブログでは、こう書いておく…「死もまた社会奉仕」なりvirgo

| | コメント (2) | トラックバック (0)

辺野古新基地、負担軽減はまやかし!

 表題に書いたことがあらためて明らかになったというニュース…Yahooニュース(毎日新聞4/2日)より
<普天間移設>米、返還合意4年前の92年言及 軍内部文書
 日米両政府による米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)返還合意の4年前の1992年、同飛行場は運用面などに大きな制約があるとして、米軍側が内部文書で「将来の代替施設の検討」に言及していることが分かった。文書は垂直離着陸輸送機MV22オスプレイの同飛行場での配備予定地を図示した上で、同機の配備に普天間は「適切でない」と指摘。普天間返還は95年の米兵による少女暴行事件を受けて翌96年に合意されたが、米軍側はそれ以前から代替地を求めていたことになる。【鈴木美穂】
 琉球大の我部政明教授(国際政治)が文部科学省の科学研究費補助金の成果報告書としてまとめた米側資料のうち、米海軍省が92年6月に作成した「普天間飛行場マスタープラン」に記載があった。プランには「将来のオスプレイ配備に備え、普天間飛行場の北西部を整備場、駐機場として確保する」として予定地を図示。その上で「既存施設はこの目的(オスプレイ配備)のためには十分でも適切でもない」と記していた。
 その理由として運用や自然、社会文化などの面で「制約がある」とし、「これらは将来の施設のための代替地を検討する上で重要な枠組みをもたらす」と懸念。運用面では米軍の安全基準に基づき滑走路両端から3000フィート(約900メートル)の土地利用を禁じている(が既に学校や住居がある)▽自然面では勾配が10%超の斜面がある▽社会文化面では基地内に55の文化的遺跡が存在する--ことなどを挙げ「(オスプレイ配備など)新たな計画の推進を難しくしている」と指摘していた。
 普天間の手狭な土地や滑走路が中央に位置する基地構造にも再三言及があり、「飛行場の『理想型』とは著しく異なる」と問題視。嘉手納など沖縄県内の複数の基地名を挙げ、普天間の利便性の悪さを強調する記載もあった。
 また、プランのうち「代替基地建設プログラム」と題した文書には、米軍管轄の土地建物を日本側に返還する際に「等価交換か代替物の原則」に基づき「日本政府が代わりの基地を建設する」と記されていた。
 ◇米の事情背景か
 文書を分析した瀬端孝夫・元長崎県立大シーボルト校教授の話 沖縄県民の反基地感情や安全への配慮から普天間返還が動いたかに見えるが、実際は基地の使い勝手の悪さなど米側の事情が背景にあったことが読みとれる。普天間返還合意も結局は(辺野古との)等価交換で、少女暴行事件を機に、米軍が悲願の移設を実現したようにも映る。


 辺野古への基地建設とは、不便で使い勝手の悪い普天間基地を閉鎖する代わりに、最新鋭の米軍基地を作ることだと、もう基地建設に反対してきた人達は口を酸っぱくして言い続けてきたわけであるが、図らずも米軍側の資料によってそれが裏付けられたということである。
 MV22オスプレイの配備も、92年から検討されていたというわけだ…

 おまけでいうと、辺野古の海上埋立て、滑走路建設案は、1967年ぐらいに米海軍がマスタープランとして持っていたもの…「普天間代替施設」といわれ、辺野古沖に「ヘリポートを作る」としていたものが、関西空港のような沖合埋立て案になり(もっぱらゼネコンを設けさせるためだ)、その案が「阻止行動」でポシャると、米海軍マスタープランに重なるような形で基地建設計画が成立した…まさに米軍にとっては「願ったりかなったり」の基地建設計画なのである。

 米軍のために日本政府が税金を出してここまで整備するというのだ…改めて辺野古基地建設計画を阻止し、安倍政権を打倒しようvirgo

| | コメント (0) | トラックバック (0)

JR発足30年…組合つぶしの「分割・民営化」

 今日は国鉄が解体され、JRが発足してから30年である。

 30年前の今日、大阪駅で行われたJR発足記念イベントを見にいった。くす玉を割ろうとヒモを引っ張ったら、くす玉が落ちたという「落ち」がついていた。

 分割・民営化は、旧国鉄が膨大な赤字を出し、借金で借金を返すというどうにもならない状況に陥っていたことを「改革」するという口実で行われたものだ。ただ借金は国鉄が必要な設備投資を全て自前で行い、しかもその費用を運賃に転化できなかったということが大きい。
 分割・民営化のもう一つの目的は、総評を構成する最大単組…国労をぶっつぶすことにあった。当時の首相であった中曽根康弘がそう言っているのだから間違いない。そのために行ったのが、「10万人首切り」と言われた大リストラ政策である。当時の国鉄職員数が約30万人…新会社は20万人で運営するというものだ。

 当時、プラザ合意による円高が進み、輸出産業がふるわず「円高不況」に陥っていた。1ドルが140円!でブルジョワジーはどれだけ失業者が出るか分からないと恐れていたのである。そんな中で労働者を10万人も首を切るという方針そのものが、労働者にとって脅威だった。
 当初、国労や動労といった国鉄主要組合は「分割・民営化反対でストライキも辞さず」の構えで真っ向から対決する姿勢を見せていた。しかし動労=カクマルが、分割・民営化=10万人首切りに協力すると態度を変え、同時に闘う労働者に対し恫喝・テロル・嫌がらせをかけるという「先兵」と化した。これに国労は対抗することが出来ず、組織的に大きなダメージを受けることになる。十数万いた組合員は、あっという間に数万人まで減少した。
 これは動労を含め「分割・民営化」に協力する組合とは当局と雇用安定協約を結んだが、国労とはそれを結ばなかったということにもよる。ただし10万人にも昇るリストラだ…雇用安定協約を結べたとは言っても、全員が新会社=JRに行けるとは限らない。旧国鉄職員には再就職のあっせんが行われたが、関連会社に「玉突き」で出された人も多くいたのであろう。「去るも地獄、残るも地獄」と言われた。また、この過程で旧国鉄から自殺者が200人出ている。

 この「国労つぶし」「国家的不当労働行為」は「成功」し、総評解体=連合発足の一歩となった。「連合」が現在、労働者のために何をやっているかは、ここで述べるまでもなく明らかであろう。労働条件のためのストライキも満足にできない、賃上げも安倍首相に手伝ってもらわないとできない労働組合である。「労働者の立場」を取れない労働組合は、労働者への配分を増やせず、格差と貧困の拡大を招いている。
 また闘う労働組合をつすための「偽装倒産」手法が大々的に採用されたこと、公的機関で労働者が直営する方式から、基幹部門と現業部門を分離し、現業部門をドンドン外注化することで、コストカット=労働者にとっては賃下げ…を行うこと、さらには安全について労働者が担保できなくなったこと…福知山線脱線事故はその大きな代償である…をもたらしたことなど、現代社会の「劣化要因」がこの「分割・民営化」によって生まれたと言っても過言ではない。現在の目から見ると「日本の新自由主義攻撃は分割・民営化をもって始まった」と総括される。もちろん80年代半ば、「新自由主義」という言葉はまだなかった。

 分割・民営化が「成功した」と資本の側から総括される中で、やはり「労働組合つぶし」であり、日本社会の格差・貧困拡大、劣化の始まりだった点は、忘れてはいけない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

革共同、意見を求める

 こちらのエントリー で「展望19号」の「未来へのレジスタンス」なる関西地方委員会の論文を紹介し、「革共同はレジスタンス政党になったのか?」と疑問を呈したわけだが、実は「展望19号」では投稿の呼びかけが行われている。p167

『展望』編集委員会からのお知らせ
 小さな政治団体ながら2008年4月の創刊から10年弱に19冊の『展望』を発行してきた。次号で20号となるが。時あたかも今年は1917年のロシア革命から100年、また日本階級闘争の新地平を印した1967年10・8羽田闘争から50年となる。それを期して20号・21号を2017年中に「ロシア革命100年、10・8闘争50年 記念号」として発行したい。
 ロシア革命とレーニンについて、昨今は否定的見解が多数みられるが、改めてロシア革命の否定的側面も含めてその意義と、レーニン存命中の問題点にも論及し、今日的継承を考えるべきと思う。また10・8羽田闘争に始まる70年安保・沖縄・大学闘争、ベトナム反戦闘争は、2015年の戦争法闘争では意識的に抹消されたが、この闘いの継承は安倍やトランプが跋扈する現代社会の革命的変革に資すると考える。
 とはいえこの課題はひとり『展望』編集部や革共同再建協の手に余る。現代世界の革命的変革を求める人々のこの共通の作業のために、『展望』は紙面を提供したい。ロシア革命に限らず中国革命、キューバ革命、さらにはユーゴ・東欧の闘いや、イタリアのグラムシなどの研究論稿も歓迎したい。また10・8闘争、70年闘争は、武装闘争の今日的総括だけでなく、歴史的事実の確認・手記なども歓迎したい。原稿量は『展望』のページだてで最大40ページまでとする。掲載の責任は投稿者とも議論したうえで、最終的には『展望』編集委員会にあることはお断りしておきたい。
 発行は20号-6月15日、21号-11月7日をめざし、原稿締め切りは20号-5月15日、21号-10月10日としたい。ぜひとも多くの原稿をよせていただきたい。


とのこと…要するに「ロシア革命100年」記念号として、いろいろ考えたいということである。
また「未来へのレジスタンス」に関しては、「未来」第219号の『展望』19号紹介の中で、次のように述べられている。

 総会報告「未来へのレジスタンス」について。具体的闘争テーマについては略して、主に情勢認識を中心に掲載されている。冒頭と反グローバリズム運動の論述に意見が出ると思う。『展望』次号に意見を掲載予定。
 一言述べると、「社会的共有財産を守ろう」というのは運動的には地下鉄・市バス・水道民営化反対運動などがありうる。あるいは、政府の農民切り捨て・農業破壊にたいして、地域農業を守ろうなどで考えうる。が、他方、それが究極目的である賃労働と資本・賃金奴隷制の廃止と私有財産制度の廃止―共産主義の実現へのたたかいとどうつながっていくのかを展開していくことが問われるのではないか。この報告をベースに活発な議論を望みたい。


とある…ま、この「総会報告」が完全な論文じゃないんだぁ~coldsweats02ということだそうな。だったらなおさら個人名での「提起」として出すべきものだったのだろう。 

とりあえず、意見・論文募集中ということで…ではではvirgo

| | コメント (0) | トラックバック (0)

レジスタンスの中にコミュニズムは存在するか?

 2月下旬に「展望 19号」 が発行された。その中に「革命的共産主義者同盟関西地方委員会」名で、「未来へのレジスタンス ~時代の転換期といかに闘うか~」という論文が掲載されている。
 一方、この論文に対し、「資本論の終わり論2」ブログに「未来へのレジスタンス」について と題した批判が上げられている。書き出しだけ引用すると… 

 革共同再建協の機関誌『展望』19号(17.2発行)に 関西地方委員会名の「未来へのレジスタンス」なる文章が掲載されています。この文章は 編集後記には「関西総会への地方委員会からの報告」と記されています。総会でも、また事前の(案)段階でも この報告に対する反対意見が次々と表明されました。この報告(の内容)は 総会では採決されていないので、個人の見解に過ぎず 個人名で掲載すべきものだと思います。その上で討論の素材としてこの報告を載せるのであれば 当然反対意見を併せて載せるべきです。一個人の見解をいかにも党の見解であるかのように押し出すやり方は 中央派(清水・安田派)と同じではないかと思います。
 私は 事前の(案)段階で「報告はプロレタリア革命を否定するものであり 同志が今も革命の実現を願っているというのであれば 自ら撤回すべきものである」と意見書を提出しました。報告が公表されたので 誤りを明らかにしたいと思います。(以下略)


ということである。
 要するに、党の見解を表す論文なのに、「プロレタリア革命」が全く提起されていない…(党内で採決もされていないのに)革共同はいつから「レジスタンス政党」になったのか?ということである。

 批判文をふまえて、あらためて「未来へのレジスタンス」を読んでみる…なるほど、「当面の任務」的に言えば、こんなモンだろうな…という感じであった。ただ、「党内(総会)での採決」云々の手続きに関しては、私は知らないので何も言えない。

 あえて書くならば、p37の下の方に、こんな記述がある
 現代のマルクス派は、沖縄や福島、そして世界の反グローバリズム運動が未来のためのレジスタンスであり、その中にコミュニズムが息づいていることを見て取らなければならない。
 「レジスタンス」の中に「コミュニズム」を見る…レジスタンスとは、グローバリズム・資本の攻撃に対しての抵抗であり、それを「党」が主体的に担っていこうとする態度は正しい…しかし、抵抗はあくまでも「抵抗」に過ぎず、そこに「コミュニズム」が必ずあるというものではないだろう。
 「未来へのレジスタンス」の中でも(4)ナショナリズムを越えるに展開されているように、反グローバリズムの「レジスタンス」の中には、「トランプ現象」に見られるよう、民族排外主義や人種主義、偏狭かつ好戦的な愛国主義にまみれているものもある…これらは「コミュニズム=共産主義」には相いれないものである。

 「共産主義者の党」が「資本主義の暴虐」に対するレジスタンスに参加する時、そこに「コミュニズム」の論理や作風を持ち込み、提起しながらレジスタンスしなければいけないのではないだろうか?
 もちろん「コミュニズム」とは、労働者・人民の「自主的・自発的」な運動に基づくものであるし、そうでなければならない。自主的・自発的なレジスタンスの中に「コミュニズム」の萌芽を見つけ、それを発展させていくことも大切だろう…ただ、「萌芽」を見つけ発展させてゆくためには、党の人間が「コミュニズムとは何か」と、ある程度知っておかねばならない。(ここで「完全に」とか「良く知って」とか書かなかったのは、「完全なコミュニズム」とは永遠に未完成なものであると私が考えているからである)

 「コミュニズムが息づいていることを見て取」るためには、どうすればいいか?考えていかねばならない。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

戦略を練って声をあげることが大事

 明日、国会で証人喚問が行われる「森友学園問題」であるが、最初からこんな大騒ぎになていたわけでは、当然ない…始めは豊中市の市会議員、木村真氏の「疑問」から始まったのである。
 日刊ゲンダイインタビュー記事…森友問題を最初に追及 木村真市議が語った「疑惑の端緒」 を見てみればその経緯が分かる…2p目

 昨年の4~5月だったと思いますが、学校の工事現場の柵に児童募集のポスターが張ってあり、そこに靖国神社の鳥居らしき写真と一緒に教育勅語が載っていました。その時、ちょっと待てと。こりゃあ極右の学校じゃないかと。そんな小学校が豊中にできるのは我慢できない。早速、事務所で学校のHPを見たら、大阪市の塚本幼稚園が小学校をつくるというのが分かりました。この幼稚園は地元では右翼系幼稚園として知られていたから、これは何としても学校設置を潰さないといけない。そう思って調べ始めたのがきっかけです。

 その後の展開は、ご存じの通り…まず朝日新聞が取り上げ、関西ローカルで放送され、やがて国会で質問されて全国で報道…と動いたのわけだ。実は木村市議は、国有財産有償貸付合意書や、不動産の売買契約書の情報開示請求をしたものの、肝心の金額が非開示だったことに対し、国を相手取って提訴し、そのことを会見したというのである。…4p目

 その前に昨年10月末ごろから、今回の疑惑について3万枚のビラを作って市内を中心に配りました。籠池(泰典)理事長宅の郵便ポストには特別サービスで3枚ぐらい入れたと思います。ただ、豊中市だけで17万世帯もあるため、これではラチが明かない。じゃあ、マスコミに情報提供しようと。当初はなかなか報道されませんでしたが、売買金額の非公表の件で国を提訴して会見を開けば、どこかのメディアが取り上げてくれるかもしれないと考えました。結果、もくろみ通りといったら失礼な言い方ですが、大きく報道された。そういう流れです。

 3月19日の豊中での集会を主催した「瑞穂の国小学院問題を考える会」はおそらく、この提訴へまでの流れの中で出来た団体なんだろうと思う。具体的に集会の最後に行動提起として、「行政文書不開示処分取り消し請求訴訟」の第2回公判が大阪地裁で、4月27日(木)16時~とあった。(売買契約についてはすでに金額は報道等で明らかになっているが、当初非開示にしたことの不当性を問う裁判が続くわけである)また国有地の低廉売却について、近畿財務局を背任容疑で告発も行うとのこと。塚本幼稚園での「ヘイト・虐待」の課題や、「教育勅語」教育など、「右傾化・戦前回帰」と言われる教育、社会の流れを問い直す取り組みも引き続き行っていくとのことである。
 「森友学園問題」は今、安倍政権を追い詰めているが、ここまでいったのは菅野完氏や、まして籠池氏の「おかげ」だけではない…最初に「変だ」と気が付き、声を上げた木村議員と彼を支える豊中市民の働きがなければ、そもそも「問題」としても上がってこなかったのである。

 だから「おかしなこと」に対しては、まず「声を上げること」が大切なのである。そして出来れば、いかにマスコミ等に取り上げてもらうか等も含め、戦略的に動くことが重要なのである。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

日本会議と維新こそ問題の根源

 昨日は豊中市立中央公民館で行われた、「『森友学園問題』の背景と本質に迫る」と題する学習会に参加してきた。用意された部屋が満室になり、別室でビデオ中継を聞きながら…という集会であった。
Dsc06326

 だいたい、こんな感じ…
 開会あいさつと、「森友学園問題」の概要説明の次に、「幕引きを許すな!森友学園問題―止めよう壊憲暴走」と題して、新聞うずみ火の矢野宏さんからお話があった。
 ご存じの通り、森友学園問題は、籠池理事が「安倍首相から100万円の寄付をうけた」と爆弾発言を行い、3月23日に国会で籠池理事の証人喚問が行われることが決定している。
 いろいろな問題が出てきてややこしいことになっているのだが、2つのポイントがある…一つは、国有地の払い下げで、なぜ8億円もの値引きがされたのか?もう一つは、なぜ教育内容や財務状況に問題のある森友学園に対し、小学校の認可が下りたのか?ということ。これらの認可等に、政治家の口利き(もしくは役人の忖度)があったのか?ということである。
 そして政府・自民党の他、小学校認可については大阪府の権限であり、とうぜん知事を出している維新の中枢部分の関与も疑われている…大阪でこれだけ問題になるのは、大阪では自民党大阪府連より、維新のほうが強いという特殊事情があるからだ。

 しかし何と言っても、この「森友学園」疑惑に関連する人物を並べてみると、「日本会議」に行きつく(我々は「にほんかいぎ」と呼ぶが、右翼は「にっぽんかいぎ」とこだわって呼ぶそうだ)日本会議は1997年、「日本を守る会」と「日本を守る国民会議」が組織統一してできた。「日本を守る会」は1974年に鎌倉の円覚寺貫主、朝比奈宗源が伊勢神宮で「ご神託」を受けて始めた(なぜ僧侶に神託が下りるのかさっぱり分からないが、それこそ「宗教」である)もので、「日本を守る国民会議」は、保守派の政治思想を共有する財界人と文化人の集まりで、元々は「元号法制化実現国民会議」であった。作曲家の黛敏郎なんかがいた団体である。そして神道系振興宗教「成長の家」の谷口雅春の右翼思想を実現化し、かつ70年代の左翼学生運動に対抗して長崎大学の椛島有三が始めた右翼学生運動を担ってきた人達が中心メンバーである。いわば「成長の家原理主義者」である。なお、「成長の家」そのものは現在、政治活動を止めている。
 こうした人たちが、「草の根」に浸透し、かつ地方議会から意見書を上げてゆくなど、キャラバンを行って作っていった、保守・右翼運動の集大成なのである。そして安倍政権20人の大臣のうち、15人もが「日本会議」のメンバーなのである。(東京都知事の小池百合子も日本会議メンバーである)
 また「日本教育再生機構」というものがある。これは育鵬社の歴史修正教科書を促す運動を行っている団体である。2012年2月26日に大阪でこの団体が催したシンポジウムで安倍・松井会談が行われており、安倍は維新の「大阪府教育基本条例」を持ち上げ、意気投合したようだ。なんでもこの時、松井大阪府知事は、安倍に維新の「合流」約束を取り付けたとのこと…これほど安倍政権と維新、松井知事はズブズブの関係なのである。
 籠池氏が率いる森友学園・塚本幼稚園は、教育勅語の暗唱をさせる等、日本教育再生機構にとってはモデル校といってよい存在だった。これが今度、小学校を作る…日本会議・日本教育再生機構にとっては、自らの理想を実現する願ってもないチャンスだsign01かくして、どのような手を使っても認可・開校させる必要があったわけだ。
 安倍の教育改革が目指す将来像が、「瑞穂の国記念小学校」だったのだ…このように、日本会議と維新が、今回の問題のまさに核であり、逆に言うといかに日本会議が政治中枢に食い込み、思うように動かしていたのかということが明らかになったというわけである。

 従って「森友学園問題」は、単に安倍晋三に責任を取らせるだけでなく、右翼・日本会議を葬り去る闘いでもあるのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

真理<天皇 の教育勅語

 以前のエントリー教育勅語はなぜイカんのか? で、教育勅語の問題点として
①「天皇のために尽くせ」という道徳規範であること
②道徳を天皇の下に置いていること
を上げた。
このうち、②についてもう少し述べてみよう。羽仁五郎も喝破したように…
教育勅語の最大の問題は、道徳を天皇の権威の下においた(中略)教育勅語は実は人間を、道徳を、教育を目的としておらず、これらの最高の価値を尊重していないのである。

 この「教育を目的としない教育勅語」で教育された人間が世の中に広がった結果、どうなったかsign02

 ものごとの真理<<<天皇 と考える人間があふれたわけだ。そして…

 70数年前の戦争では、その戦争目的が正しいかどうか判断もせず、「天皇の命令である」からと、みんなして突入していったわけだ。
 そして、負けが込んでも止めることもできない…しかし、1945年8月15日、天皇が「戦争止~めた」と放送したら、素直にみんな矛をおさめちゃった。
 あの戦争(目的が「自存自衛」にせよ、「大東亜共栄圏の確立」にせよ、「八紘一宇」にせよ)が「正しい」のであれば、少なくとも戦争指導をしてきた高級軍人たちは、最後まで抵抗するか、自決すべきであったのに、それもしなかった。

 み~んな、天皇の言う事を聞いて初めて、戦争を止めたのである。

 もちろんこの「からくり」を、マッカーサーは良く理解しており、よって戦後の占領政策を円滑に進めるために、昭和天皇の戦争責任を問わず、天皇制にもほとんど手をつけず、温存したのであるが…

 真理<天皇の図式が成立していては、物事の真理や本質をつかむことができない。何が正しいか?判断できなければ、民主主義も成立しない。科学も技術も、進歩しない。
 ブルジョワ社会的に考えても、競争に勝つことはできないのである…「天皇制」に組み敷かれた日本帝国主義は、しょせん「自由」な米帝や英帝に勝てっこなかったのである。

 この「天皇制」は、残念なことに今も日本社会にどっかりと居座っている…「象徴天皇制」と名を変え、ソフトな感じに「変身」して…

 「教育勅語」なんぞ有難がっている「右寄り」政治家・文化人は沢山いるようだが、道徳や真理が天皇(あるいは国家権力)より下に位置付けられる社会は、衰退と滅亡に向かうしかないのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

教育勅語はなぜイカんのか?

 国有地を格安で払い下げてもらい問題になっている森友学園では、報道されているように国家主義的・右翼的な教育が行われている。塚本幼稚園では教育勅語を暗唱させるということが行われていた。あちこちに動画があふれているのでいちいち掲載しないが、ガキがやたらわめいているだけにしか聞こえん…

 で、この教育勅語…なにが問題かっていえば、天皇がわざわざ道徳についてえらそーなことを言っていること。これにつきるのである。
 とりあえず明治神宮のHPから、教育勅語のリンクを貼っておく。明治神宮とは

 これによれば…「私(明治天皇)は、私たちの祖先が、遠大な理想のもとに、道義国家の実現をめざして、日本の国をおはじめになったものと信じます。」だってhappy01

 あの~たかだか古代の「王様」でしょsign02国家の始まりに、道義もへったくれもあるわけが無い。ぼかぁ~んとよそからやって来て、地場の勢力を「奴隷化」したにすぎない(それが階級対立=国家の始まりである)…古事記にはちゃんとsign02日向の国から奈良盆地にやって来て、地場勢力を打倒したと書いてある。ようするに「侵略者」じゃなイカsign03

 とりあえず「王権」を正当化するため、律令国家成立時に中国から儒教思想を導入…ゆえに「教育勅語」も儒教的な徳目で占められている。
 明治神宮のサイトでは「明治天皇が…教育勅語を渙発されました」とあるが、もちろん明治天皇が作ったわけではない。山縣有朋や井上毅が起草したらしい。

 で、「一旦緩急あれば義勇公に奉じ 以て天壌無窮の皇運を扶翼」と続く。ようするに「天皇のために尽くせ」と言っている…いやぁ~「奴隷」になるための道徳なんだな、これdown

 もう一つも問題…天皇が道徳を語る(というか、教え諭す)ことで、道徳を天皇の下においていること。
 いくら「良いこと」が書いてあるとしても、その「良いこと」は、天皇よりも下であることを宣言している。「教育勅語」下の道徳は、「天皇が言っている」から、守らねばならないということになる。逆はすなわち「天皇が言わない」ことは、(いくら良いことであっても)やらなくてよいという判断基準を受け入れることになる。
 これが教育のど真ん中にくると、どうなるか?すべての学問や真理が、天皇の下に置かれる。正邪・真贋の判断も天皇の下に置かれる。

 これについて、羽仁五郎が次のような有名なエピソードを上げている。「教育の論理 文部省廃止論」(講談社文庫1981年11月第一刷)p55~56より…
 そのすぐあとで、その高校の校長室に集まっていた教師の一人が、先生は先ほどの講演のなかで、教育勅語は日本の教育をゆがめていた、つまり教育勅語のために、日本の教育は本来の目的をまったく失ってしまっていた、と話されたけれども、教育勅語に書いてあることは、父母に孝行し、兄弟仲良く、朋友相信じ、夫婦相和し、というふうなことで、それがどうして悪いのだ、と質問した。
 そこでぼくはその教師に、あなたの専門はなにですか、ときいたら、かれは数学を教えていると言う。そうするとあなたは、朕思うに三角形の内角の和はニ直角である、となることに、別に異議はないのですか、ときいたら、それは困る、と言うのだ。三角形の内角の和は、天皇が思うからニ直角になるわけではなく、客観的に、合理的にニ直角になるのだ、と言う。ではそれと同じではないか。親に孝行し、兄弟が仲良くし、友だちがたがいに信頼し、夫婦が相和するということも、天皇が思うからそうする、ということでは困る。天皇が思わなければ、そうしなくてもいいということになる。そこに問題がある。この点が、教育勅語のいちばん重大な点であろう。
 教育を尊重しない教育勅語
 教育勅語の最大の問題は、道徳を天皇の権威の下においた、ということなのだ。道徳とか教育とかいう人間の問題に最高の価値をおいているのではなく、天皇が最高で、道徳や教育はその下の二級のもの、一段下のものとしているのだ。つまり、教育勅語は実は人間を、道徳を、教育を目的としておらず、これらの最高の価値を尊重していないのである。教育勅語の目的は、教育や道徳にあるのではなく、天皇制にあり、その下で教育や道徳の価値を考えているにすぎないのだ。これが最大の問題なのである。


 「教育勅語はスバラシイhappy01」と考えている森友学園、籠谷理事は小学校の認可・開業のためなりふり構わず政治家に圧力をかけてもらうように頼み、また中国・韓国人を差別し園児や保護者に対し虐待・暴言を吐く等、およそ「道徳」とは縁遠い存在である。また森友学園の教育方針に賛同してきた安倍晋三、昭恵やお友達の日本会議、ネトウヨもどき連中たちも、この問題が火を噴くにつれトカゲの尻尾切りを図り、全く関係ないかのごとく籠谷だけを悪者にする(オイオイ、「朋友相信じ」はどうなった)連中もまた「道徳」なんぞは鼻もひっかけていないだろう…しょせん「教育勅語」とはそんなモノなのだ。

 右翼トンデモ小学校の開校を許さず、森友学園疑惑を追及して、安倍政権を打倒しようvirgo

| | コメント (3) | トラックバック (0)

「成長の質を変える」ことと「平等に貧しくなる」ことは違う

 2月11日に中日新聞の記事に乗せられた社会学者、上野千鶴子氏の論考(この国のかたち 3人の論者に聞く の2つ目)が波紋を呼んでいる。論考としては、少子高齢化が進む中、日本の排外主義的な体質が変わらないものとして、移民の導入を諦め、「みんな平等に、緩やかに貧しくなっていけばいい。国民負担率を増やし、再分配機能を強化する。つまり社会民主主義的な方向です。」とのたまった。
 日本の排外主義的な体質を不変のものと、社会学者の上野氏が断じてしまうことはいかがなものかとも思うし、社会民主主義が「再配分機能の強化」であることも半分正しいのではあるが、「平等に貧しく」とは、なんだかなぁ~とも思う…

 かつて「脱成長」ということが言われていた。70年代から始まった反公害、反原発等の運動が提起してきたもの…経済成長一辺倒の社会はオカシイsign01というところから始まり、左翼の中からは「スターリン主義」、社会が、これまた重工業を中心とした「経済成長」をスローガンに、自由や人権を抑圧するとともに環境破壊を続けてきたことへのアンチとして、80年代ぐらいには盛んに言われていたものである。反公害から、環境運動と続いてきた潮流(緑)と、左翼(赤)の中から既存の「社会主義」にある経済成長一辺倒路線を批判する部分が、いろいろ出し合ってきた…そうした中から、資本主義社会を撃つ「別の思想・潮流」が生まれてきたのである。これは現在にも「脱原発運動」の中に流れ込んでいる。
 基本的には「社会のあり方を変えて、成長の質(中身)を変えよう」ということである…例えば原子力を使って電力を作るのでは無く、自然エネルギーを使おう…ということだ。(ただし私は別の意味で自然エネルギーには反対である…分かりやすい例示として挙げている)原子力をガンガン使うシステムで「成長」するモデルがこれまで評価されていた。その指標でみると、自然エネルギーを使った場合のモデルでは成長が「緩やかに」あるいは「減少」して見える。しかしそれでも社会は運営され得るのだsign01ということだ。(ただし「自然エネルギー」に関して、今の脱原発主流は「自然エネルギーのほうが雇用も増え、経済成長する」というロジックを使っている)
 さて、少子高齢化でかつ「移民」を導入せず人口が減少する社会モデルを考えるにあたって、「社会の組みなおし」が必要になる。なぜならこれまでの社会は人口が右肩上がりであることを前提に組まれていたからだ。社会を組みなおすにあたっては、当然「リストラ」される産業・部門も出て来る…住宅建設なんか、そのいい事例だ。新規の住宅はもうガンガン建つことはなく、これまであるものをリフォーム・リユースしてゆくことが求められる。あるいはぶっ壊して「更地」にする需要だってあるだろう。こういった産業の「組みなおし」の中で「成長の質」は変わる…それだけだ。組みなおしをやっている段階で、かなり資源や労働力を使うことになるので、成長はそれなりに起こる…実は「脱成長」もそうゆうことである。産業・経済構造を変える中で、成長は起こるから、「脱成長」をやる=「衰退」し、「平等に貧しくなる」ということではない。
 とはいえ現在、「脱成長」=「衰退」…ゼロもしくはマイナス成長…と考えられていることも事実だろう…たとえば上野氏に対するトータルの批判としてまとまっている、脱成長派は優し気な仮面を被ったトランピアンである の「脱成長派」の使い方はそうである。

ま、もともとの「脱成長」とは「成長の質を変える」ということだったのだ…ということが言いたかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧