かくめいのための理論

教育勅語で道徳教育をしてはイケナイ!

 ちょっと古いチラシからのネタ…10月25日に「森友学園」疑獄を許すな!実行委員会の方たちが実施した、怒りのデモの案内チラシより。
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 で、その裏面には
「教育勅語」は民主主義社会とはまったく相容れないもの‼という解説が分かりやすく示されている。
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 真ん中の男性のセリフに注目しよう!
 「教育勅語」には、仏教の五戒、キリスト教の十戒に共通する「殺すな」「盗むな」「姦淫するな」「うそつくな」の4つの戒め=人の道の基本は示されていないんだよ!天皇につくすためになら日本兵の残虐行為も許されたんだね
 とある。

 まさにその通りで「教育勅語」の12箇条には、孝行して学業や仕事に励み、法律を守って天皇のために尽くせ!としか書いてない…世界宗教が説き、また人間生活に必要な基本原則「殺すな」「盗むな」「姦淫するな」「うそをつくな」という徳目を欠いたシロモノを道徳教育の教材として使えるわけないだろう!
 ちなみにキリスト教(ユダヤ教やイスラム教も共通だろう)の十戒の他の部分は、一神教(他の神を認めない)、偶像崇拝禁止、安息日他であり、仏教ののこりの1戒は、不飲酒(ふおんじゅ)…酒飲むな!ということ。(キリスト教には無い…それやると「キリストの血」ワインが飲めなくなるから)

 下の女性のセリフ
「天皇のために命をささげよ」それこそが「誇りある日本人としての美しい生き方」と教える教育を森友学園は幼稚園でおこなってきたし、そんな小学校を作ろうとしていたのね。
 今の民主主義社会と相容れないような教育に共感した安倍夫妻やおおさか維新はこぞって森友学園を応援していたわけね。

 そう、安倍晋三は「うそつくな」が抜けている教育勅語が大好きなのだ!だから平気でうそをつくのだ!
 おおさか維新の連中は、どうかな?

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「追想にあらず」だそうです…

 本の宣伝…70年代に活動した、ブンド・赤軍系の人たちの”記録”…”総括”なのか”反省”なのか、文句たれてるだけなのか…とにかく”追想”ではないそうだ。

世界的な格差と貧困、分断が進みゆく今日。
半世紀前の日本の闘争の時代を、解雇や追想でなく史実として振り返り、記録にとどめ、未来へ向けて伝えたいとの思いで作った本です。
1969年から半世紀の時を経て、2019年12月、刊行。
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講談社エディトリアルより2019年12月20日発売
四六版 640ページ 1,980円(本体1,800円)
◆出版発起人 三浦俊一(代表) 榎原均 新開純也 高原浩之 物江克男 八木健彦
◆小川智子
追想にあらず
~1969年からのメッセージ~
◆ご購入の方法
・全国の大型書店で販売(店頭にない場合はご注文ください)
・amazon、Yahoo!ブックで通販
・個人的に購入をご希望の場合はメールまたは電話でお問い合わせください。
miura_bund@yahoo.co.jp  090-9236-9148(三浦)
[送料不要、税込1冊2,000円をご入金下さい)

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ここには、おそらく多くの同時代の若者が共有していたであろう怒りや希望、問題意識、そして挫折と苦悩がある。わたしたちが後から戯画化してしまって、了解ずみのような気になっている出来事の中に、ひとつの時代を徹底して生き抜こうとした無数の人生がある。このような真摯に生きようとしたひとりの人間が、時代状況のなかで、どきに決して賢明とはいえない選択をしたこと、それはいまを生きるわたしたちと、決して無縁ではない。
―酒井隆史「『追想にあらず』によせて」

『追想にあらず~1969年からのメッセージ』
寄稿 酒井隆史「『追想にあらず』によせて」

ハイジャックから半世紀を経て
小西隆裕 「医学から革命へ」「ハイジャック闘争を総括する」
若林盛亮 「ライク・ア・ローリング・ストーン」「『革命家』への飛翔」
赤城志郎 「赤軍前史」「ハイジャック、その後問われたもの」
魚本公博 「ブントは私の”居場所”だった」「ハイジャック前夜」
森順子  「手記」
三浦俊一 「拉致問題と<よど号>」

国際的な連帯と解放のために
重信房子 「国際主義に目覚めて」「資料 日本赤軍の軌跡」
足立正生 「昨日、今日、そして明日も続ける」

大学キャンパスから街頭へ
三浦俊一 「全共闘から赤軍へ」
大越輝雄 「今はむしろ背後の鳥を撃て!」
足立鐘平 「69年大学入学、19歳で大菩薩峠へ」

武装闘争の敗北に学ぶ
高橋浩之 「世紀を越えてブンドと赤軍派を考える」
八木健彦 「先進国武闘とその敗北の必然性」
物江克男 「党、風土、リアリズム」

遺稿にあらず~先人たちのメッセージ
西浦隆男 「見果てぬ夢/森恒夫について改めて思うこと」
成島忠男 「激動の60年代とマル戦派」

武装闘争から陣地戦へ
榎原均  「健軍の時代」
佐藤秋雄 「ブントから武装闘争へ」
新開純也 「関西ブント―赤軍派」
榎原均  「政治運動と社会運動を横断する新しい大きな物語を紡ぎだそう」

寄稿 太田昌国 「日本の左翼はなぜ影響力を失ったのか」

ご支援のお願い
本書は有志による自費出版です。ご支援(カンパ)を頂ければ幸いです。
◆お問い合わせ 090-9236-9148(三浦俊一)
◆支援金の送り先 京都中央信用金庫 上桂(かみかつら)支店(店番号118)普通口座0194210(モノエカツオ)

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中曽根と安倍の違い

 昨日、死去が報じられた中曽根元総理も、戦後5位の長期政権を誇った。また昨日書いた通り、レーガン・サッチャーと同時代に進められた、資本主義の危機の救済策→新自由主義(もちろん当時そんな言葉はない)政策導入を推し進めた政権であった。
 中曽根は自民党・保守の「傍流」から出てきた。それまでの「保守本流」は、「改憲」とかはやりたくてもイデオロギー色は極力排し、経済成長を追及してそのおこぼれを配分する、社会党や総評も強かったのでその主張を取り入れ、「ケインズ政策」も進めるというものだ。資本主義が行き詰まり、それがやっていけなくなったので、労働者民衆に対してむき出しの敵意を画さず、改憲も訴える傍流の中曽根が登場したのである。
 だから彼のやる政策は、マスコミ等も巻き込みつつ「このままでは日本はダメになる!」といった危機感をあおり、左と対峙しながら民衆の支持を取り付けるというものだった。そこには一応「資本主義の危機に対応する!」という大義名分がある…そこでの対決に、左の側は大敗したので、中曽根「臨調・行革」路線は一定成功し、日本帝国主義は90年代に生き延びることになる。

 対して、憲政史上最長の在任を誇る安倍政権は、どうか?
 確かに資本主義の行き詰まり情況は、80年代の中曽根時代よりも進行し、どうしようもなくなっている。乗り切り策としての新自由主義政策…それは中曽根から小泉に引き継がれた…も、格差の拡大と社会の分解を推し進め、かつ資本主義そのものの持続可能性すら疑われるようになった。左の「薔薇マークキャンペーン」のみならず、保守の側からも新自由主義政策に反対する、ケインズ政策に戻ろうとする潮流が出てきている。
 だが安倍政権はそういった「危機意識」を前面に打ち出して「改革」をやろうとする政権ではない。ただただ政権維持のため、「一億総活躍」だの空虚なスローガンを繰り返し、なんかやってる「ふり」だけして、民主党政権における民衆の失望に「のみ」乗っかって政権を維持してきたものだ。安倍の「危機アジり」は政権浮上のための朝鮮・韓国敵視のみである。少子高齢化を「国難」と称して選挙を闘ったこともあったが、そんなものは随分前から問題だったし、それを解決する「改革」案なんか安倍は提起できていなかった。中曽根のように、資本主義の危機をアジって、それを乗り切ろう!という政権ではない。
 もちろん安倍政権は一時政権の時の「教育基本法」改悪や、集団的自衛権を認める安保法制、共謀罪の新設等、イデオロギー的に右寄りでかつ国論が二分されるような案件については、強行採決などの強い意志をもってやてきたし、「改憲」も推し進めようとしている。それは注視しないといけない。ただ中曽根が目標とした「改憲」は、彼の発言「行革でお座敷を綺麗にした後、床の間に立派な憲法を掲げる」に見られるよう、彼が資本主義の危機に対応して乗り切るための国家改造…「戦後政治の総決算」終了後の総仕上げと位置付けていた。それに対し安倍の「改憲」は、どうも彼の個人的名誉…「改憲をした宰相として名を遺す」に裏打ちされているようだ。資本主義危機の乗り切りとしてあった自民党改憲草案もどうでもよくて、「9条加憲」論や「お試し改憲」なんて論法が出てくることからもそれが伺える。
 
 中曽根も多くの自民党政治家と同様、カネと疑惑にまみれた政治家であった。ロッキード事件で有罪となった田中角栄の後ろ盾があって総理になったわけだし、本人にもリクルート事件をはじめとする疑惑があったが、結局うやむやにされた。ただしそれは「自民党政治」という大きな枠組みの中に位置づけられ、保守の中においては一定「正当化」もされるものであった。
 だが安倍がまみれている疑惑…モリカケから「桜を見る会」まで…は、その「自民党政治」をも私物化し、自らとオトモダチを優遇するために使っているというものだ。レーニンが喝破した「帝国主義の腐朽性」を地で行くもので、また動く金額もセコいといえばセコい。そのくせ「政権の危機」につながりそうになれば、官僚機構総出で隠蔽、改竄まで行う。本人や閣僚も「息を吐くように」ウソの答弁をする、あるいは答弁も説明もしないまま逃げる。中曽根も「二枚舌」と言われ、ウソやごまかしをやったわけだが、ここまでは酷くなかったのだろう。

 中曽根がやった「国鉄分割・民営化」では、自殺者が200名以上でたと言われている。彼がやった国家改造、「臨調・行革路線」は巨悪である。それに比べると、安倍のやってることはコソ泥、小悪なのかもしれない(それでも官僚が死んでいる!)だが、我々はこの小悪ですら打倒ることが出来ていない。そして小悪がのさばり、居直る中で、日本社会が持っていた倫理や論理も確実にぶっ壊れていく。中曽根は総評・社会党をぶっ壊し、左翼をぶっ壊した。小泉は左翼がいなくなった後、調整機構として残っていた自民党をぶっ壊した、そして安倍は自らの保身のため、日本社会をぶっ壊そうとしている。

 中曽根を打倒することは出来なかったが、その悔しさを含みながら、
中曽根より「小悪」の安倍打倒に邁進しようではないか!
 

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辺野古ではまともなコンクリートを打つ気がない!

 辺野古の新基地建設現場では、繰り返し生コン車が何十台もいっぺんに入って来る。また先週はずっと天気が悪かった…私はコンクリートを練ったり打ったりする技術でメシを食って来たので、そのへんのことについて書く。
 まず、基本的に雨が降っている時にコンクリートを打設してはいけない。コンクリートを練り混ぜる時は、セメント・水・砂・砂利その他の量をきっちり計量してから練り混ぜる。水の量はコンクリートの施工性の他、強度や耐久性に関わるので重要なファクターである。雨の中でコンクリート打設をすると、その水の量が変化する恐れがあるからだ。よって、原則として雨が降っている時はコンクリートの打設をしない。ただし、屋根がある、シートで被う等の対策をして、打設現場で雨水の進入を防ぐことが出来るのであれば、その限りではない。また少々の雨ならばコンクリート打設をしても問題がなさそうであるが、その目安は「人間が傘をささずに我慢できるかどうか」である。すなわち、傘が必要なぐらいの雨が降るのであれば、コンクリート打設は中止する必要があるのだ。
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 11月18日の朝、生コン車が40台ぐらい来て、シュワブゲート内に入っていった。昼は35台来た。すなわち施工業者はこれだけのコンクリートを打設するにあたり、打設時間中は「傘が必要になる」程の雨は降らないと「予想」したと考えられる。生コン車が沢山来るということは、そんなに激しい雨が降らないという天気予報代わりになるのだが、この日はけっこうな雨が降った…施工業者の「天気予報」は見事に外れたのである。

 さて、生コン車が40台来れば、合計のコンクリートの量はどのくらいになるか?今、普通の生コン車はおおむね4.5㎥のコンクリートを積んでいる(厳密にいうと、コンクリートの質量は2.3t/㎥を目安とするので、2.3×4.5=10.35tとなり、10t積みトラックでは過積載となる…そのため、4.25㎥とか、4㎥しか積んでいない可能性もある)であるから生コン車40台では、4.5×40=180㎥となる。
 一方、コンクリートを打設するスピードは、ポンプ車の台数や作業員の人数等にもよるが時間あたりおおむね60㎥ぐらいが限度である。だから180㎥のコンクリートを全部打設するには単純計算で3時間はかかる。ところがコンクリートには練り始めから打設終了までの時間が定められており、例えばJIS A 5308レディーミクストコンクリート には、9.4運搬b)において
 生産者が練混ぜを開始してから運搬車が荷卸し地点に到着するまでの時間とし、その時間は1.5時間以内とする。ただし、購入者と協議のうえ,運搬時間の限度を変更することができる。
 とあるし、土木学会コンクリート標準示方書【施工編】には
 7.2 練り混ぜから打ち終わりまでの時間
 練り混ぜてから打ち終わるまでの時間は、外気温が25℃以下のときで2時間以内、25℃をこえる時で1.5時間以内を標準とする。これらの時間を越えて打ち込む場合には、あらかじめコンクリートが所要の品質を確保できることを確認した上で、時間の限度を定めなければならない。
 とある。このへんのことは、コンクリートを扱う技術者にとっては基本中の基本だ。
 180㎥ものコンクリートをいっぺんに持ってきても、終わりの方は規定内の時間に打設することはとうてい難しい。上記2つの基準についても規定時間の限度は「協議」や「確認」の上変更できることになっているが、それも無制限ではあるまい。本当はコンクリートを大量に打設する場合、コンクリートはその都度持ってくるのがセオリーであり、一ぺんに大量に持ってくることが邪道なのである。
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 写真は18日昼の搬入時、「第二ゲート」バス停付近に32台目の生コン車を確認したもの。
 実はシュワブの現場には「定置生コンプラント」がつくられていて、抗議行動で生コン車が来られない、時間オーバーになるリスクに対応しているハズなのだが、なぜかその定置プラントは使われず?わざわざ市中から生コンを買って持ってくるということをやっている。定置プラントを使えば「生コン業界」が儲からないからだろうか?
 現場でどんなコンクリートの打設をしているのかは定かでないが、いずれにせよ元請け、大成建設やその下請けのコンクリート打設業者はロクなコンクリートを打っていない、いいコンクリートを打設する技術も能力も気力もないことが伺える。こ奴らは私にとっては打倒対象だぜ!そのことが実地で判明したことも、今回の辺野古現地での収穫でもあった(^^)

 おまけ…前にも書いたが、抗議行動の現場では生コン車のことを「ミキサー車」と呼んでいる。建設業界でない一般の人はそう呼んでいるのだが、生コン車には「ミキシング(練り混ぜ)」する能力は無い。やっているのは「アジテ―ト(攪拌)」である。だから生コン車は正確には「トラックアジテータ」と呼ぶし、業界では「アジテータ(車)」「アジ車」なんて呼び方をする。この呼び方は一般的ではないので、本ブログでは「生コン車」と呼ぶ。

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「軍事的合理性」に抗する話

 先週、「けーし風」(けーしかじ)第104号の読者の集いに参加した。今回の特集は「島々の軍事要塞化に抗して」と、南西諸島への自衛隊配備に対する闘いである。
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 改めて「島嶼防衛戦争」準備として南西諸島への自衛隊配備が勧められている事実に戦慄する。と同時に「沖縄問題」として捉えると、宮古島や石垣島、与那国島のほうがクローズアップされるが、軍事演習などは奄美大島や種子島などの「鹿児島県」の島々で激しく行われている。観光地として沖縄より注目されていない離島で、バンバン軍事演習・日米共同訓練などが行われていることを注視しないといけない。
 そして「琉球弧」として見た場合、沖縄戦の記憶が残る沖縄島には新たな自衛隊基地を置けないので米軍基地を残し、そこを自衛隊も使う(辺野古新基地も当然、自衛隊の使用が織り込まれているだろう)その他の島々には自衛隊を堂々と配備し、南西諸島の軍事要塞化を推し進めていくのだろうという視点が必要だろう。

 「読者の集い」の中で、例えば住民投票を要求する署名運動の結果も無視して基地建設が強行されるなど、なぜ住民の意見を聞かないで進めるのか?という疑問があったのだが、それの答えは「軍事的合理性」は住民の意識を超えるから…ということに他ならない。敵を迎え撃つのにここが一番いい陣地です!という時に、いちいち住民の声なんか聞かない…それが軍隊・軍事というものだ。
 「辺野古新基地建設反対」の場合、沖縄に海兵隊がいることは別に抑止力でもなんでもなく(海兵隊にそんな役割はない)ただ政治的にそこにいる(日本政府が決めたから)ことを根拠に反対できる。それに対し、「島嶼防衛」を口実に行われる自衛隊配備…ミサイル部隊の配備、一旦奪われたら、後で海兵隊的なものを使って”奪還”する作戦等…は、それなりに「軍事的合理性」があるからやっかいだ。
 島々を防衛する場合、制海権・制空権の確保は欠かせない。本来は海軍兵力・空軍兵力によるべきものなのだが、地対空、地対艦ミサイルを重点的に配備するのが手っ取り早い。また過去の戦訓から、島には強力な陸軍兵力は置けないので、島嶼防衛は難しい…一旦敵に明け渡した後、奪還するほうがやりやすいのである。だが「一旦敵に明け渡した後、奪還する」と書いたが、狭い島々には人が暮らしているのだ。そこで獲ったり取られたりの攻防戦を行えばどうなるか?沖縄戦の歴史を想起しよう!
 だから「軍事的合理性」に抗するには、戦争があることを前提にした政治・政策そのものが間違っている!と声を大にして言う必要がある。私はあんまりこんなことは言わないのだが、ここでこそ日本国憲法9条の理念が試されるところなのだ!

おまけ…MMTについて、考えるあるみさんのブログを更新しました。

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11・10太田昌国講演会(後編)

 後半は反弾圧レポートということで、全日建連帯労組、関西生コン支部の西山直洋さんからあいさつ。安倍「スーパーウルトラ独裁政権」からやられていると笑いをとる。関生弾圧では滋賀県警、京都府警、大阪府警、和歌山県警、奈良県警が動き(兵庫県警は「山口組」の問題があるのでパス?)これまで87名が逮捕され、60名以上が起訴された。留置所には窃盗や覚せい剤など他の犯罪容疑者もいるが、生コンの事件があるからお前ら後回しやと言われる…で「あなたら何やったんですか?」と他の容疑者から尋ねられるそうだ。
 自分は保釈されているが、保釈条件も酷い…全組合員と会ってはいけない、組合事務所に行ってはいけない。そして保釈金は700万円!である。そして関電の汚職問題にもふれ、労働組合が経営をチェックしていないからああゆうことが起こるなどと述べられた。
 西山さんの後、いよいよ本題の太田昌国氏の講演「壊れちまった世の中で、今日は何を言う」である。太田氏ははじめに、現在の日本社会がとてつもなく壊れてしまっている。だが少し前は「まとも」だったのか?どこまで時代をさかのぼれば「まとも」になるのか?その辺を考えていないと、足元をすくわれる。また最終的には安倍は辞めることになるが、彼が壊した7年間をもとに戻すのは大変なことだろうと述べられた。
 そして世の中が壊れる「前史」について、90年代から説き起こし始める…天安門事件、ベルリンの壁崩壊、冷戦終結で「社会主義・共産主義」が崩壊した。「社会主義」がなぜ人々を引き付けたか?これは資本主義社会のあり方への批判であり、その有力な根拠であったのだが、それが崩れたということを客観的に認めなければならない。一方、湾岸戦争が起こり「国際貢献論」から自衛隊掃海艇がペルシャ湾に派遣される。ここで憲法9条の堤防が決壊したと判断する。現代資本主義の「勝利」とグローバリゼーションの世界制覇は圧倒的な力であり、人びとに無限の「現状肯定意識」が浸透した。批判的な言論が衰退し、批判的な本が社会から姿を消していった。
 1995年に阪神・淡路大震災と、オウム真理教の地下鉄サリン事件が起こる…絶え間ない災害は不安感・無常観・諦観を呼び起こすが、不安に乗じて権力は思う通りできる。97年に日本会議および「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」が結成され(安倍晋三はその有力なメンバーだ!)2002年の日朝首脳会談後に、拉致問題が日本社会を席巻した…このあたりを、太田氏は日本社会の転換点であると考えているそうな。
 太田氏はそれでも90年代は「社会主義」という批判点はなくなったものの、そこには「せめぎあい」があったのではないかと説く…そして「慰安婦」問題を事例に、いかに日本社会が不十分ながらもそれを認め「解決」に動こうとしていたかを説明するとともに、2001年、NHKのETV特集「戦争をどう裁くか―問われる戦時性暴力」における改竄事件、圧力をかけたのはまだ若手議員だった安倍晋三らである…ここでひっくり返るのである。
 90年代の動きは、小泉・安倍(1次)政権でなぜひっくり返ったか?小泉はこれまでの自民党とは徹底的に違った。「自民党をぶっ壊す」という、主張は明確だったが、中身がない…そこで5年間、はぐらかされた。そこで徴用されたのが安倍晋三、ウルトラライトが浮上してきた。小泉政権で2002年日朝首脳会談で「国交正常化」が吹き飛んで、朝鮮憎しの「拉致問題」が日本を席巻するが、この時に安倍晋三が対朝鮮強硬派として台頭する。朝鮮に対応するのに安倍晋三だとしいう「刷り込み」が行われ、2006年に”国民的に人気の高い”安倍第一次内閣が発足する。「敵」をつくって政権基盤をつくるということは各国がやっているが、それが日本で起こっている。
 日本国内の契機だけでなく、国際的あるいは東アジア的契機を導入することで、日本社会が壊れてしまった原因は何なのかということが見えてくる。「明治150年」史観、日清戦争以後「50年戦争」を繰り広げた日本帝国、関東大震災と朝鮮人虐殺(日本社会主義者の虐殺と「等価」では決してない)、1945年敗戦時の問題、戦後民主主義と平和、その裏で日米安保と朝鮮戦争・ベトナム戦争のような、東アジアの戦後史はどうだったか?そして「拉致」問題と植民地支配の忘却、忍び寄る排外主義…これらから見えてくることは、自国中心主義であり、他者・他国の「不在」である。そして近代日本の歴史を把握する上で「民族・植民地」問題が決定的に重要であるが、理想主義が無残な敗北を喫した現在の思想的な痩せ地にあっては、その「民族・植民地」を体現する人びとに対する「憎悪・嫌悪」表現を行う者たちが楽し気に踊っている。同じ考えの人物が長年首相の座にあるのだから…そしてこれは「安倍1強の責任」というだけではない!ということだ。

 いかにも太田昌国氏らしい内容の講演であったが、いまさら感もある…植民地支配責任・戦後補償問題における揺り戻しについてはまさにその通りというところであるが、ソ連崩壊・冷戦終結→それまでの「社会主義」に代わる対抗軸の欠如ということは、ず~っと言われて来たことだし、30年たってまだそれが確立していない(せいぜい「ケインズ主義」が復権しつつあるぐらい)のであれば、それを作り出す議論や構想が必要だろう。そうゆう意味では後ろ向きですらあると感じた。

 そんなこんなで集会は終了…みんなで椅子をかたずけ、帰路についた。

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11・10太田昌国講演会(前編)

 10日日曜日、大正会館ホールで行われた太田昌国講演会に参加してきた。(写真等は、なし)12時半の開場少し前に行って、チケットを渡し受付…会場ではちょっとした軽食なんかも売っていて、それを食べる人もいた。
 13時少し前に開会、司会進行、音響等は趙博さんである。まずスタンダップ・コメディーでナオユキさん「商店街、酒場のカウンターで飲んだくれ」「やさぐれ女が飲んでいた」「真っ赤な顔してろくでなし」…等々、街の居酒屋でのあるあるネタを披露すると、館内は笑いの渦に巻き込まれた、すごく面白かったぞ!
 続いて、川口真由美さんのミニライブ。「ケサラ」「真実は沈まない」のおなじみの歌の他、「沖縄よどこへ」という歌が披露された。
 特別報告①で角岡信彦さんが「ふしぎな部落問題」と題する講演をされた。角岡さんは兵庫県の被差別部落出身者である。本日、天皇代替わりパレードが行われることを引き合いに出しながら、天皇制と部落問題はかぶるところがある、国の広大な土地に決められた一族しか住めない「天皇制」も「地と血」(と書いた紙をかざす)、土地と血縁が重なり合った問題であると説明された。その後「部落差別」をなくすことに反対する人はいない。ところが「なくす」ことは部落をなくすことなのか、部落を残したまま差別をなくすことなのか?障害者差別をなくす運動を考えれば分かるように、差別をなくすことは当事者をなくすことではないのだが、これがはっきりしないままこれまで取り組みが行われて来た。差別があるから反対運動があるのであって、部落は残る…という問題提起をされた。
 次に「どこ×だれ」と書かれた紙を掲げ、インターネットが出てきてから、部落問題が一変した。ネットで調べればどこが被差別部落なのか、誰が部落民なのかが分かる(と言って、ネットで検索した大阪市内の被差別部落を示す地図を表示)これを取り締まる法律もない、部落や、部落民であることを隠せなくなっていると述べた。
 その上で、部落民というのは、差別がないと存在しない者で、カテゴリーとしてはなくなるべきものなのだが、では部落民とは何か?と、自分の家系図(といっても、祖父母と兄弟のみ)を紙に書いたものを示した。祖父母、父母は部落出身者と結婚しているが、兄弟は3人とも部落じゃない人と結婚している。部落同士の結婚が減っているのだ(これは差別が弱まっているからとも言える)では自分の姪は部落民なのか?自分は部落民ではないが、部落関係者だと思っている。人は「関係ない」と思っていると、差別意識を持つようになる。だからいろんな「関係者」になって欲しいと結ばれた。
 特別報告②は、アジアプレス・インターナショナル で朝鮮報道に携わる石丸次郎さんが「北朝鮮と如何に向き合うか」と題する講演である。(石丸さんは「北朝鮮」と発言されているが、本文では呼称を「朝鮮」とする)石丸さんは80年代の学生時代、日韓連帯、韓国民主化運動と係り、88年には韓国に語学留学へ、93年に初めて朝鮮へ行くと、内情は韓国側が「反北宣伝」で言っていたことと変わらなかった。朝鮮の正体を知りたいと思い、朝鮮の取材を始めたとのこと。学生時代、確たる情報もなく憶測で朝鮮の「世襲」を擁護するような発言をしてしまったことへの思いもあるようだ。
 パワーポイントで説明される…朝鮮は「スーパーウルトラ真正独裁」国家であると批判、システム的に野党が存在できない。また「プロレタリア独裁(共産党・労働党の1党独裁)」を標榜しつつ、金一族独裁をその上に乗せた二階建て構造である、労働党の上に金一族独裁がる体制だと述べた。「党の唯一的領導体系確立の十大原則」が憲法や労働党の規約よりも上の最高綱領として掲げられ、そこには金日成・金正日主義の真理性・純潔性の徹底的固守や、党と首領に対する忠実性を尺度に全ての人を評価する等書かれていることが資料として示された。朝鮮の人々はこの「十大原則」についての点検会議を1週間に1回、生活総括として必ず行い、生活手帳に「十大原則」の何が出来なかったのか書かなければならないそうだ。
 とはいえ日本は朝鮮とどう向き合うべきか?安倍政権は「前提条件なしの会談」などと言っているが、そうではなく関係改善にむけた行程表、ロードマップをつくって、公に提案すべきであると述べた。日朝国交正常化には4つの条件が必要で、それが①植民地支配の清算②朝鮮半島の統一と非核化に寄与すること③朝鮮の民衆の具体的利益になること④拉致問題の解決ないし前進 である。拉致問題とは、朝鮮が日本と対立するために起こした問題ではなく、南北対立に日本が巻き込まれた問題である。双方で拉致問題が「未解決」であることを確認した上で、①真相究明作業は継続するものの、解決の前提とはしない②謝罪は求めるが、実行犯・責任者の処罰・引き渡しは求めない(物理的に無理だろう)③損害賠償は放棄する④日本の独自制裁は、国連安保理決議に抵触しない範囲で解除する…ということを提案された。
 最後に石丸さんは、朝鮮の民衆がおかれている状況にも関心をもっていただきたい。自分は淡々と取材したものを出すだけなのだが、ネトウヨが喜ぶ記事を書いていると朝鮮総連から批判を受けたりもするなどと述べた。そして「帰国事業」で9万3千人もの人が朝鮮に渡っている。その人たちがどうゆう生きざま、死にざまだったのか、NGOを作って記録している。帰国事業は人道事業として、自民党から共産党までみんな賛成した。どうか関心をもって欲しいと訴え、11月13日(水)、18時半から「大阪市立住まい情報センター」3階ホールで行われる「北朝鮮貴国事業とは何だったのか」集会への参加呼びかけを行った(配布資料に案内あり)
 石丸さんの講演終了後、20分ほど休憩…会場内で売っていた角岡信彦さんの「ふしぎな部落問題」(ちくま新書 2016年6月)を購入した。

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首里城再建を国にやってもらわない!

 首里城の再建について、日本政府、安倍政権は全面的にバックアップすると言っている。だが、安倍や菅の言うことを額面通りに捉えてはイケナイ。彼らは首里城再建のイニシアチブを握ることで、辺野古新基地建設等で抵抗する沖縄県民の背骨を折ることを狙ってくるだろう、注意せよ❗
 もちろん、重要な文化財…沖縄がかつて日本とは違う国家であり、違う文化をもっていたことを示す首里城の再建に、日本政府がお金を出すことは当然のことである。これは自明のことであるということを確認した上で…なおかつ、国に再建のイニシアチブを取られないようにすることが肝心だ。
 昨今の「表現の自由」に関する出来事を見ると、金を出す国(の意向)に逆らうな❗といういやぁ~な流れも出てきている。政権を忖度した「世論」の攻撃も、当然あるだろう…曰く、「国から莫大なお金をもらって再建する…だから沖縄は政府の方針に逆らうな❗」と…

 そんなものには負けてはいけないし、また負けないように、日本政府・国家のイニシアチブを排除し、沖縄をはじめとする民衆の力、および沖縄を支える人たち、世界の良識の力で再建するんだという姿勢、態度でのぞむことである。

 もちろん、こうゆうことは心ある沖縄の人たちや支援者は、十分理解しているだろう。

 さしあたっては、再建費用をそういった人たちの寄付をできるだけたくさん集めることである。たとえその金額が、再建にかかる全ての費用に比べ、少ない金額であっても…できるだけ、沢山、集めるのだ。

 国にはカネは出させるが、国に再建を「やってもらう」という気持ちではダメである。そこのところは確認しておきたい。

 関連リンク…Y!ニュース沖縄タイムス
首里城の再建費用「甘く見ても倍かかる」それでも国は前向き 県側からの官邸要請に批判も

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山本太郎、さらに踏み込む!

 以前、山本太郎首相で日韓関係再構築は可能か?という記事を書き、そこで
 ということで「山本太郎首相」で日韓関係再構築、日韓基本条約の革命的見直しは、おそらく難しいのだろうと考える。
と書いた…だがそれは間違っていたようだ。

 長州新聞が九州に山本太郎を追いかけて行って書いた記事、れいわ新選組・山本太郎の九州ツアー 宮崎での街頭記者会見(文字起こし)
を読んでみると、彼がかなり踏み込んだ発言をしていることが分かる。記事の最初のほうにあるから、読んでほしい。

意見(男性) 歴史認識と、これからの日韓、日朝関係について質問したい。日本はこれまで朝鮮半島に対して踏みつけてきた歴史がある。今、韓国も北朝鮮も日本に対して怒っているなかで、山本代表として韓国、北朝鮮政府とどう対峙していくのか。

山本 歴史は決して修正してはいけないし、悲しい歴史はきちんと見つめる必要がある。当時の日本には言い分もあるが、間違った戦争に足を踏み入れてしまったことは確かだ。それだけでなく植民地支配もしている。「日本の植民地支配は他国の植民地支配とは違う」という意見もあるかもしれないが、そもそもそれぞれの国のスタイルで国を運営していくべきところに他国が入ってきて指図するなんてことはあってはならない。
 「そんなことはなかった」などというのは、もう一度踏みつけるような行為を続けるのかという話だ。日本は加害者側だ。加害者が「そろそろいいだろう」などいえるはずがない。一方で戦勝国の米国には原爆についてなにもいわない。戦争はしてはならない。なぜなら戦争は一番非道なことをした人間が勝つからだ。加害者は被害者に対して反省を続けるということは絶対に必要であるし、少なくともその国国に対してそれまでの歴史認識をひっくり返すようなことをいうならば、世界に対する信頼も失うことになる。そんな国はリーダーとして認められるはずがない。(中略)
 文在寅政権との問題のなかで端を発しているのは徴用工の問題だ。植民地時代に徴用工として日本で働かされた韓国人4人が新日鉄住金に損害賠償を求め、韓国最高裁が賠償を命じる判決を出した。これに対して、安倍総理は「1965年の日韓請求権協定で、完全かつ最終的に解決しており、この判決は国際法に照らしてありえない判断」だといっている。外交上は持ち出さないという約束をしているという意味だ。
 しかし見過ごしている問題は、日本政府は「(日韓請求並びに経済協力協定は)いわゆる個人の請求権そのものを国内法的な意味で消滅させたものではない」(柳井俊二条約局長の答弁)としている。つまり個人の請求そのものを消滅させるような内容にはなっていない。個人の請求権を行使して司法に訴え、新日鉄住金に賠償命令が出ることは阻害できない。民事である今回の判決に対して、日本政府が文句をいうこと自体が間違っている。むしろ内政の問題点を隠したいという思惑が見て取れる。(中略)
 北朝鮮に対しても同じだ。2年前にトランプ大統領が北朝鮮に対して「ロケットマン」「完全に破壊する」といっていたが、安倍総理はその背後からアメリカに同調しながら「対話による問題解決の試みは一再ならず、無に帰した」「必要なのは、対話ではない。圧力です」といっていた。アメリカに加勢しながら北朝鮮側を攻撃する言動を続けるならば、日本と北朝鮮のよい関係は作っていけない。これまで解決に向かってこなかった拉致問題を考えるのなら、アメリカに加勢をして北朝鮮にいろいろいっている場合ではない。両国の間に入って関係をよくする外交を執りおこなうべきだ。(引用終わり)

 しごくまっとうなことを言っているじゃないか!

 言い直しましょう…「山本太郎首相で、日韓および日朝関係の再構築は、大いに可能であるし、期待できる!」と

 あと、長州新聞のリンク記事は、ほかにもいろいろ山本太郎が踏み込んだ発言をしているので、読んでね(^^)…それにしても、なぜ「維新」の故郷?長州で「新選組」の追っかけをするのか?いやぁ~時代は変わったなぁ~

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大西つねきVS松尾匡の討論集会(その2)

 太西氏は、雇用を増やすための事業の本質、内容を選ぶことが必要だと説く…早い話が「カジノでいいの?」ということだ。それよりも地球規模の環境の悪化に対応することが大事でしょうと。とにかく日本は外貨を得る、黒字をかせぐということはしなくて良い。それよりも労働力を、循環社会に変えていく、プラスチックではなく、自然に帰る素材に変えていくことに投入する。社会の設計思想を変えたうえで、10年ぐらいガラパゴス化して(要するに自由に競争させて…ということ)その技術を海外に売ればよい。これは日本の産業構造の転換で、35年前のプラザ合意以降にやっておかなければいけないこととのこと。そうゆう方面にお金を回せば、持続可能でもあるし、経済成長もする。
 こういった方向性、国家ビジョンを見せることが大切…これでやれば橋下も安倍政権も相手にならない。山本太郎代表は、今困っている人に手を差し伸べることで忙しいから、先のビジョンは私が見せる!「新選組」は放置プレーなので、やろうと思えばできる…と述べた。
 松尾氏は、大阪、東大阪には中小企業が沢山あって、その技術を大切にする必要がある。大西氏のビジョンは、アメリカ民主党左派、オカシオコルテスらが掲げる「グリーンニューディール」に繋がるものがある…ガソリン車を電気自動車に転換するためには、設備を変える、投資が必要になる。介護とかの分野にも金をかけないといけないと述べると、大西氏もエネルギーと食糧の自給は必要で、ある程度外から買ってくる必要はあるが、人と時間を使って自給率を高めておくことが大切だと述べる。

 あと大西氏は、元為替ディーラーとして円が暴落することは絶対にありえない!と言い切った…円が下がれば、輸出が伸びて「景気」は良くなるだけだとも…

 ここから質疑応答タイムになる(ここで「政府がお金をつくってばら蒔いても資本に還流して悪さをすると思うがいかがなものか?」などという本質論を議論してしまうと、明日にでも政権とって安倍倒したい!人たちの貴重な時間を奪うことになるのでパス。もっとも、質問者は非常に多く、司会進行者が苦労していた)
 まず「新選組」が衆議院選挙にあたり20憶集めると言っているが、それは寄付でいけるのか?という点について、多分そうするだろう…とのこと。消費税を批判しているが、欧州にも付加価値税はあるが、そのへんの見解は?ということについて、大西氏は他の国のことは知ったことではないが、日本はすでに関節税率の高い国になっていること、北欧のような高福祉の国は、富裕層にかかる税金も高いこと、そして所得税・法人税には景気が良く鳴れば増税という「ブレーキ」になる効果があることを述べられた。
 エネルギーの自給率をあげることについて、大西氏は「例えば太陽光パネルをビルの壁面に貼り付ける」などと述べたのだが、会場の質問者から異論があった…ただしこれはあくまでも案であって、どういった技術や手法がいいかみんなで考えようということで、同じ方向を向いているのに違う議論をしても前に進まない。とりあえず新しい方向に人を投じようと述べた。
 給与からの源泉徴収を止めれば、日本は変わるのでは?という質問に対し、大西氏は「そこじゃないでしょう」と…それに確定申告は時間の無駄、そんなことより「お金をなくしましょう!」と…50年ぐらいたてば、お金はなくなりますと大胆は発言をされた。
 国債は利子がついた通貨だと思えばよい、しかし本当は利息なんかつけちゃダメだ。利息とはお金を持っている人がお金をもらう権利のこと。借金でお金を発行するシステムを変えなければならないと改めて訴えた。
 なぜ安倍や橋下が支持されているのか?という質問について、多くの国民が政権と行政組織を混同しているからではないか?と答えられた。その上で大西氏は「フェア党」という政党をつくって活動したが、別に安倍や橋下と「対抗」しようとしているわけではない…選挙でえらばれなかったらそれまでだと考えていたとも述べた。そして「うねり」を起こすにはという質問に対し、「新選組」は大分、掘り起しはした。どうすれば良いか?というより、我々が何を発信するか?ということ、自分の信じることに従って行動することが大切で、そうすれば道が開けるだろうと、わりと楽観的にみていると語った。

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